思い出のイノシシ


<オープニング>


 下町でひっそりと営業している銭湯に、その剥製はあった。
 番台の掃除をしていた年老いた女将さんは、何かを感じてふと顔を上げた。
 背面に小窓があり、そこから玄関の様子が見て取れる。小窓の下にイノシシの剥製が飾られていた。狩猟が趣味だった今は亡き夫が、山で仕留めた大物だった。記念にと、剥製にして銭湯の玄関に飾っているのだった。
 そのイノシシの剥製が、黄金に輝き出した。イノシシは顔を上げる。小窓から覗き込んでいた女将さんと目が合った。


「『黄金の林檎のメガリスゴースト』だね」
 予報士の少年は、集まった能力者たちにそう告げた。
「場所は下町の昔ながらの銭湯だ。今は、年老いた女将さんが1人で切り盛りしている。狩猟が趣味だったご主人が、生前に仕留めた大きなイノシシの剥製が入り口に飾られていてね。そいつにメガリスゴーストが憑依したんだ」
 イノシシの体長は2メートルほど。吹き飛ばしを伴う強烈な体当たりと、噛み付き攻撃が主体だということだ。また、咆哮を上げると体力が回復すると共に、攻撃力もアップされるという。
「戦闘が始まると、援護に野良猫のリビングデッドが3匹現れる。けっこう素早いよ。爪での引っ掻きと、麻痺が付加される噛み付き攻撃をしてくる」
 今から向かうと、ちょうどイノシシが小窓から覗いている女将さんと、目が合った場面に遭遇するらしい。
「女将さんは番台にいるから、直ぐに攻撃されるということはないけど、何らかの対策は必要だと思うよ」
 銭湯の玄関はそれ程広くない。全員が入ることも可能だが、玄関の前に自動車6台分くらいのスペースがあるので、外に誘導した方が有利に戦えると思うと、予報士の少年は言った。

「残念だけど、メガリスゴーストを倒すと剥製は壊れてしまう。女将さんにとっては、ご主人との思い出の品になるんだろうけど、女将さんの命の方が大事だからね」
 メガリスゴーストの撃破が優先される以上、致し方なしといったところだろう。
「あ、そうそう。終わった後にのんびりと銭湯に入りたいところだろうけど、君たちがその場を去らないと、世界結界が働かないから、任務が終わったら速やかに立ち去ってくれ」
 予報士の少年はそう念を押して、その場を締めくくった。

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参加者
春疾風・龍我(ドラゴンブレス・b00613)
島守・由衣(透空・b10659)
楫・涼音(マグスのしっぽ・b11342)
伊藤・洋角(百貨全用・b31191)
月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)
百鬼・ルル(氷れる炎の振るうは常盤緑の矛・b40707)
伊東・尚人(理の修行者・b52741)
エルアン・ファスニックモア(乙女なナイト・b61226)
静葛河・花束(小学生妖狐・b73874)




