いじめられっこのバラード


<オープニング>



「そう言えばよー、知ってるか」
 カレの声が僕の耳に入るたびに僕はびくりと肩を震わせてしまう。条件反射だ。
「あん、なんだよ」
 カレの取り巻きの一人がだるそうに聞き返す。
「この学校の怪談さ。聞いたことねぇか」
「ああ、知ってる知ってる。アレだろ、真夜中の屋上。そこに行くとむかつく奴を殺せるってやつだろ」
「そうそう。俺さー、この話聞いてから気になっちまってさー。丁度いるじゃん、ほらあそこの隅で暗そうにしてるやつ、アイツむかつくだろ」
「確かになーでも、それでもし本当に死んじまったら俺らのパシリいなくなっちまうぜ」
「大丈夫、大丈夫そんなのいくらでも代わりがいるだろう」
「確かにそうかもなー」
 ゲハハハと品のなく笑うカレら。僕はただうつむいて、じっとするだけ。ふと、僕の目の前に誰かが立つ気配がする。きっとカレだ。
「お前のことだぜぇ、義武」
 頭を乱暴に掴まれて、僕はカレと目があう。
 体中にピアスをし、髪は染色し、気の強そうなつり目。カレの吐く息はタバコくさい。
「おい、黙ってないで何か言えよ」
 ニヤニヤしながら僕の胸倉を掴むカレに、「黙れ、クズ」そう言ってやりたい。けれど現実は。
「……いたいよ、は、離して……」
 どうして僕はこんなに情けない事しか言えないのだろう。
「んー? よく聞こえねぇ……なッ」
 僕はそのまま放り出されて、机に激突する。
 テレビではよくこんな出来事があると、女の子が悲鳴をあげたりするものだけれど、そんなことはとうの昔になくなってしまった。今では僕がここから飛び降りても誰も悲鳴を上げたりなんてしないだろう。それくらい、僕がこうなってしまうことにクラスは慣れてしまったんだ。
 ガララと扉が開く音と一緒に先生が入ってきた。
「ほら、授業始めるぞ。早く座れー」
 先生も同じだ。僕のことなんて知ったことじゃない。何度もこのことについて相談したのに、見て見ぬふりだ。
「じゃあ義武、明日屋上に来いよ」
 カレらはそう言い残して教室から去っていく。その様子を先生が止めるわけでもなく、授業はただ機械的に始まるのだった。
 先生もそうなら、親もそうだ。僕が傷や痣を作ってきても今じゃなにも気にしなくなった。昔は色々と動いてくれたらしいけれど、そのたびに僕のいじめはエスカレートしていった。
 だから、考え方によっては今の方がいいのかもしれない。
 僕は誰からも相手にされない。それが一番幸せなのかもしれない。それなのに僕はどうして学校に来ているのだろう。家に引きこもっていた方が楽なんじゃないか。
 そんな考えがよぎるたびに僕は学ランの内ポケットに手を入れる。
 そこには鋭利なナイフが鞘に納まっている。
 そうだ、僕にはこれがあるんだ。これさえあれば、あんなやつらなんて……。


 その日の深夜、僕は学校の屋上へと続く扉の前に来ていた。なぜかはわからない。けれど、カレらに連れて行かれる前に一度ここに来なくてはならない、そんな気がしたんだ。
 屋上へと続く鉄製の扉を押す。鍵はかかっていないようだ。僕は更に力を込める。
 ギギギと重苦しい音を上げながら、扉はゆっくりと開く。冷たい夜風が校内に入り込んでくる。
 僕は一歩前に踏み出す。学校の向こうにある街の明かりのお陰で、屋上の大体の様子はわかる。
 右を見る。左を見る。
「なにも……ない」
 やっぱりアレはただの噂だったんだ。ホッとして、視線を戻した時だった。
「ひッ――!」
 何かが視線の先にいる。人だろうか。こちらに向かって手招きをしているようにも見える。僕はそれに誘われるように近づいていく。近づくにつれてそれは人だという事がわかる。しかし、ただの人ではなかった。
 右足に鎖を巻きつけ、虚ろな目をした男の子だ。僕らと同じ制服を着ているようにも見えるが、ボロボロで血にまみれているから、そうだとは断定ができない。
「コロす……」
 男の子が僕に掠れた声でそう言った。
「え……?」
「コロす……」
 『殺す』そう言っている。ということは、噂は本当だったんだ。
「コロす……」
 このままでは、僕が殺されてしまう。どうすれば。僕の手は内ポケットに運ばれていた。そこにはいつも変わらずナイフが収められている。
「います!」
 そうだ。いる。僕には殺してほしいヤツがいる。僕の代わりにそいつを殺してもらえばいいんだ。
「います! 名前は隼人! 明日必ず連れてきます。だからそれまで待っててください!」
 僕はカレの名前を口早に言うと、すぐさま校内に向かって駆け出した。
「そうだよ。カレが死ねばいい。僕よりもカレが死ねば……」
 ハハハと笑いが漏れる。これで僕はカレから自由になれるんだ。


