【夢幻街道】けらくの道

<オープニング>


 濡れたような魚の体に生えた無数の足は、ギチギチと蠢いていた。その透き通った羽根や魚のどこか愛らしい表情とは裏腹に、嫌悪感を抱かせる百足の足。
 思わず榛・遥(陽の欠片を抱きし者・b31027)が遠回・彼方(回り道・b48023)の背中に隠れると、彼方は反射的に薙刀を構えた。
 彼方とて、虫が大好きという訳ではない。
「これは魚よ、虫じゃないわ!」
「むしじゃないのか……」
 少しがっかりしたように、水蛭子・椿(神に棄てられし魔性の歪・b44748)が言った。どちらかというと、椿一人にとっては虫であった方が良かったようである。
 数も5、6体とそう多くはない。
 薙刀の先を魚へと向け、光の槍を発射する彼方。ひるみつつも、遙は閃光を放って魚を仕留めていく。
 現れた魚は羽根を羽ばたかせながら、一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。しっかりとその魚の様子を見ながら、椿はこくりと頷く。
 ちらりと遙と彼方を振り返り、椿は片手で黒燐蟲を放った。
「やっぱり、むしだよ! むし、む〜し、さかなむし」
「どっちでもいいですから!」
 いや、遙にとってはどっちでもさして変わらない。平然と拳でたたきつぶしている藤咲・神威(暁の修羅・b35120)や毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)が信じられない。
 一通り片付けると、神威は魚が消え去った地面をじっと見下ろした。
「別に、これは単なるゴーストだ」
 恐れる程じゃない。
 あっさりとそう言うと、神威はさっさと家へと入っていった。椿もひょいと駆けだして彼を追い抜き、家に飛び込む。
 最後に遙がゆっくりと周囲を見回すと、皆の後を追いかけて屋敷に足を踏み入れた。
 ……その瞬間である。最後に遙が入ったのを待っていたように、バタンと扉が閉まった。はっ、と振り返った彼方の足下が、ぐらりと揺れる。
 目が回る。
 景色が回る。
 それと同時に、とてつもない痛みが体を襲った。
「くっ……何が……起こって……!」
 体を抱きしめるようにして、彼方が痛みに耐える。椿や修二といった仲間も、その傷みに耐えているようだった。
 しかし体を揺さぶるような酷い酔いと痛みで、やがてふうっと彼方達の意識は途絶えていった。

 それはほんの数秒の事であったかもしれない。
 遙の声だろうか……声を上げているのを聞いて、神威がゆっくりと手に力を入れた。目を開くと、いつの間にか屋敷の玄関口に倒れていた。
 ……いや。
「……何だ、ここは」
 いやそこにあったのは、屋敷だけではない。この屋敷の向かい側にはまた違う邸宅が続き、そしてそれらは幾つもひしめき寄り集まっていたのである。
 道の下を見ると、それらはずっと下の方まで続いている。その先はどうなっているのか、雲がかかって見えなくなっていた。
 元いた場所でもなければ、そもそも元の世界でもない。
 ここにやってきた入り口すら見あたらなかった。
「どこに来たんだ、俺達は……」
「これは珍しいお客がお出でになったものですね。生きたヒトがここまでたどり着くなど……いや、ただのヒトではないという事ですか」
 ふいに声が聞こえ、神威が振り返る。
 そこにはぽつんと和装の男が一人、立っていた。
 落ち着いた様子で男は何故ここに居るのか問いかけ、丁寧な物腰で一礼した。口調や様子からして、彼も生きた人間ではないのであろう。
 身なりこそ和装をきちんときこなしているが、そもそもこんな場所にぽつんと現れる事自体が奇妙だ。
 答えを探す神威にかわり、射守・史(和魂洋才・b10894)が一歩前に出て答える。
「招かれた訳ではなく、故在ってここに連れてこられた……と言えば分かるだろうか? 俺達は突然消滅、出現をする古民家を追っているうちにここに来たのだ」
