秘める心は箱の中


<オープニング>


「……ここはひとつ、初心に戻るべきね」
 どこか目を逸らしたくなるような気配を放つ鍋を前に、少女は真剣な顔でつぶやいた。もちろん、彼女がかき混ぜているのは間違っても魔女の怪しい薬などではなく、ただのチョコレートに過ぎない。たぶん。
「まずは渡すこと。そう、バレンタインデーっていうのは、チョコを渡して受け取ってもらうことが大事なんだから」
 ゴムべらを手に、彼女はつぶやく。かき混ぜたはずみにどろりと浮かぶ固形物については、とりあえず見なかったことにした。
「なんでいつも、チョコ渡す前に逃げられちゃうのかな。渡せなかったら、告白もなにもないじゃない」
 鍋の中で煮える、液体とは言い難いが固体というほどでもない物体。こんなものかな、と火を弱める。
「やっぱり見た目だわ、見た目。包装だけ頑張ろう、そうしよう。まずは中身の見えない袋に入れて……」
 ――少女はまだ、湯せんという言葉を知らない。

 チョコレートらしきものはひとまず鍋ごと封印し、バレンタインデーまでの日数を数え、少女はさっそく行動にかかった。
 包装紙にリボン、箱、小瓶、それからシールに紙パッキン。ああでもないこうでもない、とかき集めて、気がついた時には、それはとても一人で消費できる量ではなくなっていた。
 はて、どうしよう、と首を傾げた彼女に、友人は助言する。
「じゃあ、みんなで一緒にやれば?」

 なにせ銀誓館学園は広いし、出入りする卒業生も多い。口コミで、ポスターで、探してみれば物好きな仲間も案外見つかるものだ。どうやら、以前に似たような企画を開催した人間もいたらしい。
 そんなわけで少女は空き教室を借り、寄せた机にクロスをかけて、集めたラッピング用品を並べていく。
 色とりどりの包み紙は、ピンクや赤から金銀、それに柄物もずいぶん多い。淡い色のクレープペーパーや薄手のグラシン素材、やわらかい不織布と材質もいろいろ。その包み紙を留めるアイテムも、落ち着いた柄のリボンからきらきらのモール、ペーパーラフィアと様々だ。隣に並ぶのは、最近ずいぶん色柄の増えたマスキングテープ。
 包み紙だけではなく、紙の箱や袋もいろいろ用意されている。その中に詰める鳥の巣のような紙パッキンは、濃淡さまざまな色合いに思わず目移りしそうだ。
 さらに隣の机には、スタンプ台やステンシルの道具、ピンキングばさみに可愛い形のクラフトパンチ。用意されたものはどんな風に生かしてもいいし、自分で材料や道具を持ち込むのも大歓迎だ。自由な発想で、プレゼントを楽しくラッピングしよう。
 その代わり、守ってほしいことがふたつ。ひとつ、もし教室の中に困っている仲間がいたら、ぜひ手伝ってあげること。それからふたつ、包み紙の中にどんな中身が見えてしまったとしても、時には忘れてあげる優しさを持つこと。

「ふうん……毎年、誰かしらそんなこと考えるのね。今年も行ってみようかな」
 ポスターの前で悩む野々宮・乃々香(高校生月のエアライダー・bn0045)も、友人にこの会のことを教えられた生徒のひとり。
「よかったら、あなたも一緒にどう?」
 きっとステキなプレゼントができるわよ、と乃々香は、通りかかったあなたに声をかける。
「ラッピングが終わったら、お茶会も開くそうよ」
 お茶請けはきっと、失敗作のチョコレート。甘いものをつまみながら、雑談や翌日への作戦会議に興じるのもいいだろう。
「それじゃ、良かったらまた、会場で会いましょ!」
 バレンタインデーは、もうすぐそこだ。

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参加者
NPC:野々宮・乃々香(高校生月のエアライダー・bn0045)




