二枚貝が繋ぐ縁


<オープニング>


 店頭に並ぶ綺麗にラッピングされた美味しそうなチョコレート。普段は目立たないお菓子作り用の調理器具も、製菓チョコやラッピング材と共に手作りコーナーに並ぶ。
 今年もこの時期がやってきた。街中に甘い香りが包まれているかのような――バレンタインの季節が。

 とあるキャンパス、とある教室。桐原・葵(高校生運命予報士・bn0169)の目の前に置かれた、段ボール箱1つ。
「なんだ、それ?」
 ヤン・ジルベール(中学生霊媒士・bn0224)が問いかければ、葵はくすっと笑ってこう答えた。
「ちょっとね、根付を作ろうかと思って」
 言いながら、彼女は段ボール箱の中身を次々と取り出していく。
 ちりめんの端切れ、カラフルな糸、小さな鈴に携帯用のストラップ、手芸用のボンド……そして小振りの箱に収められた大小さまざまな二枚貝。
「この貝は?」
 対となった貝殻をつまんでヤンが首を傾げる。
「その貝が根付の基盤になるんだよ。消毒兼ねて、漂白して天日に干してある」
 そう言うと彼女はピラリと一枚の紙をヤンに差し出した。

<貝の根付の作り方>
 1.好きな貝と布を選ぶ。
 2.好きな糸で簡単な組み紐を作って、完成した紐に鈴を通す。
 3.貝より大きめに布を切り、貝の裏側に多めにボンドをつけて布を貼る。
   貝の表にボンドをつけると布が汚くなるので注意。
 4.両方の貝に布を貼ったら、鈴を通した紐を中に入れてしっかりと貼り合せる。
   ボンドで貼り合せて貝の周囲を金糸や銀糸で一周させて飾り付けてもいいし、
   貝に張り合わせた布同士を祭り縫いの要領で縫いとめてもいい。
 5.最後にストラップをつけて、完成。

 書かれていたのは根付の作り方だった。組紐の組み方もちゃんと載っている。
「バレンタインも近いことだし、チョコに添えるのも悪くないかなーと思ってね」
 ニコニコと笑いながら葵が言う。
「二枚貝は互いがぴったり重なるから、『縁結び』とか縁起物の1つなんだってさ。贈る相手と縁が結べれば嬉しいと思うんだけど」
 もっとも、彼女に贈るアテがあるのかと言われれば今のところ「ない」わけだが。
「折角だから一緒に作らない?」
 教室に居た面々に向かって葵が声を掛ける。
「作り終わったら、お疲れ様って意味も込めてお茶会やろうかと思ってる」
 完成した根付を見せ合うもよし、翌日に迫ったバレンタインについて語り合うのもいいだろう。
「紅茶とコーヒーと緑茶。それにクッキーと……そうだな、チョコも用意しておくから」
 だから、一緒にどう? そう言って葵が笑った。

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参加者
NPC:桐原・葵(高校生運命予報士・bn0169)




<リプレイ>


 机に敷かれた布の上、無造作に並べられた沢山の貝殻。どれも二枚貝であるという共通点はあるものの、大きいもの小さいもの、丸みを帯びたもの平べったいもの、色も形も様々だ。
「貝選びから迷ってしまいます、ね」
 ふんわりと微笑んで繭が呟く。少しの間机の上を見渡して、彼女は直感を信じて貝殻を1つ手に取った。
 紫唖は丸い曲線の綺麗な貝殻を探し、キルシュは手に馴染む物をと幾つかの貝殻に触れてみる。繭に倣って第一印象で選んだ丸く小さな貝殻に触れ、諷が小さく微笑んだ。
(「んー…春の花弁みたいな子が気になる」)
 弥琴が貝殻に手を伸ばす。楽しげな彼方の目に留まったのは、橙色をした貝殻だった。可愛い貝殻や綺麗な布に心を躍らせていたティアリスも、自分の心に従って1つを選び出す。
(「貝さん、どうか素敵なご縁を結んで下さいね」)
「どんな色のどんな柄がいいと思いますか?」
 小粒の蜆貝を手にした龍麻に尋ねられ、葵はしばらく考えた後に鮮やかな紅色の端切れを指差した。桐原さんの好みですか、という問いに、彼女は「何となく」とだけ返す。
 大きすぎず小さすぎず、形の整ったものを――希望に近い貝を見つけた透夜が、端切れの山に視線を送る。贈る相手を思わせる紅色の和柄の生地を見つけて、彼は小さな笑みを浮かべた。
 カルナと紫衣が選んだのは同じような大きさのアサリ貝。
「紫衣っつったら、やっぱこの色が一番似合いそうだしな」
 言いながらピンクの布を選ぶカルナの隣、紫衣が赤い端切れを手に取る。
「先ずは貝選びだな、俺は桜貝を使うとすっか!」
「俺はねー、まず二枚貝は大きめの蜆辺りがいいなー」
 小さいのは俺には無理! 言い切る朱に、空がからからと笑う。空が朝焼け色をした布を指差せば朱も頷き、2人は材料を抱えて作業机へと歩いていった。


