故郷へ


<オープニング>


「……ふふっ、孫の顔を見るのは久しぶりかねぇ。あの人が知ったら喜ぶよ」
 ――それは、心地良い静けさが漂う小さな小さな家でのこと。
 優しい微笑みをたたえている老婆が広げていた便箋を折り畳み、封筒の中へと戻していく。他の手紙と共に箱の中へとしまい込み、今一度、口元から静かな幸せをほころばせた。
 顔を上げればコルクボードにはられた写真。遠い昔に独り立ちした長男次男、長女に次女が、家族と共に幸福そうな笑顔を浮かべている様子が瞳に映る。紆余曲折はあったけど、老いた今となっては、夫と共に子供たちが成長している様を見るのが何よりの楽しみなのだ。
「今日は少し豪華にいっちゃおうかしら。確か、この前いただいたお肉が残っていたと思ったけど……」
 暮れには戻ると記してあった。
 暮れには会えると記してあった。
 老婆は弾んだ調子へ台所へと足を運び、冷蔵庫に手をかける。
 ――力をいれるまでもなく、無機質な扉が開かれた。
「え?」
 戸惑う暇もなく、老婆が冷蔵庫に引きこまれていく。
 しばしの後、改めて顔を出した老婆の瞳には、先程までの光がなく……。

「こんなに長く一緒にいられたのは、あなたが失職していた時以来かしらねぇ」
「あの時は本当にすまなかったなぁ。にしても、あれからそんなに時間が立っていたんだなぁ」
 渋くて美味しい茶をすすり、一組の老夫婦が他愛のない会話を交わしている。テレビから流れるドラマをBGMに、想い出を語り合っている。
 互いに声は弾んでいた。
 たとえ嫌な思い出が紡がれても、今になってみれば良い思い出だったと笑い合える。
 だが――。
「そういえば、暮れにはあの子たちが帰って来るって」
「ほう、そりゃ楽しみだ。元気にしとるかなー」
 時計が夜二時を示していた。
 普通は寝ているはずの時間なのに、布団すら敷かれていなかった。
 安らかな眠りを忘れた老夫婦がのんびりと時を過ごしていく最中、テレビは空虚に奏でていく。
 生あるものの歌声を……。

「東京都多摩の某所にある小さな一軒家に、竜宮の玉手箱のメガリスゴーストが出現した」
 楽しい依頼にはなりそうにない。秋月・善治(運命予報士・bn0042)は短く告げて、皆に頭を下げていく。
「竜宮の玉手箱のメガリスゴーストは、家庭にある冷蔵庫や洗濯機がメガリスゴーストになったもの。その家の家族を食い殺して、リビングデッドに変え自己を護らせる力を持っている」
 リビングデッドにされた家族は、メガリスゴーストのある家から離れることはできない。また、戦闘時には自分の意志とは無関係に戦いに参加してくる。
「これも、竜宮の玉手箱のメガリスゴーストの能力だ。助けることはできない点を留意しておいてくれ」

「今回相手をしてもらう竜宮の玉手箱のメガリスゴーストは冷蔵庫の形をしている。特に外見上の変化はないが、扉の中から物を飛ばして攻撃してくるな」
 上方の冷凍室からは氷の礫をマシンガンのように、中央の冷蔵室からは雑多なものを爆散する物質に変えて発射、下方の野菜室からは植物の蔓のようなものを伸ばして絞めつけてくる。性質としては力強さ以外に優れ、外壁は侮れないほどの硬さを持つ。
「また、こいつは基本的に台所に待機している。台所へは玄関から伸びる廊下から直接向かうか、リビングデッドと化した家族……篠宮小梅と篠宮源蔵、この齢七十を越える老夫婦が団らんを行っているリビングから向かうか、だな」
 戦いになれば、小梅は裁縫の針を投射、源蔵は仏壇に供えてある短刀を手に取り立ち回る。皆よりは高い実力も備えているため、注意が必要だ。
「最後に地図を渡しておこう。家の場所はこの、アパートと畑に挟まれた平屋建ての一軒家だな」
 地図を渡すと共に、善治は静かに瞳を閉ざす。閉ざしたまま、更に言葉を重ねていく。
「暮れには、篠宮家から独り立ちした子供たちが帰ってくる。そうなれば更に被害は広がってしまう。そうなる前に、どうか安らかな眠りを与えてやってくれ。最悪の中の、せめてもの希望として、な」
 頼んだぞ、と頭を下げ、善治は皆を送り出した。

