フェンリル撃破作戦:毒炎のアリル


   



<オープニング>


「ヨーロッパから帰ってきた能力者の話は聞いた?」
「ネジ抜き成功したんだよね!」
 ――ヨーロッパの処刑人達の世話をしていた老女がメガリス『ニーベルングの指輪』によって操られている。
 聖女・アリスによって知らされたその事態が解決した。吉報に咲村・好香(庶民派ヴァンパイア・bn0271)が歓声を上げる。
 彼らは老女のみならず、同じくネジを埋め込まれていた妖精郷のヤドリギ使いの長、妖精郷の運び手・ラプンツェルや、アリスと同じ人狼十騎士の一人、狼使い・ローラのネジを抜く事にも成功したそうだ。
「でも、あたしたちが集められたってことはそれで一件落着じゃないんだよね?」
「そうなるね」
 視線を受けて頷く津麦・奏流(小学生運命予報士・bn0257)。
 顔を上げた奏流は眼鏡のつるを押さえ、ゆっくりと一同を見渡した。
「洗脳を解かれた彼女たちが教えてくれた。欧州人狼、いや、清廉騎士・カリストは……」

 ――20体に及ぶフェンリルを動員する、大戦争を行おうとしている。

「……っ!?」
「フェンリルってすっごく強いんでしょ!?」
 好香が緑の瞳を見開いた。
 以前フェンリルが姿を現したという戦いには参加していないが、その脅威を話に聞いたことはある。
「そんな戦争が起こったら……」
「ヨーロッパの世界結界に深刻な影響があるだろうね」
 最悪、ヨーロッパ全土が日本同様にシルバーレインの降る地になるかもしれない。
 硬く張り詰める空気。周囲を沈黙が包み込む。
 好香が窓の外を睨んだ。
「放っておけないよね」
「そう、だから……皆の力を貸してほしい」
 縹色の瞳がまっすぐに能力者たちに向けられた。
 向かうはビャウォヴィエジャの森。
 召喚されたフェンリルは森の奥に1体ずつ配置されている。
「フェンリルの居場所までは、協力者の人狼が案内してくれるよ」
 狼使い・ローラが他の人狼騎士は近づかないようにしてくれている。その間にフェンリルを各個撃破するのが今回の作戦だ。
「フェンリルの能力はローラさんが教えてくれた」
「前に出てきたのとは違うの?」
 好香の問いには頷きを返す。
 手帳をめくる指に視線が集まった。
「皆に倒してもらう個体の炎には毒がある」
 攻撃手段は3つ。
 ひとつ、直線の敵を焼き尽くす毒炎。
 ふたつ、吐き出す息は地獄の瘴気のごとく、扇状に癒えにくい毒をまき散らす。
 残るは体を覆う破壊のエネルギーの一部を弾丸に変えて爆発させる技。
「腐った玉葱みたーい」
 好香の眉間にしわが寄った。
「その例えはよくわからないけど……じゃあ『アリル』とでも呼ぼうか?」
「何それ」
「玉葱の臭気成分」
 正しくは硫化アリル。
 張り詰めた空気を和らげるように奏流は肩をすくめた。
「フェンリルは20体もいるから、識別名があったほうが混乱しないかもしれないし」
「それは確かに。で、そのアリルは弱点とかないの?」
「残念ながら」
 奏流の首は左右に振られる。
 攻撃力、能力とも高いレベルでのバランス型。そこは人工島に現れたフェンリルと変わらない。
 いやがおうにも長期戦の覚悟が必要だろう。
「特に知恵が回るわけじゃないのがせめてもの救いかな」
 より多くの敵を巻き込めるように、あるいは自身を大きく傷つけた者を優先して攻撃するはずだ。
「それと周囲にはゴーストウルフがいる」
 戦場となる範囲にいるのは4体。
 アリルのいる広場の入り口付近に陣取っている。その牙は決して侮れない威力ではあるが、攻撃方法自体はかみつきのみとシンプルだ。
「それ先に倒せってこと?」
「ううん。ローラさんのおかげで、アリルとゴーストウルフは『こちらから攻撃を仕掛けない限りは』いくら接近しても攻撃してこない」
 いずれか1体にでも攻撃をすれば、それが戦闘開始の合図となる。
 アリルを倒すことができれば残りのゴーストウルフは四散する。全ての敵を倒さずとも撤退は可能だ。
 広場はフェンリルの巨体があってなお戦うに十分なスペース。
「アリルを挟んで正反対の位置だと、支援が届かなくなるから気をつけて」
 相手は10階建てビルに匹敵する大きさなのだ。
 配置、最初の狙い。
 それらを考えて作戦を立ててほしいと奏流は一同を見渡した。
「かなり危険な作戦になる。十分に気をつけて」
「カリストにヨーロッパを好き勝手させるわけにはいかないもんね」
 縹色の瞳に映る不安を打ち消すように、好香は力強い笑みを浮かべる。緑のリボンを翻して振り向けば、30人の仲間たち。
「やれるよ、あたしたちなら」
「うん。――皆なら大丈夫だって、信じてる」
 ゆっくりと瞬きして開いた瞳から陰りは消えて。
 奏流は微かな笑みとともに能力者たちを送りだした。

