<リプレイ>
● 沈む夕日がゆるやかに、空と空気を染め上げる。どこかで烏が一声鳴いた。 今日は何をして遊ぼうか。かくれんぼ、けんけん、靴を飛ばして競争する? 赤い夕日に照らされるのは、楽しげに笑いあう二人の子供。 無邪気に笑っている雄太。ただ時折、ふっとその表情に陰が差すのを見て、八歳・沙紀(春の清明・b23537)が小さく呟く。 「両親の仲が悪いと、居心地が悪いよね……」 うん、と同意するのは鬼灯・遙(彩雲のサーブルダンサー・b46409)。 「寂しいんだよね、雄太君もリカちゃんも。お父さんやお母さんに甘えたい年なんだもんね」 二人が本当に、ただの友達の関係ならよかったのに。 「幼い子供達を引き離すのは、あまり気が進まないが」 その身を無数の蟲と変えながら、橘花・リッタ(秋朔・b31991)が呟いた。が、その片方がリビングデッドであるなら話は別だ。 彼女が憑依するシーナ・ドルチェ(金枝祀るネミの裔・b67352)もまた、同じ気持ちだと頷く。 「辛いですけど、このままでは駄目……」 隠れ潜む仲間達と視線を交わす。 「説得は苦手なのよね、だから雄太君の保護は頼むわね」 波多野・のぞみ(深緋の闇桜姫・b16535)の言葉を受けて、シーナはボールを持つ浅野・クリューナ夢衣(絆と歩むシロガネの夢使い・b44387)と二人、物陰から進み出た。並ぶ姿は仲の良い姉妹。 いつもなら誰も来ないはずの空き地に現れた人影に、雄太とミカは目を丸くする。けれども、ボール遊びを始めたシーナ達の意識がこちらには向いていないと思ったのか、また自分達の遊びに戻っていった。
しばし、楽しげなひと時。その両方が意味は違えどそれぞれに仮初だということさえ考えなければ、穏やかな時間だった。 (「勝手な感想かもだけど」) 様子を窺いながら楠木・香(惑い祈るもの・b14282)は思う。ミカは、本当に雄太を友達と思ってるんだろう、と。でも、だからこそ友達を死なせるなんて見過ごせないのだ。 哀れとは思うが、銀に囚われた以上は解き放つまで。油断せず見つめる比良坂・銀夜(闇守の蜘蛛・b46598)の視線の先で、ぽーん、とボールが弧を描いた。 「任務、開始だ」 シーナとクリューナ夢衣の間を行き来していたはずのそれは、一際大きく跳ねて、二人とは別の方向へ飛んでいく。 その先には、雄太とミカがいる。しゃがんで地面に何かを描いていた彼らは不意に飛んできたボールを不思議そうに見た。 「ごめんなさい!」 あわてたように声をあげるシーナ。 てん、てん。転がってくるそれに、雄太が身を起こそうとする。めまいでもしたのか、ちょっと頭を振る彼の裾を、いいからと引っ張ってその場にとどめ、ミカが立ち上がり、ボールに手を伸ばした。揃ってやってきたシーナとクリューナ夢衣に、自分からも歩み寄る。 「はい」 差し出されるそれを受け取ったのは、シーナだ。 「ありがとうございます」 にっこり笑ってボールを受け取り、彼女はミカに話しかける。さも、今思いついたと云わんばかりに。 「ええと、私シーナって言います。あなたたちもよかったら一緒に遊びませんか?」 二人より四人のほうが、楽しそうだから……言い募るシーナの傍らを、ふっ、と黒い影がよぎった。
● ミカが振り返る。影は狙い違わず雄太へ向かい、彼を悪夢に包み込む。 「ゆう!」 甲高い声。でもどこか、どこかに喜色が混じっている。そう感じたのは、能力者たちの錯覚だけが理由ではない。意識なく無防備に伏す彼を見て、最後の引き金が引かれたか。 「リッタさん!」 リフレクトコアを展開しつつ、シーナが叫ぶ。応え、即座に現れるリッタの姿。 同時に明らかになるいくつもの気配。うちの五つは潜んでいた仲間達、そして二つがシェパード。その大きな身を、それこそどこに潜めていたのか。獰猛なうなり声を発して、二匹は接近する五人を牽制しようと四肢で地を蹴る。 「かかってこい!」 銀夜がオトリ弾を放った。不快感を与える光がミカを刺激し、一瞬、瞳が欲望と別の色に染まる。が、彼に向かおうとしたミカの足はその場に留まった。クリューナ夢衣が、倒れた雄太を抱き上げるのを目にしたからか。 「とらないで!」 奪い返そうというのか、体全部で飛びかかるミカだが、それはクリューナ夢衣までは届かない。