おいしいスープ、保証付き!


<オープニング>


 ……こんな所に、こんな屋台があっただろうか?
 古ぼけた黄色いワゴン車が、縞模様のかわいらしいテントを張っている。会社帰りの男は、疲れで濁った目を屋台へと向けた。
「いらっしゃいませ!」
 甲高い元気な声が、一斉にサラリーマンへと掛けられる。ミニスカートにハイソックス、エプロンドレスを身につけた少女達がサラリーマンを出迎え、腕を引いた。
「今日のオススメは、ボクの『真夏のスープだよ』」
 ショートカットの元気な少女が、そう言ってトレイの上に載せたスープを差し出す。そのやや後ろから、やんわりとした笑顔の少女がそっとトレイを出してみせた。
 こちらのスープは、緑色をしている。
 ……しかもヤバイ臭いだ。
 だが少女の笑顔は、とても優しくて心地よい。
「あの……ミドリと言います。よければ『森林のスープ』、飲んでいきませんか?」
「おにーちゃん、『南瓜のスープ』が一番おいしいよ」
 まだ小学生くらいの少女が、両手でトレイを出してサラリーマンに勧めた。こちらが一番おいしそうだ。
 ……これは食うしかあるまい。
「そ、それじゃあ幾つかいただこうかな」
 と椅子に座ったのが、サラリーマンの最後であった。
 男が殺されるまでの一部始終を眺めていた女性が、ふむ考え込んで死体を見下ろす。とても幸せそうな顔で、男は倒れていた。
「いいわね。可愛いメイドさんが作ってくれるスープを飲まない訳がないもの」
 それが多少の体力増強効果を持っていたとしても、それで自分が負ける程の要素とはなりえないだろう。いや、そのはずだ。
 女はワゴン車の中から白いコックコートを取り出すと、袖を通してみた。驚く程しっくりとくる。胸元を大きくあけ、くすりとリリスは笑った。

 しーんとした教室に、扇・清四郎の声が響いた。
「はい、それじゃあ元気よくいこうか。このコックコートを着ているのがリリスだから、出来るだけ逃がさないようにがんばろうね。難しいかもしれないけど、そんなに落ち込む事はないよ」
 いや、落ち込んでいるのではない。
 多分みんな、どこから突っ込んだらいいのか分からないのだ。
「このリリスはとある街の路地裏に屋台を出していて、若い女の子の地縛霊を三体仲間に引きずり込んでいる。口コミで『可愛い女の子の居る屋台が、路地裏の夜中に出店している』と噂になってるらしいから、早めに片付けておいてほしい」
 つまり、夜間にその路地裏を通りがかればリリスに会えるという訳だ。話しによると、屋台がある路地は直線で両脇を高いビルに囲まれているという。
 両脇を封鎖してしまえば、リリスに逃げられる心配はあまり無いだろう。
「でも、ここで屋台をしているリリスに突然襲い掛かるのは愚かな行為だ」
 ぽつりと扇が言った。
 さて、ここで質問だ。
「ミドリと呼ばれる地縛霊が運んでいるのは『森林のスープ』。これは見た目が深緑色で、生臭い臭いがする。味は虫をつぶしたような青臭さと生臭さがワンセットで、とてもじゃないが人間の食い物ではない。これは猛毒効果と同じで、治癒率はいつもの更に半分だ。……ただし全能力値が+100」
 緑というより、むしろ……。
 能力者達は口にしかけて、飲み込んだ。
「アカネと呼ばれる地縛霊が運んでいるのは『真夏のスープ』。これは見た目にさわやかな青。青っていうか、まぁ青一号というか……それなのに味はとても甘ったるい。どうやら一夏の恋を表したらしいんだけど、見た目と味のギャップが酷くて、飲むと全攻撃力が一律−100となる。これは龍撃砲とかの攻撃には関係ないっぽいね。あくまでも詠唱兵器のって事。ただし一定時間ごとに体力が100ずつ回復する」
 ここまで来ると、最後を聞くのが怖い。
 おそるおそる続きを聞くと、扇はぱっと顔色を明るくした。
「最後はコガネという小さな女の子の地縛霊。『南瓜のスープ』を配っていて、それは南瓜味のとってもおいしいスープだよ。甘さといいスープの濃さといい、申し分ない」
 いやいや待て、何か秘密があるんだろう!
 突っ込みに扇は手を振った。
「いやいや、ホントおいしい。飲むと武器によるダメージが+100される。……ただし、全能力値が−100される」
 それは攻撃要員としてどうなんだ、扇。
 いずれにしても一長一短。
 これは飲まなければ済む話しなのではないだろうか?
「リリスは能力者を察知するから、ここはだまされたフリをして飲むのがいいと思う。あんまり頭が良くないから、それで逃げずに安心するはずだよ。あと、誰も頼まなかった地縛霊は怒って暴走するから、飲んであげて……可哀想だから。それにこのリリスがエンチャント系の効果を常時打ち消して来るからあんまり効果が無いかもしれないね。上手く使えば戦闘が有利になるんじゃないかなぁ」
 これは飲めという扇の指示であろうか?
 ただ、いずれのスープも使い方や役割次第で有利に働く事がありそうだ。特に使役使いの場合、主人が飲んでも使役が飲んでも飲んだ者にしか効果が無い。
「まあ、あえて地雷に突っ込むのも男って言うよね!」
 扇は満面の笑顔で、能力者を送り出したのであった。

