一度地獄に落ちてみろ!?


<オープニング>


 とある田舎の山奥に、人々に忘れ去られつつある元採石場があった。
 砂利の山に囲まれ、荒涼と開けたその場所に入ってくる、自家用車が1台。
「よしよし。ここなら、誰にもバレないだろう……よっこらしょっと」
 運転席から降りてきたのは若い男で、そう呟きながら助手席に乗せていたものを降ろした。
 重そうなそれは、ブラウン管のパソコンディスプレイ。
「始末するのに金をかけるなんて勿体無いもんな」
 独り言から察するに、彼はリサイクル代をケチるためにここにやってきたらしい。
 おあつらえ向きに、すぐ近くの地面に大きな穴があいている。
 採石の跡か何かだろうか? すり鉢状の、まん丸な穴だった。直径は10メートルほどだろうか。
 男の不幸は、その穴を見て何かを連想することができなかったこと……かもしれない。
 鼻歌交じりに穴に近付いていった男の足が、ズルリと滑った。
 穴の中へと。
「うわ!?」
 立ち上がろうとすると、足元の土がどんどん崩れる。もがけばもがくほど、身体がどんどん、穴の底へと滑り落ちて行く。
 すり鉢状の底で待ち構えているのは、クワガタのハサミに似た形の、アリジゴクの顎――ただし、大きさは人を楽に屠れるほどの。
 悲鳴が尾を引き消えた後、穴の外に放り出されたパソコンディスプレイがぽつんとその場所に残っていた。

「皆様、いらっしゃいませ」
 志之宮・吉花(中学生運命予報士・bn0227)が、秋風の吹き込む教室に能力者たちを招き入れた。
「とある山奥の元採石場に、妖獣です。このまま放置致しますと、男性が1人、犠牲になってしまいます」
 不道徳な目的で訪れた結果ではあるが、報いに死を受ける必要はもちろんない。その男性の命を救うためにも、妖獣を倒さねばならない。
「今から出発いたしますと、被害者予定男性の車が来る直前に現場に到着致します。特別なことをしなくても、人影があるのを見つけましたら、男性は車をUターンさせて立ち去るでしょう」
 不法投棄を思い止まってくれると良いのですが、と吉花は苦笑した。
「現場の様子は……特撮番組の戦闘シーンによく出て来る感じ……を想像していただけるとよろしいかと」
 そして吉花は小脇に抱えていたメニューブックを開き、中に挟んだメモを読み始める。
「草も木も生えない土剥き出しの場所に、1箇所、大きなすり鉢状の穴があります。そして、人を食らえるほどの巨大なアリジゴク型の妖獣が1匹、その底に潜んでいます」
 土の中に隠れている状態では攻撃もしにくい。獲物が来るのを待ち構えているその妖獣を誘い出す方法は……。
「まずはどなたかが囮になって、穴に入るとよろしいかと」
 吉花はさらりと言った。
「底まで行かなくても、穴の中に獲物が居る限り、身体を半分ほど土から出して待ち構えますので。
 1人の方が穴の壁面をグルグル走って粘って、その間に穴の外の方々が長射程アビリティなどで攻撃という作戦もよろしいですし、4名ほどまででしたら穴の底で戦闘を行えるほどの広さがありますので、わざと底まで落ちてガチンコバトルという手もございます。
 皆様のアビリティ構成などにより、戦術をお考え下さい」
 アリジゴク妖獣は相手は穴の底から移動しないので、攻撃はほぼ当て放題となる。また、今までに穴に落ちてきた山の動物を殺して残留思念を得ることを覚えているため、一旦戦闘となると相手を殺すまで諦めない。つまり、逃がしてしまう心配はないと考えて良い。
 ただしアリジゴクとて顎で食らいつくだけでなく、前脚で砂利を飛ばす長射程攻撃もしてくるので、穴の外から攻撃する場合でも注意が必要だ。
「あとは……戦闘が始りますと、大型犬ほどのサイズのアリ型妖獣が5匹現れます。これが、放っておきますとお約束のようにアリジゴク穴に落ちますので……。
 穴の外からの攻撃をメインになさる場合はわざと落として上から一気に攻撃を仕掛けることも可能です。
 穴の底でのガチンコをメインになさる場合は、狭い場所で乱戦になるのは少し面倒ですから、そうならないよう対処なさったほうが良ろしいかと」
 ゴーストについての情報は以上ですね、と吉花はメニューブックを閉じた。
「そうそう。帰りは、近くにあるオープンカフェに寄られては如何でしょうか。本格派のコーヒーと、今が季節の新サツマイモを使ったスイートポテトなどのお菓子が楽しめますよ」
 帰りは恐らく夕方になる。ランプの灯るオープンカフェで、夕焼けを見ながらコーヒーを味わうと良いだろう。
「では。秋のアウトドア行楽……と言うには少し剣呑ですが、良い運動になることと思います。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 笑顔で、吉花は能力者たちを送り出した。

