修学旅行2010〜幻の島バラスで熱帯魚と泳ごう


<オープニング>


 修学旅行は、6月14日から6月17日までの4日間で行なわれます。
 この日程で、小学6年生・中学2年生・高校2年生の生徒達が、一斉に旅立つのです。

 今年の修学旅行は、南国沖縄旅行です。
 沖縄そばを食べたり、美ら海水族館を観光したり、マリンスポーツや沖縄離島巡りなど、沖縄ならではの楽しみが満載です。
 さあ、あなたも、修学旅行で楽しい思い出を作りましょう!

●地図にない島、バラス島へ
 西表島の上原港からボートで10分ほど北へ行くと、バラス島と呼ばれる小島があります。
 そこは、砕けた珊瑚の欠片のみで生まれた、紺碧の海に浮かぶ白い楽園。
 数分で一周してしまうほど小さな無人島ですが、年々大きくなっていっているんですよ。
 地図にも載っていないため、『幻の島』『奇跡の島』とも呼ばれます。
 バラス島周辺の海も驚くほどの透明度で、地球という名の広大な水族館に来ているかのよう。

●シュノーケリングで、青の世界を覗いてみよう
 波打ち際から水深1mぐらいまでは、海底にもバラスが続いているんです。
 更に沖へ向かうとすぐに深くなり、水深3m前後に。
 島から30mも離れれば、あっという間に水深8m前後の光の世界へと招かれます。

 そこでは、可愛らしい縞模様のシマハギの群れが行き交い、鮮やかな黄色が特徴的なヒフキアイゴや、ヒメアイゴ、サヨリが優雅に視界を横切ります。
 南の海のイメージにぴったりなチョウチョウウオ、清涼感のある青緑のデバスズメダイを始め、多くの熱帯魚が、海面の人影に「なんだなんだ?」と集まって来るんです。
 若干人に慣れたような素振りで泳ぐ魚もいるので、間近で熱帯魚を見たい方にオススメですよ。

 そして、この一帯の海底に群生するのは、太陽の光をたっぷり浴びたエダサンゴとハマサンゴ。
 珊瑚たちの隙間からは、小さなエビやカニが、こっそり顔を覗かせているかも。
 また、エダサンゴはバラス島を形成している欠片の元でもあるんです。生きる姿と、精一杯生きた姿……その両方を見て、人生について考えてみるのも良いかもしれませんね。

 修学旅行3日目は、終日自由行動!
 この機会に、熱帯魚や珊瑚たちが泳ぐ永遠にのびるエメラルドの海を、覗いてみませんか?

 ※島には日陰がございません。即席テントを張るなどして、日除け対策して下さい。
 ※島へはシュノーケリング専用ボートで行きます。(お手洗い、簡易シャワー、日除けテント完備)
 ※観光後は、石垣島のホテルで宿泊する予定です。


●学園の廊下にて
「あの、自由行動でどこ行くか悩んでるんですか?」
 修学旅行のしおりを眺める君は、かかった声にゆっくりと振り返った。山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)が君の様子を窺うように覗き込んでいる。大きな瞳が、期待に満ちて煌いているように思える。
 ふと彼女の腕を見遣れば、バラス島やシュノーケリングの関連書籍が抱えられていた。
 君の視線に気付いたのか、真緒は少々気恥ずかしそうに肩を竦めた。
「写真見てたら、バラス島に行きたくなっちゃったんです。珊瑚の欠片で出来た地図にない島だなんて、素敵じゃないですか。シュノーケリングもやったことありませんし……」
 期待と興奮にか、真緒が声を弾ませる。
「あっ、泳ぐの苦手でも大丈夫だそうですよ。ぷかぷか浮ければ充分楽しめます」
 真っ先にその話題が出てきたため、泳ぎが苦手なのかと、君は彼女へ尋ねる。
 すると真緒は慌ててかぶりを振り、鼻を鳴らした。
「これでも背泳ぎ得意なんですよっ。……足が着かないとこでは、まだ泳いだことないですけど」
 そこで、僅かに外された目線が再び君へと戻る。
「休憩中にバラス島へ上陸して休んだり、ボートに揺られるのも良いですよね」
 花を飛ばすかのような朗らかな笑顔で、彼女が言い募る。
 その言葉を聞き、君は再度しおりを見下ろした。
 どうやら合間に休憩時間を挟むらしい。シュノーケリングで身体を動かした後、ボートや島で軽食を取り、充分休んでから再び遊ぶ流れだ。
「脱ぎ着しやすいラッシュガードもあるみたいで、初心者でも気軽にできるかなって思います。水着でシュノーケリングもできるんですけど、その……背中が日焼けしやすいみたいで。背中の日焼けで夜眠れない人もいるって聞きました。なので水着で入るなら、上にシャツか何か着ると良いかもですね」
 あどけなさの残る笑みで、次から次へと言葉を紡いだ彼女は、漸くそこで話を止める。
 喋りすぎちゃいました、と決まりが悪そうに真緒がちょこんと舌を出す。
 そして彼女は、行くなら気をつけなければならないことがあると付け加えた。
「海中の珊瑚に触ったり、魚に餌をあげるのはダメだそうです」
 生態系や環境の都合だろうと納得した君へ、それもありますけど、と真緒が首を傾ける。
「珊瑚は毒を持ってるものもいるので……無闇に触るとヒリヒリしちゃいますよ」
 ふふ、と殆ど吐息だけで笑った少女が、真っ直ぐに君を射抜く。
 視線こそ君に在れど、心は既に沖縄――バラス島へと向かっているようだ。
「あっ。引き止めすぎちゃってごめんなさい。一緒に行けるのを楽しみにしてますね。それではっ」
 少女は手を振り、軽い足取りで君の前から立ち去ってしまった。

