雪に抱かれ眠る罪


<オープニング>


 硝子瓶から零れ落ちた液体が、雪に吸い込まれて消えていく。白は濁り溶かされていくけれど、大地までは辿り着かずに氷結した。
 雪が降りしきる冬の朝、森の奥にある崖の下。頬を高潮させている男は肩を落とし、瓶の口を上に向ける。溜息を吐きながら顔を上げ――。
 ――今いる場所が、崖下ではないことを知った。
「……迎えか?」
 吹雪の向こう側で、白装束の女性が悠然と佇んでいる。女性は薄い微笑みを湛えたまま、右手を男へと突き出した。
「なぁ」
 男は臆さない。
 あるいは、臆せない。
 頬の赤みが示すように、今は正常な精神ではないのだから。
「人を殺したことはあるかい?」
 返答の変わりに、放たれるは吹雪の渦。
 純白に輝く風に抱かれて、男は深い眠りへと誘われた……。

 放課後の教室で、秋月・善治(高校生運命予報士・bn0042)は窓の外を眺めていた。一人、また一人とメンバーが集っても気に留める様子もない。
 けれど、最後の一人が席に着いた折、驚いた様子もなく振り向いた。
「皆、集まったな。早速、説明を始めさせてもらうぞ」
 場所は、とある森の奥にある崖の下。
 特殊空間を持つ地縛霊が現れ、複数の被害者が発生している。更に、小五郎という四十代の男性が、皆が辿り着く直前に特殊空間へと引き込まれてしまう。放置すれば、小五郎を待つのは死の結末だけだろう。
 そうなる前に小五郎を救助し、地縛霊を退治する必要がある。
「それでは、本格的な説明に移ろう。まずは場所、だな」
 善治は地図を取り出して、崖下までの順路を記していく。
「一本道であるが故に迷うことはないだろう。だが、当日は雪が降っており、お前たちが森を通る朝方には、すでに足首の上辺りまで積もってしまっている。足場が悪くなることが予想されるが故に、注意してくれ。続いて、特殊空間や地縛霊に関する説明に移るぞ」
 特殊空間内に引き込まれるための条件を考える必要はない。先に小五郎が満たしてくれる上に、誰かが聞き込まれた直後なら、能力者ならば容易に侵入することができるのだから。
 情景は、吹雪いている雪原。遠距離攻撃から逃れられるほどの広さはあるが、足場も視界も悪い。
 主たる地縛霊は、白装束を纏った黒髪の女性。雪のように白い肌と、血のように赤い唇が特徴的。力量は高く、特に神秘的な力に優れている。
 巻き起こす吹雪の風に殺傷能力はない。だが、戦場全体に広がる上に、運の悪い者に纏わりつき深い夢の世界へと送り出す力を持つ。また、吐息から紡ぎ出される冷気は女性の視界内に広がる上に、動けない状態なら避けがたい。また、そこそこの殺傷能力と動きの自由を奪う呪縛、肌を凍りつかせる魔力を持つ。
「また、他に五体の地縛霊が存在する。全て少年型で、恐らく被害者の……だな」
 力量は低い。しかし、飛びつき放ってくる抱擁は、動けない状態では避けがたい。また、殺傷能力そのものは低く、残される氷の破片の力も弱いが、治療を受け付けなくなる呪いが込められている。
「子供型は、女性型を護るように立ち回るな。最後に、突入直後の状況について説明するぞ」
 突入直後、幸いなことに小五郎は子供型の地縛霊とは接触していない。しかし、女性型が巻き起こした吹雪に包まれて、深い眠りに誘われてしまっているだろう。
「以上が戦闘などに関する説明だ。元に策を考え、事に当たってくれ」
 説明を終えた善治はメモに目を落とす。静かに頷いた後、真剣な表情を湛えたまま顔を上げた。
「そうだな。冬の朝、雪が降っている状況だ。できる限り、小五郎の介抱をしてやって欲しい」
 直接的な害が及ぼされなかったとしても、寒い場所でじっとしていることは命に関わるだろうから。
「その際に、話をしてみるのも悪くないかもしれないな。何を話すかはお前たちに任せるが……」
 溜息と共に、善治は瞳を細めていく。だが、と力強く告げながら、この説明を締めくくった。
「介抱、会話……全ては小五郎を救出し、地縛霊を倒さなければ叶わぬ事柄だ。皆、油断せず事に当たってきてくれ。吉報を待っている」

