私は未来を強奪する


<オープニング>


 昨日まで下落を続けていた、俺を飼い殺した会社の株価。復讐が実を結んだと思っていたのに、今日また上昇を開始している。
 無駄だったのか? 数々の工作は無駄だったのか?
 割れないよう手を尽くした。事実、こちらの存在を察知してはいないはずだ。
 なのに、上昇した。まるきりブラックな会社なのに、上昇した。
 俺から新卒を奪ったくせに……!
「あなたを救ってあげましょうか?」
「!?」
 振り向いた先には、女がいた。
 見た事もない、女がいた。
 外人だろうか? 地毛と思しき茶髪は艶やかで、さらさらで、動くたびに解けて揺れている。清楚さを現すシスター服を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべている様は、まさに聖女と言う言葉が相応しいと思われた。
 ……どうかしている。
 どうやって入ったかは知らないが、相手は侵入者。よくよく見れば、だらしなさそうな胸を持っているではないか。
「あなたは自分でも知らない大きな力を使う素質を持っています。それを使って、あなたを認めなかった人達に罰を与えたくはありませんか?」
 けれど、どうかしていた。
 蜂蜜のように甘く囁かれるたびに、俺の思考は鈍っていた。
 けれど心は穏やかで、自然と言葉が漏れていく。
「……お願いします。私に、その力を与えて下さい」
 憧憬か、それとも……ともあれ俺は、私は、彼女と契約を結んだのである……。

「皆、集まってくれて感謝する。早速だが、聖女アリスが現われた」
「聖女アリスって、あの?」
「ああ。現在アリスは、原初の吸血鬼を生み出すゲームを行うために人を集めている。舞台は日本各地の空き地……そう。多額の金銭を積んで住人を立ち退かせた場所、らしいな」
「どんな貴種ヴァンパイアが儀式を行おうとしているのかは分かる?」
「ああ。アリスによって見出されて貴種ヴァンパイアになった、海原数馬という名の二十二歳の男だ。この者が恨みを抱いている人々が、儀式の場である家に閉じ込められている」
 急がなければ多数の被害者が出た上で、新たな原初の吸血鬼も生まれてしまう。そうなる前に阻止しなければならないと、秋月・善治(運命予報士・bn0042)は春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)を含む面々への説明を開始した。
「本来、原初の吸血鬼のゲームは十分な準備が必要なのだが……どうもアリスは、その手順を効率化して短時間で原初の吸血鬼を生み出す方法を確立したようだな」
 ゲームの主役である数馬でさえ、つい最近貴種ヴァンパイアになったばかりなのだ。
「つまり、あれね。吸血鬼株式会社による原初の吸血鬼大量生産事件、ってところ?」
「ああ、そのとおりだ。先にも話したが、今回のゲームでは数馬が恨みを抱く、彼を切った会社の重役などが儀式を行うための駒として選ばれている」
 ゲームの中で、貴種ヴァンパイアが駒を時間をかけてなぶり殺しにすることで、貴種ヴァンパイアから原初の吸血鬼への変化するのだそうな。
「もっとも、数馬の戦闘能力はお前たちと同等クラスで、決して強敵とはいえない。そして先にも話したが、原初の吸血鬼になるためには時間をかけてなぶり殺しにする必要があるが故に、変化する前に到達できれば、儀式を阻止した上で捕らえられた人々も救出することができるだろう」
「となると、当然妨害があるのよね?」
「ああ。これを見越してか、家の中には吸血鬼株式会社に所属するサキュバスと妖獣の群れが、銀誓館学園の能力者を迎撃するための護衛として配置されている」
「つまり、そいつらを素早く撃破して儀式を阻止する。それが大まかな流れになるのかしら?」
「ああ。もっとも、サキュバスたちに敗北するか、あるいは時間がかかりすぎた場合は原初の吸血鬼が発生してしまうだろう。そうなれば形成は一気に逆転してしまうので、そうならないように全力を尽くして欲しい」
 現地までの地図を渡しながら、善治は説明を続けていく。
「まず戦場だが、居間になる。そして儀式場である寝室は、その奥に位置している」
 バリケードなどで塞がれているため、その他の場所から寝室へ行くことはできない。
 また、居間は戦場としては申し分ない広さを誇っているため、戦いに関する有利不利は無いと思われる。
「続いて敵戦力だが、サキュバス・ドールが一体。大型の狼型妖獣が一体。犬型妖獣が十体、だな。詳細はメモを確認してくれ」
