お稲荷様が見てる〜シャドウ&フォックス〜


<オープニング>


「……はぁ。ようやく到着、っと」
 街灯から逃れるように歩いてきた一人の少女が、四人の大人たちと共に稲荷神社へと足を踏み入れた。肌寒い風が桜の花を散らす中、少女はしゃがみ込んで不可思議な紋様を描き出す。
「ここを、こうして……」
 大人たちは無言のまま、彼女の行動を見守っていた。
 ――否。
 黒頭巾に包まれた顔からは視線の方角などわからない。肢体も黒装束に包まれていてどんな感情を抱いているのかもうかがえない。
 知ることができるのは、大人たちの中心に立つ一人が女性らしいふくらみを持っている事だけ。
 全員、体のどこかから鎖が伸びているという事実だけ。
「これで、終わり、っと」
 少女は……否。狐耳と狐尻尾を生やした妖狐は描いた紋様に詠唱銀を振りかけて、額の汗を拭っていく。しばらく様子を眺めた後、紋様を足で消して踵を返した。
「僕の役目はこれでおしまい。みんな、帰るよ!」
 弾けるような笑顔を浮かべ歩き出した妖狐の後を、大人たちは追って行く。
 後には変わらぬ姿を保ち続ける、お稲荷様だけが残された……。


 放課後の教室で皆を迎えた秋月・善治(運命予報士・bn0042)は、鳳・武曲(中学生妖狐・bn0283)が含まれている事に気付き瞳を細めた。しかし何かを語ることはなく、皆に向き直り口を開いた。
「皆、集まったな。早速だが、説明を開始しよう」

「今回は皆に、妖狐の文曲が偶然手に入れた情報を元に動いて欲しい」
「……あの時、校門前で言っていた事か?」
 身を乗り出してきた武曲に対し、善治は小さく頷いた。
「ああ。どうも、妖狐たちが稲荷神社を使って悪さを企んでいるらしいな」
 幸いにも、今回の事件で一般人が巻き込まれるといった事はない。しかし、このまま野放しにしてしまえば、全国六万社と言われる稲荷神社を使った情報ネットワークが構築されてしまうのだそうだ。
「この作戦に従事しているのは妖狐と、全四体という小規模な百鬼夜行の地縛霊たちになっている」
「……ある意味、最小限とも取れる人数。隠密仕様、と言ったところか」
「ああ、そういった感じだな。また、文曲からの情報により妖狐たちが現われる稲荷神社がリストアップされている。お前たちに向かって欲しいのは……ここだな」
 善治の渡した地図は、東京都の多摩に位置する市の一角。住宅街の中にある稲荷神社で、そこそこの広さを持っている。
「神社の中には桜や境内がある。それを活かして隠れていれば妖狐の方からやってくるので、迎え撃ち逃さず撃破してくれ。また、妖狐は周囲の一般人がいないのを見計らって現われるので、一般人への被害は考えなくても大丈夫だ」
 続いて、善治は敵戦力の説明に移っていく。
「中心となる妖狐の名は鈴蘭(りんらん)。まだ、少女といっていい年齢の妖狐だな。神秘的な力に優れていて、幻楼火を中心に使ってくる」
 性格は天真爛漫なお嬢さんといったところ。しかし頭は回り、不利と悟れば地縛霊に足止めをさせて逃げようとする可能性もあるだろう。
「逃げないような工夫も必要、ということか?」
「ああ、それがあればなお良いな。続いて、百鬼夜行についての説明に移るぞ」
 中心になるのは、影のような漆黒の忍び装束に全身を包み込んだ女忍者。動きの細やかさと俊敏さに優れている。
 半透明になり闇に紛れる技は、自らの傷を癒し防御を高める。一喝と共に周囲の石ころや枝などを操って、戦場にいる敵全てを鋭く傷つける技も持つ。また、クナイには浄化しにくい猛毒とマヒ毒が塗られているため、威力は低いけれど危険である。
「残る三体の地縛霊は、同じく漆黒の忍び装束に全身を包み込んだ忍者だな。やはり動きの細やかさや俊敏さに優れ、猛毒とマヒ毒を塗ったクナイを用いて攻撃してくるが故に、注意してくれ。説明は以上だ」

「……大体分かった。とにかく、その鈴蘭たちを倒せばいいんだな?」
「ああ。儀式の後でこの情報網を消すことはできないため、まずは確実に阻止するように頑張って欲しい。妖狐の組織の巨大化は阻止しなければならないが故に、な。吉報を待っている」