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参加者
法条・光(黒き魔天の霊弾・b00418)
アレックス・ザナンドゥ(中学生魔弾エアライダー・b05408)
大浦・政義(のんびりまったり愛好家・b20860)
銀鏡里・凛(魔弾術士・b30788)
蝶美・味鈴(天真爛漫な赤いリボン・b32106)
朔月・風香(暗月の女帝・b34778)
近藤・秀一郎(闇を駆る真如の月・b55403)
蔵灘・黒夢(ジャックハウンド・b55452)
六桐・匳(青藍荒天・b66454)
片霧・まなみ(モノクロガーデン・b68034)



<リプレイ>

●採石場の穴
 誰も居ないだろうと思っていた古びた採石場に、たくさんの人影。
 彩りの乏しい光景の中、真っ赤なリボンが初秋の風に揺れている。
 涼しげな藍色の瞳をした少女とばっちり目が合ってしまって、運転席の男は気まずげな顔をした。
 自家用車がUターンする。
「行っちゃったみたいだ」
 遠ざかる車を見送り、近藤・秀一郎(闇を駆る真如の月・b55403)が小高い砂利の山から駆け下りてきた。
 家電のリサイクルは確かに面倒くさい。しかし、こんなところまでわざわざ捨てに来るほうがよほど面倒ではないだろうか。おまけに、もし実行していれば命がなかったのだ……。
「悪さをすれば地獄に落ちるというが、まさかアリジゴクに落ちる人もいるとはな」
 銀鏡里・凛(魔弾術士・b30788)が皮肉げな笑みを浮かべた。
「つーか、そもそもリサイクル代くらいケチんなとは思うけど……」
 六桐・匳(青藍荒天・b66454)が微かに眉を寄せ呟く。
「だよな。数千円ケチったために死んだなんて知れたらカッコ悪いよな……」
 秀一郎が頷いて、はははと乾いた笑い。
 愚かなことをしようとしたと、気付かねばならないのは男自身の問題だろう。
 能力者たちが片付けるべき問題は、すぐ近くの地面の底に待ち構えている。
「まぁ、何にせよぱぱっと片付けてしまいましょう」
 朔月・風香(暗月の女帝・b34778)が振り向いた先には、すり鉢状の穴。
「……あーゆー人がこの先来ないとも言い切れないしね」
 入り口からよく目立つ場所に立っていた蝶美・味鈴(天真爛漫な赤いリボン・b32106)が、小走りに駆けて来た。
「しかしアリ地獄か……また変わった妖獣が出たものだな」
 法条・光(黒き魔天の霊弾・b00418)は穴の縁から中を覗き込んだ。
 底に巨大な虫型妖獣が潜んでいると想像すると、あまり気味の良いものではない。
「……よく祖父母の家の庭にいましたっけ」
 大浦・政義(のんびりまったり愛好家・b20860)が呟いた。
「そうそう! アリ地獄って懐かしいですよね、小さい頃に見たっきりな気がします。……こんな大きくないですけど」
 片霧・まなみ(モノクロガーデン・b68034)は結んだ髪をぴょこりと揺らして政義に頷く。
「……ちょっと夢に見そうです……ね」
 アレックス・ザナンドゥ(中学生魔弾エアライダー・b05408)も穴を覗き込み、深呼吸して気を引き締めた。
 能力者たちはアリジゴク妖獣の巣を囲み、頷きあう。
「「「イグニッション!」」」
 荒涼とした採石場に、起動の宣言が高らかに響く。
「アリクイだかあり地獄だか知らねェが、とっとと片付けてやる。行くぞレイ」
 黒に身を包んだ蔵灘・黒夢(ジャックハウンド・b55452)が、漆黒のスカルロードを従え穴の縁へと立った。

