≪鎌倉庭付き一戸建て≫待雪想 〜こおったじかん〜


<オープニング>


 雪踏む音はしんしんと、明かりを向ければうす青に――雲は重く垂れこめていても、小道をずらりと縁取ったカマクラからは朱金の光。白い大地はほの青く遠来の客を迎えてくれた。
「……きれいね」
 錘江田・水歌(死霊と廃墟で輪舞を紡ぐ・b23273)が溜息をつけば、それもたちまちのうちに白く凝る。ぴんと張りつめたような寒さの底でソープ・エンジュ(白竜の姫巫女・b04839)もふわりとあたたかな笑みを見せた。歩みを進めていくごとに、小さな雪像は少しずつ数を増していく。
「こーしてみっと、なんか寒いっつーこと忘れそーだなっと」
 子供達が一生懸命作ったであろう雪だるまを片岡・友明(竜虎・bn0125)はつんとつついた。レモン色のミトンが風にひらひらと揺れ、歓迎の合図を送ってくれているかのよう。
 今夜は丘のふもとに開けた小さな町の雪祭り。屋根にも届くこの雪はやがて春の大地を潤し、豊かな実りを約束してくれる――そんな日を祈るためのささやかな。今夜は雪と明かりの織りなす影を結社の皆で楽しみに来たのだ。
「あれ、瀬崎間先輩は?」
 藤花院・竜樹(高校生妖狐・b02149)がふと振り返ると先ほどまで後ろにいたはずの瀬崎間・亮(こいくまんごー・b21102)の姿が見えない。ここに誘った張本人であるにもかかわらず。
「あそこみたい」
 きょろきょろとあたりを見回していたフゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)が指さした。成る程なだらかな丘の裾に皆が見慣れた背中があった。

 亮の目の前に広がるのはぼんやりと浮かび上がるような雪の白。滑らかな化粧をほどこされた丘の上には1本の大樹。空へと広がる枝々に葉はなく、黒々とした影だけが雪の白に一層際立って。その傍らに小さな教会がたたずむ図は、そのまま童話の挿絵にもなりそうな――。
「……シャズナにも見せてやりたいなぁ」
 雪の小道を転がるように進む彼女の姿が見えるようで、亮はつい本来とは違う方向へ1歩を踏み出した。靴の下できゅっと締まる雪の音が心地いい。
「亮! どこ行くんだ……」
 獅堂・一二三(眠り火狐・b03293)の呼ぶ声に振り返れば、足元にはカマクラのランプの光がシトリン・イエローの宝石となっており。いつの間にか結構な高さまで登っていた自分に亮は思わず苦笑する。
「……いい眺めか?」
 だが、輝空・天虹(天吼焔爪・b04299)の問いかけが耳に届いた時には、彼は満面の笑顔で両の手を大きく振っていた。
 仲間達も坂を登ってくるのを確かめて、亮はさらに高みを目指した。いつの間にかちらちらと舞いだした雪が小さな教会をますます絵のように見せている。
「すげー、結婚式とか似合いそうだな」
 見事な彫刻の扉は半開き、窓ガラスは長年の埃にすっかり曇っていたけれど、往時はさぞやと思わせるものがそこにはあった。
『…………さん』
 突如背後に聞こえたその声が誰のものなのか、一瞬亮ははかりかねた。だがすぐに彼は『その』正体を悟ることになる。がっぷりと自分の首筋に立てられた歯。冷たく絡まる青白い腕。それが人のものだと思う程、彼は安穏な暮らしはしていない。
 反射で突き飛ばしたそれは勝気そうな女の姿。まっすぐに見返してくるその足には銀色の鎖……。
「亮! 何だ!?」
 懐中電灯の明かりがさっと闇を払った。視線を向ければ雪にまみれた水神・皇(踊り続ける妄想曲・b20600)。誰だではなく何だと問う辺りが既に彼も一人前の能力者であることを端的に示している。
「……地縛霊、ね」
 噛んでふくめるように水歌がその全容を確認する。その間にソープは亮の傷に祖霊の力を宿し。
『……待っていたの……ん……』
 ゆらりと女の細い体が揺れた。窓にはめ込まれたステンドグラスには白い花。正面のステンドグラスは埃にまみれてはいたけれども、聖母の微笑みが暖かく。けれどもそこにたたずむのはこの世に決していてはならないもの。
「こんなところで……」
 竜樹がそう呟いたときには、彼らは完全に武装を整えていた。目鼻立ちのはっきりした女の顔はさぞや美しかったに違いない。ただし生気満ちているならば。
「教会……か。待ち人が来なかった、のか」
 天虹が呟けば一二三はさあというように肩をすくめた。彼女が不確かな声で呼んだ名は確かに男の名のようにも聞こえたけれど。
『……彼女なんかに……負けたくない』
 きりきりと女はカッターナイフの刃を出した。フゲのライトの明かりはその腕に刻まれた無数の斬り傷を隠さない。
「恋の恨み?」
 フゲの呟きに皇は曖昧に首をかしげた。判るのはこの地には深い絶望が残されてしまったこと。そしてそこに銀色の雨が降り注いだことだけだ。
「けど、こんな思いを残したんじゃ……」
 斬りかかろうとする地縛霊をきれいに避けて、亮は思う。これでは何もかもが報われない、と。
「……Snowdrop――マツユキソウ……ね」
 水歌の明かりが壁のステンドグラスを照らし出す。