 史は、暗にここに現れるはずのゴーストは全て倒してしまったと言っていた。それを男が分かっていたか、それとも本当に偶然迷い込んだ人間としか思っていないのかは彼の表情からは読み取れなかったが。
 この手のゴーストと交渉しても無駄だというが、せめてここがどこなのかは効き出さねばなるまい。
「返答次第で、今後の俺達の対応も変わるがな」
 神威がやや低い声で脅すように言うと、ふぅ、と男は息をついて後ろを振り返った。彼の後ろには、古い旅籠の看板がかかった両開きの玄関がある。
「私はここでゴーストを導く、案内人。ここに現れたリビングデッド達を、視肉の元へと連れて行く役目を負っております」
「視肉……?」
 聞き慣れない言葉に、神威が眉を寄せる。
「通常死人は、愛する者の血肉をすすらねば体や理性を保つ事が出来ません。ですが視肉という特別なリビングデッドの肉を食う事で、我々は愛するものの血肉を十分に取ったと同じ状態でいる事が出来るのです」
「それは残念だったね、我々は生きた人間だから視肉ではないし特別なエサにはなりえない。そして、しばらく観光をしたらすぐにお暇したい所だ」
 ヒュー・メイスフィールド(百万回生きたくも・b36152)は、男に静かに詰め寄る。一体ここは何なのか、どうすれば出られるのか、何の為にあるのか。
 ただ、調査を依頼されたからにはここを一通り調べねばならない。出来れば出口を確保出来るものなら、先にしておいた方が安心して調査に取りかかれるというものだ。
 ヒューや史の落ち着いた問いただしに、男も観念したのか少しずつ話し始めた。
「ここは先ほども言ったように、化け物……アヤカシ、ゴーストと呼ばれるものが住む場所です。ここからの出口は最下層にしかありませんから、お帰りになるなら最下層まで向かわれるしかありません」
 うっすら男が嗤っているのに気付き、ぐいっと修二が胸元を掴み揚げた。修二の背丈では、容易に男の足が地を離れる。
「ただで帰しちゃくれないんだろうな」
「まあまあ落ち着いて」
 ヒューが修二の手を押さえ、男を解放する。
 彼が言うには、ここからこの道をまっすぐ下へと歩いていく。建物がひしめくその間は細い路地のようになっていた。宿場や町並み保存地区からぽんと取ってきてランダムに置いたかのように立ち並ぶ旅道具の店や旅籠。いずれも人の気配はなく、しんと静まりかえっていた。
 細い路地を延々と下っていくと、そうして張り店へとたどり着く。ノスタルジックな張り店や揚げ屋の集まった一角は、妖しい匂いが漂う。
 しかしその奥には、大きな赤い門がある。
「行きはよいよい、帰りは怖いと申しまして。そこの門には門番がおります。美しい揚羽蝶の着物を着た、足下までの黒髪を持った女でございます。うちでは自慢の娘・蝴蝶。門前の揚げ屋から彼女の伝票を取って参れば、彼女も格別な計らいをしてくれましょう」
 しかも、その奥には更に強力な番人が居るという。
 とうてい倒せるものではないと男はうすら嗤った。その笑い顔は、修二のガントレットで潰されて、かき消える事になる。
 ずるりと地面に崩れ落ちた男を、守矢・小織(花縹・b09044)は少し切なそうに見下ろしていた。
 いずれにせよ、そのまま放置して去る事は出来なかったのだから情を掛ける必要などなかったのは分かっている。
 突然現れる古民家に、そこへ誘うリビングデッド。
 そして現れる無「人」の街。
 ぽんと現代から切り離された小織は、街田・良(常葉香・b02167)の側に身を寄せる。しかし投げ出されたのは自分達だけではなく、ここには確かに大切な人や仲間がいるのだ。
「大門か……それを抜ければ、最下層へたどり着くんだね」
 道は細く入り組んでいるが、いずれの道も下へと続いているようである。良は小織の手を取ると、振り返った。
「ともかく、まずは古民家からこの街へたどり着いた事、ここであった事を伝えるのが先だ。一度最下層に下りて、脱出しよう」
「そうだな、お前等がくたびれちまう前に帰り着かねぇとな」
 修二の言葉に、くすりと小織が笑った。
 皆無事に帰なければという気持ちは、小織だった良だって、むろん他の全員同じなのだ。
