護り刀は何のため


<オープニング>


 さら、と絹が擦れる音がした。何気なく振り返った男が見たのは、白い衣を纏った髪の長い女性の姿。
「――ん?」
 男は訝しげに首をかしげた。既に深夜と言って差し支えない時間帯、しかもここは人通りの少ない路地裏だ。衣を纏った、しかも年若い女が立つには、あまりにも不似合いすぎる。
「貴方は強そうね」
 男の態度など気にする風でもなく、女は男に話しかける――綺麗な笑みを浮かべて。
「だから、死んで頂戴? 私が強くなるために」
「は?」
 状況が飲み込めなかったのか、男が間の抜けた声を上げた。女はニッコリと微笑んだまま隠し持っていた懐剣を抜き放つ。研ぎ澄まされた刃が、月の光を受けて鈍く輝いた。
「おいおい、何の冗――」
 顔を引きつらせる男に向かって、女が懐剣を振り下ろす。風を切るような音がして、男を見えない刃が襲った。
「……ああ、そうね…。もっともっと強くならなければ……」
 血に濡れて息絶えた男を見下ろしながら、女が呟く。

「『懐剣』って知ってるかい?」
 集まった能力者に、桐原・葵(高校生運命予報士・bn0169)が問いかける。
「花嫁なんかが胸元に差してる短刀みたいなものだろ?」
 日本の文化が好きらしいヤン・ジルベール(中学生霊媒士・bn0224)が答えれば、葵は短く「当たり」と返した。
「今回はその『懐剣』のメガリスゴーストを倒してきて欲しいんだ」
 とある家に代々受け継がれてきたというその懐剣を手にしたのは、嫁入り間近のその家の一人娘。深夜、人気のない路地裏を『強そうな男性』を探して歩き回っているらしい。
「このメガリスゴーストによる被害はまだ出ていないけれど、それも時間の問題だ。送球に対処して欲しい」
「懐剣って元々は護り刀だろ? そんなのまでメガリスゴーストになるのかよ」
 ヤンの言葉に、葵は僅かに肩を竦めてみせた。
「メガリスゴーストが現れる場所の検討はついている」
 気を取り直すように言いながら地図を広げ、一本の路地を指差す。
「細い路地で、深夜になるとほとんど人通りがなくなる。路地自体は細くて戦闘には向かない」
 説明しながら葵が指先を動かす。彼女の指が路地を辿り、とある区画でとまった。
「だから、路地の途中にあるこの空き地で待ち伏せるのがいいと思う」
 路地に「強そうな男性」を見つければ、彼女はその男性を追いかけてくる。空き地に誘い込むのはそう難しいことではないはずだ。
「攻撃方法なんだけれど、近くの相手を懐剣で斬りつけてくる他に、風の刃を遠くの相手に飛ばすこともできるらしい」
 援護ゴーストはおらず、相手はメガリスゴーストに操られた女性1人のみ。
「彼女の名前はさくら。大人しい、俗に言う聞き分けのいい娘さん……だったらしいんだけど。厳格すぎる家庭で、ずっと抑圧されて暮らしていたらしくて」
 自分がもっと強ければ、抵抗する力があれば、という感情がメガリスゴーストを得たことによって悪い方向に暴走してしまっているようだ、と葵は付け加える。
「懐剣だってこんな使われ方は不本意だろ、多分」
 ヤンがボソリと呟いた。葵は軽く息をつくと、簡単な注意事項を確認していく。
「既に知っていることかもしれないけれど、メガリスゴーストは所有者を戦闘不能にしなければ破壊できない。所有者自身はメガリスゴーストの力で守られているから手加減は不要だ。それから……全て終わったら後のことは世界結界に任せるのが一番いいと思う」
 そう言うと、葵は能力者を見回す。
「犠牲者が出る前に、よろしく頼む」

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参加者
琉孔・セト(彼の蟲溢るる籠灯籠・b03188)
小笠原・宏道(野球侍・b08417)
烏森・カケス(応急手当係・b27258)
イェル・ベネヴォルメンテ(高校生真フリッカーハート・b43964)
藤野・涼太(花嫁修業中・b53733)
倉田・巴(緑の手を持つ者・b58173)
ギンヤ・マルディーニ(アルディラ・b70345)
守御・斬人(護天の龍華・b71491)
NPC:ヤン・ジルベール(高校生霊媒士・bn0224)




