【学園遁行】運命を手繰る糸

<オープニング>


「この体勢じゃ不利だ、一旦退くぞ!」
 ひとりの少年の叫ぶような声に、共にあった少年と少女達は撤退して行った。
 教室の地下にぽっかりと口を開いた洞穴に残されたのは、緑の紋様を持つ蜘蛛達と、張り巡らされた糸に捕らわれ、気を失った巫女――葛城未織という名の少女。
 そして、『旧校舎の幽霊』と噂されていた異形の右腕を持つ黒髪の少女は、逃げた少年達を深追いするでもなく佇んでいた。
 彼らの後姿を、澄んだ紅玉の瞳で見詰めながら……。

「皆に集めて貰った情報を踏まえて、運命予報をしてみたんだが……結果はあまり芳しくないんだ」
 能力者達がひとまず戻った公園の公衆電話、受話器の向こうから聞こえてくる王子・団十郎(高校生運命予報士・bn0019)の声は申し訳なさげに沈んだものだった。
「わかったのは、現れた蜘蛛達が今まで戦ってきた蜘蛛の妖獣と同じ能力を持っていることくらいだ。旧校舎にいたという少女のことについても、何も視えなかった……」
 旧校舎自体についても、新たに調査をするのは時間が必要な上、能力者達が入手した以上の情報は得られない可能性もあるのだという。
 姿を現した『旧校舎の幽霊』、旧校舎の地下に張り巡らされた大きな『蜘蛛の巣』、そして……何かを引き金にしたように出現した蜘蛛妖獣。
 その中に、意識のないまま取り残された未織。
「あの場所で、一体何が起きているのかは俺にもわからない。だが、このまま放って置けば、最悪の事態が起こってしまうかも知れないことだけは確かだ」
 それは、自分などより現場の状況を肌で感じている能力者達の方がよくわかっているだろう、と団十郎は言う。
 何が正しい行動なのか、最善なのか。
 最早、誰にもわからない。
「それでも、この状況を打破する為には何かしなければならないだろう。今、頼りになるのは皆しかいないんだ」
 能力者達の決断と行動に期待すると締め括って、団十郎からの連絡は終わった。

 急転する運命に巻き込まれながらも、出来ることはあるのだろうか。
 辺りは日も暮れて久しく、夜闇に紛れるようにして彼らは再び旧校舎を望んだ。
 得体の知れない少女と、蜘蛛達が息衝くその中へ。

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参加者
露木・草(雨降る音を聞く・b01082)
姫宮・舞(戦巫女・b03591)
蒼穹・克(華麗なるカレー屋のてんちょ・b05986)
清村・御風(乾坤一擲・b07683)
久世・洋介(高校生白燐蟲使い・b08285)
ハイネ・シュバンシュタイン(翼ある銃・b08348)
終乃・輝美(終焉を霊視する魔眼の巫女・b10773)
九重・昂(螺旋・b13791)
柴田・太郎(中学生魔剣士・b19276)
久利生・甕速(迅雷業師・b19842)



<リプレイ>

●闇に沈む旧校舎
 奈良県御所市にある、とある高校。
 その敷地の一角、土蜘蛛の巣食う旧校舎。
 能力者達は、態勢を整え、ふたたびこの場所へと舞い戻ってきた。
 暗い暗い洞穴の中、張り巡らされた糸だけが白くぼんやりと浮かんでいるようだ。
 一見無秩序に張られているようなそれの上を、2体の蜘蛛がするすると降りて行った。
 行く手には、気を失った眼鏡の少女。
 蜘蛛達は彼女の両脇に陣取り、黒く艶のある前足を振り上げた。
 ざっくりと斬られたのは、少女の身体ではなくて。
 少女を絡め取っていた糸の周辺を切り裂き、器用に他の足でその身を支えながら、今度はその爪先でそっと張り付いた糸を取り払っていく。
 獰猛な妖獣とはイメージを隔する、まるで大切なものを扱うかのような足捌きで。
 やがて、絡まった糸を全て取り除かれた少女を2体で支え合うように背に乗せ、蜘蛛は張り巡らされた糸を登り始めた。
 彼らが目指すのは地上。洞穴から続く、かつては教室であった場所。
 その行く先には仲間の蜘蛛達と、セーラー服を纏う黒髪の少女が静かに佇んでいた。