 続いて……と、善治は静かに頷いた。
「数馬の性格についても話しておこうか」
 資質として優秀な面はあるが、性格的には内向的。また、自己愛の気もある。
 恨みを抱いた要因は、ろくな仕事も与えられず数ヶ月間飼い殺しにされ、挙句の果てにいわゆる新卒切りの憂き目に遭ったこと。故に、上司などに恨みを抱いていると言うわけだ。
「まあ、そのあたりは頭の片隅にでも置いてもらうとして……だ。もし万が一原初の吸血鬼が生まれてしまったなら、必ず撤退して欲しい。その力は強大であるが故に、無理に倒そうとするのは危険だからな」
「……分かってる。けど、そうならないように頑張るわ。油断はせずに、ね」
「ああ。危険な任務だがよろしく頼む。皆からの吉報を待っているぞ」

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参加者
神代・このは(真まじかるこのりん・b12414)
堂真・久狼(混沌の羽・b12981)
アルテア・マッコイ(商会の看板娘・b25367)
マリス・アンダー(渡る白狼・b31212)
トウヤ・クルドハイド(時間の従者・b37331)
九頭竜・真貴名(鋼鉄の黒騎士・b45575)
オリバー・ナイツ(黒服真へたれ種ヴァンパイア・b50388)
麻生・流華(風雪の囁き・b51834)
NPC:春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)




<リプレイ>

●世界が燃え尽きてしまう前に
 夜の帳が猛る炎を覆い隠し、空を藍の色に染めていく。地上ではかすかな星々が点り始め、闇に包まれていく世界を優しく照らし出していた。
 住宅街の外れ、民家が立ち並ぶ一角に、目的の古民家は佇んでいた。
 雑草が生え始めた庭が、この家が人の手を離れたばかりだと言うことを教えてくれている。塀の傷や壁の染みが、長い年月を越えてきた事を知らせてくれている。二階がない代わりにかなりの面積を誇る家屋は戦場となる居間も広いのであろう事を予感させ、わずかばかりの安堵を抱かせてくれていた。
 反面、悪意の残滓は伺えない。儀式の音など聞こえてこない。
 隠匿された儀式場へと向かうため、この場に集った若者たちがイグニッションの言葉を紡いでいく。武装の調子を確かめたりなど準備を整えている最中、アルテア・マッコイ(商会の看板娘・b25367)がかわいい灯篭を揺らして春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)の正面に回りこんだ。
「ん?」
「数馬クンにはきっちり競争原理の社会の恐ろしさを教えてあげるのデース。そんなわけで……」
「きゃっ」
 首を傾げ言葉を聞いていた静音の体に、飛び込む形で抱きついていく。
「静音ちゃんやほやほーがんばろーデスっ。ボク達で未来を取り返してあげるのデス!」
「……そうね。何はともあれ、未来は救わないと。全力を尽くして、頑張りましょう」
 硬く抱き返した静音と共に、未来を救うと誓い合う。
(「……もっとも、数馬さんはアリスに踊らされているだけでしょうが……」)
 少女たちの誓いを耳に捉え、オリバー・ナイツ(黒服真へたれ種ヴァンパイア・b50388)は静かな溜息を吐き出した。それは、悪趣味な儀式に対する嫌悪の念か、それとも悲劇の主となってしまった加害者であり被害者である海原数馬への同情か。
 いずれにせよ、成すべき事は確定している。早急に止めれば、人の命と言う意味での被害はない。
「それじゃあ行きましょうか。皆さん、準備はいいですね?」
 琥珀色の穂先を持つ長槍を肩に乗せ、堂真・久狼(混沌の羽・b12981)は仲間の注目を集めていく。一様に頷き返してくる様を確認し、何を告げるでもなく背を向けて、数馬の世界へと繋がる扉を開いた。
 相変わらず、異質な残滓は伺えない。ただ、生ある者がいる証として、廊下が夏の熱気を拒絶するかのように冷やされていた。足を踏み入れれば案内人の代わりに床が悲鳴を上げて出迎える。けれど、邪魔するものは何もなく、難なく居間へと繋がるふすまに辿り着くことができていた。
 開けば、無味乾燥とした空気から一転。濃密な獣の臭いが鼻を突いた。舌を仕舞うことも忘れた十体の犬妖獣たちは額の角を光らせながら、ゆっくりと顔を上げて動き出す。
「突破します。皆さん、ひとまず陣を!」
 詠唱兵器を携えた若者たちは久狼の指示に従って、オリバー、アルテア、麻生・流華(風雪の囁き・b51834)を廊下に残して畳張りの床を走り出す。壁を背に、半円で犬妖獣たちを包み込むような陣を取る。
