レイニーデイ 〜リリスと地縛霊〜


<オープニング>


 リリスの少女は膝を抱えていた。
 大きな絵が飾られた、広い洋館の一室だった。
 長い白髪の、幼いリリス。
 白いシーツを素肌に羽織って、少女は絵を見上げる。
 窓から射す光が、罅割れたステンドガラスで滲む。
 そして少女はうっすらと、吐息を漏らして呟いた。
 消え入りそうに、呟いた。
「……きれい」
 絵と少女の間には、いつの間にか壮年の男が立っていた。
 少女は言う。
「一緒にいても、いい?」
 男は……壮年の地縛霊は、優しく微笑んだ。
 
「………………」
 ある廃墟の洋館で、リリスと地縛霊が住んでいる。
 どうせリリスのすることだ。人間を誘い込み、地縛霊に殺させるに違いない。
 だから奴を殺すのだ。
 それは今まで何度も言われてきたことだった。
 けれど、予報士うさぎは、ただ一言だけこう言った。
「二人を、倒してください」
 
 因白うさぎは説明を続ける。
「場所は、地図の通りです。そこまで行けば、分かる筈です」
 剣を携えた壮年の地縛霊が一人。
「女の子の為に剣を取って、戦う男のゴーストです」
 それと白いシーツを肌に羽織った白髪のリリスが一人。
「部屋の隅で自分の膝を抱えています」
「…………」
 反応を待たず、うさぎは続ける。
「戦う相手は、この二人だけです」
 リリスの少女はこちらの到来を察知できるが、別段何をするわけでもなく、部屋の隅で座っているだけだと言う。
 大きな絵を見つめながら、ずっと待っているのだと言う。
 あとは戦うだけ。
 戦うだけのこと。
「二人を、よろしくお願いします」
 うさぎはそう言って、頭を下げるのだった。

マスター:空白革命 紹介ページ
『    』アヤナシ アラタメです。

戦う理由が必要だ。
降りかかる火の粉を払うのではない。
目の前にある火を消す為の。
自分だけの理由が必要だ。

●リリスの少女
長い白髪。白いシーツを素肌に羽織った少女だ。
部屋の隅で膝を抱えたまま、絵を見つめて待っている。
光の刃を部屋中に、くまなく飛ばす力を持つが、それだけだ。
能力者の感知もしない。逃げもしない。
君は彼女を殺さなくてはいけない。

●壮年の地縛霊
剣を携えた地縛霊の男だ。
自分の剣を使う以外、特別強い力を持っていない。
彼も、君の手で殺さなくてはいけない。

もう一度言う。
二人とも、君の手で殺さなくてはいけない。

●意味の無い捕捉
戦う方法は問題ではない。
何故戦うかが、問題なのだ。
方法は問題ではない。
君が決めるべきなのは、アビリティでも前後衛の立ち位置なんかでもなく、気持ちそのものなのだ。

参加者
要・耕治(涵蓄淵邃の徒・b00625)
羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)
一之宮・琴古(桜風花・b15280)
天羽・十六夜(闇に囚われし者・b21674)
アリス・セカンドカラー(不可思議の森の吸血姫・b58606)
舞城・笑弥(運命に抗う娘・b59830)
レイル・フランクス(ギャンブルブライト・b78238)
戸森・めめ(法と秩序・b78487)