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参加者
戒・蒼魔(戒刀乱魔・b02671)
淵叢・雹(操炎・b06055)
東野・桜(暁に舞え煌きの散華・b07659)
撲・殴子(真ファンガス共生者・b15466)
草壁・志津乃(白鳥奏歌・b16462)
リュクサーリヒト・ユーバー(夜想玉兎・b23319)
白夜・赤(心燈と共に燃ゆ焔・b25774)
桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)
倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)
遠座・藍(曖色絵草子・b37650)
カイン・バクスター(リジェネレーター・b38889)
琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)
静島・茅(果敢な紡ぎ手・b45688)
イセス・ストロームガルド(己を識る旅路の道半ば・b47362)
八重咲・凛々花(月夜に咲く桜花・b51904)
アストラム・ヒッペアス(銀色の疾風・b52617)
フォア・メルヴェイユ(星詠の謳・b53391)
遊行寺・一紗デルレイ(世紀末一般人・b53500)
メイベル・ウェルズ(月下の玉座・b54806)
浅神・鈴(水天演舞・b54869)
久留宮・沙希(紅雷の仕手・b55661)
ファリューシング・アットホーン(宙翔る双頭の鷲の子・b57658)
八塚・辰房(幻龍舞踏・b59657)
舞城・笑弥(運命に抗う娘・b59830)
フィーナ・レッドスプライト(最古のまじゅちゅし見習い・b61192)
芝村・蒼(遺された想いとともに歩む者・b63422)
氷冴・紫月(聖夜崩落・b63543)
雉橋・希平(斜に構えて縦に断つ・b68659)
リーゼロッテ・ヴューラー(ブラウニー・b72505)
レナ・クロニクル(豊穣のつぼみ・b79197)
NPC:咲村・好香(庶民派ヴァンパイア・bn0271)




<リプレイ>

●静かなる森に
 その森に入るときにはふたつ、決まりがある。

 ひとつは「何ひとつ奪ってはならない」。
 もうひとつは。

「何ひとつ置いていってはならない」

 人間の作った決まり事だ、と案内を買って出た人狼が教えてくれた。
 来た道を振り返り、遠座・藍(曖色絵草子・b37650)は顎に手を当てる。
「確かに、それは破るわけにいかないね」
 声は淡々と。けれど確かな意志を宿して。
 置いていかない。
 誰一人、欠けてはならない。
「……行こうか。十全を期し、後はそれを実行するだけの事だ」
 遠回しの激励をよこした人狼はすでにおらず、視線は再び前を向く。
 誰ともなしに頷く気配。
 ――泣かれるのは苦手だから。口の中で呟く藍。
「必ず帰るよ。皆、揃って」
 道なき道の、それでも入口と呼ぶにふさわしく離れた2本の木の間を通り抜ける。
 左右の木の根元で丸くなっていたゴーストウルフが耳をそよがせた。
「……っ」
 思わず足を止めたのは撲・殴子(真ファンガス共生者・b15466)。宝石のように輝く瞳がゴーストウルフの挙動をつぶさに見つめる。
「人工島以来ですね」
 わずかに紅潮する頬はいとおしさゆえか。
 瞳に笑みをにじませながらカイン・バクスター(リジェネレーター・b38889)が軽く肩を叩いた。
「あまりフェンリルを挑発しないようにいきましょう。自然に、当然のように、ね」
「迂闊に刺激してローラの協力を無下にするのは得策ではないからな」
 戒・蒼魔(戒刀乱魔・b02671)の言葉に殴子はわかっていると頷いて、拳を強く握り締めた。
「カリストからゴーストウルフを解放する為、例え愛しい存在と伝説の魔獣が相手でも今こそ積み上げた全てを賭して戦う時です……!」
 カリストとゴーストウルフの関係についてつっこむ野暮はここにはおらず。
 なんであれ、強い意志を持つことは重要だ。
 この、そびえる破壊の権化と向き合おうというのだから。