 己の立ち位置にて銃剣を構え、マリス・アンダー(渡る白狼・b31212)は瞳をきつく閉じていく。再び開く頃には確かな光が瞳に宿り、覚悟を示すように気高く吼えた。
 動いて直ぐに力を遠くまで届けることはできないから、久狼は体を凍えさせていく。穂先までもを薄氷で包み込み、迫り来る犬妖獣の右前足を貫いた。
「さあさあ、さっさとどいてもらうよ!」
「アヤカシゴー! なのデス!!」
 神代・このは(真まじかるこのりん・b12414)はスライディングで敵陣に入り込み、くるりと巫女服のようなプロテクターのスカートを翻して三体の犬妖獣を蹴り飛ばす。うち一体は、アルテアの生み出したアヤカシに弄ばれて転がった。
 立つ余裕も与えぬと、九頭竜・真貴名(鋼鉄の黒騎士・b45575)の描いた軌跡が紅蓮に染まる。
「……一匹目」
 燃え尽きていく様を一瞥し、歪な鉄塊の矛先を軽く上げ、次なる対象を探っていく。聖槍を模した角を持つ仮面から覗く金の瞳には、静かに揺らめく炎が宿っていた。
 犬妖獣に守られる形で佇むサキュバス・ドールの幼い肢体がタイトスカートのレディーススーツに包まれる。同様に今は守られている狼妖獣は赤銅色に鈍く輝く鋼の肉体を震わせて、高らかな咆哮を響かせた。
 原初の恐怖を呼び起こされ、久狼とトウヤ・クルドハイド(時間の従者・b37331)、マリスとオリバーが体を硬直させてしまう。
 犬妖獣たちは容易い獲物の到来に、爛々と瞳を輝かせた。

●戦場は、荒ぶる咆哮が支配する
 牙が突き刺されば血が漏れる。角に突き破られれば飛沫が上がる。
 いなせるのは、掠めさせるに留めることができるのは加護を抱いているから。
 肘にかすかなルージュを引き、静音が艶やかな長髪をはためかせる。
「……」
 己を中心に呪縛を浄化する風を渦巻かせ、咆哮により生じた恐怖を取り除いた。アルテアもアヤカシたちを紛れさせ、血を流す仲間の傷を塞いでいく。
 血は止まらない。鮮やかな緋色で、畳を汚し続けている。
 致命傷になりうるかと問われれば、是。久狼は乱れた呼吸を整えなおし、構えから隙を消していく。溢れる気迫はおぼろげな光としてあふれ、横っ腹に穿たれた傷口を塞いでいった。
「……ま、犬や狼だからって妖獣に加減はいらないな」
 まだ大丈夫と覚悟を決めて、マリスは小さな息を吐き出し呼吸を止める。
 流れ出る血潮とは対照的に、鼓動がどんどんどんどん弱まった。入れ替わるように銃剣の刀身が白く染まり、透明な薄氷に包まれる。
 一歩を踏み出せば、液体としての形を残していた血が凝固する。力強く突き出した刃は犬妖獣の胴を貫いて、僅かな時間自由な動きを阻害した。
「悪いけど、邪魔なんでねぇ。とっとと失せて貰うぜ」
 同様に白い息を吐くトウヤが時計のような穂先で弧を描き、歪な首を切り落とす。残された胴体は氷像と化し、時を待たずして砕け散った。
 視線を外したトウヤは変わらず流れる血を抑えながら、次なる獲物へと穂先を向けていく。
 向けられた個体は角を煌かせ、自由を取り戻した真貴名に突進した。
 刀を軸に受け流した真貴名は勢いが導くままに紅蓮を纏い、退く犬妖獣の鼻先をそぎ落とす。
「これで……」
「さあさあ、ガンガン行くよ!」
 苦悶の悲鳴を上げた犬妖獣が床に叩きつけられた瞬間に爆裂したオリバーの隕石が、力ない体を吹っ飛ばす。煽られるままに回転を始めたこのはは近づく個体ごと、吹っ飛ばされてきた犬妖獣を蹴り飛ばした。
 加速度的に傾き始めた戦況を変えようというのか、狼妖獣が高らかな咆哮をあげていく。
 事実、真貴名がトウヤがマリスが久狼がマヒし、怖気づいていた感のある犬妖獣たちの瞳に光が戻った。
 三者に牙が、角が殺到する。あぶれた角をバックステップで受け止めながら、静音は優しき風を継続した。
「ふふ、暑いでしょう? 涼しくしてあげます。皆さんも、焦らず熱くならず冷静に……」
 渦巻く風の流れに重ね、流華が吹雪を巻き上げる。三体の犬妖獣が氷の破片を身に纏い、寒さからか体を細かに震わせはじめた。
「ちっ……流石にきついな」
 追撃はない、できない。
 気を失いかけたトウヤが内に宿る気を爆発的に覚醒させ、虎の紋様を体に浮かばせたように、マリスが血が流れるほどに唇をかみ締め覚悟を決めたように、多くの者が己の治療に専念したから。
 故にさしたる被害もなく、狼妖獣は悠然と咆哮を轟かせる。
 新たに発生していく動けぬ獲物に、犬妖獣は牙を角を突き立てる!