 夜に浮かび上がる旧校舎の姿は、日暮れに見たそれより遥かに不気味さを増して見える。
 この中に、得体の知れぬ存在と蜘蛛達がいることを知っているが為に、余計にそう見えてしまうのだろうか。
 張り巡らされたロープに括ってある『立ち入り禁止』の白い札が頼りなく風に揺れている。
 が、実際にさしたる効力があるものでもなく、その向こうにある建物への侵入は容易に為されてしまう。
 表側はいざ知らず、旧校舎の付近には街灯のようなものもなく、疎らに星を浮かべる空が辛うじて侵入する彼らの輪郭を露にしていた。
「……と、流れはこんな感じだな。皆、準備はいいか?」
 突入直前、玄関を前にして隊列や作戦の最終確認を行った九重・昂(螺旋・b13791)に、集う能力者達は頷いた。
 未だ、巫女である未織に関してもわからないことが多く、旧校舎に潜んでいた異形の腕を持つ少女の正体や目的もわからない。
 彼らはまず戦いを避け、役割を分担して未織を救出、そして少女達に語り掛けるという作戦を立てていた。
「なんとも言えんな……蜘蛛の巫女、か」
 事態の急変に駆けつけた久利生・甕速(迅雷業師・b19842)は、厳しい表情で呟いた。
 異形の腕を持つ黒髪の少女にも、悪い予感ばかりが募る。
「流石にアレは驚いたぜ……」
 突如現れた蜘蛛達に、体勢を整える為撤退してほんの数刻。清村・御風(乾坤一擲・b07683)は再び対面することになる者達の関係性を思い浮かべた。
(「……葛城、謎の少女……蜘蛛達や能力者との関係は……?」)
 蒼穹・克(華麗なるカレー屋のてんちょ・b05986)も、彼と同じような疑問を持っていた。今はまだ、本当にわからないことばかりだ。
 巫女を得たことで、内部はどう変わっているだろうと、終乃・輝美(終焉を霊視する魔眼の巫女・b10773)は不安を胸に抱く。
(「でも、ここで立ち止まる訳には行かない……頑張らないと」)
 心の中で自らを叱咤し、スーパーモーラットの茂吉と共に旧校舎を真っ直ぐに臨んだ。
「それじゃ、頼んだぞ。久世、明鏡」
「はい」
 昂が白燐蟲の使い手である久世・洋介(高校生白燐蟲使い・b08285)と止水に声を掛けると、玄関を潜る彼らが身に宿った蟲達に光を発するよう働き掛け、辺りを照らした。
 白く明るい光で、古びた旧校舎内部の様子が浮かび上がる。
 未だ蜘蛛の気配はない。
 能力者達は慎重に、しかし速やかに廊下を進んで行った。

 白燐蟲が放つ光のお陰で、古い廊下の床や壁にこびり付いた血の痕も、夕刻に訪れた時よりもくっきりと見えた。
 先程と同じように辿る道はしんと静まり返っていて、面々の胸に燻る不安を煽る。
 周囲を警戒しながら、露木・草(雨降る音を聞く・b01082)は古墳で発見された石の棺のようなものがここにもあるのだろうかと思い浮かべた。
(「石棺のミイラは……巫女?」)
 しかし、女性のミイラは調査を担当した能力者達が触れた途端、詠唱銀となって崩れてしまったという。人間の身とは考え難い。
(「どうして土蜘蛛は未織に……巫女に拘るのだろう。ひょっとして、彼女がメガリスを……?」)
 女性に抱きつく触ったりすることによって誰かを探していた未織。
 触れることに意味があるとしたら……と、姫宮・舞(戦巫女・b03591)の心はは悪い想像でいっぱいになってしまう。
(「未織……待ってて」)
 それらの思惑は、各々の胸の中に秘められたまま。今の時点ではお互いの考えていることを擦り合わせ、発展させていく余地もなかった。
 もしも、浮かび上がった点と点を線で結ぶことが出来ていたなら、何かが変わっただろうか?

