花の宴


<オープニング>


 春と言えば花見。
 町の片隅で工場を運営しているこの会社も、社員一同で恒例の花見を行っていた。
「さぁ盛り上がって参りました! 皆様、楽しんでらっしゃいますか?!」
 花見と言えば宴会芸。
 背広姿で頭にネクタイを巻いた酩酊サラリーマン風の男が、ハイテンションで問い掛ける――が、その男は社外の見知らぬ男。
「……あぁ君、場所を間違ってるんじゃないかね?」
「それでは僭越ながら、私の一発芸を披露させて頂きたいと思います!」
 社長が穏やかな口調で注意するが、全く聞く様子はない。男は、ノリノリで何か芸を始めようとしている様だ。
「取り出しましたのは、縦縞のハンケチ。これを手の中で数回揉んで息を吹きかけますと――なんと横縞になりました!」
「……」
 静まり返る一同。今までの盛り上がりが嘘の様だ。
「お前ら……何で盛り上がらないんだよぉぉ!!」
 ドン滑りした男は、それが観客達の責任であるかの様に激怒し、ビール瓶を振り回し暴れ始めた。
 こうして、和やかな花見の席は、阿鼻叫喚の地獄と化したのである。

「ええ、これは酔っ払いの喧嘩じゃないわよ。自然公園の一角にある桜の木の下に、地縛霊が棲み着いたの。今はまだ被害は出ていないけれど、春の花見シーズンになれば尊い命が危険にさらされる事になるわ」
 柳瀬・莉緒(中学生運命予報士・bn0025)の未来視を現実の物にしてはならない。これを阻止出来るのは、能力者達だけだ。

「地縛霊は、一見サラリーマン風の男性ね。かなり酔っ払ってるみたいで、武器はビール瓶での直接攻撃や、どうしようもない宴会芸でバッドステータスを与えたりしてくるわ」
 どうやら花見の席に執着があるゴーストの様で、盛り上がっている宴席に出現しては、しようもない芸を無理矢理見せる事が目的らしい。
 無論、ウケてもウケなくても、最終的に命を奪う事には違いがないのだろうが。
 このメインの地縛霊の他に、3体程のリビングデッドも出現する様だ。こちらは既に知性を失っている。
「出現条件は、問題の桜の木の下で花見――宴会をする事よ」
 今はまだ桜は開花しておらず、若干シュールな光景を展開しなくてはならないが、かなり盛り上がってみせないと地縛霊は出現しないのだから仕方ない。
「食べ物は有るわけですしぃ……花より団子の精神で、頑張って騒ぐしか無さそうですねぇ」
 志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)は仕方ないとばかりに言うが、地縛霊をおびき出す名目で宴会騒ぎが出来るのだから、満更でも無さそうだ。
「まぁ、そう言う事になるわね……花こそ咲いてないけど、ピクニック気分で楽しんで頂戴」
 それが地縛霊を呼び出し、任務を成功に導くことにも繋がるのだから。

「それじゃ、早速行ってきて頂戴。あなた達からすれば、そんなにシビアな任務じゃないと思うけど、気は抜かないでね」
 莉緒に見送られ、能力者達は現場へと赴くのだった。

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参加者
大門・優姫(閃光のゲテモノ寿司職人・b07905)
文月・昇(高校生ファイアフォックス・b30087)
サーシャ・ロマノヴァ(童姿の白き魔女・b49614)
八蜘蛛・炯(蒼き蜘蛛・b56015)
夜闇・亜利亜(螺旋状のアリア・b62751)
成海・雪隆(紅鴉・b63339)
烏丸・千早(風華剣舞・b72175)
観堂・乃愛(微笑みの運び手・b73183)
NPC:志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)




