ビル街に潜む悪魔と狼


<オープニング>


 時間は夜中に近いこのビル街。OLと断ずるには若干あどけないスーツ姿の女が背中を預けるビルの路地。それを取り囲む見るからに悪そうな男3人。
「本当にもう、ないんです! やめてください」
 へっへっへと1人が笑う。まったくなんて悪そうな笑い。
「金はいいよぉ、まだあんだろ、出せるもんがよ。え?」
 女に詰め寄る男。それも3人。『嬲る』より酷い。
「た、助けて……」
 気丈だった女が来ない助けを呼んでしまうほど慌てるのも無理はない。
 普通ならビルに消えるその声は、幸運なことに、届いた。
「ビルの谷間には悪魔が住む。お前らのことだ」
 突如後ろから聞こえた声に3人が振り返る。そこには、
「ビルの上には狼が住む。俺のことだ」
 黒の革手袋をしっかりと手に馴染ませ、サングラスをかける謎の男。
「知らなかったか? 狼の縄張りで狩りをする悪魔は、狼に殺される、ってな」
「あぁ? 何を言ってうぐぶっ!」
 3人の男たちは、3方向に吹き飛び湯気を上げた。ふしゅー、と。
 女は見ていた。サングラスの男が3人の男に拳を叩き込んだ瞬間を。
「怪我はないか子羊」
 そう呼びかけられて女は一瞬止まった。子羊が自分のことだと思わなかったからだ。
「あ、は、はい。助けていただいてどうもありがとうございます」
 お辞儀をする女に、男はさも意外だと言うように笑う。
「おいおいそうじゃねえだろ。俺は狼だって言ってんだぜ子羊。……わかるか?」
 近寄って肩に手を回す男。一瞬びくりとしながらも、俯いてはにかむ女。
「……はい」
 女の最期の言葉だった。

「……………………」
 奥・弓木(高校生運命予報士・bn0073)は悩んでいた。もう全員揃っているのだが。
「……そっか! あのみなさん」
 やっと喋りだした弓木に全員が注目する。
「皆さんが悪役の真似事をするというのはどうでしょう!」
 全員が、顔を見合わせる。
「あ、のさ。言いにくいんだけど、1から説明してくれない?」
 弓木は驚き、赤面し、慌てた。
「あ、す、すみません。皆さんならわかるかと思いまして」
 変な言い訳が出る。
「1から説明します。ビル街にリビングデッドが現れました。広い範囲を動き回って獲物を見つけては食べています。その獲物がですね、ことごとく暴漢に襲われている女性なんです。助けた女性なら好意を得やすいからでしょうね」
 弓木はそれから、少し険しい顔を作った。
「動き回るリビングデッドを探すのも、あるいは暴漢に襲われた女性を探すのも大変です。そこで、最初の提案です」
 よく見れば、弓木は赤面していた。最初のあれはよほど手痛い失敗だと思っているらしい。
「皆さんで、襲われる女性と襲う暴漢を演出してください」
 ああ、そういうことか。やっと全員が納得した。
「詳しいことはお任せしますが、場所はこのビル街一帯。夜ともなれば人目のない路地なんてたくさんあります。どこか人目につかないところで暴漢を演じてください。
 リビングデッドの能力ですが、相手を吹き飛ばす攻撃をしてきます。気をつけてください。えっとそれから、暴漢の後ろから登場するようなので、それにも注意してください。といっても必ず名乗るみたいなので、不意打ちの危険はないでしょうけど。
 あ、もう一つ注意がありました。場所が相手のフィールドです。くれぐれも逃がさないように注意してくださいね」
 弓木は一度全員を見る。全員が弓木を見ていた。
「助けて殺したらプラスマイナス。というわけには行きませんよね。狩られる側の気分を教えてあげてください」
 と、締めておいて、弓木は思い出したように続けた。
「あれ? 私、リビングデッドの容姿を伝えましたっけ?」
 んー、と考える。出てきた答え。伝えてない。
「ええと、サングラスです。年はわかりませんが、結構かっこいいですよ」
 弓木が微笑む。
 そう言われてもなぁ。

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参加者
九曜・沙夜(神韻・b01823)
守矢・小織(夜降・b09044)
和宮・優姫(ディバインメイデン・b14444)
桐嶋・夜雲(月闇ニ微睡ム剣鬼・b14549)
浴衣屋・壱烙(ハッピーアンバースデー・b17364)
吉村・昭(慟哭する紅き魂の欠片・b17726)
ロイト・グレイフィル(ツッコミマスタープラス外伝・b17978)
妖野・水姫(光輝の令嬢・b21205)