「でかいな……」
 息をのむカイン。
 天頂を見上げるほどに首を曲げなければ、爛々と輝く双眸を視界に収めることもかなわない。
 炎のようにくゆるエネルギーが彼の毛皮。
 破壊のためだけに生まれし異形。
 ただそこにあるだけで、押さえつけられるような威圧感が能力者たちを襲う。
 寒さとは別の理由でレナ・クロニクル(豊穣のつぼみ・b79197)の体が震えた。ここにいるのは危険だと頭のどこかで信号がともる。
 それでも、踏みとどまる。あとずさりなどしない。
「完全体フェンリルか。こうして実際に見るのは始めてだね」
 喉を鳴らしてフォア・メルヴェイユ(星詠の謳・b53391)は背筋を伸ばした。
「これが20体、凄い話です」
 草壁・志津乃(白鳥奏歌・b16462)の唇から吐息が零れる。フォアのルビーレッドの瞳がきらめいた。
「清廉騎士カリスト、改めて危険な存在だと認識したよ」
「暫く動きが見えないと思ってたら、こんな事企んでたか」
 虚無のうろに瞬く赤と青の光を見上げて、琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)は拳を握る。
 冷たい風が吹き抜けて、志津乃の黒髪が揺れた。
「そうまでして一体何を目指すのか分かりませんが……世界結界の破壊、やらせる訳にはいきません」
「他にもまだ何かあるのかもしれないけど、今は目の前の脅威を叩く!」
 つかさの瞳は強い意志を湛えて、アリルと名付けたフェンリルを見上げた。
 淵叢・雹(操炎・b06055)の指が煽られた前髪を押さえる。
「昔は生命賛歌と弱体化でようやく倒せたのよね」
「私が入学したての頃に一度戦った事があるけど、弱体化前は惨敗だったわね……」
 桜庭・柚樹(寒緋桜の雪夜叉・b32955)が小さく頷いた。
 あれから3年と少し。流れた月日でどれだけの力をつけられただろうか。
 かつては1体のフェンリルを倒すために儀式をつぶして弱体化させ、学園総出であたる必要があった。
 雹の瞳が僅かに細められる。
「そんな相手に、真っ向勝負できるなんて私達も強くなったものね」
 今ここにいるのはサポートの要請に応じてくれた能力者をあわせても35人。
 それで完全体のフェンリルを相手取ろうというのだ。八塚・辰房(幻龍舞踏・b59657)は強気の笑みで仲間を見渡した。
「ちょっとばっか骨が折れそうだな。だが、俺達は負けはしない! なんせこれだけ多くの頼もしい仲間がいるからな」
「今度こそは負けないわ」
 静かに頷く柚樹。
 今の自分たちには、それだけの力があるはずだ。
「一人だと心細いかもしれないけど皆と一緒なら大丈夫」
 久留宮・沙希(紅雷の仕手・b55661)はぐっと唇を吊り上げた。
 ともすれば気圧されそうになる強大な力を前に、それでも笑ってみせる。
 舞城・笑弥(運命に抗う娘・b59830)に真ケルベロスのヤツフサが寄り添った。ぬくもりが身を奮い立たせてくれる。
「……臆してはいられません」
「フェンリルが大規模戦闘に投入される前の、今が絶好の機会」
 静島・茅(果敢な紡ぎ手・b45688)の腕には真紅の赤手。
「協力して下さる人狼騎士の皆さんや、ここまで調査を進めてくれた銀誓館の仲間、アリスさんの努力に報いる為……そして、カリストの目論見の裏に潜むものを見定める為に」
 きつく拳を握る。リュクサーリヒト・ユーバー(夜想玉兎・b23319)はまっすぐに前を見た。
「必ず、やり遂げましょう……!」