 君は自由行動でバラス島へ行く? それとも行かない?

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参加者
NPC:山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)




<リプレイ>

●地図に無い島
 夏を目指す陽光が降り注ぎ、茹だるような暑さが大海へ煌きを生む。
 海面では、のどかな無人島がひょっこり顔を出していた。西表島の上原港からボートで十分程のところにある、バラス島だ。
 そして、島はボートに揺られ上陸した少年少女の、確かな息吹きを受け止める。
 いち、に、とプールの授業を思わせる掛け声を誰かが発する傍ら、軽やかな足取りが過ぎていく。
「すごい! この島、晴れた空にぽっかり浮かんだ雲みたいだね!」
 ハイビスカスのような色の目を輝かせた明の言葉に、近くでデジカメを構えていた真緒が、笑顔を向ける。
「それ、とっても素敵な発想ですね!」
 照れを含んで笑った明だったが、不意に吹き抜けた潮風に煽られ、麦藁帽子が宙を舞う。慌てて白珊瑚が創りあげた雲の上を駆ければ、帽子の端を掴んだ瞬間、彼女の身体は海へ派手にダイブして。
 びしょ濡れになりながらも楽しげな明を目撃し、シベリアの視線が思わず泳ぐ。今し方、螢に「泳ぎに自信があるか」と問われたばかりだが、さすがに苦手であることを、露骨には話せない。
「もちろん得意ですが、どうしてもと言うのなら、エスコートさせてあげてもよろしくてよ?」
 つんと胸と虚勢を張ったシベリアの手を、螢は瞳を眇め掬い取った。
「では、いざ水中へ」
 熱帯魚と戯れ、珊瑚の王国を泳ぐ。そのために、二つの影は歩みだした。
 念入りにテントを設営し、休憩場所と日陰を確保する者もいれば、さっさと紺碧へ飛び込んだ者もいる。砂浜とは異なる白き珊瑚の足場に目線を近づけ、ひとつひとつを手に取る者も。時間はバラス島へ上陸した時点で止まり、そしてそれぞれの時間が始まったのだ。
 海へ向かう人々の後背では、シュノーケリングベストを着るのに手間取った加奈の姿がある。待ちきれないらしいミカが、ばたばたと足踏みを繰り返していた。
「加奈ちゃん、海綺麗ですよ! 早く行きましょう!」
「うんっ、わ、ミカちゃん、まって〜」
 加奈の準備が整うと同時、ミカは彼女の腕を掴み、大海原へまっしぐら。互いに水着を褒める声が愛らしく零れ、声はやがて海へと消える。
 代わりに島から聞こえてきたのは、首を傾ぐ彩華の声。
「えっと、シュノーケリングベストもあった方が宜しいでしょうか?」
「万が一ってこともありますから、着るに越したことは無いですよ」
 念には念を。楽しく遊ぶには、そこへ至るまでの準備も大事ですからね、と真緒が拳をぎゅっと握り締める。気合の入った彼女の様子に、彩華はくすくす笑った。
 最果ての島まで、飛行機を乗り継いで訪れるだけの価値を求め、少年少女は島を離れていく。
 彼らを見送るシュノーケリング用のボートだけが、波間に揺れる。
 程なくして、島から人の気配が消えた。