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参加者
久賀・零亜(雪華の祈り巫女・b18403)
篠原・薫子(高校生真雪女・b25283)
シン・メイフィールド(赫の牙・b37067)
久保田・龍彦(深緋白群・b40406)
霧島・絶奈(さよならを教えて・b61363)
橡・刻遥(闇檻・b61837)
マヤ・アルジャーノン(銀誓の災厄娘・b73286)
水城・月依(湖底に沈む月影・b74740)
ファム・アルフート(中学生処刑人・b78468)
高梁・弥花(死の草原に咲く橙の花・b78547)



<リプレイ>

●鍵をかけることを忘れた家
 青々とした葉が生い茂る大根畑と小さなアパートに挟まれれて、篠宮の表札をいただく家は威風堂々と佇んでいた。月明かりと電灯に照らされて蔦やしみが映える外壁が、数十を下らぬ年月を越えてきた事を教えてくれている。庭木は冷たい風を浴び、枝葉を忙しなくざわめかせ続けていた。
 けれど、暗がりに隠れ色合いまでは分からない、二階建ての大きな家屋。今は一組の老夫婦だけが住む場所に、一人、また一人と若い男女が集っていく。合計が十を超えたとき、不可思議なワードが唱和した。どこからともなく新たな一名が出現し、若者の輪に加わっていく。
 肌を撫でる冬の風、息が白ばむ冷たい大気。熱を求めるように手の平を擦り合わせながら、シン・メイフィールド(赫の牙・b37067)は集った仲間を眺めていく。闇夜に隠された強い眼差しへ、小さな頷きを返していく。。
「……ここで終わらせなきゃ二人は遠からず愛した家族を手にかけることになる。だから……」
 言葉はない。
 躊躇いもない。
 シンに背を向けた仲間たちは、彼女の言葉が執着する場所へと門を開いて歩き出す。枯葉や砂粒が堆積し、けれど汚れは見られない……そんな、しばらく掃除はしていないけれど訪問者も出かける者もいない感のある玄関口に辿り着く。皆を代表して水城・月依(湖底に沈む月影・b74740)がドアノブを握り、ゆっくり捻り慎重に引いてみた。
 特に抵抗もなく、音もなく、扉に小さな隙間が開いていく。チェーンはおろか鍵がかかっている様子もない。
 月依はスカルロードの悠斗と顔を見合わせ、頷き合い、一思いに扉を引き開けた。
「……先ほど、シンさんの言葉にもありましたが……これ以上の悲劇は幕を下ろしましょう。僕たちの手で」
 冬空の下とあまり変わらぬ外気の漏れ出てきた玄関に、彼は前衛、中衛陣を招き入れていく。自身は後衛として、最後列に位置する形で後を追った。
 小さな小さな音を立てて、扉が再び閉ざされる。再び、篠宮家が命ある世界と切り離される。
 もう、何も届かない。風も、月の光も、遠くを走る車の音も。変わらぬ日々を過ごしている人の熱も。
 同じ色した空の下、子供たちが、孫たちが、篠宮家の老夫婦に抱いている想いすらも。