●嵐の前の
「……58、59、セット」
 雉橋・希平(斜に構えて縦に断つ・b68659)の声に合わせて全員の指が動いた。
 35人の時計がぴたりと重なる。
 顔を上げた一同はぐるりと互いの顔を見合わせた。
 白夜・赤(心燈と共に燃ゆ焔・b25774)の視線が倉科・こころ(焔の如き希望と共に歩む者・b34138)の黒檀の瞳にぶつかった。
「がんばろーな!」
「皆で力を合わせて、必ずフェンリルを倒さなきゃね」
 交わす微笑み。余計な言葉はいらない。
「アリルの瘴気くらい、わたしの風でお片づけして誰も倒れさせないんだからー」
「頼りにしてますわよ、ロッテ」
 小さな手を胸の前で握りしめるリーゼロッテ・ヴューラー(ブラウニー・b72505)。その手に自分の掌を重ね、フィーナ・レッドスプライト(最古のまじゅちゅし見習い・b61192)は目を細めた。
「この作戦を成功させれば……のちのちの戦いも楽になりますわね」
「そうだな、厳しい戦いになるだろうが……」
 後ろからの声に振り向けばメイベル・ウェルズ(月下の玉座・b54806)が艶やかに微笑んでいた。フィーナが瞳を輝かせる。
「メイベルお姉さまっ」
「共に戦えるのは、不謹慎ながら少し楽しみだ」
 強大な敵を前に隣に並ぶのが、背を預けるのが、縁ある者であることが心強い。
「見ていてくださいませ」
 大きく頷いて、フィーナはリーゼロッテとともに持ち場へと駆けだした。
「好香もくれぐれも気をつけて。フェンリルの方は任せた」
「うん、フォアちゃんもゴーストウルフよろしくね」
 咲村・好香(庶民派ヴァンパイア・bn0271)が突き出した右手の親指を立てて笑う。向かうのはビルのようにそびえるアリルの足元。
 青紫の瞳を猫のように細め、氷冴・紫月(聖夜崩落・b63543)は両手にナイフを握る。
「行こうぜ。奴らを倒しにな。世界結界を壊そうってんなら、その巫山戯た思惑をぶっ壊してやんぜ」
 冷たい風が吹く。
 間もなくこの風も怒号と血の匂いにまみれるだろう。
 総毛立つ感覚が東野・桜(暁に舞え煌きの散華・b07659)の唇に笑みをのぼらせた。
 それは慣れ親しんだ死線につきまとうもの。桜が身を置く世界。
「行くぞ……狩りの時間だ」

 ――作戦開始まで、あと1分。

「来年のバレンタイン、楽しみだね、姉さん」
 呟きにはただ笑みを返し、真サキュバス・ドールのアルケミラが身を翻した。裾が広がり、衣装が変わる。
 闇色のドレスの裏地は昏く赤く。イセス・ストロームガルド(己を識る旅路の道半ば・b47362)と揃いの服は礼節を示すもの。
「人狼の切り札相手だもんね」
 微笑みを交わし、ゴーストウルフに視線を転じる。
 半ば背を向ける形になったイセスの横顔を、八重咲・凛々花(月夜に咲く桜花・b51904)はアリルの足元から一度だけ振り返った。唇をほころばせて、向き直る。
 ――頑張ろう。
「答え聞いてへんしなぁ」

 ――あと、30秒。

 青葉の呼び出した幻夢の膜が体を包み込む。
「クルースニクの俺がフェンリルと戦う日が来るとは思わなかったが……」
 アストラム・ヒッペアス(銀色の疾風・b52617)が長槍を構えた。穂先は木漏れ日から差しこむ朝日を受けて銀に輝く。
「面白ぇ、思う存分暴れてやるぜッ!!」
 フェンリルと相対しているのは自分たちだけではない。同じ森の中、別の場所にいる人の顔を思い描き、アストラムの手に力がこもる。

 ――あと、10。

「斬れるよな、お前なら。勝てるよな、自分達なら……」
 グラディウスの刀身をカインが叩いた。
 ざわつく胸を押さえる芝村・蒼(遺された想いとともに歩む者・b63422)。心が、赤く染まる。
 合図を出すために、リュクサーリヒトは指先を天にかざした。