 再び血痕を辿り、能力者達はあの洞穴に通じる教室に迫っていた。
 距離にしてあと数メートル、そう思った矢先に教室の引き戸が音を立てて廊下側に倒れてきた。
 そこに乗り上げた蜘蛛の姿に、彼らは臨戦態勢を取る。
「あれが蜘蛛か……」
 初めて見る蜘蛛妖獣の姿を、柴田・太郎(中学生魔剣士・b19276)は少し物珍しそうに眺めた。
 その口端は面白い、と釣り上がる。
(「まずは眠らせて……だったね」)
 ハイネ・シュバンシュタイン(翼ある銃・b08348)は、温かく優しい旋律を紡ぎ始めた悠衣と止水を静かに見遣った。
 件の教室から姿を現した2体の蜘蛛は、たちどころに眠りの淵へと落ちていった。
 眠った蜘蛛達の脇を駆け抜け、彼らはいよいよ教室に突入する。

●瑠璃色の蜘蛛
 ゆらゆらと、何かに揺られ運ばれている感覚。
 嫌な感じはしない。ただ、大切に扱われているような気がした。
『土蜘蛛様は、いつか帰って来て下さる筈じゃ。じゃから、お前にも古き言い伝えをきちんと語り継いで貰わねばな』
 覚束ない意識の中、聞き慣れた、けれど遠く懐かしくも感じられる声が聞こえる。
 これは夢だろうか、それとも記憶の底にたゆたう思い出をなぞっているのだろうか。
 ぼやけていた言葉の主の顔も、少しずつ実像を結ぶ。
『叶うことなら、儂が生きているうちに……お戻り下さればのう……』
 そう言って空を見上げた老人は、何処か切ない目をしていた。
「おじ……ちゃん」
 床の上に降ろされると同時に、未織の意識は現実へと引き戻された。
 周囲を見遣ると、自分を運んで来た蜘蛛達が少し離れて控える様子が窺える。
 夢から覚め切らぬぼうとした思考の中、ゆっくり上体を起こすと……目前には、セーラー服を纏い、異形の右腕を持つ黒髪の少女が佇んでいた。
 少女はただ静かに、まるで彼女も夢から覚めたばかりのような瞳で未織を見下ろしている。
「貴女が……」
 未織の口から、自然と言葉が零れる。
 触れればわかると思っていたけれど、触れずともわかった。
 そう、その姿を、紛いようのない空気を感じれば。
 内から湧き上がる喜びに、未織は笑みを浮かべる。
「やっと、お会い出来ましたね……」
「未織を返して!」
 邂逅の時を遮ったのは、仲間達と共に蜘蛛の巣が張られた教室に戻って来た舞の声だった。

