無銘の黒刀
<オープニング>
「……何見てんだよ、何か文句あんのかっ!」
短い金髪の男が声を上げ、もう一人の男の胸ぐらに掴みかかる。掴まれたのは編み笠を被り、黒い僧服を纏った僧侶のようであった。
ぶじゅっ!
濡れた何かが破れる音が小さく鳴り、騒いでいた男の声が止まる。そのままがくりと力を無くして動かなくなった。
「…………」
僧侶は男の体から黒い刀身の刀を引き抜き、ぴっと血を払う。そして軽やかな動きで翻して鞘に収めた。カシンと小さく音が鳴る。
僧侶には似合わぬ、黒の刀……。僧侶は何も言わずに顔を上げると、そのまま夜の町へと消えてゆくのであった。
「これで全員か、それでは話を始めるぞ」
王子・団十郎(運命予報士・bn0019)は軽く頭を掻きながらそう言って話を始めた。
「今回皆に頼みたいのは『大帝の剣』のメガリスゴーストの破壊だ。既に戦ったことのある者や、他の事件の話を聞いたことのある者も居るかもしれないが……一通り説明するから、黙って聞いてくれ」
団十郎はそう言って説明を続けてゆく。
「メガリスゴーストとなったのは黒い刀身の刀で、とある郊外の寺院の倉庫に保管されていた物らしい。所有者はその寺院の若い男性の僧侶で、既に二名の犠牲者が出ている」
これ以上の被害者を出す前にメガリスゴーストを破壊してくれという団十郎に、能力者達も頷く。
「メガリスゴーストは日が暮れた後に町を徘徊し、強そうな者を見つけては襲い掛かるのだという。だから皆も強そうな格好で周辺を捜索してくれれば素早く戦闘に持ち込むことが出来るだろう。出現が予想される場所については後で詳しく説明するから、心配しないでくれ」
それから団十郎は敵の能力についても説明を加えてゆく。
「メガリスゴーストの所有者は春海(しゅんかい)という若い僧侶で、編み笠を被り黒い僧服に身を包んでいる。手にする刀は黒い刀身を持つ日本刀で、僧侶が持つには似合わない代物だ」
だが戦いになれば、その凶刃を存分に振るってくるのだと団十郎は言う。
「黒刀の斬撃は回避困難の能力を持っており、当たり所によっては衝撃で敵をマヒさせることも可能なようだな。更に相手に闇のオーラを流し込み、猛毒を与えることも可能だから注意してくれ」
そして戦闘時にはメガリスゴーストの魔力で、付近の刃物を持つ人間を援護ゴーストとして呼び寄せ、戦わせてくるらしい。
「戦闘が始まったら、その場には包丁を持った主婦が一人と、大きな裁ち鋏を持った女性が一人駆け付けてくる。あまり戦闘能力は高くないが、手にした刃物で攻撃を仕掛けてくるから注意するようにしてくれ」
メガリスゴーストに操られている者達について、団十郎は注意を続けてゆく。
「この僧侶と主婦、女性についてはメガリスゴーストの力によって守られているから、どれだけ攻撃しても戦闘不能になるまで彼ら自身が傷付くことは絶対に無い。だから存分に戦ってくれ。そして僧侶を戦闘不能すればメガリスゴーストを手から離させ、破壊することができる」
援護ゴースト扱いの者達も戦闘不能にするか、メガリスゴーストを破壊すればその呪縛から解き放たれると団十郎は付け加える。
「援護ゴースト扱いの者達は呪縛が解けると気絶してしまい、目覚めた時には操られていた間の記憶を失っている。メガリスゴーストの所有者になった僧侶についても、メガリスゴーストを破壊すればその間の不思議な現象や能力者については記憶が曖昧になるということだ。自分が何をしたか、ということについては覚えているようだが……」
そればかりはどうしようも無いのだと言って、団十郎は顔を上げた。
「これ以上の犠牲者を出さぬよう、メガリスゴーストの破壊、よろしく頼むぞ」
能力者たちにそう告げて、団十郎は頭を掻いていた手を下ろすのだった。
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参加者
日下部・砌
(ゲイルトレーサー・b01206)
朔月・緋雨
(氷の揺籃・b06273)
葛西・涼太
(迫撃の葬送者・b20773)
紫月・蓮
(瞬きの闇・b23296)
橘・悠
(白き霹靂・b45763)
冬木・誓護
(現世と隠世の渡し守・b47866)
高峰・暁
(姫君の加護を胸に・b49534)
草薙・神威
(高校生魔剣士・b52378)