●短く長い時間の中で
 扉が閉ざされると共に、広い玄関が薄い闇に満たされた。光を放つものは廊下の先にあるリビングと思しき場所ばかり。音も、心音以外にはリビングと思しき場所からしか聞こえない。
「……で……の……」
「はい……ええ……」
 微かで消え入りそうな声だったけれど、しわがれた老夫婦……篠宮源蔵と篠宮小梅の会話であろうことは伺えた。他に、テレビと思しき気楽な音色も混じっている。知らぬのならば、零時を遥かに超えた時間でなかったなら、いつも通りの日常として誰も気に留める事はなかっただろう。
 ――演じるは骸、彩るは空虚なテレビ。竜宮の玉手箱のメガリスゴーストがつくり出した日常は、まるで不出来な人形劇のよう。
 軽く息を吐くと共に、霧島・絶奈(さよならを教えて・b61363)は頭を振って廊下に上がる。絶望が芽吹いた輝ける場所目指して歩き出す。
 新しい光が生まれた。
 久賀・零亜(雪華の祈り巫女・b18403)の内から飛び立った白燐蟲たちが、廊下を仄かに照らしていく。足元の危険を無くしていく。
 光量を絞ったからか、老夫婦が気づいた気配はない。変わらず意味のない会話を続け、時折笑い声を響かせていた。
 開かれた襖の前にたどり着いた時、もう忍ぶ必要はないと、ファム・アルフート(中学生処刑人・b78468)が床を軋ませ飛び込んだ。老夫婦は言葉を失い、侵入者の数が増えるに連れて驚き見開いた眼が大きくなる。
 殿として最後尾を務めた橡・刻遥(闇檻・b61837)が到着した時、やっと我を取り戻したのか源蔵が慌てた様子で口を開いた。
「な……なんじゃ!」
「ごめんなさい……こうするしかないんです」
 深く頭を下げながら、篠原・薫子(高校生真雪女・b25283)が妖狐の証を生やしていく。老夫婦を苦痛に溢れる世界へと放逐し、望まぬ戦いの狼煙を上げた。
 一秒にも満たない間、老夫婦が帰還する前に、シンはスケッチを完成させる。
「油断せず、一気に攻めるよ!」
 闇のキャンパスから飛び出たスケッチ、優しい笑顔を浮かべた好々爺が、源蔵目指して飛んで行く。久保田・龍彦(深緋白群・b40406)」は好々爺諸共貫かん勢いで、光輝く槍を投擲した。
「貴方はもう死んでる……って言っても、信じないよね。実際、貴方は此処にいるんだから」
 嘆息混じりの言葉にも導かれるかのように、好々爺は源蔵を巧みに揺さぶった。槍は素早く仏壇から引っ張り出された短刀に打ち払われ、光の粒子と化していく。傍らの小梅も裁縫箱から針山を取り出して、針を一本抜き放った。
 得物を手に取った老夫婦の瞳に、正気の光は存在しない。狂いし、狂わされた者が持つ虚ろな光を抱いたまま、若者たちを睨んでいる。
 様々なものが飛び交うコメディドラマのBGMに混じる形で、少し遠い場所で何か大きな者が動く音も聞こえてきた。
 ――全ての元凶、冷蔵庫に宿った竜宮の玉手箱のメガリスゴーストが活動を開始した!
「……」
 顔に無表情を張り付かせ、刻遥は妖狐に変じていく。廊下から視線を外すと共に七星の輝きを降臨させ、短刀を振り上げた源蔵を魅了した。
 小梅と肉体を動かす術を忘れた源蔵に、高梁・弥花(死の草原に咲く橙の花・b78547)も深く頭を下げる。
「ごめんなさい、私たちはあなたたちを倒さなくてはいけません……これから来る子供さんたちに生きていてほしいからです」
 受け取り手のいない言葉は空虚に漂い、小梅が投射した裁縫針に貫かれ散らされる。
 黒燐蟲の加護を受けたスパナでたたき落として行く様を横目に見つつ、マヤ・アルジャーノン(銀誓の災厄娘・b73286)が大蛇の如き雷を源蔵目がけて走らせた。冷たき力、熱き光も重ねられ、仮初の命を削っていく。
「兄様、お願いします」
 コタツを避けて回りこんだ悠斗を導くために、月依が禍々しき符を投げつけた。未だ衰えぬ胸板に張り付いたなら、大きな衝撃が動けぬ源蔵を襲っていく。
 思いきり振るった大鎌は、自由を取り戻した源蔵の刃に受け止められた。力任せに跳ね除けられバランスを崩した隙をつかれ、切っ先に殴られむき出しの肩骨が砕けていく。
 故に、身を離すのが遅れている。
 見逃す理由もなく、ファムが拳に断罪の誓いを込めて殴りかかった。
「死体は死体らしく、大人しく死んでいろ!」
 勢いのまま殴り飛ばされた源蔵を、肩を抑える悠斗が支えていく。悠斗が離れるまでもなく、源蔵は沈黙したままカーペットに身を沈めていく。
 小梅に変化はない。特に反応を示さない。ただ淡々と裁縫針を発射する。
「く……」
 雷の大蛇ごと手の平を刺し貫かれ、マヤは慌てて拳を握る。血が滴らぬうちにコートのポケットへと突っ込んで、痛みは唇を噛んで誤魔化した。軽傷であると仲間に示した。
 示されるまま、シンは虚空に鮮紅の刃を走らせる。柔和なほほ笑みを浮かべる老婆を描き出し、小梅へと差し向けていく。
 仲間たちの力を導きゆく。
 光、冷気、雷……数多の力に晒されて、小梅がくぐもった悲鳴を上げながら膝を付いた。
 けれど、裁縫針が握られたままだったから、絶奈がしわくちゃの頬を指でなぞっていく。
「……さよなら」
 指先の軌跡に霜が張り付き、小梅は言葉に促されるかのように瞳を閉ざす。霜が蒸発すると共に、偽りの命が消えていく。
 リビングにたどり着いた時のような沈黙が、未だ終幕は迎えていないはずの戦場に訪れた。
 ふと、壁にかけてある時計を眺めてみれば、戦いが始まってから三十秒も経っていない。冷蔵庫が来る気配もない。
 悩むまでもなく、若者たちはリビングから脱出する。
 支離滅裂な演説を行うテレビに見送られ、大きな音の在り処を目指し走りだす。
 十秒にも満たないうちに角を曲がり、台所から飛び出そうとしている冷蔵庫と遭遇した。

