<リプレイ>
● 詠唱調律車両内部に吹き荒れる、霊気の嵐。それは否応も無く能力者達を飲み込み、押し流そうとしていた。 狭くはないが、決して広いとも言えない車両。皆の数メートル前方に立つ白装束の男が、この霊気の源だ。 「これが……英霊、ですか……!」 一見すれば、糸目で優しげな風貌をした優男。だがこの男が発する圧倒的な存在感の前に、瀬戸・早夜(苛烈な専制君主・b03400)も驚きを隠せない。 そして更に彼の異様さを引き立てるのが、横に立つ3体の『異形の者』達だろう。 一人はまるで、戦国時代から抜け出してきたような鎧武者。しかしその鎧の中身は、人の死した姿――髑髏。手にした太刀が夕暮れの陽光を反射し、鈍く輝いている。 もう一人は、妖艶な裸身の上に呪符の布を巻きつかせた女性。その顔も呪符で覆われており、表情などは窺い知る事も出来ない。 そして最後の1体は、腕だけが異様に膨れ上がった鬼。普通の大人ほどの背丈だが、筋骨隆々とした巨大な腕のアンバランスさが、異様さを更に際立たせているようだ。 「成る程……これが試練、って訳ね……」 「みたいだね。だからこそ、乗り越えれば資格があるって認められるんだろうけど」 額に汗を浮かべ呟いた金森・あかね(天然符術士・bn0003)に、如月・芙月(高校生符術士・b01111)が応える。 皆が持つ符術士としての力。その力の極限を白装束の男――陰陽師が極めたのだとすれば、件の者達は差し詰め『式神』。それならば、あのような異様な姿も頷けるものだ。 「どうやら今回はおチャラ気は抜きっスね……一応陰陽師の家の跡継ぎとしては、負けれない勝負だしね」 「私も負けられない……想いだけでも、力だけでも駄目なのだから……」 この『試練』にかける思いは、人それぞれ。二葉・良(時給弐百伍拾伍円也・b02951)のように、自らの出自に対するプライドを賭けた戦いでもあれば、桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)のように、自らの生きる道――未来を賭けた戦いでもあるのだ。 「私は八束の露――一手、ご指南願います」 榊を両手に、迎え撃つように呟いた八束・露(中学生符術士・b51083)。丁寧ではあるが、その言葉にはやはり露自身の決意が籠められている。 陰陽師が放つ霊気や、3体の式神が放つ殺気は、ますます膨らんでいく。このままこの車両を降りてしまえば、何事も無かったように日常に戻れる事だろう。 だが。 「さすがは英霊となるだけの力の持ち主……だけど、勝てない訳じゃない……!」 ありったけの決意を込めた瞳で、陰陽師を見据える穂宮・乙樹(温厚なる桜前線・b62156)。その乙樹が放った気魄が、僅かに陰陽師の眉を動かす。 「俺は符術士である事や、符術士の仲間に、誇りを持ってます」 そう言い、一歩前に進み出た暮井・牧人(日暮色二番星・b71102)。その視線は決して逃げる事なく、眼前の4体へと注がれている。 「だから、これからもこの力と共にありたい。この力で全てを守っていきたい。その為に……俺達は、貴方に勝たなくちゃならない!」 それこそが、決意の表れ。牧人の言葉に、全員が僅かに抱えた自らの迷いを完全に振り切る。 『汝等が力……見せて貰おうか』 静かに口を開いた陰陽師。彼を力で臥せさせなければ、認められた事にはならないのだ。 「あぁ、上等だ……」 自らの昂ぶる高揚感を抑えるように、静かに答える夕空・陽(青空カンタービレ・b16450)。両手に嵌めた術手袋『幸せの青い鳥』『陰陽五行ノ理』の上から、拳をぎゅっと握り締める。 「往くぜ、絶対てめぇらに俺達を認めさせてやるよ!」 その裂帛の気合を込めた言葉が、引鉄となった。髑髏の鎧武者と鬼が、皆へと襲い掛かる。 これが全てを賭けた、符術士同士の極限の戦いの始まりであった。