 しっかりと前を向き、歩き出す。
 帰り路へと……。

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参加者
街田・良(常葉香・b02167)
守矢・小織(花縹・b09044)
射守・史(和魂洋才・b10894)
榛・遥(陽の欠片を抱きし者・b31027)
藤咲・神威(暁の修羅・b35120)
ヒュー・メイスフィールド(百万回生きたくも・b36152)
水蛭子・椿(神に棄てられし魔性の歪・b44748)
遠回・彼方(回り道・b48023)
NPC:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)




<リプレイ>

 どこかで、気配がした気がした。
 姿は見えねど、ここに現れたあの最初の屋敷あたりから次第に弱々しくなって来ている。声も姿もないが、遠くで誰かが歩いているような行き交う物音など、かすかに感じていた。
 後ろを振り返るヒュー・メイスフィールド(百万回生きたくも・b36152)に気づき、榛・遥(陽の欠片を抱きし者・b31027)が立ち止まった。ヒューと同じように周囲に耳を傾けてみるが、遥の耳では何も聞こえなかった。
 水蛭子・椿(神に棄てられし魔性の歪・b44748)や修二達には先ほどから気になる気配があるらしいが、こちらは最下層に急がねばならない身。それがゴーストであるとすれば、相手にしている余裕はなかった。
「ああいう案内役が居るなら、他に死人がここに住んでいるのかもしれないね」
「住んでいる……ですか。それっていつからここに住んでいるんでしょう」
 興味の尽きぬヒューと椿は、ここが出来た成り立ちについて話す。見た所普通の古民家で、民家に置いてある物品からしても百年も二百年も前のものであるようには見えなかった。
 彼は死人に力を与える存在があると言っていたが、それはここのどこかにあるのだろうか? 考えにふけりながら、遥は空を見上げた。
 守矢・小織(花縹・b09044)も空を見上げ、それから携帯電話に視線をやる。
 圏外、とそこには文字が表示されている。どこか知らない所に投げ出されたのだという認識が、小織にも強まった。それを見た遥もまた、大きくため息をつく。
「最下層までたどり着けば、帰れるんですよね。……元気出していきましょう!」
「あ、はい」
 小織はにこりと笑って頷いた。
 皆が一緒だから、大切な人が一緒だから不思議と怖くはなかった。

 入り組んだ路地を、下へ下へと降りていく。
 藤咲・神威(暁の修羅・b35120)は民家を通るとのぞいてみたりしたが、そこに特に何かあるような事はなかった。一体視肉というのは、どこにあるのだろう?
「この民家、どっちかというと建てたというより生えたという感じだな。無作為に集合しているように見える」
 死人であれば住めるのかもしれないが、普通の人々の感性とは少し違う気がする。視肉が何なのか、今は答えは出ないが。
 視肉……か。
 射守・史(和魂洋才・b10894)は眼下の光景を見下ろしながら、ひとつ息をついた。
「それが愛する者の血肉の代わりになるなら、死人との共存の道が開けそうだな」
 視肉をこちらが手に入れれば、死人を仲間に引き入れる事も、死人を活性化させる事も可能かもしれない。
 あの案内人の話が確かならば。
「さてどうだろうねえ」
 首をかしげたのは、ヒューであった。
「死人を強化出来るのは嬉しいけど、元々倒す側と倒される側の事だからね。まあ、彼らとの関係が大幅に変化するような事はないだろう。だってここに居る死人を誘ったのは、当の死人達じゃないか」
 まだ見ぬ視肉を想像しながら、九名は道を下っていった。
 先頭で彼らの話にたまに加わりながら歩いていく神威の後ろをついて行きながら、椿はあっちにふらりこっちにふらり。たまらず神威が急かすと、椿は生返事で駆け寄る。
「おまえ、何探してんだ」
「むしかごとか、うつわでもいいよ」
 修二が聞くと、椿は楽しそうに笑って答えた。
 ……でもいい?
