戦火の旧校舎


<オープニング>


「ねえねえ知ってる? この学校のさ、旧校舎ってあるじゃん。あそこの二階、『出る』らしいよ?」
 それはとある中学校、一年生の間で急速に広まった噂話。
 まだ入学して間もない彼らは、まだまだ校内にも知らない場所が多い時期だ。
 なんとも在りがちな『旧校舎』を題材にして毎年のように一年生の間に広まり、夏をピークに静まってゆくその噂は、その学校にとって春の風物詩のようなものだった。
 
「しかし、本当毎年同じ内容なんだな。不思議なもんだ」
 午後八時。
 そう一人呟いてその『出る』と噂の旧校舎二階を懐中電灯片手に歩く彼は、長年同学校に勤めている守衛の一人だった。
 赴任初年はその噂で連夜の見回りも憂鬱になったものだが、流石に何年も勤めていればここには『出ない』ことなど、校内の誰よりも良く知っている。
「まーしかし本当に『出て』こられても困るけどな。ははっ――ん?」
 冗談めかしてそう呟く彼だったが、とある教室の窓が仄かに光っていることに気付いた彼は眉を寄せる。そこはとうに使われなくなっている教室で、生徒でも教師でも中に入る理由は無いはずだった。
 ぞくりと背筋に走った寒気を振り払い、彼はそっとその扉を開ける。
 
「――え? あ、熱い!」

 扉の向こうは炎に埋め尽くされた別世界と化していた。開いた扉もいつの間にか炎に包まれており、慌てて彼は手を離す。
 その手を、炎の中から伸びてきた別の『手』がしっかりと握り締めていたけれども――。
 


「こんにちは、皆さん。今回はとある学校に地縛霊が現れることが予知されました」
 夕暮れの公園で能力者達を待っていた藤崎・志穂(運命予報士・bn0020)は、軽く会釈をした後にそう口火を切った。

 舞台となるのはとある中学校の旧校舎、その二階。木造で、建立は戦前の頃だと言う。
 実際に使われているのは一階の東西端にある音楽室と倉庫、それに二階の東端にある生徒会室程度だが、空き教室はそれぞれの階で六〜七室はあるようだ。地縛霊は、二階にあるその空き教室の一室に現れる。
「元々その場所は一度戦火によって半焼しているようです。しかも避難所として機能していたようで、多くの方がそこで亡くなりました。恐らく、その際の残留思念がゴーストの本体と思われます」
 その残留思念に、生徒達の恐怖や嫌悪と言った負の感情が毎年のように積み重ねられ――遂に、発露するということだ。
「生まれたその地縛霊は、自らの身を焼いた炎の熱さと痛みをあらゆる人に与えようと襲い掛かり、生徒や教師を何人も殺めた上で、旧校舎を完全に焼失させてしまいます。そうなる前に、できれば一人の犠牲も出す前に、退治してください」

