ただ、たったひとりの幸福を祈って


<オープニング>


 薄暗い部屋に、ひとりの男の姿があった。
 ベッドの上で、布団の上に落ちる月明かりをただ黙って見つめている、男の姿があった。
 衣服の下から見え隠れする白い包帯が、宵闇の中、月光を浴びて朧に浮かぶ。
「直也」
「優月……!」
 音もなく開かれた扉から見えた恋人の姿に、直也は口元を綻ばせた。
 優月と呼ばれた女は応えるように頷くと、遅くなってごめんなさい、とベッドの脇に腰を下ろす。
「最近、忙しいみたいだな。絵のコンクールの締切……そろそろだっけ?」
「……ええ。ここの所はずっと、家で仕上げに入ってて」
 女の声に滲むは、微かな嘘。
 自ら紡いだ偽りの言葉に、女も痛む心を隠しきれず、瞳に愁いを浮かべる。
「……俺の事は、気にするな。お前を守れて、俺は幸せなんだから」
 悲しみを溶かすかのように、そっと頬に触れ、柔らかな白い肌を撫でる。
「……直也……」
「俺は、お前の笑顔が好きなんだ。だから、優月……お前はずっと、笑っていてくれ」
 ──お前の笑顔を守れる事が、俺の幸せなんだ。
 直也の言葉に優月は静かに微笑むと、互いに唇を寄せ、血の味の口づけを交わした。

 教室の机の上に腰掛け、窓から差し込む茜をその身に映しながら、手にした文庫の文字を追っていた藤沢・灯姫(小学生運命予報士・bn0253)は、背後から聞こえる声にゆるりと振り向いた。
 栞を挟み本を閉じると、机から降り、集まってくれてありがとう、と説明を始める。
「今回の相手は女性のリビングデッドよ。名前は優月さん」
 優月は美術大学に通う2年生。好んで描く油絵は周囲からも評判が良く、近々行われるコンクールにも新作を出品する予定だった。
「……でも、そんな彼女を不運な事故が襲ったの」
 ほんの些細な、そして偶発的な交通事故。
 その事故で彼女は命を落とし、その場にいた恋人である直也という青年もまた、彼女を庇おうとして大きな怪我を負ってしまった。
「怪我をも厭わず守ろうとした人が死んでしまった……それを知った時の直也さんの事を想うあまり、優月さんはまた、蘇ったのね」
 けれど、どんな理由であろうとも、それは偽りの命。
「このまま時が過ぎれば、いつか……その『守りたい人』の手によって、直也さんは命を落としてしまうわ。そうなる前に……止めて欲しいの」
 灯姫は真摯な眼差しを向けると、1枚の紙を差し出した。
「その地図にある場所が直也さんの自宅。独り暮らしよ。今は傷も回復してきてて、自宅療養してるわ」
 蘇った後の優月は、日中は自宅に閉じこもり、夜になると直也に会うべく彼の家へと向かう。
「毎日、夜21時に着くように家を出るみたいね。そしてその後、30分くらい滞在して、後はまた家に戻るみたい」
 直也の家は広い公園と隣接しており、優月はいつもその公園を通り抜けて通っている。
 ふたりが会う前か後、彼女が公園にいる時に接触し、木陰へと誘い出すのが良いだろう。
「直也さんね。事故で下肢を痛めたみたいで……近々手術を控えているの。彼としては、早く元気になって、また……彼女を守りたいと思っているみたいね」
 それ故、最後の会話をさせるか、それとも一刻も早く討つか。
 いつ優月が直也を襲うか解らない以上、討つならば早いほうが良いのは確か。
 けれど──。
 少女は僅かに悩んだ後、タイミングはあなた達に任せる、と判断を委ね、説明へと戻る。
「戦闘になると、優月さんはナイフを振り回して攻撃してくるわ」
 けれど、愛する人のために生きる事を望んだ者の一振りは、決して侮れるものではない。がむしゃらではあるが、放たれるその一撃を受ければ、それ相応の傷となるだろう。
 また、欲に耐えきれず手に掛けたのだろうか。雀のリビングデッドも2羽、彼女を援護するべく現れる。とはいえ、こちらはくちばしで突くだけの攻撃だから、さほど心配する事もないだろう。
「彼女が彼へと最後に見せる顔は、笑顔かしらね。それとも……」
 灯姫は誰にともなしに呟くと、頭を振り、能力者達へと視線を戻す。
「……私は、ただあなた達が無事であればいいわ。じゃあ……気をつけてね」
 そう言って、少女は暮れゆく陽を背に小さく微笑んだ。