 神威が振り返ると、椿が民家のドアを開けながら言った。
「まよいが、っていうんだよね」
 マヨイガ。
 遠回・彼方(回り道・b48023)が口を開いて、それについて答えた。
「マヨイガとは東北や関東に伝わる伝承ね。山野に迷い込んだ人々がたどり着く不思議な集落で、そこを訪ねたりそこから物品を持ち帰ると不思議な事が起こると言われている。だけど後から探しても、決してその集落は見つからない……人ならざるモノの住処、とも言われているわね」
「人ならざるモノ、か。確かにそれは当たっているな、ここにはゴーストしか居ないようだからな。持って帰ると何かいい事があるかもしれない」
 冗談か本気か、神威が言うと椿がぱっと顔色を変えた。
 特に何か異変がありそうなものではないが、持ち帰っても別にかまわないだろうと、誰も椿を止めはしない。
 神威の前を飛び出していった椿の後を追い、修二も走る。やむなく、彼方もその後に続いた。狭い道を抜けた先で、椿が足を止める。
 そこはやや開けており、大通りのように下にうねって道となり、続いている。
 そこにあったのは……。
「……あげやっていうのは、あれ?」
「その前に、門番に注目しなさい!」
 彼方が声を上げると、門前に居た影がゆらりと動いた。深紅に揚羽蝶の描かれた美しい着物、細い手足、そして白く可憐な顔立ち。首筋にたれるほつれ髪が、ぞくりとする程艶っぽい。
 据え膳喰わぬは何とやらと言うけどね、うん。
 そうぽつりとヒューが言うと同時に、胡蝶はくすりと唇をゆがめて笑った。同時に、手に持った大きな鉄扇を広げて舞いはじめる。
 鉄扇の起こす旋風が周囲を吹きさらし、つむじ風となって切り刻む。風に混じるは、胡蝶の笑い声であった。
 突然の開戦に、街田・良(常葉香・b02167)がはっと側の建物に目を向ける。
「こっちだ!」
 小織の手を引くと、仲間を中へと誘導する。
 どっと駆け込むと、良は外をうかがった。どうやら彼女は、中まではやってくる様子はなかった。ほっと息をつくと、ぐるりと周囲を見回す。
「あれが門番か」
 鉄扇による旋風は、長時間くらうと全員が傷を追い続ける事になる。しかしこの先にはまだ最後の門番が待っている為、こんな所で力を使い果たす訳にはいかなかった。
 話を続ける中、ふと思い出したのはあの案内人の言葉であった。
「そういや、伝票を持って行ったらどうのと言っていたな」
 修二が言うと、史も視線を落とした。門の側の揚げ屋というと、ここか隣か。そもそも伝票というものが何なのかはわからないが、探せば何か見つかるかもしれない。
 しかし修二が言いにくそうに見つけた伝票を良に手渡すと、良がふと薄く苦笑いを浮かべた。伝票は史、ヒュー、神威と手を渡り歩く。
 彼方は腰に手をやって、その様子を見た。
「何なの?」
 ぴたりと黙り込んだ中、史が静かに答えた。
「要するに、揚げ屋から娼家に渡す注文伝票だよ。これを持っている人が、あの胡蝶の買い手ということになるな。胡蝶が特別な計らいをしてくれる、というのはこういう事だ」
「買い手、ですか」
 小織の声が、少し低く聞こえた。
 この伝票を誰かが持って囮になるのが良かろうという話をしていたのだが、何となく小織は心に少しだけ引っかかるものがあるようだ。
 信じていないとかそういう話では、むろん……無い。
 何となく、これを全く無視してしまう事は女として出来ない訳で。
「人ならざる者だけの世界なんて、くだらないままごとだ。こんな所にいても、何も得られない」