「集まったわね」
 野乃原・咲耶(高校生運命予報士・bn0285)は集まった能力者らに一礼をする。
「今回は地縛霊の退治よ。ただ……単に退治すればいいというものじゃないのだけれどね」
 咲耶の雰囲気は鋭利な刃物を彷彿させるものだ。
「現場は茨城県にある中学校の屋上よ」
 そこに地縛霊がいるのだという。
「その学校には夜中の屋上に行って、殺したい人の名前を呼べば、その呼ばれた人は死ぬという噂話があったの。今まではそんな噂話誰も信じてはいなかったし、夜中の屋上に行くような人もいなかったのね」
 しかし、今回その噂話を実行してしまった人物がいたのだ。
「それが今回の犠牲者の一人、義武くんよ」
 義武は学校でいじめられている男の子だ。体力も学力も平均より少し低いおとなしい感じの男の子。それだけの理由で義武は小学校の頃からずっといじめられ続けてきた。
「そして、その義武くんが殺したい相手というのが、隼人くんよ」
 隼人は義武をいじめているメンバーの主犯格であり、小学校の頃からずっと義武をいじめ続けていた。いじめの内容は多岐にわたるが、最近激しいのは、暴力と使いっ走り、カツアゲなどだ。義武とは正反対で体力体格は高校生に引けをとらず、それを活かして学校内ではワルのトップとして君臨している。
「今日の深夜、義武くんは隼人くんの言うことを聞いて二人で屋上に現れるわ」
 義武が「殺したい相手と二人っきりにならないと、噂は本当にならないみたいだよ」と隼人に説明すると、隼人はそれを了承してとりまきたちは学校にもこないように指示をしたようだ。もちろん、義武をサンドバックにして、とりまきたちを好きにさせてから。
「屋上に現れた二人はそこにいる地縛霊と出会うは、そしてそこで……」
 咲耶は言葉は歯切れが悪い。
「そこで、隼人くんは地縛霊に殺されるわ、そして、隼人くんが殺された後は……義武くんも……」
「けれど、けれど、まだ間に合うわ。今から現場に急行すれば、二人が地縛霊と出会うところで乱入することができるはず……だからお願い。なんとしても止めて頂戴」
 咲耶はそこで一度頭を下げて、そして軽く息をついた。
「それじゃあ、屋上や地縛霊についての説明ね」
 おそらく戦いの場となるのは屋上だろう。障害物は特にないが、幅三十メートル、奥行き四十メートルと縦長な場所となっている。地縛霊が現れるのは、屋上の入り口から一番離れたところ、つまり入り口から地縛霊の場所までは三十メートル離れている。一方、犠牲者となる二人がいるのは入り口から十二メートル程の距離だ。
「義武くんと隼人くんはパニック状態に陥っていて、おそらくその場から動かないわ。具体的には隼人くんが義武くんに掴みかかっているって感じでしょうね。一方義武くんもパニックになって暴れていると思うわ」
 まずはこの二人の保護が最優先事項となるだろう。保護する先も校内にまで連れていけば、あとは入り口さえ死守すれば、どうとでもなる。しかし、保護したからといって義武と隼人の二人きりにしてしまうのは二人の関係上あまりよろしくはないだろう。
「問題の地縛霊だけれど、戦闘となると援護ゴーストとしてリビングデッドが一体、現れるわ」
 二体のゴーストたちは隼人を殺そうとして行動をするようだ。
「地縛霊もリビングデッドも遠距離攻撃を持ってないのは幸いね。攻撃方法もそれぞれあまり種類がないわ」
 地縛霊は血まみれでボロボロになった学生服を着ている。攻撃方法は二つ。
 一つは目の前の相手を掻き分けるように暴れるもの。
 もう一つは呪いの力によって増幅された拳で目の前の相手を締め付ける攻撃だ。
 一方、リビングデッドは体の半分以上が腐敗しており、ほとんど人間の形だけといった様子だ。攻撃方法は目の前の相手に掴みかかってくる攻撃一つだ。
「確かにゴーストたちは離れた相手を攻撃することはできないわ。けれど、隼人くんと義武くんを優先的に狙おうとして行動するということをくれぐれも忘れないでね」
 それから、と咲耶は付け加えて続ける。
「二人を救出保護することができて無事解決できたのなら、義武くんにはもうこんなことは絶対にしないこと、隼人くんには義武くんに対するいじめについて諭してから解放してほしいの」
 もちろん、いじめの問題は簡単に解決ができる問題ではない。だからこそ社会問題教育問題となって、新聞マスコミを賑わしている。
 それでも、何もしないわけにはいかない。こうして運命の糸が繋がったのも何かの縁だ。言葉をかけてあげるくらいはできるだろう。
「もちろん、そういったことができるのは全てが解決してからよ。まずは、二人の救出、そして地縛霊の退治をお願いね」
 そういって、咲耶は能力者たちを送り出した。