● 鎧武者は太刀を、そして鬼は腕を振り上げ、文字通り鬼気迫る勢いで皆との距離を詰めてくる。 通常の戦いであるならば、符術士は中衛、もしくは後衛に位置するのが殆ど。前衛に立つ事など滅多な事が無い限り、経験した事はないだろう。 だが、今回のメンバーは全員符術士であるため、そのような前例は全く意味を成さない。誰かが前へ立ち、攻撃を受け止める壁とならなければ。 考える間は無い。敵の攻撃は眼前に迫り、今正に襲いかかろうと――。 ゴツッと響き渡る鈍い音。思わずあかねが目を瞑る。 『……!?』 暫しの沈黙。恐る恐る目を開けたあかねは見る。鎧武者の太刀も、鬼の腕も、能力者達には届いていなかったのだ。 「残念でした……やらせないよ?」 「ここは俺達が抑える。女は……任せた!」 牧人と陽だ。牧人は手にしたヨーヨー『キャラクティカ』の紐を器用に操り、鎧武者の太刀に巻きつけ攻撃を防ぎ。陽は迎撃のために、全ての神経を術手袋に集中させる事で鬼の強烈な拳を受け止めたのだ。 二人の声に弾かれるように、鎧武者と鬼の合間を鋭く回避し、呪符女へと駆け出した者がいる。乙樹だ。 迫る乙樹に対し、呪符女の長い黒髪が伸びる。拘束し動きを封じようと言う狙いであったが、乙樹はその攻撃を辛うじて回避する。 「(……あの攻撃、あまり長い時間はもたないかも知れない)」 走る合間、乙樹が考えを巡らす。牧人にしても陽にしても、例え皆のサポートがあったとしても、あの鋭く強烈な攻撃を防ぎ続けるのは、ほぼ不可能に近い。 ならば、どうすれば? 考え、辿り着いた結論は奇しくも、皆が思い描いていた通りの答えであった。 「まずは呪符女だよ! みんな、乙樹さんのサポートを!」 芙月が声を飛ばすと同時に、女目掛けて手を振るう。その手に虚空から生み出された符が現れ、瞬時に女目掛けて放たれる。 「回復手から倒す……常識ですね」 露も合図を受け、眼前に意識を集中させる。見る間に集束していく光。それはやがて一本の槍を形成し、敵を貫く槍と成り。閃光と共に女目掛けて一直線に飛ぶ。 『!』 襲い掛かる遠距離からの攻撃。次なる行動に気をとられたか、呪符女の反応が一瞬遅れる。その間隙を突くように、芙月の呪殺符は女の右肩へ命中し、そして露の光の槍は左足を貫く。苦しげに口元を歪ませる呪符女。 更に迫り来るは乙樹のガンナイフ、銃刀『黒椿』とレイピアの鋭い攻撃。まずはこれで1体仕留められる。 誰もがそう考えた時、英霊の陰陽師が動いた。 『……四海の大神、百鬼を退け、凶災を祓え……急々如律令』 口早に唱えられた呪文、その詠唱が終わった直後。皆にまるで嵐のように、虚空から生み出された符が次々と襲い掛かる。 「きゃあ!」 「これは……麻痺の符……!?」 避けきれずに符を受けてしまったあかねと早夜が膝を付く。後方からの式神のサポートが中心と聞いていた英霊。絶妙のタイミングで能力者達の動きを封じにかかったのだ。 戦線は二人が脱落する形で崩れ落ちた。後は強力な威圧感と共に、式神達が力で能力者達を捻じ伏せるであろう。
だが。まだ天は、銀誓館学園の能力者達を見捨ててはいなかった。 「……危ないところだったわ」 歩みを、駆け足を止めない者がここにいた。 それは強い信念と共に駆ける、さながら桜を纏う戦乙女と化した乙樹。 「これ以上、時間をかけずに早く終わらせるわ……真っ二つに、切り裂け!」 一閃。まさに刹那の一撃。全力を込めて放った瞬断撃が、呪符女の身体を切り裂いた。身に纏った呪符ごと切り裂かれ、女は裸身を晒しながら、瞬時に消え失せる。 戦線の一角を崩しあう、双方の怒涛の攻撃。次なる一手を先ずるのは、果たしてどちらだろうか。