 ――3……2……1。

「情け無用! 戦闘開始!」
 空に光のサインが輝くと同時、飛びだした遊行寺・一紗デルレイ(世紀末一般人・b53500)のポケットで携帯電話が高らかに宣戦を布告した。

●天を射す嚆矢
 青く、赤く。ゆらめく体の左右からあがる鬨の声。
「故郷が近いんだ……必ずここで止める」
 早朝の空気より冷たく煌めく刃を翻す。ファリューシング・アットホーン(宙翔る双頭の鷲の子・b57658)の膝がしなやかに伸びた。
「行くぞ!」
 大きく振り上げられた茅の腕。濃密な炎を宿した赤手はうなりを上げ、アリルの左前脚に食らいつく。舞い散る紅炎はダリアの花弁のように艶やかに。
 前脚の1本だけで、周囲の大木と比べることすらおこがましい。目前にあっては壁のようですらあるアリルの脚に向け、凛々花と蒼もまた飛びかかった。
「このワンコロ、悔しかったら、こっち来ぃ」
「全て奪いつくして……潰してやるッ……!!」
 金細工をほどこしたレイピアが閃き、死を秘めし大鎌は蒼の内からあふれる衝動を具現して闇を吐き出した。
「絶対に壊れない、仲間の絆の力……見せてやる!」
 つかさの中に恐怖はない。闇色の布槍を翻し、尖らせた先端を鋭く繰り出す。
 しかし魔狼は身じろぎもせず、ただ体表で揺らめくエネルギーを操って衝撃を殺した。
「こんのぉっ!」
 好香が握り締めた長杖にプログラムを螺旋状に走らせる。
 集中する前衛たちの頭上を狙って赤が斧を振り上げた。その名前にふさわしく熱い炎が迸る。
「燃え尽きやがれえェ!」
「絶対にアリルの……じゃないね、カリストの好き勝手にはさせないんだから!」
 レナが両手を振るえば、ナイフに描かれた妖精が軽快に舞う。妖精のダンスが織りなすのは炎の術式。

 時をおかず、左の前脚にも龍を印した布槍が襲いかかる。
 体重を乗せて踏み出した辰房の断罪ナックル。
「図体がでかいのも考えものだな、ガラ空きだぜ!」
「可愛いものでもないしさっさと退場願おうか」
 浅神・鈴(水天演舞・b54869)の両手の間に銀の糸がぴんと張る。瞬く間に生じた古銭が鋼糸を覆い尽くし、一振りの剣を形作った。
 清められた硬貨が青白いオーラと正面からぶつかりあう。
「後ろからの支援は任せて!」
 沙希の手が魔道書のページを繰り、呼び出したのは蒼い雷。
「その動き、止めてみせる!」
 雹もまた青白く輝く雷をアリルへと放った。纏うエネルギーを押しのけるようにして爆ぜる魔弾。
 だが、その巨躯を痺れさせることは叶わない。
「少しでも楽にしたいところだけれど」
 呟くけれど、そう簡単にはいかないこともわかっていた。ナイフを握り直す雹。
 二手に分かれ、アリルへと怒涛の攻撃を加える能力者たち。
 扇状に挑んだその陣形は、空から見下ろす者があったならアリルの喉元を狙うふたつの切っ先に見えただろう。
 こころがナイフに詠唱停止プログラムを纏わせる。絶望を切り裂けと朱に輝く刀身が踊る。
「出てきたばっかりのところ悪いけど……もう一回還ってもらうよっ!」
 振り下ろされたナイフは、しかし揺らめくエネルギーによって軌道をそらされた。
『オオオオオオオオオォォッ!!』
 黎明の空を仰いでアリルが吠える。
 痛みでも、苦しみでもない。あるとするならば、歓喜。破壊への衝動。
 全身のオーラが激しく揺らいだ。
「……っ」
 見下ろす瞳は無へと続く闇のうろ。その奥の輝きは破滅へ導く灯火のごとく。
 飲み込まれないよう、志津乃はそっと薙刀の白い柄を握り直した。

