泣いてくれますか


<オープニング>


 人目を避けるように街の道端で、女が大粒の涙をこぼしていた。
 そこに、どこから現れたのか、入院患者のような白い病院服を着た少女が女の横に立った。
「泣いてくれる?」
「え?」
「私の代わりに泣いてくれる?」
 そういうなり、苦しそうな顔をしている少女は空を手で斬った。
 すると、強靱な見えない刃が女を切り裂き、血まみれにする。
「泣いて。私の代わりに泣いて」
 女の目から血の涙があふれでた。


「お待ちしておりました」
 神奈・瑞香(中学生運命予報士・bn0246)は、おじぎをして能力者たちを出迎えた。
「とある街中に地縛霊が現れました。このままにしておけば、近いうちに犠牲者が出てしまいます。皆さんにはそんなことが起きてしまう前に地縛霊を倒してほしいのです」
 瑞香は、視た出来事を元に語り出した。

 地縛霊が現れる時刻は夜。場所は街中の薄暗い道端だ。
 幅は三人しか並べない細い道のため、真夜中であれば人は通らない。
「地縛霊は、夜にこの道端で誰かが涙を流していると、十歳くらいの少女の姿で現れます。ですが、泣くといってもまねごとで大丈夫です。涙を流しているように見えれば、地縛霊は姿を見せてくれます。
 そして、地縛霊は泣いている人を狙って素手で攻撃してきます。このとき、手を横になぎ払うと遠くまで飛んでいく大きな風の刃をつくりだせるため注意が必要です」
 一人を確実に殺すための強靱な刃を、地縛霊は放つ。
「私が視た地縛霊は、入院している患者さんのように白い服を着ていました。そして、苦しそうな表情で、私の代わりに泣いてと言っていました。まるで、自分は泣けないかのように……。地縛霊が現れる場所は、昔病院があったと聞いていますから、何かの強い想いがあの場に留まっていたのかもしれません」
 瑞香は、能力者たちへ顔を向けた。

「皆さん、どうかお気をつけて。帰りをお待ちしております」

マスターからのコメントを見る

参加者
新城・紫織(黒紫の祓い手・b05154)
伊藤・洋角(百貨全用・b31191)
刹楽伎・纏(ロスト・b41949)
月村・斎(閑人・b45672)
雲乗・風斗(ヴォームティンクラウド・b51535)
リーリィ・デロンギ(剣帝の娘・b52531)
御神・深月(破天の戰・b63397)
御雷・雷華(黒き雷・b72662)



