【学園遁行】彼女の行方

<オープニング>


「先日の作戦、お疲れ様だったな。皆や多くの能力者達のお陰で、土蜘蛛の拠点を壊滅させることが出来た」
 能力者達を出迎えた王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)は、表情を和らげて労いの言葉を掛けた。
 だが、その顔はすぐ真剣なものに変わる。
「早速だが、今回の依頼の本題に入ろう。件の屋敷から持ち帰って貰った資料や、屋敷の所有者などから新たな情報を手に入れることが出来たんだ」
 そう言うと、団十郎は机の上に広げられた地図の上に指を走らせた。
 彼の指先が示したのは――奈良県。
「土蜘蛛の本拠は、恐らくここにある。奴らの本拠地を探り、目的を暴く為に早速捜査に向かって欲しいんだ」

 団十郎は、とある高校の簡単な資料を取り出し、能力者達に配った。
「件の屋敷で蜘蛛を操る男から『巫女』と呼ばれていた少女と思しき人物が、この高校に転校生として入学しているという情報が入った。新年度も間近で、不自然な時期の転入だというのに何故か不審に思う者はいなかったようだ」
 高校に巫女とは、一体どういうことなのだろう。
 自ずと何故、何の為にと疑問が湧き出す。
「それだけじゃないんだ。更に調査を進めた結果、この学校では何件も不審な行方不明者や事故などが発生していることがわかった。だが、どれも騒ぎになったり大々的に扱われた様子はない……」
 能力者達の頭に真っ先に思い浮かんだのは、馴染みのある言葉――超常的な事象を、人々の記憶を歪めてありふれたものに変えてしまう世界結界――だった。
 その学校には、世界結界が干渉するような不可思議な力が加わっているということなのか。
「この現象と、巫女と呼ばれていた少女の転入……何も関係ない訳がない。きっと、彼女は何か重要な目的を果たす為に、この学校へやって来た筈だ。それを早く突き止めなければならない」
 今回、依頼に参加する能力者達は特別に転校の手続きが取られ、転校生としてその学校に潜入することになる。
「早急に巫女の目的を暴いてくれ。皆が入手してくれた情報によって、こちらも新たな一手を講じなければならないからな」
 私服高校である為、制服を用意せずともぱっと見で悪目立ちしてしまうようなこともないだろう。
 どんな作戦を立て、どのように巫女と呼ばれていた少女の目的を探るか……その方法は、能力者達に委ねられた。
「あぁ、それと……件の少女は、皆を見ても能力者か一般人かの区別は付かないだろう。と言っても、同じ時期に一度に転校して来た生徒達がつるんでいれば怪しまれるかも知れない。その辺りは、留意して置いた方がいいな」
 説明を終えた団十郎は、改めて能力者達を見据えてこう締め括った。
「乗り込む地は、敵の懐だ。くれぐれも慎重に行動し、必ず無事に情報を手にして帰って来て欲しい。頼んだぞ」

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参加者
露木・草(雨降る音を聞く・b01082)
姫宮・舞(戦巫女・b03591)
蒼穹・克(華麗なるカレー屋のてんちょ・b05986)
清村・御風(高校生青龍拳士・b07683)
ハイネ・シュバンシュタイン(翼ある銃・b08348)
終乃・輝美(終焉を霊視する魔眼の巫女・b10773)
九重・昂(高校生ゾンビハンター・b13791)
神苑・恵(高校生魔弾術士・b16042)



