地獄の百メートル走


<オープニング>


 スポーツの秋である。
 九月中旬ごろから十月にかけて、学校だけではなく、地域や企業でも運動会が行なわれる。
 楽しみにしている者も多いだろうが……そうでない者もいる。
 そう、あまり運動が得意ではない人とか。
「運動会まで、ちょっとでも早くならないと……」
 夜の小学校。
 この静かなグラウンドに、一人の少年が来ていた。
 ぽっちゃりとした体格で、あまり運動は得意そうには見えない。
 苦手な百メートル走で、少しでも早く走れるように練習しにきたようである。
「位置について、用意……」
 百メートル走の状況を思い浮かべつつ、スタートに立つ少年。
「ドン!」
 そして、駆け出す。
 一生懸命に走る少年であるが……いつまでたってもゴールにはこない。
 少年は、違う場所へと走っていってしまったから……。

「秋といえば、いろいろなことがあって、目移りしちゃいますよね。お料理つくったり、美味しいものを食べたりできる食欲の秋。スポーツの秋といえば、バスケットボールとか、運動も楽しいですよね。芸術や読書も……」
 秋ということで、趣味の多い山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)は何をしようかいろいろ悩んでいるようである。
「今回は、スポーツの秋に関わる事件なんですが……ある小学校で、生徒が地縛霊の特殊空間に捕らえられてしまったんです」
 真緒によると、この小学校のグラウンドで、夜に長・短距離走やリレーなど、走る種目の練習をしていると、地縛霊によって特殊空間に捕まってしまうという。
 今、一人の少年が捕まっているらく、その特殊空間でずっと地縛霊に追われ続けている。
 今のところ、追い掛け回しているだけで危害は加えたりしてないようだが、最終的に殺してしまうだろうし、早めに救出するのが望ましい。
「特殊空間は、夜にこの小学校のグラウンドに入って、走ったりしていたら進入できるはずです。時間は夜、暗くなったころで、特に細かい時間とかはありません。特殊空間の大きさは、普通のグラウンドと同じくらいで、そこにニ体の地縛霊がいます」
 小学校の周囲は特に密集地というわけでもなく、夜にこっそり忍び込むこと自体は難しくないだろう。
「地縛霊の一体は、リレーのバトンを持っています。リレーの選手だったんですかね……そのバトンを投げつけて攻撃してくるみたいです。もう一体は、なぜかアンパンをくわえていて、それを食べて体力を回復するようです。しかも、そのアンパンをみなさんに食べさせようとします……危ないですから、絶対に食べないでくださいね」
 パン食い競争の選手だったのだろうか……それはよくわからないが、危険なものらしい。
 無理やり食べさせられてしまうと、毒とマヒのコンビネーションによって苦しむこととなる。
 この二体の地縛霊を倒し、少年を助け出してほしい。



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参加者
桜神・夏輝(朱き猛突風の戦乙女・b00219)
ティア・アルカーク(蒼穹の霊媒士・b00342)
山田・龍之介(サーフライダー・b02920)
クガネ・イリネ(ジョイファクトリー・b06009)
斎宮・鞘護(魔剣士・b10064)
鬼一・法眼(クライマックス馬鹿・b14040)
ユゼン・クロイラ(瓦礫の国のもったいないお化け・b35092)
田中・シベリア(絶対零度・b43215)
上条・鳴海(高校生雪女・b55099)
先旗・禊(大死一番・b59818)



<リプレイ>

 住宅地からやや離れた場所にある小学校。
 周囲には田が広がり、稲の穂が重そうに首をかしげている。
 そろそろ、刈り取りの時期だろう。
 昼間なら、黄金色がひしめく秋らしい光景に出会えたかもしれないが、今は夜。

