銀誓館襲撃〜病垂愁一:悲しみうさぎ症候群


<オープニング>


 冬、ちらちらと雪が舞い散る深夜。
 人気が少なくなった鎌倉の町を、学校の怪談・病垂愁一は、ゆっくりと歩く。
 明るい大通りでは無く、街灯も少ない裏通りを歩くのが彼の流儀だ。
 そうこうするうちに、彼は、とある学園の前へとやってくる。
 既に冬休みに入っている未明の学園は閑散としており、人影一つ見えない。
「誰も居ない深夜の校舎。学校の怪談には最高の舞台だね。さぁ、僕が君達を取り出してあげるよ」
 愁一がそう言って、両手を振り上げると、静かであった校舎が、にわかに騒がしくなり始めた。
 音楽室では無人のピアノから音楽が流れ出し、保健室の人体模型が生命を得てギクシャクと踊り、トイレでは赤いスカートの少女がカラカラとトイレットペーパーを回し続ける。

 その様子を眺めた、愁一は満足そうに校舎の門に手を掛けた。
 その門に書かれた学園の名は、銀誓館学園。
 ナイトメアビースト、病垂愁一の銀誓館襲撃が、今、はじまったのだ。

 ひんやりとした霜に抱かれ眠る土、木枯らしに吹かれて揺れる木々、暖かな命の息吹が白く染まり、人々が寒さを認識する……そんな、朝の未明。早くも営業を始めている鎌倉市内のカフェの中、あなたたちを秋月・善治(運命予報士・bn0042)が出迎えた。席についた春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)は、彼が執事服姿であることに目を丸くする。
「……どうしたの、その格好」
「仕込みには少し遅れると伝えたら、今日は調理場はいいから接客に回ってくれ、と言われてな……と、それはともかく」
 バイト着の一つらしい格好の善治はあなたたちにコーヒーなどを配りつつ、居住まいを正して説明を開始した。
「大変なことになった、とは聞いているな?」
「ええ。銀誓館学園がお化けの学校になったって」
「ああ。冬休みだったのが幸いだが……そこら中怪談ゴーストだらけでな。ナイトメアビーストの一人、学校の怪談・病垂愁一の仕業とみて間違いはないだろう」
 放置すれば、何百体もの怪談ゴーストによって学園の校舎がめちゃくちゃにされてしまう。
「故に、説明を聞いたらすぐに出立し、学園の危機を救ってきて欲しい」
「それじゃ、出現している怪談ゴーストについて聞かせて」
「ああ。お前たちが赴く場所、飼育小屋にはこんな怪談がある」

 怪談、悲しみうさぎ症候群。
 その飼育小屋では昔、一匹のうさぎが飼われていた。その姿は大変愛くるしく、心奪われた児童たちが我先にと餌やりをしていたほどだったそうな。
 しかし、誰かが持ち込んだ餌によってうさぎが重病を患ってしまう。一命を取り留めたものの、酷く醜い姿に変わってしまった。
 誰が餌を持ち込んだ? 誰のせいでこうなった?
 自分かもしれない罪悪感、醜い容姿……瞬く間に児童の心は離れ、当番制の飼育係以外に世話をする者はいなくなった。
 それでも、うさぎは愛想を振りまいた。
 春も、夏も、秋も、冬も……一年中、精一杯愛想を振りまいた。
 誰一人として振り向くことはなかったけれど。
 誰一人として戻ってくることはなかったけれど。
 やがて、飼育係も禄に世話をしなくなり、飢えに苦しむようになった。それでもうさぎは求め続けた。
 求めて、求めて、求めて……得られず、うさぎは命を落とす。
 ――それからだ。
 何もいない飼育小屋から、うさぎの鳴き声が聞こえるようになったのは。
 惹かれて行けば、飼育小屋にうさぎがいる。醜いうさぎが鳴いている。一緒に遊ぼとすがってくる。
 逃れる術は存在しない。鳴き声に惹かれた者は肉体を捨て、うさぎを暖める役目を担う末路を辿る。もっとも、肉体なき身体は冷たく、凍えた体を温めることなどできないのだが……。
 悲しみうさぎは鳴いている。今日も、飼育小屋の片隅で……。

