≪涼しい風がそよぐ場所で≫咲かずの桜 〜悲恋華〜


<オープニング>


 それは昼とも夜ともつかぬ薄闇のなか。
 少し前まで見ていたのと同じ、しかし違う桜を、涼風・ユエル(蒼穹のヒュペリオン・b47845)は立ち尽くしたまま眺めていた。
 ボクは知っている、とユエルはどこか夢見心地で考えた。
 これはきっと、あの桜だ。
 ボクたちが聞いた昔話の、そのなかに出てくる桜だ。
 軽く頭を振り、ユエルは自分と仲間たちをこの場所に誘った昔話を思い出す。
 それは何百年も前の、世界がもっと荒々しくて、人が腰に刀を差して歩いていた頃の話。
 お忍びの花見の席で、野盗に襲われた名家の姫。通りがかりにそれを助けた身分の低い若武者。
 そして芽生えた許されざる恋――桜の下の密かなる逢瀬。
 やがて家と因習に阻まれ、望まぬ祝言を挙げる姫。
 それを伝え聞き逢瀬の樹の下で腹を切って果てた若武者。
 伝え語りに言う、それ以来、春が来ても決してその桜は咲くことが無くなったのだと。
 咲かずの桜、悲恋華と呼ばれるようになったのだと。
 ではなぜなのだろう。
「会いたかった」
 薄明の空を背後に咲き誇る満開の桜――微かな風に花びらが永遠に散り続けるこの幽玄の世界に迷い込む方法が、その一言を口にすることだったのは。
 咲かずの桜が、ここでは目も眩むほどに咲き誇っているのは。
「最後の最後まで、そのお姫様が来ることを信じていたのかな……それとも」
 小声で呟き、ユエルはわずかに目を伏せた。
「来ましたよ。あれがきっと、そのお侍さん……」
 ユエルの傍らに佇み、リース・コンテュール(蒼猫に戯れる粉雪・b45906)は桜の向こうの暗がりから近づいてくるものたちを見つめた。
 腰に二本の刀を差した、自分たちより少し年上ぐらいの若い侍。しかしその目にすでに光はなく、濃紺の袴姿の足下に絡みつくのは太い鎖。その背後に従う胴丸をつけた三体の人影は、あるいは昔話に出てきた野盗のなれの果てか。
「想いが強すぎたのですね。死んでも忘れられないほどに」
 あるいは、その若武者は姫と共に桜の下で死して添い遂げようとしたのかも知れない。
 そんなことをふと考え、聖・りのあ(朱に染まれし白銀の大牙・b41874)は小さく溜息をついた。
「未練だけが残ってる……ってのは、よくねぇよな。誰にとってもさ」
 軽く頭を掻きつつ、暗都・魎夜(熱き血の覚醒・b42300)がわずかに腰を落として臨戦態勢に入る。
「遂げられぬ想いはこの幻の桜と共に大地に還そう――行くぞ、黒鋼」
 式銀・冬華(紅き退魔士と黒鋼の刀・b43308)の言葉に、その使い魔たるケルベロスが小さく吼え返す。
「侍ならば、この桜のごとく潔く散るがよい。妾が助けてくれりょうぞ」
「戦のなかで死すのが望みか? ならばオレが相手をしよう」
 微笑のフィーネ・カルストレニア(粉雪の精・b47860)と真顔のスペルヴィア・スパーダ(月咎哮狼・b48362)、重なる言葉と共に二人は同時に敵に向かい歩き出す。
 そんな仲間たちを見ながら、銀・翼(妄想するモーラット使い・b52203)は、モーラットの「くーちゃん」をぎゅっと抱きしめて。
「…………」
 そして、顔を上げて舞い散る桜を眺めた。

 この世ではないどこかの場所、想い出の時の狭間の空間で。
 一つの小さな戦いが幕を開けようとしていた。

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参加者
聖・りのあ(朱に染まれし白銀の大牙・b41874)
暗都・魎夜(熱き血の覚醒・b42300)
式銀・冬華(紅き退魔士と黒鋼の刀・b43308)
リース・コンテュール(蒼猫に戯れる粉雪・b45906)
涼風・ユエル(蒼穹のヒュペリオン・b47845)
フィーネ・カルストレニア(粉雪の精・b47860)
スペルヴィア・スパーダ(月咎哮狼・b48362)
銀・翼(妄想するモーラット使い・b52203)