<リプレイ>


 車一台通るかどうかの狭い路地。ところどころに設置された古い街灯が、薄ぼんやりと路面を照らす。
(「女性にとっては護身用であると同時に、自害する道具でもあったようですが……」)
 薄暗い路地でメガリスゴーストに憑かれてしまった女性を待ちながら、小笠原・宏道(野球侍・b08417)はメガリスゴーストとなってしまった懐剣に思いを馳せる。
 街灯がチカチカと瞬いた。球切れでも起こしかけているのだろうか――何気なく思った時、微かに足音が聞こえた。コツンコツンと、小さな音が規則正しく響く。
「……足音が軽い……来たようですね」
 手に持ったランプを持ち上げ足音のする方角へと向ければ、肩に衣を羽織った髪の長い女の姿が浮かび上がった。彼女はゆっくりと宏道のほうへと歩いてくる。
 自分以外の存在に気付いたのだろうか、彼女は不意に立ち止まり彼を見た。そしてくすり、と小さく笑う。再び歩き出した彼女に合わせるようにして、宏道は徐々に後退していく。
 同じ距離を保ちながら、仲間の待つ空き地へと――。


 暗い空き地に、8人の能力者が待機していた。メガリスゴーストを包囲すべく空き地に数人ずつで散らばり、それが現れるのをじっと待つ。
「良いとこの人も、たいへんだな」
 入口近くで待機する烏森・カケス(応急手当係・b27258)がボソッと呟いた。
「鬱屈した感情を、晴らしたい……って、思いは、いいと、思うけれど」
 彼の呟きを聞いた琉孔・セト(彼の蟲溢るる籠灯籠・b03188)が、小さな声で答える。
「それが、こんな形に……なってしまっているんじゃ、何の解決にもならない、ね」
 続く言葉に、カケスは「そうだね」と同意した。
「本来護身用の懐剣までメガリスゴーストになるとはね」
 別の場所では、倉田・巴(緑の手を持つ者・b58173)が信じられない、とでもいうかのように首を振っていた。
「婚礼道具が辻斬りに使われるのは見過ごせません」
 藤野・涼太(花嫁修業中・b53733)が言えば、ギンヤ・マルディーニ(アルディラ・b70345)も頷く。
「幸い、まだ被害は出てないみたいだし、彼女が人を殺めてしまう前に必ず止めよう」
(「剣に憑かれたか」)
 守御・斬人(護天の龍華・b71491)は腕組みをし静かに瞑目している。
(「抗うとは己が意思を示して初めて可能。ただ力に縋るのは抗う事を放棄したに等しい……その妄想、断つ」)
 決意と共に、斬人は閉じていた目を開く。一方、イェル・ベネヴォルメンテ(高校生真フリッカーハート・b43964)はとても苛立っていた。
(「実際さ、抑圧されてると感じる位に守られてるって事でしょ」)
 縛られた生き方が嫌だというのなら、全て捨ててしまえばいい。家に伝わる懐剣など使わなくともいいではないか。
(「そりゃ、懐剣がメガリスゴーストになっちゃったからってこともあるんだろうけどさ……」)
 イェルの中で腹立たしさが募っていく。
(「あー、もう!」)
 彼女のイライラがピークに達しようかという時、路地の様子を窺っていたカケスが声を上げた。
「来たぞ」
 ランプを持った宏道が後方を気にしながら空き地へと向かってくる。彼を追うようにして、女がついてくる。
 宏道が空き地に戻ってきた。どうやら怪我はないらしい……万が一の為に備えていた巴とカケスが小さく息をつく。宏道は空き地のほぼ中央でクルリと後ろを振り返る。
 メガリスゴーストに憑かれた女――「さくら」が空き地に姿を現したのは、その数秒後のことだった。
「ああ、やっと追いついた……」
 さくらが懐剣を抜き放ち宏道に歩み寄る。イェル、涼太、斬人の3人が飛び出し、宏道と4人で彼女を取り囲んだ。
「始めるよ」
 短い言葉と共にセトが放った白燐蟲の光が、空き地を明るく照らす。それまで暗い路地を歩いていたせいだろう、さくらが一瞬眩しげに目を細めた。
 ギンヤが自ら生み出した最高級栄養ドリンクを飲み干す。
「貴方にもヤドリギの祝福を」
 巴はそう言いながら魔法のヤドリギで空にハートを描き出し、自分の力を強めると共に宏道に祝福を与えた。
 イェルが内心の苛立ちを押さえて鮮やかにダンスを踊れば、さくらも釣られて踊りだす。自らの意思に関係なく動き出した体に、さくらは驚いたように目を見張った。
「親の言うとおりが嫌なのは理解できるけどさ」
 カケスが禍々しい呪符を作り出す。
「肉体言語で語り合うのは、流石に一番最後の手段だぜ?」
 言葉と共に呪符を投げつける。ふわり、と衣を舞わせてさくらがそれを回避した。
「その分不相応な物を手放すが良い」
 拳に螺旋状の詠唱停止プログラムを纏わせ、斬人がさくらを殴りつける。
「剣は弱さを隠す為に振るう物では無い」
 淡々と告げる彼を、踊りの呪縛から解放されたさくらの懐剣が襲った。咄嗟に体を逸らし直撃こそ避けたものの、容赦ない一撃が斬人の皮膚を切り裂いていく。
「これが、メガリスゴーストの力……」
 その太刀筋の鋭さに涼太は呟き、思わず息を呑んだ。一般人の、しかも武道を習っていたわけでもないらしい女性の能力がここまで引き上げられるものなのだろうか……その凄まじさに押しつぶされそうになりながらも、彼は仲間を護るべく力を開放し幻夢のバリアで辺り一帯を包み込む。
「大帝の剣の力に囚われた者の太刀筋には躊躇いも迷いもない。厄介なことです」
 涼太の気持ちを知ってか知らずか、闇のオーラを纏った宏道が日本刀を振るいながらそう呟く。
「囚われた理由はどうあれ、被害が出ていないのは僥倖です。ただの夢であるうちに終わらせましょう」
 彼の言葉に、能力者達が頷いた。


