【銀の魔導師】希望と絶望の在り処

<オープニング>


 魔弾術士と除霊建築士の力を操る神将シェルティラ。
 その力は個人戦力としては、並の能力者では及びもつかないほどに優れたものだ。
 だが、彼女が今、一人で迎え撃つ敵は、彼女が引き込んだ銀誓館の能力者達をも確実にまとめて倒せるだけの数を有していた。
 多勢をもってすれば神将とて倒し得ない存在ではないということは、他ならぬ銀誓館学園の戦果によって証明されている。

「確実に仕留めなさい!」

 妖狐・梓英の号令一下、妖狐達が一斉にアヤカシの群れを発動させる。無数の幻影がシェルティラを呑みこみ、逆に妖狐達を癒していく。
 勝敗の帰趨は決していた。
 シェルティラは強い。それは事実だ。だが、妖狐達は一撃で倒れなければ回復し、倒されたとしても、また別の妖狐がすぐに現れてしまう。
 能力者達が落下していった穴を背に文字通り孤軍奮闘していたシェルティラは、たちまちのうちに満身創痍へと追い込まれていた。その姿を嘲るかのように、口の端を歪めると、梓英は部下達に攻撃を止めるよう命じた。
「無謀なことをしたものですね、シェルティラ様……いえ、シェルティラ・シャラザード」
「無謀?」
 聞きとがめ、シェルティラが眉を動かす。
「銀誓館学園は確かに強敵です。彼らのメガリス破壊効果は、決戦時には無類の力を発揮します。ですが、彼らでは私達には勝てませんよ」
「へぇ、どうしてだい?」
 その位の事は、神将として出撃する際に説明を受けている。
 時間稼ぎとばかりに答えながら魔法陣を浮かべ、体力の回復を図るシェルティラ。だが、梓英が手を上げると共に襲い掛かったアヤカシの群れが、その回復分をすぐさま削ぎ落とす。
「封神台に封じられた神将は、私達が神将席を剥奪しない限り、滅びることはありません。そして封神台に封じられた神将の力は、銀誓館学園のそれを上回るものです。……無駄ですよ。あなたの行動は、ただの自殺行為です」
 どうやら、封神台の破壊手順を準備したことには気付かれていないようだ。
 シェルティラは内心の安堵を隠して、口を開いた。
「彼らは、希望だよ」
「ほう……?」
「ボクは、妖狐を滅ぼす力を持つ組織が現れるのをずっと待っていた……。この時代で彼らに出会えたのは、幸運だったね。いや、これも運命の糸の導きというべきかな?」
 これまで彼らと過ごした時間が、シェルティラの脳裏を過ぎった。
 敵であるはずの自分に、親しく接して来た彼らの事を思うと、危地にあっても心に温かなものが宿るのを感じる。
「銀誓館学園の能力者には、確かに甘いところがある。戦う者としての非情さも薄い……。でも、それでいい。それこそが、メガリス破壊効果よりも強い彼らの力だ」
 意志の篭った言葉と視線が、梓英を貫く。
 だが、梓英は笑いを抑え切れぬというように口元を九尾扇で隠した。
「彼らに感化されましたか。他の神将担当者からも問題が出たという報告を受けていますし、自由外出は再考する必要がありそうですね」
「余裕ぶった態度を取るのもいいけど、妖狐からも裏切り者が出てること位は知っているよ?」
「銀誓館学園側についた妖狐は、この時代に産まれた新参者や日本出身の妖狐達に過ぎません。『かつての戦い』を生き残った精鋭達には、何の動揺もありませんよ」
 シェルティラに応じる梓英の目に示されるのは、女王への崇敬の念だ。
「金毛九尾様の真の力を知る者が、妖狐を裏切るはずはありません。今は銀誓館学園についている妖狐達も、その力を見れば考えを改めることでしょう」
「その『真の力』とやらを蘇らせるのに、どれだけ詠唱銀と人の命が必要になるのかな。この拠点の詠唱銀も、そのためのものだろう?」
 敦賀港から運び出される詠唱銀の多くが妖狐の女王、金毛九尾の元へと運ばれていることは、シェルティラも知っていた。
「そこまで分かっているなら、九尾様の完全復活は時間の問題であることも理解できるでしょう」
「この拠点が落ちれば復活も遠のくさ」
「封神台がある限り、敦賀は落ちませんよ。神将を使って半日耐えればいいだけの話です」
