Paean for a slaughter


<オープニング>


「お集まり頂きありがとうございます」
 空き教室で能力者達を出迎えた神臣・薙人(高校生運命予報士・bn0165)の表情は、心なしかいつもより硬いように見えた。
「皆様は、先日の事件はご存知でしょうか」
 さっと能力者達を見渡し、薙人は言葉を続ける。
 人狼十騎士の一人である聖女アリスが向かっていた貴種ヴァンパイアの館で、見えざる狂気に犯された貴種ヴァンパイアが『ゲーム』と呼ばれる儀式を行い、『原初の吸血鬼』となろうとしていた――まだ、能力者達の記憶に新しい事だ。
「幸い、この『ゲーム』は阻止する事が出来ました。しかし、見えざる狂気に犯されたヴァンパイア達は他にも多数の『ゲーム』を行う準備を整えていたようです」
 狂気のヴァンパイア達が『ゲーム』を成功させれば、新たな原初の吸血鬼が生まれる事になる。それがどれほどの脅威となるか、かつての人狼戦線で刃を交えた者達ならば身をもって知っている事だろう。
 原初化の儀式である『ゲーム』の阻止。自らに課せられた使命を悟り、能力者達は背筋を伸ばす。
「危険な任務となります。それでも、行って頂けますか?」
 向けられた茶の瞳は努めて無感情であろうとしているように見えて、それが尚更この依頼が孕むものを能力者達に突きつけていた。
 もしも、何かを間違えてしまったら。
 もしも、何かの歯車が狂ってしまったら。
 最悪の結末が彼らを待っている。

 集った能力者達は立ち去らなかった。
 薙人は軽く目を伏せて彼らに頭を下げると、教卓の上に1枚の地図を広げる。一箇所、赤く丸で囲まれた部分があった。そこが目的地らしい。
「『ゲーム』についてはご存知の方もいらっしゃるでしょうから、簡単な説明に留めたいと思います」
 狂気のヴァンパイア達が行う『ゲーム』は、多くの人々を無惨に殺し貴種ヴァンパイアに対して強い怨みを持つ残留思念を作る所から始まる。
 そして残留思念が十分に育った後、その残留思念を能力者に取り付かせ『ゲーム』の駒とするのだ。
 駒となった能力者が貴種ヴァンパイアを殺すか戦闘不能にすれば、『ゲーム』は貴種ヴァンパイアの負け。原初の吸血鬼となる事は出来ない。
 貴種ヴァンパイアが駒となった能力者を殺せば、貴種ヴァンパイアは『ゲーム』に勝利し原初の吸血鬼へと変化する。
「貴種ヴァンパイア達はこの儀式のために、能力者の素質のある一般人を屋敷に閉じ込め、『ゲーム』を始めようとしています。放置すれば戦う力を持たない彼らが『ゲーム』の駒となり、貴種ヴァンパイアは容易く原初の吸血鬼となるでしょう」
 それを阻止するためには、能力者達が貴種ヴァンパイアの屋敷へ急行し、捕らわれている一般人に成り代わって『ゲーム』の駒となるしかない。
「屋敷へ入ると、すぐに特殊空間に入ってしまいます。この特殊空間は屋敷で惨殺された人々の残留思念で出来ていて、内部に入った者に自分達の死の瞬間を繰り返し追体験させ続けます」
 特殊空間から脱出する方法は三つ。
 繰り返される死の体験に耐え切るか、精神を破壊され廃人となるか、『ゲーム』が終了するかだ。
「皆様が体験する事になる死の瞬間は、全身を切り刻まれた末に死に至るというものです……犠牲となった人々は、貴種ヴァンパイア達に端から刻まれて殺されたのでしょう」
 救いを求める声すら聞き入れられず、少しずつ少しずつ、時間をかけて殺された。
 どれほどの嘆きを生んだのか。
 どれほどの怨嗟を生んだのか。
「まず、この死の瞬間に耐え切るだけの覚悟を示し、特殊空間から脱出して下さい。『ゲーム』の駒となると残留思念の影響を受け貴種ヴァンパイアを必ず殺してしまうようになりますが、戦闘は普通に行えるようになります」
 貴種ヴァンパイアを討てば、特殊空間に捕らわれている一般人も解放される。
 もし、貴種ヴァンパイアを殺さず捕縛したいと願うなら、自らに取り付いた残留思念に呼び掛け、怨みの気持ちを抑えて貰う事に成功しなければならない。
「多くの貴種ヴァンパイアを捕縛できれば新たな情報を得られる可能性は高くなりますが、優先すべきは原初の吸血鬼の誕生を阻止する事です……最悪、殺してしまっても止むを得ないでしょう」
 屋敷にいる貴種ヴァンパイアは、ミランダという名の女性だ。鋼の薔薇をその手に持ち、黒のカクテルドレスに身を包んでいる。
 ミランダは屋敷の1階にある広間で、『ゲーム』の駒となった能力者達がやって来るのを自らに従う従属種ヴァンパイア達と共に待っている。広間の入り口は大きな両開きの扉となっているため、他の部屋と間違う心配は無い。また、広間の中に戦闘の障害となるようなものは無いようだ。
 ミランダに従う従属種ヴァンパイアは4人。名はそれぞれロッタ、シンシア、ベル、エレン。ロッタとシンシアは吸血グローブを、ベルとエレンはホームランバットを装備している。
「従属種ヴァンパイア達はそれほどでもありませんが、ミランダの使うアビリティは命中精度がかなり高いようです。何かしらの対策が必要となるかもしれません」
 薙人はそこで言葉を切り、改めて能力者達にまっすぐ視線を向けた。
「原初の吸血鬼の力は、強大なものです。もしも、原初の吸血鬼が生まれてしまった時は……必ず、撤退して下さい。相手取るには危険過ぎます」
 原初の吸血鬼が生まれる時。
 それはこの中の誰かが、永遠に欠けた時。
「最初に申し上げた通り、危険な任務となります。ですが……信じています」
 任務の達成を。
 そして何より、能力者達の生還を。
 教室を去る彼らの背に、薙人は深く頭を下げた。