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参加者
稲葉・翔(静天を駆る原色・b24314)
土御門・愁院(鋏角衆が一戰鬼・b32806)
日和瀬・悠(デスペレートドール・b34456)
鏡・優樹(あなたに瑠璃色の夢を・b37405)
待雪・雪花(風に舞うは雪の花びら・b49413)
佐伯・楼蘭(医学部生・b59945)
リュミエール・ヴィルパン(月影煌めく翠玉・b65291)
灰谷・梨音(嘲笑う銀狼・b65894)



<リプレイ>

●別れは音無く舞い降りて
 とうに沈んだ陽の、その僅かな熱を含む夜気が公園を包んでいた。
 自分達以外には街灯の明かりを遮る者のない園内に、8つの影が身を潜める。
 眼前には、緩やかに波打つ煉瓦道。
 これから起こるであろう事件に、稲葉・翔(静天を駆る原色・b24314)は樹の幹に背を預けながらひとつ息を吐いた。
「悪意を持ってるわけじゃない相手、か」
 これまで幾度となく相見えたゴースト。
 内なる欲望のままに人を殺める敵の方がいっそやりやすい、と心で呟く。
「死者はあるべき姿に、と頭では分かっているが……」
 不遇。
 あまりにも不遇だと、土御門・愁院(鋏角衆が一戰鬼・b32806)も痛々しげに眉を寄せた。
 その足下には、小さく膝を抱えた日和瀬・悠(デスペレートドール・b34456)。嗟咨を纏った瑠璃の双眸に愁いが滲む。
「お互い思い合ってるのに……離れなければならないなんて」
 悠の手の中には、1通の白い封筒。
「それ……」
「うん。もし優月さんに書いて貰えなかったら」
 皆に倣って隣で身を屈めていた鏡・優樹(あなたに瑠璃色の夢を・b37405)の問いに、悠は漆黒の髪を肩口で揺らしながら頷く。モーラットの真珠が、優樹の腕の中で瞳を瞬かせながら首を傾げ、一声鳴いた。
 悠は、優しく撫でるように指先で封筒の縁をなぞった。中には、優月から直也へのメッセージとして別れの言葉をパソコンで打ち出した手紙。
「別れの手紙って……難しいね」
 別れ──己の声が紡ぐ言葉に、悠は微かに瞳を細めた。されど、それもすぐに宵闇の落とす影に隠され、誰として気づく者はいない。
 願わくば、残された人に……僅かでも良いから、生きる希望と救いがあるよう。
 離ればなれになる痛みは、十分すぎるほど解るから。
「分かってはいるけど、ツライよね。こういう事件は……」
 待雪・雪花(風に舞うは雪の花びら・b49413)が零せば、街灯の明かりを映した柔らかな銀糸が頬に流れ落ちた。
 恋人の傍にいたい。
 恋人に幸せでいて欲しい。
 今宵対峙する相手は、そう願う想いの残滓なのだ。
 リュミエール・ヴィルパン(月影煌めく翠玉・b65291)もまた、沈黙で同意を表していた。
 一緒に居たいという想いを断ち切られる──それがどれほど無念であろうか。そう深思すればするほど己の気持ちが彼等に重なり、リュミエールは思わず傍らのエトワールの掌を握った。
 そっと、被せるように重なる柔らかな掌。
 励ますように微笑を浮かべるエトワールに、リュミエールは嗚呼、と眼を見開いた。
「でも、この先に待ち受ける運命は、優月も望まない運命。その運命を避ける為に、優月を死に帰してあげる事……それが僕等の役目だ」
 リュミエールの澄んだ声音。
 大切な人がくれたように、その名が表すように、仲間の心へと光を注ぐ。
「そうだよね。やりにくいけど……でも、これも能力者の仕事」
 精一杯やらせて頂きますよ、と翔が意を決したのとほぼ同時に、悠が音無く立ち上がった。視線の先、遠方には、どこからか姿を現わした雀と、そして優月の──ゴースト等の姿。
「来たよ……!」
 一同に緊張が走る。待機組は瞬時に起動を終えると、悠は猫へと姿を変え一足先に駆け出した。リュミエールとエトワールも互いに見合わせると、予定地点へと散開する。
(「説得組で女の子は梨音だけ……ならば」)
 最も危険となる敵眼前へと立つ梨音。彼女を護ると、雪花も心の内で誓い立てる。
「行きましょう」
 佐伯・楼蘭(医学部生・b59945)は、灰谷・梨音(嘲笑う銀狼・b65894)と愁院、そして優樹に目配せをする。互いに頷き、煉瓦道へと歩を進める。
「最初の声かけは、私ですね」
 梨音が愁院を見上げる。まだ微かに不安を浮かべた顔に、愁院は力強く首肯した。
「大丈夫。説得が始まったら、僕がメインで話すから」
 お願いします、と楼蘭も小さく頭を下げる。
「僕はあまり口を挟まないようにしますね。横から口を挟んで混戦するのも嫌ですし、大勢から説得されるとちょっと威圧的だと思うので」
 いざという場でのフォロー。それが自分の役割なのだから。
「大丈夫だとは思うけど……キツい表現は出来るだけ避けるようにね」
 頷く梨音に微笑で返すと、優樹は無音で黒燐蟲へと身を転じ、彼女の内へと潜んだ。少女は確かめるように胸へと掌を当てると、静かに拳を作り、意を決したように空を仰いだ。
「大事な人を想う気持ち……私が妹に向けるのとは、また違うのでしょうか」
 双眸に映るは、虚空に凛と浮かぶ月。
 梨音は小さく頭を振る。
「……いえ。私は私の精一杯を、伝えるだけです」