 梓英の余裕の源は、封神台にある。多数の神将を封じ込め、不死の戦力として用いることの出来るメガリスの力は、強力極まりないものだ。
 だが、全ての神将が開神されたわけではない。
 今ならば銀誓館学園の力で、この基地を打倒し得るはずだ。その内心を押し隠し、シェルティラは告げた。
「必ずやってくれるさ。銀誓館学園ならね」
 その瞳を無表情に見つめ返し、梓英は言った。
「……なるほど。察するに、あなたがここに残ったのも、彼らに攻撃を踏み切らせるためということですか。封神台が破壊されれば、神将は全て消滅する。それは神将席を失った者も例外ではない」
 シェルティラの前で、梓英は納得がいったという表情で続ける。
「あなたが生きていれば、銀誓館は攻撃を行わないかもしれないと危惧しているのでしょう。違いますか?」
「ああ……確かに、その可能性はあったかな。でも、それだけじゃないよ。ボクと一緒に居たら、敦賀脱出は逆に難しくなるからね。神将の居場所、この基地からなら簡単に分かるんだろう?」
 シェルティラによってこの基地へ導かれた銀誓館の能力者達は、彼女を守ろうとするだろう。間違いなく。一人一人の顔を思い出し、彼女は半ば確信をもってそう考える。
「……それに、最後まで希望は捨てないって、約束したからね」
 銀誓館の能力者達を無事に生きて帰らせるという望みを達成するのであれば、彼らだけを先に脱出させるしかなかった。彼女が、仕掛けを施した地点に能力者達を先導したのは偶然では無い。
 自分も脱出するという望みは、かなわないかも知れなかったが。
「さて……それでは聞きたいことも聞けましたし、名残り惜しいですが終わりにしましょうか」
 梓英の言葉に、シェルティラは微笑を浮かべて言ってやる。
「時間稼ぎに付き合ってもらった事に、お礼でも言った方がいいかな?」
「いえ、礼には及びませんよ。あなたの考えは分かりましたし……こちらも準備が出来ました」
「……何!?」
 シェルティラの不意をつくように、部屋に駆け込んで来た者達の姿がある。道服を身に着けた老人達。彼らが何者なのか、シェルティラは知っている。
「除霊建築士!?」
「よくもワシらを謀ってくれたのう、小娘が!」
 能力者達を落とした脱出口を作るため、シェルティラが騙して協力させていた除霊建築士達。彼らは勢いよくシェルティラに向けて手を突き出して来る。
「石兵点穴……!?」
 自身も除霊建築士の技を修めているシェルティラは、即座に彼らの一人を打ち倒すが、一斉に繰り出された石兵点穴を避け切ることは出来なかった。除霊建築士の手が触れた場所から、シェルティラの体が石へと変わり始める。
「しまった……!」
 そこに、すかさず梓英達の攻撃が集中した。
 さしものシェルティラもその攻撃を凌ぎ切れず、彼女はついに、限界を越える。
「これまでか……。でも、希望はつないだ。後は……」
 それが最後だった。シェルティラは、完全なる石像と化して通路に倒れ込む。
「ご協力に感謝しますよ、許老師」
「なんのなんの。ワシらまで裏切ったと思われてはかなわんからのう」
 梓英は除霊建築士に礼を言うと、石像と化したシェルティラを踏みつけた。
「知っていましたか? 神将席を失った神将は、戦闘不能となれば消滅します。ですが、石化した状態で倒されたのなら、石像として残るのですよ」
 石像と化したシェルティラは、何も語らない。その顔を見下ろし、梓英は続けた。
「勿論、石化を解除すれば消滅しますがね。ですが、あなたの大事な能力者達をおびき出すには充分な囮になるでしょう」
 敦賀拠点の存在、そして封神台の在り処は、妖狐にとって最大の機密事項だ。
 この情報は、守らねばならない。
 通信を封じることぐらい、今の敦賀市内であれば簡単だ。要は、敦賀を脱出させなければ良い。
「逆に石化を解除する前に神将席を復活させれば、生き伸びる目だってあるのですよ。要するに、人質ですね。……嗚呼、まるで裏切られた私達が悪人のようですね。酷い行為だ。心が痛みますよ」
 燐澪にシェルティラを運ぶよう促し、梓英は一人頬を歪めた。