月永・小夜美
(気高き野良仔猫・b54013)
<リプレイ>
「ここからは手探りで探すしかなさそうだな」
周囲を見回しながら葛西・涼太(迫撃の葬送者・b20773)は仲間達に向けてそう言った。死人嗅ぎでメガリスゴーストの位置をある程度まで特定して接近したものの、この近辺の何処かに居るという距離まで来たことで方向の絞り込みも出来なくなったのである。
「二手に分かれるか?」
「なら俺は高峰とペアか」
涼太の提案を受けて日下部・砌(ゲイルトレーサー・b01206)が高峰・暁(姫君の加護を胸に・b49534)へと声を掛けるが、暁は小さく首を傾げた。
「そうなのか?」
探索中に更に二手に分かれるということは考えていなかったらしい。少し確認してみた所、二手に分かれることを考慮に入れていたのは涼太と砌の二人だけだったようだ。
確かに二手に分かれれば、探索の効率は上がるだろう。だが連絡はややこしくなるし、連絡できたとしても合流までに多少のタイムラグが生まれる可能性が出てくる。
「分かれるなら葛西と連絡を取りながらだな」
腕を組んで言う砌だが、そこで暁が携帯電話を取り出して口を開く。
「もしもし緋雨殿、少々待ってくれ」
暁は空き地で待機する仲間達の一人、朔月・緋雨(氷の揺籃・b06273)と携帯電話で通話中にし続けていたのだ。もし二手に分かれるならば、待機する者の誰かと同じようにしてはどうかと提案する。
「それで、どうするんですか?」
草薙・神威(高校生魔剣士・b52378)が難しい顔で言う。
まずは、何処と何処で連絡するのか。二つに分かれた探索班で、一つ目が砌と暁とする。砌は二つ目の班の涼太と連絡し合い、暁は待機班の緋雨と繋がる。二つ目の班の誰かと待機班の誰かが繋がるのか否か。
そして繋がったとして、どうするのか。探索班同士は敵発見の連絡か電波障害があれば、合流地点の空き地へ戻る。では、待機班は敵発見と思われる連絡を受けてどうするのだろうか?
「……」
沈黙する緋雨。確かにそうだった。探索班がメガリスゴーストと遭遇したことに気付いて、何か行動しようと考えている者は誰一人として居なかったのである。極論だが、『探索班が敵を見つけたぞ!』『あ、そう』で終わるのだ。実際には気構えというか心の準備といったこともあるだろうから、本当に極論になってしまうが。
後は連絡を取り合い待機班が動く事も考えていたが、緋雨の他に待機班が動くことを考えていた者は居なかった。想定外の行動を起こすには、相応のリスクを伴う。その場の判断だけで動かなければならなくなる。
「……とにかくこの近くに居るんだろ、とっとと探そう」
月永・小夜美(気高き野良仔猫・b54013)はそう言って軽々と長剣を担ぎ、見せ付けるように歩き出す。強者と見せてメガリスゴーストを誘き出すつもりなのである。
結局、揉めるならこのままひと塊で探索しようという事で能力者達は小夜美についてゆくのだった。
……しゃっ。
そうして夜道を進めば程なくして、冷たい金属の摩擦音が能力者達の耳に入る。視線を向ければ編み笠に黒い僧服。そして黒き刃を鈍く輝かせる、刀。
「何もせずに待てと言うのも暇じゃ、まぁ腹拵えでもしておくか。腹が減っては戦はできぬ、じゃ」
一方、待機している能力者達の中では橘・悠(白き霹靂・b45763)がおにぎりを食べ始めていた。
「ではお言葉に甘えて。ん……これはおいしいな」
冬木・誓護(現世と隠世の渡し守・b47866)もおにぎりを一つ頬張り、それが腹に収まった頃……紫月・蓮(瞬きの闇・b23296)が動いた。
「……始めるか」
見れば空き地に繋がる道路の向こうから、探索に出てきた仲間達が走って戻ってくる所だった。更にその奥には黒い僧服と、いつの間にか包丁を持った主婦と鋏を持った女性の姿も加わっていた。
空き地に展開してメガリスゴーストとそれに操られた人達を迎え撃つ能力者達。砌は主婦から攻撃しようとして……気付く。自分の武器がナイフとアームブレードであり、射撃攻撃が出来ないことに。
「くっ」
苦虫を噛み潰すように短く息を吐き、砌は咄嗟に霧影分身術を発動させて攻撃に備えるのだった。
「早々に片付けないとな」
その間に蓮と涼太が主婦との距離を詰めてゆく。主婦は駆け込む勢いを止めぬままに突っ込み、涼太の腹に包丁を突き立てた!