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参加者
御神楽・霜司(魂葬の刃と舞う孤狼・b01033)
草壁・志津乃(白鳥奏歌・b16462)
冬師・華(銀螢石・b37868)
祭屋・宴(舌切り雀・b38961)
沙更女・粗目(蛇の心臓・b40178)
セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)
律秘・灰(星廻煌夜・b52113)
藤野・涼太(虚飾の花嫁・b53733)



<リプレイ>

 細い路地にぽつんと灯った、屋台の明かり。可愛らしいデコレーションのネオン看板が光る黄色いワゴン車のそばで、こつんと足音が止まった。
 そっと寄り添い手を腕に絡めた女性が、屋台に視線を向ける。
「あら、こんな所に屋台があったんですね」
 足を止めて興味を示す草壁・志津乃(白鳥奏歌・b16462)に続き、御神楽・霜司(魂葬の刃と舞う孤狼・b01033)は屋台に目を向けた。可愛らしいミニスカートのメイドが三人、こちらに気づいて元気よく頭を下げる。
「いらっしゃいませ!」
「どうぞ、寄っていらして」
 屋台の車の中から、女性が手を振って招く。志津乃と霜司は顔を見合わせると、くすりと笑って椅子に手をかけた。
 屋台のスープとは珍しいな。
 そう言いながらメニューに仲良く視線を落とす志津乃と霜司に続き、路地を駆けて学生達がやって来た。クラブ活動帰りだろうか、何れも高校生のようである。
「スープの屋台ですか……」
 足を止めて藤野・涼太(虚飾の花嫁・b53733)が屋台を見た。
 日本ではスープの屋台は珍しいんじゃなかろうか、と涼太が言うと冬師・華(銀螢石・b37868)はほうっと息をついた。
「八名様、ご来店ね」
 にこりと女コックは笑顔で答えた。

 今日のお勧めは、三品である。
 1つは、森林のスープ。
 彼女ミドリの自信作なのだろうか、はにかんだ笑顔が可愛らしい。
「あの……その……お、おお、美味しそうなし、し、森林のスープ…」
 ください、と最後に小さな声で華が言った。
 うつむき加減で肩を震わせる華の背中をばん、と叩いて祭屋・宴(舌切り雀・b38961)が手を挙げる。
「よし、そこのおねーさん! 森林のスープ二丁ね!」
 威勢がいい声は、覚悟の現れかもしれない。しかしそこまで振り切れない華は、ただ俯いて時を待つばかりである。
 ちらりとそれを見ると、志津乃も笑顔で同じく森林のスープを注文する。
 嬉しそうにミドリはこくりとうなずき、屋台の車を振り返った。この笑顔の分だけ料理が美味しければ、どんなにいいかと宴は思うのであった。
 残りはあと二品。
「ねえ、さぁちゃん。この真夏のスープにしてみようよ」
 元気のいいボーイッシュなメイドさんが持っているスープを指して、律秘・灰(星廻煌夜・b52113)が沙更女・粗目(蛇の心臓・b40178)に聞いてみた。中身は甘いと分かっているから、出来るだけ得意分野で行く方が害が少ない。
 やったぁ、と小さくガッツポーズをするアカネ。すると残ったコガネが、悲しそうにこちらを見てきた。そんな目で見られたら、頼まざるを得ないではないか。
 分かっている、これは一番まともなスープである。
「じゃあ、僕はその南瓜のスープください」
「こちらも同じものを」
 涼太と霜司が言うと、コガネはうん、と頷いた。
「待っててね、お兄ちゃん。すぐに出来るよ」
 それぞれが車の方に戻っていくと、女コックは残ったセドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)に気づく。ひとしきり思案した後、セドリックはすうっと顔を上げる。
 何を言い出すかと思いきや、セドリックは三つのスープを順に指していった。
「それ、全部チャンポンでって駄目ですか?」
 だが、そんな『味なんてどうでもいい』案が通じる訳もなく、結局セドリックも真夏のスープを選ぶ事となった。

