アルビレオの惨劇


<オープニング>


 感慨深げに、セッティングしたステージを見上げる青年二人。彼らは地元の小さな劇団の団長、副団長である。
「シロートばかりの劇団だったけども……」
「仕事上がりにひたすら練習し……」
「小さいながらも公演と営業を重ねに重ね……」
「とうとうお呼びがかかるまでに!」
 ぐっと拳を握りしめ、今までの苦労と喜びを噛みしめる二人。
「おっし、あとは音響チェックして、明日に備えて帰るぞ」
 客席でチェックする人がいなければ意味がないのに、そろって音響室へと向かう様子を見ると、相当今回のお呼びに舞いあがっているのかもしれない。
 『白鳥の湖』が流れ始め、その時初めて彼らは、「ここで聞いても意味ないじゃないですか!」
「ハハハ。じゃ俺行ってくるか……ん」
 窓越しに見えるステージ。そこに人がうずくまっている。
「……誰か様子見に来たんですかね?」
「わざわざバレリーナの恰好して?」
 そう。問題の人物は『白鳥の湖』を踊るかのように、ふわふわの真っ白な衣装を纏って、まるで嘔吐しているように肩を震わせている。
「誰か脅かしに来たんじゃないですか?」
 二人は望み通り脅かされてやろうと、そろってステージへと出て行った。
「もしもし?」
 ドッキリだと思い込んでいるので、呑気に尋ねる。
『バ……ガッ……グボッ! キギッ……!』
 いくら演劇を嗜んでいるとはいえ、あまりにも普通じゃない声。どうやったらこんな声が出るのか、逆に聞きたいほど不気味。
 何か変だと思った瞬間、女がくるりと振り返る。
 絶叫をあげる二人。
 その女は唇や舌が完全に溶けただれて無くなって、不気味なほど真っ白な歯が真っ赤な肉に妙に映え――。
 喉が脈打ち、再び嘔吐するように震わせる肩。喉を、口を、かきむしるようにしながら女は叫んだ。
『ダ、ズ……ゲデ……!』
 口より吐き出されるは硫酸。
 ステージ上で激しく溶け行く二人の体。
 絶叫がこだました。
 

「始めるよ、予報」
 氷雨・千空(中学生運命予報士・bn0274)は能力者がそろったのを確認すると、手に持った竹串を軽くはじいて折の中へと収めた。
「今回の現場は市民ホール。明日の夜に劇団員が殺されてしまうことが分かった。その前に退治してもらいたい」
 場所はここねと、千空は地図を渡す。
「公共施設だから、解放時間が過ぎれば当然閉まる。だが事件が起きる前日から、この劇団の荷物やらがここに運び込まれることになっていて、遅くまで解放している。皆には宅配業者か何かのフリして、中に侵入してもらいたい」
 前日は荷物の搬入だけだという。荷物と共に倉庫に紛れ込み、誰もいなくなったらステージへと向かってほしい。
「地縛霊は、チャイコフスキーの『白鳥の湖』を流せば出る」
 千空は能力者の一人へ呼び出し用の音源を手渡した。
「地縛霊は、バレリーナの恰好をしていて、唇や舌が溶け爛れた無残な姿で現れる。口から硫酸を吐き出して相手の体力をじわじわと削り取り、絶叫を放って周囲に痺れるようなダメージを与えてくる」
 硫酸は特に攻撃力が強いそうだ。
「そして黒い鳥のリビングデッドを四体従えている。それらは地縛霊の四方を取り囲むように現れる」
 彼らもくちばしが砕けている無残な姿。攻撃は体当たりのみ。行動が素早いので、集中打を食わないよう注意が必要だ。 
「現場となるホールそのものは広いけど、客席は座席があるから戦闘向きとはいえない。まったく使えないわけじゃないけど」
 座席に移動を邪魔されるので移動範囲が限られる。距離によっては合流等に時間はかかる。相手が範囲から外れるのもやむなしで射撃確定などの方法もあるが……。
「地縛霊はステージの真ん中に現れるから、その辺上手く利用して陣取るといいかもしれない」
 因みにステージの広さは、縦10m横30mの長方形だ。
「ただし、音響室で音楽を流す場合、担当の人は戦闘にどうしても出遅れることになるから注意」
 音響室からステージに出るには、最低でも一手遅れての登場となる。
「夢を叶える舞台を潰される前に、倒して。吉報待ってる」
 そう言って、千空は能力者を見送った。
 