<リプレイ>


「どうやら、人はいないようだな」
「見てきてくれたんですか、雷華さん」
 雲乗・風斗(ヴォームティンクラウド・b51535)は、戻ってきた御雷・雷華(黒き雷・b72662)へ顔を向けた。
 ふらりと離れた雷華がどこかへ向かったことはわかっていたが、一般人のうむを調べに行ったことまでは気づかなかった。
 建物に挟まれた細い一本道の路地だからと、安心できる時間ではないことに、他の六人も改めて思った。
「急いで地縛霊を倒してしまいましょ、う」
「あ、待ってくれ。その前に渡したい物があるんだ」
 一般人を巻き込む前に、依頼を完遂させる作戦をうながした新城・紫織(黒紫の祓い手・b05154)を立ち止まらせた雷華は、手早く一人一人の手に目薬を手渡した。
 紫織は、渡された目薬の意味がわからず、首をかしげる。
「戦闘中に、地縛霊の矛先を変えるための手段だ」
 雷華は、仲間全員にわかるように説明した。
 地縛霊は、泣いている者を狙う習性を持っているため、一人に攻撃が集中することも考えられる。そのため、地縛霊が攻撃している矛先を変えるために、泣いているようにみせかけようというのだ。
「だが、体力に自信がない者が泣けば、泣いた本人が危ないってデメリットもある。だから、この方法を実行するかしないかは、個人の判断にまかせるぜ」
 万が一に備えての布石にすぎないという雷華の話に、月村・斎(閑人・b45672)やリーリィ・デロンギ(剣帝の娘・b52531)たちは目薬をポケットにしまった。
「じゃあ、始めようか」
 腰にライトをつけて道の中央に立った刹楽伎・纏(ロスト・b41949)が仲間に声をかけると、ランプをかかげた斎が纏の正面に立った。
「纏、黒燐憑依法であんたに憑依させてもらうぜ。地縛霊を誘き出したとき、一人でいるより二人でいた方がいいだろう」
「その方が心強いかもね。いいよ、俺に憑依して」
 斎を受け入れるといわんばかりに纏が腕をのばすと、斎は口を笑ませた。ランプを消し、意識を集中させた斎は、黒燐蟲の群れとなって纏に憑依する。
 最後の黒燐蟲が纏の体に飛び込んでいくまでを見届けた六人は、纏の左右へと分かれて移動を開始した。
 三人を一つとしたかたまりは、纏を挟み込むような形で遠ざかっていく。
「リーリィ、どのくらい離れるつもりでいるんだ?」
「十〜十五メートルと考えています」
 後ろから尋ねてきた御神・深月(破天の戰・b63397)に顔を向けながら、リーリィは答えた。
「深月殿は、どう思っているのですか?」
「俺も同じだ」
 ほぼ同じ距離を保つ考えでいた二人は、足を止めた。
 この場所が、目的の距離だ。
 懐中電灯を照らしながら後を追っていた伊藤・洋角(百貨全用・b31191)が揃うと、三人は纏の奥にいるもう一組の三人――紫織、風斗、雷華へ目を向けた。
 迷うように動いていた紫織の懐中電灯が路地端の一点で止まり、消えたことから、完全に姿を隠せる場所のない路地で、身を潜める最適な場所を見つけたのだろう。
 深月も、できるだけ体が隠れる場所を選ぶと、リーリィは、壁によりかかるなり腕を組んだ。
 二人の間をとるようにして路地端に立った洋角は、気を引き締めるようにメガネをもちあげた。
「被害が出てしまう前に、地縛霊を倒すことが、自分たちの使命ですね」
 懐中電灯をにぎりしめる洋角に、リーリィと深月はうなずく。
 建物のすき間から見える細長い空を見上げていた纏は、左右に灯っていた明かりが消えると、視線をコンクリートの地面へ下ろした。


「……どうして、あいつを守れなかったんだろう。馬鹿だよ、俺」
 纏は、うつむいた顔を片手でぬぐった。
 大切な人を守れなかった――そういいながら、肩をふるわせる姿は、見る者の心を痛ませる。
 だが、それは纏の演技だった。
 涙を流さない演技で、地縛霊を引き出すために、あえて痛ましい言葉を口にしているのだ。
 だが、いくら待っても地縛霊は現れなかった。
 それなら――。
 纏は、手の平で隠すようにポケットから取り出した目薬を、そっと目の縁にさして、体の一部をつねった。痛みでわずかに浮かび上がった涙が、目薬とまざりあって、頬へ滑り落ちる。
「泣いてくれる?」
 纏は、間近で聞こえた声に顔を上げた。
 纏の視界に入ったのは、入院患者を思わせる白い服を着た少女だった。小さな拳を胸の上に置く少女の顔はとても苦しそうだった。
「泣いてくれる?」
 泣きそうな声がもう一度尋ねたとき、左右からまぶしい光が灯った。
 隠れていた紫織、洋角、風斗たちが、明かりを手に、イグニッションを唱えながら駆けだしたのだ。
 纏は、イグニッションカードを輝かせながら、少女と向き合った。
「悪いけどお前のためには泣かない。泣けねぇよ」
 少女の目が大きく見開かれる。
 黒燐憑依法を解いて姿を現した斎も地縛霊の前に立つと、地面を強く蹴る雷華と、急ぐリーリィ、深月たちの目に、刃を纏に向ける少女――地縛霊の姿が映った。