 地縛霊は現時点ではまだ存在していないが、切っ掛けが加わればすぐにでも発現するだろう、と志穂は言った。
「切っ掛けは、旧校舎二階で『幽霊なんて出て欲しくないな』『お化けなんて居るわけない』と思うこと、またはそう言った内容の会話を行うことのようです。その恐怖、嫌悪感に誘われるように地縛霊は付近の空き教室へ現れるでしょう」
 噂が広まっている今では、旧校舎へ誰かが入れば――特に一年生が入れば、ほぼ確実に呼び寄せてしまう。急がなければならないだろう。
「ただ、旧校舎の二階は生徒会室しかないので授業中に誰かが来ることはありえません。また、生徒会役員は全員が二年生以上なので噂話をすることもないでしょう。放課後になると興味本位の誰かが入ってくる可能性は否定できませんが、少なくとも、昼休みや通常の休み時間は、生徒達によって地縛霊が現れる可能性は低いと言えます」
 現れる地縛霊は、完全に人型を取っているものが二体。大人の男性と中学生くらいの女子だ。それに、手だけが明確な形になっているものの、全体がぼんやりとした『もや』のような形になっているものが一体で合計三体となる。
「どの地縛霊も強い『魔炎』の力を持っています。火球にして投げつけてきたり、炎を纏って抱き付いてきたりするでしょう。『魔炎』に包まれてしまわないように注意してください」
 また、空き教室は一般的な教室と同じ広さだが、机や椅子は教室後方に片付けられているので、広い空間が出来上がっている。障害物になるようなものは少ないようだ。ちなみに音楽室には大きなピアノが、生徒会室には四角の形に組まれた長机があって、それらは移動したり戦闘したりする際の障害物になる。倉庫は荷物が一杯で、足の踏み場もない状態のようだ。
 地縛霊の『テリトリー』は旧校舎全体に及んでいる為、戦闘が始まれば旧校舎から出ることは出来なくなるだろう。だが逆に、教室から逃げることは可能なようだ。相手の戦力を分散させたり、得意な地形に誘き出すことも出来る。

「侵入するに当たっては、こちらでもその学校の制服と背広を用意しておきました。必要であれば仰ってくださいね」
 と、そこで志穂は「そうだ、大事なことを」と思い出したように続けた。
「旧校舎は木造ですが、近年になって防火用のワックスで一面磨かれています。でも今回の相手は『魔炎』を扱う地縛霊――戦闘の余波で床や壁に火が付いてしまうことがあるかもしれません。その場合は、一教室に一台ずつ配置されている消火器や、皆さんの力で可能な限り消火しきってください。火が広がりすぎると手に負えなくなります」
 多少の焦げ跡程度なら元々幾つか存在しているので、それを不審に思う人は居ないだろう。それが空き教室であれば尚更だ。生徒会室や音楽室、それ以前に旧校舎全体が焼失しては問題だが、そうでなければちょっと燃えたり焦げたりしても特別な説明は必要ではない。
「生徒や先生、守衛の方に犠牲者が出てしまうか、旧校舎が燃え尽きてしまったら依頼は失敗となります。火災被害は少ないほど良いことは勿論ですが、生徒会室と音楽室、倉庫の三室も出来れば被害がないようにしてください。まぁ、その三室が焼失しても旧校舎が残存していれば依頼は成功となりますけど……」

「相手は強力な地縛霊で、地形はむしろ相手に有利に働くでしょう。けれどだからこそ私達が退治しなければならない相手だともいえます。どうか皆さん、よろしくお願いいたします」
 静かな春風が吹きぬける公園で、志穂はそう言って深く頭を垂れた。

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参加者
叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)
黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)
骨咬・まゆら(グランギニョルの娘・b43009)
黒瀬・芙美(光香しき花・b48231)
風雅・晶(陰陽交叉・b54764)
日向・夏果(のんびりまったりいきましょう・b55022)
夜科・涼子(蒼穹の乙女・b55281)
鳴神・盟華(建御雷神の巫女・b75641)