 場所はグラウンド。
 運動の秋である……しかも、ゴーストを相手に、だ。
「ここを走っていれば、特殊空間に入れるのね」
 体操服に着替えた上条・鳴海(高校生雪女・b55099)が仲間の照らす光で、トラックの先を見つめている中、クガネ・イリネ(ジョイファクトリー・b06009)は丹念にストレッチをして、運動に供えている。
「銀誓館学園は十月だっけ、運動会?」
「そうだね、でもいまからやることは運動でもなんでもないから……さっくりといこうっか」
 身をそらしたり、腕を伸ばしたり、屈伸で体をほぐすクガネの横で、桜神・夏輝(朱き猛突風の戦乙女・b00219)が冷静な目でグラウンドを見渡している。
 スポーツの秋ではあるが、ゴーストが関われば、それはまったく別のものとなってしまう。
 命を賭けた戦いへと。
「準備は整いましたわ。あとは、走るだけですわね」
「学校の周りを見てきましたが、大丈夫みたいです」
 田中・シベリア(絶対零度・b43215)やティア・アルカーク(蒼穹の霊媒士・b00342)も、準備を終え、ライトで周囲を照らし、地縛霊の特殊空間へ入る態勢を整えていた。
 このグラウンドに特殊空間を持っている地縛霊は、夜にグラウンドを走っている者を捕らえ、中で追いかけ回すという。
 苦手なことを克服しようがんばる者を襲う存在に、二人は憤慨していた。
 その努力を邪魔する存在は許せない……能力者達はスタートラインに立つ。
「ではスタートするとするか」
 早く走りたいと練習する健気な少年を助るため……先旗・禊(大死一番・b59818)が走りだすと、仲間もそれに続く。
 短距離で息があがってしまっては、このあとの戦いが苦しくなると、鳴海は持久走で体を温めるように走った。
「ここのグラウンドって、結構トラックの外周が広いんだね」
 ユゼン・クロイラ(瓦礫の国のもったいないお化け・b35092)が走りながら思う。
 学校の周りが密集しているわけではないので、面積が広く、なんだか普通のグラウンドよりも広々としている感じがする。
 ちょっとうらやましいかも……そんなことを考えながら走っていると、周囲に違和感を覚える。
 グラウンドではなく、別の場所を走っていた……特殊空間だ。
 シベリアが生み出した光で、徐々に周囲が明るくなってくると見えてきたのが、一周四百メートルはあるだろうか、リレー用のトラックの外周である。
 前方には、体操服姿の地縛霊が、少年を追いかけていた。
「案外、速いじゃないか。いい走りだ」
「運動苦手な子でも、必死で走れば結構早いんだなー」
 山田・龍之介(サーフライダー・b02920)やクガネは、泣きながら逃げている少年の走りに関心するが……このままでは、いつ倒れてもおかしくないだろう。早く助けなくては。
「足の速さだけが、戦いにおける速さではないことを教えてやるかの」
 鬼一・法眼(クライマックス馬鹿・b14040)は、どんどんペースをあげていく。
 小学生レベルの走りなど、追いつくのは彼にとって容易だ。
 その後ろにいる地縛霊を捉えるのも簡単……二体の地縛霊を追い越し、少年との間に割って入ると、牽制の一撃を見舞っていく。
 法眼の蹴りを受けて転倒した地縛霊を飛び越え、ユゼンはそのまま少年と並んで走る。
「ほら、ゴールはもうすぐだから」
 少年に後ろを見せないように走るユゼン。
 前方には桂木・弥生(鉄腕符術士・b00640)が待機しており、ゴール地点でテープを切る代わりに、少年へ眠りの呪符を投げた。
 呪符が効き、走り疲れもあってか、少年はすぐに地面へ倒れ、眠ってしまう。
「ラピはゴーストが近づかないようにして」
 フランケンシュタインのラピエサージュはガトリングガンで弾幕を張り、その間に他の能力者達が地縛霊に追いつき、足止めを打った。
「ここから先へは……行かせんッ」
 斎宮・鞘護(魔剣士・b10064)が斬馬刀を構え、進路を拒む。
 蹴りを受けて崩れていた地縛霊が態勢を立て直し、どこからかアンパンを取り出し、かじった。
「しかし、なぜパンくい競争……? アンパン……?」
 禊は地縛霊のアンパンに疑問を浮かべつつも、黒燐蟲を呼び出し、赤手に破壊の力を込めた。
「……食うか」
「いるかッ!」
 一口かじったアンパンを鞘護に差し出す地縛霊。
 彼はそのアンパンを真っ二つに切り落とす。
 戦いの火蓋が切って落とされた。

