蜘蛛ひらひらと、悠久の……


<オープニング>


「ほんとうにお疲れさまでした」
 運命予報士は笑顔を浮かべ、集まった能力者たちを労った。
 こうして眺めれば普通の生徒たち。けれど彼らこそが、土蜘蛛戦争を制した能力者なのだ。
「それでお疲れのところ悪いんだけど……今回退却しそこなったはぐれ蜘蛛童の討伐をお願いしたいの」
 運命予報士は椅子を引き寄せて脚を組む。地図を配ってから、涼やかな声でレポートを読み上げた。
 
「場所は御所市付近の、とある里山よ。
 そこには樹齢千年を超えると言われる桜の巨木があるのだけど、まるでその巨木を仮の住まいとでもするかのように、蜘蛛童たちが潜んでいるの。道路に面した竹やぶが生け垣の役目を果たして、人目にはつかずに済んでいるようね」
 潜んでいるのは緑色の模様を持つ大蜘蛛が2体に、小さいのが8体。
 大蜘蛛の噛み付きには猛毒、糸には締め付けの力があり、小蜘蛛はマヒ糸を持つ。

 運命予報士は住所を皆に告げた後、指で空中に横棒の長い、低い階段を描く仕草をした。3段。
 桜のあるのは最上段。その後ろは切り立った崖だ。
 崖下には豊かな川が流れているという。
「この場所は昔、段々畑として麓の人が使っていたのよ。きっと仕事の合間に桜を見上げて……お弁当を食べたりしたのじゃないかしら。畑のどこからでも、桜はよく見えるから」
 だけどそれも今は昔。
 現在は青草が膝丈、場所によっては腰丈ほどに伸びて、一応桜までの小道がついているきり。
 でも大きく広がった枝の下は綺麗に草を刈り込んであって戦いやすそうだ。
「だけど所々、細い柱が立っているから気をつけてね」

 運命予報士は説明するためにレポートを膝に置くと、優雅に両手を、鳥のように広げてみせた。
「実は、この桜はもうかなり老いていて……何年も花を咲かせていないの。毎春新芽を出しはするのだけど、そこから先はなかなかね。
 枝振りも大きくて立派で、老樹には重すぎて……だから地面からつっかえ棒をして枝を支えているんだわ。柱が全部壊れれば枝はみんな落ちるでしょう」
 だが蜘蛛童たちはここを住処としている。枝の下での戦闘も避けられないだろうと運命予報士は思った。そして能力者たちの顔を見渡す。
 千年を生きた桜の樹、芽吹こうとまだ必死、生きようとする力。
 そして麓には、柱で支えてまでその樹を生かそうとする誰かがいることは確かなのだ。

「本当は古木が咲いてくれればね、枝振りは最高だし、『戦闘の後は心をほぐして、お花見でもしてきたら素敵じゃない?』なーんて言えるんだけど……」
 彼女は両腕を下ろし、少し残念そうに呟いた。
「千年前ならねえ」
 誰かの声に運命予報士も笑う。
「じゃあ千年前のつもりで、お花見をしていらっしゃいよ」
 咲いていない桜の下で、見えない過去の花を思い、悠久の時に思いを馳せる。
 それも悪くないかも知れない。
 簡単な食事なら用意する時間もあるだろう。
「でも見えないお花見なんて……ちょっと渋すぎるかな」
 と彼女は遠くを見つめ、そして静かに微笑んだ。彼らを送り出すときは笑顔と決めているから。
「出来れば桜の樹は守って欲しい、でも蜘蛛は怖いわ。皆の命が一番大事だからね、頑張ってきてね」

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参加者
氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)
桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)
南雲・紅羽(陽炎擁く紅鳳・b02297)
八澄・彩乃(高校生符術士・b03845)
神代・嘉月(夜を照らす銀色の月・b04746)
虚空院・みさを(緋胡蝶・b10540)
撲・殴子(高校生青龍拳士・b15466)
神凪・円(守護の紅刃・b18168)
吉備・智美(七色の魔弾使い・b18624)
吉備津・桃子(桃天使・b19620)



<リプレイ>


 彼らはただ、絶好の隠れ家を見いだしたに過ぎない。
 ――――彼らを追う誰かと有利にやり合うための。最上段にある見張り台、蜘蛛たちにとって古木はそういう存在であった。

