漆黒の遊戯


<オープニング>


「良く来てくれたわ。早速だけど、先日の事件のことは聞いてるかしら」
 柳瀬・莉緒(中学生運命予報士・bn0025)の口から告げられたのは、人狼十騎士の1人、聖女アリスが向かっていた貴種ヴァンパイアの館において、見えざる狂気に犯された貴種ヴァンパイアが、『ゲーム』と呼ばれる儀式を行い『原初の吸血鬼』になろうとして居た事。
「幸いこの『ゲーム』は阻止出来たんだけど、狂気のヴァンパイア達は他にも幾つもの『ゲーム』を行う準備をしていたのよ」
 そこで皆に、貴種ヴァンパイアの屋敷において、原初化の儀式であるこの『ゲーム』を阻止して欲しいと言うのだ。

「『ゲーム』について簡単に説明するわね。この『ゲーム』は、多くの人々と無惨に殺害して『貴種ヴァンパイアに対して強い恨みを持つ残留思念』を作るところから始まるわ」
 そして残留思念が十分に膨らんだ後で儀式を行い、その残留思念を能力者に憑依させ、『ゲーム』の駒とする。
 コマであるこの能力者が貴種ヴァンパイアを殺すか戦闘不能にすれば、『ゲーム』はヴァンパイア側の敗北となり、原初の吸血鬼になる事は出来ない。
 逆にヴァンパイア側が能力者を殺せば、この貴種ヴァンパイアは晴れて原初の吸血鬼となる。
「貴種ヴァンパイア達は、この儀式を行う為に『能力者の素質がある一般人』を館に閉じ込めているわ。このまま放置すれば、ヴァンパイア達は難なく原初の吸血鬼の力を得てしまうでしょうね」
 これを阻止するには、能力者達は囚われの一般人に成り代わり、『ゲーム』の駒となって貴種ヴァンパイアを倒すしかない。

「あなた達に行って欲しいのは、山深い森の中にある洋館よ。この館に踏み入ると、すぐに特殊空間に入る事になるわ」
 この特殊空間は、この館で惨殺された人々の残留思念によって作られており、入った者に繰り返し自分達の死を追体験させると言う物。
 特殊空間から脱する方法3つ。
 この死の体験に耐えきるか、或いは『ゲーム』が終了するか、精神を破壊されて廃人になるか、だ。

 ――死の記憶。
「ごぼっ……ごぼ……」
 水が満たされた巨大なアクリルの水槽。その中で、2人の男女が苦しみに藻掻いていた。
 酸素が供給されているホースは1本だけ、2人は互いに相手を押しのけ、酸素を確保しようと争う。
 既にその争いに敗れ、絶命した者の身体も幾つか、水中を漂っている。
「ほらほら、頑張って。もう少しよ」
 水槽の外では、深紅のドレスを纏った美しい女が、ワイングラスを片手にその光景を鑑賞する。
 やがて水槽の中では、体力に劣る女性の方が酸欠に陥り、間もなく動かなくなった。
「おめでとう。貴方が勝者よ」
 美女は水槽に歩み寄り、唯一の生き残りである男に微笑みかける。
「ごぼっ……がぼ……!」
 声は聞こえないが、早くここから出してくれとジェスチャーで示す男。
「うふふ……確かに生き残った1人を助けるって約束したわね。でも……あれウソなの。本気で助かると思ってた? 他の人を押しのけてまで生き延びようとしたのにね。残念だけど全部無駄な努力でした♪」
 ――パチッ。
 美女の、白く美しい手が酸素供給のスイッチを切る。
 やがてホース内に残っていた酸素も尽き、男は恐怖と絶望、そして裏切られた怒りの中で絶命していった。