 ――長い冬の後には暖かい春がやってきます……そう言って天使は雪を白い花に変えました……

 そんな言い伝えをモチーフにしたのだろうか。何もかもが女性の恨みに染まったような教会で、そんな花の白だけが眩しい……。
「そうだよな……」
 いつまでもここにいるわけにはいかないんだから――亮は改めて武器を構える。待ち続けて朽ちた想いが行き場をなくしているのなら、こうしてゆきあったこともまた運命。

 想いと想いが結びつくはずの教会で、今、趣を異にした魂の交流が始まろうとしている――。

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参加者
藤花院・竜樹(花閑一鼓・b02149)
獅堂・一二三(眠り火狐・b03293)
輝空・天虹(天吼焔爪・b04299)
ソープ・エンジュ(白竜の姫巫女・b04839)
フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)
水神・皇(踊り続ける妄想曲・b20600)
瀬崎間・亮(こいくまんごー・b21102)
錘江田・水歌(死霊と廃墟で輪舞を紡ぐ・b23273)
NPC:片岡・友明(竜虎・bn0125)




<リプレイ>

●人待ちの果て
 降る雪には音もなく、つもる雪には心なく――総てが白く染まる宵にその人は現れた。人々が許しを求めてくるその場所に、恋人達が心と心を繋ぐ筈の教会に。あちらにも行けず、こちらにもいられず、生きてあった時の怨念だけを引きずるその存在は、瀬崎間・亮(こいくまんごー・b21102)にとっては何度となく葬ってきた地縛霊の1人にすぎない。だが、この地の彼女はなぜこんなにも哀しいのだろう。
「……もっと早く見つけてあげられれば良かった」
 こんな所でずっと1人……それが寂しくない筈はない。会いたいと願う気持ちがゴーストを産み落すに至った事も判らないではないけれど――能力者にそれを許容できる筈もない。優しい光が後退する亮の首の噛み傷を癒していき、彼の真シャーマンズゴースト・シャドウのシャズナは主の盾となるかの如く前へと進む。
「……3体、か」
 水神・皇(踊り続ける妄想曲・b20600)の声に更なる緊張が走る。どこからわいて出たものか、いつの間にか教会の暗がりからは、腐臭漂うリビングデッド。かつては若々しい体躯を誇った男性であろうことは辛うじて判別できた。
「こンな寒ィトコで、来ねェ待ち人をズット待ってるってのは……」
 ツライだろーなァ――輝空・天虹(天吼焔爪・b04299)の言葉は溜息に近い。
「……些か長過ぎる冬ではないか?」
 獅堂・一二三(眠り火狐・b03293)の呟きに、天虹はそっと頷きを返す。彼女がどの位こうしていたかは知らないが……。
「もう十分だよ……」
 藤花院・竜樹(花閑一鼓・b02149)は女性に言い切った。静かに、だが凛とした声で――もう終りにしよう、と。
『……なんかに……負けたくない』
 その瞬間、能力者全員の背筋を冷たい何かが走り抜けた。それが体を損うものでない事はすぐに判った。
「……蘇!?」
 だがフゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)は感じ取ったのは自らのケルベロスオメガの微妙な異常。前を張って皆を守ってね――主の命令を忠実に実行する筈の獣の足が止っている。
「た、助けてー! へるぷみー!」
 天虹の声、加えて自らの体を駆け抜けた違和感。一二三の状況判断は的確だった。一瞬こちらを振り返った竜樹と目が合った。刹那、冷たく薄暗い教会に無数の白い紙が舞い、癒しの力を乗せた風が吹き過ぎる。
(「へるぷみーと言われたら応えるしかないな」)
 敵が状態異常の技を操るならば相手にとって不足はない。
「行くぜ!」
 彼らの脇を皇が駆け抜けていき、
「せめて……シッカリ眠らせてやろ」 
 前方では天虹が森羅万象の気をその身に吸い込んでいる。亮は返事の代りに眩い光を一条の槍へと変える。狙うのは最前衛にいる男性。
「リビングデッドを倒すまで、彼女を抑える事に集中してね」
 誰も噛みつかれたりしないように……亮はそのパートナーの背に声をかけた。この瞬間、能力者達の標的は決定した。いきなりの遭遇戦であったにも関わらず。仲間達のぴたりとあった呼吸は錘江田・水歌(死霊と廃墟で輪舞を紡ぐ・b23273)に完全な冷静さを取戻させた。ヤドリギ使いのハートが回復役の要たるソープ・エンジュ(白竜の姫巫女・b04839)の上に踊るその向うでは、真スカルロードが大窯を振り下ろす。
「光武……」
 男性達はすぐさま報復に出た。光武に、そして天虹や皇らの前衛陣に。
「自分から迎えに行ってたら少しは違った結末もあったかもしれないのにね」
 フゲが生み出す十字の光は戦いの始まりを鮮やかに照らし出す。

