<リプレイ>
●楽園の跡 下校時刻をとうに過ぎ、人気のなくなった中学校。 まだ開いている裏門を忍ぶように潜り、8つの影は裏庭を目指した。 辺りはもう暗い。 職員室などはいざ知らず、校舎内でこの位置から確認出来る場所に明かりはない。 低い空には白い月が浮かび、薄闇に沈みゆく周辺をを仄かに照らしていた。 裏庭の片隅に生える木の影で、人影――能力者達は数人ずつに分かれた。 「上手くいくといいな」 地縛霊にまず説得を試みるという面々を前に、立湧・治秋(高校生魔剣士・b14010)は口を開いた。 目の前で大切なものを奪われ、自らも後を追うような目にあった地縛霊の少年の無念さに胸を痛め、過ぎ去った時を振り返る。 (「『俺達』が味わった感情を、無関係の誰かが味わうようなことは、何としても止めなければ……」) 彼の言葉に、騎島・亮(高校生魔剣士・b01277)は静かに頷いた。 例え説得が上手くいったとしても、打ち倒さねば地縛霊は救われることはない。 陽動の為ではあったが、地縛霊の凝り固まった妄執を取り払ってやりたいというのも、明かさずとも本音なのかも知れない。 紅炎寺・絆(小学生ファイアフォックス・b10291)は、そんな彼をサポートする為近くに控えるつもりだ。 動物を愛する心の優しい少年が、これ以上罪を犯してしまう前に。彼女もまた、想いを過ぎらせる。 ヴォルフガング・アイゼンシュタット(高校生フリッカースペード・b14239)は、何処かだるそうな姿勢で彼らの後に続いた。 彼も、表面には出さぬ複雑な思いを抱えているようだ。 「……彼はきっと、人より優しかったんですね……」 里井・恋(高校生ファイアフォックス・b10317)は軽く俯く。 動物達とこの場所への心が断ち切れずに未練を残してしまった少年を思うが、自分達がしてあげられるのは、倒すことだけ。 わかってはいても、胸は痛む。 「でも、ゴーストなってしまって人に害を及ぼすなら、倒さないといけないから……」 皆まで言わずとも伝わる仲間達の想いに共感しながらも、光明寺・二郎(高校生フリッカースペード・b03777)は気を引き締めた。 真っ直ぐに、少しずつ遠ざかっていく陽動班の背を見守る。 「ここに残っても悲しい思いをするだけ……」 小柄な恋よりも少し背の高い、しかし年で言えば後輩に当たる雨野・鈴音(小学生霊媒士・b05231)は、彼女の言葉に頷くとカードを握り締めた。 これ以上悲しみを膨らませることのないよう、呪縛から解き放とうと心に決めていた。 少年の無念の思いは地縛霊と成り果ててしまったが、生前は命の尊さをよく知っている子供だった筈だ。 だからこそ、これ以上他者を傷付けるようなことがないように、と灰崎・樟一郎(高校生青龍拳士・b02690)も願う。 「せめて、私達が守りましょう。彼のその心を――尊厳を」
●その胸に響け 近付くにつれ、飼育小屋の中にぼんやりと浮かぶ人影が窺えるようになった。 こんな時間や場所でなければ、普通の男子学生に見えてしまうような姿だ。 だが、胴や腕に纏わりつく鎖が、彼が地縛霊なのだということを証明している。 少年が攻撃を仕掛けてくる兆しは、まだない。 小屋に接近した能力者達には気付いているようで、ただ敵意の篭った眼差しを投げ掛けている。 先頭に立つ亮は、注意深くもう一歩を踏み出した。 金網越しに見える少年の姿を、真っ直ぐ見据える。 「おばーちゃんが言っていた。人は傷つけられて初めて、他人の痛みを知る事が出来る。その痛みを他人に与えてはいけない、それが優しさを知るという事だと」 静かに、諭すような言葉が紡がれた。 「お前がそうやって暴れ続けていたら、此処にやってくる筈の新しい動物たちが行き場を失くす。それはお前も本意ではないだろう?」 悲惨な出来事を嘆いていても、何も変わらないと理解して欲しい。 だが、地縛霊から何らかの反応を引き出すことは出来なかった。 人ならざる者の双眸は、威嚇の色で以って彼らを睨みつけている。 まるで、それ以上近付けば攻撃も辞さないという意思の表れのように。 死によって時を止めた時から、偏った想いに囚われ続けている少年の心には、亮の言葉は沿わなかったのかも知れない。 「このままでは埒が明きませんね……」 木の下で見守っていた樟一郎は歯噛みする。 睨み合いで時間を費やしても仕方がないし、急に地縛霊が攻撃を仕掛けてくる危険性もある。 小屋の前に立つ亮達が振り返る。 言外にも意思は通じたようで、双方の能力者達は頷き合った。 「鍵や金網は、なんとかします……」 予め用意して置いた工具を足元に置くと、鈴音がカードを掲げる。 それを見た他の能力者達も、カードを手にして叫んだ。 「「イグニッション!」」 木の下に集っていた者達は、詠唱兵器を纏いながら小屋に向かって走り出した。
