青い小鳥と緑の館


<オープニング>


「おじいさん、鳥の数が減りましたかね……」
 老婦人が窓辺に立った。外はようやく白み始めたころ。この頃さえずりが少ない気がすると彼女は言った。
「耳が遠くなったのと違うか?」
 答えた方も穏やかそうな老紳士だ。
「おじいさんには聞こえるんですか?」
 いたずらをたくらむ子どものような声で問い返す妻に、夫もやはり聞こえなくなったと苦笑交じりに白状する。
「こいつの声も、よく聞こえんようになった。年だなあ」
 窓脇の止まり木には鮮やかな水色の羽根をしたオウムインコが一羽。落ち窪んだ目には禍々しい光が宿り、嘴にはかすかに血の跡。だが夫妻はそれに気づかない。
「さあ、夜明けですよ。おじいさん……」
 運命の窓が大きく開かれる。

 なだれ込んできたのは、鳥の形をした悪魔。羽ばたきの音が1つして止まり木の死神が老人の目を抉る。嵐が去った後に残るのは、目をついばまれ、体中の肉を抉り取られた夫婦の死体。
 それは、運命予報士の視た悲しい未来。

「あー。皆集ってるな。じゃ、依頼の話だ」
 王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)はゆっくりと教室に入ってきて、言った。

「行ってもらうのは通称『緑の館』だ」
 ある町の外れに古い洋館が建っている。そこには緑豊かな庭があり、周辺に住む人々はそう呼んでいるのだ。そこに暮らしているのは年をとった老夫婦。息子達からの仕送りと年金で、毎日を穏やかに過ごしている。
「毎朝、えれー早起きでなぁ。庭の木に集る小鳥の声を夫婦揃って聞くのが趣味らしい」
 団十郎は目を細めて説明を続ける。
「問題は、だ。リビングデッドがいるってことなんだな」
 それは老夫婦が飼っていた青い小鳥……。ちょっとした事故で死んでしまったその鳥は、主が気づかないうちにゴーストとして戻ってきたのだ。
「リビングデッドはオウムインコだ。家で飼うのにしちゃ、でかい方だな」
 老夫婦は普段からインコを居間で放していたらしく、リビングデッドは大抵窓の脇の止まり木にいる。
 今までリビングデッドは庭の木に集まる鳥達を食べていたのだが、そろそろそれも限界を超えようとしている。
「次の狙いはじいさん達だ。多分もう猶予はない」
 リビングデッドが飼い主を襲う前に、決着をつけてきてもらいたいと団十郎は言う。

「オウムインコの攻撃は、嘴でつつくことと羽根を飛ばしてくる遠距離攻撃攻撃だ」
 動きがかなり素早いし、つつかれるだけでも普通の人間ならかなりのダメージを受けるだろう。まして夫妻はお年寄りだ。
「あとはルリビタキって言う鳥のリビングデッドがいるな」
 その数30体。今までにオウムインコに喰われてしまったもの達だ。彼らの攻撃は嘴でつついてくるだけで至極単純である。気の毒だがそいつらもまとめて眠らせてやってくれ、と団十郎は苦い声で呟く。実は鳥の群れの中にはリビングデッドでない鳥も混じってるんだけどな、と付け加えて。腐敗が始まってるか否かですぐに区別はできるが、はたして選んで攻撃している余裕があるかどうか。
「ルリビタキのいる木は、居間の窓から見える位置にある」
 リビングデッド達は暗いうちは木の茂みにいて、夜明けになったら活動を開始する。
 老夫婦のほうは毎朝服装を整えると、窓辺の安楽椅子に座り、窓を開けて夜明けを迎える習慣だという。
「たぶん、今度ばあさんが窓を開けたら、奴らはなだれ込んで来て襲うだろうな……」
 数を甘く見さえしなければそうそう苦労する敵ではないが、問題点が1つある。
「じいさん達に戦闘を見せないでほしいんだ……」
 リビングデッド達が活動を始めると思われる頃、彼らもまた窓辺へと来てしまうのだ。その辺りを工夫してもらう必要がある。
「毎朝楽しみにしてる小鳥の、屍なんか見せたくないしな」
 なるべく穏便にカタをつけてもらいたいのだ。