●木陰に咲く紅
 ゴーストウルフは入口の両脇に2頭ずつ。
 黎明の空に光の華が咲くと同時、ふたつの逆十字が右にいるゴーストウルフの頭上に浮かび上がった。
『ッ!』
 血をすする逆十字の引力に、耳を立てたゴーストウルフが起き上がりざま飛びずさる。
 初撃の手ごたえがなかったことに目をみはるフォア。
「避けた!?」
「フェンリルの傍らにいるだけのことはある、ということか」
 メイベルが袖口から滑らせた真紅のガンナイフを握りなおした。頷くフォアの瞳もまた紅く、鋭くなる。
「それならなおさら、ここで抑えないといけないね。ブランシェ!」
「行くぞ、モルガン」
 主の言葉に頷いて、2人の真サキュバス・ドールがゴーストウルフに向かって身を躍らせた。
 イセスが白手袋に包まれた右手をのばす。
「聞いての通りだよ、姉さん。全力でいこう」
「やれる事を頑張ろう。それで、皆で生きて帰りましょう!」
 もちろん、ヤツフサも。
 笑弥の言葉に、赤い糸でつながれたヤツフサは咆哮で応じた。
 最大限にまで強化された肉体で左の2体を巻き込むように突進する。甲高い悲鳴を上げたゴーストウルフにアルケミラが抱きついた。
『ガァッ!』
 身を震わせて体勢を整えるゴーストウルフ。その足が湿った地面を蹴った。大きく開くあぎと。
 ブランシェの足首に、アルケミラの腕に、濡れた牙が深々と食い込んだ。
 風に舞う紅。
 メイベルの目が細くなる。
「こちらに来られたら厳しいな」
「そうですね。姉さん、体力には気をつけて!」
 使役とともにある彼らの有利は手数の多さ。反面、能力者の体力はどうしても劣りがちだ。この陣形を崩されるわけにはいかない。
 イセスの緊張した声が朝の空気を震わせた。

●奈落に吹く風
 轟、と。
 鼓膜を叩く音がする。
「こっちにきたぜ! 全員歯ぁくいしばれ!」
 腰を落として紫月が叫んだ。A班――左脚側に展開したメンバーに緊張が走る。
「来るなら来いっ」
 身構えるアストラムの頭上でアリルが口を開いた。数人まとめて丸呑みにできそうな口内から吐き出されるのはむせかえるような空気。
 熱気が体にまとわりつく。
 それはまさに瘴気と呼ぶにふさわしく、吹きすさぶ風は体力を削り取るのみならず、毒となって体をめぐる。
 体の内側が焼けつく。ファリューシングは両手のナイフを強く握り、喉をかきむしりたい衝動を抑え込んだ。
 鳥の王者を冠したナイフを輝かせ、低い姿勢から一閃。三日月の軌跡に毛皮のごとく千切れる幾筋かの青白い光。
「今だ! 回復、頼むっ」
「承知した。おぞましい風など吹き払おう」
 藍の広げた腕から溢れた清浄な空気が嵐となってアリルの熱気を吹き飛ばす。
 毒が仲間の体を蝕む前に。少しでも早く、その風を届けるのが彼らの役目。
「ありがとっ」
 風が体を軽くする。好香は前を向いたまま長杖を構えなおし、瞳に演算プログラムを走らせた。
 ファリューシングと藍自身は毒に体力を奪われはしたものの、希平の指の間に符が生み出され、駆け寄った柚樹が白燐蟲の光を渡す。
「対象確認。回復、実行」
「白の蟲達よ……私達に力を分けて」
「皆と一緒ならきっと大丈夫」
 魔法陣を輝かせ、レナの瞳がアリルを見据えた。