<リプレイ>

●シャーデンフロイデ
 ステンドガラスを通した歪な光が床を照らす広間。
 羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)は飛んでいた。
 火を噴くスパナの一撃が、リリスの少女へと襲い掛かる。
 リリスは手元に光を集めてスマッシュを受け止めた。溢れ出る光。悠仁は身体ごと吹き飛ばされ罅割れたタイルを転がった。頬や腕に無数の切り傷が浮かぶ。
「俺は……」
 悠仁は思う。
 生粋のゾンビハンターとして生きた彼にとって、ゴーストを殺すことが唯一の矜持だった。
 かつてこの世界のどこかで、ゴーストを完殺する存在が求められたのだろうと彼は言う。
 それがどんな切欠で、どんな経緯だったのか定かではない。
 しかし。
「必要とされた」
 無骨なスパナを握り直す。
 だから戦うのだと。
「俺は、ゾンビハンターです」
 そして悠仁は、再び床を蹴った。
「悠仁、一人で行くな!」
 後を追って走る天羽・十六夜(闇に囚われし者・b21674)。
 だがその行く手を、壮齢の地縛霊が阻んだ。
 表情の読めない、騎士風の男である。
 対応を考える間も無く剣が振りかざされる。
 咄嗟に構える十六夜。
 が、その瞬間。男の剣を魔弾が弾いた。
「自発的にリリスを守るか……」
 埃を被った大鏡に、矛を構えた要・耕治(涵蓄淵邃の徒・b00625)が映った。
 彼は言う。
「敵性存在2体。慈悲も容赦も無く消去する。……いいデータが取れそうだよ」
 能力者として銀誓館にいる以上、戦いは彼にとって義務だった。
 彼の前には、心も想いも感情すらも、もはや意味を持たない。
 どのみち、消えるものなのだ。
 ぐらりと、しかし一瞬だけ揺らぐ騎士の身体。
 十六夜は隙を逃さず黒影剣で斬り付ける。
「あのリリスが何を考え、何を待っているかは俺にはわからん。だが、因白は倒せと言った!」
 返す刀でもう一太刀。鮮血が吹き上がり、落ちる前に消える。
「俺はその依頼を受けた!」
 なら、するべきことは一つだ。
 どんな成り立ちであっても。
 これが正しいことでなかったとしても。
「命を奪い、心を踏み躙っていることに変わりは無いからな」
 突如巨大なギロチンが落ちた。
 転がるようにして避ける騎士。
 見れば、戸森・めめ(法と秩序・b78487)が大鎌を握って立っていた。
 鎌を強く握る。
 彼女の日常には処刑があった。
 理由も相手も自分の中には無く、結果としていつも誰かの死があった。
 けれど今は、全て自分が作らなくてはいけなかった。
 殺す理由も。
 殺す相手も。
 絞首台の縄であった彼女には、無いものだったのだ。
 このリリスと地縛霊も、自分で殺さなければならない。
 けれど。
「私に、彼等を殺す理由があるのでしょうか……」
 俯くめめ。
 その横を踊るようにアリス・セカンドカラー(不可思議の森の吸血姫・b58606)が飛び出して行った。
 咄嗟に突き出された剣を肩口に刺して、アリスは笑う。
「悪くない。悪くないわおじさま」
 手を伸ばし、爪先を立てる。
「でも、そんなんじゃ物足りない」
 開く唇。
 流し込まれる白燐蟲。
 アリスを振り払って後退する騎士に、アリスは穏やかに笑った。
「リリスはわたしのごちそう。ただそれだけよ」

「お願いね、ヤツフサ」
 強化したヤツフサ(ケルベロスベビー)が騎士へと襲い掛かる。
 その後で、舞城・笑弥(運命に抗う娘・b59830)は腕を翳した。
 穢れの弾丸、装填。
「……」
 目を細める笑弥。
 この部屋の扉を開けた時を思い出す。
 扉が開く瞬間に、リリスの少女は此方を振り向いていた。
 白いシーツを羽織った、白髪の少女。
 振り返る寸前まで、その少女は、確か……。
「大切な人達が、ずっと笑っている世界が欲しいから」
 呟いて、弾丸を放つ。
 そうして思い出した。
 あの時リリスの少女は、笑っていたのだった。
「差し上げます。穢れなら有り余っていますので」
 剣を握り守りを固める騎士へと、ヤツフサと笑弥の攻撃が襲う。
 騎士が反撃に転じようとしたその時、巨体が彼の身体を殴りつけた。
 仮面の下から息を吐く、フランケンシュタインである。
「ちょっと考えさせられる依頼に入ってしまいましたわ……まあ、いいんですけどね」
 素早く穢れの弾丸を放つレイル・フランクス(ギャンブルブライト・b78238)。
「わたくしが戦う理由は単純に二つ」
 フランケンシュタインの拳が振りかざされる。
「一つ。最強の花嫁たるべく、フランケンシュタインを作り上げる事」
 騎士の剣を割る勢いで、パワーナックルが繰り出される。
「二つ。ダーリンの後ろが世界で一番安全な場所で、安心できる場所だと証明すること。そのためにわたくしは命を賭ける」
 騎士の身体が弾き飛び、木製の椅子をなぎ倒す。
 レイルはフランケンシュタイン。否、ダーリンの後ろで指を鳴らした。
 護られる為に命を賭ける。
 安心するために危険を享受する。
 一見矛盾する理屈を、彼女は堂々と言ってのけた。
「それが、『護られる人』の誇りですから」
 鎧が砕け、床を転がる。
 舞った埃がゆっくりと落ちる中、騎士は剣を垂直に構えた。
 捨身の突撃だと気付くが既に遅く、騎士は地面を蹴っていた。
 声が響いたのはその時である。
「たまっ」
 一之宮・琴古(桜風花・b15280)の中へとたま(モーラットピュア)が憑く。ゴーストイグニッションを完了して、琴古は両腕を前へ突き出した。
「自らに命があるから、自分は戦うんです。うさは二人をよろしくと言いました。なら……」
 能力者としてできる、最善のことを。
 射撃。
 強化された雑霊弾が騎士の胸を貫く。
 胸に穴を開けたまま、騎士は剣を落とした。
「……あっ!」
 少女の声を彼女は聞いた。
 膝を抱えて、縮こまって、ただ拒絶するだけだったリリスの少女が立ち上がった。
 シーツの結び目でルビーの飾りが光る。
 少女は手を伸ばし、騎士は振り返った。
 ゆっくりと出された手。
 大きな手。
 少女は手を掴――