「……とまあ、こんな話だ。出自などははっきりしない、先生か上級生が何か教訓を含んで流した怪談かも知れないとは思う……だが、実体化している以上撃破しなければんらない」
「能力その他はどんな感じなの」
「ああ。構成としては悲しみうさぎが一体と、架空の犠牲者である児童たちのゴーストが六体、だな」
 悲しみうさぎは神秘的。ただそれだけにしか優れぬし、鳴くことしかできないが、魅了の魔力を秘めている。広く遠く響き渡り、精神すらも削ってくる。
 架空の犠牲者たちは悲しみうさぎを取り囲み、守るよう立ち回る。解放への願いを叫びに変えて、戦う意志を鈍らせるという力に変えてぶつけてくる。
「戦いに関する情報は以上だ。後はこの騒ぎを起こした張本人、病垂愁一について話しておこう」
 愁一は非常に強力なパワーアップをしているが、例のごとくコピーではなく実体。学園の何処かに隠れており、怪談ゴーストに学園を破壊させると同時に活動を開始するようだ。
 しかし、怪談ゴーストはピンチになると、愁一がいる方向へ逃げる習性がある。一体の怪談ゴーストを倒すだけでは居場所を特定するのは難しいが、多数の怪談ゴーストを撃破すればいずれ見つけることができるだろう。
「故に、特定して撃破してくれ。病垂愁一と決着をつけるためにも、な」
 説明を一気にまくし立てた善治は温くなったコーヒーに口をつけていく。静かなため息を漏らした後、説明の締めくくりに取りかかる。
「病垂愁一の目的も、おそらくティンカーベルだ」
「懲りない……って言ってる場合でもないわね。本当、冬休みで良かったわよ」
「ああ。もっとも、ティンカーベルをナイトメアに奪われるわけにはいかないし、校舎の被害が大きくなれば学園の運営にも悪影響が出る。故に」
「被害が出る前に撃破して欲しい、でしょ?」
「ああ、その通りだ」
 慣れた手つきで伝票を拾い、善治は深く頭を下げた。
「支払いは俺の奢りだ。皆、早速学園に向かってくれ。いつものように、吉報を待っている」

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参加者
草剪・ひかり(七色の虹を描く少女・b00540)
柊暮・日景(真水の中でしか泳げません忍者・b02263)
浅井・正義(姫の守護者・b04924)
草凪・緋央(おひさまの申し娘・b24940)
烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)
浅神・鈴(水天演舞・b54869)
花月・椿(月下に浮かぶは紅椿の花・b59068)
遠咲・奏(真暗闇メイド・b71970)
NPC:春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)




<リプレイ>

●うさぎさんとろくにんのこどもたち
 明けの明星、白い月。藍が薄まり始めても、冷たく世界を見つめてる。寂しく震える白うさぎを、ただただ見守り続けている。
 声を上げても届かない。
 いくら見上げても気づかない。
 たとえ夜が開け太陽が輝く時間になったとしても、そのうさぎが温もりに包まれることはない。
 とうに忘れてしまったから。
 凍えるほどの寒さに慣れてしまったから……?
 ……否。慣れてはいない。ただ、忘れてしまっただけ。
 忘れたものを求め、鳴いている。力を振り絞って鳴いている。
 さむいと、ひもじいと、さびしいいたいつめたいかまってよ、と――。
 ――けれど、うさぎはすでに現の存在ではなく……。
 ……鳴き声に誘われた児童は一人残らず命を落とした。
 魂だけの存在となり、うさぎを宥める呪縛を負わされた。
 肉体なき身体に、温もりが宿ることなど無いのに。
 誘われ操られた者の瞳に、暖かな眼差しが宿ることなどありえないのに……。
 ……それでもうさぎはなき続ける。救いが訪れる、その日まで。
 ただ、純真に。
 ただ、果てることのない命を削り。
 銀誓館学園の片隅の、今は使われていない飼育小屋で……。