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参加者
天宮・奈月(星蝕の夜・b01996)
朝日奈・護(絶壁の小虎・b24524)
護塔・洸太(曉芒刃・b25401)
藤井・アンナ(キャンディローズ・b40518)
フィル・プルーフ(響葬曲・b43146)
新城・刹那(藍色の雪姫・b45413)
裏方・黒衣(藍と白のアルケー・b57463)
阿里谷・舞皇(電気金翅雀の夢・b64111)
大沢・颯壱(ピンキッシュデジタリズム・b78739)




<リプレイ>

 静寂の音響室。不意に光が瞬いた。
 液晶画面がまるで波紋を描く水面のように歪む。
 基盤の中に広がる電界を駆け抜けてきた力は、そこを飛び出すと一気に弾け、本来の姿へと変化を遂げた。
「よっと」
 軽やかに床へと着地して、大沢・颯壱(ピンキッシュデジタリズム・b78739)はくるりと機材へと向き直る。
「彼らの夢を命とともに断つのは絶対阻止しないと」
 まずは機材操作の確認をする。昔から音楽を嗜んでいる颯壱には、この市民ホールの基本的な操作は特に問題なかった。
 ポケットから、予報士より手渡された音源を取り出し、デッキに挿入。あとは再生すればいつでも呼び出しが可能だ。
「それにしても『白鳥の湖』かぁ……綺麗な曲なのに」
 ステージを確認する窓を覗けば、他のメンバーはステージや客席などに散らばって、前もって陣形を組める利点を最大限生かすために、現場の状況を確認している。
「市民ホールにバレリーナ……余程舞台に未練あったンやろな」
 格好からしてやばい事件があったンかもしれへんと、護塔・洸太(曉芒刃・b25401)は、ステージの中央を見下ろしつつ呟いた。
 出現する地縛霊は、本来であれば美しいオデット姫を演じるはずだったのだろうか。しかし今の彼女へと与えられた役柄は、醜く無残な顔を与えられた、悲劇のバレリーナ。その美しいくちばしを破壊されただけでなく、人生そのものを破壊されたのだろう。
 まだ見えない彼女の姿を、裏方・黒衣(藍と白のアルケー・b57463)は瞼の裏に思い浮かべる。
「凄く苦しんでる……」
 口と喉を押さえ、必死に助けを請う姿。
 ふっと眼を開くと、何もないステージの中央へ視線を落として。
「生前は綺麗だった人が無残に苦しんでるなら、開放するのがボク達のやるべき事ですよね」
「白鳥を繋ぎ止める枷を解き、空へと還しましょう」
 ステージをしばし見つめていたフィル・プルーフ(響葬曲・b43146)は身を翻すと、淑やかに歩を進め、客席横の通路を登ってゆく。
「こっちの準備はできましたよ〜」
 ステージより一番離れた客席にて、新城・刹那(藍色の雪姫・b45413)は洸太へ声を掛ける。
「いつでもいいぜ」
 朝日奈・護(絶壁の小虎・b24524)は中央を見据えると、ぱんと拳で手を打った。
 洸太は全員の配置を確認すると、音響室にいる颯壱へと手を振った。
 颯壱は頷き返し、再生のボタンへと手を掛ける。
 静かで美しい曲によって開幕する演目は、惨劇。
 そして地縛霊にとっては鎮魂歌として送る曲、そうならなければならない。