「彼女は友人です、助けさせて貰うけどいいかな?」
 蜘蛛達を眠りへと誘う歌声が響く中、克は黒髪の少女に声を掛ける。
 しかし、少女は彼を見返しはするものの、確たる反応や返答はなかった。
 ヒュプノヴォイスで眠らなかった蜘蛛達は、銀麗や亜弥音の導眠符や飛鳥のフレイムバインディングに絡め取られ、一時的とはいえ無力化されていく。
 洞穴に続く部分が崩落してしまっている為、教室内の足場は限りがあるものの、幸い廊下は広い。始めに出て来た蜘蛛達が戸板を外してくれたお陰で、視界もそこそこ確保出来る。
 御風や甕速達は、廊下の窓際に陣取って何が起きてもすぐに対応出来るように警戒を強めていた。
「話がしたい。君は……何者なんだ?」
 少女達の前に立ち塞がったまま寝入ってしまった蜘蛛達を挟んで、一時的に起動を解除した草が黒髪の少女に問う。
 彼と同じく少女に相対しようとする洋介と輝美も、幾つかの言葉を投げ掛けた。
 だが、これにも返事はない。反応の薄さからすると、ともすれば『返す言葉を持っていない』のかも知れないと穿ってしまう程に。
「一緒に帰ろう……?」
 蜘蛛達に隔てられたまま、舞は少女の傍らに立ち上がった未織に向かって語り掛けた。
 その言葉は思ってもみないものだったのか、未織は驚いたような、少し寂しいような表情を浮かべる。
 けれど、それも一瞬のこと。
 未織は大きく首を振った。
「……わたし、一緒には行けません」
「未織……」
 舞は再び未織を呼ぶも、彼女はもう一度首を振ってポーチから大切そうに布に包まれた握り拳よりひと回り大きい何かを取り出した。
 布が取り払われ、姿を現したのは瑠璃色に透き通る蜘蛛を象った宝石のような装飾品。
 今までさしたる反応もなかった少女の視線が、揺れ動く。
 人と同じ形をした左の手が、吸い寄せられるように瑠璃色の蜘蛛へと伸ばされた。
「女王様、これを」
 応えるように、蜘蛛の像を差し出す未織。
 少女の指先に硝子のような表面が触れた途端、変化は起こった。
 今までは一片の曇りもなく、ただ目の前にある世界を映していただけの瞳に、威厳に満ちた理知の光が宿る。
「女王……?」
 未織の紡いだ言葉を、輝美は反芻する。
 確かに、蜘蛛の像を手にした黒髪の少女には、ただ佇んでいるだけでも他を圧倒するような雰囲気が滲み出ていた。
「私は、貴方達が何を目差しているのか、どう在りたいのかを知りたいんです」
 輝美は探るように、少女に向かって尋ねる。
 しかし、『女王』と呼ばれた少女の口から発せられたのは、彼女の望む答えではなかった。
「私の可愛い子供達を殺したのは、お前達だね。まだ小さく、か弱い童達を……」
 少女――土蜘蛛の女王の瞳には、子を殺された母の悲しみが満ちていた。
 彼女の声に反応したように、眠らなかった蜘蛛や目を覚ました蜘蛛達が能力者達を排除しようと一斉に襲い掛かってくる。
「そんな……話を聞いてはくれないのですか!」
 洋介は、急激に戦いの色に染まる場の空気に惑う。女王を見る限り、今はゆっくりと話が出来る状態とは言い難い。
 カードは主を守る為、否応なくその力を解放した。
 同時に、静かにことの成り行きを見守っていた御風がいち早く前に躍り出た。
(「相手は蜘蛛10匹、多い……いや少ないな。俺達を相手にするにはな」)
 御風は怯まず、その勢いのまま交渉役に襲い掛かっていた蜘蛛目掛け青龍の力が宿るガントレットを叩き込む。
 彼のシャーマンズゴーストも同時に突進した。
「やはり戦うしかないのか……仕方がないな」
 仲間達の壁となるよう前に出た昂は、スパナを唸らせ噴射の勢いを借り、蜘蛛を殴りつけた。
 その一撃は蜘蛛を吹き飛ばすまでには至らずとも、確たる手応えを感じさせるものだった。
 身を逆流する術式の力を開放し、目前に魔方陣を展開した甕速が燃え盛る火球を、ほぼ時を同じくしてハイネも二丁の黒い大型拳銃を巧みに操り、狙いを定めた蜘蛛を撃つ。
「来るのか……来させるかぁ!」
 炎が蜘蛛の全身を包んだのを目印に、太郎は己の拳ひとつを武器にして突っ込む。
 そんな中、何処から調達したのか蜘蛛の1体が洞穴の糸を伝い、未織の許に弓を運んで来た。
 未織の手は迷いなくそれを受け取り、能力者達に向き直り矢を番える。
 その鏃が向けられたのは――
「っ、どうして!」
 放たれた矢を、舞は辛うじて燃え盛る炎のような色合いの斬馬刀で防いだ。
 拘束から解き放たれた蜘蛛が舞の前に立ちはだかり、黒く艶を持つ腕を彼女目掛けて振り下ろす。
「わたしは、巫女としての使命を果たします。お爺ちゃんの夢を叶える為にも……」
 静かに語った未織の目には、揺るぎのない決意が浮かんでいる。
 それは、決して誑かされていたり言いなりになっている訳ではなく、彼女もまた大切なものの為に戦っているのだということを顕示していた。
 銀麗が放った導眠符も、彼女を守らんとする蜘蛛に遮られてしまう。
「君は誰の味方で誰の敵かい!」
 蜘蛛を掴んだ禍々しい腕を振るいながら、克は叫ぶ。
 行く手を阻む蜘蛛達を小次郎が銃で牽制すると、舞は攻撃に晒され傷付きながらも真っ直ぐに彼女を見詰めていた。
 ロケットスマッシュで吹き飛ばすことの叶わなかった蜘蛛が、ふたりの距離を示すようだ。
 それでも、舞は信じたかった。
 誰かの為に剣を振るいたい、そう思わせてくれた彼女のことを。
 握手を求められた時の、彼女の手の温もりを、笑顔を。
「貴女が話し掛けてくれた時、任務と関係なしに嬉しかった……騙していてごめんね。でも、この絆をこれっきりにはしたくない」
 もう一度、少女は手を差し伸べる。再び「一緒に帰ろう」と呟きながら。
 届いて、と願いながら。
 眼鏡のレンズの向こう、未織の瞳が見開かれた。
「舞さん……」
 零れた呟きは何処か悲しげだったけれど、その目に宿した強い意志がすぐに覆ってしまう。
「女王様のお力で、わたし達の一族もかつての力を取り戻すのです。その邪魔はさせません……だから――」