<リプレイ>


 能力者たちが、その銭湯に到着した正にその瞬間、玄関に飾られていたイノシシの剥製が黄金色に輝き出し、顔を斜め上に向けた。
 番台にいた女将さんが小窓から見下ろし、イノシシと見つめ合う形になっていた。まだ女将さんは、イノシシの異変に気付いていないようだ。
 3つの影が玄関に飛び込んでくる。
 素早さを生かして駆け込んできたエルアン・ファスニックモア(乙女なナイト・b61226)は、男性の脱衣所へと続く扉をガラリと開ける。
 次いで飛び込んできた伊東・尚人(理の修行者・b52741)がそのドアの前に陣取り、僅かに遅れて伊藤・洋角(百貨全用・b31191)は、その脇をすり抜けて脱衣所に転がり込んだ。3人の見事な連係プレイだった。
「大切な思い出の品を壊すのは忍びないですが、今我々に出来る事は被害を最小限に食い止める事だけです」
 尚人はイノシシの動きを警戒する。守れる命ならば、守り通さねばならない。
 番台にいる女将さんは何が起こったのか分からずに、口をあんぐりと開けて、転がり込んできた洋角の姿を見つめている。女将さんに眠ってもらう為に手にしている眠りの符を投じたい洋角なのだが、まだ体勢が整っていない。
 黄金のイノシシは、その視線を女将さんから突然の侵入者たちへと向けた。喉を低く鳴らし、尚人とエルアンを威嚇する。
 至近距離だが、2人は攻撃を我慢した。玄関内での戦闘は、避けるべきだと考えていたからだ。仲間を信じ、ここは堪えなければならない。尚人は守りに徹する覚悟で臨んでいた。
「貴方の相手は、僕らだ」
 外で鋭い声が響く。百鬼・ルル(氷れる炎の振るうは常盤緑の矛・b40707)の声だ。「Re-go」から撃ち出された攻撃が、黄金のイノシシの体に突き刺さる。
 イノシシの注意が玄関の外へ向けられた。その瞬間、伸びてくる光の鎖。タイマンチェーンだと思えた。
「貴方の相手はこっちにいるわよ!」
 続いて襲い掛かってきたのは、蛇の如くうねる雷撃。島守・由衣(透空・b10659)のライトニングヴァイパーだ。
「イノシシは任せとけ! そっちは任すぞ!」
 春疾風・龍我(ドラゴンブレス・b00613)はイノシシに対して1対1の勝負を挑むが、イノシシは鼻先でその鎖を払いのける。タイマンチェーンは不発に終わったが、イノシシの注意を引き付けることには成功した。イノシシはルルと龍我、由衣たちを自分に危害を加える敵と認識し、怒りの形相で咆吼を上げると外へと飛び出していく。
「イノシシが外へ出た!」
 エルアンの声を耳にした洋角は、立ち上がると導眠符を女将さんに向かって投じた。
「……すいません、少しお休みください」
 眠りの符は女将さんの額に張り付くと、瞬時に女将さんを深い眠りへと誘う。洋角は玄関に戻り、入口に陣取っている尚人とエルアンの後ろに付いた。目の前のイノシシや、間もなく現れるであろう野良猫のリビングデッドたちが、銭湯に入ってこないように、この場で壁として立ちはだかる。

 玄関から勢いよく飛び出してきた黄金のイノシシが、龍我とルルを目掛けて突進していく。その2人の前に、ケットシー・ワンダラーが躍り出る。楫・涼音(マグスのしっぽ・b11342)のアンリだ。
「アンリ、百鬼様たちの言う事をよく聞くんだよ?」
 相棒のその声に、アンリは任せておけという風に胸を張った。
「それにしても、本当に黄金に輝いているのね……」
 初めて遭遇した黄金の林檎のメガリスゴーストを眼前にして、由衣は素直な感想を口にした。話には聞いていたが、見事なまでのその黄金の体に、由衣は内心驚きを隠せない。
「……美味しそう」
 まるまると太ったイノシシの体を見て、ぼたん鍋を思い浮かべた月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)は、例え退治したとしても食することが叶わないイノシシに、少々がっかりと肩を落とす。かくなる上は、結社に戻ったら自分で作ろうと心に誓う。
「思い出が詰まった品物……付喪神が宿ればよかったのですけど……」
 静葛河・花束(小学生妖狐・b73874)は呟く。よりによってメガリスゴーストが取り憑いてしまうとは。
 花束の呟きが聞こえた由衣は、キッと前方のイノシシを見据える。亡くなった旦那さんの思い出の品が、女将さんを殺す事になってしまったらと考えるとゾッとする。そんなことは旦那さんも望んではいないはず。
 止めてみせる。
 由衣は【Ancestral Recall】を構えた。
 何かちょっとやりづらいと、涼音は思う。しかし、倒さなければ女将さんが危険だ。とにかく倒さなければならない。
 ルルの相棒のケルベロスオメガ――ケケレが、イノシシを挑発するように低く唸った。