 その内容を説明し終えると、莉緒は1つ深呼吸をしてから再び説明を再開した。
「特殊空間の中では、あなた達も呼吸が出来ない苦しさと、死の恐怖に苛まれる事になるわ。こればかりは、気合いとか根性とかで……何とか耐えきって頂戴」
「どっちも今切らしてるんですけどぉ……」
 げっそりとした様子で溜息をつく志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)。
 耐えきることが出来なければ、『ゲーム』の駒として貴種ヴァンパイアとは殺すか殺されるかの戦いをする事になる。
 しかし苦しみに耐え、被害者達の残留思念に呼びかけて「恨みの気持ちを抑えて貰う」事に成功すれば、『ゲーム』の駒にはならずに済み、貴種ヴァンパイアを捕獲する事も可能になる。
「もちろん、今回の主目的は原初の吸血鬼になる事の阻止だから、『ゲーム』に則って貴種ヴァンパイアを殺してしまったとしても、それは仕方ないわ」
「可能なら捕えるって感じですかねぇ……」
 そして最後に、肝心の敵についてだ。
「館の女主人『アンナ』は、とても美しい女性よ。狡賢く計算高くて、しかも冷徹な性格ね。鋼の薔薇を好んで使う様だけど、戦いにも優れているわ」
「キャラが被らないか心配ですぅ」
 そしてアンナに従う従属種ヴァンパイアが3人。いずれも女性の様だが、やはり戦闘技術には長けた相手であるらしい。

「こんな事言いたくないけど、もし……もしも原初の吸血鬼が生まれてしまった場合は、必ず撤退して頂戴。無理にその場で倒そうとは考えないで」
 いつも以上に真剣な表情が、状況の深刻さを言外にも告げる。
 冷酷な言い方になるが、被害は最小限に抑えてその後の反撃の機会を窺う方が良いのだ。
「危険な任務だけど、あなた達なら……必ず無事に戻ってね。約束よ?」
 硬くなった空気を和らげるように、莉緒は微笑んでそう付け加えた。

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参加者
柏木・隼人(通りすがりの魔弾ライダー・b03076)
紗片・ハルミ(あふれる才能の全力投棄・b09344)
相馬・呉葉(パンテオンの魔女・b11920)
晃晶・彰(ブラオクーゲル・b26801)
琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)
安須来・柚架(朝霧エアライダー・b45503)
アリア・シュピーゲル(深遠の月・b50717)
九段下・弾音軌(東西南北中央涙腺マスター・b52030)
椿・徳次朗(高校生水練忍者・b54518)
霜月・紗更(シリェーナ・b56013)
NPC:志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)




<リプレイ>

●山中の洋館
 道なき道を歩く事暫く、能力者達は目的地である館へ辿り着いた。
 圧倒的な威圧感を放つその館の前で、11人は最終的な――主に心の――準備を始める。
「(正直……こんなに怒りを覚えたのは久しぶり。命を弄ぶのは許せないね)」
 琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)は深く息を吐き、激怒に支配されそうになる心を鎮める。
 ただ冷徹に戦うのではなく、人としての想いをその拳に篭める為に。
「人の命を弄ぶゲーム……断じて認める訳にはいかんな」
 戦闘服である黒いスーツに身を包み、小さく呟く柏木・隼人(通りすがりの魔弾ライダー・b03076)。
「ああ、こんなふざけたゲームはぶっ潰して、誰一人欠けることなく帰ろうぜ」
「悪趣味なお遊びはテーブルごとひっくり返してやりましょ!」
 氷晶抄を一吹きして埃を払う椿・徳次朗(高校生水練忍者・b54518)と、張り詰めた空気を解すように呼びかける紗片・ハルミ(あふれる才能の全力投棄・b09344)。
 海千山千の能力者である彼らだが、強大な敵を前に否応なく緊張感が高まる。
 この館から再び外に出たとき、全員が揃っている保証はどこにも無い。
「私、この戦いが終わったら故郷に帰って大学に入ろうと思いますぅ。これまでは色々中途半端だったけど、これからは心を入れ替えて、勉強も依頼も全力で頑張りますぅ!」
 笑顔で宣言する志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)。
「……それでは、行きます」
 やがて全員の準備が整ったのを確認し、安須来・柚架(朝霧エアライダー・b45503)が扉に手を掛ける。
 ――ギィィ……。
 大きな扉が軋みながら開き、館の中から生ぬるい風が吹く。
 彼は死地に踏み入った。

