<リプレイ>
まだここにいていいはず。 だって、 下校のチャイムはまだ、鳴っていない。
●死への導き手 死神死神死神死神。 血を吐くように喉枯らし、少女は8人へ恨みゴトを連ね立てた。 「君が伝えたかったのは……そんな言葉で憎しみ……なのかな」 真紅を纏う少女、露原・貫(中学生科学人間・b75354)は、ナイフを弄ぶ。 「理不尽な死に歪まされた君の夢はそんなモノだったのかな」 ……問いに答えが返るとは思ってはいない、けれど。 「死神なんていない」 図書館という場所に大凡不釣り合いなバールのようなものを振りかぶり、鷲塚・直人(ヒカリキノコの共生者・b44833)は素直な海老茶をしかめ言い放つ。 「あるのは、君が故人だという事実だけなんだ」 『死神ィ!』 ゴーストは変わらずただただ呪詛を紡ぎ、懐くようにそばに落ちてきた本を投げ放った。 「……ええ、死神、です」 北条・糸吉(グスコーネリの伝記・b47495)短い溜息の後でそう言い切る。最期の読み手として死神の役を張り通す矜持でもって。 言葉は伝えるためにある。 だがこの場所に繋ぎとめられた彼女は伝える相手に巡り会う事は絶対に、ない。 ――未来永劫。 救いが、ない。 「辛気くせぇ餓鬼だ。邪魔だから、さっさとあの世に帰んな」 本を容易く薙ぎ払い、一本槍・風太(ドブネズミ・b04852)は労りを一切塗さぬ濁り声で、吼えた。 憐憫など間違っても抱かない……思わぬように、する。死の苦しみを再び与えるのは生者の都合なのだから。 ――偽悪と眉潜められようが。 「これだから人は面白い。偽りの生にしがみついてまで夢を追うとはね」 清艶なる声は唄う、心からの愉楽をのせて。 彼には押し殺さねばならぬ感傷など、ない。 さぁ、と華奢な腕を広げ、ミカエル・コンバラリア(天国への階段・b25461)は自分を含めた8人を示す。 「無様なお遊びはお仕舞にして、殺し合いを楽しもうじゃないか」 君のために集まった死神と共に。 「……あなたに赦しを求めた覚えも求める意思もないわ。本来ならば赦しを求めるべきはあなたの方でしょう?」 しかしもう咎を赦すつもりはないと、アンジェリーヌ・ノワーレール(死を告げる漆黒の翼・b24117)の背で黒き翼のように舞い羽ばたく、剣。 「私は神の名においてあなたを断罪する」 「――」 ミカエルの歓喜とアンジェリーヌのどこまでも静虚な声音に、一片・真由美(修羅ヲ宿ス者・b73447)の眼鏡に伸ばした指が止まる。 ……似ている、彼女は自分に余りにも。 外見は元より小説家の夢も、そして――。 (「死の運命にありながら命を永らえたことも」) 自分は能力者、少女はゴースト。 違いは、たったこれだけ。 『書いたお話し……読んでもらいた……! なのに、なのに』 少女は欠けた顔を押さえ、痛い痛いと呻きながら泣き叫ぶ。 『死神が、見えた……嘲笑った、死神! 死神死神!』 その先に能力者達が立つだけで、恐らく彼女の指が示すは、虚空。 ぱたぱた、ぱた……。 零れる涙を眼鏡越しの瞳で見据える真視・御鏡(夜色紳士・b00852)。 「貴女がそう思うならそれでも構いません」 そう穏やかに受容すると、光と決して馴染まぬ短刀を構え悠然と少女の元に歩いて行く。 死神。 誰も彼も死神を演じる事から逃げる気は、ない。 憐れみと悲しみ押し殺そうが、 切なさと共に共感抱こうが、 平静だろうが、 ……深い関心と狂気孕もうが
もう、それしか方法がないのなら。
「ですが……ここが終着点なことに変わりはありませんよ」 御鏡の背が消えたかと思った瞬間、泣き叫ぶ彼女が仰け反り手にした本が宙に、舞った。
