<リプレイ>
● 朝からちらほらと舞っていた雪が、昼ごろには大分強くなり始めていた。 雪質は良好だったが、視界の悪化もありペンション「トレイス」の宿泊客達は、全組がこの時点で宿内に帰ってきている。 もちろん能力者たち9人は午前中からペンションに入り、間取りの確認や作戦のための下準備を進めていた。 「小説の舞台としては結構好みなんだが」 「実際にそうなるとなかなかいただけないね……」 宿泊予定の部屋で、ぼやくのは真浪・忠史(豪龍拳士・b00075)と鳥山・来雨(さよならレイニーデイズ・b61324)。 共にミステリー好きの2人だが、実際にそれを体験するとなると――まして、人命を懸けてと言う事になれば状況を楽しむわけにもいくまい。 「じゃ、いきますね真浪先輩」 「あぁ」 来雨は無数の黒燐蟲に姿を変えると、忠史の身体に憑依。これで外見上は孤立していても、緊急の際には2人で対処に当たれるというわけだ。
(「難儀な出現条件の地縛霊なことで……俺もスパイ見習いらしく、潜入工作(アンダーカバー)といくぜ」) いち早くペンション内の間取りを把握したテーオドリヒ・キムラ(幻炎の灰狼・b37116)は、自分の担当である厨房へと忍び込んだ。 本格レストラン並の広さと充実した設備が整っており、隠れるスペースはいくらでもあった。シェフは既に客達の為に料理の準備を始めており、テーオドリヒは彼の様子を監視しながらその場所に身を潜めるのだった。
「でね、ヒロったら『もし生まれ変わってもアユと一緒になりたい』なんて言うの! もう、超恥ずかしい〜!」 「おいおい、バラすなよ。恥ずかしいじゃないかこいつぅ」 「きゃーん♪」 「(これが惚気話……なんですか? 涼子?)」 「(……リア充爆発しろ、リア充爆発しろ)」 クロエ・ノーティス(究極被虐生物・b65526)の問いかけも、志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)の耳には届いていない様だった。 いずれにしても、そうした聞き手の様子に気づく余裕もないほど、カップルはイチャつきながら2人の馴れ初めやらこれからのことなどを話し続けている。 間を持たせることが出来るかどうか不安だったクロエだが、その心配は杞憂に終わった様だ。
「随分強まってきたようでござるな」 「ええ……でも、天気予報によれば明日の朝には晴れると言っていましたから。心配は要りませんよ」 窓越しに外の様子を眺める張・神武(武演舞者・b73999)に、いかにも紳士といった立ち居振る舞いのオーナーが優しい口調で告げる。 「鎌倉かぁ。俺達は東京から」 「そうなんだ。スキーをしに?」 「んー、ってかボード。君達は?」 一方、少し離れたところではセルシアス・エーテル(デンジャラスガール・b35828)、照山・もみじ(陽だまりの歌い手・b53306)の2人が、高校生4人組と世間話を始めていた。 「皆さんの楽しんでいる姿や、真冬の澄んだ空気に触れて、素敵な歌が作れたら良いなぁと思って泊まりに来ました」 「え、歌手なの!? すげぇ!」 「もし宜しければ、曲作りの参考にいろんなお話しを聞かせて貰えたらうれしいです♪」 年頃が近いこともあって、打ち解けるまでにさほどの時間は掛からなかった。
「倉沢さん、201号室の明鏡と申します。不躾な話なのですが、ポーカーかブラックジャックのお相手を願えませんでしょうか?」 明鏡・止水(白燐蟲使い・b06966)は、朝方から自室に篭り切りの中年男性――オーナーによると、彼は倉沢というフリーのライターらしく、度々ここを訪れては缶詰状態で執筆活動にあたっているのだという――の部屋のドアをノックし、そんな誘いを持ちかけた。 「……済まないが、今忙しいんでまた今度にしてもらえるかな」 少しの間があって、帰ってくるのはそんな返事。 「あぁ、勿論ノーレートで。プラのチップを賭けて先に無くなった方が負けと言うルールではいかがでしょう」 とは言え、止水も簡単には引き下がらない。 「……君、金を賭けないでカードをやるのはカードに対する冒涜だと僕は考えているんだ。君がそのチップ1枚100円以上賭ける覚悟があると言うなら、相手になろうじゃないか」 「……ええ、解りました」 ドアが開くと口ひげを蓄えた中年男が姿を現し、止水を部屋へ招き入れる。 「もし出来たら、一階の広間で如何ですか?」 「皆の前で負けて、金を巻き上げられる覚悟があるならそれでも構わんよ」 かくして、止水は倉沢を誘き出す事に成功した。 これで、ひとまず一般人を全員保護下におくことが出来たと言っていいだろう。無論、まだまだ気は抜けないが。
