メガ・マウス


<オープニング>


 夜の水族館。
 水槽の中では宵っ張りの魚たちが元気に泳ぎ回っているが、静かと言えば静かだ。
「あー、寒ぃな……こんな日はさっさと帰って、熱燗で一杯やるべぇ」
 そんな中を歩いているのは、懐中電灯と警棒を手にしたとってもスタンダードなスタイルの警備員さん。
 彼が大きな剥製の前を通りかかったとき、異変は起きた。
 ――ガタッ……ガタガタッ。
「んぁ? な、なんだぁ?」
 一度は命を亡くしたサメの剥製が、再び生を得たかのように動いているのだ。
 それも、金色の光を帯びて。
「……ひっ! ひやぁぁーっ!!」
 ――がぶっ。

「良く来てくれたわっ」
 やってきた能力者達に手を振り、出迎えたのは柳瀬・莉緒(中学生運命予報士・bn0025)。
「今回の相手は『黄金の林檎』のメガリスゴーストよ」
 莉緒の説明によれば、剥製がメガリスゴーストの力によって動きだし、人を襲うのだと言う。
「場所はとある水族館よ。メガリスゴーストに取り憑かれたサメの剥製をあなた達に処理して貰いたいの」
 閉館時間、人の最も少なくなる深夜がベストだろう。
 警備員が警備室に2人と、館内に1人の計3人居る。彼らを戦いに巻き込まぬ様、そして可能ならば、騒ぎにならない様に粛々と退治したい所。
「手段はあなた達に任せるわ。水族館への侵入自体はあなた達なら容易だと思うの。セキュリティに関しても、凄く厳重って訳ではないから……とにかく、3人の警備員さんをどうするかを考えて頂戴」
 ゴースト退治の時間だけ拘束出来ればベストだが、戦闘に巻き込まれるような状況だけは作ってはならない。
 戦いもさることながら、今回の任務では最も神経を使うべき所になりそうだ。

「相手はサメだから、本来なら水中の生き物よね。でも水がないからって油断はしないで頂戴。体当たり、尾びれでの殴打……どれも油断出来ない威力よ。そして牙は――」
 莉緒の言葉に高まる緊張感。
 サメと言えば、やはりその凶悪な牙による攻撃が最強の必殺技となるのだろうから。
「牙は、あまり鋭くないわね。プランクトンとかオキアミなんかを飲み込んで食べる種類のサメなんだそうよ」
 と、やや肩すかし。
 まぁ牙は鋭くなくとも、サメはサメ。程ほどに注意して臨んだ方が良いだろう。
 このサメに加え、カメやカブトガニの剥製も出現する様だ。これらは3、4体で戦闘能力としてはかなり低めの様子。
「剥製が飾られている場所はちょっとした広場になっている場所だから、足場や周囲に気を遣う必要はないみたいね」
 戦闘の影響で水槽が割れて大惨事になったりする心配は不要らしい。また、夜間であっても一定の光量は維持されており、そちらも気にせずに済みそうだ。

「幸いまだ被害は出ていないから、さくっと倒しちゃって頂戴。あと……退治したあと、剥製は壊れちゃうのよね。こればかりはどうしようもないから……速やかに退散しちゃってね」
 下手に小細工を弄するより、そのまま放置する方が良いのだと莉緒は言う。
 世界結界の効果により「剥製が壊れたもっとも自然な理由」は水族館の人々が自分達で考え、納得してくれるであろうから。
「それじゃ、気をつけて行ってきて頂戴っ」
 そう言うと、莉緒は一行を送り出すのだった。

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参加者
蒼霧・煉(黒紫の影・b03452)
小野・早深(魂呼の速来津姫・b03735)
中山・太郎(巨大な黄金ハムスター・b06024)
聖・雫宮(夢見るダリア・b07243)
秋風・一夜(月夜散歩・b32944)
フェリシア・ヴィトレイ(きまぐれな野良猫・b54696)
霧本・羽砂(盤上で遊ぶ夜・b60186)
リシェル・メイスター(煌く白刃・b62392)