<リプレイ>

●秘密の転校生
 奈良県某所の高等学校。
 能力者達が転校して来たのは、1学年に4組ずつの中規模な学校だった。
 学校にも、そこに通う生徒や職員達にも別段おかしなところはない。
 普段と違うことといえば、3年生の卒業式が近く、少々そわついた空気を感じる程度だ。
 1年3組の教室では朝のホームルームでの紹介が終わり、1時間目も滞りなく過ぎた。
 長髪のウィッグと縁の厚い眼鏡で、普段と違う様相の姫宮・舞(戦巫女・b03591)の机に、休み時間になった途端同じクラスの女生徒達が興味津々といった様子で集まって来た。
 何処から来たとか、どの教科が得意とか、他愛もない質問が次々に飛んで来るのを、彼女は少し戸惑いがちに答えていた。
「わたしも最近転校して来たんですよ〜」
 集まっていた女生徒のひとりがそんなことを言う。
「そうなの……え?」
 あまりにも自然に会話に混じっていた為、一瞬聞き逃しそうになってしまった。
 耳に引っ掛かった言葉の主を、舞はまじまじと眺める。
 少し癖のある柔らかそうなショートカットの髪に、丸い眼鏡。
 垂れ目の大きな瞳には、今自分の顔が映っている。
 思わず目が行ってしまうような、服の上からでもわかるふくよかな胸を持つ少女だ。
(「舞より……大きい」)
「わたし、葛城未織って言います。仲良くして下さいね〜」
 彼女の挨拶を他所に、初っ端から調査対象に出会ってしまったことで、舞の頭の中にはぐるぐると様々な思考が巡った。
 そんな思惑など知らぬ様子で、未織はにこにこと握手を求める。
「よ、よろしく……」
 女の子らしい柔らかく小さな両手に、舞がおずと差し出した手が包まれる。
 温かい。
 同じ、人の温もりだった。

「あの子が転校して来た子かぁ」
「へぇ、結構可愛いんやない?」
 廊下を通り過ぎる他の組の男子生徒達が話題にしているのが、席まで聞こえる。
 噂になるのは転校当初の風物詩として受け止め、神苑・恵(高校生魔弾術士・b16042)は自分の周囲に集まったクラスメイト達ににこやかに応対していた。
 そこに入った仲間達からの連絡のメールに、級友に断りを入れ震える携帯電話を取り出す。
 全員分は届いていないが、屋内では電波が入り難いこともあるしそんなものだろうと思いつつ、恵は「異常なし」の文字が並ぶメールに目を走らせる。
(「何々……巫女と接触……」)
 操作に慣れていないらしい舞からの、簡潔な文面を素通りし掛け、
「って、ええ!?」
「どうしたの?」
「な、なんでも……ないわ」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった恵を不思議がるクラスメイト達の傍ら、彼女は早すぎる、と小声で呟いた。
 8人の能力者達は、1年と2年の全クラスに綺麗に分かれていた。誰かひとり、巫女と同じクラスになる可能性は考えていたとはいえ……。
(「まさか向こうから接触してくるなんて……」)

 三時間目の後の休み時間に、嵐はやって来た。
「きゃあ、可愛らしい先輩さんなのですぅ」
 恵は、今自分が置かれている状況を疑った。
 腕に触れている、むにっとした柔らかい感触は……そんなことはさて置き、警戒すべき筈の相手に抱きつかれているなんて。
 結局、未織という名の少女は、舞と、前の休み時間にやはり挨拶というなの抱きつき洗礼を受けた終乃・輝美(終焉を霊視する魔眼の巫女・b10773)を伴って、恵の許へとやって来たのだ。
「あはっ、あの子またやってるんや〜」
 側にいた女子が笑う。
「また?」
 反射的に聞き返した恵に、輝美が何処か恥ずかしそうに目を伏せながら口を開いた。
「あ、あの……学校中の女の子に抱きついたりとかしている、そうです……」
「やっぱ帰国子女って、表現もオーバーなんやねぇ」
 ぽそぽそと呟く輝美に、女子のあまり気にしていなそうなおおらかな声が重なる。
 どうやら、未織はここでは外国生活が長かったということになっているらしかった。
「あぁ、君ら1年の転校生かぁ」
 興味を持った男子生徒が近付いて来ると、未織は「はわはわっ」と声を上げて舞の後ろに隠れてしまった。
「男の人って、苦手なのです」
 と眉を顰める未織の様子は、何故か今までよりも作為的なものが感じられたような気がした。

 休み時間の間、ハイネ・シュバンシュタイン(翼ある銃・b08348)は一通りの質問攻めをやり過ごした後、会話の合間に「最近この辺で人がいなくなるって噂を聞いたんだけど」と切り出した。
「いなくなる?」
「それって家出した子のことやない? なんや、受験ノイローゼとかって話」
 何か引っ掛かるものを感じながらも、ハイネは「ふーん」と相槌を打つ。
 一方、九重・昂(高校生ゾンビハンター・b13791)も情報収集の為、教室内の生徒達の雑談に聞き耳を立てていた。
 しかし、取り立てて巫女に関する話をしているような生徒はいないし、雑談に混ざって「最近変な事件が起きているって本当ですか?」と訪ねるも、
「変な事件? 聞いたことないなぁ」
「ウチとこは、そんな物騒なことはないと思うねんけど」
 と皆首を捻るばかりだった。

