麗しのエルフリーデ


<オープニング>


「さて、と。腹いっぱいになったか?」
 血の滲む指先をティッシュで拭い、男は優しい声音で『彼女』に尋ねた。
 くりくりとした黒目がちな瞳、さわり心地のいい体、何より麗しい鳴声――。最高だ、と今日も『彼女』の全てに酔いしれる。
 男に問いに返される、くるる、という鳴声は満足の証だ。
 ならよかった、と男もまた満足げに頷く。それから掃除途中だった自室を改めて見渡した。
「じゃあもうひと頑張りしないとな。ったく、どうしてこんなに部屋って散らかるんだか」
 本棚から雪崩落ちる本の山、コンポの周りを埋め尽くすCD、絨毯の上を埋め尽くす服に雑誌に紙くず……今日中に大掃除なんて終わるのだろうか。
 途方にくれる男の背中を『彼女』は不思議そうな顔で見つめている。
 部屋の隅に置かれた木の枝にとまっている、それは灰色をしたメスのモリフクロウだった。

「というわけで、大掃除中の男性宅に突撃してモリフクロウのリビングデッドを倒して来て欲しいのよ」
 それだけ聞くとシュールな話だ。
 けれど、そうとしか言いようの無い事態でもある。甲斐原・むつき(高校生運命予報士・bn0129)は対象宅の住所を読み上げ、男が一人暮らしである事、まだ二十そこそこである事、ペットであるフクロウがリビングデッド化している事を説明した。
「フクロウの名前はエルフリーデ――派手な名前ね――このフクロウを男はとても可愛がっていて、死んだと知れば悲しむでしょうけど。この場合仕方ないわ。放って置けばいずれ腐敗が進み理性を失って狂うだけだもの」
 結末が変わらないのなら、幕切れは早い方がいい。
 それが痛みを伴うものであるとすれば、尚の事。

「男の自宅は普通の一軒家ね。大晦日という事もあって、朝から夜までずっと家の掃除をしてるわ。朝は玄関や台所がある一階部分、午後は自室を含む二階部分を片付ける予定みたい。侵入の方法や戦闘場所は皆に任せるけど、できれば飼い主の男には怪我のないようにしてあげて」
 エルフリーデは自分に危害が加えられたり、明らかな敵意を目の当たりにしない限りは普通のフクロウと何ら変わり無い。ただし、攻撃を受けたり飼い主の男に異変が起こった場合は形態を変化させ、侵入者へと襲いかかるだろう。
「戦闘態勢に入ると、全身に骨のような白い棘が浮き上がるの。これは毒を持っていて、視界内範囲にばらまくような形で投擲されるわ」
 そして戦闘が始まれば、風呂場の辺りからナメクジのリビングデッドが十数体現れる。力は弱いものの、この数で20m範囲内に麻痺の超音波をばらまかれるのは厄介だ。

「敵の戦闘能力自体はそれほど強くないけど、戦う場所が狭い室内だから立ち回りには注意してね。しかも大掃除中で家の中がごった返してるから、躓いたりしないように気をつけて」
 それと気にするべきは、突入する時間帯だろうか。
 男の家は高台の中腹に建っていて、他の家からは少し離れている。昼間であっても近所の人目はあまりない。とすれば、問題は男が没頭している掃除の進み具合くらいだ。
「できるだけ戦いやすい時間帯がいいわよね。作戦にもよると思うから、これも皆に任せるわ」
 頑張ってねと言い結んで、むつきはびっしり情報の書き込まれた手帳を閉じる。
 この手帳を使うのは今日が最後になるだろうか。
 厚みのあるスケジュール帳は、この一年に起きた事件の多さを語るようにずっしりと重かった。

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参加者
関・銀麗(天華蒼竜・b08780)
覚羅・葵(不断の誓いは確かな不屈の刃へ・b27583)
伊吹・セト(伊吹童子・b46389)
綾川・悠斗(青き薔薇の道を歩む者・b66689)
平沢・盾一(グラスフォートレス・b70965)
外道院・悲鳴(千紅万紫・b71350)
護宮・マッキ(は取りあえず全力疾走だだだだ・b71641)
日野・火鳥(ヒトリの火・b72344)



