<リプレイ>
●蒼天 真夏の空はよく晴れて、浮かぶ雲の白さが能力者達の目を射た。視線を下ろせば海の照り返しが眩しい。 「夏ですねー!」 御桜・八重(花手毬・b40444)が思い切り腕を伸ばすと、指先が人工的にさらさらとしたゴムの表面を掠めた。 空よりもずっと深い青。優しく揺れる海の上を、能力者達はゴムボートに乗って進んでいた。オールが波を掻く音が耳に楽しい。 今年も目一杯楽しもうね、と同乗しているシンデレラ・ダンス(緑の娘・bn0219)に笑いかけると、彼女はケットシー・ワンダラーの耳をくすぐりながら笑顔で頷いた。 「これで、ゴースト退治のオプション付きでなければねぇ……」 二人のやり取りに口元を綻ばせつつ、シャムテイル・イルミナス(中学生真ヤドリギ使い・b64908)は紫の瞳を細めて前を見据えた。赤坂・蓮(宵咲蓮牙・b71508)もボートを漕ぐ手を一時休めてそれに倣う。 陸を目指す幽霊船と、それに乗る地縛霊とリビングデッド。銀誓館の臨海学校は毎年大変なのだと聞いていたが、納得出来たような気がした。 「またも聖女アリスの絡んだ事件ですか……」 「何を企んでいるんだろうね」 リビングデッド化された人々を連れて来たのは、吸血鬼株式会社の手配だという。それを思い出し、日向寺・まひる(緋色のそよ風・b65922)の瞳に怒りが滲んだ。亡くなった人の命を弄ぶなど、許せる筈がない。 仲間との最高の夏だって、邪魔はさせない。 オールを握る手に力を込め、彼女は前方の船影を見詰めた。 それに少しずつ近付いて行くゴムボートはもう一艘。そちらに乗るシーナ・ドルチェ(ネミの白魔女・b67352)は、愛らしい眉を下げて小さく溜め息を零した。 「待ちに待った臨海学校……の筈が、幽霊船退治もですか」 この学園はどうやら、能力者達をただ楽しいだけの臨海学校には連れて行ってくれないらしい。少しだけ下を向いた気分はしかし、これが終われば、明日はハウステンボスですよと囁く小華和・奈月(黎明の薔薇・b62162)の言葉に浮上する。 楽しむだけでは終わらない。けれど、それでも楽しい事だってきちんと用意してくれているのだ。 やがて二艘のゴムボートは、幽霊船の船尾についた。鉤の付いたロープが投げられ、冷たい音を立てて船縁に引っ掛かる。 「なんだかスゴク怪しいですにゃ」 禍々しい印象を与える船の外観を見やり、三毛猫・みーけ(ニャーロック・b23982)は思わずそう呟いた。しかし今は考える時ではない。 前衛を担う仲間に続いてロープを伝い、船に乗り込む。多少の揺れや物音はあったものの、能力者達の動きは滑らかだった。 最後に船上へ上がった辻村・崇(蒼氷の牙を持つ幼き騎士・b63628)がカードを掲げ、起動する。傍らに現れたのはケルベロスオメガのコル・レオニスだ。 「まひるお姉ちゃん、何してるの?」 皆が幽霊船に乗り込んだ後、屈んで何やら手を動かしているまひるに気付き、崇は目を瞬いた。 「しっかり結んでおかないと、流されちゃうかもしれないからね」 これで良し、と立ち上がった彼女の顔には、まるで向日葵のような笑顔。弾むような動きが赤茶のショートヘアを揺らして、彼女は共に前衛を担当する仲間の側へと並ぶ。 船尾にゴースト達の姿は無かった。能力者達は周囲を窺いながら、慎重に船首へ進んで行く。 「いました」 奈月が抑えた声で告げ、能力者達は手にした武器を握り直す。 銛を持つ漁師の地縛霊も、その周りを囲むリビングデッド達も、ほぼ同時に彼らに気付いたようだった。 「そこまでです……あなた達は、ここで倒します」 蓮の長槍を彩る飾り布が、風に煽られて揺らめく。 午後の太陽の下、陽光に不似合いな者との戦いが始まろうとしていた。
●白氷 「凍てつけ! そして安らかに眠れ!」 小さな掌から浮き上がった結晶輪は、綺麗な六花の形。風花の如く舞った動きに合わせ、氷雪を孕んだ竜巻がリビングデッド達を凍て付かせる。崇に次いで、恒星の名を持つ獅子が吼えた。猛き突進に湾曲した刃の斬撃が重なり、リビングデッドを刻む。 八重は小振りな印象を与える突撃槍を持ち上げて、幻影兵を作り出した。霧に似た兵士達の恩恵を受けたのは、彼女自身を除けば奈月とまひる、そしてコル・レオニス。シャムテイルにも幻影兵を付与したいと考えていたのだが、後衛の少し前に移動していた彼女は、八重の視界から外れてしまっていた。 「今、眠らせてあげるから……」 リビングデッド達の後ろに立つ漁師に目を向け、まひるは蒲公英の花を象った天輪を突き出した。傍らの幻影が漁師の前まで飛び、恨みの念を込めた突きを届ける。 シーナが両手を広げ、甲板が茨に覆われた。