 時間に余裕があるわけではない。
 のんびりと戦闘を行っていれば、何かの拍子で一般人が紛れ込んでしまう可能性もある。
 黄金のイノシシの咆吼に呼び寄せられたのか、銭湯の裏手の方から野良猫のリビングデッドが駆け寄ってくる。数は3匹。
 星が緩やかに手を翳すと、辺りに霧が立ち込めてくる。相手の攻撃力を削ぐ力を持つ、魔蝕の霧だ。イノシシ、そして3匹の野良猫のリビングデッドが全てその影響下に置かれる。
「なるべく修繕出来るレベルで破壊……は、無理かねェ?」
 イノシシの注意を引き付けるように動きながら、龍我は仕掛けるタイミングを計る。
「こういう、大事なものを壊すようなのは気が引けるんだけどなァ」
 思い出の品となれば尚更だ。とはいえ、メガリスゴーストに取り憑かれてしまった剥製は、倒す為には完全に破壊しなければならない。
 自分たちを狙ってくれていると確信した龍我とルルは、身を翻して後退する。イノシシを玄関から引き離す為だ。
 正に猪突猛進。黄金のイノシシは自分に直接の危害を加えてきた2人を、敵意を剥き出しにして追い掛ける。龍我の背中にガブリと噛み付くが、魔蝕の霧の影響を受けている為に、彼にとっては掠り傷程度のダメージしか入らない。
「仕方ねェか」
 龍我は反転し、「魔竜王」を構えた。
 3匹の野良猫のリビングデッドは、それぞれがバラバラに行動していた。動きは素早いものの、その行動を先読みすることは能力者たちにとっては容易だった。
 銭湯の入口に立つエルアンが黒き蟲たちを放つと、野良猫の集団の中心部で爆発させる。次いで、3匹が直線上に並ぶタイミングを見計らって、由衣がライトニングヴァイパーを放った。
 2人の連続した攻撃により、野良猫のリビングデッドは体力の半分以上を削ぎ取られた。
「いっけーっ、禍炎剣!」
 涼音の手にした「真バンガード」のページがパラパラと捲り上がり、炎の塊を生み出すと、野良猫のリビングデッドに向かって撃ち出された。魔力の炎によって、腐乱した体を燃焼させる。炎は仮初めの命を燃やし尽くし、リビングデッドをただの死体へと還した。
「邪を払う矢でも食らってください!」
 狙いを澄ました花束の破魔矢が、野良猫のリビングデッドの体に突き刺さった。倒すには至らなかったが、少なからずダメージは与えたようだ。
 アイヌ紋様施した拳法着が翻る。星の手から放たれるのは瞬断撃。「高速演算プログラム」によりその性能を高められた目にも止まらぬ一撃は、野良猫のリビングデッドの体を引き裂いた。容姿は可愛らしいが、攻撃はけっこうエグい。無表情のまま、ザクザクと攻撃を突き刺した。
 残りの1体は由衣に噛み付いて最後の抵抗を試みたが、まともな傷を負わすことは叶わなかった。


 踊りを誘おうとしたケットシー・ワンダラーのアンリの横を擦り抜け、黄金のイノシシが龍我に向かって突進する。
 やや後ろの位置にいたケルベロスオメガのルルが、レッドファイアで牽制した。それでもイノシシは怯まない。ドウッという凄まじい衝撃音と共に龍我の腹に突っ込むと、彼を後方に吹き飛ばした。
「!?」
 慌てたのはルルだ。一時的にせよ、イノシシに一番近い位置に自分が立っていることに気付いたからだ。
「アンリ!」
 状況が見て取れた涼音が、アンリにルルの護衛に付くように指示をする。
 玄関の守備をエルアンと洋角に任せ、尚人がイノシシに攻撃する為に駆け寄ってきた。
 野良猫のリビングデッドを殲滅させたメンバーも合流してくる。
 いかに獰猛なイノシシといえど、この数の能力者を1体で相手にするのは、無謀だと思えた。
「女将さんにとってお前自身大切なものだけど、ここで終わりだ、よ」
 エルアンの呪いの魔眼が、イノシシの背中を斬り裂く。
「こんなのでも、当たれば怖いんですよ!」
 花束の幻の炎が、イノシシの腹の下で炸裂した。イノシシは咆吼を上げ、受けたダメージを幾ばくか回復させる。しかし、続く連続攻撃でそれ以上のダメージを受けてしまう。イノシシは反撃の糸口すら掴めない。
 復帰してきた龍我が、黒き影を纏った「魔竜王」を振り下ろす。
「すまない、貴方の大切なものを――破壊させて頂く」
 銭湯の方にチラと視線を向けてから、ルルはライトニングヴァイパーを放つ。思い出の品を壊されたあと、女将は嘆くかもしれない。遺した人もこの世におらず、二度と手に入らない大切な品。それでも、彼女の命がなくなるよりずっといい。きっと夫も、それを望んではいないだろうから。ルルは女将さんとその御主人の双方に詫びながら、渾身の雷を放出した。
「在るべき所へ帰れ!」
 尚人の強烈な龍顎拳が、イノシシの眉間を砕いた。
 それがトドメの一撃となった。


