<リプレイ>
● この日は、七夕にも関わらず天気はあいにくの曇り空。 「この天気じゃ、今年は織姫と彦星も会えそうに無いですかねぇ?」 空を見上げる志筑・涼子(残念な子と呼ばないで・bn0055)は、久方ぶりに学生服姿。 「恋人との別れ……辛いこと、だと思います」 頷く天河・翼(蒼冥の蛍・b03014)も同じ制服に身を包んでおり、その中学校の敷地内へと足を踏み入れた。 織姫と彦星は愛の深さ故に離れ離れになったが、世の男女も様々な理由で別離へと至る。 「数年間も付き合っていた恋人と別れてしまったのか。短冊を破ってしまいたくなる、その気持ちは判らなくもないけど……」 「あぁ、若い世代に嫉妬する気持ちも分からんでもない」 莉緒から受けた説明を想起し、多少の同情を禁じ得ないイクス・イシュバーン(高校生魔剣士・b70510)と真浪・忠史(豪龍拳士・b00075)。 この中学の教諭である城之崎文子もまた、諸事情により恋人との別れを迎えたようだが、それが今回のゴースト事件の遠因となっているのだから数奇な物だ。 「……とりあえず、この先生は守り通さねぇと。死なすわけにもいかねぇ」 教師として彼女の行いは褒められた物ではないが、一同は不破・弥月(奈落より叫ぶ・b75915)の言葉に頷く。 どうあれ、ゴーストに殺されて良い人間は居ないからだ。 「七夕ってロマンチックなの♪ そんな女の子の純情は、守ってあげたいのね」 「ええ。笹の葉への願いを無駄にするのは、いらいらした八つ当たりだとしてもいいことではありませんね」 またその一方で、姫咲・ルナ(ピンクの月夜に鳴く仔猫・b07611)やカイル・クレイドル(シリウス・b51203)の決意を促すのは、少女達の純粋な恋心。 七夕の短冊には、恋愛の成就を願う彼女たちの祈りが無数に篭められており、それも守ってやらねばなるまい。 「よっしゃ、急ぐぞ……!」 走るペースを上げる相良・紫樹(紅蓮纏いて・b35361)に続き、校庭を走る能力者達。 「ねぇ、あれ!」 走り出して数十秒もしないうち、グラウンドの片隅に揺れる笹の葉。 色とりどりの短冊が風に揺れている為、遠くからでもすぐに発見する事が出来た。 そして距離が縮まれば、その傍に黒い服を着た人影がある事、更には周囲に蠢く4つの燐光までも見て取れる。 「あ、あなた達……なんでこんな時間に校内に居るの! 学年とクラスを言いなさい!」 狼狽える教師に詰め寄る燐光は、やがて女生徒の姿を形作る。 手には禍々しい願いが篭められた血文字の短冊。 「聞いて……私達の――」 「わりぃが、てめぇらの『願い事』は聞いてやれねぇよ。人の命を守るのが、オレたちの役目だ。大人しく、眠ってな!」 そんな女生徒達の声を掻き消す様に響いたのは、小川・一太郎(もうひとつの冴えたやり方・b18087)の啖呵。 曇天の七夕、戦いの幕はかくて上がったのだった。
● 「ど、どう言う事!? なんでこんなに生徒が――きゃあっ!?」 「少しばかり乱暴ですが、勘弁していただけると助かります」 人っ子1人居ない筈の校庭に、10人を超える生徒の姿。自分の悪事を見られていた事ですっかり動転している文子を、有無を言わさず抱き上げるカイル。 「ち、ちょっと! 降ろしなさ……」 暴れ掛けた文子だが、唐突に眠りに落ちる。のみならず、女生徒ゴーストのうち2人が昏倒。 一太郎の音無き歌声により、神経を強制的に沈静された為だ。 「涼子ちゃん、イクス君!」 「合点承知ですぅ。おいお前達、これを見るですぅ」 「キミ達の相手はこっちだよ」 ルナの合図に応えて偽の短冊を掲げたイクスと涼子は、これ見よがしにそれを破いてみせる。 「どうして破るの……私達の願い事……」 眠りに落ちていなかった地縛霊のうち1人は、これを見て反応。 しかしもう片方は、最初に短冊を破った文子を狙い続けるつもりの様だ。血文字で記された短冊に更なる怨念を籠め、文子目掛けて投げつける。 ――バシィッ! 「つっ……やらせるワケにはいかねぇんでな……!」 身を挺してこれを防いだのは紫樹。 すぐさま森羅呼吸法によって自らの傷を完治させる。 「いい子はちゃんと眠るものなの!」 ルナと使役ゴーストのイヴは、カイルの離脱を援けるべく地縛霊の背後を突く。 「……先生の行為はいけない事、だけど……貴方のやろうとしている事は、もっと……いけない、です……!」 静かな怒りの言葉と共に翼が紡ぐのは、輝く氷の吐息。 湿気を帯びた熱気が、瞬時に消し飛ぶ様な冷気が地縛霊へ襲い掛かる。 「久しぶりのお仕事だ、気合入れていこか」 「近付いたらコレ喰らわすぞ、テメェら!」 