●脱出口の先で
 シェルティラの仕掛けた穴から落とされた場所は、さらにスロープへと繋がっていた。スロープを滑り、ご丁寧に置かれた落下の衝撃を吸収するためのマットに降り立った能力者達が立ち上がるや否や、彼らの耳に高笑いが届く。
『はっはっはー、来たか! 我が強敵と書いて「とも」達よ!』
「お前は……!!」
 通路の陰に隠れ、顔を半分のぞかせながら声をかけて来るヒーロー姿の地縛霊に、能力者達は見覚えがあった。
『我が名はジャスティーン! お前達を敦賀から脱出させるため、恩義あるシェルティラの頼みを受け、ここに参上!!』
「教えてくれ、この脱出口の入り口に戻るにはどうすればいい!?」
 武内・恵太(真牙道忍者・b02430)の勢いに、押されるようにジャスティーンは一歩下がった。
『い、一度外に出て、入り口から戻るしかない! それが一番早いな! それよりも、早く逃げなければ追っ手がすぐに来るぞ!!』
 言い捨てて走り出すジャスティーンに従い、能力者達はその場を後にした。

 警報が鳴り響く中、能力者達はジャスティーンの後について建物と建物の隙間を走り抜ける。
 シェルティラがジャスティーンに指示していたルート設定が良かったのか、それともジャスティーンの臆病な性格故か、今のところ妖狐達に見つかった様子は無い。
「どこまで行くんだ?」
『シェルティラの頼みは、お前達を脱出させることだ!』
 敦賀港近くにある拠点から、敦賀駅方面へと向かう貨物列車に能力者達を隠れさせる。
 その後は、敦賀駅から列車を利用して脱出すれば良い。通信を封鎖している影響で、妖狐の追跡もまだ完璧では無いのだ。脱出するならば、今しかない。だが、ジャスティーンの言葉に、スバル・ミストレス(自由を求める魔導師・b40526)は思わず足を止めた。
『どうした!? 逃げないのか!』
「シェルティラさんを置いていくわけにはいかないですよ!」
 自分達に重要な情報を与え、こうして逃げる算段までつけてくれているシェルティラ。
 彼女を見捨てるわけにはいかないと、皆が思う。
「でも……戻って、助けられるの?」
 だが、八雲・紫織(彷徨うマリス・b41675)の指摘に、能力者達も言葉に詰まった。
 シェルティラを助け、自分達も欠ける事なく脱出する。それが非現実的に過ぎることを、全員が理解していた。

 その時だった。
 警報音が不意に止み、スピーカーから女性の声が流れ出す。
『銀誓館学園からお越しの皆さんに、御連絡致します。シェルティラさんが皆さんをお待ちです』
 燐澪の声だ。能力者達は、その内容に顔を見合わせる。
『30分以内に出頭し、降伏しなければ、シェルティラさんは二度と復活できない石の欠片に変わることでしょう』
「そんな……」
「卑劣な真似を……!!」
 小早川・奈々(シトラスアナイアレイト・b16673)が口元を押さえ、御蛹・真紀(蟲姫・b44782)が眉をしかめる。
 だが、その憤りも、スピーカーの向こうまでは届かない。
『では、基地の入り口にてお待ちしています』
 スピーカーを通じて、声は平静に告げた。


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参加者
武内・恵太(真牙道忍者・b02430)
久郷・景(雲心月性・b02660)
小早川・奈々(シトラスアナイアレイト・b16673)
五十海・刹那(地獄の無鉄砲・b23743)
シーリウス・ユリアン(キャットシー・b33413)
スバル・ミストレス(自由を求める魔導師・b40526)
八雲・紫織(彷徨うマリス・b41675)
御蛹・真紀(蟲姫・b44782)
笹森・夢路(人間中退者・b52034)
川澄・華凛(黒の剣閃・b53304)