 ヒュ、と風を切るような音がして見えない刃がイェルに襲い掛かる。間に合わない――イェルは交差させた腕で風の刃を受け止めた。相殺し切れなかった力が、彼女の体を傷つける。大人数に囲まれてしまったせいなのだろうか、男性を優先して攻撃するというわけではないらしい。
 内心で舌打ちしそうになりながら、イェルは自ら生み出した情熱のビームで傷を癒す。可能ならば怒りの発散も込めて反撃したいところだが、自分の役割を考えれば自重もやむを得ない。
(「こんなとこで怪我して帰るのもバカらしいし」)
 癒えていく傷を確認し、彼女はさくらを抑えるべく体勢を整える。
「いい加減、その娘から……離れなさい!」
 セトはメガリスゴーストそのものに対してそう叫び、自らの手の中に放たれた光り輝くエネルギーの槍を生み出した。
(「とりあえず、その物騒なもの……を、手放しましょうね」)
 心の中でさくらにそう語りかけながら、彼女をメガリスゴーストから解き放つべく光の槍を放つ。
「大人数で女性を集中攻撃……なんて本当はしたくないんだけどね」
 ギンヤが肩を竦めつつ言った。こちらが攻撃してもメガリスゴーストの力がさくらを守る。わかってはいてもあまり気分の良いものではない。
「ごめんよ、でもさくらさん……貴方を人殺しにするわけにはいかないんだ」
 詫びるように声を書け、ギンヤはさらさらと空中にデフォルメされた彼女の姿を描き出した。描かれたさくらが本物のさくらの元に飛び、攻撃を仕掛けて消える。
 雪だるまを纏った涼太が仕込み杖を握り締めた。彼は生身の女性を傷つけたことがない。しかし、今はやらなければならない……そうしなければ、彼女を救えない。
「……いいでしょう、ビシッと決めませんとね」
 意を決して、彼はさくらに冷たい氷の吐息を吹きかけた。ピシピシ、と微かな音を立てながら魔氷がさくらの体を覆っていく。
 魔氷に蝕まれる体を気にも留めず、さくらは逆手に持った懐剣を振り上げる。瞬間、涼太の体にざっくりと深い傷が走った。
「任せといて!」
 カケスが声を掛け、巴が頷く。カケスは生み出した符に癒しの力を込め、涼太目掛けて投げつける。涼太の体に張り付いた符が、彼の傷を癒していく。
(「大帝の剣のメガリスゴーストは節操なしだねぇ」)
 他人を殺め傷つけるためだけに振るわれる懐剣に、巴はチラリとそんなことを考える。何にせよ女性を守るためだ、頑張らねばならない――巴は軽く頷き、さくら目掛けて光の槍を撃ちだした。彼の放った槍がさくらの肩を貫き、彼女が僅かに顔を顰める。
「まずは認めろ、弱い自分を。弱さを知らぬ者は、強くなどなれん」
 魔狼のオーラを纏った斬人のデモンストランダムがさくらを直撃した。詠唱停止プログラムが発動し、さくらの力を封じる。我が身に起こった異変を感じ取ったのか、さくらが一瞬動きを止めた。その隙を逃さず、宏道が闇のオーラを纏って日本刀を振り下ろす。ヤン・ジルベール(高校生霊媒士・bn0224)が雑霊弾を放ち、とケットシー・ワンダラーもそれに続いた。
「黒子は引っ込む時間だよ」
 セトが言い切り、何度目かの光の槍を放つ。輝く槍に胸を貫かれ、懐剣を振り上げようとしたさくらの体がビクン、と痙攣した。続けざまに飛来したギンヤの描いた可愛らしいさくらのイラストが、トドメとばかりに彼女に攻撃を加える。
 さくらの手から、するりと懐剣が滑り落ちた。さくらの体を覆っていた魔氷がバラバラと剥がれ落ち、そのまま跡形もなく消えていく。
 意識を失ったさくらの体が、力なく地面に崩れ落ちた。