●絶望の水槽
 エントランスホールに入り、扉を閉めた刹那――足下から凄まじい勢いで水が湧き出し、見る見るうちに能力者達を飲み込んだ。
 肌を刺す冷たい水の感覚、満足に酸素を吸うことが出来ない息苦しさが一同を襲う。
「(これが……死か)」
「(空と違う。無限に広がってなくて、圧迫されてる世界)」
「(溺れた時ってさっさと気を失っちゃえば楽なんだけど……)」
 能力者達は、それぞれに死の苦しみに耐える。
「(突然日常を奪われ殺された人々に比べればまだ温い。この惨劇が、同胞たる我等の罪ならば……)」
 微かに眉根を寄せながらも、同族の犯した罪の重さを噛み締めるアリア・シュピーゲル(深遠の月・b50717)。
「(こんなに哀しくて、寂しくて……心が凍る程冷たいものだなんて思わなかった)」
 義父を海で失った過去を持つ霜月・紗更(シリェーナ・b56013)は、改めて大切な人の命を奪った水の冷たさと恐ろしさを痛感していた。
 一時はその水に身を委ねようと考えたことさえ有ったが、今は帰るべき場所があり、帰りを待っている者が居る。
 冷たさを感じると言う事は、自身が温もりを持っている証拠なのだ。
「く〜っくっくっく♪」
 そんな中、絞り出すような笑い声を上げる者が1人。
 九段下・弾音軌(東西南北中央涙腺マスター・b52030)は、こんな状況でも笑っていた。
「(こんな悪趣味なゲームは見ておれん、不愉快である。なんとしても阻止するぞ、く〜っくっくっく)」
 怒りや不快感、苦しみ、全てを受け止めた上で笑い飛ばすのが彼のスタイルなのだろう。
 さすがの能力者達は、死の追体験に屈することなく耐え続ける。
 だが、覚悟を十分に決めてこの場所に来た彼らでさえ、この空間の苦しさは相当なもの。ならばこの苦しみの中で実際に死んでいった者達の無念はどれほどの物だったろうか。
 ――刹那、周囲に無数の気配。
「助けてくれぇーっ!! もう嫌だ……ここから出してくれっ!」
「苦しい……苦しいよぉ……」
 能力者達の耳元で、一斉に上がり始める悲鳴、絶叫、啜り泣く声。
 力なく水中を漂う無数の人々の姿が、現れては消えを繰り返す。皆一様に、絶望と恐怖に凝り固まった表情をしている。
「凄く苦しいし辛い……許してやれっていうのは人事だからだと言うだろう。だから許せとは言わない……けれど今だけ少し怒りを抑えてオレ達に任せてくれ」
「ええ、貴方達を殺した報いは私たちが必ず受けさせます」
 彼らの出現に対し、いち早く反応したのは晃晶・彰(ブラオクーゲル・b26801)と相馬・呉葉(パンテオンの魔女・b11920)。
「嘘ダ……」「マタ騙スノカ……?」「ゼッタイニ許セナイ……」
 けれど死者達の怒りは凄まじく、彰と呉葉の心からの言葉もそう簡単には届かない。
「貴方がたの怒り、私達が刃へ変えましょう。その代わり力を貸してほしい。死をもって罪から逃がす為でなく、生をもって罪を償わせる為」
「ダメダ! 殺セ!」
 アリアの言葉に対しても、強い憎悪を露わにするばかり。
「お前達の気持はよぉ〜っく分かった。仇は取ってやろう。だが! だがしかし! ここで殺してしまう訳にはいかない! 奴らには然るべき報復を受けて貰わねばならん」
「ダメダァッ!! 殺セェェーッ!!」
 弾音軌もなんとか説得を試みるが、怨嗟の大音声に掻き消されてしまう。
「……貴方達には家族がいた。恋人がいた。友がいた。あなた達のいるべきところはここではないし、わたしがいるべきところも、ここじゃないわ。戦いが終わったら、一緒に帰りましょ?」
「アァァァ……帰リタイ……帰リタイ……」
 ハルミの言葉を聞き、今度は怒りではなく悲しみが周囲を支配する。そこかしこから啜り泣きの声が響く。
「正直……こんな風に玩ばれて挙句殺されたんじゃ、俺だってそんな奴等殺してやりてぇ、同じ目に遭わせてやりてぇよ。だけどそれだけじゃ何も解決しねぇし、あいつらの思うツボだ」
「ええ、貴方達の恨みが敵の力になるのです。どうか死んだ後まで敵に利用されないで!」
「オォォォ……」
 嘆く彼らに徳次朗が言い聞かせ、呉葉も言葉を続ける。
「一緒に帰りましょう? 残ってしまったは無念や怨嗟は、私達が引き受けます」
「ウウッ……」
 手を差し伸べながら、彼らへ優しく告げる紗更。
「せめて安らかに眠っていてくれ。約束しよう。君達のその遺志は、確かに奴等に届けると」
 隼人が自分の胸に手をあて、静まり返った残留思念達へと告げる。
「もう悲劇を生まない為に、そして奴等の思い通りにならない為に。報いは受けさせる。必ず!」
 力強く宣言した彰の声が静寂に飲み込まれる頃、能力者達は異変に気付く。
「……あれ?」
 喉の辺りを擦りながら、皆を見回す涼子。
「ありがとう」
 自分達の言葉を聞き届けてくれた彼らへ、眼を閉じて告げる柚架。
「貴方達の想い、預かります」
 ぐっと拳を握りしめたつかさは、彼らの想いを受け止める。
「ゲーム」の駒としてではなく、彼ら自身として特殊空間を脱した能力者達。
 戦いの時が迫っていた。