 布を裁ち、組紐を編む。小さな鈴を通し、布を貝殻に貼り付けて――物作りが得意な柳は根付作りに集中している。
(「上手く出来るかしら……」)
 彼を横目で見ながら、蛍が貝殻に手を伸ばす。貝殻の縁に何気なく触れた時、声がかかった。
「貝の縁は意外に指を切りやすいですから、気をつけてくださいね」
 怪我でもしたら大変ですと手を取る柳に、蛍が困ったように微笑む。
「大丈夫よ。少し難しいけれど手を切ったりはしないわ。心配性ね柳は」
 でもさすがに貝合わせの道具ほど綺麗には作れないと思う、と笑う蛍に柳が囁く。
「俺も料理は何故だかどう頑張ってもいまいちですが……そこはまあ蛍にお願いします」
 末永くね――付け加えられた一言に、蛍の顔が真っ赤に染まった。
「根付って、和風で……好きなの」
 華音亜が可愛らしい笑みを浮かべる。貝殻相手に悪戦苦闘していた澪は、彼女に申し訳なさ気に声をかけた。
「りあ、ゴメン」
 手伝って欲しいという表の願いと、少し触れ合っていたいという隠れた思い。
「……出来なかったら、りぁが、手伝うの!」
 華音亜が張り切って答える。けれど、小さな貝へ細工を施す度に手や指が澪に触れて、彼女は気恥ずかしさに顔を伏せた。
「りあの隣でだと、余計に細かい作業は苦手かも……ね」
 ドキドキするからと告げられて、彼女の頬が更に赤くなる。必死に平静を装って手伝う華音亜に、澪が優しく問いかける。
「何かお礼をしたいのだけど……何かして欲しい事はあるかい?」
 小さな蜆に合わせて布を裁ち、手芸用のボンドを使って貼り付ける。共にあることが嬉しい――作業に集中する明彦を見てハディードが微笑んだ。
(「お守りにもなるだろうし、気持ちを込めて作らないと」)
 思いを込めて作る根付に使う紐の色は白銀と朱金。誰を思い作っているのか一目瞭然で、明彦は僅かに苦笑する。別に隠すつもりはないが、やはりそれでも照れくさい。
「貝って凄いんだなぁ」
 貝殻を重ね合わせ、ハディードがポツリと呟いた。どんな姿になっても2枚の貝殻は一緒。カチリと重なり合うのは対となった貝殻だけ。
(「わたしたちもこの貝のようにいつまでも共に過ごせますように……」)
 根付を作りながら、心の中で願いをかける。
 組紐を編む手を一度止め、目の高さまで持ち上げる。自分で編んだ薄紅色の組紐の出来を確認し、燐は小さく頷いた。細かい作業は得意ではないけれど、やっぱり綺麗に仕上げて……喜んでもらいたい。
 いつか、彼女が再び愛する人と縁が結ばれますように――願いながら小さな銀の鈴を通し、桜をあしらった生地を貼った貝殻へと手を伸ばす。
「作ったら恋のお守りになるなんて素敵ですよね」
 他愛のないおしゃべり。懸命に根付を作る美慧の様子が可愛くて、雪羅は目を細めた。
「想いがかなうといいね」
 ガタタンッ!
「どうして知ってるんですか雪羅先輩っ!!」
 何気ない一言のつもりだったのだが、美慧にとってはそうではなかったらしい。
「普段見てれば何となくわかるからなぁ……って、そんなに慌てるとは思わなかった、ごめん」
 謝り、作業の手伝いを申し出る雪羅。美慧に「せ、先輩こそ誰と……」と尋ねられ、彼はまだわからないと答えた。
「でも、結べた縁と誠実に付き合えるようにはなりたいね」
「私も、雪羅先輩のように、縁ある人たちにいつでも誠実でいたいです」
 雪羅の言葉に、美慧が笑って同意する。
 小さな貝に布を貼る。柄の向きに気をつけて、皺がよらないように注意して……ピンセットを片手に対となる貝殻の片側に布を貼り終え、沙夜が小さく息をつく。
 思いを結ぶ二枚貝――込める思いは恋ではないけれど、それが大切なものである事に変わりはないから。僅かに目を伏せ、思いが叶うようにと願う。
 男だって大切な人に思いを伝えたい。普段は照れくさくて言えないから。花吹雪を模した柄の布を桜に見立て、二連の蜆貝を互いに見立て……今年の桜を2人寄り添って見上げることができるように。
 1つ1つのパーツに願いを込めて、晶は根付を作っていく。
「さて、喜んで貰えると良いのですが…いえ、喜んで貰えるよう、最後まで気を抜かずに作りましょう」