●最後まで、笑顔で
 朱い煉瓦の上にひとつの影が映る。
 整った顔立ち、されどそれに浮かぶは決して明るい色ではなかった。
「優月さん……ですね?」
 物陰から密やかに姿を現わした人影に、優月は足を止めた。
「……あなた達は?」
「流石に大の男が居たら無理ないかしら。僕は土御門。中学生の梨音ちんの夜歩きにつき合っているだけの大学生。そしてこっちは医学部生の楼蘭ちん」
 愁院の言葉に合わせ、楼蘭も頭を下げる。
「これから直也さんのところに、行かれるんですか?」
「どうして、直也の事……!?」
 優月は狼狽の色を濃くし、身構える。辺りを飛び交っていた2羽の雀も優月の足元へと降り立った。
「……!」
 木陰から見守っていた翔が身を乗りだし、身体を包むマントに手をかければ、脇から雪花が腕を伸ばしてそれを制した。
「まだ……まだだよ」
 風に混じり消えそうな声は、翔だけではなく己にも向けられたものだった。
(「直也さんの幸福を祈っているからこそ、彼女は今、此処にいる。けど、このままじゃ彼女自身が、その想いも願いも壊してしまう」)
 どうかそれに気づいて欲しいと願う雪花を感じてか、翔もまた頷き、視線を仲間へと戻す。
「僕は、直也さんが通われている病院の研修生なんです。先日、直也さんの病状について大事な事を知って……」
「そそ。それで楼蘭ちんが、直也さんの怪我とか君の事で話があるんだって」
「直也と、私の事……?」
 優月の瞳が迷い揺らめく。先程よりは警戒を解いたようだが、まだにわかには信じがたい様子だった。
 梨音は一歩踏み出すと、柔らかな掌で優月のそれを包んだ。冷ややかな、まるで熱のないその手に、既に失われた命なのだと改めて痛感する。
「大事な話なんです……時間は、取らせませんから」
 切なる声に、優月はじっと能力者等を見渡した。ひっそりと立つ街灯が短く小さな音を立て、優月の頬を照らす明かりを疎らにする。
「……解ったわ」
 静かに、されど凜とした答えに、梨音は愁眉を開き、楼蘭も安堵の息を吐いた。
 愁院は笑みを向けると、優月を連れ立って木陰へと移動した。予め見定めておいた場所まで行くと、ひたと立ち止まり振り返る。その顔には、先程までの笑みはない。
「もう……君も気づいているはずだ。既に君が、死んでいる事を」
「……!」
 向けられる言葉は刃のように鋭かった。
 けれど、それは優しさ。どんなに事実を隠しても意味はなのだと、愁院は十分に知っていた。
 優月は一瞬顔を強張らせるも、急に何を言い出すかと思えば、と顔を背け平静を装う。
「心臓が動いていない事……気づいているよね?」
 揺らぎのない言葉に、優月は顔を上げた。目を見開き、唇を戦慄かせる。
「このままじゃ君は、いずれ直也を……食い殺してしまう」
「な……急に、何を……!」
「血を、求めていませんか……直也さんの、血を」
 思い当たる節があるのだろうか。梨音の言葉に、優月は口を噤む。
「このままだと、直也さんを想う貴女自身が、直也さんの命を奪うことになります」
「直也の事を想うなら……さ。あるべき姿に、還って貰えないかな」
「あるべき、姿……って……」
 優月の眼差しには在り在りとした動揺が表れていた。不規則に揺れる視線は恐らく、困惑。それを見て取った楼蘭が、穏やに語りかける。
「あなたは……お名前の通り、優しい方なのでしょうね」
 蘇ってしまったのも、自分の死のショックから直也を護りたいから。
 それは、紛うことなく優しさと呼ぶものだ。
「その血を求める衝動が……時々、怖くなるのではないでしょうか。大好きな人を……心配で、見守りたくて、死ぬ事すら出来ない程好きな相手を……殺めそうで」
「……!」
 優月の瞳が真直ぐに楼蘭を捉えた。
 一瞬浮かぶは、泣き顔。されど一度俯き上げた顔にはもう陰りはなかった。あるのはただ、はっきりとした覚悟のみ。
「……どうすればいい?」
「僕達が送るよ……でも、お別れの言葉が無いのも悲しすぎるからね」