「泣いて。私の代わりに泣いて!」
 なげく地縛霊は、手をなぎ払うなり、風の刃で纏を切り裂いた。
 斎は、纏の防具を一撃でボロボロにした刃の威力を目の当たりにし、すぐに地縛霊の後ろを取って纏とともに地縛霊を挟み込んだ。
 走る足を止めたリーリィが、向かい合う先から駆けこんでくる風斗にギンギンカイザーXを投げ与えると、風斗は奥義クレセントファングを地縛霊に蹴り上げた。
「悪く思うな……受け取れ!」
 地縛霊が小さな悲鳴をあげる。
「どうして、相手を切り裂く? 代わりに泣いてというお前が流してほしいのは、血じゃないはずだろう?」
 幼い少女の顔を見ると自然に顔をしかめてしまう風斗は、これが地縛霊にとって最後の痛みであり、苦しみであるようにと、地面に着いた足を休ませずに、俊敏に次の動きへ移る。
 仲間全員を回復できる範囲を確保した深月が飛ばす奥義光の槍のまぶしさに目を細めながら、忍獣気身法で傷を癒した纏が、再び地縛霊の標的とされた。
 まだ、目が濡れていたためだろう。纏の体には、癒えたはずの傷がより深くなっていた。
「こっちだ!」
 後ろから射抜かれた声に、地縛霊は後ろをふりむいた。
 目から雫を落とす斎の姿に引きよせられた地縛霊が、手を伸ばす。すると、横から雷華の奥義クレセントファングが鋭い蹴りで現れた。
「役に立った」
「それは、よかったぜ」
 斎と雷華が、地縛霊に気づかれないように目薬の会話を短く話した。
「回復行きます、何とかもたせますよ!」
 洋角が傷に耐えている纏に治癒符を飛ばすと、長い垂直の線をつけ足すかのように、反対側から紫織のカラミティハンドが伸びてきた。
 地縛霊の元へ駆けつける時に、力の強化をすませてある能力者たちの威力は、通常より増している。
「斬―!」
 リーリィは、互いに親指を立てて意思の疎通を交わした風斗の蒼の魔弾が爆発するなり、走りながら居合いを抜いて、奥義瞬断撃を地縛霊に見舞った。
 土公と極光の牙の名を持つ二本の刃に切り裂かれた地縛霊の服の断片が飛ぶ。
「あなたに、どれほどの過去が隠されているのかわかりません」
 十歳程度の少女が代わりに泣いてという背景を、リーリィは想像することができなかった。
 例え、この路地に立っていた病院に関与していたかもしれないとしても――
「あなたは、ゴースト。関係のない人が理不尽に殺されるのを、見過ごすことはできません。……悪いけど、私は泣けない。ごめんね」
 最後の言葉は、限りなく優しい。
「誰か、回復を手伝ってくれ!」
 忍獣気身法だけでは、怪我が癒えきらない纏は、深い傷を押さえながら叫んだ。
 斎は纏をかばって地縛霊をひきつけている。それを前にしながら、自分の傷を癒すだけしかできない状況に我慢できなかったのだ。
 すると、纏の体にできた傷が急速に癒えていった。
 纏の言葉にすばやく反応した深月の病魔根絶符が、纏の体を攻撃できる姿に戻したのだ。
「泣いて……!」
 地縛霊の風の刃を受けた斎は、傷を顧みずに奥義黒影剣を向けた。
「まったく、どうもやるせない相手だな」
「なんでお前、泣けないの?」
 深々と肩に刺さった斎の刃を受けても、苦痛の声だけで涙を流さない背中に、纏は尋ねた。
 泣きたいなら、思いきり泣けばいい。年端もいかない少女がそれを耐える姿は痛ましかった。
「泣いても、誰もとがめたりしない」
 幾度と傷を負わせた相手にかけられた言葉に、地縛霊は泣いてはいけないといわんばかりに奥歯を強くかんだ。
「……悪いが力づくで手前の因果断ち切らせてもらう。恨むなら恨んでもらって構わないぜ」
 斎の長剣が抜けると、雷華と風斗のクレセントファングと紫織のカラミティハンドが襲ってきた。
 悲鳴をあげる地縛霊は、内に渦巻く思念を放出させた。
 がむしゃらのように手をなぎはらって、斎を戦闘不能にまで追いやったのだ。
 洋角の治癒符、リーリィのギンギンカイザーXで、ほとんどの傷が癒えていたとはいえ、地縛霊の攻撃に体が持たなかった。
「私の代わりに泣いて!」
「泣く、ですか。最近は、すっかり忘れていましたよ。前に進むのに必死すぎて」
 洋角は、指にはさんだ治癒符を斎へ飛ばした。
 立ち上がった斎が再び地縛霊の刃に倒れないように、渾身の力を注ぎ込んだ治癒符は、斎に武器を握らす力を取り戻させる。
「いきましょう」
 眼鏡の奥にあるほほえんだ目を光らせる洋角の手には、新たな治癒符が収まっていた。
 能力者たちの攻撃は白熱した。
「死者は、しっかり送ってやらないとな!」
 雷華のクレセントファングが、立体的な動きで華麗な蹴りさばきをみせる。
「おまえの動きは、無駄が多すぎるぞ! ――今が狙いどきだ!」
「紅き魔手よ……迷いし御霊を引き裂け!」
 雷華が示した地縛霊の一瞬の隙をついて伸ばした紫織のカラミティハンドが地縛霊を捕らえた。
 風斗のクレセントファングと纏の奥義獣撃拳が、紫織の言葉に続いて地縛霊に襲いかかる。
 歯をくいしばり、痛みに眉をひそめ、憤りを口にする地縛霊に、紫織は目を閉じて腕をかかげた。
「私は冷酷なので泣いてあげられません。そのかわり……他に泣く人をこれ以上出させません」
 洋角の治癒符とリーリィのギンギンカイザーXが飛ぶ中、紫織は迷いのないカラミティハンドを伸ばした。