 学級委員に校内を案内して貰いながら、露木・草(雨降る音を聞く・b01082)はそれとなく事故について訪ねてみた。
「事故ねぇ……そうや、この間立ち入り禁止の旧校舎に入って、怪我したって人ならおるわ」
 大正時代からあり、文化遺産にも指定されているという旧校舎。
 しかし、老朽化が激しいことは容易に想像出来る、そもそも入ってはいけない場所に入ったのだし、自業自得だと学級委員の少女は渋い顔をした。

 蒼穹・克(華麗なるカレー屋のてんちょ・b05986)が世話焼きの教師に尋ねたところ、彼ら以外に最近転校して来た生徒は未織ひとり。
「やっぱり、彼女に間違いないようですね……」
 仲間から伝えられた未織の行動には流石に面食らったが、彼女が自分達の目標としている人物であることには間違いない。
 彼女が何故土蜘蛛に与するのか。克には非常に興味深いところだった。

 ホイッスルが鳴り、ゴールに向き合った清村・御風(高校生青龍拳士・b07683)が走り出す。
 鋭い蹴りが置かれていたボールに炸裂し、ゴールキーパーの手をすり抜けネットを揺らした。
「「おぉー」」
 それを見ていたサッカー部員達がどよめく。
「清村が入ってくれたら夏の大会は堅いんやけどなぁ」
 と期待を向ける部長を軽くいなし、彼は体験入部に勤しんだ。
 部員達の会話に聞き耳を立てていたが、事件に関する話題を率先して話すような者はいない。
 帰りの時間、クラブ棟から裏校舎を経て、部員達に教えて貰った正面玄関へのショートカットを歩いている時だった。
 伝え聞いた容姿の少女が、迷ったらしく廊下をうろうろしていた。
「うぅ、正面玄関は何処でしたっけ……」
 遠くで聞こえる吹奏楽部の練習曲に混じって、未織の声が聞こえてくる。
「誰かぁ……誰かいませんか〜」
「どうしたんだ」
 彼女の涙声に、御風は思わず声を掛けた。
 困っている女の子を、放って置くことが出来なかったのだ。
「た、助かりました〜」
 地獄に仏とばかりに頼ってきた未織を、御風は正面玄関まで案内してやった。
「男、苦手なんじゃなかったのか?」
 ふと、口をついて出る疑問。
「え?」
 きょとんとしている少女に、御風は理由を取り繕う。
「2年の教室で言っているのを聞いたぜ?」
「あ〜……それはですね」
 思い当たったように、未織は眉を下げて軽く苦笑した。
「男の子に付き纏われてしまうと、その。色々困ってしまうのです……」
 困ることでもあったのだろうか。
「でも、先輩さんはいい方みたいですし、そんなことしないでしょう?」
 屈託のない笑顔でそう言われると何も言えなくなってしまう。彼女の周辺を嗅ぎ回っているのは、むしろ自分達なのだが。
 手を振って帰って行く彼女を、御風も笑みを浮かべて見送った。
 校門を出る未織を密かに追う克達が、彼の姿を見て目を丸くしていた。

 学校から程近い団地の中にある公園に、能力者達は集まっていた。
 一日の終わりにここで会って情報を擦り合わせたり、話し合ったすることにしたのだ。
 日の入りは次第に遅くなってはいるものの、既に周囲は暗い。
 遊んでいた子供達も家路に着き、彼ら以外に人影はなかった。
 何割か咲き掛けた桜の花が、風に吹かれて静かに揺れる。
「そんなに悪い子には見えないんだがなぁ……」
「敵に絆されちゃってどうするのよ!」
 御風の呟きに、恵は肩を怒らせた。
 克と舞、恵を中心に下校した未織の追跡を行ったものの、これといって目を引く行動もなく、彼女は普通に駅から電車に乗って帰って行った。
 蜘蛛妖獣も、編み笠の男も、影も形もない。
 ハイネと輝美は地元の図書館で学校について調べてみたが、やはり大きな収穫はなかった。
 事件については新聞にすら載っておらず、ネット上でも運動部が何処そこの大会に出場しただとか、生徒の絵がコンクールで入選しただとか、そういう類の情報ばかりだ。
「学校関係者にも、不審な点はありませんでした。彼女は単身ここに赴いているようですし」
 溜息混じりに輝美が呟く。
 女王に仕えるという巫女が、何故この学校を訪れたのか。
 学校で起きている事件と巫女との接点も、今のところ見付かっていない。
「後は、行方不明と事故か」
 腕を組んだ昂はじっと考え込む。
「事故が起きたのは、立ち入り禁止の旧校舎だが……」
 行方不明者はどうだろうか。草は呟いて首を捻る。
「ゴーストに殺された人に似てない?」
「そんな感じもするな」
 首を傾いだハイネに、克も唸る。
 この事件には、ゴーストが関わっているのだろうか……。
「もっと調べる必要があるな……明日も頑張ろう」
 昂の言葉に能力者達は頷き合った。