 そう言って愁院から差し出されたのは、レターセットとペンだった。無言で受け取ると、優月は手近なベンチに腰掛けペンを取る──けれど。
(「迷ってる……」)
 樹の影から見守っていた悠には、彼女の迷いが見て取れた。
 優しさをくれて、ありがとう。
 悲しませて、ごめんなさい。
 ──さようなら。
 言葉にすれば、たったそれだけの事。
 されどその心には、そんな言葉だけじゃ表せない色々な気持ちが、思い出が、溢れているのだろう。
(「お別れは……どんな理由があっても、辛いよね」)
 胸にじわりとした感情が浮かんだその時、優月のペンが動き出した。悠は咄嗟に動きを追う。
(「あれは……」)
 絵心のある者ならはっきりと解る。それは確かに、絵を描いている動きだった。滑るように滑らかに、迷いなくペンが白い紙面を走る。
 そして、優月の顔にも、確かな笑顔があった。
「……直也がね、言ってたの。『お前、人物画描いてる時、描いてるモデルの表情と同じ顔するよな』って」
 誰にともなく、優月が独りごちる。
「私、最後まで……笑っていたい。あの人が命を賭けてまで守りたかった、笑顔のままで」
「優月さん……」
 梨音が震える声で呼べば、一層優月の口元は綻び笑顔が咲いた。その間もペンは留まることなく動き続け、そうして真白な紙には穏やかな笑みを湛える直也の姿が表れた。優月は寸刻見つめると、四つ折りにして差し出す。
「確かに受け取った。約束は守る。絶対、届けるさ」
 愁院が頷いた背後で、突如火花が散った。己の背後の音と光に楼蘭が振り返れば、いつの間にか変身を解いた悠と、そして足元で既に息絶えた雀のリビングデッドの姿があった。
「楼蘭さんの後ろにいたから……それにもう、そろそろだよね?」
「日和瀬さん……ありがとうございます」
 楼蘭は頷き愁院へと視線を投げると、互い同時に起動を終える。
 隣で優樹もまた憑依を解除し、姿を現わした。起動したその手には、抜き身の長剣。
「彼を想う気持ちとか、嘘をついた事への罪悪感とか……そう言った想いがあるって事は、まだ人としての大事な何かが残ってると思うんだ。だから……全部失くしちゃう前に」
「……死ぬ、のね」
 優月は僅かに瞼を伏せ、優樹の持つ剣先を見つめた。街灯の明かりを浴びた剣の身には、仄かな淡雪が浮かんでは消えてゆく。それはさながら、生まれては消えてゆく命のようで、どこか物悲しささえ感じられた。
「梨音……ッ!」
 名を呼ばれ顔を上げた瞬間、梨音の脇を影が過ぎた。途端、背後発する打撃音に、梨音は急ぎ視線を向ける。
「雪花さん……!」
 弧を描きながら音無く地に足を着けた雪花の足元には、もう1体の雀の亡骸があった。ジャケットを整え直すと振り返り、梨音へ笑顔を向ける。
「……この雀も、私と同じようなもの? こんな風に、死ぬの?」
 微かな惑いを残す優月に、翔が駆け寄り声高に叫ぶ。
「ごめん、でも本当に直也さんの事が好きなら、僕らの事、信じて欲しいんだ……!」
 後方から現れたリュミエール等を視界に収めた後、優月は一同を見渡した。悠は手にしたナイフを一度降ろすと、穏やかに眦を緩める。
「せめて、これ以上苦しまないようにしてあげるから」
 優月は頷く。その顔からはもう、最後の迷いも消えていた。
 梨音も優月を見据えたまま起動すると、手の内のパイルバンカーを胸元で構えた。
「貴女を、倒します……直也さんと、誰より貴女自身のためにッ!」
 複数の地を蹴る音。合わせるように、優樹と楼蘭が仲間の武器に黒燐蟲を纏わせる。傷つけぬようにと放たれる幾重もの技は、されど的確に優月の身体を貫いた。次々と刻まれる痛みに苦渋の色を浮かべるも、優月はそれでも大地に足を着け、前を向いた。
「……あなたは、強い」
 視線の先にあったリュミエールはそう小さく零すと、翠玉の名を冠した剣を振り上げた。放たれる光の槍は優月の胸を捉えると、彼女の笑顔ごと、光で全てを包み込む。
 そう、彼女は最後まで、笑顔だった。