<リプレイ>

●エルフリーデ―上―
「そろそろかな」
 大通りからは見えない曲がり角に身を潜めた関・銀麗(天華蒼竜・b08780)は、そっと空を仰いだ。やや西の空がオレンジがかり始めた、夕方まで少しばかりの時を残す冬の午後。
 空気は冷たく、じっとしていると震えが来る。けれどすぐに出番だ。白い息を吐き出して合図を待った。
 同じく、伊吹・セト(伊吹童子・b46389)と覚羅・葵(不断の誓いは確かな不屈の刃へ・b27583)、護宮・マッキ(は取りあえず全力疾走だだだだ・b71641)、日野・火鳥(ヒトリの火・b72344)も近場に身を潜ませている。
 塀の裏や電柱柱の影、または近くに植えられた木の陰など。
 大きな図体を隠す場所が無かった平沢・盾一(グラスフォートレス・b70965)は務めてゆっくりと歩き、通行人を装った。
 通り過ぎる後ろでチャイムを鳴らす音が響く。
「ごめんくださーい」
 外道院・悲鳴(千紅万紫・b71350)はチャイムを鳴らして声を張り上げた。
「宅配便じゃぞー!」
 インターホン越しに男の声がする。
 だが、どこか不審そうな声色だ。いくら嘘が得意といっても限度がある。いぶかしげな声がインターホンの向こうから聞こえてきた。
『? こども?』
 悪戯か、と呟く声に綾川・悠斗(青き薔薇の道を歩む者・b66689)が答える。手には何やら封筒が用意してあった。外のポストから失敬したダイレクトメールだ。
「すいません、こちら宛ての荷物が間違って届いたみたいなんで確認お願いできませんか?」
 丁寧な物言いに、男は納得したような声を上げる。
『ああ、そういう事か。今いきます』
 宅配業者ではなく近所の住民を装ったのが幸いした。悲鳴の事は小さな娘だとでも思ったのかもしれない。飼い主の男はすんなりと玄関の扉を開け、その姿を現した。
 男が倒れたのはまさにその瞬間である。旅人の外套によって姿を消していた望美が導眠符を放ったのだ。
「あとはまかせて」
「ああ、よろしくな」
 後を彼女に任せ、悠斗は瞬時にヘリオンサインを描く。気づいたセトが仲間を呼び、一向はすぐに玄関先へと集まった。それぞれ靴を脱いで家の中へと上がりこむ。
「人様の家で、掃除した後だしね」
 しかも、侵入するに飽き足らず『酷い』事をするとあってはこれくらい気を使う範囲に入らない。盾一は苦笑めいた表情を浮かべながらその場で靴だけを脱いだ。
 目指すは二階の私室と、風呂場。
 玄関にはゴミ袋が幾つも出されていて、悲鳴は後ろから来る仲間のために警鐘を鳴らす。中途半端に片付けられたゴミやら古本やらが廊下に積んであるのだ。
「躓かないように気を付けるのじゃーっ!」
「まだ片付けの途中みたいだね」
 それでも侵入に手間取る程ではない。古本は紐でくくられ、階段の端に積んであった。その脇を銀麗は足早に駆け抜ける。
「そっちはよろしくお願いするよ」
「はい、そちらもお気をつけて」
 葵は短く頷き、エルフリーデ班とは逆に洗面所へと回り込んだ。悲鳴は少し下がって廊下の端辺りに待機する。マッキは葵と並んで前へ、逆に火鳥は背後を気にするようにやや距離を取った。
「デた……!」
 火鳥の視線は風呂場の浴槽に注がている。半ば開かれた蓋の合間から不気味ななめくじが這い出して来た。
 その数は裕に十体を越える。
「僕は右をやる! 葵は左を頼む!」
「了解しました」
 マッキの生み出す森王の槍と葵の黒燐弾はまるで対を為すように、なめくじを一気に掃討した。だが、倒す先から次のリビングデッドが現れる。
 衝撃波が浴室を満たし、全身に痺れを覚えた。力も弱く、命中率も悪い攻撃だ。けれど連続でこれだけの数を浴びれば全てを避けきる事は叶わない。
「ヒナリ!」
「分かっておる!!」
 ――だが、それも悲鳴の舞があれば恐るるに足りず。
「ヤいてあげるよ」
 火鳥に呼ばれた悲鳴はすぐさま赦しの舞を踏む。麻痺から解放された火鳥はフレイムキャノンを射出。前にいるなめくじから順番に焼き尽くしていく――。

●エルフリーデ―中―
 エルフリーデは男の私室にいた。足紐の先は止まり木にくくられ、不思議そうな顔でこちらを見ている。
 灰色の体毛は艶やかで、まさか既に死んでいるとは誰も思わないだろう。
「ああ、確かにこれは……」
 その一種毅然とした佇まいに、盾一は男が魅了された理由を知る。警戒心を与えないように近付きながらその瞳を覗き込んだ。
「でもごめん。お前の時間はもう終わってるんだ」
「……少し、勿体無い気はするけどね」
 セトは鎖剣を構えながら嘆息のような吐息を漏らす。一度だけ首を振り、それから表情を改めた。
「いくよ」
「うん、一気にいこうか」
 頷く銀麗が床を蹴り、盾一の手のひらから炎の蔦がうねりを上げる。不意をつかれたエルフリーデを炎蔦ががんじがらめに拘束した。セトの鎖剣がその合間から突き刺さり、鮮血が迸る。
「狭いから気をつけて」
「ああ」
 悠斗は首を縦に振り、空いている床を選んで立ち位置を決めた。そうしながら左の中指で詠唱眼鏡を押し上げる。
「光は我と共にあり」
 生み出されるのは、光の槍。交錯するようにしてエルフリーデの毒棘が発射されるが、銀麗の拳によって攻撃力を封じられている。隙をついて後ろに回り込む銀麗の瞳にプログラムの波が走った。
「そっちにいったぞ」
 飛び立つエルフリーデの後を追って、盾一が注意を促す。影を纏った太刀がエルフリーデの背を断った。
 甲高い鳴声が部屋中に満ち溢れる。
 それはこんな時だというのに、やはり綺麗だった。