「覚悟しろ蜘蛛ども! 行くぜ!」
 神凪・円(守護の紅刃・b18168)が大声を上げた時、蜘蛛たちはすでに彼らの存在を知っていた。回り込もうと走り、草むらは激しく揺れる。それが風か、あるいは蜘蛛なのか。
 斜面は緩やかだが、見上げる体勢の能力者たちには直前までその見極めがつかなかった。草むらに潜む班にはなおさら。
「うわ!」
 まず、草を分けて飛び出した糸が南雲・紅羽(陽炎擁く紅鳳・b02297)の足首を捕えた。引き剥がそうとする指は既に痺れて強張っている。彼の願いも空しく別な蜘蛛が足元をすり抜けて走る。1体を神代・嘉月(夜を照らす銀色の月・b04746)の導眠符改が留めた。
 広い草むらはざわざわと揺れている。
「囲まれたかっ」
 仲間を守ろうと走り込んだ円の脚を激しい痛みが切り裂いた。
 蜘蛛が2体、左右から桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)へと飛びかかる。
「きゃああっ」

 草むらに隠れていた撲・殴子(高校生青龍拳士・b15466)は迷った。
「出ましょう」
「かくれんぼ、って訳にはいかないみたいね」
 同じく草むらに潜む八澄・彩乃(高校生符術士・b03845)が、吉備・智美(七色の魔弾使い・b18624)が、描き出す魔法陣は鮮やか。虚空院・みさを(緋胡蝶・b10540)が蟲たちを呼び集めれば両手の得物は次第に輝きを増す。
 一瞬、風が止んだ。
 では、一直線に走り込んでくるあれは何だ。
(「どうして……見える?」)
 振り返った殴子の瞳に、不安げに戦う仲間を見つめる氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)が映った。
「氷室さん、隠れてください!」
 言葉と、蜘蛛が飛び出すのが同時だった。剛毛の生えた硬い脚が雪那の白い肌を掻く。花弁のように血がこぼれた。続けざまに糸が飛び交う。みさをは舞って避けながら静かに蜘蛛を数える。ぱっと広げた扇の風に乗り、白い蟲たちが蜘蛛の背を喰い破る。その横顔に向け、糸が飛ぶ。
「大丈夫っ?」
 彩乃の手の内に生まれた符が雪那に届く。
「ええ、ありがとう……」
 まだ顔は青い。前方では紅羽たちが蜘蛛に囲まれている。
「合流しましょう!」
 言いながら突き出した布槍と、憎らしい蜘蛛の糸が互いの狙いにぴたりと決まった。
 殴子は背中から、草の上に落ちた。視界の端に獰猛な顎が見える。野蛮な瞳が。


「くそ、きりがねえ!」
 円は糸を叩き落としごちた。全くです、と頷きながら紅羽が額の汗を拭く。手の甲にうつったのは赤い血で、一瞬ぎょっとするが振り払う。それが何だというのだ。生きてさえいれば、こんなもの、何でもない。炎の蔦が蜘蛛を抱き込むように伸びている。
「はふひらひ、キンチョーふふごふ」
 謎の言葉を呟いて、蜘蛛の背に得物を突き立てる吉備津・桃子(桃天使・b19620)。反撃とばかり、糸を繰り出そうとした顔面をぴしゃりと符が叩く。蜘蛛は、眠った。
「何、ですか? 吉備津おねーさん」
 導眠符を繰り出した姿勢のまま、きょとんと尋ねる嘉月に、桃子はごそごそと腰の袋に手をやる。「……吉備団子、食べる?」
「あ、はい、いただきます」
 ふたり手をかざしそっと庇うのは、きなこが風に舞わぬように。
「これ食べると、力が出る気がするんだよね」
 秘密めかして囁いて、桃子の瞳がきらきら輝く。飛んできた糸は横目でかわす。
 走る蜘蛛に、紅羽が正面から炎の蔦をぶつける。燃える赤い蔓草の中、蜘蛛は縮こまって自由を奪われた。
「もうこれ以上、好き勝手はさせませんよ」
 後ろには、行かせたくない。ちらと振り返る紅羽の瞳には誰かが映っていた。