●誰か死を望むらん
「スノードロップ……待雪草……」
 『希望』そして『貴方の死を望む』――水歌の心に浮ぶのは可憐な花には不似合いな花言葉。地縛霊の彼女はこれを知っていたのだろうか。そしてその言葉を贈ろうとしたのだろうか。恋しい筈のその待ち人に。きりきりとカッターの刃を送る音がする。銀の閃きがシャズナの体を斜めに走り……。
「でも、ここで止めさせて貰うわ」
 幸福を死で購う事はできない。まして他人の犠牲を欲するというならば。
「待つ時間って、永遠に感じられる時、あるよな」
 女性の気持ちも解らないではないけれど――竜樹もそっと零す。待つ時が幸せなものになるか、永遠の苦しみになるか、差はほんの小さな事なのだ。きっと今ここに舞う紙のように。
「不幸な方にはまっちまったんだな」
 全身に虎の文様を浮かび上がらせて片岡・友明(竜虎・bn0125)は拳を振るい、皇は真っ白な糸を敵の上から被せ……。だが蜘蛛の檻はあっという間に霧消する。それならと水歌は土を知らない茨の蔓を呼び醒まし。だがそれもただ1体の敵を捉える事もなく
「気にスンな!」
 1度で完璧になんて夢物語――天虹の声はそう告げていた。現に彼の攻撃もしばしば敵の防御の前に虚しい結果を強いられている。相性を言うならば似たもの同士、決して分が良いとは言えない。――いつも何度でも待てるから……そう励ます天虹の武器に宿るのは鮮やかな不死鳥のオーラ。亮の槍が敷く光の道に輝く火焔は凍てつく寒ささえ忘れさせてくれそうな。
「思いを込めて放つから、君らも全力で来ればいい」
 ゴーストの頭上に煌めくのは十字の光。聖なる光に灼かれゆく男性達にフゲの視線は微かに憐みを帯びる――だがその目は同時に語っていた。僕らもきっと負けない、と。
『……彼女、なんかに……』
 負けたくない、か――一二三はそっと首を振った。その響きには彼も身に沁みて覚えがあるのだけれども、彼女の『足止め』は一体誰に向けられたものなのだろう。恋敵に向けられた思いの名残なのだろうか。暖かな風は彼の手から生れ、仲間達を救い出す。理由はどうであれ、彼女が仲間を傷つけるなら自分はそれを必ず相殺してみせる。
「……」
 彼の気持ちを最も正確にくみ取る事ができたのは、恐らくソープであっただろう。足止めをとかれるや否や全員を含む位置をとり、ソープもまた異常を払う巫女舞に専念している。この十全な援護があってこそ、前衛陣は自分達が果すべき役割に専念できるのだ。不幸なリビングデッドの上に不死鳥は紅蓮の羽を広げ、一直線に光は貫く。純白の紙は刃となり、十字架は裁きの時を告げ――。
「今度こそ、動かないで頂戴」
 火薬によらない爆発は春色緑の茨と弾け……水歌の唇がゆっくりと笑みの形を刻んだ。ぎりぎりと地縛霊を締め付ける茨を背に、男性達はいきり立って反撃にでたが、今度はそこへ皇が真っ白な糸を投げかけて。夜目にも白く蜘蛛の糸は美しい。捕えた獲物は今まさに集中砲火を浴びせられていた男性ともう1体。遥か雪雲の上におわす神は能力者達に微笑んだ。無論彼らにはその恩恵を逃すつもりは更になく。
「痛々しいな……」
 茨に締めあげられた女性の腕には無数の古傷。竜樹は舞う紙の向うに見えるそれから僅かに目をそらした。誰かを思う気持ちは大切なものに違いないのに、それがなぜ自分をも他人をも傷つける事に繋がってしまったのか。決してあってはならない事だと思うのに。
「寒ィだろ? チョット暖まってけよ」
 男性を包む天虹の炎はこの世とあの世を繋ぐ紅。魔炎が本当に熱いのか聞く術を彼は持たないけれど、雪に閉ざされて死んだ人を送るには火焔はこの上なく似つかわしい。不死鳥は死の翼を広げ友明の蹴りは龍神の気を呼ぶ。冥界の門は既にその男性の前に開こうとしていた。
「光武さん!」
 水歌の声に打てば響くように反応した真スカルロード。死神の大鎌が敵を狩るのと、その主の射線が敵の心臓を貫くのとはほぼ同時――倒れ込んだ男性は再び動く事をもう誰にも許されない。