●空っぽの楽園 「来……な……に行……」 拒絶の声と共に、起動し踏み出した亮に向かって植木鉢が飛ぶ。 彼はダメージを受けつつも怯まない。時間を稼ぐ為、金網の前に立つ。 が、直後に状況は一変した。 地縛霊の瞳が、作業着姿の樟一郎の姿を捉え、 「……また、殺……来たのか……!」 威嚇から明らかに激しい憎悪の視線に取って代わったのだ。 周辺の空気までも変わったような気がした。 硝子を引っ掻くような耳障りな音が聞こえたかと思うと、空から、地面から無数の妖獣達が姿を現した。 小鳥も兎も、樟一郎目掛けて殺到する。 「くっ……」 飛んで来たブロックに当たりながらも、樟一郎は妖獣達を振り払うよう剣を振るう。 作業着によって、囮としての役割は抜群の効果を発揮したが、いかんせん攻撃が集中しすぎた。 そこまで、犯人に対する憎しみが強かったのだろうか。 痛みとなって身に染みるようだ。 (「彼の心が軽くなるなら、幾ら受けても構いませんが……」) それだけでは救われないと、戦い続ける間も頭を過ぎる。 地縛霊となってしまった今、少年は新たな犠牲を求めずにはいられないだろうから。 「大丈夫か……!」 治秋は、樟一郎の足元に喰らいつく兎を引き剥がすよう斬り払う。 金網の前から走った亮が更にもう一撃を加え、ヴォルフガングの放つ声の衝撃波が追撃を伴って妖獣達を襲うと、兎の1体は地面にひっくり返ってゆっくりと消えた。 「……これで……っ!」 刃の固定された腕を恋が力強く振り降ろすと、火の粉を撒いて炎の弾が小鳥目掛けて飛ぶ。 炎に包まれた小鳥は地面に落ち、暫くもがいた後に動かなくなった。 「今のうちに……」 スケルトンを従えた鈴音は、樟一郎の許に仲間達が集まるのを確認すると飼育小屋の扉へ走った。 彼に攻撃が集中している今、鍵や金網を壊す好機だろう。 工具を取り出しドアに張り付く少女の背を、かつて彼女の家に仕えていたスケルトンが守る。 「響け、僕の歌声よ!」 作業に掛る鈴音を気に掛けながら、二郎は魂を篭めた歌声で妖獣達を攻撃した。 何度も追撃を受け、バラバラと数体の小鳥が地へと落ちる。 その間にも絆は優しく涼やかな歌声を響かせ、仲間達が受けた傷を癒やしていった。 妖獣の頭数が大分減った頃、ヴォルフガングは複雑そうな眼差しで飼育小屋を振り返った。 『なぁ……動物を使って人を傷つけるって間違ってねぇか? 動物をそんな道具にして、お前さんは本当にいいのか?』 大切に可愛がってきた筈の動物を安らかに眠らせてやりたくはないのかと、小さな歌に乗せて問う。 地縛霊は、ヴォルフガングを見てはいなかった。憎悪に塗れている筈の目は、時折悲しげに次々と消滅していく妖獣達を見ているような気がした。 それが何を意味するのか。少なくとも、妖獣達は彼が作り出したり操って能力者達を襲わせている訳ではないことは確かだった。 自分達を殺した人間に対する憎しみからなのか、妖獣の本能で殺した生物の残留思念を喰らいたいだけなのか、仲間が倒れていくのに脇目も振らず、ひたすらに能力者達を攻撃する。 苦渋の思いを堪えるよう、恋は腕を振りかざす。 「……ごめんなさい……」 放たれた炎の塊を喰らい、最後の小鳥が燃えながら消えていった。 「あぁ……」 地縛霊の少年は、酷く悲しげな吐息を漏らした。 それでも、攻撃の手は止まない。 「鍵、外れました……!」 鈴音の声と扉が開く音に、樟一郎は走る。 残りの能力者達も、表へと回る鈴音と共に金網に走り寄った。 「古手川、力を貸して……」 走る鈴音はスケルトンに声を掛け、自らの中へと呼び込む。 (「ここに眠る動物さん……可哀想なあの子を救う手助けをして欲しいの……」) 自らと一体になったゴーストに願い、曇りのない瞳で地縛霊の姿を見据えた。 今の状態なら、金網を壊すよりもそのまま攻撃を行った方が早いだろう。 樟一郎が飼育小屋の中に突入するのと、金網側にいた能力者達が集中攻撃を行ったのは殆ど同時だった。 治秋の足元から伸びた手の形をした影が、引き千切らんばかりに地縛霊を掴み爪を立てた。 (「……確かに思い出のある物は壊されたくない。其れでも、いつかは……」) この戦いの結末を見通したような、何処か悲しげな声が衝撃となって金網をすり抜けていく。ヴォルフガングの放ったそれは、木霊するように何度も地縛霊を打ちつけた。 