<リプレイ>


 広大な自然公園の片隅に、問題の桜の樹はひっそりとそびえ立っていた。
 つぼみはかなり膨らみつつあり、もう暫くすれば良い花見スポットにもなりそうだったが……。
「満開になっているのを想像しながらー……っていっても限度があるよねぇ」
「んー……もう少し後だったら桜も少しは咲いていたのだろうけどなー」
 観堂・乃愛(微笑みの運び手・b73183)のぼやきに、枝を見上げつつ烏丸・千早(風華剣舞・b72175)が応える。
 花はまだ咲いておらず、しかもこの日は冬に逆戻りしたような気温の低さ。
「へっくしょい! 大門さん、凄い格好ですねぇ」
「……まわりの目を気にしちゃダメだ!」
 鼻をすすりつつ、志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)は自分より遥かに薄着――パステルカラーの春服を纏った大門・優姫(閃光のゲテモノ寿司職人・b07905)を見遣る。
「花見って俺初めてだなー! 気分だけでもと思って花持ってきたけど、無理?」
 成海・雪隆(紅鴉・b63339)はそんな事を言いながら、持参した一輪のタンポポを差し出す。
「折角なら静かに花を見に来たかったですねぇ」
 八蜘蛛・炯(蒼き蜘蛛・b56015)は力なく笑いつつ、雪隆から受け取ったタンポポを小瓶にさす。
 イマイチ雰囲気は出ないが、ともあれ宴会騒ぎをしてみせなければゴースト達は現われないのだ。
(「宴の場に乱入するだけならまだしも、それで命を奪うとは言語道断」)
 と、ゴーストに対し静かな怒りを燃やす文月・昇(高校生ファイアフォックス・b30087)。
 ゴーストは大抵迷惑な物と相場が決まっているが、今回の敵もご多分に漏れない。
「ニッポンのエンカイはブレイコーらしいですが……公共の場で他人様に迷惑を掛けるような事をしてはいけませんね」
 サーシャ・ロマノヴァ(童姿の白き魔女・b49614)も、鉄板を用意しつつ数回頷いてみせる。
「こういう形でお花見をする事になるなんてね……まだ花が咲いていないけれどムードでカバーするよ」
 隠れ里でひっそり育ってきた夜闇・亜利亜(螺旋状のアリア・b62751)にとっても、こういうタイプの花見は新鮮な経験である様子。
 さて、そんなこんなでいささか奇妙な花見の宴が始まったのであった。


「皆さんの好きなものをお作りしますよ〜」
「じゃあ子羊の香草焼きを〜」
「ここにある食材で作れる物だけで」
 熱された鉄板の上、サーシャの手によりキャベツが炒められてゆく。
「俺もお菓子と弁当、あとろしあん団子もってきたぞー! 皆食ってくれっ!!」
 そちらが完成するまでの間、雪隆は持参した団子等を広げ始める。
「おぉ、花見と言えば団子ですねぇ。頂きますぅ」
「リアクション楽しみー」
「いやいや、私の鬼ツモには定評がありますからねぇ。ハズレなんて引くわけないですぅ」
 ワクワクしながらガン見する優姫に軽口を叩きつつ、団子をひとつ口に運ぶ涼子。
「……よし、これだ」
 千早も、持ち前の鋭敏感覚を働かせて団子をチョイス。他の皆も、各々団子を口に放り込む。
「雪隆の手作りロシアン団子ですか。全てが不味くてどれが当りか分らないなーんて……」
 そんな中、団子に手を付けず様子を見る炯。全てハズレなんて、若手芸人に対するいじめ企画みたいなそんな事が有るはず――。
「えっとな……辛子とわさびと納豆とー……」
 あった。まともな物がないのに気付いて、今更ながら青くなる雪隆。
「ごぶふぅっ!!?」
「うはーっ! さっすがリョーコちゃん! 期待を裏切りませんなぁ」
「戦う前からダメージとか勘弁してーっ」
 納豆入りの団子(当たりの部類かも知れない)を頬張りつつ、訴える乃愛。辛子やわさびを口にした者達は、喋る事すら難しい状態だ。
「戦闘に悪影響が出なきゃいいけど……」
 強靱な舌を持つ昇だけは、涼しげな表情でぼそりと呟くのだった。

