ただ、たったひとつの言葉を残して


<オープニング>


 今はもう使われていない旧校舎の音楽準備室。
 カーテン越しに漏れる入日影が、薄暗く小さな部屋に茜を差す。
 ポッペン。ポッペン。
 古びた教室机の上に座る夏帆が息を吹き入れるたび、手の中のビードロが小さく謳う。絹のように薄い冬の陽は瑠璃の硝子に緋を落とし、浮かぶ光は七色に揺れた。
「亮太はいいなー。もう推薦決まったんだっけ? 高校」
 ひとつ大きなため息を吐くと、夏帆は窓の外の空を見上げた。穏やかに流れる蝶々雲を眺めながら、今日あった事、家での事、部活の事……思いつくまま唇に乗せる。
「お前とも、長いよな」
 話を区切るように、亮太が呟いた。
「そーだねぇ。幼馴染みだもんねぇ。いつだっけ? 初めて会ったの。確か──」
「ずっと、変わらないと思ってたのにな」
「……えっ?」
 夏帆は思わず振り向く。
 どこか陰りのある少年の顔に、ビードロを手にしたまま立ち上がると、大きな眸を瞬かせてその顔を覗き込んで、笑う。
「大丈夫だよ! ま、亮太が行く高校、私にはちょっとレベル高いけど……でも、この間の入試はバッチリ手ごたえあったし! ほら、もしダメだったとしても別に一生会えなくなるワケじゃないじゃん?」
 ──一生、会えなくなる。
 その言葉に、亮太の顔が一瞬、歪んだ。
「? 亮──痛ッ」
 夏帆の身体が無意識に跳ねた。鈍い痛みを伴う指先へ視線を落とすと、またやっちゃった、と浮かび上がる緋色の血に落胆する。
「この机の端っこ、削れて尖ってるのすぐ忘れちゃう。……あ、今『何度も同じ事やってバカだなー』とか思ってるでしょ?」
 そう身を乗り出した夏帆の指先を、亮太が咄嗟に手に取り口へと運んだ。
 最近、幾度となく繰り返す行為。
 舌を、喉を伝う至福の味に、小さな笑みが生まれる。
「りょ……亮太ッ。は、恥ずかしいからいいって──」
「……夏帆。明日も来るか?」
 亮太は唇を離すと、静かに問うた。
 愛しい人の血も。
 この想いを封じ込めておく事も。
 いずれ、我慢できなくなる──だから。
「伝えたい事が、あるんだ」
 少年の青白い肌に映るビードロの蒼い影が、陽炎のように揺らいだ。

「ほんのちょっとだけど……暖かくなってきたわね」
 集まった能力者等へと礼を告げると、藤沢・灯姫(小学生運命予報士・bn0253)は窓向こうの蝶々雲を見遣った。僅かに瞳を細め、また能力者等へと視線を戻す。
「今回お願いしたいのは、リビングデッドの少年の討伐よ」
 名は亮太。中学3年生の彼は、都内のとある中学校に通っている。
 けれどそれは、今となっては仮初の生活。不慮の事故により、彼の命はもう──尽きていた。
「……彼の傍には、いつも幼馴染みの少女がいるの」
 名は夏帆。亮太と同い年の幼馴染みで、ふたりはいつも一緒だった。それは、亮太がリビングデッドとなって蘇った今でも変わらない。このままではいずれ、亮太は大切な幼馴染みを手に掛け、殺してしまう。血の欲に耐え切れずに。
「旧校舎の4階にある音楽準備室……ふたりは、放課後になると良くそこへ行くみたいね」
 今から向かえば、亮太が準備室にいる頃合に辿り着くだろう。小さいとはいえ、部屋はそれなりの広さがあり戦闘には不自由ない。
 準備室への扉は廊下と音楽室の2ヶ所。双方の扉、および廊下へと続く音楽室の扉は施錠されていないから、侵入も容易だろう。
「戦いとなれば、亮太さんは手にしたサバイバルナイフを振り回して攻撃してくるわ。見かけによらずそれなりに俊敏で力もあるから、油断はしないでね」
 そして彼を支援するかのように、どこからか小さな野鳥のリビングデッドが2体現れる。攻撃は羽ばたきによる鎌鼬のようなもののみだが、その素早い動きには注意が必要だ。
 ただ、と灯姫はそこで言葉を句切った。俯き、ほんの僅か思考を巡らせると、能力者等へと視線を戻す。
「あなた達が到着してから少しすると、夏帆さんがその音楽室へと現れるの」
 時間にするとおおよそ30分。
 つまり、現地に到着してから30分後には、夏帆が音楽室の扉を開けると言うのだ。
「亮太さん……夏帆さんに告白するつもりみたいね」
 少年の告白に少女がどう答えるかは解らない。
 けれど、それがふたりにとっては最後の会話である事は確かだった。
 告白を待ってから討つか──それとも。
 灯姫は小さく頭を振ると、彼を討つタイミングは任せるわ、と能力者等へと判断を委ねた。
「ずっと変わらないもの……いずれ変わってゆくもの。彼は……彼女は、どちらを望んだのかしらね」
 説明を終えた後、誰ともなしに紡がれた言葉が教室に響いた。
「……じゃあ、気を付けてね」
 最後にそう言うと、灯姫は勝ち気な笑みを浮かべて能力者等を見送る。