 能力者たちの迅速な行動の成果か、女将さんが戦闘中に目を覚ますことはなかった。未だ、番台で船を漕いでいる。だが、直に目が覚めるであろう。のんびりしているわけにはいかない。
「お疲れ様でした」
 洋角が仲間に労いの言葉を掛けた。回復要員として準備していた彼だったが、幸いというべきなのか、彼が大活躍する場面はなかった。
 イノシシの剥製は、能力者たちの手で元の位置に戻された。
「寝てるときに誰かが入ってきて剥製を壊した……って器物損壊事件で幕引きかね」
 メガリスゴーストの呪縛から解き放たれたイノシシの剥製を見ながら、龍我は言った。原型が分らぬ程ではないが、簡単には修復できそうにないほどの破損ぶりだった。
 女将さんに怪我がなくて良かったと、回りが慰めてくれると信じたい。
 星が壊れた剥製の近くに、メモを置いた。メモには「こわしてごめんなさい」と、幼い子供のような字でそう書かれていた。近所の子供が誤って壊してしまったのなら、女将さんも諦めが付くかもしれない。女将さんは犯人探しなどしないだろうと、漠然とだがそんな確信もあった。
「……フルーツ牛乳飲みたかった」
 脱衣所には、年季の入った冷蔵庫があった。懐かしのフルーツ牛乳やらコーヒー牛乳、いちご牛乳等が並んでいる。湯上りのあの一杯は格別なのにと、星は残念そうな視線を送っていた。
「剥製は壊れてしまったけれど、旦那様との思い出はきっと女将さんの心に残っているはず。どうかその思い出だけでも大事にして、これからを生きて下さいね……」
 由衣は眠りの中にいる女将さんに、そっと声を掛ける。銭湯を荒らしてしまい、ごめんなさいと、心の中で詫びる。いつか機会があれば、お客として来てみたいとも思う。
「今度は何もないときに来たい、な」
 その由衣の思いが伝わったのか、エルアンが同じような考えを口にした。
「目に見える想い出は無くなりましたが、目に見えない様々な思いは今でも女将さんの中に息づいています。きっと立ち直ってくれると信じています」
 直人がそう言いながら、仲間たちの顔を眺め見た。
「僕、女将は強い人間だと思うんだ」
 ルルが肯いた。だからこそ、旦那さんを失った今でも、1人でこの銭湯を守り続けているのだろうと思う。旦那さんが遺してくれたイノシシの剥製を用心棒代わりにして。
 早く立ち直って欲しいと、ルルは祈る。
「女将さんには悪い事しちゃったけど、ここはさっさと逃げないとね。女将さんが起きる前に」
 涼音が場を纏めた。女将さんが起きてしまう前に、この場を立ち去らねばならない。
 花束が率先して銭湯を後にする。仲間たちも直ちに後に続いた。
 ある程度距離を離してから、ふと銭湯の方向を振り返る。
 屋根から伸びている煙突から、茜色に染まり始めた空に向かって、うっすらと白い煙が立ち上っていた。


マスター:日向環 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2010/03/09
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冒険結果:成功!
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