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参加者
彩霞・響姫(夜奏花・b02204)
高森・宏(呪符為す天明の龍・b02551)
金堂・絵里奈(夕影の秋桜・b27253)
ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)
フレステア・スティース(風と舞う道化師・b33853)
アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)
如月・愛理(発砲美人・b36373)
レオポルディーネ・テスタメント(孤高の女狼・b37142)
リヴィニア・スエルグ(黎明霧硝・b40575)
無堂・理央(中学生白虎拳士・b59341)



<リプレイ>

●Painful
 屋敷に足を踏み入れた瞬間、辺りがほのかに暗くなった。
 能力者達にとってはある種馴染みのある感覚。特殊空間に呑まれたのだと肌で分かる。錆びた鉄の臭いが同時に鼻をついた。
 そこは屋敷の一室。照明を落とされ薄暗い視界の中でなお、幾つもの大きなどす黒い染みを見て取れた。それは部屋の床を、壁を、赤の名残を抱く黒で染め上げようとしているかのようで。
 反射的に身構える彼らに、痛みが降り掛かる。
 それは指先からやって来た。
 少しずつ、少しずつ。鋭利な刃物が肉を裂く。
 息を呑むルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)の胸を満たしているのは、憤りだった。
 彼女にとって、傷とは歩んできた人生の証。それはやがて、自身の誇りとなるべきもの。
 ただ苦しめて殺すためだけに付けられる傷など、許せる筈がなかった。
「私だって、無傷で生きてきたわけじゃない!」
 指先から掌へ。手首へ。腕へ。
 勢力を伸ばして行く苦痛に、アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)は術扇を握り締める。
 その扇も爪先までを覆うドレスも、濡れ羽の如き黒。それは決意の黒。誓約の黒。
 最後まで生きると約束した。死の幻像より、その約束を違える方が怖い。
「今更、死に溺れて自分を見失ったりしないわ」
 音も無く忍び寄る死の気配。全身を刻まれる苦痛の中において、彩霞・響姫(夜奏花・b02204)の唇は微かな笑みを形作っていた。
「この痛み、奴等に返せると思えば……」
 耐えるなど、容易い事。
 フレステア・スティース(風と舞う道化師・b33853)は瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。
 冷たい刃が体に無慈悲な直線を引く。この痛み。この苦しみ。一般人に耐えられる筈がない。戦いに慣れた能力者ですら、心が折れてもおかしくないのだから。
 でも。
「私の何かを守りたいと思う気持ちは、その程度の刃では簡単に刻まれませんわ!」
 髪と同じ赤の瞳が、決意を宿し開かれる。
 如月・愛理(発砲美人・b36373)の脳裏に過ぎるのは、以前にしくじった依頼の事。相手は今回と同じ、狂気の吸血鬼だった。
 耐えなければ、あの悲劇を繰り返す事になる。
「虚偽の死如きで、わたしの心は折れぬ」
 記憶の刃が肩に突き刺さり、ゆっくりと傷口を広げて行っても、レオポルディーネ・テスタメント(孤高の女狼・b37142)の心に揺らぎは無かった。
 死に対する恐怖は、彼女の中にも当たり前のように存在する。それでも、偽りの死に屈するつもりなど無い。
 リヴィニア・スエルグ(黎明霧硝・b40575)は苦痛に顔を歪めながらも、痛みを抱き締めるように拳を握り締めた。
 痛みは生きている証。だからそれが続く限り、私は私のままでいる。
「ボク達の心は、こんな苦しみ程度じゃ折れたりはしないよ!」
 家族や仲間、親しい人を失う痛みに比べれば――こんなもの、軽い。
 覚悟を示すように、無堂・理央(中学生白虎拳士・b59341)は叫んだ。
「みぅ……痛い痛いの……つらかったのですね……」
 胸元に手を当て、金堂・絵里奈(夕影の秋桜・b27253)は悲しげに目を細める。
「痛みも恨みも全部引き受けるよ、でも殺す訳には行かないんだ。こいつ等も所詮トカゲの尻尾だから切っちゃいけない。大本、彼らの心臓を突き止めるまではね」
 だから堪えて欲しい。
 内に取り付いた思念に、高森・宏(呪符為す天明の龍・b02551)は真摯に呼び掛ける。
「与えられた痛みを、苦しみを忘れろとは言えないわ。けれど彼らを殺した処で終わらない。根源を断たぬ限り悲劇は続く……それを止めたいの」
「貴方達と同じ苦しみを受ける人を、増やしたくはないでしょう?」
 アルステーデに続いて、響姫も言葉を重ねる。
「そなたらの無念、わたしが……いや、わたし達が受け入れよう。そして、代わりに晴らし、償わせることを約束しよう」
 間に合わなかった事を詫びながら、レオポルディーネは束の間怒りを鎮めてくれるよう訴えた。
「あいつらは、ボク達が何とかするから」
「彼女は私達が必ず捕らえて、もう誰も犠牲にさせません」
 愛理が、ルシアが、言葉に心を重ねて行く。
「あなたの願いとは違う『終わり』を、私達と一緒に見ていてほしい」
 狂えし『ゲーム』の主催者には、死ではなく生という贖いを。
 リヴィニアがそう願いを口にした時――能力者達の体から、痛みが消えた。

 気が付いた時には、彼らは屋敷のエントランスホールに立っていた。特殊空間から脱したのだ。
 ほうと息を吐き、仲間の顔を見渡す。どの瞳にも、憎悪と殺意の色は無かった。
「ここからが本番だね」
 両開きの扉へ目を向け、宏は再び表情を引き締める。先に進み出る彼の隣に、愛理の真ケットシーのエレンが並ぶ。
 二人の手が、扉を押し開いた。