● 夕刻に差し掛かり、山は猛吹雪に見舞われた。 窓の外は1m先も見えないほどで、外に出ることはかなわない。すなわち、完全にペンションはクローズドサークルと化したわけである。 「コール」 その頃になると、止水と倉沢のカード対決も佳境に差し掛かっており……。 「……ふふ、悪運もこれまでの様だな。フルハウスだ」 「すばらしい手ですね。ですが私もフォーカードです」 「ぐっ?!」 捲られたカードを凝視するや、歯軋りをする倉沢。この様子では、食事後にもリベンジマッチを申し込んできそうな勢いだ。 「それでね、子供は2人ほしいなって話してて〜」 「そう、それも男の子と女の子ひとりずつ」 「なるほど……」 「リア充爆発しろ……リア充爆発」 少し離れた場所では、いつ果てるとも知れぬカップルの惚気話が続いている。 クロエも慣れてきた様子で相槌を打ち、涼子に至っては口に出して嫉妬の言葉を繰り返していたが、カップルは完全に自分達の世界に入り込んでおり、全く気づく様子も無い。 「だからね、そういう時ははっきり言ってやればいいのよ」 「えーでもさぁ……」 「そういう時は男らしい態度を見せるべきでござる」 セルシアスと神武は、完全に打ち解けた様子で高校生組と雑談に花を咲かせていた。 「それで、もし宜しければ……」 「おお、素晴らしい! 実は私も楽器は少し齧った口でしてね。良かったらご一緒させて頂けませんかな?」 もみじはオーナーに掛け合い、食事の後のミニコンサートの許可を取り付ける。 「皆様、ご夕食の支度が整いましたので、食堂へお越しください」 間もなく夫人がやってきて、そう皆へ告げた。 「やれやれ、ようやくか」 (「お腹すいたなぁ……」) 忠史(と来雨)も手にしていた新聞を元に戻し、腰を上げる。 彼はこれから立てるフラグに説得力を持たせる為、敢えて皆との接触を図らず、気難しげなキャラを演じていた。
「「おおっ……」」 上がるどよめき。 シェフとオーナー夫妻がフル回転で運んでくる料理は、地の物である山の幸のみならず、海の幸をふんだんに取り入れた豪華なフルコース料理。 オーナー曰く「こんな場所では、料理くらいしかサービスできることが無い」と考え、一流のシェフであるフレド氏を専属として迎えたのだそうだ。 「なるほど、予想以上だわ」 「これだけでも来た価値があるってもんですぅ」 「すごく美味しそうな匂いだと思ってたんだ。やっと食べられるな」 「こんなすげぇ料理、生まれて初めてだ!」 ごく普通の高校生である4人は勿論、能力者たちにとってもご馳走には違いない。特に作る過程をじっと観察していたテーオドリヒにとっては、ようやく食べられると言う想いもあるようで。 ともかく、皆集まっての食事タイム。誰かが襲われる心配もなく、心置きなく料理に舌鼓が打てると言うわけだ。
● 「実に美味な料理でござったな」 「ほんと、超美味しかったー!」 デザートのジェラートを完食し、食後のエスプレッソが運ばれてくる頃。オーナーが皆へ呼びかける。 「食事は楽しんで頂けましたかな? 先ほど伺ったのですが、こちらの照山さんは歌手として活動されておられるとの事。彼女のご厚意で、ミニコンサートを開いていただけると言うことになりました」 拍手の中、ステージへ上がるもみじ。どうもオーナー夫妻は共に音楽を通じて知り合った様で、夫人はピアノ、オーナーはバイオリン奏者なのだそうだ。 吹雪に閉ざされたペンションで、静かに紡がれる旋律。 それは次第に大きく、緩やかに、時に激しいうねりを生み出す。 そこにピアノやバイオリンの調べが複雑に絡み合ってゆくにつれ、聴衆の心は完全に曲の世界観に引き込まれた。 席を立つものはおろか、しわぶき一つ聞こえない中で、一曲目が終わりを迎える。 「すごーい!」 惜しみない拍手が贈られ、ステージ上の3人も会釈でこれに応える――が。 「そんなザマでよくもまあプロなんて言えたもんだな」 忠史は椅子に腰掛けたまま、言い放つ。 「……私の歌、お気に召しませんでしたか?」 静まり返る食堂。もみじは少し間をおいてから問い返す。 「あぁ、時間の無駄だな。やはりロック以外の音楽はクソだ」 「真浪さん、私もロックは好きだよ。しかしクラシックやジャズにも同じくらいの魅力が――」 「俺は部屋に戻る」 穏やかに治めようとしたオーナーの言葉すら遮り、忠史は席を立つ。そのまま、自室のある2階へと行ってしまった。 「……サテ、本当は私ももっと聴いていたいのデスガ……後片付けをしなくては」 深々と礼をすると、フレド氏も席を立ち厨房へ。 「おっと、俺もちょっと」 慌ててテーオドリヒは彼の後を追いかける。 「照山さん、次の曲はどうしましょうか?」 「あ、はい! じゃあ次の曲は……」 残りの人々は、引き続きコンサートを聴くことにした様だ。