●困惑と傷跡と
 次ぐ日、未織は相変わらず女子生徒を訪ねては触ったり抱きついたりして回る行動を続けていた。
 女子達は、まるでお守りのようにそれに付いて歩いている。
 どうやら彼女の目的は女子にあり、男子がいるのは都合が悪いらしい。
 それはそれでなんとなく悲しいが、興味が向いていない分、男子は動き易いということだろう。
 少々予定は変わってしまったが、未織の周辺を探るのは女子達に任せ、男子はこの学校で起きている事件について調べることにした。

「ここにもやはり……学校の七不思議とかあるのか?」
 クラスメイトとの他愛もない話の中、草はさり気なく聞いてみた。
 彼らが教えてくれた話の殆どは何処の学校にもありがちな怪談だったが、
「そういや旧校舎で、昔の制服着た女の子を見たって聞いたなぁ」
 旧校舎。昨日もその話題が出た筈だ。
 それが凄い美人なんだってと続ける生徒に、幽霊かよと囃す友人達。
「旧校舎の幽霊の話なら知っとるなぁ。肝試しに行った奴が帰って来ぃひんかったって……」
「ダサッ、今時そんなん流行らんでぇ」
 ぎゃはは、と笑い飛ばす生徒に合わせて笑みを浮かべた草だったが、
(「幽霊……地縛霊か?」)
 旧校舎の噂は記憶に留めて置いた。

「なーんか、調子狂っちゃうなぁ……」
「どうかしたのです?」
「や、こっちの話よ」
 屋上で弁当を広げ、空を仰いでぼやく恵に、未織が首を傾げた。
 彼女もまた少女達に混じってお弁当を広げ、なにやら楽しげに遣り取りしている。
 未織は学校にいる間の殆どの時間同じ組の舞と共に過ごす上、休み時間は恵と輝美も一緒だ。
 忍んで監視しなくてもいいのは好都合だが、彼女は女生徒に触り捲くる以外はおかしな行動は取っていない。
 女生徒の中に目的の人物がいて、探しているのだとしても転校生である自分達にまで接触してきたのは何故なのか……謎は深まるばかりである。
(「はぁ、なんで敵の巫女とほのぼのお弁当なんて食べてるんだろう」)
 盛大な溜息が、春の陽気に溶けていった。

 その頃、男子達は旧校舎で事故に遭ったという生徒を突き止め、訪ねていた。
「何か用か?」
 ぶっきらぼうに返事をした生徒の襟元から、包帯が見えている。
「旧校舎で怪我をしたんだって聞いて」
 そう言い置いて克が尋ねると、少年は聞かれたくないとでも言うように顔を背けた。
 授業をサボった上に立ち入り禁止の旧校舎に入った手前、こんな態度を取るのも仕方ないのかも知れない。
 怪我をした状況についても、「何かに引っ掛けたんやと思う」と曖昧な返答しか返ってこない。
「何かって……そんなに包帯巻くくらいの怪我、何に引っ掛けて……」
「俺にもわからへんのや!」
 草の問いを遮るように、少年は声を荒げた。
 が、すぐにばつの悪そうな顔をして俯く。
「最初は気付かへんかったんやけど……いつの間にか怪我してたんや。だから、何かに引っ掛けたんやないかって……」
 要を得ない説明は、明らかに彼の記憶が世界結界によって歪められていることを物語っていた。
「ちょっと、ごめん」
「おい、何すんねや!」
 違和感を覚えた男子達は、半ば強引に彼の上着を捲って包帯を解いた。
 その下に隠されていた痛々しい傷跡が露になる。
 皆、言葉を失う。誰かが息を呑むのが聞こえた。
 傷は既に瘡蓋になっていたが、どう見ても気が付いたら怪我をしていたで済む程度のものではない。
 背に走る痕は、まるで大きな猛獣の爪で付けられたような引っ掻き傷だった。