「ワシは少年に攻撃が及ばんところまで、一旦後退じゃ」
 法眼が眠った少年を抱え、戦列から離れた。
 随分走ったのだろうか……荒い息をしながら、苦しげな寝言を口にする少年。
「走ったあと、急に休むとよくないって聞くけど、今はそんなこと言ってられないし」
 ラピエサージュも一緒に護衛しながら運び、ユゼンもサポートする。
 疲れきった少年が心配になるユゼンだが、彼に地縛霊の攻撃が届いてしまったら、それこそ危険だ。
 ラピエサージュの巨体が壁となり、法眼が敵の射程外まで一気に駆け抜ける。
 十分、距離が取れたことを確認すると、能力者達は一斉攻撃に移った。
「準備運動も終わったし、今度はボク達が一緒に遊んであげるよっ」
 クガネは斬馬刀を振りあげ、戦いの士気を鼓舞する構えをとりながら、無邪気な笑みをうかべた。
 リレーのバトンを持った地縛霊と、切り落とされたアンパンを手に取り、憎悪の目で能力者達を睨んでいる地縛霊。
 小さな運動会の始まりである。
「まずは、お前からだ」
 龍之介がバトンを持った地縛霊に狙いを向けた。
 その狙いは影の腕となり、地縛霊の身を引き裂き、毒という容赦ない苦痛を植えつけていく。
 苦悶の様子を見せる地縛霊に、続けて夏輝の放った炎の弾丸が炸裂。
 ガードしようと腕を前へ出して身を固めようとするものの、直撃した火球が全身へ引火し、地縛霊は火だるまとなった。
「ここは突破させませんわよ」
「何としてでも、食い止めなさい」
 火と毒に苦しむ地縛霊が突破口を開こうと、突進するが、ティアのフランケンシュタインが立ちはだかり、その後ろからシベリアが呪言を唱えた。
 ティアの雑霊弾を受けてよろめき、降りかかる呪詛の力に耳を押さえながら苦痛の声を喉から吐き出す地縛霊は、半狂乱でフランケンシュタインにタックルを繰り出し、さらに暴れ続ける。
「苦しいのなら、すぐに還してやろう……」
 フランケンシュタインの巨体が吹き飛び、その空いた穴を埋めるべく鞘護が素早く駆け出す。
 そして、構えていた斬馬刀に紅き炎を宿した。
 鞘護、さらにクガネの熱く激しい炎の斬撃が繰り出され、禊もそれに続く。
「喰らえ、獄炎撃!」
 ひときわ激しい炎が地縛霊を包み込んだ。
「なかなか、しぶといようだな……」
 だが、まだ立っている……全身で激しい痛み、熱さを表現している地縛霊であったが、能力者達の怒涛の連撃を耐え切った。
 これで、しばらくは強力な攻撃はできない……能力者達が受けに回る手番となる。
「こちらは足止めしておくわ」
 ユゼンと祝福を繋いだ鳴海は、アンパンを手にした地縛霊の前に立ち塞がっていた。
 薙刀で切り払い、注意を引きつけ、その間に仲間がバトンの方を倒してくれることを期待するが……再び闇から腕を伸ばそうとした龍之介に向かって、地縛霊は突進を敢行。
 見た目にも頑丈そうなその鍛え上げられた肉体が、易々と宙に浮く。
 このまま、徐々に少年との距離を縮めていく地縛霊に、能力者達は焦りを感じた。
「……食うか?」
 仲間の苦戦を横目で見る鳴海に、地縛霊がアンパンを差し出す。
「おいしそうだけど、遠慮願うわね」
「そういうなって」
 強引に口に持っていこうとする地縛霊を、薙刀で払い除けようとする鳴海。
 しかし、素早くアンパンを持った手を引っ込めると、一瞬の隙をついて彼女の口へ持っていった。
「しまっ……うぐっ!」
 口に広がるのは、表現できぬ未知の味。
 吐き出そうと喉を押さえるが……それよりも早く、手の感覚が消えた。