●Natural enemy
「あら。随分と賑やかなのね」
 開いた扉を背に布陣する能力者達を、広間の奥から進み出た女が迎える。
 一つに纏め上げた金の髪。手にした一輪の鋼の薔薇。豊満な肢体を包む黒のカクテルドレス。
 あれがミランダ。花よりも紅きものに焦がれし女。
「下らない『ゲーム』を、盤ごと叩き壊しに来たよ」
「威勢のいいことね。じゃあ、早速始めましょうか?」
 宏の言葉に唇の端を吊り上げ、ミランダは鋼の薔薇で能力者達を示す。
 ミランダを能力者達から守る位置。彼女を中心として円を描くように立っていた4人の女達が、深紅の絨毯を蹴り彼らに迫る。揃いのメイド服の可憐さと、グローブとバットの無骨さとの落差がいっそ滑稽ですらあった。
 自らの周囲に輝くコアを旋回させるルシアの後ろで、アルステーデは扇を振る。くすんだ銀の鈴がりんと鳴った。
 魔法の茨が爆ぜ、吸血グローブを装備したロッタとシンシアに襲い掛かる。ロッタが避け切れず動きを止めた。愛理は詠唱銃に出現させた弦を爪弾き、シンシアを痺れに落とす。
 前衛を担う者達の中で、真っ先に動いたのはフレステア。茨に戒められるロッタに、彼女の爪先がめり込んだ。響姫の囁く呪いの言葉が続けて突き刺さる。
 絵里奈は頭上に掲げた長剣を回転させ、宏は呪詛を紡ぐ。
 レオポルディーネはホームランバットを持つベルとの距離を詰め、振るった長槍から水の力を叩き込む。微かな呻きが相手の喉から漏れたが、吹き飛びはしない。
「耐えるか」
 彼女に次いで接近したリヴィニアが詠唱マントを翻す。奏でられる輪舞曲。ベルとエレンが切り裂かれた。
 三つ編みにした黒髪の毛先を逆立たせる理央の肌に、虎縞模様が浮かび上がる。
 前衛の少し後ろより支援する行動を目障りに思ったか、ミランダの指先が響姫を指す。華奢な体に走る衝撃。力を汲み上げられるには至らなかったのが幸いだった。
 茨から抜け出せず顔を顰めるロッタを捨て置いて、ベルとエレンが絵里奈の首筋に食らい付く。
「みぅ……」
 初撃は何とか防いだが、エレンの攻撃は避けられなかった。傷口から吸い上げられた血に、刃に切られた傷が癒えて行く。
 アルステーデが空中にヤドリギを浮かべ、自分と響姫の力を高めると同時にダメージを回復させる。響姫は絵里奈の長剣に白燐蟲を纏い付かせて、その刃に鈍い輝きを宿した。
 ルシアもまた蟲の加護をフレステアに与え、彼女は三日月の蹴りを動けぬロッタに叩き込む。崩れる姿勢。愛理が詠唱銃の引き金を引き、追い打ちをかける。
 ロッタが倒れると同時、その身を締め付けていた茨は幻のように消えて行った。
 傷を塞いだ絵里奈はエレンに剣を振り下ろす。暗いオーラを宿した刃は、しかし虚しく空を切った。痺れから立ち直ったシンシアからの飛翔突撃は何とかかわす。
 宏と理央の呪言を続けて避けたベルに、レオポルディーネの槍が突き刺さる。水分を練り上げたエネルギーが、ベルを壁に叩き付けた。そのまま床にくずおれたきり、起き上がって来ない。