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参加者
霧島・燐(神技流空手伝承者の内弟子・b29825)
鴉真・銀(高校生クルースニク・b53589)
稲荷・空(空狐・b55279)
渚砂・実流(いつだって全力全壊の魔砲少女・b57743)
月守・紅羽(翔炎のバルログ・b67441)
彩樹・火煉(バーニングサジタリアス・b68674)
風霧・來那(目指す先は今何処に・b71827)
豹童・舞衣(小学生幼狐・b73867)
NPC:鳳・武曲(中学生妖狐・bn0283)




<リプレイ>

●静寂に満ちる神技の場所
 肌寒い澄んだ風が新たな砂を運び込み、代わりに古い砂を攫って行く。住宅街に設けられた稲荷神社は深夜という時間さながらに、妙なる静寂の中で自然の営みを見守り続けていた。
 渚砂・実流(いつだって全力全壊の魔砲少女・b57743)と稲荷・空(空狐・b55279)は相談を開始した仲間から少し離れ、春先の雨にくすんでしまっているお稲荷様を見上げていく。両者の瞳には懐かしむような輝き、あるいは仄かな怒の感情を含んだ光が宿っていて、得物を握る拳には微かな力が込められていた。
「空、一緒に頑張ろうぜ!」
 気付けば、長い時間そうしてしまっていたらしい。
 振り向けば、いつも通りの快活な笑顔を浮かべている鴉真・銀(高校生クルースニク・b53589)が小気味良く親指を立てていた。しかし、初依頼の緊張ゆえか若干震えている様子も見えたから、空は優しく微笑み返していく。実流は表情をお日様笑顔に塗り替えながら、同じ班を担う月守・紅羽(翔炎のバルログ・b67441)と合流した。
「武曲さん、今回も頑張ろうね!」
「……ああ。今回も、皆の力になるよう努めよう」
 各々班員と合流し、目星をつけた木陰へと向かい始める別れ際、彩樹・火煉(バーニングサジタリアス・b68674)が鳳・武曲(中学生妖狐・bn0283)に朗らかな笑顔を与えていく。武曲も少々硬い笑顔を送り返し、鴉真・銀(高校生クルースニク・b53589)らと共に歩き始めた。
 別れた彼らは、稲荷神社に大きな三角形を描く形で桜の陰へと、あるいは緑が青々と生い茂る背の引く木々の合間に隠れ、視覚と聴覚に意識を集中させていく。
 月明かりを補うように、蛍光灯が稲荷神社を照らしていた。掃除したばかりなのか参拝客のマナーがいいのか目立つゴミは欠片ほども見付からず、桜舞い散る境内は妙なる美しさを保っている。静寂に沈んでいるからか、木々のざわめきが心地よく耳朶を叩いた。紛れるように流れてきた一人分の足音に、火煉たちは身を固めていく。
「……はぁ。ようやく到着、っと」
 程なくして、五つの影が稲荷神社に侵入した。街灯に照らされれば足音を立てぬ四つの影が忍者であり、残る一つの影は年端もいかない少女であることが分かる。
 違和は、少女の頭に生えた狐耳。大陸風な着衣の下から覗く狐尻尾。
 忍者たちに巻きついた、冷たい鎖。
「それじゃ……お仕事お仕事っ」
 鈴蘭(りんらん)。
 その名を持つ少女は忍者たちに四方を守らせながら歩みを進め、稲荷神社の中心へと辿り着く。
 彼女がしゃがみ込んだのを確認し、彼らは木陰から飛び出した。
「誰!?」
「さー、やっちゃえー!!!」
「いくよ姉ちゃん! 日本の妖狐だって、負けないって事を重い知らせてやろうよ!」
「……ああ」
 身をすくめた鈴蘭、素早く守護の構えに身を固めた忍者たちに眺め見て、火煉が高らかな号令を発していく。豹童・舞衣(小学生幼狐・b73867)が武曲、空と呼吸を合わせ、鈴蘭たちの中心にオレンジ色の炎をもたらした。
「っ!? 幻楼火……!」
「さて、神技流・霧島燐、参るである」
 忍者のうち二人が炎への恐怖を呼びこされている内に、霧島・燐(神技流空手伝承者の内弟子・b29825)は妖狐の力を司る三人を守れる位置、幻惑から逃れた忍者の前へと陣取った。肩を並べて駆け出した紅羽と火燐は唯一仄かな胸の膨らみを見せている女忍者の正面を封鎖して、同質のオーラをそれぞれの得物に纏わせる。
「真紅の翼、その目に焼き付けろ!」
「燃やしつくせ! アームブレード!!」
 斜め十字の軌道を辿るため、二種の刃が振るわれた。
 手甲によって無機質な刃は防がれてしまったけれど、守りを潜り抜けた真紅の刃が忍び装束の布地を切り裂いて鎖帷子を露にし、黒に包まれた体を燃え上がらせていく。
「残念だけどそう簡単に儀式はやらせないよ」
「準備完了なのである。逃がさないであるよ!」
 二人の後ろで静かに瞳を細めた風霧・來那(目指す先は今何処に・b71827)が虚空に描いた魔法陣を輝かせた。燐は雪の装甲を巧みに操り、闇雲に振り回されたクナイを受け流しす。
 幻ではない焔に照らされてやっと状況を理解したのか、鈴蘭が腰から九尾扇を抜き放った。
「多分、銀誓館学園だと思うけど……僕を謀るなんて、流石だねっ」
 扇で口元を隠した顔が、歓喜とも取れる年不相応に妖しげな微笑みに彩られていく……。