「ふー……」 自室に戻り、目覚まし時計を操作し始める忠史。 人命を守るためとは言え、心にも無い言葉を口にするのは辛い物だ。しかし―― ――ガタンッ。 その甲斐あって、バスルームの方から不振な物音。 「お前ら……一人ずつ殺す……全員……ここから出さない」 現れたのは、青白い顔にぎらつく目玉。そしてべっとりと血糊のついたナイフを手にした屈強な男。 「やっと出てきたね。ご馳走を食べそびれた分、容赦はしないよ」 憑依を解き、姿を現す来雨。 忠史も目覚まし時計を最大音量で鳴らしつつ、身構える。 ただ、防寒の為に極力隙間を無くす様に設計されたペンションの防音効果は高く、まして一階ではコンサートが行われている。仲間がこの音を聞き取れるかどうかは、定かではない。
● 「ほんとすごーい! なんか涙出てきた」 コンサートは大いに盛況で、曲が終わるごとに惜しみない拍手が贈られる。 「……」 セルシアスはちらりと時計を見上げ、仲間達と目配せをしあう。 忠史達やシェフらが移動して暫く経っており、いまだ連絡は無いものの、ピアノの音等にかき消されて聞こえていない可能性を考慮すべきと考えたのだ。 「あちゃー……あたしとした事が、部屋に忘れ物しちゃった。ちょっと取って来るわ」 「私も……ちょっと」 セルシアスとクロエが席を立ち、それぞれ忠史の部屋とキッチンのフォローへ向かう。 「じゃあ、一旦小休止を挟みましょうか。皆さんに何か飲み物を」 「あ、拙者も手伝わせていただくでござるよ」 夫人がお茶の用意をするのに、神武も手伝いを名乗り出て共に部屋を出る。
「はぁっ!」 青龍の力を帯びた忠史の拳が地縛霊の顔を捉え、次いで来雨の瞳が禍々しい呪いを帯びて敵を見据える。 地縛霊のナイフも鋭く振るわれるが、2人には回復の術もある。五分以上の戦いを展開出来てはいたが、敵もさるもの。楽に倒れる気は無いようだ。 ――バタンッ。 「ごめん、待たせちゃった?」 ドアを開けて敵の姿を見据えるなり、魔方陣を展開するセルシアス。 「よし、2人とも一気に行くぞ!」 戦力が整えば、時間を懸ける必要も無い。忠史は極限まで練り上げた気を人差し指に宿らせ、地縛霊の額を突く。 「グワアァァァーッ!!」 同時に、来雨の魔眼とセルシアスの弧状の蹴りが見舞われれば、さすがの地縛霊も耐える術は無かった。 断末魔の叫びと共に霧散してゆくが、その叫びが一階の人々の耳に届く心配は無いだろう。
● 「有難う御座いました」 ステージ上の3人がお辞儀をし、皆が惜しみない拍手を贈った所でミニコンサートはお開き。 各自、自由に過ごし始める。 「任務も終わったし、折角ここまで来たからには楽しまないと!」 「ええ、明日はスキーでも滑りたいですね」 一つ伸びをしながら言うセルシアスに、頷きながら相槌を打つ止水。 「明日も……誰一人欠ける事無く明日も食事が出来るのですね……」 「明日も惚気話を聞かされる様なら、思わぬ惨劇が起こるかも知れませんけどねぇ」 小さく呟くクロエに、悪い冗談を返す涼子。 「そんなに喜んでもらえて、ワタシも嬉しいデス。明日も腕にヨリをかけて作りマスヨ」 「……はぁ」 一方、シェフの護衛に当たっていたテーオドリヒは、用意していた言い訳をどう曲解されたのか、皿洗いを手伝う羽目になっていた。 「料理、食べてないんだよね……」 役損の来雨はこれから、持参したお菓子で食欲を満たす予定。 「もみじちゃん、良かったらまた明日も聞かせてほしいなぁ」 「ええ、良いですよ。喜んで」 もみじはすっかり客達に大人気となり、翌日もステージに立つ事をせがまれるほど。 姿の見えない忠史は自室で独り、任務完遂の余韻を味わっている様だ。被害者を出さずに済み、悪役に徹した甲斐があったと言うものだろう。 「また一歩、でござるな」 神武も今回の任務で、新たに何かを学んだ様子。
かくして、一行はこれから学園に戻るまでの間、このペンションで日ごろの疲れを癒す。 このペンションで、殺人事件が起きる事はもうないだろう。
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参加者:8人
作成日:2010/02/28
得票数:楽しい10
カッコいい1
知的7
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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