忠史も虎紋覚醒により力を高めつつ地縛霊達の正面へと躍り出、霧影分身術を展開する弥月と共に敵の牽制――そして文子の脱出をフォローする。 「私達の……私達の……」 鉄壁の守りと高度な連携を披露する能力者達だったが、地縛霊達も簡単には諦めない。 「たかが紙切れの一枚や二枚で、ガタガタ言ってんじゃねぇッ! なんなら、笹竹ごと吹っ飛ばしてやろうか?」 一太郎の挑発とサイレントヴォイスさえも振り切った地縛霊は、文子を抱えて離脱するカイルと紫樹を追撃すべく短冊を構える。 「イヴ、いくよ!」 ルナとイヴは再びゴーストの背後から支援攻撃を仕掛ける。 彼女の掌中に迸るのは、蒼き雷。 イヴの火花がスパークするとほぼ同時に放たれたそれは、周囲の空間を歪めながら地縛霊の背中へ襲いかかった。 ――バシィィッ! 「ギャァァーッ!!」 断末魔の悲鳴が響いたのも束の間、イクスの「ザルバ」が地縛霊の喉元を貫き引導を渡す。 「お見事っ! 次ですぅ」 「さあ、やろうぜ」 集中攻撃を受けていた1体がついに霧散したのを確認した涼子と忠史は、すぐさま2体目の敵へ狙いを定める。 忠史の「蒼海」に青龍の力が宿り、繰り出す拳の殺傷力は更に破壊的な物となってゆく。 ――ドンッ! 「グウッ!!」 重く響くような音と共に、地縛霊の鳩尾へ叩き込まれるその拳。 「私達の邪魔……しないで……」 地縛霊のうち1体が、お返しとばかりに短冊を投げる。 「な、何ィ!?」 涼子の目の前で爆ぜたそれは、強制的な眠りへと誘う短冊。そのままどさりと崩れ落ちる。 「お願い……死んで」 続けざまに地縛霊の手から放たれる短冊。 文子が射程外に出た事で、彼女たちの敵意は完全に能力者へ向けられ始めた様だ。 強い殺意が篭められた短冊は、前衛のイクスへ。 ――バッ! 「この程度なら……」 どす黒く弾ける呪いの力。しかしイクスは涼しげな表情を崩すことなく、それを払い除ける様に再び長剣を構え直す。 「ここなら大丈夫だろ。さーてぇ……俺達も混ぜてもらおうかねぇ」 この間、紫樹とカイルは、文子を安全圏へ運ぶと地面に横たえる。 「ええ、先生が目を覚ます前に片付けてしまいましょう」 2人も戦線へ復帰し、傾きつつある戦況を一気に決めにゆく。
● 「そのまま寝とけッ!」 無音の旋律を紡ぎ続ける一太郎。 地縛霊のうち1体は常に眠りに落ちている状態が継続し、数的にも火力的にも能力者達の優勢は揺るぎない物となっていた。 「最終防衛ラインには近づけさせません」 ――ガガガガッ! 「ギャゥッ!!」 また、戦線復帰したカイルは文子と地縛霊の対角線上に位置取り、少しでも接近する気配があればクロストリガーによる無数の弾丸を浴びせる。 「なるべく痛くないように……起きてー!」 ――ぼかっ。 「ぐはぁっ!! な、何が起きたですかぁ!」 イヴが前線で火花を散らし続ける間、ルナはマジカルロッドで涼子を文字通り叩き起こす。 「七夕の記念にくれてやんぜ……! 弥月、そっちだ!」 突き出された紫樹の掌から放たれたのは、不可視の衝撃波。 ――バッ! 短冊を投じようとしていた地縛霊を、弥月の間合いへと吹き飛ばす。 「任せておきな!」 練り上げられた水の刃が、起き上がり掛けた地縛霊の首筋を切り裂く。 「ギャアァァァッ!!」 地縛霊は断末魔の悲鳴を響かせると、そのまま燐光を放って掻き消えた。 「涼子、目は覚めてるか?」 「うぃ」 忠史の手甲に、再び青龍の力が宿る。呼びかけに応えた涼子もまた、死角を突くように回り込む。 ――ヒュッ! 正確な蹴りが地縛霊の背中を打ち据えるが早いか、唸りを上げた忠史の拳が地縛霊の顔面を強かに捉えた。 「ギャウゥッ! ……グッ……グウゥ……」 もんどり打って倒れ込んだ地縛霊だが、虫の息になりながらもまだ現世にしがみついている。 短冊で傷を癒しても居るが、能力者達の火力を相殺する事は到底不可能だ。 「翼さん、僕達も」 「はい……」 イクスは再びその長剣に黒炎を纏わせ、翼の凍て付く吐息が吹き付けられると共に、最上段から斬り掛かる。 ――シュッ! 「……ドウシテ……ワタシタチノ……ネガイ……」 血の涙を零しながら、生者の死を切望する地縛霊。しかしその願いが聞き届けられる事はなく、逆に魔氷がその身体を浸食してゆく。 足を引き摺るようにジリジリと能力者達ににじり寄るが、次第にその動きは鈍り……。 ――ガシャンッ! 氷の浸食が全身に及んだ刹那、地縛霊は粉々に砕け散る。 彼女らの禍々しい思念は、跡形も無く消え去ったのだ。