●出ました、アリジゴク
 囮と囮交代要員は穴の近くに、アリ妖獣に対応するのがメインの役割の者は穴から少し離れた場所で、陣形を整えた。 
「さぁ、始めましょうかっ」
 と、まなみが漆黒のパイルバンカーを豪快に頭上で回す。
「じゃ、打ち合わせ通り。最初の囮は俺だな」
 秀一郎が月のように銀色に輝く長剣を頭上に構え、穴の中に飛び込んだ。
「流石、足場は最悪!」
 秀一郎は足元の乾いた土をざらざらと崩しながら底へと降りてゆく。
 穴の底が不気味に揺れ動いたのが、それと同時。
 アリジゴク妖獣が姿を現し、巨大な顎を鳴らして獲物を待ち構える。
「おっきなアリジゴクね……ほっといたら羽化するのかしら……?」
 目を丸くしつつ、味鈴は容赦せず呪われた穢れの弾丸を放った。漆黒の弾丸が真っ直ぐに、アリジゴクへと飛ぶ。
 半分地に埋まり、避ける術を持たないアリジゴクは、弾を食らってガチガチと顎を鳴らした。
「はン。穴の底から動かない……文字通り死に損ないか。つまらない戦もあったもんだな」
 自分の姿を二重に映し出す霧を纏いながら、黒夢が呟いた。
「アリも出たようだ」
「ぞろぞろと……」
 光が呟き、凛がそちらに視線を走らせる。光の纏う白水干と、凛の纏う黒いインバネスコートの前に、それぞれ魔弾の射手の魔法陣浮かび上がった。
 現れた5匹のアリ妖獣の1匹が、下からの風に突き上げられる。
「……雑魚はどんどん減らそうぜ」
 ジェットウィンドを放ったのは、歴戦の作業着姿の匳だった。
「デカくても負けません!」
 ザッ、と砂利を弾き飛ばしながらエアシューズを滑らせたのはアレックス。空中に足止めされたアリの懐に飛び込み、蹴りで一閃する。三日月の軌跡と共に、疾風怒涛のアームブレードが秋の陽光にきらめいた。
「囮の人は逃げ回るといっても体力に限界がありますし、時間をかけないようにしないと……」
 政義が、長剣・紫電を頭上に構えた姿勢から、アリたちに向かって暴走黒燐弾を撃ち出した。
 ちらと穴の中に目をやれば、秀一郎がアリジゴクの飛ばす砂利を受けながらも底へ向かって突っ込んで行くところだ。アリジゴクが前脚で飛ばしてくる砂利はあまり強力ではないようだが、その上にアリ妖獣が落ちてきては厄介だろう。
 能力者たちに顎や酸を振るいながら、アリたちはじりじりと穴へ近づいて行っている。
「面倒だな」
 ち、と舌打ちし、黒夢が懐に入ってきた1匹に爆水掌を食らわせた。吹き飛ばされてくれればよかったのだが、アリはそのままヨタヨタと穴の縁へ近づいて行く。
「中を引っ掻き回されるのは御免ですので、お約束は我慢してくださいな」
 鮮やかな赤が閃いたのは、風香の纏ったチャイナドレスだ。すぐにもう一つの赤――炎の魔弾の火球が生まれ、一番ダメージを受けているアリを狙って飛ぶ。
 まず1匹目が、魔炎に包まれながら消えていった。
 強さとしては、ゴーストでも所詮アリ、と言う印象だ。装甲は薄く、攻撃はよく通る。
「さっさと落としたほうが面倒がないかとも思ったが……」
 アリジゴクとアリと、まとめて一気に上から叩くつもりでいた光だが、周囲の皆の行動を見て、アリを穴の中へと吹き飛ばすために使う予定だった爆水掌を逆に、穴から遠ざける方向へと使った。
「いちっ……ほらほら、邪魔」
 匳が蟻酸を食らって顔を顰めつつも、次々と風を放つ。
「2匹目、一丁上がりです!」
 風に突き上げられ足止めを食らった1匹に、アレックスのクレセントファングが止めを刺した。
「貴方達の相手は私ですよ?」
 ふらふらと穴へ向かう残りの3匹の前に、政義が立ちふさがる。
 政義の黒燐蟲に食い荒らされながらも前進するアリたちの前に、凛が駆けた。
「行かせない」
 漆黒のケープがなびき、三日月の軌跡を描く蹴りが1匹を狩る。
「あ、そっちはダメですよ、っと!」
 まなみが、穴に向かって行くアリの腹に黒いパイルバンカーをピタリと当てた。インパクト! 狙い済ました一撃が放たれ、柔らかい腹を杭が貫く。
 3匹目、4匹目と順調に片付いて、残るは1匹。
「悪い、誰か援護頼めるか!?」
 穴の底から、秀一郎の声がした。