●風向きを操れと
「B班、総攻撃〜!」
 一紗デルレイの左手でカスタネットが乾いた音を響かせた。
 右手に握ったタンバリンはよどみなく華やかな音を立て、心意気そのままにまっすぐアリルの右脚に襲いかかる。
 一拍置いて踏み出すカイン。
 漆黒を纏いながら振り下ろされる刃に合わせ、蒼魔の剣は必殺の意志を宿す。
「確実に当てていくぜっ」
 全霊を込めて繰り出した刃が赤い揺らめきに飲み込まれた。
 硬い手ごたえ。炎に似ていながら、アリルの体を覆うオーラは鎧のごとく攻撃をはじき、受け流す。
「なかなか……っ」
 だからといって、手を止める者は一人もいない。
 貫けない壁ではない。
「如何した。敵は此処にも居るぞ……!」
 桜の胸ポケットで鴉の羽根がはためいた。鋭く見据える銀の瞳は魔眼。呪いとなった視線がアリルの足を打ちすえる。
「月皓よ、麗槍となりて魔狼を穿て!」
 リュクサーリヒトの腕がまっすぐに伸ばされた。
 行く手を示す濃紺の術扇。織り込まれた銀の月は迷い人を導く光。有らざるものを闇に返せと光が走る。
 流星のごとく走る光はもう一条。
 錫杖をふるった殴子の光が絡み合うようにアリルを目指す。
「さあ……こっちを向きなさい!」
『グウウウウゥ』
 遥か上方で後ろを向いた頭。それでもむき出しの牙が垣間見えた。
 2班に分けた意味はここからにかかっている。
 事前に聞いていたアリルの習性。それを利用して攻撃対象をコントロールするのが作戦の要だ。全員で長期戦を戦い抜く、そのために次の攻撃をこちらに向けなければならない。
 フィーナが夜を思わせるマントを翻した。
「ワタクシが相手をしてあげるんだから無視はさせませんわっ」
 眼前に展開した魔法陣を通して放たれる炎。
 それがどれほどの痛手になっているのかもわからないが、ヨーヨーを握りしめたリーゼロッテは風を呼ぶ準備をする。
 はたして。
 炯々と輝く虚ろの双眸が彼女らを見下ろした。

●木陰に逆巻く
「姉さん!」
 攻撃が集中できていない、と気付いたのはアルケミラがふたつの攻撃を間髪いれずに食らった後だった。揺らいだ体はけれどすんでのところで踏みとどまり、イセスは胸をなでおろす。
 前衛に立つ使役ゴーストたちはゴーストウルフの攻撃をひきつけるように動き続けた。結果、攻撃対象がばらけてしまう。
「合わせてください!」
 イセスはヤツフサの前にいるゴーストウルフへと右手を伸ばした。
 鉤爪のように曲げた指を掲げ、一気に振り下ろす。
「父が授けてくれた誇りの技です!」
 鋭い動きに合わせて、ゴーストウルフの体が震えた。全身の傷口から赤い液体が引きずり出される。
『ガァッ』
「ヤツフサ、お願い……!」
 ヤツフサの欠けた鎧を、笑弥が新たな輝きで修復する。
 獅子の体躯を守るのは頑健なる鎧と絆。低いうなり声をあげて、ヤツフサは目の前のゴーストウルフに飛びかかった。
 宙に浮いた前脚が交互に振り下ろされる。右の爪が灰色の毛皮を引き裂き、左の爪が肉をえぐる。
『キャインッ!?』
 短い悲鳴をあげて倒れる獣。灰色の体は瞬く間に霞と消えた。
「皆、待ってて」
 こんなところで足踏みしていられない。
 胸元に手を当てて、笑弥はもう1体のゴーストウルフをきつく見据えた。
「我らも負けてはいられんな」
 メイベルがガンナイフをまっすぐに掲げた。真紅の銃身がきらめく。
 応じるようにモルガンが交差した腕を開いた。食らいつくゴーストウルフを地面に叩きつけるようにして振り払う。
「いつまでも君たちの相手をしているわけにはいかないんだ」
 凛と大地を踏みしめて、フォアがゴーストウルフをにらみつける。再度生み出した逆十字は今度こそ彼らの墓標となるべくその威力を発揮した。
 体の内側からひきずられる感覚がゴーストウルフたちを襲う。
『ギャンッ』
「今っ!」
 鋭い声に弾かれてブランシェとモルガンが腕を伸ばした。
 抱擁は死の香りを纏わせて。魔性の名を持つ乙女はゴーストウルフに残されたわずかな精気をむさぼりつくした。
 ほぼ同時に、残る1体にも片がつく。
 霧のように姿が空気に溶けていくのを視界に収め、メイベルは魔狼を振り返った。
 猛々しい咆哮が天地を揺るがす。
「――行こう」
 安堵している暇はない。