 もう、その手を伸ばさないで。

 矢を番える凛とした姿と共に、少女の瞳が、声なき声がそう語っているようだった。
「未織! くっ……」
 射掛けられた矢は容赦なく舞の肩に突き刺さる。
 想いは届かないのか、伝わらないのか……彼女の心に失意の影が差し掛っていた。
「……君は何故土蜘蛛に与するんだ?」
 傷付いた舞を支えるように手を添えながら、克は予てよりの疑問をぶつけた。
 未織は矢を番えたまま、静かに口を開く。
「小さな頃から聞かされていました。古より伝わる、土蜘蛛様のお話を。そして、土蜘蛛様はお爺ちゃんが信じていた通り、わたし達のところへお戻り下さいました」
 自分が巫女だと言われたことは、とても嬉しく光栄に思ったと話す未織の声に曇りはなかった。

 眠りや拘束に掛っていない蜘蛛を優先して叩く彼らの作戦は功を奏し、蜘蛛の数は1体1体確実に減っていく。
 秋は皆の盾となるべく前に立って刀を振るい、彼の後方に位置取った亮の炎の魔弾が蜘蛛を焼く。
 負った傷は、紗月達の涼やかな歌声や、治癒の力が篭った符によりたちどころに癒されていった。
 未織が積極的な攻勢に出たのは予想外だったが、援護の為に集まった仲間達の力もあり、糸や猛毒などの厄介な攻撃すらものともせず、戦いの風は能力者達に向いていた。
「貴方達は……シワナさんを食べなかった。むしろ、丁重にすら扱ってくれた……だから信じたいんです」
 ゴースト合体で茂吉の力を自らに呼び込んだ輝美は、戦況が優勢なこともあってか未だに土蜘蛛の女王に向かってコンタクトを取ろうとしていた。
 洋介は、そんな彼女を助けるように淡い白燐蟲の光を纏った箒を構え、蜘蛛達を寄せ付けないようにしている。
「貴方の道が人を食らわずとも進めるのなら、共に歩める道もあると思うんです。私も……自分達の全てが善だなんて思ってません。ですが、人は言葉を通じて歩み寄る事が出来ると信じてます」
「……娘よ、お前は我ら一族とお前達の立ち位置を理解して尚、そのようなことを言うのか」
 解せぬ、とでも言いたげに不可解そうな表情を浮かべた女王は、まぁよいとかぶりを振り、一歩前に立つ未織を呼び寄せた。
 未織が女王の左手に手を添えるのを見遣り、スーパーモーラットのシロに仲間の回復を命じていた草は唇を噛み締めた。
 始めから未織と女王の距離は近く、自分達が引き離しに掛るには間に立ちはだかる蜘蛛達が邪魔だった。
 もっと、強硬な手段であっても2人を引き離す為の行動を何か起こせていたら……しかし、時既に遅し。
 彼らが女王に攻撃を加えず、二の足を踏んでいる間に急変の時は訪れた。

●砕け散ったもの
 土蜘蛛の女王と巫女、ふたりが重ねた手の上で、白燐蟲の光を反射して瑠璃色に煌く蜘蛛の像。
「先代が大切に守り、可愛い子らが探し当てた『瑠璃硝子の蜘蛛』……」
 女王の言葉が強き意志の形を成したように、その唇が声を紡ぎ出す間にも瑠璃色の蜘蛛には無数の亀裂が走った。
 裂け目から溢れ出す、眩い光。
「我らがメガリスの力『無限繁栄』が、再び土蜘蛛の王国を蘇らせよう……!」