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参加者
アラストール・セブンセントラル(高貴なる義務・b05350)
黒霧・慎(蒼黒の使者・b26081)
国見・眞由螺(影武者・b32672)
黒稜・和樹(軽口マシンガン・b45430)
スペルヴィア・スパーダ(月咎哮狼・b48362)
緋坂・燐(氷想華・b53619)
霧島・絶奈(暗き獣・b61363)
アリアス・ケープ(北の森に哭く月・b73407)



<リプレイ>

●吹雪の抱擁
 雪は散る。存在するもの全てを白に染め、世界を銀色へと彩り行く。
 塗り潰されてしまわぬように、緋坂・燐(氷想華・b53619)は静かに雪を払った。銀髪が煌いて、世界に新たな彩を与えていく。
 更なる彩を輝きと共にもたらすために、スペルヴィア・スパーダ(月咎哮狼・b48362)は懐中電灯のスイッチを入れた。
「居た……」
 雪の中で、光沢のある青が煌く。先を辿れば一人の男、小五郎が、倒れ雪に埋もれていた。
「急ごう」
 ――救出しなければならない。更に向こう側で微笑む女性と五人の少年たちが、彼との接触を果たしてしまう前に。
 一メートルを超える剣を抜き放ち、アラストール・セブンセントラル(高貴なる義務・b05350)が女性目指して駆けて行く。残る者も彼に続き、。霧島・絶奈(暗き獣・b61363)と黒稜・和樹(軽口マシンガン・b45430)の使役するサキュバス・ドール、静だけが小五郎目指して動き出した。
 女性は佇み、白い指先で彼らを示して少年たちを向かわせる。少年たちは国見・眞由螺(影武者・b32672)たちとの接触を果たし、勢いよく跳躍した。
「くっ……邪魔だ!」
 両刃の剣で押し返し、眞由螺はなお駆け続ける。黒霧・慎(蒼黒の使者・b26081)も漆黒の剣で受け流し、速度を緩めず横を抜け――。
「っ! そっちじゃない!」
「あなたたちの相手は私たちよ!!」
 ――横を抜け、二人の少年が小五郎の元へと向かっていく。慎が、アリアス・ケープ(北の森に哭く月・b73407)が叫んでも、歩みが止まることは無い。
 絶奈は意に介さず、介せず、小五郎を掘り出す作業を続けている。
「静!」
 和樹に命じられ、静が両者の間に立ち塞がる。幼き少女に抱きついた二体の少年は、己の体温を分け与えた。
 故に、小五郎は無事。軽く頷いた絶奈は彼を抱きかかえて立ち上がり、離脱を目指して走り出す。
 一方、女性は微笑みを絶やすことすらせず、アラストールたちを黒い瞳に映していた。
「……」
 纏う白装束と同じ色した吐息が、赤い唇から漏れていく。小さく揺れる様は、紛うことなく吹雪が荒ぶ閉ざされた世界の主。
「……雪の女王とその下僕といった所かな……悪いが、これ以上はご遠慮願う」
 悲しき業を背負う者であるならば、討ち滅ぼすのも騎士の役目か。大剣に影を走らせたアラストールが、振り上げる勢いそのままに雪の大地を強く蹴る。勢いを乗せたまま腕を引き戻し、刃を強く叩き付けた。
「っ!」
 不可視の力に遮られたアラストールは飛び退き距離を取る。続いた凍れる牙も女王に噛み付くことは叶わず、紅蓮の炎も霧散した。
 女性は微笑みと共に口元へと手を当てて、切なげな吐息をついていく。
 吐息は戦場に、耐え難い冷気をもたらした。内、七人は纏う戦衣の加護が防いでくれたけど、巻き込まれる形となった静は身を凍らせ動きを止める。絶奈もまた、足を凍りつかせて倒れこみ……。
「……離脱は何とか完了してた見たいだな」
 ……上半身は範囲から離脱させ、腕の中にいる小五郎への被害は防いでいた。和樹はほっと息を吐き出して、改めて女性に向き直る。
「……今しばらく、気を引こう。絶奈が、戦場に復帰できるまで」
 アラストールは女性から視線を外さずに、更に奥へと歩き出す。スペルヴィアと眞由螺、慎が倣い移動を開始した。和樹は女性を警戒したまま皆の様子を伺って、アリアスは魔力を炎へと変換する。
 対照的に、燐はレインコートの前を閉じながら、絶奈が倒れる方角へと歩いていく。
 ただ微笑み続ける女性は両手を広げ、世界に更なる吹雪を巻き起こした。吹き荒ぶ冷気が作り出す幻想に惑わされ、静と和樹が眠りにつく。
 頬を叩いて耐え切った燐は、静とアリアスとを結ぶ直線の中間地点で立ち止まる。静を襲うのを止め、踵を返してきた一体の少年に抱きつかれたまま、雪を払うかのように結晶輪を天に掲げた。
 吹雪と融和する舞が紡がれる。温かな力が仲間たちへと送られる。
 世界が、束の間の温かさに満たされる。