●雪待つ思い
『この町に……雪が降ったらって……』
 聞こえぬ位の呟きとともに茨はあとかたもなく砕け散る。とたんに伸ばされた白い腕はシャズナの首に絡みつき。ソープの顔色がさっと変わった。既に仲間達は2番目の男性に狙いを定めているが、女性を抑えているのはシャズナ1人きり。しかも度重なる範囲攻撃で地縛霊は徐々に手傷を深めつつある。
(「あの人が回復の糧をシャズナに求め続けたら……」)
 更にはそれが他に拡大したら――ソープは土蜘蛛の祖霊の力をシャズナに宿す。仲間達の集中砲火がリビングデッド達を葬り去るその時まで、彼はこの布陣をその回復術を以って支え切らねばならないのだ。
「……信じて待つ、その気持ちは大切なものだと思うの」
 けど……我が身を巡るリフレクトコアの光を透かしてフゲは真っ直ぐに女性を見据えた。信頼という言葉は確かに美しい。けれどため込みすぎた想いはいつか澱んでしまうもの。
「悪いけど、君の想いは此処で断つ!」
 そんな主の思いに応えるかのように蘇の攻撃は綺麗に男性に吸い込まれていく。敵の一角は既に崩れた。勢いに乗るならば今がその時――竜樹の紙の刃は更に激しく舞って、じわりじわりと総ての敵の力を削ぎにかかり、亮の光は優美な煌めきの内にも鋭さを忘れずに腐敗しかけた体を突き抜けていく。無論ゴースト達もただ座して滅亡を待っていた訳ではない。反撃はまさに猫を噛む窮鼠。
「!!!」
 強烈な一撃を受け止めた一二三の腕に、電流のような痺れが走り骨がぼきりと嫌な音をたてた。バス停を取り落とさなかったことが不思議な程の衝撃に、彼はもう1体の男性への対応が一瞬遅れてしまう。かわせない――一二三は一瞬負傷を覚悟した。
「そっちじゃないぜ! こっちだぜ!」
 だが目の前に広がったのは敵の体ではなく、真っ白な糸。『捕えた』の一声は水歌のもの。彼女がくれた祝福は傷を癒すのみならず、一気呵成に行けと励ましを与えてくれるかのよう。
「この一撃に……託す」
 一二三の手には握り慣れたバス停の重み。キャノンという名にふさわしく撃ち出されたのは真紅の業火。はリビングデッドを真紅の火柱に変えた。
「……負けるつもりは、毛頭……ない」
 全身で、全力で――その炎が敵を火柱と化す様をフゲの光が照し出す。十字架を操るその人は2度目の死への案内人。瞬きの消えぬ間に物言わぬ体がまた1つ。

 3体のリビングデッドの2体までもが片付けば残る1体がその後を追うのもそう遠い未来の事ではなかった。
「シャズナ、もうすぐだからね!」
 亮は地縛霊に火を噴くシャズナに声かけ、最後の男性へ立ち向かう。今は傍にいられない主の代りに、ソープは刃物でずたずたの彼女を優しく祖霊の力で包み込み。
 何の変哲もない白紙が竜樹にかかれば切れ味抜群の武器となり、音さえない砲は友明の気を乗せれば青龍の力に変る。フゲが操る光は神々しく、その下では3種の火焔が天をも焦がさんばかりに燃え上がる。
「……妙に映えるな」
 真冬の白銀に烈火の炎――不謹慎かと亮は慌ててそんな呟きを打ち払ったけれども、確かにそれは死を飾っているくせに不思議なまでに美しかった。蘇の熾烈な火、天虹の不死の鳥、そして一二三の火焔撃。この世に属さない炎は今あちらとこちらの境で哀れな犠牲者を灼いている……。