「邪魔を……するなっ!!」
 運良く呪縛から逃れたマリスは襲い来る牙を受け止めて、己の懐へと引き寄せる。青龍の力を宿らせた足で蹴り飛ばし、天井へと叩きつけ、あるべき存在へと誘った。
 新たな目標を探れば、動けぬ仲間に角を突き刺すこともできなかった個体が瞳に移る。直感が赴くままに動き出せば、最低限止血した仲間たちも矛先を――。
「ぐっ……」
 不意に、横から放たれた衝撃波に心臓を鷲づかみにされてしまった。薄れ行く意識の中で瞳を向ければ、投げキッスを終えたサキュバス・ドールの姿があった。
 敵を排除し、後で頂くつもりなのだろう。妖獣たちは彼を意識から外したかのように、残る者たちに視線を走らせていく。
 受け止め、睨み返し、トウヤは得物を握り締めた。
「アヤカシを向かわせマスから、とにもかくにも無理はしないでデス!」
「大丈夫! この勢いならいけるから! みんな、頑張って!!」
 アルテアはアヤカシを次々と生み出して、敵勢に届けるよりも味方を癒すことを優先させていく。いやおうなしに乱れていく士気を盛り立てるため、このはは気丈に明るく振舞い再度スライディングで飛び込んだ。
「前衛はラインを押し上げてください。狼までの距離を縮めましょう」
 回し蹴りにも似た技に一体の犬妖獣が消滅していく様を確認し、久狼が円を狭めるよう指示を飛ばす。真貴名は進むついでとばかりに、跳びかかってきた犬妖獣を切り捨てた。
 マリスへの道は塞がれた。包囲も狭めることができている。
「オラァ!!」
 怪我をおして、トウヤが数多の弾丸を打ち出していく。
 計六発の鉛玉を埋め込まれ、また一体犬妖獣が消滅する。
 けれど、勢いは強まらない。狼妖獣の咆哮により、力強さに加護を持たぬ者たちがほぼ呪縛されてしまうから。
 鋭い角に腹を貫かれ、トウヤが声を上げる事もなく昏倒してしまったから。
「ごめん、これでおしまい。だから、後は……」
「私が引き受けます。皆さん、とにかく攻撃の手を緩めないで下さい」
 静音は己が操ることのできる浄化の力が尽きたから、流華に後を引き継ぎエアシューズで滑り出す。流華自身も小さく頷き返しながら、今は渦巻く風に冷たき力を乗せていく。
 オリバーも隕石を犬妖獣の中心に落下させ、細かに刻まれていた傷口を抉り出す。吹き飛んだ個体は久狼の剣が切り捨てた。
 が、呪縛に囚われたところを角に貫かれ、久狼自身も血溜まりの中に沈んでいく。
 空調に、凍てつく力に冷やされた戦場は、互いに消滅と昏倒を重ねていく、消耗戦の様相を呈していた……。

●ただ強さを持たぬが故に
 敵の殲滅が終わるまでに、味方の陣を潜り抜けてきた犬妖獣の角に貫かれ、オリバーが意識を失った。雑魚を殲滅した後の狼妖獣との戦いで、肩を噛み砕かれた真貴名も昏睡してしまっている。
 前線に立ち続けていたこのはと静音も、決して無事な状態とは言い難い。だから僅かな時間を割き、意識のない仲間を楽な姿勢に直しつつ、残る力で傷ついた体を癒していく。尽きる頃には最低限の体力を取り戻し、一度だけならば不測の事態が起きても耐えられるようになっていた。
 覚悟を決めて襖を開ければ、概ね四十代以上の男性たちが縛られている様が瞳に映る。最奥に腰掛けている数馬は、今まで行われていた戦闘などまるで意に介していない様子で、ただ、禿げた壮年の男の耳に囁き続けていた。
「知ってるか? 徐々に日本も変わろうとしている、あんたらみたいな駄目管理職が淘汰される事態が来ようとしているって。知らないよな? 何も静聴せず、怠惰に利権を貪っていただけだものな!!」
「危ないから後ろに下がっていてね」
「誰だ!?」