 静けさが戻る教室。
 少女はひとり、硝子窓に滲む青空をそっと仰いだ。

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参加者
藤乃・夜那(紫彩の翅・b00198)
樹・吉野(永訣のサウダージ・b16185)
霧島・茜(安閑小娘・b29316)
倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)
司狼・朱鷺親(灼惧仁・b37959)
骨咬・まゆら(グランギニョルの娘・b43009)
猛海・シャチ(わだつみの水練忍者・b43692)
風雅・月媛(月の光は黒猫となりて戯れる・b55607)
穂宮・乙樹(黒髪の妖精・b62156)




<リプレイ>

●人ノ心
『明日も来るか?』
 もはや明日が来る保証なぞ、どこにもないというのに。
 何故、直ぐに伝えなかったのか。
 昨夜はそう己の不甲斐なさを責めながら、昇る朝日をただひたすらに待った。
 祈るように組んだ指は震え、いつまでも明けぬ夜に恐怖した。
 伝えたい。
 ──血ガ欲シイ。
 その笑顔に、どれだけ自分が救われたかを。
 ──彼女ノ血ガ。
 キミが誰よりも、愛おしいのだと。
 ──飢エヲ満タスタメニ。
「……違うッ!」
 向かう机の天板を、亮太は苛立ちに任せて強く叩いた。
 思考を一瞬にして塗り潰し、支配する。
 気づかぬ内に奪われる意識に、亮太はただ戦慄いた。咄嗟に窓辺に置かれた瑠璃のビードロを掴み、縋るように、されど壊さぬように柔らかく胸に抱く。
 この想いはきっと、今の己に残された『人』として最後の、綺麗なもの。
 けれど、気持ちを伝えたとて彼女に要らぬ悲しみを与えるだけではないのか。
 いずれ、『己』は消える。
 この絶望的な衝動に飲み込まれて。
「……」
 亮太は身体を起こし、しばらく掌のビードロを眺めた。夕映えに煌めく瑠璃に僅かに眸を細めると、そっと窓辺に起き、小さな紙とペンを取り出した。