<リプレイ>

●悪魔の小道具サングラス
 緩やかなジャズのかかるここは喫茶店。それもチェーン店。そのさらに一番奥のほう。
「お疲れ様。どんな感じの場所なのかしら?」
 少女が5人座っていた。その中の1人、九曜・沙夜(神韻・b01823)が立ち上がって迎えるは……
 黒いスーツに身を包みサングラスを掛けた明らかにカタギでない男。名を吉村・昭(慟哭する紅き魂の欠片・b17726)というその男は、カフェラテを持っていない方の手でサングラスをくいっと上げると、
「人気のないそこそこの場所ですよ」
 と、優しげな笑顔で言った。
 カタギじゃない人間があと2人いた。
「サングラスってすごいな。店員さんマジ怯えだった。思わずツッコんだけどさらに怯えさせちゃった……」
 片や、サングラスは掛けているけれど多少ライトなチンピラ風。ロイト・グレイフィル(ツッコミマスタープラス外伝・b17978)。彼のツッコミは衣装や演技によらないもはやライフワークだ。
「ま、そんなもんだ」
 片や、サングラスでこそないが、上は青のジャケットなら下は黒のスラックス。チンピラというよりもはや組の若衆という風情の桐嶋・夜雲(月闇ニ微睡ム剣鬼・b14549)。怯えられても落ち着いているのは格好いいが、どうしてそんなことに慣れているのかはあまり考えたくない。
 当然、そんな面々に沙夜が声を掛けたのは、これがお芝居だからに他ならない。どこにいるかわからない敵に見られてもいいように、下見からして演技なのだ。
「どのあたりでしょうか?」
 和宮・優姫(ディバインメイデン・b14444)が用意してきた一帯の地図を広げると、守矢・小織(夜降・b09044)が夜雲に何かを渡す。
「うん、このあたりだ。上は8階だし、落ちてきたらまあ痛いだろうな。本人が」
 夜雲が渡された何かで自然に地図を指す。コーヒーのマドラーだった。先が丸っこい。
「では、A班がこちらでB班がこちらですね」
 小織が、やっぱりマドラーで夜雲の指した路地への道二つをなぞる。
「あー、もう一度確認。A班とB班。いいよねー?」
 班分け担当。浴衣屋・壱烙(ハッピーアンバースデー・b17364)が点呼でも取るかのように指をさす。
 封鎖班全員の確認を終えた壱烙が座ると、その頭にロイトが手を置いた。
「明かりは頼んだ、がんばれ人間街灯」
「考えうる限りいっちばん嬉しくない頼られ台詞ねー」
 壱烙が楽しそうに笑う。ロイトは壱烙の頭をぽんぽんと叩きながらうんうんと頷いている。
「では、お先に失礼しますわ」
 妖野・水姫(光輝の令嬢・b21205)は静かに立ち上がる。水姫が先行し、男性陣がそれを襲い、封鎖班の待機する路地へ連れてゆく。これがシナリオだ。
「がんばりましょう!」
「グッドラックよ!」
「お願いね」
 背中にかかる声援に水姫は一度振り返り、会釈を返して喫茶チェーン店を出て行った。
 役者も小道具も、出揃った。

●迷い込んだ子羊に助けはなく……
「何をなさいますの!」
 悲鳴、というには若干上品な拒絶の言葉が路地裏に響いた。赤いショールの女性が、路地の壁を背にして立っている。
「一人じゃ寂しいでしょー♪ 俺らと遊ぼうよ、楽しいコトしてさ♪」
 対するは、3人の男。リーダーらしき青のジャケットの男が、軽薄な笑いとともに怖気の走ることを言う。
「うーん、でも困りましたねー。僕たちお金ないですもんねー」
 サングラスに黒開襟の、割とカジュアルなスタイルの男が、リーダーに言う。心底困ってなさそうに。
「そうだな。……俺ら手持ちないから貸してくれる? その分楽しんで貰えると思うよ?」
 2人が笑いあう。それを不安そうな面持ちで眺めていた女性は、意を決して叫び声を上げた。
「誰か! 誰かレディを助けようという方はいらっしゃいませんの!?」
 声は、空しくビルの谷間に吸い込まれ、その先の幹線道路の喧騒に飲み込まれた。
 今まで動かず、ただ女性を眺めていた黒いスーツの男がゆらりと身体を起こす。
「いくら泣いても喚いても誰も来やしねぇ……諦める事だなぁ?」
 今までの軽薄な雰囲気を一気に氷点下に落とすような威圧。リーダーが肩をすくめるのは、こうなった彼をリーダーでも止められないと、そういう意味だろうか。