<リプレイ>

●意志を継ぐ
 束の間の沈黙が、その場を支配した。
 ここで自分達が逃げれば、シェルティラは確実に死ぬだろう。
 逃走しなければ、彼女が生き残る目もあるかも知れない。
「でも、それは、シェルティラさんの望みではないですよね」
 御蛹・真紀(蟲姫・b44782)が力なく呟く。ここで自分達が捕らえられれば、彼女の望みもそこで絶える。
 出頭する者と逃げる者を分けるという考えもあるだろうが、それで出頭した者が生き残ることの出来る手段も、即座には出て来ない。
 苦いものを噛んだような表情で、五十海・刹那(地獄の無鉄砲・b23743)は言った。
「撤退しかない」
「……はい。彼女の意志を、尊重しましょう」
 久郷・景(雲心月性・b02660)が同意する。ここで自分達が死んでしまえば、シェルティラの命を賭しての行動は全て無駄になるのだ。
『決まったか。ならば行くぞ!』
 言うが早いが、ジャスティーンは再び走り出す。
 脱兎のごとく妖狐の拠点から離れていく彼を、能力者達は追う。
「何も出来ないで逃げるのか、僕は……」
「……せめて、彼女の願いだけは叶えてあげましょう」
 でなければ、あまりにも報われない。彼女の意志を継げるのは、自分達だけなのだ。内心に忸怩たるものを抱えたまま、スバル・ミストレス(自由を求める魔導師・b40526)と真紀も先を急いだ。

 海沿いの施設の隙間を抜けた先には、金網のフェンスが立っていた。だが、そのフェンスの一部は破れ、用を為していない。
「これも、シェルティラさんの細工のうちですか」
 笹森・夢路(人間中退者・b52034)は、そっと裂け目の向こう側を覗いた。古びた線路が、市街地の方へと伸びている
「線路自体は、随分古いですね」
「普通の路線じゃ無さそうだな」
 武内・恵太(真牙道忍者・b02430)の言葉に、真紀は頷いた。彼女が持つ最新の時刻表では、この方面への電車は存在しない。
「たぶん専用路線……使われなくなった路線に手を入れて、勝手に利用しているようです」
「自分達の影響下にある市だからって、随分と好き勝手にやっているみたいね」
 八雲・紫織(彷徨うマリス・b41675)は、飽きれたように呟く。
「神将事件が起き始めて約半年。封神台を運び込んだのが状況を整えてからだとすると、かなり以前から、妖狐はこの市に侵入していたんですね」
 小早川・奈々(シトラスアナイアレイト・b16673)の推測は、おそらく正しいだろうのだろうと皆は思う。富士山麓の戦いで銀誓館に基地を潰されたこともあり、妖狐はよほど厳重に警戒していたに違いない。
『ここで待っていろ! しばらくしたら、加速中の列車が来るから飛び乗れ!』
「その後はどうすればいいんですか?」
 川澄・華凛(黒の剣閃・b53304)が問うと、ジャスティーンはきっぱりと答えた。
『そのまま乗っていれば敦賀駅に出る! 後は勝手にしろ!』
 華凛が目を瞬かせる。
「駅まで出られれば大丈夫ということですか?」
『俺に頼るな! 一時は協力したが、お前達とは敵同士なんだぞ!』
 スバルの問いに、ジャスティーンが応じるのを聞き、景は仲間達に顔を向けた。
「……これは、今のうちに打ち合わせておいた方がいいですね」
 真紀の時刻表を参考にしながらの打ち合わせを始める能力者達から、ジャスティーンは一歩、距離を取る。
『では、これでシェルティラとの約束は終わった。さらばだ!』
「待った!」
 そそくさと逃げようとしたジャスティーンの肩を、シーリウス・ユリアン(キャットシー・b33413)は咄嗟に掴んで止めた。
『な、なんだ!? 謝るから殺さないでくれ』
「いや、お前もともと死んでるだろう。……この手紙を、梓英や燐澪に届けてくれ」
 走りながら書いた手紙を、シーリウスはジャスティーンに無理やり握らせる。
「拾ったと言っても構わない。お前だけが頼りなんだ、俺達のヒーロー……」
「私達からも、お願いします」
 華凛と奈々も、シーリウスに続いて、手紙を彼に渡した。
『……まあ、いいだろう。言っておくが、俺とお前達は敵同士だからな! 恨むなよ!』
 言い捨ててジャスティーンが去っていく。
 それを見送った能力者達は、線路に震動が走るのを感じた。
「来ます……準備はいいですか!」
 奈々が告げる。
 そして十秒後、眼前を横切っていく貨物列車に向け、能力者達は一斉に跳躍した。

