慈悲深きクロード


<オープニング>


「揃ったようですわね」
 集まった能力者達の顔を見回し、先日の事件は聞き及びましたわよねと運命予報士の少女は問うた。
「人狼十騎士の一人、聖女アリスが向かっていた貴種ヴァンパイアの館で、見えざる狂気に犯された貴種ヴァンパイアが、『ゲーム』と呼ばれる儀式を行って『原初の吸血鬼』となろうとししていましたの」
 幸いこの『ゲーム』は阻止することが出来たが、『ゲーム』を行おうと準備を整えていた狂気のヴァンパイア達は他にも存在するらしい。
「とある貴種ヴァンパイアの屋敷にて行われるであろう、原初化の儀式である『ゲーム』の阻止をお願いしたいのですけれど」
 行ってくれますかと少女の瞳は尋ねた。
「ありがとうございますわ。では、阻止すべき『ゲーム』の説明に移りますわね」
 頷いた能力者達に礼の言葉を口にすると予報士は説明を始める。
「『ゲーム』は、多くの人々を無残に殺して『貴種ヴァンパイアに対して強い恨みを持つ残留思念』を作るところから始まりますの」
 今まで狂気のヴァンパイア達が拠点で行っていたような凶行もおそらくこの初期段階の準備だったのだろう。
「凶行を重ねて残留思念が充分に育った後、儀式を行うことで彼等は残留思念を能力者に取りつかせて、『ゲーム』の駒を作りますの」
 残留思念に取り付かれた能力者はその影響を受けて、貴種ヴァンパイアを殺そうと行動するようになる。
「駒と化した者を返り討ちにして殺すことが出来れば、彼等の勝利であり、この貴種は原初の吸血鬼へと変わりますわ」
 逆に討たれてしまえば、貴種ヴァンパイアの負けとなる。
「既に屋敷には儀式の為の『能力者の素質のある一般人』が複数捕らえられている様ですのよね」
 もはや猶予はない。放置すれば戦う力を持たない彼らが『ゲーム』の駒となってしまい、貴種ヴァンパイアは容易く原初の吸血鬼の力を得てしまうだろう。
「阻止するには、屋敷に急行して皆様が囚われている一般人に成り代わって『ゲーム』の駒になるしかありませんの」
 危険なのだろう。どこか落ち着かない様子の少女に、能力者達は再び頷いた。それが能力者達の役目であり、人の命がかかっているのだから。
「屋敷に入った皆様はすぐに特殊空間へと誘われてしまいますわ」
 そこは屋敷で惨殺された人々の残留思念によって作り出された場所。頷きを返し、説明を再開した少女は言葉を続けた。
「内部に足を踏み入れた者へと自分たちの死を追体験させ続けるこの空間で、皆様が追体験するのは、目隠し状態での容赦の無い殴打」
 棒状の何かで死なない程度にひたすら打ち据えられ、最後にトドメを刺されるのだという。
「トドメまでの感覚はまばらですけれど加害者が飽きたと口にし始めたら近いようですわ」
 この発言、実際に飽きたのか面白づくでやっていると思わせ恨みを抱かせる為かは不明なのだが。
「特殊空間からは、この死の体験に耐えきるか、或いは精神が破壊されて廃人となるか、或いは『ゲーム』が終了するまで出ることが出来ませんの」
 だから、能力者達はこの死の体験に耐え切るだけの覚悟を示して、特殊空間から出る必要がある。
「『ゲーム』の駒となると貴種ヴァンパイアを必ず殺してしまうようになってしまいますけれど、戦うことは普通に出来るようですのよね」
 恨みを抱いても、怒りの状態異常時の様にただ攻撃するだけと言うことは無いのだろう。
「もし、残留思念に呼びかけて『恨みの気持ちを抑えてもらえる』事に成功すれば、捕縛することも出来るかも知れませんけれど」
 捕縛すれば新たな情報が得られるかも知れない。ただし、優先すべきは新たな原初の吸血鬼を誕生させないこと。最悪、殺してしまったとしても仕方はない。
「この屋敷にいるヴァンパイアは全部で四人。貴種一人に従属種が三人で……」
 貴種はマントを羽織り、従属種達の獲物はホームランバット。
「従属種達はローリングバッシュ、ジャンクプレス、吸血噛み付きのいずれかを一つずつ担当している様ですわ」
 もちろん奥義で。ちなみに貴種の男は飛び抜けて強く、スラッシュロンド、ブラッドスティール、バットストームを全て奥義で使いこなす。
「貴種ヴァンパイアは『慈悲深きクロード』と名乗っている様ですけれど」
 凶行に似つかわしくない二つ名だった。見えざる狂気によって考え方が歪んでしまったのだろうか。
「今は全ての生きとし生けるものを殺すことで、救うとかそう言う考え方をしているようですわ」
 死ねば痛みも感じず悩むこともない、そう言うことなのかもしれない。
「そして、か弱き者こそ真っ先に救われるべきである、と弱者を優先的に狙ってくる様ですの」
 戦って弱いと感じた相手、女性、幼い者。つまり小学生で女の子であれば真っ先に狙われると言うことなのだが。
「大丈夫」
 視線を受けつつも石蕗・紗夜子(小学生土蜘蛛・bn0143)は頭を振る。
 