●冷酷なる薔薇
「リルケ、ちょっとおかしいんじゃなくて?」
「はい、奥様。誰1人として駒にはなっておりません」
「それは困ったわねぇ……」
「……奥様、今のってもしかして……」
「黙りなさいレミーア。命が惜しいのならね」
「――っ!」
「スベって逆ギレとは、さすが奥様」
「ララシー、何か言って?」
「奥様、見たところ彼らは手練れの様子。ご油断召されぬよう」
「巧く誤魔化しましたね」
 エントランスホールに戻った能力者達の前には、4人の女の姿があった。
 真ん中の女は深紅のドレスを纏っており、奥様と呼ばれている事も合わせて考えれば、館の主人であるアンナだろう。
 左右に並ぶメイド服の女は、それぞれリルケ、レミーア、ララシーと呼ばれており、従属種ヴァンパイアと見て間違いなさそうだ。
「あぁ、私としたことがとんだ無礼を……自己紹介もまだでしたわね、お客人」
 ――ぱしっ。
 戯けたような口調で言葉を紡ぐアンナだったが、能力者と彼女たちの間に小さな布が落ち、言葉が途切れる。
 どうやら、それは手袋の様だ。
「裁くのは天の月。受ける誇りはお持ちでしょうか、同胞の君」
 凛と言い放つのはアリア。
「ふふっ、勇ましいわね。可愛いお嬢さん。良いわ……皆纏めて可愛がってア・ゲ・ル♪」
 手袋を拾い上げるアンナ。
 決闘の幕が切って落とされた。