「古い家だから、門や扉もガタがきていてな。裏口からなら苦労することなく入れると思う」
 中に入ってしまいさえすれば、高い塀が戦闘を隠してくれるだろう。
「まあ、ちょっと厄介な条件がつくけど、頑張ってくれな」
 信じてるぜ、と団十郎は能力者達を送り出した。

マスターからのコメントを見る

参加者
陽菜希・依空(灰夜奇譚・b01732)
隈垣・斗志朗(青藍の退魔士・b02197)
琉孔・セト(蟲笛のかなた・b03188)
リージェス・ラム(小学生符術士・b06944)
甚兵衛・羽織(幸福の錯覚未遂・b09590)
武蔵坊・玲綺(いかずちの姫神・b14382)
御屋園・雪華(中学生フリッカースペード・b15119)
姫琴・睦美(推定無罪・b15748)
滝川・雅樹(マッドスチューデント・b16164)
八代・雪(小学生符術士・b17104)



<リプレイ>

●夜に沈む決意
 漆黒の闇は深い。夜明け前が1番暗いのだとはよく言われることであるが、そんな暗い闇の中を能力者達はやってきた。
「……眠い。なぁ」
 琉孔・セト(蟲笛のかなた・b03188)は闇の底でぱんと自らの頬を叩いた。朝まだき、普段ならまだ夢の国にいる時間である。
「目が覚めるよ? 食べる?」
 甚兵衛・羽織(幸福の錯覚未遂・b09590)が笑ってチョコレートを差し出した。彼女はたっぷりと睡眠をとってこの時間に調子を合わせてきたのだ。セトは尊敬のまなざしで先輩を見上げる。
「……しゃきっとしないと。ね」
 うん、と羽織は肯う。
「眠らずに歌う鳥達か……」
 リージェス・ラム(小学生符術士・b06944)が呟いた。リビングデッドも眠るのだろうか。それとも眠ることなく喰い続けるのだろうか。
「……眠らせに行こうか」
 夢を見るにしても、見させるにしてもそれはもう、この世のものではないのだから。
「どんなに心地好くても、夢は夜明けまでのモノだからね」
 それが悪夢とわかっていればなおのこと。夢はいつか醒めるもの。青いゴースト達の夜明けの歌はもう2度とない。今、これから、能力者達が終らせるのだから。
「……なるべく自然死に見せかけたいな」
 やわらかな声と溜息とが同時だった。振り返れば武蔵坊・玲綺(いかずちの姫神・b14382)の顔がある。老夫婦が可愛がっていたインコだから。楽しみにしていたルリビタキのさえずりだから……。単なる壁役に徹することになっても、それがどんなにストレスの溜まることでもやってのけなければならないと彼女は思う。
「お二人の心を傷つけるのは心苦しいですが誰かがやらねばならぬことですものね」
 滝川・雅樹(マッドスチューデント・b16164)もそっと言った。リビングデッドも普通のルリビタキも一気に全て薙ぎ払ってしまえばそう難しいことではない。老夫婦の安全だけを考えるならばそれは正当な方法だ。
「でも、誰だって、かわいがってたもの、死んだら……悲しい。ね。少しでも、失う痛み、和らげられたら……」
「……鳥達も災難ですわねぇ」
 呟いたのは姫琴・睦美(推定無罪・b15748)だ。ゴーストの餌になってしまったルリビタキ達。
「今度はキチンとお眠りくださいませ」
 リビングデッドは2回死ぬ。この世の生き物としての死とゴーストとしての死と。すでにリビングデッドになってしまったオウムインコやその餌となったリビングデッド達も、もはや救う方法は1つしかない……。いかに心苦しくともゴーストを消すべき定めにある者はそれを越えていくのが掟。
「青い鳥というのもまた、皮肉な物だね」
 青い鳥は幸福の鳥。それなのにその鳥がこんなささやかな習慣を壊してしまう。陽菜希・依空(灰夜奇譚・b01732)は闇の中で影だけを見せる木を見つめた。上手く回らないのが世の中だと割り切ってしまうには理不尽な何かがそこにはある。
「……還って貰うよ、蒼穹に」
 せめて、老夫婦の記憶に幸せなまま留まっていられるように……。
 大地は暗い闇に沈み、蒼穹はいまだ遠く。青い鳥は青い空に、生きるものはこの庭に。全てをあるべきところへ送る。それが彼らの仕事だ。