 地面に落ちた懐剣を一瞥し、斬人が自らの得物を振り下ろす。メガリスゴーストとなった懐剣は、彼のその一振りであっけなく壊れた。
 意識を失ったさくらにギンヤが歩み寄る。彼女が怪我1つしていないことを確認して、彼は安心したかのように小さく息をはいた。
「さくらさんは……どうしましょうか」
 涼太が仲間に問いかける。
「むう、さすがに、風邪をひいてしまう……かしら」
 セトが少し困ったように首を傾げた。
「とりあえず、夜風の当たりにくい場所に移動させますか」
 涼太の提案に頷いて、能力者達はさくらの体を空き地の壁際、できるだけ風の当たらない場所へと移動させた。
「災い転じて福となす、この事件を切っ掛けでさくらサンが良い方向に向かってくれればいいねぇ」
 さくらの顔を覗き込み巴が呟く。彼の隣ではカケスが『君は強い。旦那を尻に敷いてしまえ』と書かれたメモとさくらを交互に見比べていた。
「僕達は彼女の心の奥底に罪ではなく、強さを刻み込んだのだと信じたいですね」
 たとえ彼女が自分達と戦ったことを忘れてしまうのだとしても――願いを込めて宏道が応じた。彼の言葉をそばで聞いていた涼太が、ふと我が身を振り返る。この戦いで自分は何かを得ることが出来ただろうか?
 そんな仲間と眠るさくらを、イェルはとても複雑な表情で黙って見守っていた。
(「立ち直るかどうかは本人次第だ。俺に出来る事は既に無い」)
 そう思いながら斬人は僅かに目を細め、この場から撤収すべく背を向ける。

「今度は自分の言葉で、現状を、打破……できたら、いいね」

 囁かれたセトの言葉がさくらに届いたのかどうか――それは誰にもわからない。


マスター:草薙戒音 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/02/28
得票数:カッコいい12 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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