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参加者
雨夜・銀(黒炎の能力者・b12558)
朝宮・りんね(白き黎明の守護者・b57732)
池水樹・菜種(風に笑む若草・b58360)
月姫・柚兎(想いを秘めた闇の刃・b60383)
水原・風戯(禍福の風・b64135)
ココ・スメンクカラー(恋人はラクダさん・b66981)
天宮・沙希(スケバン・b67479)
藤原・十織(蒼風の瞳の格闘少女・b76407)
遠野・英史(魔術師・b77804)




<リプレイ>


 開け放った屋上への扉から能力者らの目に飛び込んできたのは二人の男子学生。そしてその奥には地縛霊とリビングデッドがゆっくりと近づいてきている姿だった。
「おい、どういうことだよ!」
「うるさーい! 僕に触るな」
 隼人は義武の胸倉を掴んで前後に揺さぶる。その手を離そうと義武が暴れる。パニック状態の二人に、地縛霊は掠れた声をあげながら少しずつ近づいているのだ。
「二人とも!」
 朝宮・りんね(白き黎明の守護者・b57732)はブーメランを握り締めて、二人のもとへ走り出す。
「喋る時間が勿体無い。速攻で片付ける」
 雨夜・銀(黒炎の能力者・b12558)も二人の前に立ち、己の武器に黒燐蟲を宿らせる。
「二人には近づけさせない……止めて、おうさま」
 ココ・スメンクカラー(恋人はラクダさん・b66981)はおうさまに声をかける。おうさまは前へと進んで、地縛霊たちの進路に立ち塞がる。一方、ココと遠野・英史(魔術師・b77804)は校内へと続く扉を確保しつつ、自己強化も済ませる。
 地縛霊の進路が妨害されてもその歩みは止まらない。むしろ、邪魔が入ったと捉えたのか歩調を速める。
「十織よろしゅう」
 池水樹・菜種(風に笑む若草・b58360)が茨の領域でリビングデッドを締め付ける。その隙に藤原・十織(蒼風の瞳の格闘少女・b76407)が二人のもとに駆け寄り、二人の肩を掴んだ。
「おまえら離れろ! 立ってここから去れ!」
 十織の声にびくりと肩を震わせた二人。
「スケバンの怖さを、教えてやるよ!」
「綾は二人を見ていてくれ」
「これ以上は進ませない」
 天宮・沙希(スケバン・b67479)、水原・風戯(禍福の風・b64135)、月姫・柚兎(想いを秘めた闇の刃・b60383)が一斉に旋剣の構えで地縛霊たちに備える。
「な、なんだよ……お前ら」
 王者の風によって脱力した隼人は呆然としている。
「急いでここから離れましょ! ケロちゃん、後ろは任せたわ!」
「え、ええ? や、やめろ……よ」
 りんねは義武の手を引いて歩き出す。
「おまえも来い!」
 十織も隼人の腕を掴んで校内へと連れて行こうとする。
「るせぇ! 離せよ」
 校内に入ろうとした直前に隼人が十織の手から逃れようとする。だが、それを英史が止める。
「さっさと行きなよ。こいつは危険なんだからさ」
 英史は校内に向かって隼人の背中を強く押した。
「……ったく、イラつくんだよ」
 二人を見て、中学生時代を思い出した英史は苦い顔をしつつも雷の魔弾を放つ。