●青の世界
 青のしじまに漂うのは、悠久を思わせる光と音。
「怜、見た!? 派手な魚がいっぱい!」
 山で育った身の上としては、胸を躍らせずにいられないのだろう。海面へ一度顔を出した晴香は、シュノーケルに水が入ることも厭わず、甲高い声音で怜へを呼ぶ。
 呼ばれた方は、着用したラッシュガードで背を隠せているか時折確認しながら、青より浮上してきた。
 今し方目撃したのは、多くの色で覆われた魚や珊瑚だ。御伽噺を連想させる光景に包まれ、怜はひとつの考えへ至る。
「まるで、水族館の水槽の中に潜ったみたい」
 地球という名の、水族館に。
 その広大な地球水族館を、探検したい気持ちに駆られているのはアンナとウォッチャーだ。
 少しずつ環境に慣れれば、多少島から離れることもできる。時折魚や珊瑚を指で指し示し、また互いの位置を視認しながら、沖へ沖へと遊泳する。記憶へ刻みたいのは、『ちょっと特別な何か』だった。だから、ここまで探しにきたのだ。
 ――水の中に、こんな世界が広がってたなんて……。
 アンナが、瞬きすら忘れ見入る。
 清らかで透明度の高い一帯の海は、まるで磨き上げられたかのように明瞭に、色や形を彼女達に見せてくれていた。紛れもない、大自然からの贈り物。地上では知ることのできない世界に、別の世界へ来たようだと、ウォッチャーも感嘆の息を漏らす。
 そんなウォッチャーを見遣り、いつかクロウさんにも見せてあげたいと、アンナはマスク越しに微笑んだ。
 泳ぎに不慣れな者が、緊張と不安で心を膨らませる一方で、真弥のように、泳ぐことそのものを好む人たちは、難なくコツを覚え、大海へ挑んでいた。
 上昇止まないテンションを抑制できずにいた真弥は、陽射しを浴びて輝く海面に、桜色を見つける。青に映える薄紅色を気にしつつ海面めがけ首を突っ込めば、そこには太陽の色が似合う少女の姿があって。
「あ、ね、もう潜ったってことは見たんだよね?」
 生子に話しかけられた真弥は、数度瞬いた後、鼻を鳴らした。
「ああ、がっつり潜ったぜ!」
 そして思い出したように生子が名乗ると、真弥もつられる。そして、ふんわりした雰囲気を纏う生子の唇は、次第に海中で知った興奮を刷き始める。
「すごかったよ! 綺麗な魚が珊瑚礁の隙間をこう、するするーってね」
「そうそう、キレイなんだよなー!」
 眼下に透る夢のような情景を、二人が次々口にした。会話のネタは止む事を知らない。
 しかし、一度区切りを見つければ、後は相手へかける言葉も定まっている。
「良かったら今から一緒に潜ろうよ!」
「ああ、二人でもっとすげーの探そうぜ!」
 ニカッと笑った真弥が生子の手を取り、先に顔を水へつけた。
 ぶくぶくと泡が浮き上がり、生命であることを感じさせて、しまいには消滅する。仲間達は既に、海底の神秘を味わっているようだ。
 しかしジャックは、暫しバラス島という名に、感動を懐いていた。本で名を知って以来、片時も頭から離れなかった幻の島。そこへ、まさか実際に訪れることになるとは、想定外だったのだろう。マスクをつける間も惜しむように、周りの風景を目に焼き付ける。
「ところで蘭……泳ぎに自信は在るか?」
 ジャックの質問に、同じくマスクの位置を調節しながら、海面から映る景色を堪能していた蘭が振り向く。
「あたしがそげなひ弱に見えとん?」
 笑顔こそ柔らかく、その潔さにジャックも頷き、「心強い」と一言呟いて珊瑚の周辺へ蘭を手招きした。
 ――この珊瑚が朽ちて寄り集まり……バラス島となったのか。
 時間の流れと、長い歴史を紐解くかのような浪漫を覚える。ゆっくり呼吸を整えるジャックは、ふと潜る前に蘭へ問うた。
「探している魚があるのであれば、俺も手伝おうか」
 すると、蘭はやや鋭い目つきを和らげ、キョトンとしばたたく。
「かまへんけど、ええの?」
「今日誘って貰った礼だ……任せろ」
 ジャックは無精髭を撫で、唇へ笑みを刷いた。