「わかりましたわ。覚悟があるなら止めませんの。けれど原初の吸血鬼の力は強大ですわ。万が一、原初の吸血鬼が生まれてしまった場合は必ず逃げて下さいの」
 無理に倒そうとするのは危険すぎると言うことなのだろう。予報士の少女に頷き、能力者達は教室を後にした。

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参加者
月代・界(紫紺の闇・b01411)
御子柴・蜂蜜(紫蜂・b10907)
田嶋・真揮(獅子の刻印・b13737)
渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)
フィアレス・セルシウス(硝子の月・b20813)
神那岐・キリト(クルーシフィクス・b30248)
豹童・凛(近寄り難き者・b33185)
猫叉・雨吉(なんとなく水練忍者・b35974)
金澤・陽介(心かよわせし者・b50948)
霞谷・氷一(霊的不可視に霞む裏商人・b55422)
NPC:石蕗・紗夜子(小学生土蜘蛛・bn0143)




<リプレイ>

●長い時間
「さて、ゲームスタートと行こうか」
 言いつつ猫叉・雨吉(なんとなく水練忍者・b35974)が足を踏み入れたのは何時のことだったろうか。そこは暗黒の世界だった。目隠しに遮られ明るささえわからない世界を感じられるのは音と触感、そして臭いと味。
(「仲間も同じ苦しみを耐えている」)
 口の中に広がる錆びの様な味と殴打された場所から伝わる痛みは、理不尽な仕打ちに抗議する自らの身体が発する声なき声のようで。金澤・陽介(心かよわせし者・b50948)は、ただ確信と仲間への信頼を支えに終わりの時すら定かでないこの追体験をひたすら耐える。
(「やつらの目的を阻止しないとな」)
 耐えきらなくては、目的の阻止など到底適わない。
(「目隠し状態で、殴打される……ただ、それだけ……」)
 打ち据えればどこでも良いかのような殴打がフィアレス・セルシウス(硝子の月・b20813)の身体に再び襲いかかり、熱さに似た痛みが打たれた場所を指摘する、だが。
(「内容知れた拷問に、大した意味無い……知れてれば、覚悟もできる……だから、無駄」)
 意思は、心は折れない。
(「このために犠牲になった方のためにも、これからこのような犠牲を出さないためにも」)
 月代・界(紫紺の闇・b01411)は歯を食いしばり。
「俺が奴隷時代だった時の方がもっと痛かったんですよ! この程度で俺の精神は屈はしないっ!!」
「……かつて女王を喪った時の悲しみに比べればどうという事は無い!」
「この程度で俺達を壊せると思うな!!」
 霞谷・氷一(霊的不可視に霞む裏商人・b55422)が、豹童・凛(近寄り難き者・b33185)が、田嶋・真揮(獅子の刻印・b13737)が殴打すらものともしない気迫で吼えた。
(「貴方達の苦しみも痛みも憎しみも全て今は私達に預けて欲しい……」)
 特殊空間での孤独な戦いは同時に犠牲者と語る場でもある。御子柴・蜂蜜(紫蜂・b10907)の語りかけに言葉という形の答えはなく、想いの塊は訴えかけに揺れることで答えた。視界を遮られている以上曖昧な感覚でしかなかったが、自分の中に、この場に漠然と居ると感じた存在感は、内なる声に反応している。
「誰かの大切な人である貴方の大切な人がこの狂ったゲームの被害者になるとも限りません」
 神那岐・キリト(クルーシフィクス・b30248)の声に激しく震え始めた想いは。
「同じ外道と堕ちるではなく、この苦しみの連鎖を断ち切る為に共に闘いましょう」
 困惑するように振動の速度を下げ。
「僕達が代わりにあいつらを半殺しにするからさ、今だけはどうか抑えていてよ」
「恨むなとは言わない。今だけでいい、その怒りと無念を託してくれ」
 残留思念が戸惑いを覚えた頃、真揮や渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)も思念へと語りかけていた。
「あなた達をこれだけ苦しめた本人達をあっさり殺害しては向こうは苦しみなど分かりませんよ?
 氷一の説得だけは他の面々と方向性が違ったようだが、効果はあったのか。やがて、申し出を受けいれるかのようにゆっくりと動きを止めた。
「皆、聞こえるか!? 前は見えずとも我々は共に居る! この手を取れ! そして共に死をも乗り越えようぞ!」
 加害者と思念を除けば、一人の筈の世界に凛の声が響く。凛にしてみればただの、自分の声だったが。
「う?」
 訝しげに首を傾げた石蕗・紗夜子(小学生土蜘蛛・bn0143)の身体に「飽きた」と言う言葉と共に振り下ろされる筈の打撃が一向に訪れず、前触れもなく、はらりと目隠しは解かれた。特殊空間を離脱したことに能力者達が気づくよりも早く、目隠しは消え去った。
「はっ、こんなもんかよ、師匠の修行のほうがよっぽどだ」
 とは、雨吉の言。見渡せば周囲には特殊空間から脱した仲間達の姿と。
「ようこそお出で下さいました、我が『ゲーム』の舞台に」
 笑顔で会釈するマントの男。柔和で優しげな容貌の好青年、と所行を知らず目さえ見なければ言えたかも知れない。だが、能力者達は目の前の青年がどういう存在であるかを知っていた。
「もう誰も殺させはしない」
 口にした呟きは寅靖の覚悟であり、誓い。
(「貴方達の怒りは、貴方達のものだから……原始の吸血鬼の糧などにはさせません」)
 胸に手を置き、蜂蜜は顔を上げ、青年へ視線を向ける。能力者達は想いと共にヴァンパイア達へと向き直り。
「今からあのボケを叩きのめしてくる」
「おやおや、これは恐いですね」
 漏れ出た声に、慈悲深きクロードは大げさに震えて見せて。戦いが、始まった。