 ただの、幻。
 そう言い切った良を小織が見上げると、史が腕を組んでしげしげと二人を見た。
「それじゃ、伝票は二人に持ってもらおうか」
 息もあった二人が持って戦うのが、いいだろう。史はからかうように、小織と良に言った。囃し立てられ、うっすら小織が赤くなった。

 ここから先に進めば、残るはあと一体。
 再び胡蝶の前に飛び出すと、伝票をひらりと良が翳してみせた。
「これ、なーんだ」
『主さんかえ?』
 目を細めて、胡蝶はうっとりと良を見つめる。しかし彼女が繰り出したのは相手を惹く言葉ではなく、鉄扇の一撃。
 鉄扇を一降りすると竜巻が起こり、良の周囲を切り裂いた。
 良は衝撃に耐えつつ、仲間を促す。
「行け!」
「待っていろ、短時間で済ませる!」
 神威は良に言い残すと、ヒューと修二とともに息を合わせて胡蝶の元へと駆けだした。胡蝶の視線は、こちらを見ていない。
 彼女からは、客である良しか眼中にないのかもしれない。
 しかし白虎の力を覚醒しつつ迫った神威の拳を、がっちりと鉄扇で受け止める。見ていないようで、周囲の攻撃にあわせて体は反応していた。
「俺と修二は同じ力を宿しているし、ヒューも攻撃スピードは修二と同じだ。ここは攻撃を合わせて、後方が引きつけている隙に一気に叩こう」
「こいつが無駄弾にならねえように、気合い入れるか……!」
 神威の攻撃を皮切りに、ヒューと修二も総攻撃に入った。ゆるりと身をかわしつつ、胡蝶は鉄扇をふるい続ける。
 旋風が良を切り刻み、それを見ている小織も眉を寄せた。風は良の厚い装甲を、一気に削り取っていった。
「良、次は私が……!」
 顔を上げた良から、小織は奪うように伝票を取った。ほっと息をつき、良は距離をあけて呼吸を整える。
 ちらりとその様子を振り返ると、声をかける暇もなく胡蝶からの攻撃が始まった。ぎゅっと拳を握りしめ、小織は攻撃に耐え続ける。
「最大火力だ!」
 史の声で、遥が箒を掲げる。良の治癒量を信じるなら、ここは攻撃のチャンスだ。遥だけでなく、彼方も槍を形作る。
 鉄扇で修二と神威の攻撃を受け止めた胡蝶の視界に、史と椿の視線が入った。闇の視線が胡蝶の体をとらえ、さらに至近距離からもう一つ。
「さて、早めに消えてもらうよ」
 ヒューの眼光が加わり、胡蝶の体を蝕んでいった。
 呪の力は、幾重にも……。
 身をくねらせて苦しむ胡蝶の体を、後ろから修二ががっちりと押しとどめる。きっ、と彼方は胡蝶の姿を睨むように見据えた。
「行くわよ、守屋先輩がこれ以上怪我をする前に……おし通る!」
 巨大な槍が胡蝶の体を穿つと、トドメに神威が槍を押し込むような形で拳をたたき込んだ。鉄扇の動きがようやく止まり、胡蝶の体がずるりと崩れる。
 鮮やかな揚羽蝶の着物が最後に目に焼き付き、そしてゆっくりと消えていった。
 仲間の怪我の様子を見ている彼方と小織の側で、椿が周囲を見回す。扉の向こうの様子を史がうかがい、ヒューや良、神威達と話している。
「蛾、もう居ませんでしたね」
「ん? そうねー、むしいないみたい」
 少し残念そうに椿は遥に答えた。
 蟲が居なくて安心していた遥は、くすりと笑う。すると椿は、すこし真剣な表情で後ろの古民家群を見上げた。
「しにく、ってなんだろう。アレクサンドラも、ここにきたのかな。……しにくをさがしてるのかな。それに、じばくれいもなんでここにいるだろう」
 ……視肉に引き寄せられるの?