●お稲荷様の御前試合
 月明かりを切り裂いて、クナイが漆黒の弧を描いていく。逆手の刃で受け流し、小妖精を思わせる幻想的な衣装の裾を小さく斬られるに留めた紅羽は、燃え盛る女忍者の懐へと飛び込んだ。
「轟け雷鳴! サンダァァブレーーーク!!」
 跳び退る女忍者の脇腹を、オレンジ色のオーラが掠め取る。女忍者が着地すると共に実流の雷槍が着弾し、砕け、忍者たちの足元を走り抜けた。
「さぁ、御覧。僕の炎!」
「っ!?」
 たたらを踏んだ女忍者への追撃は成されない。火煉の瞳に、幻惑の焔が宿ったから。
 若干の余裕を得た女忍者はクナイを振るい、己を包む炎を振り払う。動けぬ部下たちを一瞥した後に、砂を蹴り火煉の間合いへと入り込んだ。
「させない!」
「こっちだ!」
 対角線上に立つ來那が穏やかな風を吹かせたが、炎の呪縛は解かれない。紅羽が横から真紅の刃を突き立てたけど、女忍者は燃え盛るに任せて闇に沈むクナイを振り下ろす。
「っ!」
「……何とか、間に合ったね」
 アームブレードをクロスさせて受け止めた火煉は、力を入れて女忍者を弾いていく。
 來那とは別の頂点から暖かな波動をもたらした舞衣は掲げた箒を引き戻した。
「……流石に、妖狐への対処法は心得ているんだね。誰に炎を見せたらいいんだろう?」
「そんな事、自分で考えろ!」
 真面目に取り合わず、紅羽はオレンジ色のオーラを纏っていく。実流の雷撃は妖狐たち全体を焼き払い、纏う装束の端々を香ばしいほどに焦がしていた。動けぬ情けない部下たちの代わりに奮闘する女忍者は、クナイを構えたまま立ち止まる。
「みんな、気をつけて! 多分、あれが来るの!」
 実流の言葉が示したとおり、木々の合間から尖った枝が浮かんでいく。あるいは隅に置かれていた小石が宙に浮き、戦場めがけて殺到した。
 自然の刃は分け隔てなく能力者たちへと降り注ぐ。枝が突き刺されば血が滲み、小石が掠めれば命の証が流れ出した。
 二重の意味で魔術兵装を破られた実流が膝をつく。巫女服を引き裂かれた空も身を抱いて、荒い息を吐き出した。
「案外、重いですね……ここは」
「攻めるよ!」
 細かな傷を消す風を吹かせた來那の背中を押す形で、火煉がアームブレードを振り上げた。紅羽も頷いて、刃の切っ先を砂の乱れた地面に向けていく。
 無機質な刃が女忍者の手甲を斬り飛ばした。真紅の刃は頭巾を破り、整った顔立ちと艶やかな黒髪を暴いていく。
「唸れ雷! ラァイトニングシューート!!」
 舞衣の波動で痛みをごまかし、実流も雷の砲弾を撃ち出した。
 夜闇を照らし走り抜けた雷弾は、吸い込まれるようにして女忍者に着弾する。
「――!」
 雷撃が走り抜けた衝撃に、女忍者は今宵初めて声を上げた。その可愛らしいとも取れる悲鳴が消えぬ前に崩れ落ち、時を待たずして光に溶けていく。
 最大戦力を失った鈴蘭は、九尾扇で口元を覆い隠し――。
「……対価は大きいけど、見切れたよ」
 ――鋭い光を宿した瞳は、微笑みの形に歪んでいた。
 意思に呼応したのか、燐と刃を交わしていた忍者が向きを変えていく。たった今呪縛から解き放たれた一人も、今まで自分に刃を突き立てていた銀へと近づいた。
 一つ目の斬撃は逆手に構えた剣で受け流す。二つ目の斬撃は身で受ける羽目になったけど、すぐさま己の意思でマヒ毒も猛毒も浄化した。
「やれやれ、面倒な相手だな」
 言葉とは裏腹に、銀の頬には冷たい汗が伝っていく。ギターを凍てつかせて放った一撃も鎖帷子に受け流され、バランスを崩してたたらを踏んだ。仲間が操る風を傷口が拒否していく中で、彼は瞳に炎を宿す。
「動きが鈍いよー? もう少し、自分がどう動くべきかを考えたほうがいいんじゃない?」
 嘲笑が響くと共に忍者たちがクナイを操り、銀の体を傷つける。傷ついた彼は己が操る技の対価、凍えた己の体が故に、暖かいな舞を受けても癒されない。
「武曲さん!」
「分かってる!」
 援護のため空と武曲が幻惑の炎を生み出した。一体の恐怖を呼び起こすことには成功したけれど、代わりにか最初から囚われていた個体が復活して銀の元へと駆けて行く。雷撃に焼かれたのみの傷しか持たないその個体は、勢いのままクナイを振り被り――。
「っ! ……させないで、あるよ」
 ――燐の肩を貫いた。
 更に重ねられた一刃が首を裂き、血が勢いよく溢れ出す。燐は動けぬながらも強い光を宿した双眸で、動き回る忍者たちを睨みつけた。
「穢れを祓う浄化の風よ!」
 両者に向けて、來那が柔らかな風を吹かせていく。毒素が浄化された燐は拳同士をぶつけながら、肩越しに自由を取り戻した銀へと視線を送った。
「我もあまり偉そうなことはいえないのであるが……皆の行動をよく見て、思考を読み取るといいのであるよ!」
 強い意思と共に吐き出した輝く息が、一人の忍者を凍らせる。中心を空の光が貫いて、輝きが爆ぜると共にその忍者も消滅した。
 残る守りは二。まともな守護を失ったも同然の状態で、鈴蘭は九尾扇を閉じていく。
「ははっ……いいねー。みんな、強くてっ」
 口元にも、目元と同様に妖しげな微笑みが浮かべられていた。