 さらに回り込もうと、大きく迂回する蜘蛛を円が追う。乱戦を抜け出しながら深手を負ったそれと並走し、草の向こう、ちらちらと見える蜘蛛の顔に焦りを探す。しかしそれはただ獣の顔をしていた。かちゃ、とてのひらで温もった宝剣を振り上げ、振り下ろした。
 反動で前のめりに転がる円の下で、きらきらと散る蜘蛛の残骸。
 円の長い髪が、遅れて彼女を追う。


 糸は、絶え間なく吐き出され能力者の自由を奪った。
 飛び交う様は雨にも似て、気を抜けば見蕩れてしまうほど。
 傷口を拭うように治癒符が贈られ続けるが、戦場から血の匂いが消えることはない。
 近づく蜘蛛を数え、そして残りの符を数える。
「怪我人っ、いないっ?」
 シスター姿の彩乃が勇ましく腕まくりして仲間を数えた。

「ここはあなたたちの居場所じゃないの……」
 消えてなくなれ、とみさをが小さく叫ぶ。緋色の蟲籠から白い蟲たちが舞い上がって行く。
(「たんとお食べ、残さずお食べ……」)
 真紅の瞳を細め、みさをは蜘蛛たちが儚く散るのを見た。
 草原には子守唄が広がって行く。届け、届いて。風に押し戻されまいと雪那は歌う。
 くるりと回した両手のマジカルロッドが、走る蜘蛛を捕える。智美は片目を軽く閉じて狙いを定め、魔法の銃弾を打ち込んだ。
「行かせません」
 破けた腹に間髪入れず、風景を映した水の刃が突き刺さる。何事か呻いて、蜘蛛は消えた。蜘蛛糸をはらはらと振りほどきながら、立ち上がった殴子は和服の裾を払う。
 その姿を見上げ、戸惑うように尻込みした蜘蛛に、
「悪いと思うけど、逃がすわけには行かないよっ!」
 と彩乃が眠りのための符を放った。すうと縮こまる蜘蛛に円が目覚ましの強烈な一撃を食らわす。

「きゃあ!」
 蜘蛛が1体華凛の白い足元をくぐり抜けて。
「させるか」
 放たれたフレイムバインディング。跳躍し避けようとした体を赤い蔓が覆った。くしゃりと身動きの出来無いそれを、歌が叩く、蟲が食らう。
 尻餅をついた華凛に紅羽が優しく手を貸した。そこには何の他意もない、仲間の笑顔。華凛は逡巡して、そして手を取った。ちらりと雪那がふたりを見た。
「ええい、お桃の鬼退治、とくとご覧あれ!」
 笑った桃子の八重歯がきらり。
 生まれ出た炎の魔弾は命じられるまま、指した先へと飛んで行く。
 それは揺らめき、若草を風圧でなぎ倒しながら蜘蛛の腹へとぶち当った。
 蜘蛛はわっと広がる炎を連れて、どこかへ逃げようとしたがもう遅い。それは黒い煤を広げながら二歩三歩と歩いたが、そのまま激しい痙攣をして消え去った。


 時間とは、壮大なものだろうか。
 それとも残酷なものだろうか。
 桜のひび割れた枝の先にぽつぽつと緑色の新芽が見える。

「ここまでは頑張ったんだね。もう少し……頑張れ。あんたが花咲かすとこ、見たい人たちがいるんだ」
 桃子が囁き智美も頷く。二人は辺りを見事に警戒しながら吉備団子を食べていた。
「この桜さんは頑張りやさんなのですね」
 そして乾いた枝にそっと手を振れた。思いをてのひらから古木へ伝えるように。
(「出来るだけ早く終わらせるからね……待ってて」)
 その時、答えるように影が揺れた。
「!」
 ふりかかる蜘蛛糸のシャワー、樹上の残忍な瞳。
 智美は転がって身をかわすとてのひらに生まれた符を投げつけた。ぴしり、と気持ちのいい音とともに瞳の色が消える。そして力ない糸を衣装のように引き連れながら、大きな蜘蛛が地面へと落ちた。腹部にはグロテスクな目。
「落ちてきたよぉ!」
 それは地面に叩き付けられると同時に飛び起きたが瞬時に走り出すという訳にはいかなかった。その隙に殴子と円に、それぞれ標本にでもされるかのよう背に得物を突き立てられた。
「う、わ」
 殴子の背に小蜘蛛たちが飛びかかり、思わず前のめりに倒れる。嘉月が、落ちた大蜘蛛に対し再び導眠符改を投げつけた。お返しのように樹上から白い糸が降り注ぐ。
「きゃあっ!」
 それは嘉月をぎりぎりと締め上げ、体の自由を奪う。掻き毟ろうとした手から血がこぼれた。
「……見つけた」
 糸を上に辿り、華凛は眠れと符を放つ。避けられた、と思った時には別な糸が樹上から降りてきた。驚いた表情のまま、華凛は背中からその場へ倒れる。
 崖側に回り込んだ彩乃は蜘蛛を数える。
 眠れ、と送り出す符に吹き込んで。
 みさをの蟲たちが蟲籠から飛び出す。彼らの食欲は底知れない。