 地縛霊は消滅した。

「チェックメイトだよ。黒の女王」

●シェーネンターク
「ナイトは消えたよ。さあ……」
 耕治は機械のようにそう言って、蒼の魔弾を連射した。
 咄嗟に光を固めるリリスだが、その全てが打ち砕かれる。
 ここにいるのはリリスである。
 一度逃せば、罪の無い人が犠牲になるだろう。
 人命を奪われ、常識は破壊されるだろう。
 その時必ず人は言うのだ。
 何故あの時殺しておかなかったのか。
「だから僕は君達を殺す」
「なんで」
「今は無害でも、そのうち有害になる」
「なんで」
「それを倒すのが、義務であり責務だ」
 リリスは歯を食いしばる。
 肩に弾丸を受け、大きく仰け反る。
 そして、彼女は腕を広げた。
「なんで殺したの!」
 飛び散る光。
 無数の刃が耕治の身体を切り裂いた。
「大丈夫ですか、耕治さん」
「ここは任せろ」
 悠仁と十六夜が同時に駆け出した。
 背の高い麦畑をかき分けるようにして二人は進む。
 リリスの眼前まで来た所で、リリスは急速に光を集め出した。
 前へ出る悠仁。
 二人が無言のまま目を合わせた。
 その直後、悠仁の全身を光の刃が包み込む。

「リリス!」
「……!!」
 光の向こうから、誰かの声が聞こえた。
「お前は何を、待っているんだ」
「……」
 リリスは横目で、あの絵を見た。
 そして自分の手首を握ると、目一杯に突き出した。
「うるさい!」
 二人の身体が衝撃で飛び、悠仁は壁に、十六夜はテーブルに背をぶつけた。
 顔を上げる二人に、大量の刃が降り注ぐ。
 そして二人を八つ裂きに……できなかった。
「ヤツフサ!」
「ダーリン!」
 悠仁の前に立ち塞がるレイルとフランケンシュタイン。
 巨体が刃を受け止め、端から漏れた分をレイルの射撃が打ち落とした。
 その一方で、十六夜の前に立ったヤツフサ(ケルベロスベビー)が強化された爪で刃を叩き落す。
 打ち漏らした分を、滑り込んだ笑弥が両腕で払いのけた。
「貴方達を、生かしておくわけには行かないの」
 レイルと笑弥が、同時に指輪をリリスへと向ける。
「貴女が生きている所為で誰かが泣くかもしれない。それが知ってる人かもしれないし、知らない人かもしれない。もしそれが親しい人達だったら、私は嫌」
 ぎゅっと、笑弥は手を握り締めた。
 横目で見るレイル。
「我慢ならない」
 穢れの弾丸がリリスへと殺到し、リリスの羽織っていたシーツに二つの穴を開けた。
「そんなの……」
 赤く染みが広がる。
「そんなの、あなたの勝手じゃない!」
 ステンドガラスを通した七色の光を歪に固めて、リリスの少女は弾き飛ばす。
 部屋中を舞う光を前に、レイル達は全身を切り裂かれた。
「私は悪い事してない! ここに居ただけ! 勝手にやって来て、勝手に奪って、勝手に壊して、勝手に殺すのは貴方達の方じゃない!」
 両目を瞑って、リリスは目一杯に叫んだ。
「貴女の都合で、私達の日常を壊さないで!」
 部屋の全てが光で埋まる。
 そんな中を。
 一発の弾丸が貫通した。
「――」
 光に穴を開けて、琴古の放った雑霊弾が飛ぶ。
「自分達は、能力者である前に人です」
 スローモーションで光が弾ける。
 琴古は言った。
 自分はとても弱い。
 同情を消す程度の強さも無い。
 でも同時に、沢山の人との繋がりや、沢山の物事に生かされている人でもあった。
 だからこそ。
 血の通わない二人の世界は。
「終わらせます」
 弾丸がリリスの腹を抉った。
「……あ」
 直後、巨大なギロチンが天井に現れた。
 急速落下。
 刃はリリスの左肩へめり込み、肩関節から先を断絶した。
「ああ、ああああああああ!!」
 肩を押さえて蹲るリリス。
「私は、考えても理由が分からなかったんです」
 立ち尽くすめめ。
「ゴースト達は遠くない未来に人を殺して、罪を犯す。そういうものだって教えられています」
 床に広がる赤。
「たとえ生きる為だとしても、大切なものや場所を守る為だとしても……」
 床の赤色が爪先に達したのを見て、めめは顔を上げた。
「わたしと同じ罪を重ねて欲しくない」
「そんなのっ!」
「私のエゴだって知ってる!」
 これはエゴであり、罪である。
 罪が罪であることが、最大の罰であるならば。
「貴女達の罪を、わたしに下さい」
 やり残したことも。
 消え行く無念も。
 持って行くから。
 絞首台は……否、少女めめは、そう言った。
「…………」
 リリスは膝を突いて、地面を見ていた。
 吐き出した血が、床の赤色を広げる。
「ねえ」
 蹲る少女を、銀髪の少女が見下ろしていた。
 少女――アリスは、指先を黒く滲ませながら笑っていた。
「あそぼ」
 黒色は広がり、やがて影となり、リリスの身体を包んで行く。
 昔、ある少女と少女が別れた時のように。
 一人の親友を喪った時のように。
「あのね、アリスにね」
 気づいた時には、アリスはリリスの背後に居た。
「全てをちょうだい」
 痙攣するように仰け反るリリス。
 天井を見上げた彼女の目が、大きく開いた。
 ゆっくりと開く瞳孔。
 ごちそうさまでした。そんな声が聞こえた。
 消滅が始まり、足元から順に消えていく。
 最期に、こんな声が聞こえた。
「お前は、何を待っていたんだ」
 何を。
 それは。
 ただ。
「しあわせに――」