 ――苦しむ者に慈悲の終幕を。

 かちりという音共に、音源が再生を始める。そして同時に颯壱は電送を使い、機材の中に広がる電気回路の世界へとダイブする。
 戦闘が始まれば強制解除は必至。少しでもステージへ近付くために、少しの時間も無駄にできない。
 静かに流れだす破滅の序曲。
「特別公演の幕開けですね」
 フィルの目に映る白鳥の姿――。
『ガッ……ギグッ……ゴッ……!』
 激しく上下する肩。指の隙間より、ぼたぼたと零れ落ちる溶け爛れた肉の色。気色悪い音が、戦慄を響かせる。
 不意に顔を上げた。そしてふらりと立ち上がり、その悲惨な顔を晒す。
 くちばしの無くなった、オデット姫――。
 焦点の定まらない目が不気味に空を横切る。
 見開き血走った目は苦しみと絶望の涙に溢れている。
 哀れな呪いに上塗りされた残酷な仕打ち。
 見ているこちらすら、喉の奥に何かが付きあげてきそうになる。
「ひどい。どうしてそんな姿になってしまったの……?」
 藤井・アンナ(キャンディローズ・b40518)は痛ましすぎる地縛霊の姿にふるふると力なく首を振って。
「むごい事をな……」
「まったく……酷い事する奴もいたもんだね」
 洸太と天宮・奈月(星蝕の夜・b01996)は、その悲惨な姿を憐れむように目を細めた。
「このバレリーナさんもきっと辛くて苦しくて、深い思いを残してるからこんな姿になったんだと思うけど……」
 阿里谷・舞皇(電気金翅雀の夢・b64111)は悲しげに顔を曇らせるが、目の奥には固い決意を覗かせる。
 剣先を向ければ、それは輝きを増した。
「それでも、夢へ続く舞台を汚させる訳にはいかないよ」
「さ、全力で眠らせてあげよう」
 奈月はその瞬発力を最大限に生かし、地面を蹴った。
『……グ、ボッ……』
 ぼたぼたっと、再び煙を伴う肉片が零れた。そこから四羽の黒鳥が地縛霊の解呪を邪魔するように飛び上がり、一斉にその体を能力者たちへとぶつけてくる。
「黒鳥、ね。……さしずめ、オディールのつもりか?」
 奈月は上手く体当たりを受け流すと、まずはクレセントファングを一発。
「そいや四羽の白鳥言う曲目も……。お前等もそれにあやかったか……」
 攻撃を受けて流れたちを拭いつつ、洸太はフェニックスブロウをお見舞い。
「リラ、参りましょうか」
 フィルが目を閉じ手を組むと、漆黒の力が空に寄り集まり呪いの力となる。打ちだされた穢れの弾丸が手前の黒鳥の腹を穿ち、リラの粘り糸が、地縛霊の背後を守るように踊る黒鳥の足をしっかりと捕えた。
『……ダ、ダズ……ゲ、デェ!』
 地縛霊が、喉をかきむしる――!
「夢の雫、皆を守って!」
 地縛霊より僅かに早く、舞皇がサイコフィールド。
 天に入る亀裂。開ける夢幻の扉。
 ホールの天井にたなびくオーロラより降り注ぐ雫が、能力者たちを等しく包み込む。
『――コ――ロ――シ――テ――!』
 声と言うよりも、波動。
 その苦しみを他人に押し付けるかの如く襲いかかる。
 咄嗟に防御し、サイコフィールドによる衝撃緩和で、受けたダメージとしては軽いものの、それでも肌に残った微かな痺れは侮れない。事実、防ぎきれなかったフィルと黒衣は強烈な痺れに膝をつく。
「わっ」
 一方、激しい戦闘の余波に、目標位置まで到達することなく、舞台袖で颯壱が電送能力を強制解除され尻もちをついていた。とはいえ、ここからならほぼ全員攻撃範囲に巻き込める。
「すぐに加勢しなくちゃ……」
 颯壱はすぐさまギターを構えると、弦へとその指を滑らせた。
「音楽には音で対抗ってね……せっかくの舞台、台無しにするなよ!」
 爆音が轟けば、地縛霊の絶叫に負けない衝撃が辺りを包む。まともに食らった黒鳥が一羽地面に落ちて、激しく翼を痙攣させる。
「……痛くないように、おまじないかけてあげる」
 アンナは蒼の魔弾。蒼き稲光を迸らせつつ、その体を的確に打ち抜く。
 護はカラミティハンド。深紅の影は護の腕の動きを忠実に再現しつつ、地縛霊を叩き潰すべく振り下ろされる。