 それを隠れて眺めている者たちがいた。いや、この騒動が始まる前からここに隠れていたのだ。
「(男の人は狼で〜♪ 女の子はかわいい羊〜♪)」
 即興ででたらめな歌を歌うのはA班前衛の優姫。もちろん、聞こえないように。
「(どこから現れるかわからないから、警戒はしておいてね?)」
 諌めるともなく注意しながら、全周囲警戒を自らもやっている後衛の沙夜。
「(……世の中、子羊娘ばっかりじゃないことを教えてあげないとね)」
「(そうですよね。羊の皮をかぶった狩人だっていますもんね)」
 沙夜は、おや? という顔をしてから、にっこり笑って頷いた。
「(でも、……あれ?)」
 A班は女性の側。反対はB班。沙夜が気づいたことに、B班の壱烙も気がついていた。
「(えー、すっごい普通だわー)」
 壱烙の隠れている前を歩いてる影があった。せっかく上方も警戒していたというのに。
 そう。横切った影はまさしく、あのサングラス男、自称狼のものに他ならなかったのだ。
 上から来いよー。と壱烙が心でツッコんでしまったことを誰が責められよう。
「(……ね。守矢さん)」
 壱烙が同意を求めた相手。前衛の小織は、
「(演技……、あれは演技です……)」
 許しがたい暴漢の行為に、出て行って女性を助けようと結構真剣にうずうずしていた。

「精々イイ声でウタってくれよ?」
「あっ!」
 演技は、佳境に入っていた。

●狼が襲われた!
「ビルの谷間には悪魔が住む。お前らのことだ」
 浪々とした声は、突如発せられた。暴漢たちの真後ろだ。
 さして慌てた様子もなく暴漢たちは振り向く。
「ビルの上には狼が住む。俺のことだ」
 そこにいた男は、サングラスをかけていた。これでこの場のサングラス人口は3人。結構な人口密度だ。
 男は、自分の手に黒の革手袋をはめていた。
 狼を名乗る男の台詞はしかし、途中でさらに朗々とした声に打ち消された。
「ビルの上には狼が住む。貴方の事です。ビルの谷間には悪魔が住む。私達の事です」
 それは、黒スーツの男をやっていた昭の声だった。狼を名乗る男も負けじと自分の言葉を続ける。
「知らなかったか? 狼の縄張りで狩りをする悪魔は、狼に殺される、ってな」
「知ってますか? 悪魔が守る世界を脅かす狼は、悪魔に殺される、と」
 言い終えた瞬間。あたりを白い光が照らしつけた。
「人間街灯でーす」
 物陰から手を上げたのは壱烙だった。
 照らされた光を受けるかのように、暴漢の3人はイグニッションを果たす。そして、その後ろにいた女性こと水姫もイグニッションを果たしていた。
「悪魔が現れる所に狼が現れる。なら狼の現れる所には狩人も現れるっていうのは知っていました?」
「羊を狙う狼は、いずれ狩人に狩られます」
 優姫と小織が、まるで打ち合わせでもしていたかのように両側から狼を名乗る男に言う。
 総勢、8人。それだけを向こうに回して狼を名乗る男は、
「はっ! なるほど。お前たち、俺の能力を知ってるな?」
 大げさなアクションで、腕組みをする。
「誰だか知らないが、やっと本気でやりあえる相手が出てきたってわけだ……」
 狼は腰を屈め、にやりと笑う。
 昭とロイトが自らに白燐奏甲を施す。
 戦端を開くは夜雲の黒影剣、まるで距離を開かせないと宣言するかのように大きく踏み込む彼の手にあるのは漆黒の刀、月下夜宴。
「リビングデッド如きが送り狼たぁ、生意気だぜ。さっさと失せろよ」
 狼は身を削ぐ攻撃に怯むこともなく逆に夜雲に接近すると肩の高さから右拳を叩き込む。
「生意気はどちらか、教えてやろう」
 左から肘を打たれ、夜雲は敵の目を見据える。見返す狼の目は、ただ純粋に戦いに臨む、戦う男の目だった。