 冷蔵庫と壁との間を抜け、絶奈が台所へと飛び込んだ。内側から冷蔵庫の気を引いて、仲間たちも招き入れる。
 全員が揃うのを待たず、薫子が踵を返そうとしている冷蔵庫を放逐した。
「……ボコボコにしてやりたい」
 苦痛溢れる世界から帰還し、冷たい言葉を投げかけられても、冷蔵庫に変化はない。ただ、燐光を浴びて冷たい輝きを放っている。
「断罪の時は来れり、汝が罪をその身に刻め!」
 輝かぬ冷蔵庫の背面を、ファムが断罪の力を込めてぶん殴った。倒れていく冷蔵庫を支えるように……否、勢い任せに貫くために、刻遥は九尾を解放する。
 冷たい外壁で弾いた冷蔵庫は、お返しとばかりに冷凍室から氷の礫を乱射。弾丸の如き氷に貫かれ、刻遥の羽織る漆黒のジャケットに血が滲んだ。
「兄様!」
 治癒の符生み出す月依から命を受け、悠斗が冷蔵庫の前に回り込む。鎌を振るえば甲高い音が鳴り響き、巨体が小さく震え出す。
 シンの描いた悪鬼の如き冷蔵庫が、更に巨体を震わせる。震えながらも光を拒否し冷気を弾き、薫子の仮想世界も拒絶して、冷蔵室から肉塊のようなものを発射した。
 散開を旨とする陣は組んでいる。着弾と共にもたらされる爆発に、巻き込まれるのは絶奈だけ。
 絶奈は外套で身を包んだ。しかし、外套ごと貫かれ詠唱防具を砕かれる。
「させません。もう、誰も!」
 零亜が白燐蟲を司り、砕かれた詠唱防具を修復する。月依の符も張り付いて、滲み出る血を止め傷口すらも塞いでいた。
 残る仲間は刃を重ねていく。スケッチや光を放っていく。受け、受け止め、避けながら、冷蔵庫は野菜室を飛び出させた。
「っ!?」
 野菜室より伸びた蔓が零亜を捉え、白燐蟲を霧散させきつく体を締め付けだす。遅い喉から苦悶の声が漏れ出して、骨が軋む音も鳴り響く。
「大丈夫、今……それに……」
 シンが素早くドリンク剤を産み出して、もがく彼女に投げ渡す。抜け出す力を与えていく。
「こいつだけは倒さなくちゃいけないから……だから、みんな!」
「……」
 返事はない。
 答えるまでもない。
 マヤが冷たく瞳を細め、手の平を冷蔵庫に押し当てた。体内電気を手の平にかき集め、零距離から発射する。
 表面を走る電撃が冷蔵庫の動きを鈍らせた。
 鈍い動きながらも冷凍室の扉が開き、氷の礫が放たれる。
「っ!」
 飛び退こうとした龍彦が、背後を一瞥して立ち止まり、コアに小さな祈りを捧げて全ての礫を叩き落す。
「倒れるわけにはいかない。それに……」
 背に、食器棚を負っていた。
 二人で使うにはあまりにも多すぎる茶碗があった。
 小さな息を吐き出しながら、龍彦は光を集わせる。コアで輝きを増幅させ、冷蔵庫を貫き通す。
 弥花が輝く冷蔵庫を凝視した。
 大きな音を立てて巨体が跳ねた。
 内部を破壊された冷蔵庫は、光が潰える頃に沈黙する。台所もいつも通りの静寂に沈んだけれど、若者たちは得物を構え直す。
 悲劇の元凶を破壊するために。