魔法の茨が捕らえたリビングデッドの数は、実に7体。 漁師が銛を放り上げる。上空から降りた衝撃波に、シャムテイルとみーけが巻き込まれた。シンデレラがヤドリギを浮かべ、自らとシャムテイルを祝福で繋ぐ。 茨から逃れた2体のリビングデッドが奈月に迫り、毒を含んだ拳を振り上げる。一撃は避けたが、もう一撃は肩に鈍痛をもたらした。 「ワンダラーさん!」 ケットシーの杖が弧を描くのに合わせ、みーけはスラッシュギターに現れた弦を爪弾いた。奏でられたのは破壊神の如き楽曲。動けるリビングデッドのうち1体が強力な痺れに捕らわれる。奈月が蟲籠に白燐蟲を纏わせ、自らの力を高めた。 「仲間を蝕む不浄な気……全て吹き飛ばしてみせます」 癒しの風が、蓮の静かな声音と共に紡ぎ出される。誇り高き暴風は体力を回復するのみならず、能力者達を苛む状態異常を全て取り去った。 崇の吹雪がリビングデッドを覆う氷を厚くし、漁師をも巻き込む。白氷に包まれたその腹へ、まひるの突きが真っ直ぐに刺さった。 シーナが再び茨で周囲を包み、唯一自由に動いていたリビングデッドを戒める。 氷を振り払った漁師はリビングデッド達の後ろから飛び出すようにして前衛に接近し、銛で八重の肩を突き刺した。鋭い痛みと共に、全身を痺れが覆う。 前に立つ仲間を避けるように弧を描き、シャムテイルから白燐蟲の弾丸が飛ぶ。漁師の胸元を抉った弾丸は、内側からその身を食らって行った。 奈月が放ったのは彼女と同じ白き蟲の弾丸。銛で威力を削ぎながらも、漁師の体力は確実に削られていた。 勇猛なる獅子がリビングデッドに突撃する。背の刃が氷の上から屍の体を裂き、砕けた破片が陽光にきらめいた。シンデレラのヤドリギがみーけの傷を癒す。 「あっ」 上がった声は誰のものだったか。氷と茨の戒めより脱したリビングデッドが3体、コル・レオニスと八重に固めた拳を振り下ろした。みーけが反逆の嵐を巻き起こし、痺れと毒から仲間を解放する。蓮の風が能力者達の痛みを和らげ、奈月は八重の突撃槍へ蟲の加護を与えた。 桜の花弁が彫り込まれた突撃槍を構え、八重が輝くオーラを纏って漁師に肩からぶつかって行く。弾けた光は漁師に衝撃を与えたが、精悍な体躯は吹き飛びはしない。 「行け、コーちゃん!」 吹雪を引き起こした崇の声に応じ、獅子が吼える。背負う刃が裂いた敵の数は2体。折り重なるように倒れた体からは、氷も茨も消えていた。 軋みにも似た繊細な音を響かせたのは、まひるの蒲公英。花を模る車輪が魔氷の上から漁師を貫く。 シーナの護符を飾るヤドリギが、陽の光を受けて金に輝く。紡ぎ出された茨はしかし、誰も捕らえる事は叶わなかった。 漁師が銛の柄で甲板を叩き、天に轟く雄叫びを上げる。能力者達の刻んだ傷の幾許かが塞がって行く。だが、完全ではない。 「回復した分も、しっかり蝕んであげるわ!」 シャムテイルのクロスボウから真白の弾丸が飛び、漁師を穿つ。奈月から放たれた同じ力が後を追った。 「ここからじゃ届きませんにゃ……」 蓮の引き起こす暴風に髪を弄られながら、みーけはスラッシュギターの弦を指でなぞる。幻影兵の恩恵を受けたのは前衛のみ。彼が攻撃を届かせようと思うなら、前に出る必要があった。 漁師にぶつかった八重の突撃槍が銛に遮られて甲高い音を鳴らす。よろめいた漁師を、崇の竜巻が仄白く凍て付かせた。 「これで終わりだよっ!」 まひるが天輪を突き出して、漁師を貫く。 秘められた念が漁師を包む加護に反応し、その体を完全に石化させた。
●蒼海 崇が凍り付かせたリビングデッドを、コル・レオニスの刃が抉る。猛き突撃の力は、これにて打ち止めとなった。 シーナの足の下でくすんだ錆色の甲板が軋み、波の音が耳を打つ。この船は、今も岸に向かって進んでいるのだ。少しずつ、それでも確実に。 「上陸は……させませんっ!」 小さなヤドリギの花を咲かせた護符が揺れ、リビングデッドの足元に始まりの刻印が現れる。爆ぜた創世の輝きは2体を巻き込み、その内の1体が甲板の上に倒れ伏した。 シャムテイルの放つ白燐蟲の弾丸が、手近な1体を穿つ。奈月はぼんやりと白く輝く蟲籠を振るい、生み出された衝撃波でぼろぼろの服の上から脇腹を打った。足元をふらつかせたその1体へ、前に進み出た蓮が長槍を突き出す。牙を思わせる刺突に、また1体が倒れた。 茨から抜け出た2体が唸るような声を上げ、拳でまひるを殴打する。みーけが弦を爪弾いて、打ち込まれた毒を取り除いた。 ケットシーからエネルギー弾が飛び、リビングデッドの肩に当たって小さく爆ぜる。八重が白燐蟲の大群を放った。締め付けられていた1体が倒れる。 