<リプレイ>

●見た目よければすべてよし
 ……と、昔のえらい人が言ったかどうかは知らないが、それはともかく。

「これを渡したら気づいてくれるかな〜」
 つぶやく風華の手にあるのは、ハート型のチョコレート。手作りのそれは心をこめて作ったものだから、包装まできちんとやり遂げたい、と思うのは自然な感情だろう。
「失礼しますぅ♪」
 横から手を伸ばし、凪が取ったのはオレンジ色の包装紙。四角い箱の中身は、手作りのオレンジピールチョコだ。
 思い人に、友達に、贈る思いはそれぞれだけれど、しっかり作ったチョコはきっと気持ちを伝えてくれる。
「わ、かわいい♪」
 ところで、ハート型のチョコを包むのは意外に難しい。まずはどうすべきだろうか。悩む風華がふと見れば、ちょうど龍麻が小さなカゴにパッキンを敷いているところだ。乃々香が歓声を上げた理由は、彼が包む一口サイズのチョコ。金色のホイルで包んで並べ、薄いペーパーでハート型のカゴごとくるんでしまう。これで終わりかと思いきや、さらにもう一層。メッセージカードと薔薇一輪を添えて、透明な袋に入れる。最後に結んだ薄桃色のリボンで、全体がふんわりとした印象にまとまった。
「なるほど……」
 キャラメル包みだけが包装ではない。ラッピング用品も進化しているし、アイデアがあれば色んなことができてしまうものだ。リボンひとつ取っても、ただ結ぶだけではなく、シールで留めたり、スタンプやテープでリボンのような模様を描いてみたりと、できる工夫は無限大。
 他の人のラッピングを見れば、自分では思いもよらなかったようなアイデアが沢山出てくる。
「乃々香ー! ほら、こっちこっちー♪」
 ぎゅっと乃々香に抱きつき、緋央が連れてきたのは自分が包むチョコケーキの前。
 草原を思わせるグリーンの包装紙に、かかるリボンも濃い緑。そしてその包装紙のあちこちで、ウサギのシールが楽しそうに跳ねている。
「すごーい!」
「何事も楽しくするのが一番だよね♪ ……相変わらず、もらってくれる人はいないんだけど」
 可愛い包みは、眺めるだけで気分が浮き立ってくるようだ。
「一緒に貼ってみる?」
「いいの?」
 緋央がウサギのシールを渡すと、乃々香の目が輝いた。

「どんな風にしたらいいか、ほんと迷っちゃうよね」
 並ぶ包装紙の上で、舞華の手はどれを選ぼうかと行ったり来たり。ようやく手にしたのは、シンプルな赤い包装紙だ。
「これだけ多いと、目移りしてしまいますね」
 言いながらも、鈴女はまっすぐに薄黄色の不織布を選ぶ。深い緑色の箱に重ねれば、新緑を思わせる柔らかい色が生まれる。トリュフチョコを渡す相手を思い浮かべると、つい、その人をイメージした色を選んでしまう。
「リボンはどうしよう……」
「ここは私のセンスが光るときね、任せて!」
 迷う舞華の横で、さっさとリボンを選び始める冬馬。迷いのない姿はうらやましくも見える。彼女の手には既に、金色に光る星形の包みがあった。金紙が包むのは、持参した星形のプラスチック容器。中に詰まった小さなチョコは冬馬の手作りだ。
「これなんかどうかしら?」
 舞華の前に差し出されたのは、ラメの入った緑色のリボン。
「あ、うん……いいかもですね……鈴女ちゃんはどう思う?」
「いいんじゃないですか?」
 さりげなく鈴女が二人から距離を取っている気がするが、気のせいかもしれない。不織布の口を閉じるくしゅっとした緑色のラッピングタイは、新緑の木々を伝う蔦のよう。それに比べると、冬馬の金星や舞華の包みは華やかだ。その包みが思わせるものは、そう。
(「クリスマステイストなのが気になりますけどね……」)
 一度そう思うと、もうそうとしか見えなくなってくる不思議。

●目を瞑る、というやさしさ
「青いリボンって、あるかしら……?」
 毀の呟きに、「たくさんありますよ!」と机の上を示す千鞠。ピンクの太いリボンを手にした千鞠の、反対の腕には包装紙のおばけのようなものが抱えられている。
「……あの、それは」
「うさぎちゃんぬいぐるみです!」
 包装紙を剥がせば、確かにうさぎのぬいぐるみ。可愛らしいうさぎさんのお腹には、イチゴのチョコが詰まっている。
 紙で包むのを諦め、ぐるぐるとぬいぐるみにリボンを巻き始める千鞠。毀も気を取り直して、選んだ深い青色のリボンを小ぶりの箱にかける。リボンを留めるのは、花の形をしたシール。
「素敵ですね」
 その声に振り返れば、和紙を手にした流梨が立っている。
「ありがとう。中身が手作りのチョコムースで、その……ちょっと自信がないから、外装くらいは、ね……!」
 大切な人にあげるものだから、少しでも喜んで貰えるように。他人の包みの中身は深く詮索しないのがお約束。流梨は「私もです」と笑う。
「チョコレートを溶かすだけのはずなのに、どうして失敗するのか……あ、も、もちろん私は湯煎を存じてますよ!」
 ちらりと教室の後ろを見れば、主催者の少女がチョコレートのやけ食いに走っている。
「そうだ、チョコレートってちゃんと書いておかないと、『なんだこれ』って言われそうな……えっと、どう書くんだっけ?」
「え?」
 そこで字を調べ始めた時点で、そこはかとなく嫌な予感が漂うような気もする。
「ああ!」
 白い紙に、巧みな筆運びで記す。
「『貯古齢糖』……っと」