●綴られた想い 彼女の悲鳴に呼応するように揺れ出す図書館。 ……これは、地震? 彼女の死の記憶を再生しているのか? しかし能力者達は怯むことなく先陣切った御鏡に、続く。 進路を邪魔するように流れ来る本を飛び越えて辿り着いた糸吉は、少女の額を榊刃【靄之内】で突く。逆の手に持った榊は、首筋、肩……と、流れるように少女に触れ降りた。 『ッ……い、や……やっ、ぃゃあっああああ!』 足元からじわり、鈍色の無機物に変わり果てていく体に少女から恐怖の悲鳴があがる。 「ファンガス、いくよ。不幸はここで断ち切ろう」 内なるファンガスの力を振り返る糸吉と自分に注ぐ直人。アンジェリーヌも強化を選んだのを見て取り、糸吉は真由美へ視線を合わせる。 「一片先輩、動きは止めました!」 その声に真由美はブリッジに指をかけ一気に眼鏡を取り払う。 今、必要なのは――彼女。 「死神と呼びたいなら、あたしは構わねぇさ……」 解かれた髪が緩く弾む。 神の光呼び寄せ力を高めるアンジェリーヌの隣を抜ける真由美は、先程とは全く違う粗野な台詞を唇に乗せる。 ――彼女、だ。 「終わりをくれに来てやったこと、それは紛れもねぇ事実だ!」 石と成り果てていく自分の体に怯えながらも、眼前に来た真由美に『死神、来るなぁ!』と強ばりはじめた唇を懸命に動かす。 「……演算開始」 目をそらすな、見つめたくなかろうが! 「それじゃあ歌えないね」 石となった少女を見てつまらないと、ミカエルは光を招聘する。 「聞かせてよ。君の歌! 虚偽の生を守るための、醜い憎悪に固められた美しい殺意の叫びを!!」 歌を、歌を! まるでその呪いをはね除けろと誘うように、ミカエルは高く甘い調べを紡ぐ。 「終わった物語は……もう紡げないよ」 これこそが彼女の在るべき姿と肯定するように、貫は彼女の左側へと回り込む。 避けた肌から覗くのはどろどろの血肉……だったもの。 「準備完了……ってね」 見開く瞳に夥しい数列と傷痕映した貫は、瞼をおろし唇を歪める。 「君の小説にも僕たちみたいな能力者って出てきたのかな?」 古来の魔物、人工的に能力を注がれた者、生来の力…………心躍るような冒険譚が紡げる設定。 ……でも。 銀誓館の能力者達は時に今のような、心も躍らなければ泥飲み下すように割り切りの物語に立ち会わざるをえない事も多い。 「……」 汚れ仕事。 そんなモノに多数携わってきた風太が調整した力を呼び出す前に――。 『いや! いやぁあああ!』 石の塊が色を取り戻す。 焦げ茶の三つ編み、紺色のセーラー服、膝丈のスカート、真っ赤にそげ落ちた左半身、驚愕の形にひらかれた真紅の唇。 取り落とした本を拾い上げ、少女は開く。 『私……私、まだ、書き終えてない』 ぱらり。 震える指で繰りながら、少女は喉を震わせた。 『彼は……助けに来てくれる』 感情がそげ落ちて淡々とした声音は朗読。 『私が夢を諦めない限り、いつだって味方だって言ってくれてた』 恋文ではない。これは悲劇に見舞われた少女が自分を奮い立たせる、独白。 『信じてる、彼の事を信じてる』 つたない言葉。 安っぽい言葉。 そう断じてしまうのは簡単だ。 けれどこれは……彼女が精一杯思い考えて綴った、言の葉。 『だからそれまで私は……』
持ちこたえなくっちゃ。
ぱたん。 本を閉じれば彼女の素直な前髪がふわり、靡いた。 そして御鏡によってつけられた傷は、癒えた。