●故郷で過ごす日々が幸いであるように
「恨むなら……私たちを恨んで下さい……」
 リビングへと戻ってきた弥花たちはまず、老夫婦の遺体を抱き起こした。楽な姿勢に寝かせていくさなかに人形劇の再放送をたれ流すテレビを消し、零亜とファムが黙祷を捧げていく。
「仇は討ちました、安らかにお眠り下さい……」
 顔を上げたファムは、自嘲とも思える笑みを浮かべていた。私達の手で遺体をボロボロにしておいて……との言葉も呟いた。
 けれど、速攻を心がけたことが幸いしてか、状態は比較的きれいなもの。それを踏まえた上で改めて、偽装方法を相談し始めた。
 龍彦をはじめ、多くの者は場を荒らして強盗に見せかけようと主張した。刻遥一人が首を振り、金を奪うだけで良いと反論する。
「人を殺してしまった強盗が、逃げずに不自然な荒らし方をするとは思えない。だから……」
 理由を述べるさなかも、視線は仲間たちから外れている。沢山の笑顔を見つめている。
 何を見つめているのか知っているからか、仲間たちの口数も酷く少ない。やがて言葉が途切れ、冷たい沈黙が訪れようとした時、弥花が控えめに手を挙げる。
「冷蔵庫の爆発を装うのはいかがでしょう? 幸い冷蔵庫は台所にありますし、ここもあまり荒れてはいませんし……」
 改めてリビングを眺めてみれば、大きく荒れている様子はない。不自然ではないと結論づけられ、刻遥も賛同を示していく。
 偽装の方針が決定し、老夫婦を運ぶ流れとなった。小梅の体を持ち上げる前に、龍彦がコルクボードに、先ほど刻遥が見つめていた写真に頭を下げていく。
 写真の中の老夫婦と成長した子供たち、孫たちに見守られながら、作業は淀みなく始まっていく。
 老夫婦をしっかりと持ち上げ、リビングから出ようとした時、小さな音を立てて画鋲が外れた。留められていた写真が床に舞い降りて、老夫婦の間に滑り込む。
 篠宮家の集合写真に、若者たちは見入られる。
「……」
 軽く絨毯を整えていたマヤが小さなため息を吐きながら、写真と画鋲を拾い上げた。コルクボードに打ち直せば止まっていた時が動き出し、作業も程なくして完了する。
 誰が合図するでもなく、玄関からの脱出が始まった。最後に薫子と零亜が続こうと玄関を降りた時、左手側にガラスケースがあったことに気がついた。
 地方や外国のお土産や、おとうさんやおかあさんと名付けられた古い似顔絵。歪な粘土細工に手製の小物……全て、平仮名か漢字で名札が付けられている。誰なのかは知らないけれど、誰なのかは分かった。
「……」
 頭を振り、二人は玄関を脱出する。扉を閉め、軽い音が響くと共に冬の夜風と向き合った。
 ひどく寒かった。瞳の端が一番冷たく感じられた。
「早く時が過ぎて、悲しみが癒される時が来ますように」
 想いは溢れて言葉となり、薫子の口から零れ落ちる。風の辿り着く場所に、篠宮家へと届けられ、静かな祈りを導いた。
「……早く、終わらせたいですよね……このメガリスゴーストの犠牲を」
 零亜は一人夜空を仰ぐ。言葉を天に送って行く。
 月は変わらぬ輝きを放っていた。藍色の空に浮かぶ星々も、曇ることなく煌き続けている。
 何故だか、月の近くに寄り添うように浮かぶ二つ星が目についた。二つ星は数多の星に囲まれながら、一段と強い輝きを放っているよう、そんな気がした。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2010/12/13
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