●これまでも、これからも
 桜よりも鮮やかな色の焔がまた一つ、紅に裂かれて消滅した。体を引き戻した紅羽は目の端に鈴蘭の姿を留めつつ、最後の忍者へと向き直る。黒頭巾の隙間から覗く双眸に炎を宿らせた忍者は、クナイを構えたまま動く事もできずに体を痙攣させていた。
「後一体、だね! 武曲ねーちゃん、みんな! さっさと倒しちゃうよ!」
「ああ、そのつもりだ!」
 舞衣の指先から離れた破魔の矢が、忍者の膝に突き刺さる。同じ軌道を辿った武曲の槍も、矢を二つに分かち貫いた。
 雷撃によるダメージの蓄積もプラスされ、動けぬ忍者が倒れていく。指先をぴくぴくと動かしている様から、虫の息であることは見て取れた。
「これで、後は……」
 來那の雷に焼き払われ、忍者は大地に己の姿を刻み込んだまま消滅する。残された鈴蘭は扇を閉じて微笑んだまま、ちらりと入り口方面へ視線を送り――。
「逃がしませんよ!」
「……誰も、逃げるなんて言ってないよーだ!」
 ――空の光を小さく跳んで避けた後、近づいてきた銀めがけて衝撃波を放った。
 銀はギターを横に構え、威力を完全に殺していく。
「逃げないのかい?」
「だって逃がす気なんてないんでしょ? 挟み撃ち程度だったら、逃げる事も考えたけどさ」
 魔法陣で増幅された來那の雷を弾きながら、鈴蘭は微笑み続けながらも覚悟を決めたという風に構えなおす。
「だったら参ったをすればいいじゃないか」
「それじゃ言い訳が立たないでしょ? それに……」
 低い姿勢をとった鈴蘭を飛び越えて、紅羽が装束の背中を十字に裂く。
 燃え盛る炎の中で、鈴蘭は光を集わせている武曲を指し示した。
「興味があるんだ。武曲はともかく、他の妖狐も抱き込んだ君たちに!」
「……何だか殊勝な心がけなのか違うのか分からないけど……ともかく、倒すよ!」
 溜息と共に視線を送り、舞衣が武曲と呼吸を合わせていく。放たれた矢と光は軌道を辿る内に合流し、光の矢となって鈴蘭の体を貫いた。
「これで最後の全力全開! ラァイトニングシューート!!」
 足元から粉塵巻き起こる実流の雷を受け、鈴蘭は空気が抜けたような声を漏らして膝を突く。
 だが、膝で身を支えて顔を上げ、再び扇を振り上げた。
「これで、終わりです!」
 衝撃波が放たれるんとする刹那、空の光が扇ごと鈴蘭を貫き通す。
 彼女は静かに空を仰いで行く。何かを紡ぐ暇も無いままに瞳を閉じ、命の鼓動は奏でたまま、気力も意識も手放した。