●夜、動く
「今回は時間との勝負……如何に早く決めるかが鍵になるか……」
 隈垣・斗志朗(青藍の退魔士・b02197)が立ち上がる気配がした。独り言のように呟くそれはここにいる全ての者が共有する思い。夜明け前。あやめも分かたぬ闇の中で能力者達は行動を開始する。思いは同じ。一刻も早く老夫婦の安全を確保する。
 八代・雪(小学生符術士・b17104)がそっと立ち上がると、依空はくるんと猫に変化した。無言で一同に優雅な礼を施すと緑の館の裏へと回る。その小さな2つの身体を守るように堂々と玲綺もついていく。彼ら3人は家の中で老夫婦の避難させ、オウムインコを倒す役目を担っている。
「気をつけて」
 御屋園・雪華(中学生フリッカースペード・b15119)の歌うような優しい声が眠る庭に沁みた。緑の館と土地の人が呼ぶように、この古い洋館の庭はちょっとした森のように木が多かった。葉を落とした木々は星空をつかんばかりに枝を伸ばし、冬尚茂る常緑の木々はそこに住む者達を包み込んでいる。

 家に入り込むのに大した労力は必要なかった。猫の姿であってみればむしろ簡単なことだといえるだろう。依空はするりとその身を滑り込ませると、全身で気配を探る。
(「不穏なものはない……」)
 変身を解いた依空は裏口をあけ素早く2人を招じ入れる。家の中も外と同じく冷たい夜の空気が流れていた。それぞれに懐中電灯を灯し、家の中を探る。リビングデッドがいるであろう居間の位置を特定し、老夫婦を眠らせるために。
「……ここです」
 雪が呼んだ。2階の端の部屋だった。他の部屋はひんやりするほど片付いていて生活の気配というものがまるでなかったけれども、その部屋には人の気配があった。広い洋室に旧式の大きなベッド。そっとドアをあけて見れば読みかけの本がテーブルの上に置かれていた。
「……ん……だれかいるのかい?」
 声がかかった。雪は慌てて口を押さえ、玲綺はとっさに身を伏せる。
「……夢。夢の住人……」
 依空の手には眠りの符。もう少しばかり夢を……と。ゴーストさえも眠らせる符は老夫婦を再び深い眠りへと誘った。

 家の間取りを簡単に図にすると、依空は窓辺による。見下ろせば小さくしぼった白燐光の中にセトの影。懐中電灯の光を当てて、紙を落とす。一瞬セトが笑ったのを確認すると依空も、振り向いて2人に笑みを見せる。
「じゃ、行くか」
 鎖剣『風塵』がシャランと音を立てた。
 ――戦いが、始まる。

●暁に闘えば
「ルリビタキ……スズメ目ツグミ科の野鳥で体長15センチ前後。ほぼスズメと同じ大きさでオスは…………」
 夜の中で雅樹の声は陰々と流れる。
「……チョコ、食べる?」
 羽織が言ってみても、受け取る気配はなく声が続く。お経でも聞いている方がましかもしれないと誰からともなく思い始めたころ、それは来た。
「始まる。よ」
 セトが簡単に間取りを伝え、居間の窓を指す。その瞬間かたく閉まったその窓から一条の光が伸びた。それは大きく揺らされて、消える。