<リプレイ>


 陽は沈み、閉館時間を過ぎた水族館はひっそりと静まりかえっていた。
「そろそろ、行きましょう」
 時計から視線を上げた小野・早深(魂呼の速来津姫・b03735)が、低く抑えた声でそう告げ、一同頷く。
「……と、開いたでやんすよ」
 中山・太郎(巨大な黄金ハムスター・b06024)の手により、瞬く間に窓の鍵が開けられる。
 ちなみに彼がトレードマークの着ぐるみを着ていないのも、隠密行動故の心配りだ。
「OK、今のうちに」
 周囲を警戒していた秋風・一夜(月夜散歩・b32944)からもOKサインが出て、能力者達は速やかに水族館の中へ潜入を開始する。
「えーと……ここから入った訳ですから」
「こっちですね」
 リシェル・メイスター(煌く白刃・b62392)と霧本・羽砂(盤上で遊ぶ夜・b60186)は、館内の見取り図を指さし確認し、警備室への経路を皆に示す。
「……綺麗」
「ええ、なんだか神秘的ですね」
「深夜の水族館に入れるなんて、今まで考えた事もなかったけれど……」
 警備室へ急ぎながら、能力者達は思わず巨大な水槽に眼を奪われる。館内は非常灯からの青い光だけが静かに輝いており、まるで水中に居るような錯覚すら覚える。
 蒼霧・煉(黒紫の影・b03452)の呟きに、羽砂や早深も共感を示しながら応えた。
「あ、あれっぽいね」
 夜行性の魚たちの泳ぎに魅了されながら歩いていると、突き当たりに見えてきた部屋。
 見取り図を見て再確認するが、目当ての警備室に間違いなさそうだ。
 一同はそれぞれ物陰に身を潜め、警備員が見回りに出るタイミングを再びじっと待つ。

「んじゃ、行ってくるべぇ」
「あーい、いっといでー」
 暫くして、警備室から初老の男性が1人、懐中電灯と警棒を片手に出てくる。これから見回りに出ると見て間違いなさそうだ。
「……じゃ、こっちも行ってくるね」
「うん、しっかりお願いなの」
 警備員が曲がり角に消えたのを見届けると、猫に姿を変えるフェリシア・ヴィトレイ(きまぐれな野良猫・b54696)。
 聖・雫宮(夢見るダリア・b07243)に見送られ、警備員の後を追う。
 ここからが本番だ。


「みゃーお」
「んっ?! ……おめ、一体どっから入ってきたんだ?」
 背後から唐突に聞こえてきた子猫の鳴き声。警備員はさすがに眼を丸くしながら歩み寄る。
「なんだが高そうな猫だなぁ……首輪もしてねーみてぇだし。おめぇ、震えてるでねぇか」
 寒そうに震えつつ、警備員に擦り寄る子猫。この辺はフェリシアの演技に全てが懸かっている。
「……しょうがねぇ、部屋に連れてってやっか」
 警備員のおじさんは警棒を腰に差すと、子猫を抱き上げて今来た廊下を引き返す。
「……戻ってきました」
 それを見た羽砂が手を振り合図をし、皆に身を潜める様に促す。ちなみに彼女自身は闇纏いを使用しており、その必要は無い。
 ――ガチャ。
「おぅい、すまんけどコイツの面倒見てやってけぇねーか」
「お? あんだえー、そんな猫どっから連れてきたんだ?」
「いや、どっから入ったんだかなぁ……首輪もつけてねぇしよ。あ、おい」
「寒かったんだろ、無理もあんめぇ」
 フェリシアがストーブの前で警備員達の気を目一杯惹き付けている間、雫宮が早足でドアの傍へ。
 ――ガチャッ。
「「んっ?」」
「ちょっと眠っててなのよ〜」
 警備員達が振り向くが早いか、その目の前で悪夢爆弾が弾けた。
「うっ……Zzz」
 折り重なるようにして倒れる3人の警備員。
「皆さん、これを」
 早深が皆に手渡すのは、ロープと包帯。
「そっか……外から閉じ込めるだけじゃ、中から通報されちゃうもんな」
「そのつっかえ棒は、これで良さそうでやんす」
 一夜らが手早く3人を拘束する間に、太郎はデッキブラシを数本物置から取り出す。
 アビリティによる睡眠は持続性に難がある為、起きた後の事を考えれば致し方ない処置だろう。
「少しだけボクと遊んでる夢をみててね、悪夢にはさせないから……」
 人の姿に戻ったフェリシアが静かに告げ、一同は警備室を後に。
 問題の剥製が展示されていると言う広場へ急ぐ。