 力強い声に打たれたかのように、蜘蛛の像は粉々に砕け散り、その強烈な光は一瞬にして視界を奪った。
「……!」
 人が、蜘蛛が、輪郭を失う程に焼け付くような白さ。
 咄嗟に目の周辺を腕で庇い、或いは顔を背けた能力者達。
 数瞬の時を経て漸く光が収まり、再び彼らの目に飛び込んで来た景色は、俄かには信じ難いものだった。
 蜘蛛の像が砕け散った残滓だろうか、青く発行する粘液のような物体が、ふわふわと海月のように空中を浮遊している。
 その物体が放つ揺らめく青い光が当たった地面から、洞穴の岩肌から、次々と新たな蜘蛛達が姿を現したのだ。
 見る間に増えていく蜘蛛達、その数ざっと30体。
 中には、あの鋏角衆と名乗ったコートに編み笠姿の男達の姿も数人あった。
 異様な光景に、悠と構えた女王は艶めいた笑みを浮かべ、草に目をくれる。
「……折角だ、お前の問いに答えてやろう。私は、土蜘蛛を統べる者として君臨する為に生まれいずる存在。遠き日にこの建物の地下に遺され、つい先刻長き眠りより目覚めたのだ」
 そう言うと、女王は異形の腕をすっと持ち上げ、掌を上に向けてまるで未織を紹介でもするように示した。
「そして、これなる巫女は愛し子らが託した『瑠璃硝子の蜘蛛』を我が許へ届け、共にその力を解放するという重要な役を果たしたのだ」
 彼女の労うような眼差しに、未織は嬉しそうな顔をする。
 その間にも、現れた蜘蛛達は洞穴を這い上がり、能力者達に迫っていた。
 宙に浮かんだ青い物体は、次第に大きさを増しながらゆっくり上へと昇って行く。
 やがてバリバリと木材が激しく折れる音を伴いながら、物体は天井を破壊し始めた。
「あの時……そう、お前達が作り上げた忌々しい世界結界とやらに、我らが追い遣られてから数百年。その結界も、随分と脆くなっておるようね。あと一押しで、哀れにも崩れ去るように」
 旧校舎自体が倒壊し兼ねない程の振動が床を揺らすのに、女王の声は焦りひとつない。
 彼女が語る言葉に内心驚愕を覚えつつも、昂は冷静に状況を打開する突破口はないかと考えていた。
(「まだだ、まだ何か方法が……」)
 しかし、その思考を遮るように鋏角衆の操る巨大な手裏剣が空を切り、同時に鋭い蜘蛛の爪が襲い掛かる。
 彼は手裏剣を二振りの長剣で弾き返しながら、辛うじて蜘蛛の爪先をかわした。
「九重、この数はどう考えても無理だよ。みんなに撤退を」
 銃を操り蜘蛛達を牽制し、昂と背中合わせに構えたハイネが耳打ちする。
 昂はその言葉にはっと我に返った。
「……! あ、あぁ。そうだったな……皆、撤退だ!」
 今一番尊ぶべきは、仲間の命。そして、この事態の一部始終を学園へと伝えること。
「廊下はまだ無事だ、皆早く!」
 援護を担っていた者達と共に退路を気遣っていた甕速が、通って来た道を引き返すよう示す。
 どうにもならない数の敵が押し寄せる中、戦力を温存していた彼女は送り出した仲間達の背に回り、もう一度目前に魔方陣を展開した。
 ハイネも甕速と肩を並べ、温存していたバレットレインで無数の銃弾を放った。