<リプレイ>

 綺麗な桜の下には死体が眠るというけど、想いが強すぎて咲けなくなっちゃったのかな。
 現に今、満開の桜はすっごく綺麗。

 そんなことを思いながら、涼風・ユエル(蒼穹のヒュペリオン・b47845)はただ咲き誇る桜と、近づいてくる過去の亡霊たちを交互に見やった。
「……」
 無言の式銀・冬華(紅き退魔士と黒鋼の刀・b43308)は、険しい表情で袴姿の侍――昔話の若武者をただ見据える。
「くーちゃん、頑張ろう」
「もきゅ!」
「若武者さんのために」の一言を省略し、銀・翼(妄想するモーラット使い・b52203)が愛するふわもこと出陣の儀式を繰り広げる。
「綺麗な桜に女の子、と。こんな状況じゃなきゃ花見とかで楽しめたんだろうな」
 感傷とは無縁気味の暗都・魎夜(熱き血の覚醒・b42300)が、背後に控える使役のヤイバに合図をしつつ鎖剣を構える。
「無念を晴らすことは出来ないけど、引導だけは渡してやれるぜ」
「ええ、どうあっても己の想いに他人を巻き込んではいけませんよね」
 蒼氷の煌めきを宿す双の結晶輪を手に応じたのはリース・コンテュール(蒼猫に戯れる粉雪・b45906)。
「同感です」
 聖・りのあ(朱に染まれし白銀の大牙・b41874)が普段よりもやや低い声で応じた。
「侍とは、真の武士とはその散り際にこそ華を添えるものと聞き及びますです。あたしがあなたの無念の想いもこの地に縛り付けている呪縛もみんなまとめてぶち壊して、あなたに最後の華を添えてあげるのですよ」
 吹き渡る風の勢いが増して、降る花びらは花吹雪となった。敵も味方も薄紅に彩られた光景を見、面に悽愴の色を浮かべたスペルヴィア・スパーダ(月咎哮狼・b48362)は長剣を抜き放つ。
「生憎、此の身は風情も解さぬ狗に過ぎん。その無念、儚き桜花の如く、悉く喰い散らそうぞ」
「桜に武者か。ふむ、久しぶりに一句浮かんだぞぇ」
 ひたひたと寄せる敵と桜とを見比べて、フィーネ・カルストレニア(粉雪の精・b47860)が詠った。
「『咲き乱れ 寄せる想いを 悲恋華(ひれんばな)』……連歌じゃ、皆もこのいくさが終わるまでに下の句を紡ぐが良いぞ!」
 花を白雪に見立てたフィーネの扇がひらりと翻り。
 それきり音もなく。
 言葉もなく。
 永遠に散り続ける桜の下で始まる、死闘。