●ココニ在ル意味
「卒業式の準備係とは、めんどくさいねぇ……」
「……ッ!」
 のんびりとした声と共に開いた引き戸に、亮太が顔を上げた。待ち人ならぬ姿を見留め、身構える。
「……誰だ」
「おや、誰かいるとは思わなかった」
 強張る声は、怒りではなく畏れ。故に霧島・茜(安閑小娘・b29316)は、そのままの口調で言葉を続ける。
「タクトってどこにあるか知ってる? 先生が使いたいんだって」
「……確かそこの戸棚」
「ありがとう。ちょっと失礼するよ」
 茜は一言添えて準備室へ入り、戸棚を漁り始めた。その背後、音楽室と繋がる扉からは黒猫へと変化した風雅・月媛(月の光は黒猫となりて戯れる・b55607)が忍び込む。彼女の身体に潜むは、黒蟲の力にて憑依した骨咬・まゆら(グランギニョルの娘・b43009)。
 振り向き、音楽室へと続く戸口へ小さく頷く月媛。闇を纏いながら扉の裏に隠れる樹・吉野(永訣のサウダージ・b16185)も笑みを返して扉を閉めると、息を潜めて刻を待つ。
「あ。あった」
 使い古されたタクトを手に取り、茜は背後を過ぎった黒猫の気配に微笑する。
「卒業の季節かぁ……茜も来年は受験だ。いやなもんだねぇ」
 茜はどこか戯けたように零しながら準備室を後にした。後ろ手で扉を閉める傍ら、影纏いて忍ぶ司狼・朱鷺親(灼惧仁・b37959)に首肯すると、その後方、廊下の角から手招きする倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)へと駆け寄った。
「リビングデッドの少年と、幼馴染みの少女の、最初で最後の告白……ね」
 物陰に身を潜めながら、誰ともなく穂宮・乙樹(黒髪の妖精・b62156)が独りごちる。
 何が彼を再び蘇らせたのかは解らないけれど、好きな人を殺めてしまうほどの苦しみはないから。
 だからせめて最後に想いを伝えさせたい──それが、皆で出した答えだった。
「夏帆への想いが無念となって、リビングデッドと化したのだろうか……」
「伝えるために戻っても、その、愛しい人を殺める事になる……もしかしたら、逆に夏帆さんを傷つけるだけかも、しれないのに……」
 壁に凭れ顔を上げる猛海・シャチ(わだつみの水練忍者・b43692)の呟く声に、藤乃・夜那(紫彩の翅・b00198)が返した。向かいの窓硝子から漏れる柔らかな夕陽が、楚々とした黒髪を染め上げる。
「でも、亮太くんの大事な思い……夏帆ちゃんはどう受け止めるんでしょうね」
 やり切れぬ想いに、こころはたまらず瞼を伏せた。
 いずれにせよ、ふたりを引き裂かねばならない。
 躊躇いも、同情も。
 全ては夏帆の命を危ぶむだけのものでしかなかった。
 それでも、とシャチは身体を起こす。
「せめて……亮太が人として生きた証として、その想いを伝えさせてやりたい」
 彼の言葉を知らぬまま一生憂い悩みながら命を終えるよりは、告げた言葉がいつしか安らぎとなって欲しいと、祈らずにはいられない。
 シャチの言葉に、茜もひとつ息を吐いた。
「まぁ、告白できるだけよし。結果がどうであれ」
「大丈夫。どんな結果でも、きっとうまくやれる」
 どんな未来も悲しい別離を呼ぶけれど。
 愛しい人を殺め、なお生き続ける──そんな辛い結末には、絶対にさせない。
 そう眸に意志を宿し、乙樹は仲間へと笑顔を向けた。

●別レ路
「亮太ぁ! 亮太!」
 ビードロの唄口から入れた小さな紙が硝子の底に当たると同時に、引き戸が開いた。
 亮太は咄嗟にビードロを窓辺に戻すと、夏帆へと身体を向けぎこちなく微笑する。
「私、同じ高校受かったよ!」
 夏帆は勢い良く扉を閉めて両手を挙げながら、腐れ縁はどこまで続くのかねぇ、とからかうように、けれど心から愉しそうに亮太に駆け寄った。
(「なんて、残酷な選択……」)
 告げても、告げずとも。
 残された少女はきっと、その記憶を抱いて悲しみと共に生きてゆくのだろう。
 それでも、まゆらは彼等の叶わぬ幸せを願わずにはいられなかった。そんな非情に徹しきれない己の方が、余程罪深いのではいか。そう、自嘲気味に笑う。
「……亮太?」
 扉越しに耳を欹てていた吉野も、短く息を吐く。
(「ゴーストには、絶対に容赦はしない。それが、能力者の務め……ですが」)
 最後の10分間。
 彼が人として想いを伝える時こそは、己も能力者ではなく人としてあらんと。
 陽の滲む床へと吉野が視線を落とした時、その耳に亮太の声が届いた。
「夏帆」
 短く名を呼ぶ声に滲む、僅かな悲しみ。
(「……頑張って」)
 月媛が、その翡翠の双眸にふたりを映す。
 告白をさせない。
 そういう選択肢も確かにあった。
 けれど、いずれにしても夏帆に心残りはできてしまう。
 ならば今は、死を受け入れられず還ってきた亮太の想いを掬ってあげたい。
 仮初であれ、彼の生きる意味すら、奪いたくはないから。
(「でも、単純な告白じゃ駄目」)
 もう刻はない。
 戻らない。
 故に、これは最後の告白であり、別れの言葉でなければならない。
 彼女を想うのなら、その想いで彼女を縛らぬために。
「何?」
 眸を丸くし小首を傾げる夏帆。
 ──血ガ。
 その滑らかな首筋に、自然と視線が止まる。
 ──血ガ欲シイ。
 ──ソノ血ヲ飲ミ干シテ満タサレタイ。
 血ガ欲シイ。
 血ガ欲シイ。
 血ガ欲シイ。
 不意に浮かんだ欲望に、亮太は激しく頭を振った。
 嗚呼。
 もう。
 もう、無理なのだ。
「どうしたの? 大丈夫?」
 気遣う声。
 彼女には、笑っていて欲しい。
 どんな時でも、いつまでも。
 もう、自分は隣で支える事も、見守る事もできないから。
 亮太は静かに顔を上げると、制服の第二ボタンを引きちぎり夏帆へと投げた。
 口元には、精一杯の笑顔。
「それ、合格祝いにやるよ」
「あはははっ。ありがとね。ありがたーくもらっときます。どうせ、残しといても貰い手ないんだろーしね」
「言ったな……!」
 夏帆の首に腕を巻き、絞める振りをしながらはしゃぐ。夏帆は滑るように亮太の腕から逃れると、ボタンを夕陽に翳してしばらく眺め、丁寧に制服のポケットへとしまった。
「……オレ、笑ってるお前が一番好きだ」
「何それ? 告白?」
 真っ直ぐに向けられた視線に、夏帆が戯けたように尋ねる。
 ほんの僅か、亮太は息を止め──そうして微笑する。
「バーカ。単に言いたかっただけだよ」
「それだけのために呼び出したの?」
 またころころと笑い出す夏帆へ、そして頷く亮太へと、月媛が視線を移す。
(「そう……それが、あなたの出した答え、ね」)
「夏帆いるー? 先生が呼んでるよー」
 廊下から響く乙樹の声。疑う事なく戸口へと踵を返す夏帆へ、亮太が静かに問う。
「なぁ……明日もここに来るか?」
 己に明日があるのかはもう、解らない。
 いや──きっと、もうないのだろうけれど。
「そりゃあ、亮太がいるならね!」
 少年の問いに、少女は柔らかな笑顔で答えた。