 屋根の何処かが崩れゆく音と振動を感じながら、蜘蛛達の追撃を食い止め、反撃し、糸に絡め取られた者を助け……能力者達は廊下を駆ける。
 果敢に応戦しながらも、舞はとうとうその場に膝を付いてしまった。
 無数の蜘蛛達の遥か後ろに、弓を番えた未織の姿が見える。
 顔を強張らせ、歯を食い縛って弓を引く少女の姿が。
 悲しい筈なのに、不思議と穏やかな気持ちで瞼を閉じる。
「……?」
 しかし、数拍過ぎても彼女の身には何の衝撃も降り掛かっては来なかった。
 不思議に思っていると、別の方向からぐいと腕を背後に引っ張られた。
 驚いて見遣れば、腕の主は天井から落ちてきた木材を仄かにスパイシーな香りのする布槍で弾き飛ばした克だった。
「走れるか、姫宮」
 舞は克の問いにこくりと頷くと、廊下を蹴りながら小さくありがとう、と礼を告げた。
「全員の生還が、最低限の目標だからね」
 誰も死なせない、その想いを胸に克は撤退戦に身を躍らせた。

●闇夜に浮かぶ、泡沫の月
 微かな軋みを幾つもの足音が覆い隠す。
 旧校舎の廊下を走りながら、舞は弓を番えた少女の姿を瞼の裏に浮かべた。
 背後では、まだ戦う力を充分に残した仲間達が足止めをしている剣戟の音が響いている。
(「未織……あの時、私に止めを刺そうと思えば刺せた筈……」)
 最後の一矢。それは少女の手を離れることはなかった。
 手を差し伸べた時の驚きの表情。
 鏃をに向けながらも、躊躇いを窺わせるような強張った顔。
 所在なさげに、揺れる瞳。
 まるで、映画のフィルムをひとコマひとコマをゆっくりと見ているかのように、事細かに思い出せる。
(「……私は、信じてる」)
 轟々と耳元で嵐のような己の呼吸音が聞こえる中、舞はその想いを噛み締めるが如く、強く唇を引き結んだ。