●歌
 いきなり疾風が走った。仲間の脇を一瞬で駆け過ぎたユエルが野盗の一人の胴を鋭く強く蹴り砕く。直後にリースを中心に生じた花吹雪ならぬ白い吹雪は、たちまち敵を氷で包み込む。
「人の恋路を邪魔する奴は、俺にやられて地獄に落ちろってな!」
 魎夜の背から生えた蜘蛛の足が別の野盗に突き刺さり、偽りの命を啜り取る。
「銀誓館学園千尋谷キャンパス高等部2年1組、聖りのあ!! いざ、参るのです!!」
 名乗りの声も高らかに、スペルヴィアと共に若武者に突進したのはりのあ。
「一対一の正々堂々の勝負を挑むべきなんでしょうけど……」
 振り下ろした闇色の刀身は敵の刀に受け止められて火花を散らす。
「あいにくとあたしは一人ではありませんので多勢を持って討つこと、許してほしいのです」
 若武者が浮かべた微笑を認め、自身も笑みを漏らすりのあ。が、続く袈裟懸けの斬撃をくらい表情を引き締める。
「もきゅっきゅ!」
 冬華の使役の黒鋼の炎と野盗の頭目の薙刀は相打ち、吼える黒鋼をくーちゃんが舐めて癒す。さらに野盗の錆びた刃が魎夜の身体に毒を打ち込んだ。
「これを、どうぞ…聖先輩…」
 一瞬迷った翼が投じた小瓶がりのあを癒したのを見つつ、フィーネが告げる。
「ほれ、そこを退け。お主らのような者は斯様な物語には不要じゃよ」
 巻き起こった氷雪の舞は若武者以外の三人を捉える。
「我が牙にて咬み裂こう! 貴公の無念諸共にッ!」
 獣の力を纏い長剣を若武者の肩口に叩き付けたのはスペルヴィア。若武者は直後に納刀、居合の一閃が体勢の崩れた彼に炸裂する。衝撃の余波は冬華がぎりぎりで見切ったが。
「……見事な剣だ! されど我等にも引けぬ理由が在るッ!」
「こっちは早く片付けるか」
 お隣の苦戦を眺め、気合いを入れた魎夜が再び蜘蛛足を伸ばす。それは野盗の胴を貫き、一撃で消滅させた。
「よっしゃ!」
 快哉の傍らで黒鋼と頭目の攻撃が再び交錯、そこへヤイバが乱入した。入れ違うように野盗がユエルに毒の刃を突き立てるが。
「轟け雷鳴! 青天の霹靂を受けてみろっ!」
 即座にお返しの雷が炸裂した。
「さて、脇役は早々に退散願おうか……!」
 仲間の強化を終えた冬華がスピードスケッチを放ち頭目を打ち据え、フィーネの吹雪が戦場を覆う。
 そのとき、若武者の凄まじい斬撃がりのあを直撃した。防具を貫き肉を裂く威力に昏倒しかかり、りのあはかろうじて耐えた。
「力負けは承知です。ですが……気持ちだけは負けないのです!」
 その長剣にはなおも力が籠もる。
「! 今一度、あなたにこの力、届きますように」
「聖先輩…どうか…」
 リースと翼との癒しの力が即座に飛び、りのあはかろうじて息をつく。
「雑魚に構ってられないね」
「よし、行くぜ!」
 ユエルの雷に魎夜の鎖剣が重なり、残る野盗は雷光の中に消滅した。
 その一方。
「!」
「がぉ!」
 上がる悲鳴。ヤイバと黒鋼の二体をまとめて薙いだのは頭目の刃。
「……余裕はないな。決めるぞ!」
「了解です!」
「疾く散るが良い!」
 持久戦は不利と見た冬華の言葉にリースとフィーネが合わせ、幻の絵と結晶輪と放たれた光の複雑な乱舞に呑まれて頭目も姿を消す。
 残りは若武者ただ一人。
 怪我人に治癒術を施しながら、全員で半包囲態勢を整えて。
 そのなかから真っ先に仕掛けたのはリースだった。
「そう、権利はあるんです。本当に幸せになりたいなら! 一緒に居たいなら!」
 叫ぶ声は氷の吐息。
「何もかもを捨てる勢いで駆け落ちすればよかったんです!」
 涙のように光る氷の粒は、しかし「否」という若者の表情に弾かれて消える。
 え、とたたらを踏んだリースの面上に剛剣が落ちかかり。
「!! キツイ……な」
 身代わりとなった魎夜の膝が崩れる。
「時間を稼ぐか」
 未だ全員の完治にはほど遠い状況を見、フィーネがぱらりと扇を広げた。
「妾の歌、聞いたであろう?『咲き乱れ 寄せる想いを 悲恋華』。して、お主は何と紡ぐか? 想いのたけを紡ぐがよいぞ」
 遠い昔、男女は歌を交わして互いの想いを伝え合ったというが。その遙かな記憶を呼び起こされたか、動きを止めた若武者の唇が小さく開いた。
『サキミだレ……よセル想ヒを……ヒ恋バな……とわ、に……』
「む?」
『永久ニ……護ラん、魄(はく)ト、なるとも!』
 凄まじい勢いで刀が振るわれ、受けたユエルの両腕を痺れさせた。
「……恋仲を裂かれた無念で留まっているのとは、違うのですか?」
 りのあが戸惑う。ある伝承に曰く、人に宿る霊には魂と魄の二種があり、死ぬと魂は天に還り魄が地に帰すという。若武者の言葉通りなら、彼はこの桜を護るために残ったことになる。
『……』
 大きく跳び下がり、自ら距離をとった若者の虚ろな目に光が宿る。
『来ぬ人は 来られぬものと 知るゆえに とどめおかなむ 彼の日の花を』
 死者の唇が言葉を吐き出す。
『桜を愛でし 吾が妹(いも)がため』
「……なるほど、の」
 フィーネはうなずき、扇の先を若武者に向けた。
「そちは、恋したときからすでに死んでおったか」
 歌の意味。