「柚兎お願い……」
「――任せろ」
 菜種の祖霊降臨を受けて、柚兎の右目の魔眼が地縛霊の切り裂き、その衝撃が体中を駆け巡る。
「オラオラ、お前の相手はアタシだよ!」
 沙希の手から放たれたタイマンチェーンは地縛霊に巻きつく。
「お、お、おおお!」
 地縛霊の怒りが沙希に向けられる。その隙を利用して銀の拳が地縛霊の体に打ち込まれる。
「あ……ああ」
 茨の締め付けに苦しむリビングデッドに向けて風戯は黒影剣を放ち、後方から綾が援護する。更におうさまが風戯の影から現れたかと思うと、突撃を敢行する。
 地縛霊は沙希に向かって腕を振り上げる。しかし、ココが穢れの弾丸で地縛霊の気をそらそうとし、菜種も動く。
「生者を惑わせんといて……おやすみ」
 茨が再び二体のゴーストを包み込む。
「雨夜、同時に仕掛けるぜ!」
 沙希は大きく跳び上がった。それに釣られて見上げる地縛霊。そこから重力とともに振り下ろされた剣を受け止めるが、その横っ面を銀のプロミネンスパンチが吹き飛ばす。
「ああああ!」
 悲痛な声をあげながら地縛霊はその偽りの生を終えた。
「元からいたゴーストが怪談になった、か。まあ普通はこっちだよなあ」
 嘆息をもらしながらも英史は雷の魔弾を残ったリビングデッドに放つ。茨に絡めとられているリビングデッドは避けることもできず撃ち抜かれた。
「行くよ! おうさま、風戯!」
「綾も頼むよ」
 ココが穢れの弾丸を放つ。綾も攻撃を放つ。その攻撃に乗じて、風戯とおうさまがリビングデッドに迫る。
「ぁああ!」
 リビングデッドが茨を振り払い、迫りくる攻撃に応じる。腕を交差して弾丸の傷を最小限に抑えるが、その上からおうさまから突撃して体勢を崩す。そこに綾の攻撃が命中して、リビングデッドの体がぐらりと揺れる。
「はああああ!」
 風戯の裂帛の気合とともにリビングデッドも真っ二つになり、戦いは一先ず終結するのだった。


 戦いが終わる少し前、りんねと十織は義武と隼人を連れて階段を降りていた。
「それで朝宮さん、どうします?」
 十織は隼人の腕を掴みながら、りんねに問いかける。
「そうね、あそこの教室はどうかしら。電気をつけておけばみんな気づくでしょう」
 りんねが指差したのは階段からそう離れていない教室だ。十織が頷き、四人は教室に入る。
「いいかげん、離せよ!」
 隼人は乱暴に十織の手から逃れようとするが、その手はぴくりともしない。
「女と思って甘く見るな!」
 その言葉は隼人と義武二人を震わせるには十分だった。
「安心して。あなたたちは絶対に守るから」
 震える義武にりんねは優しく言い聞かす。
「ぼ、僕……」
「うるせぇんだよ。少し黙ってろ」
 義武の言葉を遮るように隼人は言い放つ。それを咎めるように十織は隼人を睨みつけて、隼人を近くの席に座らせた。一方、義武はその場にしゃがみこむ。
 二人はお互い話は聞こえるが手は出せない距離にいる。
「これから……どうなるの」
 義武の問いにりんねは天井を見上げた。頭の上に乗っていたケロちゃんが慌ててリンネの髪に捕まる。
「そろそろ、終わった頃か」
「そうね、そろそろ――」
 そう言ったところで戦いを終えた能力者たちが教室に続々と入ってきた。
 これからが本番である。