すでに割り込んでいた遙が体当たりを受け止め、お返しとばかりに爆水掌をその腹に放つ。 「ごめんね……でも、手加減は出来ないの!」 気迫とともに穿たれる衝撃は強く深く、小さな体は吹き飛んだ。 香の白燐奏甲を受けたリッカが走り寄り、黒影剣で追い討ちをかける。剣と、まとう闇ごしに届くたしかな手ごたえ。けれど、悲痛に歪むミカの表情を見て彼女は眉を寄せた。 どれほど寂しくても、雄太を連れていかせはしない。沙紀がヤドリギの祝福をシーナへ届ける視界の端、仲間達とはやや距離を置いて、虎紋覚醒を施したのぞみが走る。 「さあ、悪い子にはお仕置きよ」 ルーンの刻まれた赤い両刃剣を携え、闇を孕んだ声とともに繰り出される舞は華やかな輪舞曲を思わせる。飛ばされたミカには届かないが、迫っていたシェパード二匹がその餌食に。 「雄太君は任せて!」 危険地帯を離脱できたクリューナ夢衣の声。肩越しに振り返る仲間達に頷いて見せ、彼女はその場を後にしようと足を踏み出し、 「とらないで――!!」 響くミカの声は、彼女にも、眠る雄太にも届かなかった。 けれども、その泣き声は場に残った能力者達を直撃する。ある者は持ちこたえ、ある者は嘆きに心をかき乱された。 「む……っ」 どうにかそれを振り払い、銀夜は再びオトリ弾を繰り出す。今度こそ、と強い思いが形となったか、ミカの双眸がつりあがる。涙の残る目が、彼を鋭く凝視した。
沙紀が舞う。赦しの力を持つそれは、混乱していた仲間達を正気に立ち戻らせていく。その一人であるリッタは、減っていた体力を持ち直させながら、傍らに声をかけた。 「すまないな」 「うんにゃ」 彼女の剣を受けて出来た傷を癒しつつ、香は、気にするなと笑ってみせる。それから表情を改めて、言った。 「嫌な役させてすまねえな……」 ゴーストだって分かってても、女の子を壊すのは。言葉にせぬ部分をも悟ったか、それこそ気にするなと応じるリッタ。いつになっても心は痛むものだが、手を緩めたりするわけにもいかないのだから。 「だな。これが俺達の仕事だ」 そうして香もまた、自らに言い聞かせるように口にした。 「黒き蟲達の呪いを受けよ!」 叫びとともに繰り出される銀夜の魔眼。それはミカを深く蝕み、強い毒をも身に与える。けれども彼女はまだ立っている。 「ゆう、どこに、つれていったの!」 追いかけたい。 追いかけたいのに、ジャマをされる。 苛立ちはますます怒りを煽り、眼前にいる障害を砕かんと彼女を凶行に走らせる。ミカの感情に引きずられるわけでもなかろうが、シェパード達もまた、その鋭いあぎとで能力者達を食らおうと猛る。 「あの世で反省してなさい!」 まとわりつくそれらを、ミカごと一蹴せんと舞うのぞみ。先の混乱を回避出来なかった彼女だが、皆と距離を置いていたおかげで仲間達を攻撃せぬうちに正気に戻れていた。再度虎紋を具現させる暇を惜しみはしたが、その分は香が自らの蟲達でフォローしている。 遙も、何度目かを数える爆水掌をミカに撃ち当てた。正面から入ったそれはミカの体を大きくかしがせはしたものの、吹き飛ばすまでには至らない。 「うっ…!」 攻撃直後の一瞬を狙って、シェパードの一匹が遙に食らいついた。鮮血とともに生じる痛みは強い。が、深手といえるほどではない。 「……負けないんだから……!」 ゆえに遙は体勢を崩すこともなくミカを振り払い、間合いを取り直す。 その癒しを施さんと香が蟲達に意思を伝えるのを確かめた沙紀は、仲間達が全員正気であることも確認してから、魔力をこめた茨を編む。 「ゆう、――!!」 伏すシェパードと対照的に、ミカは止まらない。シーナの撃ち出す光の槍に貫かれても、抜けぬ毒がその身を侵し続けても。 体当たりを正面から受け、銀夜は顔をしかめる。 「なかなかやるな」 その執着は獲物へのものなのか、離れがたき友へのものなのか。 どれほど声を張り上げても、どれほど身を揮っても、邪魔者たちは消えてくれない。ふえぇ、と、ミカの顔が悲しげに歪んでいく。 また、泣き声か。 身構える仲間達の横を、リッタが駆ける。 子供の泣き声は苦手だ。付け加えるなら、混乱して仲間を斬り付けるなんてことも、したくはない。ならば少しでも早く、ミカを倒すしかあるまい。おそらくは、彼女自身のためにも。 振るわれるシンプルな長剣は刃を彩る闇ごと深く、ミカの体を斬り、裂いた。 ゆう。 求める声は声にならず、ただ赤い空気を震わせて。少女の時間はそこで止まる。