 男たちの拘束を解いていくこのはの声に呼応して、数馬がびくっと肩を震わせた。彼女は呼びかけには応えずに、ここよりは安全だからと居間へと送り出していく。
 けれど、動かない。縛めを解かれてなお、男たちは虚ろに瞳を彷徨わせる。耳を傾ければ、ぶつぶつと意味のない言葉を呟いてもいた。
「……無駄だよ。こいつらはもう、未来を知ったのさ。資格も取らず、ただ切りやすい奴だけを切り捨てて、生き残ってきた者の末路がどうなるかを、な」
 忌々しげに男を投げ捨て、数馬は静かに立ち上がる。武器を持つ少女たちが近づいてきてもレイピアを引き抜かず、微笑んだ。
「俺はこいつら以外を傷つけるつもりはない。邪魔だてしなければ、見逃してやる」
「残念。ボクたちは甘えた根性にお灸をすえてやりにきたのデスよ」
「お灸?」
 アルテアの台詞に首を傾げた刹那、荒れ狂う暴風を纏う静音が吶喊した。男は鞘ごとレイピアを引き抜き衝撃を最小限に押さえ込み、猛る風を少女に返した。
「お灸をすえるべきはこいつらじゃないか? お前たちの未来も、このままだとこいつらに奪われてしまうぞ?」
 レイピアを引き抜き鞘を投げ捨てながら、しかし、衣服を破かれた静音だけを瞳に映す。流華の操る大輪の華に切り裂かれた折には痛みに顔をゆがめたけれど、悠然とした態度は崩さず言葉を連ねていく。
「お前たちはまだ知らない、十数時間監禁され退職勧告を迫られる恐怖を。意味のない掃除や書類整理の毎日を送る苦痛を」
「でも、傷つけるのはやりすぎ。こんなことは止めないと」
 せめてもと男たちと数馬の間に割り込んだこのはが、ピンと足を伸ばして顎を蹴り上げる。
 壁に叩きつけられて、数馬は始めて表情を塗り替えた。
「いい加減にしろ! 俺はお前たちガキどものためにこいつらを駆逐しようとしてるんだ! その力を得ようとしてるんだ!! だから手始めに、端から俺を切り捨てるつもりだったこいつらを!」
「……本来なら法に訴えるべき事でしょう? そうすれば、社会も変える一端を担えたかもしれないの」
「はっ! こいつらの作り出した世界!?」
「はいはーい、そろそろ黙りまショウねー。あなたには天誅を与えてあげるのデス!」
 不意に、静音に応対する数馬の瞳を焔が満たした。小気味良く笑うアルテアは、狐耳と尻尾を引っ込め固まる彼をビシッと指差す。
 元より数で勝る相手。マヒしたのならば負ける理由もなく、彼女たちは攻撃を重ね儀式を壊す。
 意識を失う際に数馬が紡いだ言葉は、世の中への呪詛と力を得ればとの負け惜しみだっただろうか? 流華が一人静かな溜息を吐き出して、大輪の華のように大きな結晶輪を仕舞っていく。
 ――その溜息にかすかな悲しさが混じっていたのは、境遇には同情しないでもない。あるいは、たとえ言い訳だとしても何かを成そうとしていたからだろうか?
 静かに瞳を閉じ、今一度溜息を吐いて顔を上げる。
 窓の中では、白い月が淡い煌きを放っていた。
「これでアリスも諦めてくれるといいんですけどね……」
 切なる願いが、静かな世界に響き渡る。振り向けば、倒れた仲間たちが目覚め始めていた。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/08/04
得票数:楽しい1  カッコいい1  知的1  せつない9 
冒険結果:成功!
重傷者:堂真・久狼(混沌の羽・b12981)  マリス・アンダー(渡る白狼・b31212)  トウヤ・クルドハイド(時間の従者・b37331)  九頭竜・真貴名(鋼鉄の黒騎士・b45575)  オリバー・ナイツ(黒服真へたれ種ヴァンパイア・b50388) 
死亡者:なし
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