 顎による噛み砕きを2回ほど受けた彼は、アリジゴクから距離を取り旋剣の構えで回復を試みているのだが、いかんせん足場が悪い。砂利でも飛ばされれば一発で足元が滑って、アリジゴクの顎の届く場所へずり落ちてしまいそうだ。
 様子を気にして覗いていた風香が既に穴の中に飛び込んでいるが、間に合うかどうか。
「砂利は勘弁してね!」
 ばっ、と勢い良く味鈴が片腕を振った。穴の底へと、闘気の具現化した鎖が飛ぶ。アリジゴクと味鈴の片腕とがタイマンチェーンで繋がれ、怒りの状態に陥ったアリジゴクがガチガチと顎を鳴らした。
 穴の外では、アリの最後の1匹が今にも穴に落ちようとしている。
「……やらせねー」
 匳の投げた2つのブーメランが左右対称の軌跡を描いた。軌跡が交差する点の上にアリがいる。
 ブーメランを受けて顎を仰け反らせたアリの胸部に、スカルロードの黒い鎌が深々と突き立った。
「アリは片付いたな。手間かけさせやがる。……レイ、ダメージを回復しておけ」
 黒夢は傷ついた使役に自己回復を命じてから、アリジゴクに向き直り水刃手裏剣を投げた。
「あとは攻撃あるのみだ……疾くと去ね」
 光の水刃手裏剣が、黒夢の投げた水刃手裏剣を追う。
「わー、本当に攻撃当て放題ですね〜」
 まなみのダークハンドが、続いてアリジゴクを引き裂いた。
 アリ妖獣を倒しきった今、能力者たちは全ての攻撃をアリジゴクへと集中させることができる。
 次は雷の魔弾がバチリと火花を上げて炸裂した。放ったのはアレックスだ。
「当て放題ですが……その代わり、かなりしぶといみたいです」
 穴に落ちないよう注意深く縁から覗き込み、アレックスが眉を寄せる。かなりの攻撃を叩き込まんだはずだが、アリジゴクの動きはあまり鈍っていない。
「む……思ってたよりキツイものですね」
 穴の底ではアリジゴクの怒り状態が解け、風香が顎に食らいつかれて受けた傷を魔弾の射手で癒している。
「そうそう。一発がけっこう痛くてさ――でも、」
 なんとか回復が間に合った秀一郎が底に戻ってきて、黒影剣でアリジゴクに斬りつけた。
「地獄なんてごめんだね。俺はこんなところで死ねない!」
 秀一郎は次の攻撃に向けて体勢を立て直す。白いジャケットは砂と血に汚れているが、それでも彼の眼光は鋭い。
 穴の底の2人の自己回復が間に合わなくなる前に、政義が穴の中へと飛び込んだ。
「鬼さんこちら、です」
 アリジゴクが、新たな侵入者に気を取られ砂利を飛ばす。
「焼け焦げなさい!」
 動き回る政義を追って生まれる死角をついて、風香たちがここぞとばかりに攻撃を叩き込んだ。
 魔炎がアリジゴクの身体を包み込む。
「……今度はお前が地獄行ってみろ」
 匳が、穴の上から容赦なくブーメランを投げる。
「自分の用意した穴で眠るといいわ」
 味鈴の指輪の赤い石が、鋭い光を放ちアリジゴクの胸部を打ち抜いた。
「勝負あり、ですねっ」
 まなみが、ダークハンドの最後の1回を放つ。
 アリジゴクが魔炎に燃え上がりながら悶えるさまは、さながら地獄絵図。
 穴の上からの更なる炎の魔弾がそれに勢いを加え、止めとなる。
「一応、祈っといてやるよ。行き先が地獄ではないように、AMEN」
 魔弾を放った凛が、ナイフの刀身に埋め込んだ小さな十字架をそっと指先で撫でた。
 カチカチと顎を鳴らす音が小さくなり、やがてアリジゴクは消えてゆく。
「はン、また無駄な時間を過ごした」
 黒夢は吐息しつつ、周囲を見回して皆の無事を確認した。
「……よく働いたな」
 背後に付き従うレイを黒夢がそっと褒めた時、アリジゴクの姿が完全に消えた。穴の底には魔炎の作った焼け焦げの跡だけが残っている。
「何とか片付きましたね……服も靴の中も砂だらけです……」
 帽子をぽんぽんと払いながら、アレックス。緑の髪も細かな土埃でくすんでいる。
 穴の外で戦闘を行った彼がその状態なので、囮組がどうなっているかは推して知るべし。
「とりあえず、イグニッションを解いて、土埃とさようならしたいです」
 穴から登り出てきた風香が、苦笑しながら言って、けほりと小さく咳き込んだ。