●敦賀港
 拠点の前で銀誓館学園の能力者達を待っていた妖狐・燐澪は、腕時計に視線を落とした。
「来ませんねぇ……」
 能力者達に指定した30分の猶予は半ばを過ぎたが、周辺に伏せた妖狐達からも連絡は無い。
 と、拠点の外の方から、一台の車が走って来ると、燐澪の近くの駐車スペースに停まった。燐澪にも見覚えのあるナンバーの車の運転席から降りて来たのは梓英だ。
「連絡は終えましたが……やはり来ていないようですね」
 30分の猶予を与えるとは言ったが、無論その間、妖狐側が座して待っていたわけではない。
 梓英は銀誓館の能力者を待つのを燐澪に任せ、他の妖狐達に警戒を連絡して回っていたのだ。
 逃亡した能力者達に通信を行わせないためにも通信封鎖は解くことが出来ないが、市内各所に他の妖狐達を向かわること位は出来る。
「シェルティラさんの犠牲を織り込んで作戦を貫徹するとは、中々根性の座った人達ですね。銀誓館の能力者は甘いと聞いていましたが、案外やるものです」
 半ば自棄気味に能力者達のことを賞賛する梓英に、燐澪は溜息一つ。
「あとは、網にかかるかどうかですね……」
「ですが、何か手がかりでも無い限り、捕まえるのは厳しそうです」
 梓英が拳を握る。一体の地縛霊が彼らの元を訪れたのは、その時だった。
『失礼する。このようなものを、拾った、んだが……』
 2人の視線を受けて、ジャスティーンの声は後ろになるにつれて小さくなっていった。
 ジャスティーンが持っていた能力者達の手紙を受け取り、梓英は底冷えのする声で尋ねる。
「これを、どこで拾ったんです?」
 妖狐の下僕、『百鬼夜行の地縛霊』であるジャスティーンは、正直に答える。
 そして妖狐の拠点から、梓英を乗せた車が猛スピードで飛び出して行った。

●敦賀駅北陸本線上りホーム
 敦賀駅は、JR北陸本線と小浜線、2つの路線に属する敦賀駅の中心駅だ。
 貨物列車が止まる前に列車から飛び降りた能力者達は、一旦3グループに分かれた後、この駅の北陸本線ホームへと到着していた。

「……あと3分」
 恵太が腕時計を見て小さく呟く。彼の横、恋人を装って側にいる奈々の体にも緊張が走る。
 能力者達がいるのは、近江塩津方面に向かう北陸本線のホームだった。
 恵太は東舞鶴か近江塩津方面に向かう腹だったが、
「こっちの方が、列車の本数多かったしな」
 北陸本線のホームにいるのは、恵太と奈々だけではない。2人のいる待合室からも、刹那と華凛、紫織と夢路が、それぞれ2人組を作っているのが見えている。他の4人の姿が無いのは、スバルと景にシーリウスが猫変身をしてバッグに隠れ、真紀が黒燐憑依法で華凛に憑依しているせいだ。
 三手に分かれた事、本業能力の利用によって見かけの人数が減った事で追跡の目も逸れたのか、今のところ妖狐達からの攻撃は受けていない。
 妙にくっついたカップルがいるとは思われてはいたかも知れないが。
 不安を示すように、奈々のカバンに隠れたシーリウスが喉を鳴らした。