 殴子は喉元にしっかりと食らいつく大蜘蛛の顎を力一杯左右に開いた。蜘蛛の生暖かい息とひどい毒の匂いが首筋を濡らす。蜘蛛の瞳には殴子の青ざめた顔が映っている。
「!」
 それが突然赤く燃えた。不死鳥が大蜘蛛を包み込む。魔炎に包まれたそれは、哮り狂い、殴子を踏み台にして跳躍した。
「危ないっ」
 と彩乃の叫びが風に乗る。硬い脚が枝を支える柱をひっかける。古木の枝は大きく撓み、土ぼこりを上げ、落ちた。

 戦場を飛び跳ねながら智美はひたすらに樹上を見ていた。
「蜘蛛さん……蜘蛛さん……」
 そして枝から大きく食み出した巨体を見つけると、嬉しげにくちびるに人差し指をあて、そーっと導眠符を繰り出した。
「えいっ、おやすみ」
 それはバランスを失い、落ちた。思わず喜ぶ智美の両脇を、風を切り裂いて飛ぶオレンジ色の魔弾。導眠符、そしてぐんぐんと伸びて行く闇色の手。
 蜘蛛が、毒液を滴らせのたうち回る。
「もう、大切な人を喪って悲しむ人がいないように……ね」
 巨大な古木の幹を回って、反対側から訪れたのは紅羽。
 翼を模した両手のアームブレード、纏う炎は不死鳥の姿。大きく翼を広げ、そして大蜘蛛へと滑空すると絶叫とともに蜘蛛は消え去った。

 2本、柱が倒れた。
 ただし古木は耐えた。いや、耐えている。ミシミシと崩壊の音がする。
 見上げていた嘉月は対峙する小蜘蛛に向かって首を傾げた。
「聞こえ、る?」
 腹を大きく穿たれ傷ついた蜘蛛は顎をがちがちと鳴らして飛びかかるタイミングを計っている。
「聞こえない、か」
 蜘蛛が飛び上がりジグザグに走る。嘉月は待っていた。それが近づいてくるのを。それが飛びかかってくるのを。
「……我、焔を欲す……敵を、焼き尽くせ!」 
 両手の間に生まれた炎が、主の命を受け巨大に膨れ上がる。ごうごうと燃えるそれは彼女の忠実なしもべ。突き上げるように蜘蛛の顔面にぶち当たると、大きく全身を包み込む。仰向けに落ちた蜘蛛はじたばたと土の上を転がり続けたがそのうち小さく萎むと、そのまま消えた。
 桃子が標本のように蜘蛛を地面へと突き立てる。びくびくと動く脚はそのうちに静まり、夢のように消える。
「ふう……」
 思わずそこに座り込めば、正面から励ましのように治癒符が届く。
 見れば太陽の下で彩乃が、清楚な美女といった風情の外見を裏切って、両手を振って飛び跳ねている。
「もう少しだよ、頑張ろっ!」
「ありがとう! 吉備団子、食べる?」
 やった、後でと満面の笑み。