<リプレイ>

●いざ、旧校舎へ
 鮮やかな橙色の光を放つ太陽が、西の果てへと沈んでゆく。東の空はとうに青紫色に染まっており、去りゆく太陽を追い立てているかのようだ。
 秒刻みで世界を闇が侵食してゆく中、能力者達は件の学校正門に集まっていた。時刻は午後七時を少し過ぎた頃。下校ラッシュの時間帯からは大きく外れており、辺りを通行する一般人も含めて人気は殆ど無い。
「幾つか、教室にまだ明かりが点いているね。先生かな」
 人目につかないよう念の為に『闇纏い』を使用して、正門から奥を覗き込んだ黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)が呟く。すると彼の背後からひょこりと顔を覗かせた叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)も闇のオーラを纏ったまま頷いた。
「ふむ。まぁ、流石にまだ無人になるような時間でもないか」
「でも暗いですね。今は兎も角、もう少ししたら明かりがないと何も見えなくなりそうです」
 同様に『闇纏い』で身を隠す風雅・晶(陰陽交叉・b54764)は、彼女らよりも更に一歩中へ進んで辺りを見渡す。後続の者達が気取られるような相手がいないかどうかの確認のつもりだったが、予想以上に閉ざされつつある視界に閉口した。どうやらこの辺りには街灯らしいものは設置されていないようだ。
「では、早めに移動しておきましょうか。待機するのであればここよりも旧校舎の方が何かと便利かと」
「そうですねぇ……一般人対策に延焼対策、今回は単に地縛霊を退治すれば良いというものでもありませんし」
 各々、持ち寄ってきたランプや懐中電灯などの照明器具の調子を確かめていた夜科・涼子(蒼穹の乙女・b55281)、それに日向・夏果(のんびりまったりいきましょう・b55022)がそう提案すると、能力者達は一同頷いた。
 偶然構内の人間と出くわしてしまったりしないよう、『闇纏い』を使用した三人が前方を進み、少し離れて残りの五人が追う形で校内へ侵入した能力者達。程無く、問題の旧校舎が薄闇の中からぼんやりとその姿を現した。
「あれか……あそこに、彼らが」
 ふと、骨咬・まゆら(グランギニョルの娘・b43009)が目を細めてそんなことを呟く。今回の相手は何十年も前の残留思念が具現化した地縛霊だ。戦火に焼かれる苦しみを知る彼女は、そんな彼らにも思うところあるのだろう。
 思わず隣の黒瀬・芙美(光香しき花・b48231)も足を止めて旧校舎を見やる――が、彼女は不意に別のことに気が付いた。
「? 盟華さん、大丈夫? 震えてる?」
「え? ああ……そう、ですね。震えています。緊張だか、興奮だかで」
 そう答えて小さく首を横に振ったのは鳴神・盟華(建御雷神の巫女・b75641)。今回が本格的なゴースト退治初陣ということで、表情もどこか強張ってぎこちない。
 芙美は薄く笑って言った。
「大丈夫。皆、ついてるから」
 それはシンプルだが、確かな鼓舞。
 盟華は頷いた。