 スバルを鞄の中にいれた華凛と、景をリュックサックに入れた刹那。2人(と2匹)は、姉弟よろしくホームで電車を待つ。
「向こうに着くの、楽しみだね!」
「ええ、そうですね」
 何気ない会話を交わしながら、華凛はホームの監視カメラに目をやった。
 敦賀市の半数を占める妖狐達が、市の異常を気付かれまいとしている以上、市の玄関口である敦賀駅を監視していることは十分に考えられる。
「……不安なものですね」
 能力者達は武器を隠す必要もあってイグニッションを解除し、さらには服を交換するなどの変装も行っている。だが、戦闘を仕掛けられたらイグニッションで姿が変わるため、一発で銀誓館学園所属だとバレてしまうだろう。
 そしてイグニッションを解除している現状、彼らのあらゆる能力は妖狐達よりも下だ。
 敵がこちらに気付いても、こちらが気付けない可能性は十分に有り得る。
 既に気付かれているのではないかという不安を抱きながら能力者達が待つうち、ホーム上にアナウンスが響いた。

『間もなく、電車が参ります。黄色い線の内側に下がって、お待ち下さい』

「来るみたいね」
「そうですね……。ほら、寒いのは大敵ですよ?」
 夢路は紫織の肩にマフラーをかけると、小声で告げた。
「……列車内にも、いますかね?」
「……そう思って行動しておいた方がいいんじゃない?」
 列車内にも敵がいれば、脱出の難易度はさらに増す。この駅からの次の列車に乗るのは彼らだけのようだが、警戒を絶やすことは出来ない。
 やがて、やって来た電車のドアが開いた。
 能力者達を乗せて、電車はゆっくりと敦賀駅を離れ、山へ向かう線路へと走り出す。
 能力者達は、時計に目を落とす。
 電車を降りる頃には、妖狐達に指定された時刻を過ぎているであろうことは確実だった。

●敦賀駅
 能力者達の乗った列車が敦賀駅を発ってから僅かに遅れ、拠点から車で敦賀駅に乗り込んだ梓英は、駅を担当する妖狐に命じた。
「全路線を止めて下さい。手段は問いません」
 ジャスティーンが『手紙を拾った』とした場所の情報で、銀誓館学園の能力者達が敦賀駅に向かったであろうことは分かっていた。まだ見つかっていない以上、既に列車に乗った可能性が高い。
「……間に合うといいのですが」
 梓英は地図に目を落とす。既に列車を追っている部隊はいるものの、彼らが到着するまでに時間がかかるのは明白だった。

●県境付近
 敦賀駅を出て約10分。特徴的な山のカーブとトンネルを過ぎた電車は、通過予定の新疋田駅を過ぎて、次のトンネルに入ろうとしていた。だが、その速度は急速に落ちる。
「!?」
 安堵しかけていた能力者達の顔が、一瞬で緊張に満ちた。アナウンスが告げる。
『信号機器故障の関係で、緊急停車致します。しばらくお待ち下さい』
「これは……」
「降りるわよ!」
 華凛の声に、弾かれたように能力者達は動いた。他の乗客達が驚くのを尻目に、電車の扉を開け放つ。勝手に扉を開けたことへの警告が響くのを無視して、能力者達は車両を飛び出した。