● 呪符女を葬り去り、俄然勢いを増す能力者。その攻勢はなお、留まる事を知らなかった。 まるで次の指示を仰ぐかのように、英霊に振り向きかけた鎧武者。そうはさせじ、と猛烈に攻勢に出る牧人。 「余所見するなっ、お前の相手は俺!」 翻弄するようにステップで接近しつつ、三日月の弧を描く鋭い蹴撃を放つ牧人。確実に足を止めつつ、敵の攻撃は回避。更に攻撃で徐々に追い詰める。中学生とは言え、侮れぬ力を持つ牧人の才能の高さを示していると言えよう。 「どうやら、僕もまだまだ捨てたものではないみたいですね」 強力な麻痺からいち早く抜け出した早夜が、ほっとしたように呟く。全員が符術士なため、回復手段は限られている。その中で麻痺を脱する事が出来たのは、運が彼に味方したと言えるだろう。 徐に早夜は、手に嵌めた術手袋「月狂華『穿』」を構える。その狙いは、牧人の動きに惑わされている鎧武者。翳した掌に、放電する球体が現れる。 「今度はこちらからいきますよ?」 その言葉が合図となり、球体は掌を離れ凄まじい勢いで鎧武者目掛けて飛んでいく。 『!!』 鎧武者が気付いた時には、既に球体は避けようも無い程迫っていた。咄嗟にガードするが、その身体を衝撃が突き抜ける。高い威力を誇る雷の魔弾は、たとえガードしていても全てを防ぐ事は不可能なのだ。 牧人の追い込みで体力を磨り減らしていた身体に、早夜の強烈な一撃。 そしてここに、更なる最後の一手。 「急急如律令、汝、在る事を禁ず!」 良が振るった右手には、電光剣『神通剣』。そして逆の手には、破壊を齎す符、呪殺符――! 次の瞬間、ちらりと英霊へ視線を飛ばす良。その目に映ったのは、まるで品定めするようにこちらを見つめる英霊の姿。 「……現代に生きるアンタの系譜、しかと見せ付けてやるぜっ!」 ニヤリと笑い、同時に左手を振るう良。その手から放たれた符は、一筋の線を残し、鎧武者の頭部を捉える。命中率が低い呪殺符だが、その威力は折り紙つき。況してや頭部に命中すれば、たとえ弱っていなくとも致命傷になったかも知れない。 『……!』 声にならない叫び声を残し、鎧武者の姿が消え去る。残す敵は、あと2体。 一方の鬼の方も、能力者達は互角以上の戦いを繰り広げていた。 「いいぜ、俺の前に立ちはだかるってんなら……まずはてめぇからぶっ潰してやるよ!」 陽の気合を込めた一撃が、鬼の身体を捉える。ぐらりと身体を崩す鬼。鬼の強烈な攻撃を喰らうも、こまめに気を練り上げ、体内に巡らせる事で回復を重ねている陽。華凛や露の援護もあり、英霊の援護を受けた鬼を徐々に追い詰めていく。 「(……二年半前、私は鬼に敗れている)」 戦いながら、過去の苦い経験に思いを馳せる華凛。その経験さえも糧とし、今日まで戦ってきた華凛だが、いざ再び『鬼』を目の前にすると、苦い記憶が何度もリフレインするのは、仕方ない事だろう。 だが。華凛は昔の華凛では無い。 大事なものを失い、見つけ、また失い。苦しみを、悲しみを抱え今日まで生きてきたのだ。 華凛の手に抱かれた宝刀『氷華』が、主の想いを汲み取るかのように透き通った輝きを放つ。 「今度こそ……乗り越える……!」 放たれた光の槍。華凛の積年の想いを乗せた一撃は、流星となり――鬼の胸を貫いた。 『――!!』 断末魔の咆哮。胸を貫かれた鬼は天を仰ぎ、そのまま掻き消える様に姿を失う。 全員の勝利に賭ける執念と思いは、もう少しで報われようとしていた。