●夢喰い 修復する体、だが自らの力を高めた死神達の手により偽りの命は容赦なく削り取られていま。 何度綴りし文字を読んでも届かない。 …………もう、届かない。 『……ッ、ハァハァ……』 胸を押さえ苦しげに息をつくその仕草は、本当に何処にでもいる少女のようで。助け手を差し伸べたいと理性が疼く。 『……わ……たし、私を……た、すけて……!』 だから。 願う。 この死神を、潰して! 椅子を支えに少女は御鏡の右背後の本棚へと血まみれの指を伸ばせば、呼応するように大木裂けるような音がする。 ギィ……ギィ、メキメキ! 振り返った御鏡に大量の本が降り注いだ。庇うように手で覆うがこれらは目くらまし。 「!」 本命の攻撃は本棚からの、抱擁。 「真視先輩!」 真横の御鏡の上半身が飲み込まれ床に落ちる血に、顔色変え叫ぶ糸吉。 「この程度なら……問題無いです!」 本棚から吐き出された御鏡は、落ち着き払った声で魔方陣を描き傷ついた肩や背の傷を塞ぐ。前に立つからにはと防具はしっかり体力重視で調整してきた。これしきで揺るぎはしない。 糸吉は再び少女を石化すべく指を伸ばすが、今度は叶わなかった。唇噛みしめ睨みつけてくる瞳には、倒れたくないと確固たる意志が宿る。 「……あなたの物語は死という絶対的な形で完結してしまったの」 回復が必要無いと見取り、アンジェリーヌは裁きを招くように天に掌を掲げる。煌々と溜まり高まりゆく、光。 「……蛇足でしかないこの挿話をつけ加えたところで」 光掴むように指を折り曲げると、彼女は槍を少女の胸目掛け、放つ。 「あなたの物語を貶めることにしかならないわ」 こ、つん。 少女の手から離れた本が床で開いた、綴られた丁寧な文字と染みた古びた血色が目を惹いた。 「確かに、夢を断たれたのは辛いよね」 その想いがどれだけ強かったか、わかる。 悔しげに哀しげに。 共感に胸を苛まれ一瞬顔を伏せるも、直人は指の間に召喚したファンガスを真っ直ぐ投げる。 顔を庇う少女の制服の腕に白が生え、ぽろりと落ちた。 「燃えろっ……!」 立て続けに真由美の拳が突き刺さる。勢いを殺しきれず机に腰をぶつけた少女は、焔にまかれた。 (「燃やしたくなかろうが、焼き尽くさなきゃいけねぇ」) ――それが「あたし」この人格の役目だ。 「もっともっと足掻いて」 焔払わんと必死に腕を振り回しながら、光失わぬ右の瞳にミカエルは陶然とした声をあげる。 「そしてその先にある終わりを受け入れないで」 甘美なソプラノ。 浮かぶのが優しく包む笑みならば、支え導く声。 だが。 「そうしたら、僕がもっと君を否定してあげる!」 彼の欲望を示すように膨らみあがった光は、 「その時の表情が、僕は見たいんだ」 少女の胸を、焦がす。 『……ふ……ぁ、く……ああぁっ』 焦げ落ちたスカーフを握り締め、少女がぎりりと机に爪を立てれば湧き出るように白の原稿用紙が現われた。 『……私の……物語、私……私は、まだ終ってな、い……書き上げて……ない、からあああっっ!』 私の夢を蝕むなかれ。 私の夢を蝕むなかれ。 例え相手が死神でも、私の綴る物語に引き込んで、みせる! 夢という名の欲望。 残滓と言うには強すぎる熱情は、白き紙にのりし文字として8人へ向けて示された。 切り裂かれていく肌の苦痛。 けれどそれに増しても虜にするは、その言の葉。 「これが……あの子の?」 圧倒的な想いの奔流に呆然と唇を開く直人と唇を閉ざす貫。 人に伝えたいものがあるからペンを取り文字を書く。だからこの熱は痛いぐらいに理解が出来る。 アンジェリーヌはここに来て初めて僅かに眉を曇らせる。 ――生前の彼女と会うことができたのならば、同好会の人たちと同じように話すことができたのかもしれないけれど。 だが意味のない仮定だと、すぐに神の意志に身を浸す。 「…………」 舞う紙を視線で追い、綴られた文字をひとつも零さんと記憶するは、真由美。 「これがお前の生きた証……せめて、あたしの心ン中に刻みつけてやるよ」 絶対に、忘れる事など、ない。 「その程度か? ぬるすぎるぜ!」 舞う紙をぐしゃぐしゃに掴み、風太は握り拳を作る。 