●『ゲーム』
「月代さん」
 クロードのマントが翻るよりも早く、界は弾かれたように後方に飛び退きながら魔法陣を展開する。先手をとれたのはキリトと息を合わせたからだろう。当のキリトもヴァンパイア達から距離をとり。
「グルル」
「私はこの従属種を抑える」
「ほう」
 唸りながら前方へと躍り出たケルベロスオメガと並びつつ、凛は宣言し。振るった二本の長剣が急に進路を遮ったホームランバットに激突する。ダメージは相殺されたのだろう。
(「……罪無き人を殺してゲーム……。……ただでは済ませる訳にはいきませんねぇ……」)
「癪に障る霧だ」
 武器同士の逢瀬が奏でる音を知覚しつつ、氷一が生み出した霧は戦場に漂い始め。舌打ちをした従属種の男が氷一をにらみ据える。
「私に続け」
「フェル……退くです」
 蜂蜜の撃ち出した魔弾を合図とするかのように、フィアレスは光のオーラを身に纏いながら指示を出し、紗夜子の赤手も淡く光を帯び。
「タツキ」
 名を呼ばれたサキュバスが陽介の中にとけ消えた。
「なかなかにお早いですね」
 では私も、とマントの端を摘んで、クロードが動いたのはこの直後。マントから現れた吸血蝙蝠の嵐が戦場を埋めて、消え。
「流石にこれでは弱かったですね」
「テメェなんかに負けるかよ!」
 過ぎ去った嵐の中から現れた真揮は、傷ついた詠唱兵器を身に纏いながら言い放つ。損傷度合いからすれば同じものをあと一度かろうじて耐えられると言ったところか。
「虫が良すぎましたか」
 ただ、クロードの視線は真揮ではなく紗夜子に注がれている。
「申し訳ありやせん、とっとと道を空けやすんでそれまでご辛抱を」
 振り返りもせず、ただ詫びの言葉を残し身体を丸めた男はオメガへと体当たりをしかけ。
「この程度っ」
 首筋を狙い噛みついてくる従属種の口から逃れるように凛は身を沈める。
「魔物退治の始まりだな」
 雨吉が身を写す霧を生み出しつつ向けた視線の先で、相手を翻弄するフットワークから放たれた真揮の蹴りが飛び抜けて強い貴種ヴァンパイアの脇腹にめり込んでいた。実際強くもあるのだろう、バットストームだけでも毎回使われれば押し切られかねないのだから。逆に囮を用意して範囲攻撃を封じ込めるべきだったのかも知れない。
「大丈夫ですか?」
「まずいぜ、このままじゃ」
 治癒符やドリンク瓶が飛び交い傷は癒えるが、放っておけばまず間違いなく次の嵐が来る。約一名、武器封じで戦力外の従属種もいるが、そもそもこの男は技と武器の相性が極端に悪く、技の威力で言うならば残る二人の七〜八分の一と実質的には一番の役立たずなのだ。
「さぁ、とっとと道を……」
「ガアアッ」
「ぐあっ」
 再度攻勢に出ようとした従属種の胴をオメガの刃が薙いで、脇腹を押さえた恰好で従属種の男は膝をつく。
「さて、どうしたもので……」
「そうはさせん」
 徐に指さしをしようと手を伸ばしかけたクロードも、死角から伸びてきた蜘蛛の足に気づいてとっさに身を捻った。ブラッドスティールの狙いは別にその拍子に外れた訳ではないだろうが、蜂蜜はとっさに身をかわし。
「邪魔しないで下さいよ」
「ハッ……胸糞悪い」
 眉をひそめたクロードに、真揮は吐き捨てる。寅靖と二人がかりの押さえは、成功していると言うよりもクロード自身が相手にしていないことで成立していた。危うい均衡は何時崩れるともしれず、戦いは続く。