●準備は万全
 旧校舎付近の茂みに身を潜めて待つ事数十分。もう完全に夜の帳が下りてしまった校内を、ゆっくりと移動する灯りが旧校舎の方向へ向かってくるのが能力者達の視界に入った。
「時間的には……守衛さんで間違いなさそうですね」
 晶はそう呟いて隣の夏果に目配せすると、彼女はこっくりと頷いた。
 やがて旧校舎までやって来た一人の男性――志穂の話にあった守衛の男は、腰の鍵束から慣れた手付きで鍵を一つ選び出すと、旧校舎の玄関を開錠した。
 ぎぃと重苦しい音を立てて開かれる、闇へ通じる扉。それを確認した夏果は素早く自身のカードを取り出すと、顔の正面にまで持ち上げた。
「イグニッション」
 そして彼女の宣言に従い、イグニッションカードが彼女の詠唱兵器や能力を一瞬にして解放する。
「ん? 何だ、誰か居るのか……っ!」
 その声が聞こえたのだろう、男が懐中電灯を声のした方向――夏果へと向ける。既に立ち上がっていた彼女の姿に思わず彼が跳び退くのも構わず、夏果は告げた。
「すいませんが、今だけ眠っていてください」
 そして彼女が静かに『ヒュプノヴォイス』を歌い始めると、男はその場で立ったまま寝入ってしまった。
「っとと。よし、とりあえずは第一の障害突破だね」
 倒れかけた男を素早く支え、そのまま旧校舎の壁を背にして座らせた和真が言う。と同時に、茂みに隠れていた他の能力者達も旧校舎の玄関に集まると、各々改めて照明を点けて視界を確保した。
「ん……鍵はこれかな。しかし、うーん……これは」
 完全に眠りこけている男が腰につけていた鍵束に手を掛けた識だったが、さっと流し見て眉を寄せた。それぞれの鍵にはテープで三桁の数字が振られているものの、それだけだったからだ。部屋の名前や施設の名前は書かれていない上に、鍵は鍵束に何十個もついている。
 けれど、盟華はそっとその鍵束を手に取ると言った。
「これではどれがどの部屋の鍵だか判りませんね……でも鍵のかかった部屋があっても困りますから、一応、お借りしておきましょうか」
 その後、旧校舎へ侵入した能力者達は、素早く二階へと進む。
 と、不意にまゆらが挙手をした。
「皆さん、地縛霊を呼び出す前にこの辺りの消火器を集めておきませんか? 地縛霊の現れる教室に集めておけば、火が点いてもすぐに消火できます」
「ああ、それは……あ、でも待って下さい。地縛霊の現れる教室って確か決まってなかったような」
 すぐに首肯した芙美だったが、話している途中でその勢いを無くしてしまう。志穂は確か、「地縛霊は付近の空き教室へ現れるでしょう」と言っていなかっただろうか。この辺り、という目星は点けられてもそれがどの教室かはわからないということだ。
「廊下に集めておけば良いと思いますよ。ゴーストのテリトリーは旧校舎全体……廊下なら教室に火が点いてもすぐに取りに戻れますし、探す手間も省けます」
 晶がそうフォローすると、話は決まった。能力者達はそれぞれ付近の教室に散って消火器を集める。うち幾つかの教室には鍵が掛かっていたが、そこは盟華が虱潰しに鍵を回して開錠した。
 最後に涼子が廊下に四本目の消火器を並べると、パタパタと走り回っていた足音が一斉に止み、旧校舎を静寂が支配する。
「これで準備は万全……始めましょうか」
 そんな彼女の言葉が、暗く沈んだ夜闇に染み込む様に響いた。

●戦火の旧校舎
 地縛霊を呼び出す為、廊下の真ん中に集まったまゆら、芙美、晶、それに夏果の四人は口々に幽霊の噂話を始めた。
 先ず先陣を切ったのはまゆらだ。少し声色を変えて怖がる雰囲気たっぷりに言う。
「ここで昔、たくさんの人が死んだそうです。本当に幽霊が出たら……怖いですよね」
「ゆ、幽霊なんて……いませんよね」
 やけに堂に入った彼女の怪談口調に思わずどもる芙美。晶は大仰に肩を竦めて答えた。
「勿論。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』という言葉がありますように、本当の幽霊などいる訳がないのです」
 そして呆れたような口調の夏果が続く――
「そうそう、幽霊なんていまどき出るわけないですよねぇ」
 と。
「おでましだ」
 和真が自身のカードを取り出しながら見据えたとある教室の窓。それまで漆黒の闇だけを映していた筈のそこは、内側からの灯りで煌々と輝いていた。位置的にはまゆら達が話していた場所から教室半分程東方にずれた部屋。即ち掻き集めてきた消火器から教室半分程離れているということだが、その程度の距離なら態々改めて移動させる必要も無いだろう。
 彼の言葉でゴースト出現を知った能力者達も、彼の背を負って件の教室へと集まる。そしてカードを掲げた。