「……早く片付けねばならんな」
痛みに耐えて涼太は龍尾脚を放ち、主婦の胸部を蹴って引き剥がした。一歩下がって地面を踏み締め、主婦は両手で包丁を握って構える。刃が抜けて涼太の傷口からはごぼりと血が溢れ出した。
「回復は任せてもらって良い。相手に集中してくれ」
緋雨がヒーリングファンガスを放ち、涼太の傷を塞いでゆく。
そして僧侶……メガリスゴーストの刀を持つ者には誓護が向かう。角兜の一撃を僧侶は刀で受け弾き、半歩だけ横にずれて攻撃を回避する。
ぶわっ!
僧侶の刀から黒い気が滲み出し、そのまま誓護へと振り下ろされた。ずばんと体を思い切り袈裟懸けに薙がれ、誓護は威力に押されるように後退る。そして体には闇が侵入して暴れ始めたかのように、猛毒の痛みが伝わっていった。
「ゴーストはゴースト……殲滅してやる」
だがそこに小夜美が飛び込む! 長剣の一撃が僧侶の腕を打ち、その間に暁は旋剣の構えを取って力を高めていった。
「めがりすごーすと、のぅ……放っておくと厄介じゃな」
チラリと黒い刀に視線を送りながらも悠は赦しの舞を始め、清らかな波動が誓護の猛毒を解除してゆく。
「歪んだ力にこれ以上勝手はさせない」
その時神威は自身と距離の近かった鋏の女性の方へと向かい、旋剣の構えを取っていた。だが走ってきた女性は軽く微笑み、大きな鋏を限界まで開いた。
ずっ。と先ずは刃がめり込み、そのままじょきんと切られる。肉に切れ目を入れられて、神威の額に嫌な汗が浮かんだ。そして折角取った構えの効果もブレイクによって消えてしまう。
「おっと、大人しくしててもらうぜ?」
砌がジェットウィンドを発動させて上昇気流を生み出し、僧侶をその場に足止めする。
だがその間に主婦が包丁を構え、まるで野菜を刻むように素早く涼太の腕に連続で刃を押し付けてゆく!
「こ……のっ!」
刻まれていない右腕で布槍を握り締め、ロケットスマッシュで主婦のみぞおちを殴る涼太。だが寸前で主婦は腕を交差させて受け止め、攻撃をガードしたようだ。更に一方では女性が鋏を振り回し、神威の肩に浅くない傷を刻み付けている。
「回復する!」
傷付いた二人に視線を送り、緋雨は涼太にヒーリングファンガスを施す。神威は旋剣の構えで体力を回復させていった。涼太は今回、自身を回復させるアビリティを活性化させていなかったのである。
「……」
だが、神威の旋剣の構えも4回しか使えない。額の汗を服の袖で拭い、神威はぐっと長剣を握り締めた。
「参る!」
僧侶との距離を詰める暁だが、相手はすっと刀を構えて振り下ろす。鋭い一撃が叩き込まれ、暁の体が震えた。どうやらマヒしてしまったらしい。
「足止め……性に合わないが……来い、相手してやる」
続いて繰り出される小夜美の黒影剣を僧侶は刀で受けてガードし、その間に誓護が森羅呼吸法で体力を回復させていった。
「主らに頑張って貰わねば、か弱い妾では困るのでの」
悠が祖霊降臨で暁の体力を回復させ、砌の方を見る。それに気付いた砌も頷き、力を集中させて浄化の風を解き放った。
柔らかい風が暁のマヒを解除し、自由を取り戻させてゆく。
どうやら戦いは、少し長引きそうだった。
僧侶に向かった能力者達はそもそも足止めするつもりであり、相手の攻撃を防いだり直撃を避けたりして、牽制することをメインに考えていた。
戦況を動かす鍵は援護ゴーストとの戦い。だがそちらでは神威の旋剣の構えが尽き、主な回復は緋雨のヒーリングファンガスだけで、後は時折発動される赦しの舞や浄化の風で持ち堪えるしかなかった。
「その力、叩き潰す」
神威が黒影剣を繰り出すものの、女性の鋏が刃を受け止めてちぃんっと弾く。直撃しなければ吸収での回復も得られない。神威は何とか耐えながら長剣を振り続けた。
そして、戦況が動く。
「っ……おぉっ!」
脇腹を包丁に刺されながらも涼太が放った龍尾脚が主婦の顎にクリーンヒットし、大きく仰け反らせた。そしてカランと包丁が落ち、主婦は仰向けに倒れる。戦闘不能に陥り、気絶したのだろう。
「く……」
だが時を同じくして、神威がその場に倒れていた。ずぷっとその体から大鋏を引き抜く女性。そして僧侶と戦う能力者達の方に視線を向けるが……そこに蓮が割り込む。主婦が倒れた瞬間からこちらに向かって移動を始めていたのである。
「これもあと少しだ。頼むぞ」
言って緋雨がヒーリングファンガスを投げる。受け取った涼太も急ぎ、鋏の女性に向かって駆け出した。
一方では悠が赦しの舞を差し、小夜美の猛毒を解除している所だった。
「踏ん張れ、もう少しだ!」
砌がジェットウィンドを放つが、僧侶は地を蹴って上昇気流から身をかわした。だが着地したその正面に誓護が踏み込む!