「それなりにやるのね……その方が面白いわ」
 ミランダの瞳に、愉悦に似た色が滲んだ。

●Is game over?
 ミランダが優雅な動きで絵里奈を指す。一瞬で暗転する視界。剣を床に突き立て、何とか立ち上がる。
「はい、ご苦労様」
 嘲笑うような声音と共に低く跳んだシンシアが、回転の力を乗せたグローブの棘で絵里奈を抉る。倒れた彼女の体の下で、鮮やかな血が絨毯に染み込んで行った。
 ルシアが小柄な体を抱え上げ、後退する。彼女の傷は思いの外深い。これ以上の攻撃を許す訳には行かなかった。
 ミランダは、誰か一人でも殺せれば勝ちなのだから。
 二人へ迫るエレンの意識を、アルステーデの撃ち出した輝きの槍が刈り取る。その隙に、ルシアは絵里奈の体を広間の外へ押し出した。本来ならもう少し丁寧に扱ってあげたい所だが、一刻を争う戦いの最中においてはそれも難しい。
 響姫が白燐蟲を解き放ち、リヴィニアのケーンが淡く輝く。フレステアは跳躍で距離を詰め、唯一残った従属種であるシンシアを蹴り上げた。
 愛理はエネルギーの弦を弾き、救世主の如き楽曲を奏でる。その演奏に秘められた衝撃はシンシアの動きを止めたが、ミランダには届かない。
 宏の呪詛がシンシアに突き刺さり、少し距離があると見たレオポルディーネは掌に作り出した透明な手裏剣を投げ付ける。
 理央が呪いの言葉を紡ぐと同時、リヴィニアは華やかに舞った。翻るマントの裾から飛び出す刃が、シンシアの傷を深く抉る。
 一度くずおれた彼女は、しかし意思の力だけで再び立ち上がった。
 搬送を終え前衛の後ろへ戻るルシアを、ミランダが指す。走る衝撃。触れもせず血液を抜き取られたのが分かった。
「体力には自信があったんですけどね……」
 受けたダメージは予想以上だ。
 シンシアが時を同じくして動き、フレステアに絡み付く。白い首筋を尖った歯が破り、吸い取られた血の分だけシンシアの傷が癒える。
 自分かフレステアか。
 刹那の逡巡の後、ルシアは友を癒す事を選んだ。与えられた蟲の加護が、首筋から溢れた血を止める。
 アルステーデがヤドリギを浮かべ、自分とルシアを祝福で繋ぐ。響姫も彼女の念動剣に白燐蟲を纏わせて、癒し切れなかった分を補った。
「受けた分、お返しします」
 フレステアはシンシアの側面に回り込み、足を振るった。愛らしい印象を与えるローラーブレードが、三日月の軌跡を描いて脇腹に吸い込まれる。
 低い呻きだけを残して、シンシアの体が横倒しになる。今度はもう、立ち上がっては来なかった。
 残るはミランダ一人。
 この位置からでは届かぬと悟った愛理が、数歩だけ前に進み出る。理央も前衛へと移動した。
「ミランダ。貴様にも死の恐怖を味合わせてやろう……だが、殺さぬよ。贖罪の日々が待っている」
 レオポルディーネの長槍がミランダを指す。
 狂気の笑みを形作る唇は、血よりも花よりも紅かった。