『イグニッション!』

 掛け声を揃え、戦闘体勢を整えた彼らは雪崩れ込むようにして教室へ突入した。
「! っく!」
 瞬間、火傷しそうな程の熱風が室内から吹き出してくる。夏果は前衛に飛び出ると同時に素早く『雪だるまアーマー』を纏ったが、それもその熱で溶かされてしまいそうだった。
「何て熱量……これが、地縛霊の魔炎」
 一気に噴出してきた汗に表情を歪めながら『リフレクトコア』を自信に施す芙美。晶もまた、額に脂汗を浮かべて『白燐奏甲』を纏わせた『風姫』(日本刀)を握り締める。
「あなた方を含め、ここで亡くなってしまった方々にはお悔やみを申し上げますが……この炎、その歪んでしまった想い……きっちりと祓わせていただきます!」
「ぎゃあああああっ!!」
 だが、そんな彼の言葉に返されたのは、少女型地縛霊から吐き出された『魔炎の息』だった。最前線に居た夏果を直撃したその炎は炸裂し、彼女のフォローに回ろうとしていた識の全身を炎で包む。
「叢雲さんっ! く、ダンテ! 彼女を止めて!」
 『黒燐奏甲』を身に纏ったまゆらが悲鳴染みた指示を飛ばすと、彼女の使役ゴーストであるダンテ(ケルベロスオメガ)は背中のブラックセイバーを煌かせて炎の中を疾走、女子型地縛霊に強烈な体当たりを食らわせる。
「ぐっ、くぅ……た、建物に……引火はしていない……なら、突き進む、まで!」
 魔炎に包まれている識は気丈にそう言い放つと、ダンテの突進を受けたばかりの女子型地縛霊目掛けて手にした大剣――『月夜見荒魂尊 穿』(斬馬刀)を振り翳した。暗く深い闇のオーラと共に振り下ろされたその一撃は地縛霊の体力を吸い取り、彼女の火傷が幾ばくか癒える。だが、その直後にも燃え盛る魔炎は彼女の身を苛んだ。
 涼子は『雪だるまアーマー』を施し後方へ下がり、男性型地縛霊のパンチを『クレイモア』(斬馬刀)で受け流しつつ前方へ躍り出た和真は頭上でそれを振り回して『旋剣の構え』を取る。
 そんな彼らの合間を縫うように、もや型地縛霊の吐き出した『魔炎の球』は後方で構えていた盟華を直撃した。咄嗟に両腕を上げて防御したものの、炸裂する炎が彼女の表情を歪めさせる。
「吾が……始祖より受け継がれし守護精霊、荒鷲の魂を今ここに!」
 けれども痛みを堪え、弱音を吐くことなく彼女は改めて『トーテムスピリット』を使用した。
 彼女の呼びかけに応えて現れた守護精霊が能力者達の傷を癒し、力を宿してゆく。個々に使用していた補助能力などを維持する為に一部力の付与を拒絶する者もいたが、神々しいその姿は能力者達を奮起させるには十分だった。