●秋の夕空に
 日が傾くと残暑の気配は一息に去り、湿度の低い秋らしい夕風が肌に心地よい。
 話に聞いたオープンカフェで、席についた能力者たちはほっと息を吐いた。
 店内から漂ってくるコーヒーの香りと、お菓子の甘い匂いがたまらない。
 メニューブックにはコーヒーに合いそうなお菓子がずらりと並んでいる。
「店員さん、おススメ教えてほしいんだよ! おススメ♪」
 味鈴がふわふわの三つ編みを揺らしてメニューブックから顔を上げ、勢い込んで店員さんに尋ねた。
 おススメはやはり今が旬のサツマイモスイーツ、中でもスイートポテトらしい。
「俺もそのお勧めを貰うとするか」
「私も! あと飲み物は温かいカプチーノで!」
 光が言い、まなみが手を挙げる。
「じゃあ僕は、やきいも風味ジェラートを。食べたいわけじゃないがせっかくだから」
 凛はクールを装っているが……?
「甘過ぎるのはちょっと苦手なんですよね……」
 ブラックコーヒーを頼んだ風香が迷っていると、店員さんのオススメはカラメルの効いたやきいもプリン。
 やがてテーブルに飲み物とお菓子が揃う。
「じゃ、秋の味覚でも堪能するかね。……そういや、日が落ちるのも早くなったなー」
 匳がコーヒーカップに口をつけながら、夕焼けに染まり始める空を上目に見上げた。
「優雅ですねぇ……」
 ミルクをたっぷり落としたコーヒーを楽しみながら、政義も空を見上げる。
「秋の夕焼けが一層綺麗に見えるのは何でなんでしょうね。不思議です」
 まなみはカップを両手に包み込んで、その温かさにほっこりと微笑んだ。
「なんだか地獄から天国に大移動した気分だな」
 秀一郎はモンブランをフォークで崩しながら目を細める。
「あら……予想以上に美味しいですね」
 風香はほろ苦さと甘さの同居する大人味のプリンに驚きの表情。他のお菓子にも興味が出てきたようで、一口ずつの交換を皆にもちかける。
「運動後の食事ってなんでこんなにおいしいのかなぁ」
 味鈴は風香と一緒にあれやこれやとつつきながら、至福の表情だ。
 ふと見れば、仕方なさそうに注文していたはずの凛が、ジェラートを食べながら口許を僅かにほころばせている。実は甘いもの好きらしい。
「土産に買って帰ろう……」
 黒夢はやきいもジェラートとモンブランが気に入ったようで、テイクアウトの算段をしている。
 賑やかなテーブルでただ1人、アレックスの手があまり動いていない。
「今夜でかいアリ地獄はまってしまう夢は見ないように祈っているんです」
 と言う、彼の表情は真剣だ。実は虫が嫌いなのにとてもがんばったということを考えると当然かもしれなかった。
「見たら見たで良い思い出になりますよ、何年後かには」
 政義が笑いながら言って、アリジゴクの巣をつついて遊んで、その晩自分が蟻地獄に落ちる夢を見てうなされたという幼い日の出来事を語る。今は良い思い出だと締めれば、皆も笑った。
 そうしてコーヒーを楽しむうち、夕焼けの色が濃くなった。
「これは見事な夕焼けですねー……」
 風香は風情に浸りながら、心地よい風に目を細める。
 仄暗くなってきたので、テーブルにはランプ風の照明が灯った。ほんわりと温かい色だ。
 光に招かれて、小さな羽がひらひらと近付いてきた。
「あ。ウスバカゲロウ……」
 味鈴が呟いて、熱い電球に触れそうになる小さな虫をそっと払ってやった。
 アリジゴクの妖獣が、羽化をすることはないだろうけれど、まるで地面から開放してくれたお礼を告げに来たようにも思えて。
 能力者たちは軽々と昇ってゆく小さな羽虫を、夕焼けの空に見送ったのだった。


マスター:階アトリ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/09/17
得票数:カッコいい11 
冒険結果:成功!
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死亡者:なし
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