「おぉ、本当に金色に輝いてるでやんす。羨ま……」
 太郎らが広場に辿り着いたとき、サメの剥製は金色の光を帯び、時折ガタガタと展示台を揺すり初めていた。
「鯱ならぬ黄金鮫って所か。……もしかしてフカヒレも黄金?」
「これがメガリスゴースト……? だからといって、ひるむわけにはいきません!」
「あぁ、普通のゴーストとやる事は変わらない。人に害をなすのなら滅するだけだ」
 通常のゴーストとは趣の異なる敵を前に、能力者達は気圧されまいと身構える。
「懐かしきあの頃へ……イグニッション!!」
「「イグニッション!」」
 能力者達が次々に臨戦態勢へ移行するのと同時に、亀やカブトガニと言った剥製らが一斉に動き出す。
「……やはりこっちが落ち着くでやんす。では、改めて行くでやんすよ」
「ま、倒せば解るか」
「手短に済ませましょう?」
 普段のスタイルに戻った太郎、一夜、そしてリシェルの瞳に、緑色の文字列が浮かぶ。
「モコちゃん、一緒に頑張るのよ」
 雫宮は、真スーパーモーラットのモコと共に後ろに下がり、虹色のバリアで仲間達を包み込む。
「サメって映画の中でしか観た事ないですが……お、大きい」
 羽砂は双剣を回転させつつ、地面をのたうつように暴れているサメを見据える。そのサイズはサメの中でも大きい部類であり、確かに圧巻だ。
 しかし普段は深海に潜んでおり、水中を泳ぐ姿が記録された例も数えるほどしかない希少種。ある意味で、能力者達は貴重な光景を目にしていることになる。
「古の土蜘蛛の御魂よ……彼に力を添え給え」
 早深の呼びかけに応えた土蜘蛛達の霊が、煉の「紅焔」に宿る。
「雑魚なら雑魚らしく、さっさと消えな!」
「じゃあボクはこっちを」
 間を置かず、じりじりとにじり寄ってくる2匹の亀に、それぞれ赤く燃える火弾が放たれた。
 ――カッ!
 それぞれに紅蓮の炎が亀の体を包み、激しく燃え上がらせる。
 一方サメもまた、能力者達を敵と認識するや地面を激しくのたうちながら、巨大な尾びれを振り回す。
 ――ブォンッ!
「くっ!」「うわっ!」
 強い衝撃を受け、吹き飛ばされそうになるのを辛うじて堪える太郎とリシェル。
「でも先ずは……そっちでやんす」
 飛び掛かってくるカブトガニをかわし、螺旋状の文字列を纏わせた爪をたたき込む。
「これでも食らっとけ……!」
 一夜は、炎上する亀に狙いを定めた。ラジカルフォーミュラの効果により一層鋭利な物となった弧状の蹴りが、甲羅を粉砕する。
「一気に片付けちゃうの、ナイトメア!」
「捌かれたい方から、前へどうぞ」
 雫宮の召喚したナイトメアが剥製らを蹴散らすと同時に、リシェルの「白龍爪」が踊る。
 甲羅を砕かれ、手足を切断された剥製達が地面に散らばり、ピクリとも動かなくなる。
「壊すのは気が引けるけど……」
「これで4つめ」
 羽砂の足下から影が伸びると共に、煉の放つ火弾が巨大な亀へと襲いかかる。
 物言わぬ剥製達が崩れ落ち、残るは最大の1体を残すのみ。
 ――グワッ!
 巨大なその口を開けるや、目の前に居た早深の真グレートモーラット「ラピ」へと食らい付く。
 牙も無く鋭さとは無縁の歯だが、それだけに噛み合わせる力は強く、簡単には抜け出せそうにない。
「ラピ! 常闇の魔を……打ち払い給え!」「貴重な剥製を壊すのは気が引けるけど」
 早深は噛みつかれたラピを救うべく、破魔の矢を放つ。側面へ回り込んだフェリシアの手からも、援護の炎弾が放たれる。
 ――グォァァッ!!
 サメは声帯を持たないので咆吼を上げる事はないが、有ればそんな風に吠えたであろう。片眼を矢に貫かれ、横っ腹を黒く焦がされて、大口を開けたサメは激しくのたうち回る。
 この隙にラピは窮地を脱した。
「大口あけるのもここまででやんす」
「おっと、そんな攻撃が当たるわけないだろっ」
 めちゃくちゃに振り回される尾びれをかわしながら、左右に回り込む太郎と一夜。
 研ぎ澄まされた水刃手裏剣が胸びれの根本あたりに次々と突き刺さり、反対側からは一夜の「黒豹」が深々と突き立てられる。
「ナイトメア、もう一度行くのよ」
「今度はこっちです」
 再度、ナイトメアランページを掛ける雫宮と、詠唱停止プログラムを纏わせた拳をたたき込むリシェル。
 ぶよぶよとした厚い皮膚は手応えに乏しいが、それでも確実にダメージは蓄積してゆく。
 ――ブンッ!
 一方怒り狂うサメも、巨大な尾びれを振り回して悪足掻きを続ける。
「っ――!」
「なんのっ!」
 宝剣を構えて受け流す羽砂。衝撃は多少伝わるがダメージは殆ど無い。太郎は紙一重の所でヒレを見切ることに成功。
「今です!」
「解った」「ラピ、ここでパチパチ花火よ」
「これでトドメだよ」
 羽砂が闇の手を走らせると同時に後衛の仲間達へ発し、煉、早深、フェリシアの3人とラピが一斉に集中砲火を浴びせる。
 2発の火弾が次々にサメを捉え、破魔矢が眉間へ突き刺さる。
 サメは尚も激しくのたうち暴れていたが、次第に動きは鈍ってゆき、ついには動かなくなった。