『桜が好きな最愛の人、来たくても来られぬその人のために、かつての桜をそのまま留めておこう』
 彼がそう望み、自ら命を絶った結果がこの空間だということか。
 自ら魄と――残留思念と化したというのか。望み叶うかどうかも知れぬままに。
「両思いで……でも、片思いだったのですね」
 リースは若者の笑みを複雑な思いで見やった。
 当時の事情を知るすべはないが、おそらく若武者は去る姫を黙って見送ったのだろう。若武者を恋うのと等しく家族の願いをも捨てられぬ情の深い姫であったのか、あるいは二人で逃げたとしてもそれが招く結果が故に姫は心から幸せにはなれぬと悟っていたのか。
 いずれにせよ。
「二人が結ばれる結末は最初からなかったんだね」
 ユエルが呟いた。
「それなら、何故出会ってしまったんだろう……哀しいよね」
「いや、むしろ羨むべきだ」
 驚くユエルの視線の先には、口の端に笑みを浮かべたスペルヴィアがいた。
 彼は若武者を見つめ、鏡に語りかけるように己の心の中で言葉を投げかけた。
 おまえは、狗だ。
 オレと、同じだ。
 そして、幸せな狗だ。
 身も心も、魂さえも捧げ尽くして護るべものを見つけて、笑いながら死ぬ狗だ。
 だからおまえは、もし姫が再び桜の下を訪れることがあればその桜をもう一度見られるようにと、それだけの為に己の命を使ったのだ。
 おそらく無駄に終わると知った上で。
「見上げた覚悟じゃな。だがのぅ」
 フィーネの言葉の調子が変化した。
「もはやそれも虚しいことぞ」
「ああ、姫さんはとっくに死んでるぞ? 甦るのが何百年か遅かったな」
 憮然とした表情の魎夜が告げる。
 出会いと別れがあって。
 命が散って。
 やがて銀の雨が降って。
 向ける相手もないまま、想いだけが甦った。
「あの、桜を守っても、もうお姫様は……」
 言いかけた翼は途中で口をつぐんだ。
 地縛霊。
 それは理性では制御しきれぬ己の想念に囚われた、人の残骸。
「それほどの想いが、覚悟があったのなら」
 唐突に冬華が歩き出した。距離を詰め、右手を上げて。
 死せるその頬に、全力の平手打ちを見舞った。
 皆があっけにとられて見守る中で、冬華は言い放った。
「何か道があったはずだ! なぜ最後まで抗わなかった? 戦って、愛の不屈さを証明して見せなかった? そんな呪われた身では姫を殺すことぐらいしかできん。心中など望まぬだろう? 死に至る愛など……」
 自身の過去でも思い出したか冬華は一瞬顔を伏せ、そして決然と叫んだ。
「黒鋼!」
 即座に刃を持つ魔犬が呆然としたままの若武者に躍りかかり、轟いた咆哮が死闘の再開を告げた。
「立派なお侍さん」
 桜吹雪のなかを突進しながら、りのあが呼び掛けた。
「もし叶うなら、今度はもっと違う形で立ち合えることを祈るのです!」
 渾身の力を込めた長剣が深々と胴をえぐる。
「本当は逢いたいんだろ? 俺達が送り出してやるぜ! ヤイバ!」
 死神の大鎌と、魎夜の背から伸びた蜘蛛足が突き刺さったのがほぼ同時。
「返礼じゃ。『叶わぬのなら 散るが定めぞ』、桜が如く潔く散るがよい!」
 細腕から放たれた巨大な光輝は、若武者の喉を貫通してよろめかせた。
「安らかに、眠ってください……」
 優しい言葉と共に翼が空間に描いた和装の娘の姿は、あるいは彼女が想像した侍の想い人の姿だったか。虚を突かれた若武者に一撃を加え、娘の幻影は溶け消える。
 ふらつく若武者がそこで構え直した。一刀を鞘に収め、ヤイバとその後方の翼に視線を向ける。
「させないっ……azuru!」
 リースが投じた結晶輪は、桜が舞い散るなかを氷の粒を撒きつつ飛んだ。肩を裂かれた若武者が抜刀と共に飛ばした衝撃波を、リースは戻ってきた得物を掲げて耐えた。
「もう終わりにしよう、きっと辛いだけだよ……その姫君も」
 雷光がユエルの言葉を乗せて迸り、夢幻の空間の一角を引き裂いた。なおも刀を掲げる若武者に、桜を回り込んだスペルヴィアが迫る。
「貴公に無念は無いと知った。だが」
 鋭い突きを紙一重でかわし、彼は身体が触れ合う距離に入り込んだ。
「此処に貴公の安らぎは無い」
 耳元に囁くと同時に、右手の指先がそっと首の後ろに触れた。
「彼岸の姫君の御許へ逝かれよ、猛き兵よ」
 若武者の身体を凄絶な振動が襲った。
 両膝が落ちた。身体の輪郭が薄れ始める。
 半ば閉じかかった目が桜を見上げた。
 視界に人影が割り込んだ。
 リース。
「あなたの想いはわかったわ、強くて弱いお侍さん。それでも、ね」
 淡い微笑み。
「『咲き乱れ 寄せる想いを 悲恋華 時と流れて 永久の契りと』……来世があれば、今度こそ手を伸ばして掴んでごらんなさい。あなたの知らない二人の幸せが、どこかにあるかも知れませんから」
 微笑と共に手を差し伸べるリースの姿に誰かの姿を重ね合わせたか、若武者はおずおずと手を伸ばし……消えた。
 同時に無数の桜の花びらが一斉に舞い上がった。それは薄紅色の渦と化して皆を取り巻き、視界を奪い。
 次の瞬間、消え失せた。
 立っているのはただの葉桜、あの世界に迷い込む前に見た『咲かずの桜』。まるで、花だけが若武者と共に去ってしまったかのように。