「これ以上の殺戮劇は断じて認めない。キミには御退場願おう」
どぉん!
野獣の力を込めた獣撃拳が僧侶のみぞおちに叩き込まれ、相手の体がくの字に曲がる。ややよろめきながらも後退り、僧侶は体勢を立て直そうとしていた。
だが小夜美がそれを許さず、黒影剣で薙ぎ払う。ざくりと袈裟懸けに薙がれ……メガリスゴーストの力に守られているので血が出たりはしないが、僧侶の体が大きく揺れた。
『……』
一瞬、倒れるかに見えた。だが違う。その動きは踏み込みで、僧侶は両手で黒刀を握り締めている。
ぞんっ!
小夜美も反応したが間に合わず、刃が左胸の脇を切り裂いていた。衝撃で小夜美はマヒしてしまうが……。
「これ以上は!」
暁が瞬断撃を繰り出していた。振り下ろす動作に一瞬遅れて僧侶が衝撃に押され、ざざっと下がる。
「ふん、しつこいのぅ……」
悠から赦しの舞が施され、小夜美のマヒが解除されてゆく。誓護も体力を回復させながら、再び獣撃拳を突き出した!
ぎぃん! 突き出された一撃を刀で受け止める僧侶。しかし足が止まったその瞬間に、小夜美が長剣『月煌』を振りかぶる!
「待たせたな、殲滅してやろう……」
振り下ろされた黒影剣を受け、僧侶の動きが止まった。どしんと尻もちを着くような形で崩れ落ち、そのまま仰向けに倒れる。そして手から黒刀が、離れた。
「今だ」
暁が刀身に一撃を加え、ばきんとへし折って破壊する。
メガリスゴーストが破壊されたことで呪縛が解け、大鋏の女性も気絶してその場に倒れ込んだ。
「……」
蓮は武器を下げ、ふぅと息を吐きながら肩の力を抜くのだった。
「……悪い夢と思ってもらうしかないな。気に病むなら、己が傷つけた以上の人を諭してくれればいい」
それから能力者達は操られていた人達の無事を確認し、戦いの終わりに安堵を抱いていた。だがメガリスゴーストの所有者となったこの僧侶は、自分がやったことを覚えていることだろう。緋雨の言葉に砌も頷き「長い人生、底なしの不運なんて掃いて捨てるほどあるだろ」と続けた。
「自分が何をしたか覚えてるんなら、僧侶らしく僧侶らしい償いをすればいい」
そうとだけ言って興味を無くしたような表情で小夜美はその場を後にする。
「長居は無用だ、帰るぞ」
涼太もそう言って頷き、仲間達と共に帰路に着くのであった。
「まぁ何にしろ腹が減った、夜も遅いが何か食いに行かぬか」
「俺も腹が減った。夜食にコンビにおでんでも如何か」
帰路の途中で言い出した悠の提案に暁が賛同する。
「そうだ、皆さえよければ僕の家で簡単なものなら御馳走するよ?」
「ふむ、それはいいの」
誓護の言葉に何人かが同意し、じゃあコンビニで買出ししてからと、仲間達は歩き出すのであった。
(おわり)
マスター:
零風堂
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参加者:9人
作成日:2009/09/06
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笑える1
カッコいい10
知的1
ハートフル1
冒険結果:成功!
重傷者:
草薙・神威
(高校生魔剣士・b52378)
死亡者:
なし
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