「任務完了でやんすね。長居は不要でやんす」
「貴重な剥製ボロボロにしてすみません……水族館の人!」
 すっかり静けさを取り戻した夜の水族館。しかし床には、剥製の残骸が無残にも散らばっている。
 撤収を促す太郎の言葉に頷きながらも、一夜は頭を下げて水族館に謝罪。
「あ、水族館の人と言えば……警備員さん達は大丈夫なの?」
 ふと、思い出したように雫宮。
 恐らく、悪夢爆弾の効果も切れて居る頃だが、手足と口を封じられてはどうすることも出来ず、藻掻いている事だろう。
「解いて上げ……あ、でも姿を見られるのは良く無いですね」
「……そうだね。朝になればすぐに発見されるだろうし、ボク達はこのまま撤退した方がいいかな」
 リシェルの言葉に、少し思案しながら頷くフェリシア。一同も異論は無さそうだ。
 このままであれば、強盗か何かの犯行として処理される事になるだろう。物的な損害は出たが、拘束されていた警備員達の責任が問われる事も無いのではないだろうか。
「……」
「……ラピ、行きましょう」
 それでも煉や早深は名残惜しそうに剥製の残骸を見つめていたが、やがて吹っ切るように踵を返す。
(「お休みなさい」)
 最後に、羽砂が剥製達へ静かに告げ、能力者達は水族館を後にする。

 損害は出たがそれも最小限に抑えられ、1人の死者も出すことなくゴーストを殲滅する事に成功したのだ。
 夜闇に紛れて凱旋の途につく彼らを、水槽の魚たちだけが静かに見送るのだった。


マスター:小茄 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/01/30
得票数:楽しい2  カッコいい16  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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