 なぜ、地縛霊は少年を追いかけ回していたのだろう。
 殺そうと思えば、簡単にできたはずだ。
 それをしなかったのには、理由があるはず……。
 地縛霊は、徐々に能力者達を追い詰めはじめた。
 焦りと共に、少年も感じていたであろう負の感情が、彼らを戦慄させた……迫り来るそれは、震えるほどに増大していく。
 地縛霊が追いかける理由……それが、ひしひしと体に伝わってきた。
 だが、今はこの状況を打開しなければ。
「燃え尽きるといいよ!」
 背中に迫り来るものを感じながらも、夏輝はそれを振り払うように不死鳥の一撃を放った。
 突き抜けた強烈な衝撃に腹を押さえて咳き込んでいた龍之介も、一気に距離を詰め、黒きオーラを乗せた二刀流で切り込む。
「これ以上、近づけさせねぇぜ!」
 これだけ近づけば、また吹き飛ばされたとしても、地縛霊は少年へ距離を縮めることはできないだろう……龍之介の捨て身の攻撃から、鞘護が攻撃を繋ぐ。
「紅蓮の焔に焼かれて滅べッ!」
 ようやく復帰した力を総動員し、もう一度、刃に紅蓮の焔を浮かべた。
「リレーにタックルとかないからっ! 他の走者を邪魔したら失格だぞー!」
 クガネも無邪気な笑みを浮かべつつ、大上段に構えた斬馬刀を、一気に振り下ろす。
 叩きつけられた刃が、地縛霊の胸元を深々と切り裂いた。
 さすがに回復手段がないと、大技……しかも、抜群の精度を誇る攻撃が続くと苦しいようだ。
 地縛霊は明らかに弱っていた。
「わたくしは鳴海を助けますわ」
「フランケンも向かわせます」
 シベリアが倒れた鳴海に祝福を与え、ティアのフランケンシュタインがアンパンの地縛霊へ向かい、強烈なナックルを叩きこんでいく。
「ここは絶対に抜けさせません」
 ティア自身も突破してこようとする地縛霊を、覚悟を持って迎撃しようとした。
 その時、禊の声が響いた。
「リレー選手の方は倒した! 今、そっちに向かうから、がんばってくれ!」
 禊の赤手がバトンの地縛霊を引き裂き、葬り去った直後であった。
「これで射撃による攻撃の危険はなくなったか。ワシは迎撃に向かう。ここは任せた」
 法眼が近づいてきたアンパンの地縛霊の迎撃に向かい、弥生は癒しの呪符で鳴海を癒す。
「わたしもこの子を守っているから、ラピはあいつをやっつけて」
 ユゼンも少年を護衛しながら漆黒の弾丸を地縛霊に放ち、ラピエサージュが殴りこんでいく。
 法眼の鋭い蹴りが食い込み、ラピエサージュのナックルが顔面に入り、地縛霊はよろめいた。
 ふらつきながらもアンパンを取り出し、口にする地縛霊へ、法眼が言った。
「何より貴様には速さが足りない」
 他の能力者達も追いついた。
 アンパンで身を持ち堪えようとしている地縛霊は、完全に包囲される。
「遅れをとったわね……でも、これからよ」
 鳴海も復帰し、凄まじい冷気の息を地縛霊に吹きかけていく。
 そして、身が凍りかけた地縛霊に、いくつもの刃が振り下ろされた。
 斬る……というよりは、叩き割るといった表現の方が正しいのではと思うくらい、力強い斬撃が地縛霊の身を破壊していく。
 炎の弾丸が撃ち込まれ、闇の腕が伸び、絶え間ない攻撃が続くも、地縛霊はそのつどアンパンでしのぐ……だが、数には限りがあるもの。
 容赦ない能力者達の攻撃に、すでにアンパンは打ち止めとなった。
「あれ、もうおしまい?」
 でも、べ、別に食べたくなんてないんだからねっ! と、やや離れた位置からクガネは影の腕を伸ばし、すでに傷だらけな地縛霊の体へ、さらに大きな傷を負わせていく。
 鞘護が切りかかり、禊が爪痕を地縛霊の体に作る……すでになす術もないという地縛霊の動きを止めたのは、シベリアの言の葉であった。
「地獄の鬼でも追いかけているといいですわ」

 二体の地縛霊が消え、特殊空間は消滅した。
 能力者と少年は、また静かな小学校のグラウンドに戻っていた。
 目が覚めた少年に、能力者達は練習で疲れて眠ってしまったのでは? などと説明し、夜も遅いから早く帰宅するように促す。
「あとは闇雲に練習しても効果が薄いから、正しいフォームを意識して走ると良いわよ」
 鳴海のアドバイスを聞くと、少年は小さくお辞儀をしてから、グラウンドを後にする。
「気をつけて帰るんだぞ」
 鞘護が少年を送り出すと、能力者達の安息がグラウンドに響いた。
「少しでも速く走れるようになると良いな」
「努力、成就、するといいな」
 夢を見ていた、ということになるだろう今回の出来事だが、禊やティアはこんなことになってしまった分、ちょっとでも少年の足が速くなることを願わずにはいられなかった。
「本番も、えいえいおー 」
 運動会のチームのために少年はがんばって夜まで練習していたのだろうか……ユゼンは少年にエールを送る。
 あのゴーストは、もうバトンを受け取ってもらえなくなったけど……いや、渡すつもりはなかったのかもしれない。
 リレーを繋ぐことなく、ずっと少年を追いかけ続けたゴースト……そのプレッシャーという、生前のゴーストが持っていたものを、少年に与えるために、そうしていたのではあるまいか?
「しっかし、まぁあれだな。あの地縛霊も運動すんなら、もっと健全な運動しろってな」
 だが、不健全な運動はよくない……龍之介が広いグラウンドを見渡しながら小さく言った。
 運動会の季節。
 スポーツが得意な者もいるし、そうでないものもいる。
 結果はどうであれ、そのために流した汗、努力が何よりも大切なんだと思いつつ、能力者達は小学校を後にした。


マスター:えりあす 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/09/14
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