●そして、時の歯車が動き出す
 ……遠くからでも、聞こえていた。心を揺さぶるたぐいの鳴き声が。
 十秒もせず飼育小屋の扉を開き、うさぎたちと接敵できる位置へと到達し、柊暮・日景(真水の中でしか泳げません忍者・b02263)が忍者刀を抜いていく。
「……準備はいいか?」
 言葉とは、刀身に掘り込まれた龍の眼光とは裏腹に、瞳に力強い光は宿っていない。ただ、準備を整える動きの一つ一つは淀みなく、眉根を寄せているさまが、同情はすれども加減はしない意志を示している。
 同様に、同情の意志を表す者はいた。
「……そう言えば静音は怪談とか大丈夫?」
「大丈夫よ、苦手ではないわ」
 けれど、怪談に怯えている者はいない。
 エアシューズの調子を確かめている春宮・静音(バトルマニアレディ・bn0097)の返事を受けて、真紅のマントで朝の冷たい風をしのいでいる草凪・緋央(おひさまの申し娘・b24940)が安堵にも似た白い息を吐き出した。
 二人の会話に重ねる形で、ウォームアップをしていた草剪・ひかり(七色の虹を描く少女・b00540)が言葉を紡ぐ。
「実体化した怪談なんて、すでに怪談じゃないしね」
 両手を強く打ち合わせれば、心乱そうとしてくる微弱な鳴き声を僅かな時間だけでもかき消せる。気合さえ入れれば、今、この段階で、彼らがうさぎに惹かれることもない。
「さっ、さっくり倒して元凶の所に案内してもらいますか」
 各々の準備が整った事を確認し、花月・椿(月下に浮かぶは紅椿の花・b59068)が鮮やかに燃える赤手を鳴らし歩き出す。浅神・鈴(水天演舞・b54869)はその横を駆け抜けて、飼育小屋の扉を蹴破った。
 音で気づいたか、新たな来訪者……犠牲者の到来には敏感なのか、うさぎを温めようとしていた六人の児童が振り返る。
 一様に、瞳から光が失せていた。
 彼らに敵意を向けることもしなかった。
 ――寒い、冷たい、お腹が空いた。痛い、眠い、何か食べたい、寂しい……。
 代わりに、言葉が唱和した。
 六人一様の想いが、飼育小屋に足を踏み入れた者たちの動きを鈍らせた。
「……静音ちゃん、今回のキーパーソンだから……あんまり無茶しちゃ駄目よ?」
 深く息を吸い、動きの無駄を消し、ひかりは想いを跳ねのける。横に並ぶ静音を一瞥すれば、同様に抗うことができたよう。
「ふふっ、無茶な相談ね」
 不敵な笑みを浮かべたまま、静音は手前側の男の子を間合いに収めて立ち止まる。天井を、虚空を見上げ、たった今自分に影を宿らせた存在を見つめていく。
 緋央の隕石が、児童たちの中心に落下。爆裂し、熱き礫が一人残らず貫いた。中心で蹲るうさぎですら例外ではなく、煤けていた毛並みに赤が混じる。
 痛みを感じてか、抗うためか、震えるうさぎは顔を上げる。潰れた瞳で周囲を見まわし、半ばまで朽ちた耳を立て、更に大きくなきわめく。
 児童を導いた鳴き声で、彼らの心に手を伸ばす。
「自作自演のお涙頂戴なんて、お笑いどころか興醒めなのよっ!!」
 強い語調で払いのけ、ひかりはオレンジジュース――ペンキの代わりに用意できた物――をぶちまけた。
 薄汚れた白が、オレンジ色に染まっていく。
 アイデンティティたる色を奪われた対価として、日景の心が支払われた。
「回復、よろしく!」
 早速伸びてきた影の腕をナイフで弾き、後のことを仲間に任せ、鈴が手前側の男子の懐へと入り込む。傍らで足を振り上げた静音と呼吸を合わせ、霧影による分身を男子の背中へと回り込ませ、前後から掌底叩き込む。
 霧影と共に水が爆ぜ、男子の体が大きく震えた。
 振動を無理やり抑え込むようにかかとが落とされた。