「ん」 背中でみじろぐ少年を背負いなおし、クリューナ夢衣は携帯を耳に押し当てた。聞こえてくるリッタの声に、彼女は安堵の表情を浮かべて応じる。 「……おつかれさま」
● 小動物ならまだどうにかなるが、シェパードは大柄だし、ミカにしても赤ん坊と言える歳や体格ではない。埋葬するには難しいだろうと判断した彼らは、一人と二匹の死体については隠すことで合意した。いずれは身元不明の遺体として発見され、然るべき処置とされるのだろう。 持参していた大きな布で遺体を包む途中、香は持参していた着せ替え人形をミカに添えてやる。 「こんなんじゃ寂しさは紛れねぇかもしれねえけど……無いよりは、さ……」 だから、もうおやすみ。 ミカの乱れた前髪を整えた香は、クリューナ夢衣が見つけておいた、ひとまずの隠し場所によさそうな地点まで運ぶべく持ち上げる。遙と銀夜、のぞみがそれを手伝った。 シェパードの分を担いだ銀夜が、ふと思いついたように呟く。 「ミカの飼い犬だったのもしれんな」 そんな彼らが、再び銀に囚われることのないように、とも。 「任務、終了だ」 そしてそう、付け加えた。 「……、雄太君は、これから一人で大丈夫なのかな……」 角材に腰かけたクリューナ夢衣の膝、眠る雄太を振り返り、言う遙は気遣わしげだ。リビングデッドではなく、本当に支えあえる友達を、これから見つけられたら良いのだけれど。 のぞみもまた振り返り、こちらはちょっとため息をついた。やれやれ、と首を振る。 「両親がいまだに健在で自分を育てているってだけで、それがどれほど恵まれたことなのか自覚するべきね」 静かな声でつむがれたそれは、彼女の生い立ちから生じた言葉だったのだろうか。
そうして、少年は目を覚ます。 沈みかけた夕焼けのなか、いつも遊ぶ姿を探してさまよった視線は、けれど少女を見つける前に知らない誰かの顔を映す。 「だいじょうぶ?」 「え?」 いつの間にか抱いていたぬいぐるみを不思議に思いながら、雄太は身を起こした。 「急に眠っちゃったから、看てたんだけど……」 クリューナ夢衣が説明するも、彼の表情は疑問符だらけ。ミカはどこに行ったんだろう。きょろきょろとする彼の意識を、続く言葉が引き戻す。 「あ、そういえば、ミカちゃんって子から……実は今日が引越しの日だったんだって」 「え?」 疑問符のニュアンスが変わる。どうして黙っていたのだろう。そんな、ぎりぎりになるまで。友達なら言ってほしかった。友達なのに。まだ一緒にいてほしかったのに。 「顔を合わせると別れの言葉が言いにくくなるからって……」 横から、シーナが口を添える。雄太の表情を見て、そっと付け加えた。 「ミカさん、辛そうだけど、笑顔でしたよ。お二人で遊ぶ時間が、本当に大切だったんでしょうね」 優しく静かに諭されて、それでも雄太はまだ納得いかなさそうにはしている。突然いなくなった友達、突然聞かされた別れの理由。 おそらく彼は今後もしばらく、この空き地を訪れるだろう。 二度とミカが現れないと実感するまで、来て落胆する日が続くだろう。 (「わたし達では、お父さんのお仕事がうまくいくように祈ることしかできないのかな?」) それでも、沙紀は思う。リッタと並んで、彼らを見つめながら。 雄太には寂しくても逃げ出さないでほしい。無責任かもしれないけど。もしも命を落としてミカのようになってほしくはないから。 ……ミカの分まで。生きてほしいと。 夕日が遠く沈んでいく。烏がまた、ずっと遠くで一声鳴いた。
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参加者:8人
作成日:2009/10/13
得票数:ハートフル1
せつない16
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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