 優しい風が、戦いに火照る体を冷やしてくれている。
 静寂を取り戻した稲荷神社では枝葉のざわめきが響き始め、耳に快の感情を与えていた。けれども、全ての穢れが自然に消え去るわけではないから、境内を一望していた空が掃除を始めていく。気付いた実流も、心地よい笑顔で手を貸した。
 神社の中心には、気絶した鈴蘭が縄で縛られている。燐は自信に満ちた双眸で注意深く彼女を眺め、覚醒の時を伺っていた。けれども、実流が戻ってくる段になっても目覚める様子はない。
 仕方ない、と、彼らは帰還を――。
「ん……」
 ――開始しようとした刹那に目覚めた鈴蘭が、ゆっくり顔を上げていく。お目覚め? と舞衣が尋ねたら、おはよう、との声が響いてきた。
 状況は理解しているのだろう。鈴蘭は特に暴れる事もせず、ただ自らを縛める縄と傷の痛みに顔をしかめていた。
 彼女を覗き込み、舞衣が首を傾げていく。
「情報網って便利だよね? 何をしようとしていたの……? その方法を知りたいなっ」
「何って……」
 鈴蘭は視線を外さぬまま、しばらく小首を傾げていた。が……程なくして頭を振り、静かに瞳を細めていく。
「色々ありすぎて分からないや。だって、あればいろんな事ができるじゃない?」
「武曲さんは、何しようとしていたか見当つかない?」
 火煉が水を向けたけど、武曲は情報網を作ろうとしていたんじゃないのか? と首を傾げるばかり。特に、実利的な答えに辿り着いている様子は無い。
 これ以上、ここで話していても仕方ない。そう結論付けながら、來那が鈴蘭と瞳を合わせていく。
「これから銀誓館学園に向かうけど……立てるかい?」
「もう少し、縄が緩ければいけるかな。あ、安心して、逃げたりなんてしないから」
 無駄なことは嫌いだし。その言葉と共に見つめられ、紅羽は盛大な溜息を溜息を吐いて行く。だが、おぶっていくにせよ縄に縛られた美少女って目立たない? と言い返され、仕方なく縄から解放した。
「よっし! それじゃ、帰ろうぜ、みんなっ! 空も」
 鈴蘭の四方を囲む帰還の陣が整ったところで銀が元気な声を上げ、境内におまいりしていた空を呼び戻す。彼らは最終的な後始末を済ませた後、稲荷神社を後にした。
 ――後には薄桃色の花散る桜の木々と、変わらず見守るお稲荷様だけが残される。
 綺麗になったお稲荷様の細長い双眸が見守る先には、人々の暮らす街が眠っていた。眼を覚ませば静かに時も動き出し、子供たちの活気で満ちていくのだろう。
 皆が平和を守ったから。
 お稲荷様がそう望んでいるように。
 いつまでも、いつまでも。この場所を守る人々がいる限り――。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/04/27
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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