●Winner
 淡い光を纏ったリヴィニアのケーンが素早く動き、空中に描かれたイラストが突き進んで行く。カクテルドレスの裾を揺らしその攻撃を避けたミランダは、無数の蝙蝠を作り出した。
 羽音と共に能力者達に群がった蝙蝠は、啜った血を癒しに変えてミランダに届け消えて行く。
「防御すら出来ないとはね」
 蝙蝠に付けられた傷を見やり、リヴィニアは驚嘆を緩やかな笑みで押し隠す。この場にいる能力者達の中で、彼とレオポルディーネはとりわけ術式に秀でている。その二人が、避けるどころか武器を掲げて威力を殺す事すら出来ない。
「バットストームで、この威力なんて……」
 吐きかけた弱音を途中で飲み込み、理央はミランダを睨め付ける。
 原初の吸血鬼に至ろうとするだけはあるという事か。
「今までの所業の報いを受けなさい!」
 ルシアの放つ槍がミランダの腹を穿つ。響姫は彼女に白燐蟲の加護を与え、傷を塞いだ。アルステーデはミランダへ攻撃を届かせるべく前に進み出る。
 フレステアの爪先が脇腹を打ち、浅く傷を残す。愛理の放った弾丸は鋼の薔薇に受け止められた。
 宏が癒しの力を秘めた符を作り出し、愛理に向けて飛ばす。リヴィニアの描いた2度目のスケッチは白い二の腕を掠めて消えて行った。薔薇が理央の呪詛を掻き消す。
「その程度なの? すぐに回復しちゃうわよ」
 艶めいた笑顔で冷たい薔薇に口付けて、ミランダは再び数多の蝙蝠を生み出した。能力者達に穿たれる痛み。ミランダの傷が塞がって行く。
「一気に畳み掛けるしかなさそうね」
 り、と扇の鈴を鳴らし、アルステーデは紫の瞳を僅かに細める。
 細かな傷を与えても、血を啜る蝙蝠の群れがすぐに癒してしまう。ならば彼らに取れる道は二つ。
 傷を塞ぐ間も無く打ち倒すか、ミランダのアビリティが尽きるまで粘るかだ。
 まだ癒しを必要とする者のいない今なら、前者を選べる。
「やりましょう!」
 ルシアが言葉を紡ぎ終えるが早いか、彼女とアルステーデがほぼ同時に槍を放つ。輝く二つの槍は、ミランダの肩と腕を貫いた。
 響姫の呪詛が突き刺さり、フレステアの蹴りが脇腹を抉る。乾いた音を立てて飛んだ愛理の弾丸は、ミランダの豊かな胸元に血を滲ませた。
 宏と理央の呪詛が、時を同じくして白い肌を傷付ける。レオポルディーネの槍の穂先から流し込まれた水のエネルギーは、予想した以上の威力でミランダの体力を奪った。
「させない」
 ミランダが誰かを指すその直前に、リヴィニアはケーンを振るう。描き出されるイラスト。精度が彼の限界を超える。
 単色で描かれたイラストは腹を打ち据え、ミランダをうつ伏せに倒れ込ませた。
 訪れる沈黙。
 ミランダが起き上がって来ないと悟ると、能力者達は緩慢な動作でそれぞれの武器を下ろす。
 誰も死ななかった。
 誰も殺さなかった。
 掴み取った最良に彼らが深い深い安堵の息を吐くまで、もう暫くの時間が必要だった。


マスター:牧瀬花奈女 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/12/09
得票数:カッコいい23  知的1  せつない1 
冒険結果:成功!
重傷者:金堂・絵里奈(夕影の秋桜・b27253) 
死亡者:なし
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