●人トシテ
 並びながら廊下を歩いていた乙樹の指に、眠りの符が生まれた。抗う事もできず、夏帆は眠りへと堕ちる。
(「亮太があなたを殺してしまう存在になった以上は、私達にはこうするしか出来ないの」)
 解ってとは言わない。
 せめて、前を向いて生きてと、願う。
「おやすみ……どうか良き夢見を」
 囁く乙樹。その背後で、一際大きな音が鳴った。

「……誰だ、お前等」
 亮太は、眼前に立ちはだかった男女へと問いかける。険しい声音を裂くように、戸棚の上から黒猫──月媛が飛び降り変化を解くと、まゆらもその身から離れ姿を現わした。
「なっ……!?」
「あなたの存在が、いずれ夏帆さんを殺す」
「お前等……何でそんな──」
 動揺する亮太の視線とまゆらのそれが、交差する。
「……だから、私はあなたのために、あなたを殺します。──ダンテ」
 自己強化するまゆらの翳した指の先へと、相棒たるケルベロスオメガが跳躍した。瞬時に亮太の背後を取ると、窓を覆うように立ちはだかりその退路を断つ。
 己の身に向けられる意志に亮太の視線が惑い、そうしてこころの姿を捉える。
 艶やかな黒髪が愛おしい少女の姿と重なり、視界と思考が霞む。
 ──夏帆ノ血ヲ。
「違う……違う!」
 亮太は懐からサバイバルナイフを取り出すと、深く踏み込み、瞬時にこころの懐へと飛び込んだ。
 閉じられた眸。それでも衝動を振り払うように薙ぐ切っ先はこころの衣服を裂き、その肌に鮮やかな緋の一閃を生む。
「ひっ……!」
 自ら付けた傷に、亮太は戦き顔を強張らせた。
(「疾い……けど!」)
 脇腹に響く痛みを堪え、こころはナイフにプログラムを螺旋に纏わせ、亮太の胸へと突き出した。
「漸く大事な思いを伝えたばかりの貴方を倒さなくてはならないのは、心苦しいですが……!」
「ぐ……ぁあ……!」
 陽炎の如く揺らめく少年の身体。朱鷺親は手にした異武軻遇突智を高く掲げ、旋回させる。
「まだ何もかもこれからという時に、思いを残して逝くのは辛いかもしれん。……だが、理を外れてしまった者が、未来ある者と共に在る事は出来ない」
「こ、とわり……外れた……」
「貴方の気持ちは素晴らしい。……けど、もう貴方は死んでるのよね」
 茜の言葉に、亮太が瞠目する。
 それは、紛れもない現実。
 ──夏帆ノ血ガ欲シイ。
 腹の底から突き上げるような暴力的な衝動は、明らかに人のそれではなかった。
「その異形の力も、人のものではありません」
 消えゆく者にとっては、何の意味もないかもしれないけれど。
 自己満足かもしれないけれど。
 それでも、言は尽くしたい。
 吉野の凜とした瞳が、真っ直ぐに亮太を捉える。
「夏帆さんの血を、身体が求めているのでしょう?」
「あ……あぁ……」
 狼狽する亮太の肩と腕に、僅かに開いた窓から舞い込んだ青い鳥が留った。笛のような音で囀りながら羽ばたくと、強化を終えた茜と、彼女へと背を預けていた月媛へと旋風を巻き起こす。
「Phosphor! 私は構わないわ──全力で踊りなさい!」
 無数に奔る傷に耐える主の声に月媛のケットシー・ワンダラーも振り返り頷くと、尾の鈴を奏でながら全てを一時の舞踏へと誘う。ダンテも亮太の背後からその背の刃を突き立てる。
「しばらく……ご辛抱を」
「お待たせ! 大丈夫!?」
 後方で癒しの舞いを踊る夜那の傍らで乙樹が野鳥へと呪いの符を放ち、シャチがこころへと白燐蟲を纏わせる。
「……わだつみ忍法・夜光蟲の術」
 せめて魂の安らぎとなれば。
 シャチの奏でる笛の音と共に痛みが引いてゆく。こころは口元を緩めると、再び亮太へと拳を放った。少年を案ずるかのように舞う青い鳥の羽ばたきが夜那と乙樹を捕らえるも、茜のパラノイアペーパーが全てを巻き込み四散する。
「だめ……やめてくれ!」
 振り向けば、花片のように堕ちてゆく青い鳥の亡骸。その向こうの窓際に瑠璃の光を見つけ、亮太が駆け出した。
 皆が、構え直した獲物を振り上げる。
 せめて苦しまぬように、傷が残らぬように。想いの全てを、その一撃に乗せる。
 亮太の伸ばした指が、窓辺にあったビードロに届いた。引き寄せるように抱え込み、膝をつく。
 これだけは。これだけは。
 堪えきれず零れる涙が、ひとつ、またひとつと床に染みを生む。
 最後の、綺麗なもの。
 もうこの身は人でないのだとしても。
 どうか、この心だけは。
「今なら、人として死ねるのか……?」
 背中越しにくぐもった声が響く。
 最後の問い──いや、『願い』に、直ぐに答えられる者はいなかった。
 何が正しいのかは、解らない。
 けれど、彼がそれを望むのならば。
「ええ……きっと」
 放たれ爆ぜる力の中、吉野は静かに、されど確りと頷いた。