掌を焼くような熱は、錯覚か。 「はっ、これじゃてめぇの夢なんてのもたかが知れるってもんよ!」 煽るように裏腹叫び、男は少女の肩に目一杯の拳を叩き込んだ。 『……やっ!』 何度も何度も奪い取られるように、手にした本がはじけ飛ぶ。 『大切……な、本、本本本、本……』 手放すのは、亡くした命と断たれた夢を象徴するようで……少女は這いつくばり必死になって震える手を伸ばすが、風太によりたたき壊された腕はいう事を聞かない。 「少し痛いけど我慢してよねー」 懸命に床をさらう背に貫はゆるんだ声をかけた。 「……君を倒さなきゃいけないからさ」 おどけたように、ふざけたように……けれど真剣に最大限の力でもって彼女の腹を蹴り上げる。 『こ……はぁ……ッ』 床に腹を打ち付けて震える背に更に御鏡の蹴打が降り注ぐ。 「遅すぎます」 そう。 もう、遅すぎるのだ。 彼女の命は雪のように風のように消え去っていく、それは確定事項。 糸吉が符を放ち真由美の傷を塞ぎ、ミカエルとアンジェリーヌは物語の終わりを導くべく光の槍を打ち込んだ。 「これ以上の暴走は、君を駄目にしていくだけなんだ」 ファンガスを放つ直人はゆるゆると頭を振った。 『…………書く、の……お話し……』 「プログラム起動……Destroy!!」 そう言い放つ真由美の拳が外れたのは、彼女の最期の執念がみせた意地か? 遠く飛ばされた本に指が触れた刹那――。 「……君は死神に打ち勝つヒロインにはなれなかった」 「すまねぇなんて言わねぇよ」 貫の三日月の軌跡と風太の拳がほぼ同時少女を襲う。 『……ッ……』 それっきり。 「何か言い残す事はありますか?」 しゃがみ込み震える唇に耳傾ける青年に、 「存分に俺らを、俺を……恨めや」 散々傷穿つ言葉を吐いた男に、 『……わた……し』 否、全ての死神を演じた彼ら全員に向け、少女が笑んだように見えた。
●チャイムが鳴る前に ――主を失い解けゆく世界にて、ほんのほんの短い時間。 「受け取りましたよ」 最期の笑みを御鏡は改めて胸に抱く。 「貴方の怨嗟、貴方の嗟嘆。ボクらが覚えました」 それは8人の読み手だけが知る小説となりました、と糸吉は彼女が居た場所に語りかける。 「……くそったれが」 不平等さと理不尽にに、風太は舌を打った。 抜け殻の紡ぐ物語に興味はない、そう言い放つミカエルの横で直人は少女の生まれ変わりを祈った。 「文学が好きな子でいて欲しいな」 次もどうか。 貶める前に終らせる事が出来たのだろうかと、アンジェリーヌの独白に意識せず答えたのは貫。 「――……誰かの命を喰らってしまう前に君に出会えてよかったよ」 悪役にせずに終らせる事が出来た。 「……」 記憶に留めた文字を綴ればいつしか頬を伝う、涙。 「大丈夫です」 気遣う糸吉に真由美は笑んでみせた。 「私は、決めたんですから……選択したんですから。生きて、戦うと」 辛い事があれば何時でも言って欲しい、更に糸吉は続ける。 「一応は部長ですし。部員を支えるのがボクの仕事なのですよ」 と。 ――そして、この世界の終わりを告げる旋律が鳴り響く。
「さあ、帰りましょうか、雪風へ」
チャイムが鳴る前に。 彼女が在るべき場所に還ったように、自分達も……。
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参加者:8人
作成日:2010/07/25
得票数:泣ける1
せつない11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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