 初手の絶叫を警戒して距離を置いていた刹那は、全員を舞の恩恵をいきわたらせる位置まで詰め、すぐさま慈愛の舞を披露。
「冷たい蒼氷の祝福を……」
 目を閉じ緩やかに舞い踊る。
 すると降り注ぐのは六花のようにきらめく、優しい力。
『ダ、ズゲ……デ!』
 急激に腹がのたうつ。間近に居る黒衣へ、倒れるように、すがりつくように、その手を伸ばしつつ襲いかかる。
 肉がじゅわじゅわと溶ける音共に噴き出す硫酸。
「それには当たってあげられないですよ……!」
 未だ取れない痺れ。動けない体に無理矢理鞭打ち、黒衣は身をひねってどうにかこうにかかわす。
「まともに受けたら大惨事なのです」
 ふーと息をつくが、まだまだ痺れは継続中。黒鳥の体当たりまではかわしきれず。
「ぎりぎりの間合いまで踏み込む事に躊躇いはないぜ」
 これは距離を詰めて抑えなければいかんかと、護はすぐに肉薄。刀を振りかぶって上段から、
「――斬!!」
 勢いよく振り下ろされる刀は、地縛霊の右肩に深い切れ込みを入れる。
 動ける黒鳥は翻弄するように前衛の間を飛び回りながら、確実に体当たりを食らわせてゆく。
 奈月と洸太は攻撃目標を揃えつつ、同時攻撃。だが、嘲笑うように甲高い声を上げ、するりとかわす黒鳥。
 体当たりを食らい舌打ちするも、洸太は再び拳に炎を纏わせその影を追う。
「これはもう一回重ねるしか……!」
「怪我を治しますね〜。頑張ってください〜」
 颯壱はショッキングビートで再び麻痺狙い。刹那は的確に仲間の傷の具合を見極めて祖霊降臨。癒しの神の力が優しく奈月の体を照らす。
「とにかく好きには行かさんで、俺とやりおうて貰おかな!」
「後ろに抜かせるわけにはいかないからね」
 洸太は体当たりを仕掛けてきた黒鳥に、恐れなくフェニックスブロウ。
 燃え盛る魔炎。黒鳥が甲高い声を上げた。
「容赦なくいく」
 奈月のつま先が鮮烈なまでの鋭さを秘めた弧を描く。
 一撃にその羽根を散らす黒鳥。
「まだ使い慣れないけど、そうも言ってられないよね……! 廻れ、俺の歯車!」
 舞皇はラジカルフォーミュラで最適化を図る。その瞳に浮かぶのは、プログラムの羅列。それらは高速回転しつつ、瞳に捉える黒鳥の動きを演算。舞皇の能力を向上させる。
「いくよ。ライトニングヴァイパー!」
 収束された生体電流が、指先から迸る。白光を纏う大蛇となって、地縛霊を巻き込みつつ、1羽の黒鳥を飲み込んだ。
 地縛霊が再び絶叫を上げる。重い緞帳すらその衝撃に靡いた。
 黒衣はその衝撃を気合いで防ぎきると、一気に間合いを詰める。
「その苦しみから解放してあげたいのですよ」
 電光剣の輝きが増した。そして浮かび上がる詠唱停止プロクラム。その力は地縛霊へと思いっきり叩き込む。
 地縛霊が低く呻いた。瞬間、エメラルド色の電光文字が地縛霊の体を縛るように螺旋を描く。
 喉をかきむしり、悲鳴を上げる地縛霊。
「今のうちに黒鳥さん退治です〜」
 刹那は結晶輪を握ると、「狙ってみますね〜」
 冷気のきらめきを撒き散らしながら、黒鳥の体へ一直線。刻まれた羽が宙を舞い、奈月がクレセントファングを叩き込めば、長い首が、勢い良く反り返った。更に追い打ちを掛ける舞皇のライトニングヴァイパーに、黒鳥は悲鳴を上げる。
「――逃さない」
 この一瞬のすきを見逃すことなく、アンナは蒼の魔弾を発動。
 その華奢な指先に集まる蒼き光は、闇夜を切り裂くほど強烈な熱量を保持する、恒星の如き稲妻の塊。
 狙いを定めて打ち放たれた力は、黒鳥の胸に風穴を開ける。
 最後の羽ばたきは、風を捉える事無く大地へとひれ伏した。
「あと一匹」
 颯壱はサンダージャベリンへとシフトして、攻撃に加わる。
「俺の電撃の槍、これしかないんだ……ごめんね」
 地縛霊との距離が縮まった瞬間を的確に狙い、振り下ろされる雷の槍。弾ける力に、地縛霊は身を折った。
『グ、グルジィ……!』
 再び嘔吐する地縛霊。リラの固い装甲すら瞬時に溶かす。
 そんなリラの体へ、優しく伸びてゆく赤い糸。
「リラ、死がふたりを分かとうとも、ずっと一緒よ」
 頬笑みは聖母のように愛に満ちて。