●旧校舎の秘密
 鴉が鳴く朱色の空の下、能力者達は公園に集まっていた。
 旧校舎、幽霊、行方不明者、爪痕……。
「やっぱり、ゴーストの仕業なのかな」
 様々な思考が巡る中、ハイネが重い口を開いた。
「後で、終乃に断末魔の瞳で視て貰おうと思ってたんだが……」
 輝美に視線を向けながら、昂は顔を曇らせる。
 ゴーストが絡んでいるとしたら、少人数で乗り込むのは危険だ。
「皆さん、ご一緒して頂けますか?」
「勿論」
 不安を抱えた輝美の問いに、皆当たり前だと言うように頷く。
「旧校舎か……」
 吐息混じりに、御風は少しずつ暮れていく空を見上げた。
 そこに、
「わかりましたです!」
 突然聞き覚えのある少女の声が、高らかに響く。
 ぎょっとした一堂が振り返った先には、未織が立っていた。
 話を聞かれてしまったかと、重苦しい焦燥感が腹を圧迫する。
 だが、彼女の次の言葉は、能力者達が予想だにしていないものだった。
「旧校舎って、昔使っていた古い校舎のことなのですね!」
「……はぃ?」
 輝美の口から、思わず気の抜けた声が漏れた。
「そんなの、誰だって知ってるわよ……」
 くらりと軽い眩暈のようなものを感じて、恵が額を押さえる。
 激しい脱力感に襲われている彼らの心境も知らず、未織は「えっへんです」と得意げに胸を張った。
「未織、どうしてここに?」
 至極真っ当な舞の質問に、未織はそうそう、と咲き掛けの桜の木を差した。
「この公園の桜が咲き始めて綺麗だって、先生に教えて貰ったのですよ〜。皆さんも、お花見ですか?」
 あまりに邪気のない笑顔を見ると、そうなの、としか返せない。
 集まっている面々に対しても、何かを疑うこともなく「皆さんもう仲良くなったのですねぇ」くらいにしか思っていないようだ。
 どうしよう、この子。
 お互いの困惑が見て取れるようで、能力者達は顔を見合わせた。
「それはそうと、旧校舎がどうしたのですか〜?」
 思い出したように、未織が尋ねる。再び顔を見合わせる能力者達。
「実は……」
 カマを掛ける訳ではないが、幽霊の話を変に隠すのも怪しまれ兼ねないということで説明をする。
 それを聞いた未織は、あまり関心なさそうに唸っただけだった。
「う〜ん……わたし、幽霊さんには興味ないんですよ」
「その幽霊は、セーラー服の美人らしい」
 しかし、草が呟いた何気ない一言を聞いた未織は、ぴくりと反応した。
「幽霊さんは女の子さんなのですか? だったら、わたしも連れて行って下さい!」
 俄然、やる気。
「女の子だったら幽霊でもいいのっ!?」
「まぁ、落ち着け神苑……」
 暴れ出しそうな勢いの恵を、克は必死で宥めていた。
 結局、反対してひとりで忍び込まれても危ないということで、能力者達は未織を連れて行くことになった。
「(その人が、わたしの運命の人ならいいのですね)」
 少女の小さな呟きは、風に流され消えていく。

 周囲に誰もいないことを確かめ、能力者達と未織は立ち入り禁止のロープが張り巡らされた旧校舎の中に侵入した。
 沈み掛けの夕日は殆ど当てには出来ず、草が携帯していた懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
 9人は、逸れないように一塊になって古びた廊下を進む。
 机も何もない教室はがらんとしており、寒々とした空気を感じた。
 未織が行動を共にしている以上、起動も断末魔の瞳を使うことも出来ないが、いざという時は腹を括るしかないだろう。
 何事もなければ、彼女も諦めてくれる筈。
 そうすれば、後日また調査に赴くことも出来る。
 能力者達のそんな想いを裏切るように、懐中電灯は床に広がる黒い染みを照らし出した。
「これ……血?」
 眉を寄せた舞の声に、皆が染みを凝視する。
 既に乾いているが、染みは赤味を帯びており、微かに鉄の錆びたような匂いが鼻を掠めた気がした。
 これは、件の怪我をした生徒のものだろうか。それとも……。
 染みは校舎の奥へと続いている。
 微かに軋む床を踏み締め、一行は染みを追って先へと進んだ。