●願うは、ただひとりの幸福だけ
 優月の亡骸を抱え上げると、優樹はそのまま木陰の下のベンチへと座らせた。まるで寝ているだけのような顔からは、もう笑みすらも消えていた。
「……じゃあ、手紙、届けに行こうか」
 手紙を手に愁院が声をかければ、待って、と悠が引き留めた。ベンチに近寄り、優月の左手を取る。その薬指には銀色の細身の指輪が、街灯の明かりを受けて仄かに輝いていた。
 悠はそっと指輪を抜くと、丁寧に掌に乗せ愁院へと差し出した。愁院も頷き、封筒の中へと落として封をする。
 顔を上げ、愁院が歩き出すと、仲間も足並みを揃え後に続く。
「これで良かったんでしょうか……」
「出来る事なら、ずっと幸せで居られたら良かったのに……ね。でも、こうも思うんだ」
 呟く梨音に、優樹が優しい声音で返す。
「少しだけでも、ちゃんとした終わり方を用意できる時間を、神様がくれたんじゃないかって」
 ゴーストを肯定する訳じゃないけどね、と零す優樹に、傍らを歩くリュミエールも頷けば、すでにそこは直也の家の門前だった。
 愁院が静かに近づき、ポストへと封筒を投函する。アルミの郵便受けの底で、乾いた音が小さく響いた。
 電話でもしているのだろうか。家の中から聞こえる朗らかな直也の声に、愁院は仲間へと目配せし、踵を返す。
「愛の起こした奇跡、かぁ……」
 悲しい奇跡もあったものだと、翔が空を見上げた。双眸に映るは、夜陰に灯る優しげな月の光。
「彼女は一度、衝動に負けていた。でも、その後直也さんを手にかけていなかったのは、それだけ彼を愛していたって事ですよね」
 雪花の声に、翔も吹っ切れたような笑みを浮かべる。
「……優月さんの気持ち。直也さんに伝わるといいですね」
「きっと……伝わります」
 楼蘭も微笑し、そうであって欲しいと祈り願う。
 悠が、懐からもうひとつの封筒を取り出した。印字された無機質な文字を目で追うと、口元を微かに綻ばせ、その真ん中へと細い指をあてる。僅かに力を入れると、紙の擦れる音がして、それは容易くふたつに千切れた。

 母さん。あのな、今度会わせたい人がいるんだ。
 俺はただ、彼女が幸福でいてくれれば……それだけでいいんだ。


マスター:西宮チヒロ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
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参加者:8人
作成日:2009/09/13
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冒険結果:成功!
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