●白雪の舞
 剣を掲げ、アラストールは少年を受け止める。体をバネにして押し返し、体勢を整えなおす暇も与えず切りかかった。
 刃は、短髪数本を奪うのみで踏み固められた雪を割る。雪よりも体を凍てつかせたスペルヴィアの剣が猛追し、体勢を立て直した少年の胸を貫いた。
「……そっち側の様子はどう?」
 アラストールの質問に、吹雪を巻き起こす絶奈の姿を視線だけで示しながら、スペルヴィアは狼姫の名をいただく剣を引き抜いていく。
 消滅していく少年を一瞥し、二人は各々の視界を補うように周囲を見回した
 慎と接敵している個体の足元が、若干だけれどもふらついていたから、言葉なく二人は走り出す。
「来るぞ!」
 雪原に新たな足跡が刻まれ行く中で、眞由螺が声を響かせた。彼女は紅蓮を刃に纏わせながら雪原を蹴り、剣を大きく振りかぶる。女性が漏らす吐息に逆らい、上段から思いっきり振り下ろした。
「っ!」
 不可視の力に遮られ、紅蓮の炎は消滅する。弾けるように飛び退り、剣を軸に着地して、忌々しげに吐き捨てた。
「貴様……雪女にでもなったつもりか!?」
 答えはなく、世界を吹き抜けていく吹雪が女性を中心に渦を巻く。
 体を凍えさせたまま、静が雪に沈んでいく。アラストールは眠りにつく刹那、雪に剣を突き刺し支えと成した。少年たちは眠る親に悪戯する子供のように、それぞれ二体ずつ両者へ飛び掛る。
 護るため、誰よりも肌を白くさせているスペルヴィアが一体の少年を叩き落した。もう一方の少年は、慎が解き放った黒燐蟲が爆裂する衝撃に煽られ墜落する。
「燐!」
「分かってます!」
 次弾を集わせながら、慎が燐に視線を送る。言葉だけで返した彼女は静かな動作で、結晶輪を持ち上げた。
 沈黙を保ったまま弧を描き、雪原に規則正しい足跡を刻みだす。軽妙な音色はいつしかメロディとして世界に響き渡り、偽らざる温かみを持つ波動となって仲間たちへと届けられた。
 アラストールが目を覚まし、スペルヴィアの吐息にも白さが戻る、。仲間の状態を確認した和樹が駆け足で、そんなスペルヴィアへと近づいた。
「ほれ、俺の分もがんばれ」
 差し向けられた白燐蟲が、先ほどまで塞がる気配もなかった傷跡を塞いでいく。二人の頭上を飛び越えるかのようにアリアスが撃ち出した炎が不可視の力場を貫いて、女性の体を燃え上がらせた。
 女性は呻かない。悠然と炎を振り払い、再び凍てつくほどの吐息をついていく。
 慎と眞由螺が動きを止めた。二人の背中を護るアラストールとスペルヴィアは刹那のみ視線を交錯させて、跳び上がった少年二体に刃を向ける。
「く……」
 大きな刃をすり抜けるかのように、一体の少年がアラストールに抱きついた。冷たさにか、衝撃にか動きを硬くした彼の足に、もう一体の少年も抱きついていく。
 スペルヴィアの突き出した凍てつく牙も、軽い動作で払い退けられた。燐の舞が紡ぎだす波動が彼女に再び熱を与えたけれど、アラストールの体は凍えたままで、和樹の白燐蟲が届かない。
 畳み掛けるように、女性が静かな溜息を吐き出した。クルースニクの対価とは別の冷たさを孕む吐息はスペルヴィアの身を、影刃で二体目の少年を葬り去ったアラストールの体を凍らせる。
 汗すらも氷に変わる冷気の中を、残る少年は飛び越えるかのように跳躍し――。
「Ein Schneesturm」
 ――絶奈が巻き起こした吹雪に包まれ氷像と化した後、砕け散り消滅した。
 視線を差し向ければ、その方角には絶奈と静以外に動く者はいない。
「絶奈さん!」
「片付いたんだな! 静、次はこの女だ!」
 表情を輝かせ、燐が結晶輪を握る手に力を込める。温かな波動が熱を与えてくれる中、静が和樹の命に従い駆け出した。追い込まれた女性は静かに双眸を閉じていく。時、同じくしてアリアスが放った炎の弾が、白装束に包まれし女性の体を燃え上がらせた。
「……」
 炎の中で、女性は瞳を開いていく。熱量など意にも介していない様子で腕を開き、静かな吹雪を巻き起こした。
 炎上している中央部とは裏腹に冷気しか纏わぬ吹雪は偽りの温かさを彼らに与え、絶奈と燐、和樹を夢の世界へと誘い行く。
「……まさしく、雪女……だな」
 慎は唇を噛み、脳裏に訪れた睡魔を消した。体に張り付いた雪は剣を引き戻すと共に振り払い、躊躇うことなく炎の内側へと突入する。
 刹那のみ訪れた熱量が、彼に降り積もった雪を消していく。生じた水滴を弾くかのように振るった一閃は、影の尾を引きながら女性に一文字の傷跡を刻み込んだ。
 彼の影に隠れるようにして懐へと入り込んだアラストールは下段から剣を振り上げる。不可視の力に遮られてしまったけれど、力場は揺らぎスペルヴィアの指先が突破する契機を作った。
「血の穢れた此の腕でも……護れるモノは在る筈だ!」
 指先から強い気が流れ、暴れだし、女性の存在自体を揺らめかせる。自力で目覚めた燐は重ねるように、温かな波動で仲間の覚醒を促した。邪魔するかのように女性は揺らぎ始めた吐息をつき、スペルヴィアの体を凍らせる。
 追撃は許さぬと、眞由螺が間に割り込んだ。刃に走る紅蓮を導くかのごとく、アリアスの炎が女性めがけて飛んでいく。
 が、炎は不可視の力に遮られて十字の形に散っていく。
「我は土蜘蛛。貴様の首、私が貰い受ける!」
 その中心、炎の着弾地点に眞由螺は飛び込み、紅蓮の剣を突き出し、白き体を貫いた。
 更なる業火が雪を溶かし、女性は此度初めて天を仰ぐ。荒ぶ吹雪が形を失う中で崩れ落ち、乾いた大地に倒れこんだ。
 特殊空間が崩壊を始めていく。彼らは刃を納め、その時を静かに待った。
 やがて、女性を包み込む炎が消える頃、吹雪は粉雪へと変わり行く。周囲を眺めれば見上げるほどの崖が行く手を遮り、背中側には雪の華を咲かせる森が広がっていた。