崇の吹雪でまた1体が、まひるの天輪に貫かれてもう1体が崩れ落ちる。残った3体の生を終わらせたのは、シーナの刻印が生み出した光だった。 「後はこの船だけですにゃ!」 みーけはスラッシュギターを持ち直し、周囲に視線を走らせる。生憎、手掛かりになりそうな物は見当たらなかった。船内を探索しても、結果は同じだろう。 「陸との距離も、丁度良さそうですね」 太陽の光を照り返す海面に深い紅の目を細め、蓮は長槍を振り上げる。どすん、と穂先が甲板を抉った。 それを合図として、能力者達は武器を握り直し、残った力を幽霊船へと叩き付ける。 反撃する術すら持たぬ相手では、もはやそれは戦いと呼べるものではなく。能力者達が船を穿つ音と、足元から伝わる緩やかな振動だけが周囲を支配していた。 「こんなに大きな船に乗るのは初めてだけど……これもゴーストなんだね」 「何だか不思議な感じです」 跳ね返るようにして戻って来た蒲公英の花を受け止めるまひるに、シーナも護符を振るいながら頷いた。 「……今思ったのだけれども」 クロスボウの引き金を絞り魔力の矢で甲板を貫いて、シャムテイルがぽつりと呟く。 「船を壊したら、普通に海に落ちるわよね?」 その語尾に被さるように、最後の一撃が叩き込まれる音が高らかに響いた。ふつりと足場が消滅する。 波立つ深い青の上へ、能力者達は真っ直ぐに落ちて行った。
●遠泳 色の白い手がゴムボートの縁を掴み、奈月が海から上がる。 「ボートが流されていたらどうしようかと思いましたが……」 「2艘とも無事でよかったですにゃ」 続いてボートに乗り込み、髪から落ちる滴を払ってみーけが笑う。 1艘はシーナが錘を付けておいたため、多少の位置のずれはあったものの流されて行方知れずになる事態は免れていた。もう1艘も、ボート同士がロープでしっかり繋がれていたせいか、錘を付けた方の周囲に留まっている。 「でも、どうしてボートが繋がっていたのでしょう……?」 不思議そうに小首を傾げる蓮へ、まひるが爛漫と微笑む。 「流されちゃったら大変だと思って、しっかり結んでおいたから」 「……ボート同士を?」 シャムテイルの言葉に、暫しの沈黙。それを打ち破ったのは、頭を抱えたまひるの何とも言えない声であった。 「で、でも、流されずに済んだんだから、結果的には良かったんだよね!」 頼りになる相棒の頭を一撫でしてイグニッションを解き、崇が取り成す。失敗は次に生かせば良いだけのこと。 幽霊船の消えた方向に目を向け、何人かの能力者が黙祷を捧げる。それを終えた後、シンデレラは海に浸かったままのシーナを見て蜜色の瞳を瞬かせた。 「シーナさんは、ボートに乗らないんですか?」 「はいっ。漸く覚えた華麗なクロールを見せちゃいますよ〜!」 本人が元気いっぱいに言えば、強いて止める必要性も無く。ばしゃばしゃと水を掻く彼女を置き去りにしないよう注意しながら、2艘のボートはゆっくりと海を進み始めた。 辛くなったらいつでも言ってくださいね、と声を掛けたのは蓮。自身が泳ぐのであれば、これも鍛錬と考え苦にならなかっただろう。しかし去年までバタ足しか出来なかったというシーナのクロールは、形にはなっているが何処となく危なっかしい。イグニッションしていれば滅多な事は無いとはいえ、心配になるのは仕方ないだろう。 「シンデレラさんも、やっぱり泳ぐの苦手だったりする?」 少し乱れて来たクロールを見やり、八重は持参した浮き輪に手を伸ばした。 「そうですね……全然泳げない訳ではないのですけれど、私は学園に来るまで、ずっと森の中で暮らしていましたから」 実はちょっぴり苦手です、と照れ笑いを浮かべるシンデレラに、まひるが大きく頷く。 「そう! ヤドリギ使いは森育ちだから、泳げなくて当然なの!」 「あら。私はちゃんと泳げるわよ?」 遠泳は辛いと思うけれど、という言葉の続きは呑み込んで、シャムテイルは笑った。 まだ着かないのですか、と嘆くシーナに、八重から膨らませた浮き輪が差し出される。 「シーナちゃん、良かったら……」 小さな手が、がしりとそれを掴む。視界が滲むのは、恐らく海だけのせいではない。 岸までは、もう少しかかりそうだった。
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参加者:8人
作成日:2010/08/19
得票数:楽しい14
カッコいい1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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