●クロード
「紗夜子は回復手、邪魔させない……わたしが守る、ですっ」
「ぐ、あ……」
 立て続けに放たれた銃弾に踊った従属種の男がホームランバットを手放し、床に転がる。
「ようやく一人ですね」
 漏れ出た氷一の声に疲労が濃い。霧のレンズで癒した身体には傷もないが、長期戦は神経をすり減らせる。癒しの力も残り半分を切ったものが幾人か。
「次は貴様だ」
「面白れえ、やってみやがれ」
「やってみせる」
 吼えた従属種の身体に蜂蜜が魔弾を撃ち込み、着弾から炎が生まれるよりも早く陽介の撃ち出した気の塊は男の身体にめり込んでいた。
「がっ」
 身体をくの字に折った男の身体には、オメガに刻まれた傷跡が無数にある。消耗の激しさは目に見えて明らかだが、対峙していた使役ゴーストの消耗も尋常ではなかった。
「これでもう少しは……」
 紗夜子が黒燐奏甲を施したほどに。
「参りましたねぇ」
 部下が倒され追い込まれつつあることにか、貴種ヴァンパイアの青年は大げさな仕草で嘆き。
「アンタには慈悲なんて、必要ないだろう?」
「勿論です」
 アンタの相手は俺達だ、と行く手を阻む真揮に頷いた。
「では」
 そして、一定の間隔を開けようとする真揮に追いすがるように距離を詰めた。
「痛っ、ありえ……ねー」
「安心して下さい。トドメはまだ……おや?」
 流麗な動きから放たれたマントの一閃で一人目を床に沈め、笑んだかと思えばクロードは意外そうな声をあげ。
「僕達は強いんだぜ」
 意思の力で起き上がった敵の姿に目を細めると。
「無理はするな」
 下がれ、と言う声に重なるように繰り出された蜘蛛の足に貫かれた。
「選手交代だ」
 退く仲間と入れ違い、雨吉は寅靖と並んで、追い越す。霧に分身を映し出したまま、教典を開き、一撃は見舞われる。
「お前の相手は飽きた」
「それはこちらの台詞だ」
 貴種との戦いが劣勢へと傾きつつある中、凛は従属種の男と再度斬り結んでいた。癒し手に支えられた凛と吸血により失った体力を取り戻せるこの男とでは、決着がつくことがあるとすれば、どちらかが痛手を負った時だろう。もしくは、どちらかの応援が来た場合。
「後がつっかえてますので」
「ちく……しょう」
 氷一がレンズ越しに放った一撃に二人目の従属種が崩れ落ち。均衡は再度崩れた。
「拙……っ」
「亡びの祝詞はどうだい?」
 事態に気づいて加勢に回ろうとしたクロードを遮るのは。雨吉による呪いの言葉のけん制。
「あなたに慈悲かけられる程、弱いつもり無い……」
 フェイアレスは貴種の青年を一瞥してから、従属種の男へと十字架型の模様を重ねた。
「これならいけるか」
 キリトはドリンク瓶を意思の力で起き上がった仲間へと投げ。
「お前達の狂気止めてみせる」
「ぐはっ」
 陽介の雑霊弾に唯一立っていた従属種ヴァンパイアが仰け反って。
「そこまでですよ」
 追い込まれつつある、従属種に注意が行っている隙にクロードは流麗な動作でなぎ払う。
「――悪いが、俺にも約束がある」
 とっさに交差させる形でかざした宝剣は確かにマントを受けとめた。ただし、一瞬だけ。
「くっ」
 相殺できなかった七分の六が防御を崩して身に纏う詠唱兵器を傷つけて行く。
「二人だけ、ですか」
 分散により抑えられた被害に貴種の青年は呟き。
「私が出る!」
「自分も行こう」 
 蜂蜜と陽介が手傷を負った二人と入れ替わる。
「今のうちにてめぇだけでも」
「ぐおっ」
 界の視界で魔弾の直撃を受けた従属種ヴァンパイアの身体が炎に包まれ、大きく蹌踉めく。