●春になれば芽吹く想い
 長く吹雪にさらされていたからか、小五郎を包むレジャーシートは半ば雪と同化していた。和樹は急いで雪を払いのけて、彼をレジャーシートから解放する。布団は巻きつかせたまま、覚醒を促すために揺さぶった。
「ん……」
「……目ぇ覚めたか?」
「……ここは。それから、兄ちゃんたちは……?」
 小五郎は目をしばたかせながらも上体を起こしていく。髭が濃い点、頬が少し赤い点を除けば体に異常はないと思われたから、燐は荷物から水筒を取り出しコップに中身を注ぎ込んだ。
「ここで倒れていたんです……はい、暖かいお茶です」
「そうか。すまない。姉ちゃん、ありがとうな」
 差し出されたお茶を静かに啜り、小五郎は白い息を吐き出した。辿るように空を見上げ、雪の在り処を見つめていく。
 合わせるように燐もまた空を仰ぎ、静かな息を吐いていく。小五郎が横目を向けてきたのを契機として、何気ないフリして切り出した。
「……そういえば、死にたくなると人はこんな崖から飛び降りたり、こんな深い森の中で首を吊ったりするんですよね」
「……ははっ。姉ちゃん唐突だなぁ……と。お代わり、もらえるか?」
 苦笑した小五郎はお代わりを受け取って、崖の上を見つめてく。啜りながら岸壁を辿るように顔を下げ、雪が少しだけ沈んでいる場所へと視線を留めた。同様に視線を留めた和樹が、ふとした調子で口を開いていく。
「……どーでもいいけど」
「ん?」
「おっさん、なんでこんな場所に来てんだ」
「……そうだな」
 しばし悩んだ後、小五郎は一気にお茶をあおった。再びお代わりを願った後、ここではないどこかを見つめながら語りだす。
 御伽噺にもならないつまらない話だと前置きして……。