 重い沈黙がしばらく続き、やがて最初の一陣が運ばれてきた。

 ふんわりと南瓜の甘いにおいが立ちこめる。
 霜司と涼太の元に届いたスープは、見た目も匂いもとても美味しそうであった。霜司のスープの匂いを少しかいだ志津乃も、満足そうに霜司を見上げる。
 口に運んだ霜司と志津乃は、コガネの作ったスープの食材について話をしていた。
「…美味しい?」
 ぽつりと華が聞くと、涼太は深く頷いた。
 最初は疑っていた涼太であったが、やはり噂に聞いた通り南瓜のスープは普通に食べられる味である。これなら完食間違いない。
「やっぱり寒い時は暖かいスープですよね」
「……そうだな」
 霜司はこの後スープを飲まねばならない志津乃の気持ちを考え、曖昧な返事を返しておいた。もっとも、志津乃はそんな事気にしないのだが。
「どうやら二品目が来たようですね」
 志津乃は、運ばれてくる緑色の物体を見ながら言った。
 明らかに食える代物ではない、深緑色のスープがテーブルの上に並べられる。華と宴は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
 ああ、生臭い。
 二人は深いため息をついた。
「いいなぁ、可愛いメイド服」
 動く度にちらちらと揺れるミニスカートを見ながら、灰が呟く。一度着てみたいという灰、どうやら粗目も付き合わせる気らしい。
「そうですね、おとちゃんが料理上手になって、この画の二の舞にしないという条件でしたら考えますよ」
 じゃあ、今度は本当に美味しい真夏のスープと森林のスープを……と話している灰の言葉が、宴には遠く感じた。
 ……これは生臭い。
 半端なく生臭い。
 飲めるものなのか、大丈夫なのか。
 華がちらりと宴を見るが、彼女はしっかとスープ皿に両手を掛けた所であった。仕方なく華もスープにスプーンを差し込む。
 一気に口に運んで飲み込……。
 飲み……。
 ……飲み込めない。
「どう?」
 セドリックがちらりと二人の顔をのぞき込む。しかし、喋ればまた生臭い味と臭いが胃からこみ上げてくる!
 苦戦している二人を横目に、最後の品がやってきた。
 先ほどまでのドロドロとした緑色のスープと対照的に、青くさわやかな色をしていた。今現在、胃にもたれる品を食べている華と宴は、どんよりとした表情で……思わずそのスープから視線をそらすのであった。
 志津乃は、そっとスープに顔を近づける。
「バニラエッセンスのにおいがしますね」
「あ、本当だ」
 灰も同じように顔を近づけ、匂いを確かめる。
 この青い色からは想像出来ない匂いである。
「……この色は、よくお菓子のソーダ味とかそういう味覚のものにつける色ですよね」
「そうですね。かき氷にもかけますけど、あれは冷たくて後味がスッキリしますから……ですが」
 セドリックが言うと、粗目が少しおいて答えた。
 粗目は人工的な甘さが好きではないから、彼にとってはこの中に入っている味は、森林のスープ並みに劇物であろう。
 一口入れて、粗目がこつんとスプーンをお皿に置く。
「甘い……上に生暖かい」
「生暖か甘いね」
 と灰はスープに視線を落として、胃からこみ上げる不快感に手をそっと腹にやった。目から入る情報はスッキリソーダ味で、口から入る情報は溶けた甘い甘いアイスクリームである。
 ジュースだと思えばいいんだ、とセドリックが目を閉じてみるが、脳裏にあの青いスープが浮かんでくる。
「さぁちゃん、手が震えてるよ!」
「大丈夫ですよ……ちょっと青いスープを飲んだからといって」
 ジュースだ、これはジュースなんだ。
 二人の会話を遮断し、セドリックは自分に言い聞かせる。
 これはちょっとぬるくなった甘いスープで……。
 阿鼻叫喚の人々を、心配そうに涼太が見まわす。だが自分にはどうする事も出来ない訳で。霜司も心配そうに志津子に声を掛ける。
 志津子は、じっと耐えてスープを飲んでいたが、最後の一口を飲み終えるとスプーンを静かに置いた。
 いつになく、笑みがない。
「このスープにバニラエッセンスは不要です」
 リリスが目を見開く。
 だが、志津乃は言葉を続けた。
「しかも糖分の入れすぎです。そもそも砂糖よりも蜂蜜の方が甘みが強いですから、その分加減しなければならないんです。初心者の陥りやすいミスです」
 そして、これはとてもマズイ。
 はっきり言い切った志津子の言葉に、思わず皆は拍手を送りたくなったのであった。
「あの、草壁さん怒ってますか?」
 おずおずと涼太が聞く。
 にっこり笑って志津子が否定する。
 笑顔のままの志津子から、冷気がこぼれる。
 冷気は渦を巻き、強くなり吹雪と化した。