● 城を護るべき城壁は全て失われた。残すは陰陽師の英霊、唯一人。だが、まだ安心は出来ない。先ほどの麻痺の護符、あれを再び使われれば――それならば取る手はただひとつ……速攻あるのみ、だ。 早夜が放った雷の魔弾が、英霊を襲う。だが、流石は英霊にまで昇華した存在。追い詰められてなお、攻撃を回避する余裕を見せる。 だが。 英霊よ。貴公の築いた礎は悠久の時を経て、更なる進化を遂げたのだ。 括目して見よ。ここに集った9人の若者達が――否、この世に存在する全ての符術士が、今貴公を超えようとしている様を――! 「……あかねさん、大丈夫ですね?」 「もちろん……しっかり麻痺しちゃったお礼、返させてもらうわっ!」 互いに声をかけ、寸分違わず同時に放たれた露の光の槍と、ようやく麻痺から回復したあかねの雷の魔弾。それは早夜の攻撃を回避した直後の僅かな隙を、狙いすましたかのように突いた。回避する事も叶わず、その身で攻撃を受ける英霊。 一気に押し潰すかのように放たれる攻撃の嵐。英霊は力を振り絞るかのように、良が放った呪殺符を辛うじて回避する。 しかし、抵抗もここまでであった。 「見せてあげるよ……ボク達の覚悟を。そして……想いを!」 芙月が叫ぶなり、大きく右手を振るう。その指先に生み出された呪殺符に、全ての想いを籠めて。 『……!!』 英霊の細い目が見開かれる。気付いた時には眼前まで迫っていた呪殺符。回避する事もガードする事も不可能な距離。弾けるように炸裂した符が、英霊の体力を大きく削り取る。 かくしてここに幕は下りる。遠距離攻撃の暴雨の中、一人詠唱調律車両の中を駆けていた陽。その指が、英霊の額を捉えた。 「俺達の力を……その身体に刻みつけな!」 最後の切り札、とっておきの白虎絶命拳。如何に符術を極めた英霊といえど、弱った体の内部を駆け巡る衝撃に、もはや為す術は無かった。 『……』 再び目を閉じる英霊。その胸中に去来するモノは、一体何なのか窺い知る事は出来ない。そのまま何も言わず、語らず。英霊は霞のように消え去ったのだった。
「終わっ……た?」 そう呟くなり、乙樹が力が抜けたようにその場に座り込む。元の静けさを去り戻した車両の中に、もう敵の姿は無い。 「大丈夫かい? 乙樹ちゃん」 見れば良が片手を差し出し、にっこりと微笑んでいる。暫し躊躇した後、その手を取り立ち上がる乙樹。 「やはり……英霊と呼ぶに相応しい方でした」 「そうだね。あれだけの符術を使えるなんて、予想以上だったかも」 激戦を振り返るかのように、英霊を語る露と芙月。自らを障壁として、未来の子孫達に符術の御魂を伝えようとしたのだろうか。 「ねね、乙樹ちゃん、こうして会うの2度目だし、もうこれはうんめーだって!」 そんな皆の後ろでは、良がしきりに乙樹に口説き文句を語っている。肝心の彼女がどう思っているかは不明だが、こんな光景が微笑ましく見れるのも、自らの使命を果たしたと言う安堵感からだろう。 牧人は車両内部を見渡す。この中に入るのは、学園入学時以来だろうか。力に目覚めたばかりの過去の自分を思い出し、感慨に耽る。 「……あの頃に比べて、強く、なれてるかな」
各々が見せた、折れぬ心と真っ直ぐな魂。 それは符術士としての力に、更なる煌きが宿った証でもあった。
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参加者:8人
作成日:2010/05/14
得票数:楽しい1
カッコいい38
知的1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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