 死すら断ち切ることができない絆に結ばれて、無限の愛を得たリラは、フィルの気持ちに報いるべく奮起する。
 飛び回る黒鳥の首へ食い込む毒の牙。
 ぎっと短い悲鳴を発し、黒鳥は力なく垂れ下がる。
 とうとう黒鳥も全てただの亡骸と化し、残るは悲劇のバレリーナ。
『ダズ、ゲ……デェ……』
 何度吐いても永遠に消えない胃の中身。
『……ダズ……ゲデョォ……』
 ぼたぼたと落ちる涙と、硫酸に混じる肉の焦げた臭い。
 もう、骨すら見えそうな下顎。
 生々しいほど赤く。
 ぞっとするほど白く。
 しゅわしゅわとあぶくが浮いて、未だに溶け続けている。
「未練だな」
 護は硫酸で焼けた腕の激しい痛みに眉ひとつ動かさず、地縛霊を見据える。
 彼女は硫酸を飲み込んだ。そして激痛の中死んだ。
 過ぎ去った死に際を見る事はできずとも、それはきっと間違いないだろう。
 こんな仕打ちを受けた人も実行した奴もいるのか……と思った瞬間、洸太の背筋に悪寒が走った。
「地縛霊の助けを請う声は、オデットの慟哭のようですね……」
 だからこそ、とフィルは攻撃に全身全霊を込めて。
 打ち放たれる弾丸は、眠りと言う安らぎを与える闇夜と等しく。リラもフィルの攻撃を援護すべくその牙を突き立てる。
『ゲゲ……ダズゲ……デ! ガッ……グ……ルジ……ギィ!』
 弾丸の威力と毒の力に、地縛霊の体が激しくのたうった。
「――惨劇の幕、この手で下ろしてあげる」
 アンナが手をかざせば、集まってくる蒼き稲妻。打てばホール全体にこだまする悲鳴。
 容赦なく、護はカラミティハンドを超至近距離で打ち放つ。
『ギッ!!』
 腹の一発に目を剥いた。
 せり上がる赤い腕に、地縛霊の体が一瞬だけ宙に浮いて――そして鈍い音と共に貫かれた。
 深紅の腕に流れ落ちる、硫酸と胃酸の混じり合ったもの。しゅうしゅうと音を立てて煙を立ち昇らせる体は、輝かしいスポットライトの光の中、ゆるゆると消えてゆく。
「生前の貴女のオデット、見てみたかったな……」
 アンナは切ない顔で、彼女の最後を見届けながらぽつりと。
「……バレエのお稽古、最近サボりがちだったけどまた頑張ってみよう。私には、この身体とこの命があるのだから……」
 ゆっくりと通路を通って、ステージへにいる皆の元へ。
「明日晴れの舞台を踏む人がいるわけだもの。悲しいことや痛いことは、持ち越しちゃいけないよね」
 掃除苦手だけどと奈月は苦笑交じりに、羽を拾い始める。
 洸太は頭をかきながら、「で、鳥の死体をどうしよか。他の人から見たら鳥の惨殺死体やもんなァ……。さっきの荷運びの段ボール。あれに一旦詰めてホールから持ち出そか?」
「葬るっていうのなら反対はしないぜ。場所が決まったら、俺が運んでいってもいい」
 なら段ボールを取りに言ってくると、護。
 相談の結果、学園に持って帰って何処かに埋めようという話になった。
「これで安心して舞台が出来ますね〜」
 ぴかぴかになったホールを見回し、刹那はニッコリ。黒衣はパシャリとバレリーナの消えた場所を写真に1枚。
「貴方の踊りは肉眼では見れないけど、心とボクのカメラは捕らえていますですよ」
 最後に颯壱が音源を回収し、市民ホールよりこっそりと撤収。
「物語の中では確かオデット姫の呪いは解けないままだったけど……これでバレリーナさんの呪縛は解けたかな」
 不意に舞皇は振り返って、市民ホールを見つめながら呟いた。するとフィルは頬笑みを湛え頷いて、
「冬のアルビレオと呼ばれる、二重星があるそうです。星に願いを……という訳ではありませんけれど、どうか、来世では良い終曲を……」
 淑やかに、丁寧に、一礼し、バレリーナの冥福を。

 星が瞬く。
 くちばしを失った白鳥の惨劇は、ひっそりとその物語に幕を閉じた。


マスター:那珂川未来 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2010/12/15
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