●燃え盛る世界で
「まずは回復役から、ですねぇ……総てを凍てつかせる氷雪よ!』
 先程の返礼と言わんばかりにそう叫んだ夏果が『氷の吐息』を女子型地縛霊に吹き付ける。瞬く間に地縛霊の全身を魔氷が覆い尽くしてゆく――が。
「ああ、あぎゃああっ!」
 突如、辺りに吹き荒れた魔炎を伴った炎が魔氷を吹き飛ばしてしまう。そればかりか、その風は能力者達を等しく焦がすと更には教室の各所に炎をばら撒いた。
「拙い! く、くそ!」
 一層勢いを増した炎の中で嘆いた晶、ダンテと共に女子型地縛霊に突進する。それを彼らの背後から飛来した芙美の『光の槍』が援護した。
「私に任せて!」
「おおお、おあああっ!」
 盛る炎の中で涼子は素早く風雪を練り始める。しかし、その隙を狙って男性型地縛霊が彼女目掛けて『魔炎の弾』を投げつけた。
「危ない――ぐぅぁっ!」
 咄嗟に身を挺してそれを庇う和真。彼女の代わりに彼の全身が魔炎に包まれる。
「黒瀬さん……っ! く! 吹雪け、そして鎮まれ!」
 彼の痛ましい姿に表情を歪めた涼子だったが、それに気を取られて手を止める訳にはいかなかった。そして発動する彼女の『吹雪の竜巻』。辺り一体を巻き込んだ大吹雪が、教室の魔炎を根こそぎ消化してゆく。
「早く、お休みなさい……永久に」
 そして、女子型地縛霊はそんな言葉と共に向けられたまゆらの『呪いの魔眼』によってその身を引き裂かれ、炎に消えた。また、盟華が祈りを込めて『赦しの舞』を舞うと、識と和真の全身を覆っていた魔炎が幻のように霧散する。
 すると再び炎に包もうと言うのか、もや型地縛霊が識目掛けて『魔炎の弾』を投げつけた。
「そう何度も世話にはならないよ」
 しかし、それを見越していた彼女はそれをひらりと回避すると、返礼の『暴走黒燐弾』を叩きつける。
「――っ!」
 口が無い為に声こそ聞こえないものの、黒燐蟲の群に身を貪られる苦悶に身を捩らせる地縛霊。弾けた黒燐蟲達は男性型地縛霊にもその魔手を伸ばし、傷を負わせた。
 更にそこに夏果の『氷の吐息』が覆い被さり、もや型地縛霊の全身を魔氷で覆い尽くす。
「あなたにも……光が届きますように」
 そして祈りの言葉と共に投げつけられた芙美の『光の槍』がその胴体を貫くと、もや型地縛霊もまた炎に戻るようにして消失した。
「ぐおおぉぉっ」
 同胞の消滅に慄いたか、唸り声を上げて男性型地縛霊が握り締めた拳を振り上げる。すかさず晶が『ダークハンド』でその身を引き裂いたが、地縛霊は止まらない。『黒影剣』を繰り出した識の胴体に、他の地縛霊とは一線を画す拳が突き刺さった。
「っ癒し切ります!」
 堪らずその場で膝を付いた彼女を涼子の『祖霊降臨』が癒す。その隙にダンテの爪、それに盟華の『雷上動』(和弓)が彼女の傍から地縛霊を引き剥がし、まゆらの『呪いの魔眼』がその身を内側からズタズタに引き裂いた。
 そして。
「貴方には同情する……けれども、だからって新たな犠牲を出すなんて許されることじゃないんだ」
 そう次げた和真の影が、炎の灯りの中を地縛霊に肉薄する。呆けたようにその影へ視線を落とした地縛霊の顔面を握り締めた影の腕は、一切の躊躇無くその首をもぎ取り最後の地縛霊を炎へと屠ったのだった。

●鎮魂の祈りは遠く
 地縛霊が作り出していた炎のテリトリーが消失すると、急激に下がった体感気温に戦闘の終了を実感する能力者達。
「何とか……被害は最小限って感じだねぇ。散らかりはしたけど、目立つような焦げ跡はない」
「これで、噂は噂のまま……現実には何も起きない。本当に良かった」
 辺りを見渡して夏果が呟き、芙美が胸を撫で下ろす。
「そう言えば、消火器は結局使わずに済みましたね。戻しておかないと……あ、あと鍵と」
 盟華がそう言うと、和真が頷いた。
「備えあればってね。使わずに済んだなら何よりさ」
「私も手伝います。それと……さっきは、ありがとうございます」
 彼の背後から消火器に手を伸ばした涼子がそう言って頭を下げると、照れた和真はわざとらしい咳払いをする。
「討つことで、少しでも供養になれば良いが……? まゆら、それは何だ?」
 と、どこからか小さなコップに水を汲んできていたまゆらに識が声を掛けると、彼女は答えた。
「焼け死んだ人は水を欲するといいます……彼らの渇きが少しでも癒えれば、と」
 彼女が備えた水に、能力者達は各々手を合わせる。
「あなた方が願った平和は今ここに。生まれ変わるその時まで、今は安らかにお眠り下さい」
 晶の祈りが、静かな夜の旧校舎に響いて消えた。


マスター:秋束紗桐 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/05/05
得票数:楽しい7  カッコいい5  ハートフル1  せつない2 
冒険結果:成功!
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