「行きなさい!」
 雅樹が言った。小さな石が尋常ではないスピードで飛び、幹を揺さぶる。ざっと常緑樹の葉が波のような音を立てて、震える。
「うわ……」
 誰かが叫び声をあげそうになったのももっともなこと。無数の鳥達が白み始めた館の庭に飛び立ったのだ。
「夜明けと共に行動を始めるリビングデッドか……健全なものだね」
 落ち着き払ったリージェスにも、待ち構えていた羽織にも鳥達は襲い掛かる。腐臭が能力者達の鼻を付いた。3ヶ所で白燐光の淡い光が灯る。徐々に強くされていくその明かりに、青い小鳥が群れているのが浮かび上がった。青い小鳥……否。青かった小鳥。今は腐敗した肉を纏う異形のモノ。
(「逃げて……生きている子は逃げて!」)
 雪華もリビングデッドに取り巻かれながら念じる。能力者達は待っていた。リビングデッド達が襲ってくるのを。健全な鳥が逃げるのを。
「逃げるのはリビングデッドですわ!! 逃げないのはよく訓練されたリビングデッドですわ!!」
「ありえないっ」
 1体1体のダメージはそれほどでなくとも数が多ければいかに能力者といえども無視は難しい。だが、ここは敢えて耐える。生きている鳥が逃げるまで。スケルトンの後ろで睦美は攻撃に転じる機会を窺う。
「嘘です! 行きますわ」
 小鳥を撃つのは気が進みませんけど、とかなんとか言いつつ周囲の霊たちを呼び集める。ぱたりと小鳥が落ち、睦美はにこりと微笑んで、周囲を振り返った。狙い違わず。そこに落ちたのは腐敗の進んだ体。
「目、障りっ!」
 セトの微かな声が斗志朗の耳に届く。セトが白い蟲達を放つのと同時に斗志朗の弾が地を打ちつける雨のようにルリビタキ達を撃った。斗志朗の宝剣『零牙』が光る三日月の軌跡を残す。
「……その嘴は、お肉を突くようには、できてないんだからー!」
 片側では雪華の歌声が流れ、羽織の蟲達が舞うようにリビングデッドを食い散らす。
(「さあ、落ちろっ!!」)
 一同の耳にそんな叫びが聞こえた気がした。羽織は沈黙のうちに闘志を漲らせているはずであるのに。
 ――夜は白々と明けてくる。ようやく白み始めた東の空。消えていこうとしている星々。その下で戦いは続く。

●誰がための勝利
 淡い光の乱舞を玲綺は窓の向こう側に感じていた。片手には鎖剣、残る一方には長剣。『風神』『雷神』と名付けられたそれは彼女の手の中で沈黙を守っている。
「符よ、目の前の哀れなる存在に浄化の力を! 急急如律令!」
 ――急ぎ、定めの如くせよ。雪の言葉は呪われた符と共に飛ぶ。それは玲綺の後ろから。リビングデッドはあってはならない。ゴーストは倒されなければならない。それが定め。この世界の掟。
 部屋の中の戦いは静寂の中で進められていた。長剣の閃きもあらゆる武器の音もなく。
「……」
 羽音と共に瑠璃色の鳥が舞い上がった。微動だにせず、玲綺はそれを見あげる。次の瞬間に飛んでくる無数の羽根を正面から受け止めるべく。
 頬に入った赤い筋。流れる血を拭うこともせず、玲綺はきっとリビングデッドを見すえる。刹那、彼女の左右を符が通りすぎていく。
「……傷をつけないのは、お前のためじゃない」
 リビングデッドに飛んだ依空の符は黒い染みのように吸い込まれていった。
「……わたくしが手を出さないことに感謝するだろうな」
 宙を切って飛ぶ呪い。立ちはだかる守護神。戦闘と呼ぶにはあまりにも静かな一幕。依空は後ろのドアを警戒していたが、老夫婦は起きてくる気配さえ見せない。呪いの符と癒しの符を2人の術士は惜しげなく使った。
「……行け。攻撃は私が引き受ける」
 振り向きもせず、玲綺はひゅんと剣を一閃させた。彼女は狂ったように飛び回る瑠璃色のインコ目で追っているだけ。そしてその攻撃を防ぐ動く盾になる。水色の羽が再び舞った。だが烈風のようなその羽根も2人の術士には届かない。風にも倒れない葦のように、風塵を寄せつけぬ大樹のように1人の戦士がそれを阻む。それは伝説に聞く戦の神さながらの……。

 ルリビタキはその数を瞬く間に減らしていった。残ったルリビタキは木から引き離され、能力者達に完全に囲まれてしまっていた。
「喰らい尽くしなさい!!」
 雅樹の静かな宣言を皮切りに、3方向から白燐拡散弾が一斉に弾けた。白い蟲達は一枚の布のように小鳥達に覆いかぶさる。
「ばいばい」
 セトが別れの言葉を投げかける。
「歌を忘れては此処に居る意味はないだろう? 歌を思い出したら此処へ戻っておいで?」
 生まれ変わりがあるというなら、ね……。残酷なまでの言葉をリージェスは紡ぐ。そして取り残されたリビングデッドは彼のバレッドレインの軌跡に消えた。