 一瞬の緊張。それを破り、夜雲と敵との間に入り込んだのは、影のような腕。否、影そのものだった。
 狼が一歩退いたその空間を引き絞るかのようにわしづかみにする腕。狼が睨みつけるその先には、ダークハンドを放った小織が、続けざまに攻撃しようと構える。
「よそ見している場合ではありませんよ」
 振り向いた狼が見たものは、噴射の反作用によるチェーンソー剣の一撃、ロケットスマッシュ。それを真横から振りぬく昭。大の男一人吹き飛ばすに十分な速度と重さを持ったその一撃は、確実に狼の身体の芯を捉えていた。
「……いいスイングじゃねえか」
 狼は、飛ばなかった。地面には彼の靴が擦った跡が残る。
「だが、飛ばすなら、こうだ」
 低重心から繰り出されるストレートに、昭が飛ばされた。十数m飛ばされた先に手をつき、身体を翻して立ち上がるものの、ダメージは大きい。
「やってくれますね」
 なおも前進しようとする昭を、優姫がやわらかく制止した。
「回復を優先してください。私がやります」
「わかりました。気をつけてくださいね」
 昭の言葉に優姫が、走り出しながら振り向かずに頷く。リフレクトコアを纏っているのだから不安はないはずなのだが、敵を目の前にした優姫の硬さ、みたいなものを昭は感じ取っていた。
「大丈夫でしょうか」
「出来る限りの援護をするしかないわ」
 昭の背後で、沙夜がそうつぶやき炎の弾を撃ち出す。沙夜もまた、彼女の変化に漠然とした不安を持っていた。

「大丈夫かー?」
 吹き飛ばされた夜雲に白燐奏甲を掛けながらロイトが言う。
「なんとかな。……いいよ、立てる」
 差し出されたロイトの手を取らず、夜雲は瓦礫を払いのけて立ち上がる。白い光と共に傷は癒えていく。
「お前もやられてるじゃねえか。俺より先に自分を何とかしたらどうなんだ?」
 剣を取って言う夜雲。
「援護役が自分の傷癒しててどうするんだよ」
 ロイトが笑うと、夜雲は肩をすくめて笑い返し、戦線に復帰した。

●ビル街に潜む狼と猟師と悪魔と子羊
「どうなってんだよ……」
 確実に仕留めたはずだ。ストレートは確実にボディーを打ち、優姫は倒れた。そのはずだ。
「私は、私はやられない!」
 それなのに、一度倒れたはずの優姫は、鋭い眼光を失わない。まるで精神力で身体を動かすかのように立ち上がる。
「……やってられねえな」
 狼は、優姫の隣を素通りし、路地の外の方へ足を向ける。
「逃げられるとでもお思い?」
 それを読んでいたかのように狼の身体を光の槍が刺す。振り返る先には水姫がいる。
「くっ……」
 狼はもはや余裕を失い、足取りは早足か、駆け足にまでなっている。一刻も早くここを立ち去りたいという願いが見て取れるようだった。
「ここは、通しません」
 静かな決意と共に振られる小織の長剣Spinaは、黒い力を纏っていた。よろけた狼も拳を構え、そして……
 腰を屈めて脇をすり抜けた。
「え!?」
 フェイントに小織が反応しきれない。そしてその先は、路地の出入り口だ。
「惜しかったね。予想済みー」
 狼は、路地を出ることが出来なかった。小織を越えた先にもいたのだ。フェイントを読んでいた壱烙が。
 壱烙の光の槍を受けて、狼がバランスを失う。壱烙が狼の肩越しに視線を送り、頷く。
 頷き返した小織が、黒影剣に力を込めて、斬り下ろした。
 どさり。一瞬後に狼を自称した男の、アスファルトに倒れる音がした。彼のサングラスが外れ、やはりかしゃりと音を立ててアスファルトに転がる。
「自称狼にサングラスは、ダサかったと思うんだよねー……」
 壱烙が、言ってはならぬことを言った。

「お疲れ様。……この時間にサングラスってアホとしか言いようがない」
 ロイトが、イグニッションと同時にはずしていた自分のサングラスを、着けたりはずしたりする。一度やってみればわかる。夜のサングラス。視界が暗くて仕方ない。
「夜にサングラスをする危険性を身を持って学びましたよ」
 昭もサングラスをしまい、ため息をついている。
「けど、猟師はいいわね。童話にはつきものよね。猟師と狼。もっとも子羊の方も牙隠してたけど」
 沙夜が伸びをしながら言うと、水姫が笑う。
「皆さんも、狼になったりしたら、狩人がお仕置きに行きますからね?」
 優姫が後が怖そうな笑顔で男性陣に言う。その表情に沙夜が安堵の笑みをこぼす。
「さて、喉が渇いてしまいましたわ」
「どなたか一緒に紅茶など飲みに行きませんこと?」
 という水姫の提案に反対する人はいなかった。夜雲が複雑な顔をしているのを除いて。
「どうしたの?」
 壱烙の問いに、夜雲は自分の青のジャケットを摘んで、
「……着替えられるところねえかな」
 答えた。


マスター:寺田海月 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2007/05/05
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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