 一手目を堅実に決めた彼女たちを労うように、偽りの感情をぬぐい去るために、暖かな風が狭い世界を満たしていく。
「お腹すいたのと寂しいのとから解放するのね」
 元気な笑顔を絶やさない烏森・メジロ(いつか月に行ってみたい・b26804)の言葉が、反撃の狼煙。再び緋央が杖を掲げ、浅井・正義(姫の守護者・b04924)が青いバラでうさぎを指し示す。
「ボクにできる精一杯の温め方だよ!」
「吸血鬼の逆十字、その身に刻め!」
 隕石が、再びうさぎを児童たちを薙ぎ払う。
 小さなクレーターから逆十字が発生し、傷口から命の証を吸い上げた。
 鮮紅に染まる十字架に、遠咲・奏(真暗闇メイド・b71970)が黒を混ぜる。
 血を汚し、蝕むための黒……黒燐蟲を弾けさせ、うさぎを児童たちを食い荒らす。
 既に、痛みを感じる心など無くしているようなのは幸いだっただろうか? 打倒、病垂愁一を願い心を強く保ってはいるけれど、あるいは願いにより強く保たなければならないほどだから、もし、更に苦しむ様子があったなら……奏自身、心動かされなかった保証などないのだろうから。
 無論、心を揺らされている者はいる。揺らされても、失態を取り戻すとの想いも混ぜ込んで、日景は龍の彫刻を影で隠した。
 鋭き切っ先は手前の男子の胸にするりと入り込み、瞳にかすかな光を取り戻させる。何かを語ることはなかったけれど、代わりに、影に宿る魔力に従い日景の傷を癒して消滅した。
「次は……誰や?」
 返事の代わりに、一人かけた児童たちから懇願の叫びが放たれた。
 言葉は呪縛となり、正義を椿を包み込む。
 逆十字を操る術を忘却した。
 赤手に宿り始めていた紅蓮が鎮火した。
「っ! 仕方ない、前に出ます!」
 呪縛を武器封じと読んでいたがゆえの、僅かな誤算。埋めるため、後衛を担っていた正義が前衛へと躍り出る。
「燃えちゃえっっ!!」
 いずれにせよやることは変わらない、と椿は赤手を振るい、次に狙うべき対象……目の前の女子に標を灯した。ついでとばかりにうさぎの魔力を裂帛の気合で耐え抜いて、仲間の攻撃を導くために一歩だけバックステップを刻んでいく。
「叫びが封術なのは好都合……かなっ!?」
 下がった先、何故か刃があった。
 焼けるような背中の痛みをこらえて振り向けば、瞳から光を失った日景の姿。彼が忍者刀を引き抜けば、椿の小さな体から血が溢れる。
「ちょーっと、下がりますね」
 素早く日景から離れた後、椿は後衛陣に紛れていく。
 日景は彼女を一瞥しつつ、最も近くにいるひかりに刃を向けた。
 ――そう、安々とはやらせない。
 メジロと静音が視線を交わした。
 優しい風が新たな風に引きこまれ、戦場を暖かな竜巻が支配する。
 四重にも束ねられた浄化の力が心を救い、日景に正気を取り戻させる。僅かではあるものの、椿の背中からも血が止まる。
 ――うさぎたちが持つ最大の攻撃、偽りの勘定によるパーティーアタックも、逐次治療すれば問題ない!
 それでも児童は言葉を紡ぐ。想いを束ねて合唱する。
 うさぎも鳴き声を響かせる。世界を満たす温もりなど知らぬかのように――。
 ――そう。久方ぶりの温もりが、飼育小屋を満たしていた。戦いの熱が、優しい風が、冬の朝を温めてくれていた。
 気づかないのは、とうの昔に忘れてしまっているから。
 温もりが何なのか、忘れてしまっているからなのだろう。
 だから、温もりを忘却の彼方から救い出すために、心を暖めるために、彼らは抗い続けていく。
 防具の加護も意志に変え、刃を振るい続けていく。
 病垂愁一へと到達するために。
 望まぬ形で現出した怪談ゴーストを、安らかな眠りへと導くために……。