 血痕らしきものは、ある教室の前で途切れていた。
 扉は閉まっている。
 面々顔を見合わせ、誰からともなく頷くと克が思い切って引き戸を開いた。
「……な、何?」
 目の当たりにした光景に、声が掠れる。
 扉の先にあったのは、他の教室と変わらない部屋の筈だった。
 だが、床の大部分が崩落し、その下にぽっかりと洞穴が口を開けている。
 そして……その岩肌を覆い尽すよう、縦横無尽に張られた白い糸、糸、糸――
 まるで、巨大な蜘蛛の巣だった。

●蜘蛛の揺り篭
「これは……」
 張り巡らされた糸を懐中電灯で照らし、草はうわ言のように呟いた。
 洞穴を埋め尽くさんばかりに作られた蜘蛛の巣に圧倒され、皆が立ち尽くしていた。
 ただ、未織だけがその光景に魅せられたように、ふらふらと歩む。
「葛城っ!」
 彼女の動きに気付いた御風が咄嗟に叫んだ。
「……え? きゃあっ」
 己を呼ぶ声にはっとした未織だが、時既に遅し。
 踏み出した足の下には、闇が広がっていた。
「未織!」
「未織さん!」
 洞穴に転落してしまった彼女を追い、少女達が床の際に駆けた。
 真っ逆さまに落ちた未織を、張り巡らされた蜘蛛の糸が受け止め、絡みつく。
 転落のショックで気を失っているようだが、ひとまず無事のようだ。
 助けなければと彼らが動いたその時、洞穴の影から黒い影が飛び出した。
 影はそのまま、大きな右腕を舞に向け薙ぎ払う。
「……っ!」
 その切っ先が舞を捕らえる寸前、主の危機を察したカードから開放された力が瞬時に彼女を包み、衝撃を和らげた。
 飛び退いた能力者達は武器を構え、襲い掛かって来たものの正体を探る。
 同時に、仲間達もカードを取り出し起動した。
 黒い影は、優雅な足取りで数歩後退る。
 影を追う懐中電灯の明かりが、その姿を照らした。
 長く艶やかな黒髪、鬼灯のように赤い瞳。
 黒いセーラー服に身を包んだ、凛とした美しさを湛える少女だった。
 だが、その右腕は……細身に似合わぬ異形のもの。
 異様に大きな腕に武者鎧のような装飾が施され、その先には鋭く大きな爪が生えていた。
 怪我をした生徒の傷跡が、脳裏を過ぎる。
 旧校舎に入った者を襲ったのは、彼女なのだろうか。
 能力者達は次の攻撃に備え構えたが、少女は何故かその場に直立したままだ。
 彼女の視線の先は――蜘蛛の糸に絡め取られた未織に向けられている。

『嗚呼』

 少女の唇から漏れた微かな吐息。
 それは、まるで波紋のように揺らぎ、空間に反響する。
 自分のものか、誰かのものか、耳の側で鼓動が鳴る。
 酷くゆっくりに感じられた数瞬の時は、新たな存在の出現によって破られた。
 洞穴のそこかしこから、緑の紋様をその身に刻んだ10体程の蜘蛛達が湧き出したのだ。
 彼らが目を疑っている間にも、蜘蛛達は糸を伝い、次々と地上へ這い出して来る。
 戦えるだろうか、この数を相手に。
 得体の知れない少女を相手に。
「この体勢じゃ不利だ、一旦退くぞ!」
 瞬時に判断した昂の声に、彼らは後ろ髪引かれる思いで来た道を走り出した。
 巫女と呼ばれた少女を、蜘蛛の巣に残して……。


マスター:雪月花 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/03/14
得票数:楽しい12  カッコいい12  怖すぎ11  知的93  せつない10  えっち2 
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