 何故かの答えは出ないが、たぶん……また自分達はここに来るのだ。
 そういう気がした。

 大門を史と良が双方から押し開くと、広間になっていた。とんでもない広さの部屋に入ったとたん、扉を開いた史とヒューが巨大な何かの衝突を受け、はじき飛ばされる。
 後ろの修二にぶつかったヒューと、転がって小織に支えられた良が顔を上げると……。
 そこにあったのは、巨大な蛸であった。
 そして聞こえる、ひとの声。どこかで聞いた声であったり、なかったり。だが確かなのは、それは自分達と同じ所から来て同じ所に帰って行く仲間だという事だった。
「すでに誰かが戦っている……銀誓館か」
 史が呟き、門の側から蛸の巨体を見上げる。
 広い室内を分断するようにうねる蛸の体のせいで、お互い行き来するのは困難のようだ。いや、行き来する事よりもまず相手を弱らせるのが先だ。
 自分達がここに来るまで、彼らはどれだけ戦っていたのだろう。すでに先に入っていた他の班の仲間は、だいぶん疲労しているようだった。
 それも先ほどの胡蝶などとは比べものにならない、圧倒的な力。
 吹き飛ばされたヒューは傷を癒そうとするが、こいつは長引きそうだ。治癒の力を1、2度しか残していない者も多かろうが、それで最後まで耐えきれるかどうかという不安がわき上がる。
「お互い回復が間に合わない時は、フォローしあおう。……こんな所で、誰かをなくしたくはないからね」
「大丈夫です、私はまだ頑張れますから!」
 力強く遥が答えた。
 遥に小織は、仲間を癒すにはまだまだ余裕がある。彼方は舞を続けられるようだし、神威と修二は攻撃が当たりさえすれば白虎の力で癒す事が出来る。
「俺達は前に出る、後ろからバックアップ頼んだぞ」
 神威は声をかけると、修二とともに飛び出した。こう大きくては、散開するにしても足で攻撃するにしても、修二も自分もまとめてなぎ払われてしまう。
 他にも術を持っている可能性もあるが、ただでさえ倒すのが無理だと言われている相手にどう戦えばいいのか。
 上から振り下ろされる一撃を、神威は前衛を張る修二や前線に復帰したヒューとともに、何とか四肢を踏ん張って耐えきる。
「他の仲間も、毒や炎を駆使しているはず。私はコレでいかせてもらうよ……治癒は頼んだ」
 ヒューが、炎をまとわせつつ遥に言った。こくりとうなずき、遥は仲間に声をかける。前衛に立つ修二、そして積極的に攻撃をする神威に次々と祖霊の力で癒していく。
 ヒューが炎を使うなら、自分も毒で。
 椿は残していた魔眼の力で、蛸の力を削り取っていった。盾になる修二やヒュー、神威の分まで……彼らを支えつつ、大蛸を少しでも弱らせる為に。
「毒を蓄積させて、削っていこう。少しでも力を削ぐように」
「よーし、いくよ!」
 史に答え、椿は手を小織へと伸ばした。
 その手を見返し、そっと握り返す。皆の力を合わせ、小織も闇の腕を伸ばして蛸の足をがっちりと掴み引き裂く。
 幾重にも重なる毒の力が、大蛸の力を削いでくれるようにと。いつしか、声をあげて蛸へと闇の腕を放っていた。
 仲間の気配を、感じる。
 呪詛の言葉を一時止め、良が顔を上げる。仲間の気配がひとつ、ふたつと増えていく。ここで戦っているのは自分達だけではないのだから。
 足に食い込んだ彼方の槍の向こうに、かすかに蛸へと斬りかかる仲間の姿が見えた。
「……あそこ……」
 彼方が言葉を出そうとした時、蛸の体が斬撃音を低く響かせながら倒れた。しばらくのたうち回っていた蛸の体が動かなくなると、ふうっと彼方の肩から力が抜けていった。
 ……勝った?
 わっと周囲から声が上がる。
 しかし喜びもつかの間、床が強烈に光りを放つと、彼方の体も……椿の体も、史もヒューも遥も、神威も良も小織も修二も。
 そして他の仲間の姿も、光に包まれてきえた。

 ゆったりとした浮遊感。
 彼方が目を開くと、良の声が聞こえた。数十人の仲間とともに、彼方達はどこか見知らぬ山の頂にぽんと放り出されていた。
 駆け出す椿を抱えこみ、彼方が絶句する。
「……どこなの?」
「山だな」
「そんなの分かってるわよ!」
 彼方は修二に容赦ない突っ込みをすると、ふと息をついた。ここがどこかは分からないが、遥は晴れ晴れとした顔をしていた。
 仲間の中には太陽のエアライダーの人々も混じっており、吸血鬼に関する重要な情報も聞く事となる。しかし、遥は笑顔で振り返った。
「帰ってきたんですね、みんなで」
 帰ってきたのだ、銀誓館の仲間と……。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2010/06/17
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