「早速作るぞーっ!!」
 張り切る朱。しかしそのうち手順がわからなくなり、空に助けを求める。苦笑しながら空が朱の手元を後ろから覗き込む。空に手伝ってもらいながら布の上に銀糸やビーズを綺麗に飾りつけて……。
「空見て見て、若干汚い気もするけどちゃんと出来た!」
 はしゃぐ朱に、空も楽しげに笑う。
「帰ったら交換しよー?」
「おぅ、そのために作ったよーなもんだし♪」
「一緒に作らないか」
 葵とヤンにオーウェンが声をかければ、2人は笑って頷いた。歩み寄ってきたアンナに笑顔で挨拶されて、葵はどこか嬉しそうに微笑む。
「わたし、手芸は結構得意なんですよ」
 楽しげに作業を進めるアンナ。恋とは違う、けれど他の誰に感じるのとも違う「好き」で「特別」な人を思い浮かべて藍色のちりめんで貝殻を包んでいく。一方、オーウェンはこういった作業が得意ではないらしく。
「まつり縫い? って、なんだっけ」
 糸を通した針を持って途方にくれる彼に、「ここをこうやって……」とヤンが助け舟を出す。
「もし良かったら、葵さんも一つ、筆を入れて下さいませんか?」
 アンナに誘われ、葵はあまり上手く描けないかも、と言いつつ面相筆を受け取った。
 小さな星を描く葵の向かいで、オーウェンは完成した自作の根付を見て納得するかのように頷いている。お茶会で持参した紅茶とお菓子を振舞おうと張り切っている龍麻も、可愛らしいにな結びがアクセントの根付を完成させた。
 面識のない人々に囲まれて最初は少し緊張していた透夜も、丁寧に作業を進めていくうちに徐々に気持ちが落ち着いてきたようだった。贈る相手を思い根付に向かえば、温かな気持ちが湧き上がってくる。
(「気に入って貰えると良いのだが……」)
 彼は完成した紅色の根付を包み込むように両手で持ち、そっと願いを込めた。
 日頃お世話になっているあの人へ贈ろうと、緋邑と桜は桜貝へ加工を施す。別に俺はどうでもいいんだけど、と口にしていた緋邑だったが、作業に手間取る桜を励ます様子からはそんな気配はまったく感じられない。
 2つの桜貝に鈴を仕込み、それぞれに青と赤のストラップをつける。完成した根付を見て、桜が嬉しそうに微笑んだ。
「わ、完成した……やったね、緋邑♪」
「ん、これで完成だな。頑張ったな、桜♪」
 嬉しそうに笑う桜の頭を緋邑が優しく撫でる。
「喜んで貰えるかな……?」
 大きな期待と小さな不安。尋ねる桜に緋邑がニヤリと笑って答える。
「喜んで貰えるといいな」