●恋
「皆さん、お疲れ様です……くーちゃんも、お疲れ様」
 白い帽子を目深にかぶり直し、手を伸ばして可愛い使役をぎゅっと抱きしめたところで、ふと気づいて向き直る。
「フィーネちゃんの宿題ですけれど……『咲き乱れ 寄せる想いを 悲恋華 成就を願う 常世の国で』です」
 恥ずかしげに披露した翼に向かって魎夜がうなずいた。
「悪くねえ。あの世でお姫様と幸せになって欲しいもんだな。オレのは……『桜は散って 想い還らん』とかどうかな?」
「いい句だと思うです。お二人とも」
 りのあににっこり笑顔で肯定されて、魎夜は照れた風に黙り込んだ。
「あたしのは『桜吹雪に 涙消え逝く』。桜には幸せが似合うのです」
「同感だ。『終わりし想い 新たな桜へ』……字余り」
 桜に向かって十字を切り、祈りの言葉らしきものを唱えていた冬華が近づいてきた。
「どんな悲恋も、光ある未来に繋がると信じるのみだ。用事は済んだ、ほら帰るぞ」
 冬華に追い立てられる魎夜たちの様子を見て微笑を浮かべ、ユエルは傍らで黙祷するスペルヴィアに目を向けた。
「あのお侍さんに思い入れがあるみたいだったけど。どう?」
「……『芽吹く若葉に 命煌き』」
 ぽつりと答え、ややあってから己を狗と呼ぶ娘は言い足した。
「彼は幸せだった、と思う。だがあんな無残な幸せではなく、皆が共にこの樹の下で幸せになれる、そんな未来をオレは望む」
「うん。私は『叶わぬ想いと 知りつつもなお』……かな。一緒に幸せになれないとは分かっていても、それでも好きなものはしょうがないよね?」
 しんみりと答えたユエルは桜を見上げた。脇のフィーネも、また。
「あれは見事な桜であったが……この樹も花をつけるようになるかのぅ?」
「うん。来年はきっと咲くよ」
 ユエルが力強くうなずいた。
「そのときには見に来たいの」
 物憂げに答えた少女の目が半ば閉じられる。
「『今一度 此花咲くや 悲恋華』……か」

 コノハナサクヤ。「短命なれど美しき者」を意味する古の女神の名。その名のごとく短い恋物語が生んだ桜の幻は大地に還った。
 でも、とユエルは思う。
 季節が巡り再び春が訪れて、咲かずの桜に花が咲くことがあれば。
 二人が結ばれて終わる新たな恋物語が、きっとその下で紡がれるに違いない、と。


マスター:九連夜 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2010/05/25
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