 ハイネが虚空から生み出した無数の銃弾が、追い縋る蜘蛛達に降り注ぐ。
 同時に、魔方陣で術式の力を増した甕速の火球が蜘蛛の1体を火達磨にした。
 短棍とガントレットを駆使して牽制を行う御風に、従うシャーマンズゴーストも嘴から炎を噴き掛ける。
 拳を振るって戦う太郎だったが、流石に防具すら着けていない状態は蜘蛛達の度重なる攻撃や身を蝕む猛毒の前には厳しいものがあった。
「俺は……俺はこんな所で……。まだあいつとの約束……が……藤崎、ごめん……」
 膝を付きながら、うわ言めいた呟きを漏らす太郎。
 しかし、
「そんなことを言うものじゃない……自分の足で逃げろ。生きて、会いに行くんだ」
 旧校舎の外に待機しており、異変を察して廊下を走ってきた龍夜のヒーリングヴォイスが彼らの傷を癒した。
 幾重にも波紋を広げる眠りへと誘う歌声が、蜘蛛達を足止めする。
 敗走とは思えぬ勇猛な戦いぶりに怯んだか、眠りに落ちなかった蜘蛛達の勢いが殺がれた隙に彼らは距離を稼いだ。
 途方もなく長く感じた廊下での撤退戦も、実質的にはたいした時間ではなかっただろう。
 だが、校舎を出た途端殆どの蜘蛛達が追うのをやめていく様子に、張り詰めていた力が抜けるような思いだった。
「あれは……月?」
 校門に向かって走りながら、旧校舎の上空を見上げた草が忙しい息混じりに呟いたのを切欠に、皆が旧校舎を振り返った。
 旧校舎の真上に浮かんでいたのは、水面に揺れる月のように青く輝く物体。
 しかし、不気味にたゆたうその姿は本物の月よりも遥かに大きく、ゆっくりと高度を増しているようだった。
 能力者達は、すぐにその物体の正体に思い当たる。
 土蜘蛛の女王に破壊されたメガリスから現れた、青い粘液質の物体だ。
 旧校舎を破壊しながら、あんなにも肥大してしまったのか。
 足を進めながらも、あまりの異様さに呆然と見上げるしかない。
 青い光を放ち続ける物体は、やがて分裂を始めた。
 そして、無数の光球のようなものを作ったかと思うと、まさに蜘蛛の子を散らすように四方八方へと飛び散ってしまった。

 あの光がどんな意味を持つのかも知れぬまま、能力者達は校門を潜り学校の敷地から脱出を果たす。
『お前達は生かして帰してやろう』
 突如、土蜘蛛の女王の声が響き、彼らは顔を見合わせる。
 頭の中に直接語り掛けてくるような声は、全員に聞こえたようだ。
『そして、かつてと同じ言葉を掛けよう。土蜘蛛の結界を侵さざれば生を、土蜘蛛の結界を侵すならば死を与えると』
 女王の言葉はそこで終わった。
 激しい戦いが嘘だったかのように、学校の周辺に広がる夜の街並みは静かで穏やかな様相を呈していた。
「こっちが出向かなければ、襲ってくることはないのかな……?」
 思索に耽るハイネも、困惑を隠し切れない様子で呟いた。
「だが、どうやらこの学校全体が土蜘蛛の手に落ちてしまったようだ」
 いや……あの無数の光球が飛び去った先を考えれば、この学園を中心にかなりの広範囲が敵の手に落ちたと考えるべきか。
 腕を組み、眉根を寄せた甕速の言葉に、昂も難しい顔をする。

「異形の者達が支配する領域……間違いなく、世界結界に悪影響を与えてしまうだろうな」
「とにかく早く学園に戻り、このことを伝えなければ」
 顔を上げた甕速に皆も頷き、彼らは帰路を急いだ。

 早咲きの桜の花弁が、舞い落ちる。
 春の気配を感じさせる風に混じって、これまでにない壮絶な戦いの予感が過ぎった。
 その戦いの最中、彼らは如何なる運命を手繰り寄せ、掴み取るのだろうか……。


マスター:雪月花 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2007/03/23
得票数:楽しい2  笑える4  カッコいい31  怖すぎ12  知的20  ハートフル10  ロマンティック1  せつない84 
冒険結果:成功!
重傷者:姫宮・舞(戦巫女・b03591) 
死亡者:なし
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