 ああ、ごめんなさいごめんなさい!
 ミドリは平謝りしながら、お皿を下げようと手を伸ばす。立ち上がった宴の横をかすめ、まだ座っていた華に盛大にスープが零れた。
「あっっ!」
 どろりと熱いスープが華の服にべったりと付き、臭いを発する。慌てて立ち上がった華の前に宴が飛び出すと、ミドリに大鎌を振りかざす。
 大鎌はミドリの肩をかすめたが、よろりと体勢を崩したミドリが後ろに転ぶ。ガラガラとテーブルを巻き込みながらミドリは倒れると、持っていたお皿を放り出した。
 お皿は今まさにリリスの行く手を塞ごうとしていた、灰の背中に叩きつけられる。
「お客様、すぐにお拭きします」
「兄ちゃん達、こんな所で暴れたら駄目だよ!」
 あちこちテーブルを引っかけ皿を落とすミドリの後ろから、コガネがナイフを放った。悪いお客様にはお仕置きだよ、と可愛らしい声で怒鳴りながらコガネがナイフを雨のように降らせる。
 フランケンのペンテの背に庇われながら、涼太が指刺した。
「ペンテ、メイドさんを止めて!」
 ゆらりとペンテが動き出すと、彼とともに霜司が剣を右手に構えて迫る。すうっと身を寄せて接近したアカネの蹴りを受けながらも、椅子を蹴って飛び込む。
「お兄ちゃん、スープ美味しくなかったの?」
 ナイフを弾かれたコガネが、涙目で問うた。
 霜司は剣を構えたまま、ふと目を細める。
「いや、美味しかったよ」
 だが、これ以上地縛霊の屋台を開かせる訳にはいかない。ペンテの拳が叩き込まれると、コガネがふっ飛びテーブルとともに地面に転がった。
 美味しいスープを作ってくれた手前攻撃しにくいが、これも仕方ない。右に転がりながら放つコガネのナイフがペンテの体を切り裂くが、ペンテの歩みは止まらない。
 その間、後ろにいた涼太はただひたすら彼のフォローにつとめていた。スープですっかりおなかが一杯になった霜司と涼太は、動きが鈍っている。
「お兄ちゃん、だったらまだまだスープあるよ」
 コガネが笑顔で霜司に言った。
 剣がコガネの横をかすめ、空振りする。このままでは、攻撃するどころではない……。少しだけ身を引いてペンテの場所を開くと、彼がコガネに拳を叩き込んだ。
 そう、ペンテや華のアデュラリアはテープを飲んでないのである。
「コガネちゃんのスープ、美味しかったですから!」
 渾身の一撃が、コガネを消し飛ばした。