 ルリビタキを倒した能力者達が居間へ到達した時目にしたものは、無数の羽根の乱舞の中に屹立する玲綺の後姿。東に向いた大きな窓からは夜明けの光が差し込もうとしていた頃だった。
「……終ったのか?」
 玲綺の背中が静かに問いかけた。
「……うん」
「そうか、終ったか」
 複雑な響きを残して、玲綺は構えていた2つの剣をそっと下ろした。そしてこの戦いで初めて彼女は1歩下がる。
「還ってもらうよ」
「人が死ぬのは嫌です……」
 依空と雪の呪いの符がリビングデッドに放たれた。戦いは始まった時と同じく物音1つ立たないまま終った。ルリビタキ班の面々は家の中が異様に静かだったことにはじめて思いをいたす。そういえば、とても静かだった……と。

●歌え、小鳥
 室内は全くといっていいほど乱れていなかった。そこかしこに散る瑠璃色の羽根がなければ日常となんら変わることはない。雪は静かにオウムインコを拾い上げると、部屋の隅に向かう。そこには大きな銀色の鳥かごがあった。止まり木の下にオウムインコをそっと寝かせる。傷1つ付いていない鳥は先ほどまでの禍々しさをもう残してはいない。
 オウムは逃げたことにするという意見もあったが、いなくなったオウムインコを老夫婦が探し回ったり気に病んだりするのは気の毒だと、能力者達は話し合った。一時的な衝撃はあるだろう。だが、彼ら2人ならばきっと乗り越えてくれる。そう信じることしか彼らにはできない。
「せめて安らかな眠りを、そして生まれ変わるなら再びあのご夫婦のもとに」
 最後に部屋を出た雅樹は死したものへの最後の言葉を贈った。

 夜明けの庭は海の底のようだ。静かでうすい霧がただよって。庭には30体分の骸。もう2度と空を飛ぶことも見ることもないルリビタキ。睦美と羽織は撃ちもらしがないことを丁寧に確認して、頷きあった。
「……お気に入りだった樹から離しちゃってごめんねー」
 雪華は1つ1つそっと袋に入れていく。家で待っているカナリアのことを思いながら。雪華のすすり上げる音を誰もが聞こえないふりをした。
「生まれ変わったら、また、ここ、戻ってくる、と……いい。ね」
 セトが言葉を手向け、リージェスが用意してきた鞄に袋をしまう。帰ったら、学園のどこか静かなところに、青い空の見えるところに埋めてあげよう。本当はこの庭に埋めてあげたいけれど、掘り返した跡に気づかれては困るから。
「この結果が幸か不幸かはわからんが……また鳥達がここに戻ってくるよう祈る……」
 斗志朗の言葉に依空も黙祷を捧げる。誰もがそれにならうと、今日最初の光がルリビタキの木をたらし始めた。
「……そのうちまた老夫婦の窓辺にも鳥が歌うようになるだろな」
 リージェスはいう。何も知らない夫婦はそれを喜ぶようになるだろう。
「……それでいいのだろうけど」
 そう。それでいい。リビングデッドのことも銀の雨も知らずにすむのなら。笑っていられるのなら。それがいちばん、いい。緑の館に緑の色が甦ってくる。朝日は次々と色を呼び起こしていった。そして、彼らはこの家の屋根が見事なモスグリーンであること知る。

「……逝ってしまいましたね。私達をおいて」
 居間の安楽椅子。夫人の膝にはもう動かないオウムインコ。
「だが、鳥達は、帰ってきたな……」
 大きく開け放たれた窓から、清冽な空気と共に鳥のさえずりが届く。悲しみと悪夢が夜を覆いつくしたとしても、朝が来れば喜びも来る。ならば、歌え。うたえ、小鳥。とこしえに朝の歌を。それが夫妻の祈りにもなる。

 ――木々に埋もれそうな「緑の館」が遠くなっていく。羽織はチョコレートを口に放り込んだ。
「……苦いにゃあ」
 苦いのは別のことだと、誰もが充分に承知していたけれども、誰も何も言わない。
 羽織の手の上で銀の紙が曙光に輝いていた。


マスター:矢野梓 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2007/02/15
得票数:泣ける3  カッコいい1  ハートフル2  せつない25 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。