 雪那は両手を伸べ、まるで咲かぬ桜に聞かせようというように歌いはじめた。
 可憐な歌い出しから、次第魂のこもる豊かな歌声。
 蜘蛛たちは全身を震わせ、身を捩った。
 歌は届く、歌は広がる。
(「これ以上逃げてもまた追われるだけ……だからもう、ここでおやすみ」)
 桜が最期を見届けてくれる。
 はらりと舞わせた扇の軌跡、現れた輝く光の槍は、惑うことなく蜘蛛へと飛んだ。一直線に飛んだそれは、蜘蛛の腹を砕いて地面へ留める。蜘蛛は顎の中で靄のように白い糸をくすぶらせていたが、そのまま消えた。
 みさをは悼むようにほんの少し、目を伏せた。

 後じさる大蜘蛛を追って紅羽が迫るも、それは古木を盾に反撃のチャンスを狙う。
 そしてかつん、と後脚が当ったのはまばゆい宝剣。紅龍を封じ込めたというそれは振り返った蜘蛛の醜悪な顔を映していた。見上げれば、円がにっこりと蜘蛛を見つめている。
 彼女の後ろにはそれぞれに得物掲げる仲間たち。
 観念、という言葉は蜘蛛にはなかった。狂った獣のように後脚で土を掻き、飛びかかった。
「……残念、さようならだね」
 大柄な彼女が振り上げた得物は蜘蛛の体をまっぷたつに切り裂き、土の中へと切っ先を埋める形となった。難なく引き抜けば、すぐ側に桜の太い根が見える。
「あ、ごめんね」
 いつになく優しい瞳をして、そっと土を埋め戻した。太い幹に触れれば、大丈夫だと、答えが返ってくるようで。


 皆で倒れた柱を立て直して、段々畑を見下ろして座った。彼らを苦しめた地形も見下ろせば爽やかな春の草原。
 ところどころ、黄色や紫の野の花が咲いているのもさっきは気づかなかった。
「なかなか、大変だったもんね」
 とさ、と土の上に倒れる紅羽。おつかれさまと回ってきたのは彩乃の手作りサンドイッチ。あんまり時間はなかったけど、と笑う彩乃には桃子から約束の吉備団子が供される。
「んーと、鬼退治に行かなくちゃいけない?」
 嘉月の入れてくれた温かなお茶が心にしみる。見上げる枝は灰色。だけど……。
「花はなくても香りはあるんだね」
 目を閉じて春をかぐ智美に嘉月が桜餅をひとつ差し出す。
「あ、これだったのかな?」
 お茶と一緒に甘さを楽しんだ。ほろほろ口の中で、春がこぼれる。
 紅羽に雪那が何か囁いている。二人の表情は春のように曖昧。

 みさをは静かに目を閉じた。流れて行く雲の影が、閉じた瞼にも感じられる。
 確かな大地の温み。確かな春の香り。
「護れて、よかった」
 巨大な幹に手をあてて、呟く円の声が大地を伝って聞こえてくる。悠久の時、千年の流れ。時は無情で、そして平等だ。
「応援してくれてありがとう♪」
 桜に抱きついているのは智美だ。そして、何て軽い足音。とことこと妖精のように軽いそれ。みさをは目を開け、振り返った。
 美しい毛並みの小さな猫が、笑う円の手を借りて、桜の枝へと飛び移る。
「そこ、綺麗?」
 にゃーん。
 猫変身した嘉月が満足げに答える。枝に加減を尋ねるように、前脚をそろそろ出していく姿は本当に愛らしい。微笑みながら見上げていた智美が、突然あっと声を出した。
「見て、雲が……満開なの!」
 皆、集まって真下から枝を見上げた。

 それは風のいたずら、春の空に広がる白い雲。
 それがまるで桜の枝に咲くように、広がっている。
 白い花。満開の。
 見上げる仲間たちの顔に淡い雲の影が落ちる。
(「千載を生きる木よ、人の営みは、あなたに優しい、ですか?」)
 嘉月は静かに頬を寄せて、触れる木肌にこたえを探した。

 老いた木肌は太陽に温み、そして静かにすべてを受け入れていた。
 時も、人も、すべてを。


マスター:カヒラススム 紹介ページ
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いまいち
参加者:10人
作成日:2007/04/18
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冒険結果:成功!
重傷者:桜神帝・華凛(隠者の小夜曲・b01875)  撲・殴子(高校生青龍拳士・b15466) 
死亡者:なし
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