 そしてリリスは、消滅した。
 身体も言葉も、罪も心も、全てを無くして、霞んで消えた。

●ユミルテミルの幸福
「データ蒐集、及び消去完了。これより帰還する」
 広間の床はヒビだらけで、埃を被ったステンドガラスは歪な光で床を汚していた。
 廃墟の一室。
 ここはただそれだけの場所だった。
 耕治は一言呟いてから、起動を解く。
 振り向くと、琴古と笑弥が背中合わで座っていた。
「ヤツフサも、お疲れ様」
 走ってきたヤツフサ(ケルベロスベビー)を膝に乗せて、笑弥は目を閉じる。
 あのリリスを、地縛霊を、ゴーストだから殺した。
 けれど大好きなヤツフサもまた、ゴーストなのだ。
 違いは多分、僅かなものなのだろう。
「……矛盾かも、しれませんね」
 振り向くと、琴古は地面に手を当てていた。
 目を閉じる琴古。
「琴古さん……」
「何も見えませんでした」
 断末魔の瞳で何も見えない。
 その意味を考えて、二人は沈黙した。
 ふわふわと飛んで来たたま(モーラットピュア)を、琴古は一旦掲げて、胸に抱いた。
 あの一撃づつを、忘れないようにしよう。
 この先も、人として、能力者として。
「負けるわけには、いかないですね」

 役目をもった存在があるとして。
 彼が役目を終えた時、彼は要らなくなるのだろうか。
 ゴーストを消すための存在は、全てのゴーストが消えた時、どうなるのだろうか。
「……悠仁、大丈夫か?」
「あ、ああ」
 肩を叩かれて、悠仁は首を振った。
「大丈夫、ありがとう」
 二人は見上げる。
 歪な、七色の光が照らす壁。
 そこにかかった、大きな絵を。
「…………」
 レイルとアリスがやって来て、一緒に絵を見上げる。
「古い小説を思い出しましたわ。お嬢様でもお姫様でもない女の子の為に戦う騎士の話。あの地縛霊は、どうだったのかしら」
「どうだったんだろうね」
 床はもう、赤くない。
 光はもう、満ちていない。
 罅割れた、汚らしい床を踏んで、めめは絵の淵に触れた。
「彼女は何を、待っていたのかな」

 家族の絵は何も応えなかった。


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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/10/19
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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