●残ス言ノ葉
 旧校舎の裏手。吉野と共につがいの鳥を弔うと、土を払いながら夜那が立ち上がった。
「……彼は、この青い鳥に何を願ったの……でしょう」
 幸せはすぐ傍にあると。
 それを知らせると言われる鳥は、彼に何かを与えたのだろうか。
 夜那は思いを巡らすもすぐに頭を振り、夏帆の安否を朱鷺親へ尋ねる。
「目を覚ましそうだったから……旧校舎の保健室に寝かせてきた」
「ビードロは?」
 寸刻前。
 事故を装うためにと、横たわり動かぬ亮太の骸へ戸棚を倒そうとした朱鷺親をシャチが止めた。ゆっくりと解いた亡骸の腕に、瑠璃に煌くビードロを見留める。
 拾い上げて陽に翳せば、中には小さな紙があった。細く丸められて硝子の底へと堕ちているそれは恐らく、割らなければ取り出せないもの。
「準備室の……窓際に置いてある」
 元よりそこにあったもの。それを他の場所へと移すのは、拭えない違和を生むから。仲間とのやり取りを脳裏でなぞりながら、朱鷺親が静かに返す。
「亮太くんが……最後まで言えなかった言葉、でしょうか」
「……どうかしらね」
 こころの呟きを短く継ぐと、月媛は保健室へと瞳を向けた。恐らくもうじき目を覚ますだろう少女へ、ごめんねと独りごちる。
 現実から目を背ければ、前を向いて生きる事などできやしない。
 けれど彼女ならきっと大丈夫だと、乙樹は踵を返した。
「せめて、今彼女の見ている夢が、幸福なモノで……ありますように」
 夜那が天を仰ぐ傍ら、まゆらと茜も倣って見上げる。
 変わる事も罪。
 変わらない事も罪。
 救われたのだろうかと自問すれど、各々胸に異なる答えが浮かびは消える。
「罪深きは詠唱銀、か……どうかゆっくり休んでくれ」
 シャチの祈りが、穏やかな春風へと溶けた。

 見渡す茜空は淡く澄み渡り、浮かぶ雲はその尾を薄く長くたなびかせ、穏やかに流れゆく。

『なぁ……明日もここに来るか?』
『そりゃあ、亮太がいるならね!』

 藍を滲ませながら窓辺を染める残照に、優しい記憶を抱いた瑠璃が瞬く。
 黄昏の満ちる準備室にはもう、誰もいなかった。


マスター:西宮チヒロ 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2010/03/09
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