「やっぱり、このあたりにあった病院で何かあった子、だったのかな……」
「そうかもしれないが、違うかもしれない。でも、ここに建っていたという病院でも、不慮の事故や病気で、楽しみにしていた将来を叶えられずに死んでいった子どもはいるだろう。子どもたちの命が失われるのは……本当に悲しいものだな」
 纏のつぶやきに答えた雷華は、浮かんできた胸の痛みに拳を作った。
 纏は話を続ける。
「もしかしたら、死ぬとわかっていても、十歳くらいの年端もいかない女の子なら、段々と感情の制御もかかってきて、泣きたくても泣けない状況ってのも、あったかもしれないね。ただ、泣きたいのに泣けないというのは、けっこう辛いと思った」
 地縛霊は、最後まで涙を流さなかった。
 洋角は、地縛霊の消えた場所で膝をつき、黙祷をささげた。
 地縛霊が泣けなかった理由を知り得なかったことだけが心残りだが、今は、泣けないという苦しみから解放されていることを願う。
「泣いてやることはできないが、お前のことは忘れない」
「おやすみなさい」
 斎と紫織が地縛霊に弔いの言葉をかけた。その中で、紫織は誰にも聞こえない声で、もう泣く必要はないと言葉を続けていた。
 風斗は、地面に置かれた深月のライトが伸ばす一筋の光を見上げてつぶやいた。
「この先は、どうか安らかでありますように」
 リーリィと深月は、そっと目を閉じる。
「おつかれさまでした」
 洋角は、ねぎらいの言葉をかけた。


マスター:あやる 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/09/01
得票数:楽しい2  泣ける1  せつない10 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。