●悲しみうさぎは動けない
 悲しみが、また一つ霞と消えた。
 助けて、とは紡がれない心の叫びが、救われぬまま消滅した。
 否。
「穿て、水刃!」
「あ……」
 呪縛からの、現世からの解放こそが救いなのだろう。
 正義の水刃に貫かれた幼い男の子が小さな声を、懇願以外の言葉を漏らして闇に溶ける。
 仲間が倒されたのに、残る二人に変化はない。あるいは倒されたからこそ、残る二人も更に強く嘆き叫んだ。
 うさぎも負けじと張り上げて、彼らの心に喰らいつく。
 冷たい心を溶かすため、静音が全てを吹き飛ばす。
 天井を越え、群青色のはるかな空へと、暖かな風で巻き上げる。
 浄化の願いで、冷気を優しく温める。
「これで打ち止め、メジロさん、後をお願い」
「任されたのね。みんな、安心して戦うの!」
 抱く力は劣るけど、弾数は静音以上に十二分。
 メジロは気負った風もなく、元気な笑顔で拳を握る。竜巻の失せた飼育小屋が冷えぬよう、暖かな風で満たしていく。
 未だ、思い出す様子はない。
 温もりに抱かれてなお、児童はうさぎは泣き続ける。逆十字を召喚した正義の心に、冷えた感情を植えつける。
「大丈夫、あたしがついてるの!」
 担った通り、すぐさまメジロが浄化した。
 叫びに抗いきれなかった奏も心を救われて、静かな吐息を漏らしていく。しかし、うさぎの呪縛が強固なことも知っているからすぐに気を引き締めて、うさぎの左手側に佇む幼女に刃を向けた。
「……はっ!」
 煌く切っ先に導かれ、静音が高く飛び上がる。
 飛び越え背後へと回りこみ――赤手を凛を輝かせる椿と視線を交わす。
 呼吸を重ね、暴風宿りし膝を紅蓮に輝く赤手を叩き込む。
「……」
 送り火に導かれ、また一人、児童が温かな世界へと回帰した。
 敵意、それとも鎮魂? 残された男子児童は更なる声を、更なる救いを求めて張り上げる。
 奏は唇を強く噛み締めた。鉄の味すら飲み込んだ。
「負けるわけには……行かないんです!」
 再び輝く切っ先で、仲間に標を与えていく。
 仄かな標に導かれ、鈴が男子児童の背後へと回りこんだ。ひかりは正面へと飛び込んだ。
 背中に大きな紅葉が咲いた。
 体がくの字に折れ曲がった。
 けれど、恐らく正気を取り戻した!
「後は……!」
「うさぎだけ……!」
 狂気から解放された男子児童は眠りにつく。残されたうさぎは相も変わらず鳴いている。
 春夏秋冬朝晩夕、ずっとそうして来たように。
 温もりを、食べ物を、人を、救いを求めてきたように!
「……負けるわけにはいかないんです。病垂愁一にも……あなたにも!」
 裂帛の気合で耐え抜いて、奏が半ばまで腐り落ちていた耳を切り飛ばす。
「助けて欲しいんだよね……絶対終わらせてあげるから!」
 魔法陣によって増幅され、蒼く輝く緋央の想いが、願いが、うさぎを焼き貫いた。
 蒼は長く小さな体に残留し、意味ある動きを奪っていく。
 鳴き声をも奪っていく。
 だから、震えた。
 震えることで、己を精一杯主張した。
 ――どうして苦しいの? どうして無視するの? 構ってよ。ねぇねぇ、ボクに構ってよ? 昔のように構ってよ。撫でて笑ってよ。言葉を聞かせてよ。ねえ、ねえったら……。
「これは……アカン、夢に見そうや。……ごめんな」
 心を、刃を、日景は影に隠していく。
 曇りなく忍者刀を一閃し、もう片方の耳も切り飛ばした。
 ――それで、おしまい。かなしみうさぎは、いなくなる。
 アイデンティティを奪われて、うさぎは大きく跳ね上がる。
 呪縛から解き放たれた勢いのまま、初めて飼育小屋を走りだす。
 戦士たちは道を開けた。小屋の外にわざと逃がした。
 先にはきっと、病垂愁一がいるはずだから。
「……ひかりのおかげで、楽に追えそうだね。足跡もくっきり残ってるし」
 標はひかりのオレンジジュース。見失っても、きっとベトベトが導いてくれるはず。
 鈴を筆頭に、彼らは新たな戦場へといどむため、飼育小屋を脱出する。人気の失せた飼育小屋はわびしき静寂に包まれたけど……一度抱いた温もりはもう、消えない。
 新たな動物を迎え入れたなら、両手を振って歓迎してくれるだろう。
 ――かなしみうさぎはもう、いないのだから。
 だから、今は……彼らの無事を祈ろうか。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/01/11
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