「俺も食うぞ! うおお、うまそう!!」
「うん、凄く良い匂いだね」
 サーシャの料理と、千早お手製の弁当で口直し。
「それじゃ、そろそろカラオケタイムといきますか」
 花より団子という奴で、美味しい料理を食べれば自然とテンションも上がってゆく一同。乃愛がハンディカラオケを取り出す。
「そうだ、志筑さんにこれを」
「なんですかぁ?」
「ほら、このメンバーで唯一の今年の卒業生だから、卒業おめでとうございますってことで♪」
 千早から涼子に手渡されたタスキには「本日の主役」と書かれている。
「いやー、じゃあ僭越ながら私が主役を務めさせて頂きますぅ。何歌おうかなぁ」
「リョーコちゃん、一緒にデュエットやろーよ♪ この曲なんかどう?」
「お、良いですねぇ」
「フリ教えたげるよ。手とり足とりで。うひひー♪」
 優姫と涼子の2人がチョイスしたのは、80年代アイドルグループの卒業ソング。
「わ! 皆歌うのか! すげー!」
 平成生まれの筈の2人だが、振り付けまでこなしながら歌い踊る。
「デュエットか、俺達もどうかな?」
「私で良ければ。選曲はお任せだ。メジャーどころなら大体わかる、はず」
 乃愛と千早の同級生コンビも、あれこれとデュエット曲を選び始める。
「花のない花見だけど、桜より綺麗な花が近くにいたね〜♪」
「何を言っているんだ……」
「ひゅーひゅー!」「いよっ、おふたりさん!」
 ぶっつけ本番である事を感じさせず、良いムードで歌う2人。
「次の曲は誰?」
「あ、僕だね。あまり上手じゃないかもしれないけれど大丈夫だよね?」
 謙遜しながらも亜利亜は、歌唱力が要求される難しい女性曲を、ハイトーンボイスで見事に歌ってみせる。
 聞き入った聴衆からは、思わず溜息が洩れる程だ。
「ここからはアニソン縛りですね、解ります」
「じゃ、歌わせて貰うね」
 続く昇の選曲もまた、高音部が極めて高い過酷なアニメソング。
「チャクラエクステンション!」「シュートォー」
 しかしこれも自信を持っての選曲だけあって、安定感ある歌声で熱唱。
「やはり此処は……新番組の魔法少女アニメの主題歌でしょう」
「サーシャちゃ〜〜んっ! 愛してる〜〜!」「サーシャたん萌えー!」
 サーシャはヒロインの魔法少女に扮し熱唱。
 何故か女性陣中心に妙な声援が飛ぶ。
 いつしか、奇妙な盛り上がりを見せる花見の宴。そして、そんな彼らに忍び寄る黒い影……。
「さぁ盛り上がって参りました! 皆様、楽しんでらっしゃいますか?!」
 やけに高いテンションで、サーシャの曲の間奏に割り込んだ背広の男。頭にネクタイを巻き、赤ら顔。
 絵に描いたような酔っ払いサラリーマンだ。
「ふふふ……私の熱唱を邪魔をするとは良い度胸です」
 ハンディマイクの電源を切るサーシャ。
 宴も第二幕へと突入だ。


「それでは僭越ながら、私の一発芸を披露させて頂きたいと思います!」
 男は縞模様のハンカチを取り出すが早いか、リビングデッド達も姿を現わす。
「タネも仕掛けも無いこの縦縞のハンケチ、これが何と……」
「はやいとこぶっ倒して花見再開だ! 行くぜ!!」
 しょうもない一発芸のオチを見るより早く、距離を詰めつつ森羅呼吸法で力を蓄える雪隆。
「……早いよ。タイミング見てくれないと……風よっ!」
 一方こちらも、盛り上がってきた所に水を差され不機嫌な優姫。
「鉄球剣玉妙技の真髄也。とくとご覧あれ!」
 ――ゴォッ!!
 彼女が強力な突風を地縛霊目掛けて放つと同時に、昇も「灼死」を振るって燃え盛る火弾を撃ち出す。
 この両者の攻撃は、正確に酔っ払いを直撃。
「やったか!? ですぅ」
 しかし火の粉が晴れると、そこには横縞のハンカチを手にドヤ顔を見せる酔っ払いゴーストの姿。
「なんと横縞になりましたー」
「っ!?」「く、くだらなすぎる……!」
 余りに寒い一発芸を見せ付けられ、魔氷が一同を襲う。
「ふふふ……魔法少女に喧嘩を売るつもりですか?」
 サーシャは高速演算プログラムを発動し、ダメージを癒すと同時に攻撃力を高める。
「僭越ながら、私の一発芸は108番までありますぞ!」
「本当、酔っ払いって迷惑ですよねぇ」
 やれやれと被りを振りつつ、戯言を口走る酔っ払いとの間合いを詰める炯。
 ――ザシュッ!
 その背から伸びた土蜘蛛の脚が、酔っ払いの腹部を貫く。
「次の余興は歌にいたしましょうか、踊りにいたしましょうかー?」
 大きなダメージを受け、生気を吸収されながらも酔っ払いのテンションは落ちない。
「私に聞いているのか? いや、気のせい……ということにしよう、うん」
 酔っ払いと眼が合ってしまった千早だが、素早く逸らして旋剣の構えを取る。
「悪いけれど空気を読まないゴーストはお呼びじゃないんだ」
 亜利亜は清らかな風を呼び起こし、仲間を浄化する。
「これもひとつの余興? なんてね。さっさと片付けちゃいますか〜」
 乃愛は軽い調子で言いながら、ダークハンドを走らせる。
 能力者たちの集中攻撃を受けつつ、しかし酔っ払いもかなりの打たれ強さを見せる。これくらいのタフさが無くては、寒い宴会芸は披露出来ないのだろう。