「イマイチどういうのが良いのか解らんから困ったモンじゃ」
 ココアクッキーを袋に詰めながら、法眼は首をひねる。
「黄色と黒の縦縞でええかのぅ?」
「いいんじゃないかしら、寅年って感じで」
 無責任な返答をする乃々香は、法眼におすそ分けされたクッキーを食べるのに夢中だ。餌付けとも言う。クッキーにはホワイトチョコのコーティングで色々なパターンが施され、目にも楽しい。
「乃々香ちゃんは上手にできましたか?」
 リボンで緊縛、もとい飾ったうさぎちゃんを抱いて千鞠がやって来る。
「うーん、なかなか難しいわね」
 乃々香が提げる袋の中には、空色の小さな包みがたくさん。青空を跳ねるように、ウサギのシールが貼られたものもあった。中身をのぞく拍子に、ふと目に入るのは乃々香のメリハリのついた体型。
 綾瀬千鞠16歳、乃々香とは同い年である。とは言え、発育的な部分には随分と、その、差があるような。
「来年はきっと超進化してると思うのです」
 発育も、そしてこちらはそこまで差がないように思う、手先の器用さも。

「さてさて、ラッピング頑張るぞ〜★」
 泰葉が選んだのは長方形の小さな箱。そこにトリュフを並べて……並べ……
「……て、手作りだから、ちょっとだけ見た目は悪いけどもっ! いいの、気持ちが大事っ!!」
 不揃いな大きさのせいで上手く並んでくれないのは、ご愛敬ということで。
「こ、今年の俺のコンセプトは『飽きられない女』だ!」
 そもそもカップル成立してないけどさ、と呟きつつ、それはそれと開き直ってチョコを取り出す香。たくさんの薄チョコは、一枚一枚が全く違う形をしている。
「これを一つずつ薄い箱に入れて、ラッピングで繋いで、ラッピングを剥がしていくとどんどん新しいチョコが出て来る構造に……うん!」
 試しに設計図まで描いてみる。
「我ながら珍妙なアイデアだ! ……あ、いや、ナイスアイデアだ!」
 さっそく製作にかかるが、
「……あ」
 割れた。
「……ぐ」
 箱が折れた。
「く、くそう!」
 薄いチョコは、折れやすい。
「負けるもんか!?」
 ならばさらに、もう一段。
 泰葉は桜色の紙で包んだ箱に薔薇を添え、赤いリボンでその二つを一緒に結んだところ。包装紙やリボンまで、こだわり抜いた結果であるその仕上がりは、きっとトリュフの不格好さを隠してくれるはず。
「えへへ、うまくでーきたっ!」
「わきゃー!」
「!?」
 ふと振り返ってみれば、香の前にいつの間にか謎の建造物が出現している。箱と袋と包み紙で構成されたそれはまるで、増改築を繰り返すうちに何だかよく分からなくなってしまった家の如く。
 一つだけ全てのパーツに共通するものがあるとすれば、それはプレゼントに篭められた、愚直なほどの想い。
「折角の贈り物だもんね、それも、とーっても大切な人への……♪」
 泰葉は桜色の箱に目を落とす。たとえどんな外見であろうとも、その暖かい気持ちは、きっと変わらないから。