「良く見たら、貴方達って随分美男美女揃いね? 何だか――」
「ああ、何も喋らなくていい。……既に怒りは十分だ」
 ゆったりと距離を詰めるアンナの戯れ言に対し、隼人は強い口調でそう言い放ち、魔方陣を展開。
「つれないわねぇ、折角褒めてるのに」
「お喋りする気はねぇぜ。俺たちはちょっとばかり――」
 そう言い放つ徳次朗のシルエットがだぶり、やがて幾重にも分身する。
「ブチギレってやつですぅ!」
 重心を低くし、構える涼子。
「貴方達を止める……怨みや殺意じゃなく、人として、貴方達の行いが許せないから」
「あらあら、立派な志だこと」
 体内の気が爆発的に覚醒し、つかさの髪が逆立つ。余裕の笑みを浮かべたまま、鼻先で嗤うアンナ。
「く〜っくっくっく♪ 受け取れ、隼人」
「ああ」
「いくわよ、柚架ちゃん」
「はいっ」
 弾音軌の投げた小瓶が隼人の手に収まり、ハルミの舞わせた黒燐蟲達が柚架の「le ciel infini」に宿る。
「作戦通り、落ち着いて行こう」
 すっと息を吸った彰は、独自の呼吸法で体内に力を蓄える。
「質はともかく、数は多いですね」
「あの残留思念を耐えきったんだもの。質も期待して良いんじゃない?」
「あわわ……」
 従属種ヴァンパイア達も、各々チェーンソー剣を構えながら距離を詰めてくる。
 能力者達はそれぞれに強化を行いつつ前後衛の陣容を整え、迎え撃つ形だ。
「(待ってくれている人が居るから。だから負けないわ……絶対に)」
 無数の雪の結晶が、覚悟を決め直した紗更の周囲に舞う。
「冷静に、まずは従属種から……」
「ええ」
 呉葉、アリア共に魔方陣を展開。
 事前の取り決め通り、まずは従属種に狙いを定めた。

●絶対の忠誠
「死んで下さい、イケメンさん!」
 ――ギィンッ!
 レミーアの振るった剣が、隼人の「黒刃」と交錯して激しく火花を散らす。
「今だ呉葉!」「はいっ!」
 言うが早いか、レミーアの背後に回り込む呉葉。
 ――ビュッ!!
「なっ――ぐぁっ!!」
 弧状の軌道を描いた鋭い蹴りが、前後からレミーアの体を捉えた。
「レミーア、下がれ!」
 辛うじて体勢を保ち後退しようとするレミーアの姿が、橙色の光に照らされ――
 ――ボォッ!
「きゃああぁーっ!!?」
「そうはさせません」
 瞬く間に炎に包まれた。アリアの炎弾が直撃したのだ。
「こちらも弱い奴から減らしてゆくぞ」「了解致しました」
 数的な不利を打開すべく、従属種の2人は各個撃破に出る。狙われたのは――
「く、来んなですぅ!」
「甘いっ!」
 煌めくララシーの剣。蹴りを放つ涼子。
 ――バッ。
「うっ……」
 両者が交錯して血しぶきが宙を舞い、涼子の体がぐらりとよろめく。
「トドメです」
 更に追い打ちを掛けるリルケ。
「霜月センパイ!」「はいっ」
 ――ガッ!
「……ごほっ!」
 涼子目掛け剣を振り上げたリルケの脇腹に、柚架の蹴りが突き刺さる。
 この隙に紗更の白燐蟲達が涼子の体を優しく包み、傷を癒す。
「お、おのれ……」
「あいつらの痛みは、まだまだこんなもんじゃねぇぜ!」
 ――ドンッ!!
 徳次朗の掌から、気によって練り込まれた水分がリルケの体内へなだれ込んだ。
「ぐっ……あぁっ!」
 彼女の体は宙を舞い、彼方の床に強か打ち付けられる。
 ぐったりと横たわったまま、起き上がることは無さそうだ。
「良くも私のメイド達を……きついお仕置きが必要みたいね!」
 明らかに語気を強め、アンナが床を蹴る。
「柚架!」
 ――ヒュッ!
「くっ!?」
 アンナの薔薇が一閃されるや、鋭い痛みが柚架の腕を襲う。
 深々と斬り付けられたらしく、拘束服が紅に染まる。
「そう簡単に、仲間をやらせないわよ!」
 すぐさま黒燐蟲を舞わせ、柚架をフォローするハルミ。
「次はあいつだ、く〜っくっくっく♪」
「任されたよ!」
 彰は弾音軌から投げ渡された小瓶を一息に飲み干し、そのままの勢いでララシーの懐へ飛び込む。
「はぁぁっ!」
 ――バキィッ!
 青龍の闘気を宿った彰の拳が、ララシーの頬を打つ。
「き、貴様等如きが……奥様の邪魔を」
「そこを……退けッ!」
 ――ガツッ!
 尚も主人を守るべく立ちはだかるララシーに、つかさの拳が引導を渡した。