 初めに行動したのは英史だった。義武の前にしゃがみこむ。
「別に今回のあんたの行動を責めるわけじゃない。ああしてなきゃ、あんたはアレに殺されてた」
 英史の言葉に義武は震えを更に強くする。
「なんだったんだよ、アレ」
 隼人も今更のように震える。
「よかったじゃないか、あんたアレが出てくるの期待してたんだろ」
「よくねぇよ」
「僕はアレを倒しに来ただけだ。あんたが自分のまいた種でどうなろうが知ったことじゃない」
「自分がまいた種って――」
 隼人は言葉の途中で上を見上げた。
「お前にちょっと話がある」
「んだよ」
 そこには柚兎が立っていた。逆らうように隼人も立ち上がる。
「歯を食いしばって聞いてくれ」
 柚兎が言い終わるか否か、拳が隼人の頬を打っていた。
 後ろに吹き飛ばされる隼人。深夜の学校に机や椅子が倒れる音が響く。
「ってぇな!」
「柚兎!」
 隼人を殴った柚兎は今にも泣きそうな菜種と目が合う。
「痛いか? この程度が」
 菜種への視線をかさぶたをはがすように外して、隼人を見下す。
「身体の痛みはいつか治る。だが心の痛みは治らん。お前のその痛みなど、刹那のものに過ぎない」
「なに、訳わかんねぇこと言ってんだよ!」
 柚兎に飛び掛る隼人を十織が止める。
「お前は、この程度の痛みなど比にならんほど、痛い思いをさせてきたな。そして追い詰めてきたな」
「はあ? 誰をだよ」
 隼人は十織の腕を振り払うと、柚兎と距離をとって座る。
「彼だ」
 柚兎は義武を指差す。
「は? 俺、あんなやつに何もしてねぇぜ」
 拳を再び作る柚兎だが、今度は菜種がその拳骨にそっと手をそえて首を横に振る。そして、沙希が隼人と向かい合う。
「てめぇ、何いきがってるんだよ」
「んだよ、黙れ」
 挑発的な態度の隼人に沙希は隼人の隣にある机を叩いた。
「弱い者いじめしかできないくせにワルを名乗るな! シメんぞてめぇ」
 本能的に沙希の強さを感じ取ったのか少し萎縮する隼人。
「ワルなら強いワルを相手にしろ!」
 鼻を鳴らして沙希は義武のほうに近寄る。
「おまえも、そんなんでいいのかよ」
 床を見続ける義武は体をこわばらせる。
「親も先生も友達も助けてくれないって? 甘えるなよ」
 じっと動かない義武に沙希は更に言葉を続ける。
「自分の運命を変えられるのは自分だけだ、周りはそれを助けるだけなんだよ。てめぇ自身が諦めてて何が変わるってんだ!」
「天宮少し言いすぎじゃ……」
 本人を否定するつもりでない風戯はやんわりと止めようとする。だが、義武は顔をあげた。その顔は沙希を真っ直ぐに睨みつけている。その瞳は恐怖と怒りが入り混じっている。
「そうだよ、てめぇにはそう言ったものが足りないんだよ」
「あなた……な、なんか、に……」
「死ぬ気で化け物と相対する気があるのなら生身の人間ぐらい死ぬ気でぶつかって運命を変えてみろや!」
 沙希の言葉に義武は歯をくいしばった。悔しいからではない。沙希に向かって体当たりしたからである。
 突然のことで沙希もよろける。しかし、義武はそこで止まらない。手を制服の内ポケットに突っ込む。
「うわああああ!」
「やめなさい!」
 菜種の声が教室に響く。りんねが義武と隼人の間に入る。ココと銀が義武を両側から押さえつける。制服から出てきた義武の手にはナイフが握られている。
「は、離して、離せ!」
「落ち着きなさい! そんなことをしてもなにもならない!」
 ケロちゃんがりんねの頭から飛び降りて、二人に押さえつけられながらも暴れる義武からナイフを奪い取る。
「な、なんだよ……」
 隼人は乾いた笑い声を上げながら、ケロちゃんがくわえるナイフと義武を交互に見る。
「おい、なんだよ! おまえ、これ!」
「見ればわかるだろ」
 銀の言う通り、義武が隼人を狙っていたのは明らかだった。
「義武、てめぇ」
「殺してやる!」
 ガタンと乱暴に立ち上がる隼人に負けじと吼える義武。
「あんたが怒るのか」
「あなたに彼を責める資格があるの?」
 英史とりんねが同時に隼人の前に立って問いかける。
「なんだよ、俺は被害者だぜ! 俺は何もやってねぇだろ」
「確かに彼のしたことは褒められたことではないわ」
 そうだろうと隼人は二人を鼻で笑う。だが、義武は二人の拘束を振り払おうと暴れながら言い放つ。
「やった! おまえが、おまえが……殺してやる! 殺して――」
「やれるもんならやってみろ! 逆に俺がお前のこと殺してやるよ!」
「このおおお!」
「――もうええ!」
 すべてを打ち消すように菜種が叫んだ。その顔は涙に濡れている。
「もう、ええんよ……」
 菜種の言葉は静寂を引き寄せる。
「いじめはあかん、殺すんもあかん……理由をすぐには言葉にできんかっても、それは心震う、とても大切なことなんよ……」