 一方、浴室での戦いも佳境を迎えていた。
 狭い室内になめくじが湧いているわけだから、どうしても射線が通りづらい。
「そっち、1匹漏れてる!」
 撃ち漏らしたなめくじが足元から逃げようとするのをマッキが目ざとく見つけた。すぐさま葵が剣を薙ぐ。解放された黒燐蟲の群れはあっという間になめくじのリビングデッドを飲み込んだ。
「……これだけの数のナメクジを見るのは、はじめてだな……」
 できるだけ自分に敵を引き付けるよう動きながら、葵は独り言のように呟く。小さななめくじもこれだけの数が揃うと不気味だ。
「あと何体でしょうか」
「ここからではよく見えんのう……」
 悲鳴は敵の射程に入らない後方で舞続ける。代わりに火鳥が指折り数えた。
「あとゴヒキ」
 相変わらず、火鳥のフレイムキャノンは的確に敵を捉える。リビングデッドの攻撃すら彼女を高揚させるだけだ。
「イタミはいきてるアカシ、だからね」
 屍と化したゴースト達はどれだけリアルにその痛みを感じているのだろう。マッキはバールを握り締めながら考える。
 できればペットを失う手助けなんかしたくない。
 でも、でももう死んでしまっているのだ。
「僕らにできることは、弔うことだけなんだよね」
「ええ」
 旋剣の構えで回復した葵は再び、黒燐弾を発動。あれだけいたなめくじも残り少ない。かろうじて生き残ったなめくじに植物の槍が突き刺さった。
「――終わり!」
 後はエルフリーデを倒せば、全てが終わる。
 浴室を出て階段を登りながら、火鳥は誰に言うでもなく呟いた。
「たいせつな人にであえてよかったね。でも、キミはもうトばなきゃいけない……たとえそれがどんなにカナしくても」

●エルフリーデ―下―
 エルフリーデはまるでこの部屋こそが自分の楽園だと言わんばかりに飛翔する。体表に浮き出した棘は毒を孕み、受けた者の体力を奪った。
 セトは漆黒の戦装束を翻してヘブンズパッションを発動する。解毒に成功した盾一はもう一歩踏み込み、剣を振るった。
 銀麗の傷は悠斗が癒す。
「正しい場所へ還ろう」
 飾り気のない宣告をエルフリーデは理解しているのかいないのか。答えを待たずに銀麗はプログラムを纏った拳を叩き込んだ。
 確かな手ごたえ。
 同時に部屋の外から階段を上がってくる音がして仲間が駆け付けて来るのが分かる。
「待たせたのじゃ!」
 真っ先に悲鳴が駆け込んで来た時、そこにあったのは翼をもがれて床の上に落ちたエルフリーデの姿だった。
 生前と同じように艶やかな羽を晒して、けれどもう決して動かない。
「さよなら」
 セトは小さく呟き、戦いの終了を示すように起動を解いた。

 エルフリーデの遺骸には戦いによって付けられた傷が残されている。
 このまま部屋へ置き去りにしたとしても、残された人々は何かしら納得の出来る理由を探して結論付けるだろう。
「どうする?」
「逃げたように見せかけよう」
 だが、無残な姿を見せるよりもその方がいいだろうと、盾一は大きく部屋の窓を開け放った。
「今足紐を切る」
 床にしゃがんだ盾一はそっと、エルフリーデを繋ぐ紐を切る。遺骸はどこか遠い場所で地に埋めるつもりだった。
 戦いの余波で散らかってしまった室内をできるだけ元のように戻しながら、銀麗は盾一の意見に賛成する。
「逃げたと思えば生きている希望は残せるからね」
「そうだね。下に行って飼い主を回収してこないと」
 セトにも異論は無い。
 遺骸を抱き上げる盾一の手からエルフリーデの羽を二、三枚つまみ上げると、それを無言で部屋の床に散らした。
 悠斗はいったん下に降りて、望美の手から飼い主の男を引き取る。それから、転寝をしていたと思えるように部屋の中へ寝かせた。
「こんな感じかな?」
「そうですね」
 葵は頷き、改めて飼い主の男に視線を戻す。
「……偽善かもしれませんが、フクロウが死んだ事に気づかないで過ごし続けてくれると良いですね」
「うん。やっぱり、この人はエルフリーデを探し回るのかな」
 最後に部屋を出る前、マッキはそんな疑問を口にした。セトは「かもね」と曖昧に口ずさむ。
「ばいばい、エルフリーデ」
 普段通りの口調に戻った火鳥は、夕暮れを背に一度だけエルフリーデの家を振り返った。もう彼女はそこにはいないけれど、思い出は残る。
 一年最後の日に終わりを告げたエルフリーデの日々は、黄昏色の終幕によって締めくくられた。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/01/07
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冒険結果:成功!
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