 この根付を手にする人と、末永く縁が続きますように――願いを込めて作業を進める。
「皆さんは恋人さんって……いらっしゃるん、です?」
 繭が何気ない一言に、ティアリスの心臓がドキリと跳ねた。
「ティアリスは誰を思い浮かべたの?」
「ふふふー、ティア達はそろそろ1周年だっけ」
 キルシュと彼方がどこか楽しげに問いかける。紫唖にまで嬉々として尋ねられ、彼女の顔が真っ赤に染まる。動揺のあまり手元が狂い慌てるティアリス。その愛らしさに繭は思わず微笑み、弥琴はそっとハンカチを差し出した。
「カナ先輩や紫唖さんもコイバナ、お好きなんです、ね…♪」
「繭様や八伏様はどうなのかしら」
 紫唖に尋ねられ、繭は「初恋の頃のお話位、しか」と答え、弥琴は「話せることなんもないよ?」とニコリと笑う。
「空木先輩こそ素敵な縁がありそうな」
 言い返す弥琴。やがて話題は繭の初恋へと移っていく。その様子を楽しげに眺めながら、弥琴がポツリと呟いた。
「それにしても美少女揃いだなぁ」
「皆可愛いよね」
「って、繰乃先輩も美少女……」
 さり気なく同意したキルシュに弥琴が突っ込む。恋人がいるのって憧れるなぁ、などと他人事のように考えていたキルシュだったが。
「そういえばキルシュちゃん、は…?」
 繭に話を振られ、彼女の動きが一瞬止まる。
「……おれは話せるようなこと、ないけど…」
「キルシュ様の顔もちょっと赤いなあ?」
 ニヤリと笑う紫唖。誤魔化すように、キルシュはつい、とソッポを向く。
「繭や紫唖からも、いつかコイバナが聞けたらいいなあ」
 目を細めて微笑む彼方。余裕漂うその風情に、紫唖は憧れの眼差しを向け、諷も「かっこいい」と呟く。ティア先輩も幸せそう、と微笑む諷を振り返り、紫唖が割と真面目な表情を作ってこう言った。
「諷ちゃんは私がお嫁さんにほしい」
 そうこうしているうちに、皆の根付が次々と完成していく。
「みんなで写真撮る?」
 弥琴の言葉に反対するものなどいるはずもなく。弥琴も入って! という声に従い、カメラのタイマーをセットした弥琴が彼方のそばへと駆け寄る。ぐい、と中央に立たされ表情を整えた時、カシャリとシャッターが下りた。
 楽しい時を切り取った掛け替えのない1枚に、焼き増しを希望する声が上がる。
 宵護が薄紅の紐を使って梅の花を模っていく。宵護を手本に作業を進めようとした真魔だったがそのスピードについていけずに早々に挫折、彼の手際の良さと梅結びの可愛らしさに思わず見入る。
「こういうのは得意なんですよね」
 赤いちりめんに包まれた貝殻を重ね合わせ、縁を金糸で処理して……あっという間に完成に近づいていく宵護の根付に、手を止めていた真魔も慌てて作業を再開した。
「男性に贈るにしてはずいぶん可愛くなってしまいましたが……交換しませんか?」
 クスリと笑って宵護が尋ねる。チョコレートよりは思い出に残るでしょう? ――囁かれて、真魔が頷く。
「確かに…チョコよりずっと思い出に残る。大事にするな?」
 普段と少し違う相手の様子に内心少し照れながら、真魔はそう答えた。
「ん……えへへ、楽しいですね。……カルナはどうですか?」
 紫衣がカルナの手元を覗き込む。楽しそうな彼女とは対照的に、白と水色の糸を手にしたカルナは組紐作りにひどく苦戦しているようだった。
「細かい作業は苦手だ…!」
 布の貼り付けは無難にこなしたものの、鈴を付けた紐を貝殻で挟み糸で縁取りをする作業でまたまた苦戦。
「……くっ、裁縫とか少しでも練習しとくべきだったか…!?」
「なかなか難しいですね……。これでいい、かな」
 完成した根付は、お互いに贈りあう予定――きっと喜んでくれるはず。


 根付作りがひと段落して、のんびりとしたお茶会が始まる。
 明日はバレンタインデー。
 紡がれた良い縁が、ずっとずっと続きますように――。


マスター:草薙戒音 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2010/02/13
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冒険結果:成功!
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