 旨いスープだったんだ、良かったね。
 ぽつりと宴が呟いた。
 喋ると、口から臭いが零れる。
 漫画並みに転げ、物を破壊しまわるミドリのどじっこ攻撃に悩まされながら、更に宴と華はあのスープの後遺症にも悩まされていた。
 生臭さと気持ち悪さが、動き回る度にシェイクされて胃で広がる。
「……大丈夫だよアデュ」
 背中をさするアデュラリアに声を掛け、華は懸命に魔弾を放つ。青ざめた光が、転がるミドリのその先を予測したようにピンポイントで炸裂する。
 これはもう、恨みといっていい。
「お客様、森林のスープは健康によい野草と虫のエキスを抽出して作っております」
「森林にあるもの何でもぶち込んだだけじゃないか、お前は蜂蜜ケーキだから蜂の子入れればいいよねとか言う考えなしの料理音痴か!」
 叫びながら、宴が鎌を振り下ろす。
 平謝りのメイドと、それを切り刻む宴。そして間を置かずに叩き込まれる青い弾丸はちょっとしたホラーである。
「まずかったんだ、あのスープ……まずかったんだぁぁぁ!」
 言いたかった一言を、声を張り上げて叫ぶと華は最後の一撃でメイドを消し去った。

 森林のスープがまだ残っている二人の様子を気にしながら、粗目はアカネと対峙しているセドリックや灰達の治癒も行っていた。
 ギンギンカイザーが少し胃のもたれを和らげてくれるのが、とてもありがたい。
「……あたし、甘いの好きなんだ」
「そうですね、でも甘いものって大抵デザートだと思います」
 セドリックが灰に同意して言った。
 しかしアカネは、その言葉を聞きもせず(そもそ地縛霊だから、言っている事を理解しているかどうか分からないが)、まるで反論するかのように蹴りを叩き込む。
 アカネの蹴りを受けたセドリックは、ややよろけたものの直ぐに体勢を立て直した。
「だが、何で前菜でこんなに血糖値あげるんだ!」
 スープは前菜だ、と叫ぶセドリック。その上一夏の恋とか言いながら、どうだこの甘ったるさ。灰は恋について、アカネに説く。
「恋ってのは、時には苦しみ時には癒され、ちょっと切なくてほろ苦いもんなんだよ……こんな風にね!」
「その勘違いがあんたの罪だ!」
 セドリックのナックルが、アカネの蹴りを跳ね返した。直後に周囲を灰の世界が包み込み、アカネを別世界へと飛ばす。
 ほんの一瞬皆を包み込んだのは、灰の中の甘くて美味しい世界……だったに違いない。
 最後に残ったのは、コック帽を被ったリリスであった。車のそばに居たリリスの両脇には、粗目と志津乃が待ち伏せして逃げないように睨みをきかせている。
 静かな怒りを見せる志津乃と、治癒に手一杯で一息ついたばかりの粗目。
 ごうごうと周囲に吹雪く風はなおいっそう強く、志津乃の怒りを表しているようだった。
「あなたの連れている地縛霊なのですから、責任はあなたが取るべきですよね」
 本当は、粗目にも志津乃の言っている『初心者の頃』が分かるのである。だからあんな料理を食べても少し気持ちが分かってたり。
 だから、これは最後に見せた粗目の黒歴史。
 放った粗目の黒歴史には、多分ずっと昔の粗目のレシピが書かれていたに違いない。黒歴史がリリスを包み込むと、後ろから霜司がリリスを羽交い締めにした。
 もう、逃げられない。
 この恨み、晴らさでおくべきか……。

 しんと静まり帰った路地で、八人は立ち尽くしていた。
 一瞬の後、ふるふると震えながら華が崩れ落ちる。宴は手の中に握っていたタブレットを、華に差し出した。
「美味しい物……食べたい」
「うんうん、激辛料理とか食べよう」
 涙目で華とうなずき合う。
 灰はセドリックと涼太にもチョコレートを手渡しながら、はいっと手をあげた。口の中に、甘くて美味しいチョコの味が広がる。
「パフェがいい!」
「…もう甘いものはいいや、しょっぱい物がいいです」
 灰と違い、もう甘いものは食べたくないセドリックが何を食べようかと思案する。ちらりと涼太が振り返ると、霜司は志津乃と並んでかるくこちらに手を振って答えた。
「やはり、寒い日には志津乃にスープを作ってもらうに限る」
「はい、それじゃあ帰って暖かいスープを用意しましょう」
 通りの明かりに吸い込まれていく、霜司と志津乃。そして残った仲間を見まわし、粗目がふと笑みを浮かべた。
 甘いものにしょっぱいものに、激辛。
「それじゃあ、喫茶店でも行きましょうか」
「いいですね。……じゃあ、またスープにしますか?」
 悪戯っぽく涼太が言うと、ぶんぶんと皆は首を振った。
 もう、スープは当分こりごりである。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2010/12/07
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