「ここだっ!」
 持ちこたえようと床を踏みしめた火だるまの男に凛の放った紅蓮撃は容赦なく叩き込まれ、床にバウンドした身体はそのまま動かなくなる。これで残るは。
「もう一押しですか」
 スラッシュロンドで仲間を一人地に這わせ、膝を着いた蜂蜜を見つめるクロードのみ。
「良いけん制でしたが、彼等ならともかく私には」
 銃弾を打ち払ったマントからフィアレスの顔に移動させた視線を、クロードは最後に倒れた部下達へと向け。
「拙いですね」
 倒れたままの仲間を後方に下げるべく氷一が飛び出した。
「う、回復が……」
 ようやく従属種達を全滅させたものの、後方へと下がってきた味方の損傷は激しい。心許ない回復だけを受けて前に出ても次の一撃で倒されるのみ。
「これ以上はやらせない!」
「っ、そうはいきません」
 襲いかかる斬撃に身を薙がれながらもクロードは蜂蜜を指さした。
「食らうもの……」
 防御は間に合った。ただ、相殺するには威力が足りず。
「チェックです」
 倒れゆく贄に目を向けつつ、青年は告げるが。
「……フェル」
「にゃ」
 戦闘不能に陥った仲間をすかさず回収に行く影が一つ。
「厳しいか」
「お互い様です」
 ポツリと漏れた呟きに、クロードが答える。原初の吸血鬼まで一手届かないこの男と立て直すには手が足りない能力者達。捨て身の賭にでも出れば貴種の青年は倒せるかも知れない。ただし、失敗すれば誰かが死に、原初の吸血鬼が一人誕生することになるのだが。
「待たせたな」
 やがて、傷を癒した寅靖達が前線に復帰するものの、クロードの興味はそこにはない。
「貴女にも救いを」
「石蕗……」
 指をさした先に居たのは紗夜子で。一人、また一人と能力者達は倒されて行く。勿論その分の代金は貴種ヴァンパイアの傷という形でお支払い願っていた。
「己が妄執と共に果てるがいい」
「お断りします」
 満身創痍の青年と、四人が倒れた状態の能力者達。幽閉歪忌牢を手にした雨吉と交差して。二人の身体はすれ違った直後、同時に傾ぐ。
「さていかがしますか」
 掠れた声で問うたのは踏みとどまった貴種の青年。気がつけば戦闘不能の能力者は撤退条件の五人に達していた。

●退路
「どうぞ、お帰りなさい」
 撤退する能力者達を傷だらけのクロードは見送った。追わなかったのは、彼のこだわり故か。部下達を倒した能力者達よりもか弱い、救うべき存在が、この館には残って居たのだから。勿論、余裕がなかったことも充分考えられるが。
「もう少しの所で……」
 仲間の背で凛は呻く。時間をとられすぎたか、それとも貴種の青年が持つ力を軽視しすぎたか。あのまま戦っていたとすれば、どうなっていただろうか。能力者達は今、一人も欠けることなく、屋敷の廊下を進んでいる。
「一歩及ばなかった、か」
 仲間に肩を借りていた雨吉は一瞬立ち止まり、後方を振り返る。そこには不気味なほど静まり返った屋敷があって。
「あと一歩……」
 誰かの声を聞きながら、氷一は胸の内の読めぬ静かな表情で、無言のまま屋敷の敷地を後にした。


マスター:聖山葵 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/12/09
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冒険結果:失敗…
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