● 「大丈夫かよ、先生」 「うっ……あ、あら? ここは……?」 弥月に肩を叩かれて目を覚ます文子。 「先生が短冊破ってたの見ちまったんで声かけたら、慌てた拍子にすっころんで……」 「ち、違うわ! 私が来たときには風で破れてて……」 「『私がフラれて独りなのに、生徒達がリア充してるなんて許せないわキーッ』って言いながら破ってましたけどぉ」 「そ、そこまでは言ってないわ! それにフラれたわけじゃ――」 「城之崎先生も、自分が何をしたか判っているんでしょう?」 「……」 語るに落ちかけた文子の言葉を遮ったイクスは、それきり黙して短冊の修復を始める。 「まあ何でも完璧に振舞えってのは成人しても難しいってのに、子供らに要求してどうするんだ。まして学生時代なんて色恋沙汰はあってなんぼだろう」 「し、しかしっ」 「恋愛に限らず人との付き合い方を学生時代に学ばせるのも学校の役割じゃないか?」 忠史は立て板に水とばかり、正論で文子を諭す。 彼自身、普段は道場の指導員として生徒を導く立場だけあって、どちらが先生か解らない様な状態だ。 「……確かに、私たちは勉強が得意な訳じゃない……し、羽目を外すことも、あるかもしれません。……でも、一生懸命な、願い事です。だから……どうか、こうして……お願いさせて、下さい」 「……っ……ぁ、私……私は……」 更には翼の必死な訴えを受け、ばつが悪そうにうつむく文子。 今更になって、自分のした事の重大さに気づいた様でもある。 「アンタにも、大切な夢や願いがあるだろ? オレたちガキだって一緒さ。何だろうと、思いの詰まったモンを粗末にしちゃいけねぇぜ」 「……私、どうかしてた……彼と別れて、学校では生徒達が問題ばかり起こして……あなた達みたいに良い子も居るのに、生徒が皆憎く思えて……」 一太郎の言葉に、顔を覆って啜り泣きながら反省の言葉を口にする文子。 「『ずっと一緒にいたい』かわいらしいお願いじゃないですか」 カイルは文子が破った短冊を笹に戻しながら、その純粋な願いごとの数々に表情を緩める。 彼自身、そう願う気持ちは解りすぎるほど解る立場でもある。 「先生も、一緒に願いをつるせばいいんじゃありませんか? 今日は空気が澄んでいます。願いはとどきやすいかもですよ」 「えっ?」 「うん、七夕への憧れは、バレンタインより大人しいモノかもしれないけど。一歩踏み出すきっかけになると思うのね」 カイルの提案に揺れる文子へ、促すように言葉を重ねるルナ。
「……っと、まぁこんなモンか」 紫樹は『早く全国の名所見て回りたい』と書いた短冊を笹にくくり付ける。 (「いつか、私もステキな恋ができたらいいな……なんて、ね」) ルナの願いは『これからも皆と楽しく暮らせますように』と言う物。恋の願いを掛けるのは、もう少し先の事になりそうだ。 一方、「いつか、大切な人にめぐり合えますように」と乙女らしい願い事を掛けたのは翼。こちらも、まだ特定の人物像がある訳ではない様だが……。 「……切実な願いなんだよ!」 色恋沙汰からは離れるが、弥月は『身長伸びろ』とこちらも切実な願いごと。まだまだ伸び盛りの中学生であるし、叶う可能性は十分にある筈だ。 『皆幾久しく健やかであらんことを』 その一方で、忠史は長身を活かして笹の上部にひっそりと自らの願い事を吊るす。 常に危険と隣り合わせの毎日を送る能力者達にとって、健やかに日々を送る事は何よりも大事な事だ。 「私も出来ましたぁ……しかし暑いですねぇ、クーラーを浴びつつアイスでも食べたいですぅ」 殊勝な願いごとの忠史とは対照的に、『大金持ちの王族か貴族の養子になれますように』と書いた短冊を吊るし終えた涼子。 こうして破れた短冊の修復も完了し、竹笹はすっかり元通りになった。
● 「『センセー』ってのは夢を後押ししてくれる人だと思ってんだぜ。……もうあんなカッコわりぃ事しねぇでくれよ」 「ええ、約束する……もう二度とあんなバカな事はしないわ」 弥月の言葉に、はっきりと頷き答える文子。彼女が書いた短冊には、『公私共に充実しますように』と記されている。彼女の偽らざる本心だろう。 「さぁ、それでは帰りましょうか」 ゴーストの脅威を除き、道を踏み外した教師を更生させた能力者達。 これでこの学校の中学生達も、気分良く夏休みを迎えることが出来るだろう。
こうして能力者達は、ひっそりと凱旋の途についたのだった。
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参加者:8人
作成日:2010/07/21
得票数:楽しい1
カッコいい1
ハートフル11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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