「イグニッション!」

 電車から離れると、すぐに能力者達はイグニッションした。彼らは常人を超越する運動力で、南側の斜面を駆ける。
「やっぱり、あれは妖狐の仕業か?」
「そう考えておいた方がいいでしょう」
「即戦闘にならなかったのは、不幸中の幸いですね……」
 危惧が外れたことに、夢路は胸を撫で下ろした。同乗していた乗客や乗務員には、妖狐は混じっていなかったらしい。猫に変化していた魔弾術士3人が入っていたバッグから飛び出し、イグニッションして他の仲間に併走する。
「どうします!?」
「どうするって……」
 憑依を解いた真紀の言葉に、華凛は迷った。
 あのまま電車に乗っていれば、もう数分で県境を越えることが出来ただろう。
 だが、ここからは、別の手段で逃げねばならない。恵太がこの付近の地図を思い出す。
「確か、南の方に国道があったな。車を強奪でもするか?」
「それも考えないでもないけど……まあ、ここまで逃げてしまえばこっちのものよ。そろそろ通信も出来るようになるはずだしね」
 紫織が、木々の生い茂る斜面へと突っ込んだ。ヤドリギ使いへの敬意を示すかのように、木々が道を開ける。
「……なるほど」
「これなら、山の中を逃げる限り、追いつかれる心配は無さそうですね」
「あとは、県境まで走れば……学園に連絡がつけられるな」
 そうすれば、シェルティラの意志を受け継ぐ者として、まず一つは目的を達することが出来るのだ。
「行こう!」
 能力者達は山中を走り出す。彼らが敦賀市を脱し、学園に連絡を取ったのは、数時間後のことだった。

●手紙
「……発見できず、ですか。分かりました、通信封鎖は解除するよう伝えて下さい。代わりに警戒態勢は強化でお願いします」
 部下に連絡を命じ、梓英は深い溜息をついた。追跡部隊が不審な少年達が車外に出る事件のあった列車に追いついた時には、問題の少年達は消えていた。銀誓館学園の能力者達に、脱出を許したのだ。
「……面倒なことになりました」
「責任問題ですよねぇ……」
 燐澪は嘆息すると傍らの机の上にある手紙に目をやる。シーリウスの書いた手紙だった。

『今回は逃走する。だが、……どうしてもシェルティラの命は惜しい。殺さないでくれ。
 今度会う時に彼女が無事なのを確認出来れば、俺は学園の強みである、未来予知が可能なメガリスを手にして投降する』

「……デタラメっぽいですねぇ」
「ええ。予知のメガリスなんてものがあるなら、とっくにこの拠点も見つかっていたでしょう」
 銀誓館学園が妖狐の動きを何らかの手段で察知していることは妖狐も分かっているが、それが単純な予知などで無いことも理解している。
「いずれにせよ無理のある話です。個人所有のメガリスでもあるまいし」
 梓英は疲れたように首を振ると、話を変えた。
「……全神将の開神準備をしておく必要があるかも知れません」
「ぜ、全員ですか?」
「それだけやれば、封神台が銀誓館学園のものになる事はありえなくなりますからね。彼らの制御に関する問題には目をつぶりましょう。今は、封神台を守ることが重要ですよ」
 無限に復活する神将がいる限り、封神台があるエリアの『制圧』はできない。
 例え他の場所に引き離そうと、シェルティラが能力者達の前で実演した通り、神将は即座に封神台の元に出現できる。封神台だけを奪うのは、釣鐘大の大きさと重量、神将の存在により、さらに輪をかけて難しい。
「……あとは、シェルティラさん、どうしましょう?」
 燐澪は気乗りのしない様子で、石像と化したシェルティラへ顔を向けた。複雑な心境らしい彼女に、梓英は冷淡に告げる。
「『封神台が破壊されても、石像になっている神将は消えない』ですからね。この裏切者に、生存の余地を一片でも残しておくのは業腹です。銀誓館向けの人質にすら使えないことも分かりましたし……片付けてしまいましょう」
 梓英は、もう一通の手紙に目をやった。華凛と奈々の手紙だった。

『ごめんなさいっていうと怒られそうですけど、でもごめんなさい。
 シェルティラさんのこと大好きだから、想いを抱きしめて、今は逃げます。
 でも、絶対に戻ってきます。
 そのときもし貴女に会えなかったとしても、想いは必ず遂げて見せます。
                                     華凛・奈々』

「……感動的な手紙ですね」
 無感動な表情で手紙を屑籠に捨てると、梓英は燐澪に無言で促す。
 燐澪が九尾扇を振るった。放たれた衝撃波が石像を粉々に打ち砕く。
 シェルティラだった石の欠片が、乾いた音を立てて床に散らばった。

 銀の魔導師は、二度と動かぬ石の欠片へと成り果てた。
 友とした能力者達の心に、受け継がれる遺志だけを遺して。


マスター:真壁真人 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2010/12/02
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