「では、次の余興は色々なセミの鳴き声。まずはアブラゼミから」
 花冷えの空の下、両者の戦いは佳境に突入しようとしていた。
 酔っ払いはかなりのダメージを蓄積させながら、尚も懲りずに宴会芸を連発している。
「……えっと、凄ぇー……のかな? 俺にはよくわかんねぇけど」
「……もういい加減飽きてきたし、トドメ刺しちゃおう」
 くどい宴会芸のメドレーに、雪隆、優姫は冷めた反応。
「よし、いくぞ! これで、どうだぁっ!」「燃え尽きな!」「おぼん……カッタァーーー!!」
 流れるような三連撃を繰り出す3人。
「次はクマゼミブファッ!?」
 ――ドオォッ!!
 雪隆のつよい角兜が闘気を纏い、昇の火球、優姫の詠唱トレーが直撃すると同時に酔っ払いの顔面を打ち据える。
「……つ、次はヒグラシ……ごふっ」
 尚も宴会芸を続けようとする酔っ払いだが、さすがに事切れてその場に崩れ落ちる。
「やれやれ、これで魅了された雪隆にぶん殴られる心配が消えましたね」
 一息つく炯。
 能力者たちの苛烈な集中攻撃の前に、酔っ払いもレパートリーのごく一部しか披露出来なかったのだろう。
 能力者たちが受けたバッドステータスも、分厚い後衛の回復に阻まれ、さほどの妨げにはならなかった。
「よーし、後は雑魚掃除だけですぅ」
「涼子さん……今こそコンビネーションアタックのチャンスです!」
 涼子がクレセントファングを繰り出すと同時に、サーシャの「戦雷の聖剣」が唸りをあげる。
 ――ザシュッ!
 かなり腐敗の進行していたリビングデッドは、2人の攻撃を受けあっさりと両断された。
「さぁ、終わりにしましょう。夜闇さん」
「うん、援護するよ」
 ――ゴォッ!!
 亜利亜がジェットウインドを放って敵を浮き上がらせると、間をおかず炯の「蒼八咫」が紅蓮の焔を帯び、その顔面を打ち据える。
 燃え上がった炎が収まると、そこにはリビングデッドの跡形も残っていなかった。
「観堂、私達も行くぞ」
「それじゃ、宴会再開といこうか」
 千早と乃愛、二者のダークハンドは一直線にリビングデッドを捕捉。
 ――バシィッ!
 いとも容易くその腐敗した体を引き裂き、霧散させたのだった。


 戦いは終わり、静けさを取り戻した公園の片隅。
「此で安心してお花見の季節を迎える事が出来そうですね」
 ふっと吐息をつきながら、イグニッションを解除するサーシャ。
「変な相手だったなーっ。宴会芸の最中に死んだ……のかな?」
「宴会芸がウケなくてショックで……かもしれません」
「何にせよ静かに眠れな……」
 雪隆と炯は、そんな言葉を交わしつつ奇妙な地縛霊の冥福を祈る。
 かくて再開される宴会は任務完了の開放感も手伝って、すっかり和やかな雰囲気。
「じゃ、いくよ。わざわざこのためだけに改造したんだ」
 そんな中、昇が改造した灼死による剣玉芸を披露。
 ――ゴツッ!
「いったぁ〜……」
 しかし、高く上がった鉄球の直撃を受け、うずくまる昇。
 本来は地縛霊を呼び出す際にやる予定だったのだが、後回しにして正解だったかも知れない。
「卒業しちゃって大学生だけど……またいつでも会えるよね?」
「もちろんですぅ。大学はいつでも好きな時に休めますからぁ」
「よかったぁ♪ これからもよろしくねっ☆」
 優姫の問いかけに対し、間違った認識を元に答える涼子。今後が思いやられるところだ。
 こうして、一同は改めて勝利を祝う宴を満喫するのだった。

「もう少ししたらこの桜の木も綺麗に咲くのかな?」
「今度は満開の時期に来たいものだな」
 桜の木を見上げつつ呟く亜利亜に、千早も頷きながら応える。
 やはり花見は、花を見ながら――そして寒い宴会芸抜きで楽しむに限る。


マスター:小茄 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2010/03/31
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