 二十年程前。雪の日に、この崖を辿り山を登ろうとした馬鹿がいた。まだ若かった二人は体力に任せ道を進み……街に帰って来た時には一人になっていた。彼は、もう一人は崖から落ちたと言った。
 後日、もう一人は物言わぬ姿となって発見された。
 死因は凍傷だった。

「助けられなかった事、見捨てた事……様々な事に苛まれた一人は自棄になり、やがて全てを失った。己の望んだ通りに、な」
 言葉を途切れさせた小五郎は再びお茶をあおり、空になったコップを眺めていく。遠い目をしている彼の元に、アリアスが雪を踏みしめ近寄った。
「……それで貴方はここに来たの? 無防備な装備で?」
「……無防備な装備、か。確かにそうかも知れねぇ」
「っ!?」
 膝をついたアリアスは和樹の腕から小五郎を奪い取り、胸倉を掴んで顔を寄せる。驚く風もなく細められた瞳を覗き込みながら、彼女は眦を吊り上げた。
「他人の死に少しでも責任を感じるなら、生きて、その責任を全うしなさい!」
「アリアス、落ち着けっ」
 ともすれば拳を振り上げてしまいそうなアリアスの肩を掴み、眞由螺は小五郎から引き離す。体の自由を取り戻した小五郎は雪に沈んだコップを拾い上げ、静かに雪降る空を仰いだ。その視線を辿りながら、慎が静かに口を開いていく。
「……逃げるのをやめて欲しい、というのは俺も思う。亡くなった者のために……?」
 途中で、慎は言葉を途切れさせた。小五郎が口の端を持ち上げていたから。
 眦もまた持ち上げておかしそうに笑った小五郎は、続きがあると前置きして、語ることを再開した。

 残された一人は、全てを失ってなお生き永らえた。生き永らえた意味を探していくうちに、ささやかな幸せを取り戻してしまった。

「そして幸せの形が生み出され、今はそれを護るために働いている……と。もっとも、家族の願いで、未だに墓参りは許されていないんだがな……と。どうだ? つまならかっただろ?」
 言葉が示すように、小五郎の口調は軽い。沈黙を回答だと認識したのか、楽しそうに、本当に楽しそうに笑いながら、雪を払い立ち上がった。
「さて、用事も礼も終わったし、そろそろ帰るとしようか」
 踵を返す小五郎を、スペルヴィアが呼び止めた。
「送ろうか?」
「地元なんだ、それにはおよばねぇよ、と」
 落ちていた瓶を拾い上げ、小五郎は手を振りながら歩き出す。五歩ほど進んだ後に立ち止まり、肩越しに振り向きここではないどこかを眺めだした。
「こんな大人になっちゃいけねぇぜ。たとえ、どんなモンを背負っててもな……」
 疑問をはさむ隙はない。
「後、サンキュ。もう、酔った状態で合いには来ないから安心しな!」
 背を向けた小五郎は今度こそ、森の中に消えていく。残された彼らはしばしの間沈黙を保ち、呼吸だけが聞こえる世界に身を委ねていた。
「……帰ろう、か」
 打ち破り、、アラストールが歩き出す。皆も彼に続いていく。
 しばらくすれば全ての痕跡は雪に埋もれて消滅する。残された想いすらも堆積する雪に包まれて、静かな眠りにつくのだろう。
 春になれば溶け出して、芽吹いてしまうのだとしても。
 抱いた想いに、春が訪れるとは限らないのだとしても。
 望む形であるとは、限らないのだとしても……。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/02/21
得票数:カッコいい11  せつない9  えっち1 
冒険結果:成功!
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