●いつか時はめぐり
「いつか冬は終り、必ず春が来るんです」
 ただ1体残された女性にソープはそっと語りかけた。
 たとえ冷たい雪の中でも誰かといれば暖かくなる……それだけを求めて、求め続けて何かが狂ってしまったのがこの人だというのなら、もういいから閉ざされた冬ではなく、暖かな春の中で眠りましょう……。そんなソープの姿は、この戦いのお終いの始まりとなる。
 教会の天井にかかる光。貫き通す光の中でフゲが見つめる先には蘇のもたらす火焔と、それに包まれた地縛霊。
「お休みなさい、もう誰も、自分も傷つけないで……ね」
 水歌の攻撃にぴたりと寄り添うのは光武。大鎌は幾度も幾度も振り下ろされて。
『……待って、いたの……に』
 地縛霊の腕が回復のための獲物を求めて宙を掻く。だがもうシャズナの姿は主の傍に舞い戻っている。亮の槍が作り出す光跡にシャズナの火焔がよく似合って。
 もう彼女を閉じ込めておく檻は必要ない。今の彼女に必要なのはどこかへ還ることなのだから――皇も攻撃に転じた。技を封じられている今の彼にでも彼女を見送る事はできる。
「耐えた時を知るからこそ出来た事もあったはず……」
 竜樹の紙は最後の最後に相応しく、鋭い。紙の刃は空を切って飛ぶその音は小さな鳥の羽ばたきにも似て。
「……独り待つ時間の寂しさを痛みで埋めるのは、苦しくないか?」
 だからもういい……一二三の手に生まれた赤は艶やかに、天虹の不死鳥が広げた翼も今までになく美しかった。
『……さ……ん』
 魂ごと灼かれてもう抵抗する力は残っていないのか、繰り返し名を呼ぶ女性の声がどんどん小さくなっていく。亮は彼女に静かに近寄るとそっと抱き締めた。
「『……寒かったよね、ごめんね。ずっと待っていてくれて、本当にありがとう……』」
 紡ぐ言葉は生前彼女が最も欲しかっただろう言葉。腕に伝わっていた重みはどんどん薄れてゆき、やがてふっと消える。支えていたものを失った腕の中をあるかなきかの風が吹き抜ける。冷たい夜の空気だけが涙の跡ように亮の腕に残った。
(「彼女の心をこおらせていたもの、りょー先輩の想いで少しでも解けたらいいな」)
 竜樹は願う。――古びた教会は静けさを取り戻す。ステンドグラスの聖母の笑みは来た時と変わらず、待雪草の可憐さも何もかもがそのままだった。ゴーストがいない、ただその1点を除いては。

「花でも供えられたら、良かったンだケドなァ……」
 戦いの片づけを済ませ天虹は呟いた。細い月が沈もうとしている。だが外は雪、花の季節に程遠い。
「……」
 ではとでも言うようにソープが差出したのは寒椿。雪祭りにと用意してきた花であったけれども、ここに供える事は多分間違ってはいないだろう。花弁は紅、花芯は黄色。それはいずれ来る色鮮やかな春の先触れのような。フゲも雪細工の花を作り、竜樹もそれに倣った。作った花は待雪草。少しばかり不器用に仕上がった雪細工はどことなく彼女に似ているような……。
『冬の終り』という花言葉もあるのだと言えば、水歌も深く頷いて。能力者達はしばしの祈りの時を持った。今はただお休みなさいと――。

「さて。そンじゃー雪祭りに戻ろーぜ♪」
 天虹が勢いよくマフラーを巻き直すと、皇は真っ先に雪景色の中に飛び出して。
「おいしくて! あったかくて! おなかいっぱい食べる!」
「ちょっと待て、俺も負けねー」
 友明も慌てて追いかけていく。戦いの間は忘れられていた笑いが戻ってきた。一二三はそっと笑みを零す。皆がいる。だから今この時が愛おしい。この思いがあれば心が凍てつく事はきっとない……。
 
 雪が降っている。明日の朝には彼らが寄り道した足跡も白く埋もれているだろう。もう不幸な出来事は起らない。だから貴女はゆっくり眠れ――遠いどこかで再び春に逢うその日まで。能力者達の笑い声が少しずつ少しずつ遠のいていった。


マスター:矢野梓 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/02/18
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