●魚が見る夢
 小さな離れ小島の海は潮通しもよく、珊瑚や魚の数や種類は、沖へ行く程多くなる。
 イワシの群れが、からだをキラキラ反射させながら少年少女たちの眼前を通り過ぎた。
 『Under the Same Sky』の仲間達もまた、群れが織り成す銀彩に目を奪われていて。群れを見送れば、暫く魚達も気ままに泳ぎまわる。そのため、間を悠々と進むことができ、泳ぎに自信の無いエルレイも、そんなエルレイを見守る和真や美桜も、安心して沖へ来ることが叶った。
 生き物達の活気に満ち溢れた世界が、ここにはある。
 目と肌と耳で感じられる沖縄を、美桜はくすぐったそうに笑顔の材料へと変えた。
 不意に、ほら、と和真が二人を呼び珊瑚を指す。珊瑚の合間からこちらを窺う熱帯魚たちに、エルレイと美桜の頬も上気する。
 驚かさないように魚を追う彼らの近く、せっせと珊瑚のポリプを啄ばむ魚達を眺めるのは『虎』だ。
「ラクシュ先輩、いま魚に食われた!?」
 多少もごもごしながら深青が驚愕に目を見開く。何故ならほんの数秒前に、ラクシュの頬を黄色鮮やかな熱帯魚がするりと泳いでいったからだ。インクはぶつかっただけではないかと首を傾ぎ、深青は食べられたと思い惑って、当人のラクシュはキスされたのだと感じた。
 小さく肩だけで笑ったラクシュは、何度も海へ潜りに来てしまう人の気持ちが、少しだけ解った気がして。
 ――サンゴって、カラフルな星空みたいだなあ。
 インクはふと、海面を見遣る。仰いでも見下ろしても、この世界には星空がある。彩りこそ異なれど、その独特の輝きはそれぞれしか持てない。
 インクが恍惚を眼差しへ秘める頃、深青は綺麗な海が世の中にはまだあることを、身体と心で実感していた。
 ――どっかで汚くなっちゃった海を、ここの海みたいにしたい。
 胸に滾る情熱は紛れもなく、深青の意志と願いだ。
 潜行の人影を見学していた加奈は、やたらぷかぷかしてしまう感覚から潜ることができず、けれど現状にも嬉々として笑顔を絶やさなかった。そんな加奈の傍らで、ミカも同じようにぷかぷかする。真似っこだ。
 ――フカフカのお布団みたいで気持ちいいー♪」
 魚を追走しようと足をバタつかせるミカだが、回遊する彼らには勝てず、ふと加奈を振り向いた。二人でゆっくり回れば良い。そう考えたミカの視界に、仰天の事実が飛び込んでくる。
 身振り手振りで感動を伝えようとする加奈の周りでは、いつの間にか、魚の群れがぐるぐると弧を描いていたからだ。
 魚と戯れる少女があれば、別の場所では活き活きとしたタコを発見する少年もいた。
 海の中があまりに現実離れしていて、ぼんやりしていた翔太の目の前へ、そのタコが突き出される。
「みて! ぐにゃぐにゃきもちわるーい!」
「うわーほんとだ! すっごいぐにゃぐにゃ!」
 突き出した側である暁が、真夏の太陽を思わせる満面の笑顔を向ければ、翔太も両足をジタバタさせて喜ぶ。捕らえられたタコは、そんな二つの人物を不服そうな目で見ていて。
「でもタコって、何となく、ひわいじゃね?」
 沈黙に襲われたのは、翔太の一言が原因だった。
「……え、何。どういう事だかよく解らないよ僕」
「なんだよー急に真顔なんなよ! 暁君、保体百点だったくせに!」
 途端に賑やかさを増した空気を、タコは見逃さなかった。二人がタコから気を逸らした僅かな隙に、タコのかいしんのいちげき!
 墨が見事に命中したのは、暁の顔面だった。
「ざまみろー」
 翔太の小悪魔的な笑い声に反応し、暁は拭った墨を真っ先に彼の顔へ塗りたくる。
「ほらほらしょーた君、墨!」
「やめろーばかー! 僕に年齢制限ついたらどうしてくれるんだ!」
 安心したまえ。既に(墨で)目線は隠してある。
 結局そのままバカ騒ぎへと突入した二人を、タコが他人事のように見送る。
 そうしてふざけあう二つの色を、悠久の中で珊瑚たちが、ただじっと見守っていた。