●最後の抵抗
「報いは受けて貰うぞ!」
「調子に……乗ってぇっ……」
「こっちだぜ」
 ――バシッ!
 隼人のクレセントファングを辛うじて防いだアンナだったが、死角から徳次朗の爆水掌が痛撃を加える。
「よくも私の体に傷をっ……!」
 孤立無援となったアンナに対し、能力者達は数を利した波状攻撃を展開していた。
 さすがのアンナも満身創痍、かつ疲労困憊の状態。
 時折反撃を繰り出してはいたが、傷ついた仲間は紗更とハルミがすかさず治癒を施す。
「よくもっ……よくもっ!」
「……約束したもの。貴方たちの寂寞を、引き受けると」
「あんな取るに足らないゴミどもが何だというの!? 私の為に死ねるだけでも感謝して欲しいくらいよ! それをっ……貴方達は報いだの報復だのとっ!」
 紗更の言葉に対し、怒りを露わにしながら声を張り上げるアンナ。
「く〜っくっくっくっく♪ 言いたいことはそれだけか?」
 肩を揺らし、笑いながら尋ねる弾音軌。
 他の能力者達も、最後の抵抗の力を奪うべくじわじわと囲みを狭めてゆく。
「くっ、良いわ。好きになさい」
 アンナはその場に腰を下ろし、降服と言う様に両手を挙げる。
「では更紗さん」
「はい」
 捕縛する為、歩み寄るアリアと更紗。
「ふっ……フフッ、アハハハッ!!」
「アリア先輩!」
 突然狂ったように高笑いを上げるアンナが、人差し指でアリアを指す。咄嗟につかさが声を上げて警戒を促す。
 ――ボッ!
「キャアアァーッ!!」
 アンナのブラッドスティールが発動するよりも早く、アリアの火球がアンナを捉えた。
 炎に包まれ、崩れるアンナ。死んでは居ないが、もう抵抗は出来ないだろう。
「後は自身で償いなさい」
 踵を返すアリア。
 彼女もまた、背負っていた十字架を下ろす事が出来たのだろうか。

●帰還
「終わったね……」
 館を後にする一行。つかさがしみじみと呟く。
「色々あったけど……とりあえずお腹空いちゃった! でも、当分シーフードはいらないわ!」
 魚の気分になるのはもう沢山、とハルミ。
「……同時多発的にこのような儀式が偶然起こるとは考えられませんね。今回で終わりそうにありません」
「なぁに、その時はまた私達がぱぱっと解決ですぅ」
 冷静に推測する呉葉に、楽天的な言葉を返す涼子。
「……お前達が受けた痛みも、確かにここにいたことも、絶対忘れねぇよ」
 徳次朗は犠牲者達にそう語り掛け、踵を返す。

 かくて、能力者達は凱旋の途についた。
 1人も欠くことなく、館のヴァンパイアらを捕縛しての完全勝利である。


マスター:小茄 紹介ページ
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いまいち
参加者:10人
作成日:2009/12/09
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