●誰かを想う、という行為
 白銀の包装紙で包んだ箱を、大輔はぼんやりと眺める。どうせ自分で開けることにはなるのだけれど、それでもこんな所へ来てしまったのはどうしてだろう。その理由は、もしかすると持参したこのレースの布地にあるのかもしれない、と考える。
 姉の遺したその布地を、包装紙の上からふわりと巻き付ける。淡いピンクのリボンをかけて、蝶結び。
「ここ、失礼します」
 隣に座ったルシアは、ガラス瓶に小さなチャームをそっと入れる。コルク栓をぎゅっと締めて、その瓶を丸ごと、色とりどりの包装紙で包む。
「面白いわね」
 のぞき込む乃々香に、そうですね、とルシアは頷く。
「ブリギッタさんへのプレゼントに使おうかなって思って。本命はまた別、秘密ですよ」
「あら。いいわね、きっと喜んで貰えるわ」
 そっちも、と乃々香は大輔の包みに目を留める。ふとレース地の主に思い当たったのか、そっか、と呟いて目を伏せた。
「……贈り物って、いいわよね」
 相手の顔を思い浮かべて、たくさん相手のことを考えて。できることなら、相手の喜ぶ顔が見たいと願って。
「どうしよう……いざとなったら押しつけて逃げようかしら……」
 だからこそ、笑弥のように緊張もする。
「つゆちゃん、一緒に来てくれてありがとう……!」
「どういたしまして。ところで、えみやお姉ちゃんは何を入れるのかなぁ〜?」
 好奇心いっぱいの栗花落は、「わたしはこれ!」とモーラットチョコを見せる。
「お兄ちゃんに教えてもらって作ったんだー♪」
「いいですね。わたしは、クラシックショコラを作ってみたんです」
 きちんと折り目をつけて、ケーキ箱を丁寧に包む笑弥。栗花落は試行錯誤しながら、包装紙のあちこちをテープで留めて、どうにか形を作っていく。たまに力を入れすぎて、包装紙が破れてしまったり、うまくリボンが結べなかったり。そのあたりの不器用さは、やはり小学二年生というところなのだろうか。
 今までこうしたイベントに熱心に参加したことはなかったけれど、これは思ったよりもいいものなのかもしれない、と笑弥は思う。
「皆さん、素敵ですね」
 呟きながら、凪乃は再び手元に目を落とす。何せ数があるから、なかなか大変だ。葉っぱの形をしたチョコを箱に入れ、やはり葉模様の包装紙で包む。リボンをかけてカードを添えて、出来上がり。
 バレンタインにあまり縁のないままこれまで来てしまったのは、凪乃も同じ。けれど今年は、チョコもラッピングも、頑張る理由があるから。
 一つ一つの作業は単調なようだけれど、気持ちをこめたプレゼントを包むというのは、ただそれだけで幸せな仕事だ。
「わー……色んな材料があるんだね」
 色々な包装紙や箱に手で触れながら、小織があちこちの机を回っている。不織布ひとつ取っても、単色のものや淡いむらのあるもの、パステルカラーにダークカラーと、全部で何色あるのか数え切れないほどだ。透け感のある白と柔らかい青色、二枚の不織布を重ねて包むのは、レースペーパーでくるんだ薄紅色の箱。恋人に贈るその箱の中身はホワイトチョコのトリュフだ。自信作だからこそ、包装にもとことんこだわりたい。
 最後にオーガンジーのふわりとしたリボンで口を結べば、淡く青色に光るようなラッピングの出来上がり。もっと綺麗に、と何度もリボンの形を直す。
「……ふぅ、なんとか完成♪ えみやお姉ちゃんは綺麗にできた?」
「うん、何とかなりました」
 栗花落のラッピングは結局小さなボックスに落ち着いたようだ。笑弥も丹念に包まれた箱をそっと撫でる。
「想いが伝わるといいね……ううん、絶対伝わるよねっ♪」
「……ありがとう、そうなるように頑張ってみる」
 栗花落のエールに、恋する乙女は笑う。

●はやる心を落ち着けて
 それぞれにラッピングを終えて、参加者達が向かうのは紅茶とチョコの置かれたテーブル。
 凪のオレンジピールチョコは苦味と甘味が共存する大人の味。二月の風に冷えた身体には、凪乃のホットチョコレートが嬉しい。
「いただき!」
 鈴女のトリュフに手を伸ばし、冬馬は遠慮なくお茶会を満喫している。
「あ、おいしい」
 さすが鈴女ちゃん、と舞華が笑う。
「そう言う舞華先輩は、何を包んだんですか?」
「え? 私の? み、見ちゃダメだよっ」
 そういう出来だったようだ。ここはそっとしておいた方がいいのだろか、と鈴女は少し迷う。
「上手に渡せたら……一杯喜んでくれるかな」
 小織は膝の上の包みに視線を落とす。恋人の喜ぶ顔を想像すると、それだけでつい頬が緩んでしまう。
「楽しみですねっ!」
 屈託のない笑顔で泰葉がうなずく。
「どうか受け取ってくれますように……」
 チョコを渡す理由や事情はそれぞれ。皆の体験談に耳を傾けながら、どうやって渡すのがいいだろう、と風華は考える。
「おいしいですねぇ♪ そのチョコは誰に?」
「内緒です」
 凪乃はにっこり笑って答える。皆のチョコの行方に、凪は興味津々といった様子。

 贈る想いは人それぞれ。臨む気持ちも人それぞれ。緊張に固まる者もいるけれど、その緊張もどこか心地よいものだから。
 このお茶会が終わったら、バレンタインデーはすぐそこだ。


マスター:田島はるか 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:19人
作成日:2010/02/13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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