 箱バケツ越しに知った青の世界は、紗更にとって万華鏡を覗くような気分だった。
 彼女と戦、二人が覗き込んだ二つの箱バケツ。直接顔をつけて見下ろす海中とはまた違う、不思議な楽しみ方がそこにはある。
 視界こそ狭まれど、自分たちだけの場所が、この箱バケツの中に存在するのだから。
 けれど、真の意味で「愉しい」と紗更が感じるのは、一緒に居てくれる人のおかげなのかもしれない。幸せだと思える今だからこそ、海に溶け込んでしまいそうな少女は、隣を一瞥する。
「……ひとに恋をして陸にあがった人魚も、こんな気持ちで、誰かと海を眺めたりしたのかしら?」
 最後まで言い終えるや否や、なんてね、と気恥ずかしげに肩を竦めた。
「人魚、か……僕には、君が人魚の様に見えるよ」
「えっ」
 深海や夜にも似た藍の瞳を、紗更にがしばたたく。乏しい表情ゆえに悟ることの難しい戦だが、世界の終わりを見つめる彼の眼差しは、はじまりの心を映す。
 ――海に還らないで、僕と共に陸に居て欲しい……なんて、言ったら君はどう答えるだろう。
 胸の奥へ畳み込んだ想いは、しかし言葉へ変えずに。
 唐突に、戦様の水族館はどんな感じですか、と訪ねられ、戦は頬を緩める。ふと、紗更が静かに手を差し出した。
「入館チケットです。入館料は、戦様の望むもので良いですから」
 夏の暑さとは違う温かさを覚えながら、戦はチケットを受け取るかのように、そっと手を重ねて。
「入館料は……紗更の時間。このひとときを、僕にくれないかな」

●白き珊瑚の見る未来
 宝石をちりばめたかのよう。
 美しい島を一望できる場所へ腰を下ろし、シベリアはそう告げた。幻や奇跡と例えられても、決して大げさではないと感じる。だからこそ、螢と共に浸っていたかった。
「この光景、丸ごと欲しくなりますね」
 切り取るように指で四角い枠を作り、螢が呟く。
 休憩のため島へ上がった人々は、尚もバラス島の近海へ身を委ねたままの、同じ修学旅行の仲間達を傍観しだす。
 『ウシ研』のマリーテレーズは、恐る恐る目を開き、一面の青に息を吸うのを忘れた。僅かな怖さもあったが、無数の生命の営みが溢れた世界を知れば、それもすっかり吹き飛んでしまう。
 息を呑むとはこのことかと、賢吾もまた果てしなく広がる生きた芸術に、ぐっと拳を握り締め唸った。
 ――感動でござる! 書物などで見るのとは、全然違うでござる!
 震える拳を下ろせば、近くでウミウシを捜し求める蛍の姿がある。海底のおしゃれさん、などと呼吸に鼻歌を交えているが、恐らく周りには殆ど聞き取れない。しかし充分楽しそうな蛍を見習い、賢吾も魚の群れへ、忍び寄ってみる。
 静かに観察すれば、海の生物たちは実に興味深い行動を見せてくれるのだ。肝心の「驚かさない」ことが難しいのだが。
 海中の景色に見惚れたマリーテレーズは、やがて大海に抱かれた自らを溶け込ませるように、力を抜き、集まる魚たちに身も心も委ね始める。触りたい想いこそあれど。
 その姿はまるで乙姫様のようだと、賢吾は感心で一度だけ頷いた。
 沖へとやってきたのは、彼らだけではない。
 波打ち際から練習を始め、漸くここまで来たのは彩華だ。気ままに参加した真緒や鏡、明たちと一緒に、深い水底へと意識を向ける。
「お魚さん達、お邪魔していますわ」
 通じずともそう声をかけた後、彩華が眼下に広がる珊瑚の平野に圧倒された。
 ――これが、島を作った欠片の本来の姿……。
 生と死。時間の流れ。歴史。あらゆるものを彷彿とさせる海底と海上の珊瑚へ、きゅっと締まるような切なさを連れて想いを馳せる。
 一方、ふよふよ漂う鏡は、真緒と並んで潮の流れや、ちらほらと寄ってくる生物の息吹きを眺める。
 明も同じことをしていた。陽光に照らされた水面を掻き分け、やがてその境界線をも景色の一つとして、記憶に焼き付ける。

 珊瑚や熱帯魚たちが陸へ戻るボートを黙って見送った。また遊びに来てと願うかのように、ずっと。
 やがて海は表情を変える。
 幻と呼ばれた白きバラス島は、誰にでも訪れる夜を迎えようとしていた。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:28人
作成日:2010/06/16
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