 菜種は静かに義武の制服からナイフの鞘を抜き取ると、ケロちゃんからナイフを受け取った。
「こんな、物持って……これが心のお守りやなんて……」
 菜種の声だけが静かな教室を支配する。
「辛かったんや、本当に、辛かったんや……」
 義武の心の声を代弁するように、隼人にゆっくりと語りかける。
「でも、それでもやったらいかん事、あるんよ」
「ああ、そんな事をしても自分がもっと苦しむだけだ」
 菜種と柚兎の言葉に義武は落ち着きを取り戻す。
「ナイフを手にした時点でコイツと同類だ」
 十織の言葉に義武の表情はこわばる。
「確かに今回はあまり良い方法じゃなかったけど君は状況を変えようと行動できたじゃないか」
 風戯は義武を真っ直ぐ見つめて頷いた。
「誰でも何かを変える事はできると思うよ」
「上手く言えないけど……少しの勇気で、何か変わると思う。今日みたいな暴力じゃなくて。俺でよかったら愚痴とか言っていい、よ」
 風戯とココの言葉で義武の表情は少しずつ柔らかくなる。
「んだよ! 俺がそんなにひでぇことやったってんかよ」
 自分が悪者ムードを感じ取った隼人はふてくされる。
「あなたがそうだとわからなくても、彼をそこまで追い詰めたのは誰?」
 りんねの言葉に隼人は詰まる。そこに英史が追い打ちをかける。
「あんた、なんで自分がこんな目に遭っているのか考えてないのか?」
「ハッ、だから全部こいつのせいだろ」
「じゃあ、どうして義武はこんなことしようとした?」
 ココの問いに再び隼人は黙る。
「くだらないな……なんでほんの少しでも相手の気持ちを考えることができないんだ?」
 風戯の言う通りだ。本当に少しでも相手の気持ちを考えることができれば、こんなことにならなかっただろう。
「あんたさ、その気になればそれで何時でもこいつを殺せたはずだよ。どうして今までそうしなかったのさ」
 英史は再び義武に問いかける。
「だって……」
「悪い事だもんな」
 沙希の言葉に義武は頷いた。
「ぼ、僕……辛かった、アイツやみんなの言いなりになったり、殴られたり、蹴られたりするのも……それなのに、誰も助けてくれなかった。僕はただ普通にしていたいのに……」
「義武……」
 義武の悲痛の訴えに隼人は少しだけ表情を変える。彼は今まで義武の気持ちを聞いたことがなかったのだ。
「私の亡き父の言葉だ、『力の使い方を誤れば人は獣になる』私には今のおまえは獣にしか見えない。周りの者たちも同じ目で見てることに気づくべきだな」
「周り……」
 十織の言葉を隼人はゆっくりと繰り返した。そして、ハッとした表情で次第に顔を赤く染めていく。彼は気づいたのだった。周りからの視線を。普段の学校では浴びたことのない、呆れや怒りのような視線を。
「俺……もしかして……」
「悪意を向けられる怖さは分かったはずよ、そして、周りの目というのも。それでも尚、彼に悪意を向け続けるつもり?」
 りんねの言葉に隼人は唇の端を噛む。
「ねぇ……本当に、欲しい物、やりたい事、やった? こんなになるまで……哀しいよ、あなたが……! 辛かったん、あなたも……」
「俺は、やりたかったの、か?」
 菜種の言葉は砂漠に零れた一滴の水のように、隼人の心に染み渡っていく。彼は今初めて自分が間違いを犯しているのではないかという考えが生まれている。しかし。
「違う! 俺は、俺は……」
 隼人は駆け出した。まるで自分が見たくないものでも見つけてしまったかのように。止める間もなく隼人は教室から出て行ってしまった。
「やはり、簡単にはわからないのか」
 風戯はため息交じりで開けっ放しのドアを眺める。
「ねぇ義武くん、キミ銀誓館学園に来ないかい?」
 今まで口を開かなかった銀が義武の前に座って問いかけた。
「銀誓館学園?」
「ああ、人生は一度きりだ。なら、思い切り楽しまなきゃ、勿体無いでしょ? 僕には今キミが居る場所や、周囲の人たちが、キミにとって何もメリットも無いと僕は思うんだけどねぇ」
 銀の言葉を義武は口の中で何度も繰り返す。そして、答えた。
「ごめんなさい……僕、もう少しここで頑張ってみたいと思う」
「そうか……」
 少し残念そうに銀は背中を向けた。
「僕、もう少しだけ頑張ってみる……自分の力で変えてみたい……と思う」
 そう言った義武の表情は少しだけ明るかった。


マスター:星乃彼方 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/02/09
得票数:カッコいい1  ハートフル6  せつない7 
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