使役ゴーストとの合体で力を帯びた雑霊達が、鈴音の手振りで金網を突き抜けて飛ぶ。 二郎の放った声の衝撃を追うように、絆が構えたガトリングガンから燃え盛る炎の弾を打ち出した。 「この地に縛られしその想い、浄化の炎で弔おう」 犯人は罰を受けたのだ。大切な場所をこれ以上血で穢す必要はもうないのだ。 紡がれた言葉の裏にある想いは、少年の心に届いたろうか? 「もう、過去に囚われて戦うのはやめろ! 思い出せ、何の為に動物の世話をしていたのか!」 炎に包まれた地縛霊に呪いの篭った符を投げつけながら、亮が叫ぶ。 小屋の中にいる樟一郎を吹き飛ばし、壁に叩きつけていた地縛霊の目に、こころなしか柔らかな光が宿った。 戦いの最中ぶつけられる想いに、凝り固まっていた筈の何かが揺れ動いたのだろうか。 刹那、金網を掻い潜って伸びた闇色の腕が地縛霊を掴み、力強く引き裂いた。 そのまま、少年の細い身体がゆっくりと傾ぐ。 「……もう守る必要はないんだ。……安らかに眠れ」 伸びた腕が治秋の足元に戻り、消えた。彼の目は、淡い光に覆われて形を失っていく少年の姿をじっと見詰めていた。 最後のひと欠片が、消えてしまうまで。 「さようなら……」 少年が天に登るように消えていったように思えて、恋は濃紺の天蓋が覆う夜空を見上げた。 戦闘中には忘れていた、ひやりとした冬の夜の風を感じる。 月は訪れた頃よりも少し高い位置にあった。
●託す想い 「このお墓みたいですね」 木々の影を探している時に見つけたそれを、恋が示して皆に教える。 裏校舎の片隅には小さな雑木林があった。 枯葉とどんぐりが疎らに覆う地面を歩くと、その更に隅の方に、簡素だが動物達の墓標のようなものが立てられている。 流石に、少年の墓は寺など相応のところにあるのだろう。 鈴音は絆達に手伝って貰い、手頃な石を見付けると墓標の隣に立てて固定した。 少年と動物達の心が添えるように願いを篭めて。 「これからの生の営みを、見守って下さい……」 鈴音が出来たばかりの小さな慰霊碑に手を合わせると、面々は思い思いに祈りを捧げる。 二郎は碑の前で胸に手を当て、ゆっくりと息を吸い込んだ。 その唇から流れ出るのは、優しい鎮魂歌。 慰めるのは、死者の魂でもあり、今を生きる者達の心でもあった。 「ここも生まれ変わる。君達も生まれ変わる事を祈っているよ……」 ゆったりと流れる歌に目を細めながら、絆は林の向こうに小さく見える飼育小屋を見遣った。
林から聞こえる二郎の歌声が、掌のオルゴールの音色と重なる。 手近な木に凭れ掛かり、何処か寂しい旋律を聴きながら、ヴォルフガングは思索に耽っていた。 自分も、大切な歌の思い出は壊されたくなかった。 歌を戦いの道具にするのは、歌を愛して育った彼にとって辛いことだ。 「やっぱ俺……もう歌えねェわ……」 「そんなこと言うなよ!」 慰霊碑に手を合わせて戻って来た治秋が、食って掛かる勢いでヴォルフガングに言った。 「俺達は能力者だろう? ゴースト事件から力のない者を守ることが出来るのは、能力者だけなんだぞ」 寡黙で冷静そうに見える彼の印象からは、意外な言葉だった。 面食らったような顔をしたヴォルフガングを見ると、治秋はばつが悪そうに顔を俯ける。 「……それに、ゴーストになってしまう程の思いを残した奴らを救うことも出来る。最終的には、自分自身が決めることなんだろうがな……」 小声でそう続けると、背を向けて歩き出す。 飼育小屋周辺の片付けを手伝うつもりなのだろう。 「金網はそんなに痛んでなかったな」 地縛霊が飛ばした物を粗方片付け、亮は飼育小屋の様子も確認する。 扉の鍵は侵入の為に壊し、金網は所々攻撃の余波で拉げたり切れたりしているがこの程度なら誰かが悪戯したのだと思ってくれるだろう。 割れた植木鉢をなんとか寄せ集め、隅に置いて来た樟一郎も感慨深げに飼育小屋を眺める。 いずれ建て替えられた飼育小屋は、再び生徒達の優しい心を育み、それらに守られて動物達が暮らす小さな楽園となる筈だ。 能力者達の脳裏に、暖かな陽だまりのような光景が過ぎる。 今はまだ、想像に過ぎないけれど。 それが現実になる日も、そう遠くはないだろう。
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参加者:8人
作成日:2006/11/27
得票数:せつない17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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