●風よ、風よ
 時間が長く感じる。
 間近からでは全体を視界に納めることすらかなわないアリルの挙動に注意を払い、仲間とは声をかけあって攻防を切り替えて。
 磨耗する神経をなぶるように毒の風が吹く。
 風を吹かせようと腕を広げたリーゼロッテの体を毒が駆け巡った。
 体の芯までアリルの熱気に絡めとられ、視界がぶれる。
「あう……、でも」
 戦いが始まる前に祈ったのは、わずかな幸運。やらなければならないことがあるから。
「倒れるわけには〜」
 崩れかけた体を建て直し、清浄な風を呼ぶ。我が身と仲間から毒を払えと逆巻く嵐。
 涼やかな風にそっと息を吐き、桜がバックステップで傍らに立つ。黒燐蟲の淡い光がリーゼロッテを包み込んだ。
「そうだ、未だ倒れる訳にはいくまい」
「ありがとう、立ってくれて」
 殴子が生み出したキノコをリーゼロッテに投げる。ぬくもりがふたりを結び、傷をふさぐ力となる。
「ありがとうございます」
 自分がこの班の要なのだ。
 湧き上がる力にリーゼロッテは拳を握ると、大地をしっかり踏みしめた。

 レイピアを握りなおしながら凛々花は息を吐き出す。
「アカン、回復アビ切れたわ。次から宜しゅうねぇ」
「了解」
 ゴーグルに覆われた瞳で希平は周囲を見渡した。脳裏に定めた回復対象の優先順位の中に、名前を一人分書き加える。
 焦ってはだめだ。
「たとえどんなに強大な敵だろうと、やることは変わらない」
 少しずつ、けれど着実にダメージを積み重ねていく。
 けれどそれは能力者たちも同じ。回復に集中するタイミングを生んだとて、全員が傷をふさぐ術をもっているわけではない。また運悪く毒を消しきれなければごっそりと体力を奪われる。
「僕はまだいける。他の人を優先して!」
 アリルを捕らえた黒い疾風が魔狼のエネルギーを奪い、蒼の体力を回復させる。
 爛々と瞳が輝いた。
 蒼にとっては人心地つけるだけのエネルギーも、毛皮を掠め取った程度に過ぎないのだと、わかってしまう。ならば、もっと。
 全てを、奪う。
『オオオオオオオオオォーーッ!!』
 ならば全てを破壊せんとするのがフェンリル。アリルの咆哮がとどろいた。
 漆黒のジャケットがところどころ破れているのもかまわずに紫月はナイフをかざした。白燐蟲を宿した銀の刀身は生み出した雷光を反射して蒼い輝きを強くする。
「行くぜっ、フェンリル! 戦争なんざおこしてオレの故郷は壊させねぇ」
 苛烈な光が夜色の髪すらも明るく照らし、雷はアリルめがけて解き放たれる。
「てめーの牙はオレたちが叩き折る!」
「当てていきます!」
 タイミングを合わせて志津乃が動いた。ひたと構えた薙刀を照らし出すのは七星の輝き。
 金色に輝く9本の狐の尾が生じ、膨れ上がった。妖力に満ちた尻尾がアリルの鎧のようなオーラを貫く。
 さらに襲いかかるレナの炎。
「いっけぇーっ!!」
「これでも食らいなッ!」
 アリルの脚を駆け上がらんばかりの勢いで振り上げられるアストラムの左足。手首を使って1回転させた長槍が銀の光をたなびかせた。
 その動きは旋風。天を駆け、暗雲を払うべく描いた軌跡は銀の三日月。
 オーラのそがれた一点に向け、つかさが素早く腕を伸ばした。
 幾度も攻撃を防がれ、思うようにつなげられなかった技と技の間の動きがつながった。ならば、今。
「沢山の想いを乗り越え背負って来たボク等が……負けるか!」
 極限までに練り上げた気を送り込み、暴れさせる。
『グ、ウウゥォオオ……ッ』
 流れ込んだ異質にアリルの声が揺らいだ。
 確かな手ごたえ。
 次の動きに備えるつかさの視界には、映らなかった。
 否、小屋ほどもありそうな前足に隣接していては誰の目にも見えるはずもない。
『グオオォッ!!』
 10メートル以上離れた――しかし確かにアリルの体の一部である尻尾が大きく揺れたことなど。
 青白いオーラが千切れ、巨大な弾丸となってつかさと好香を側面から飲み込んだ。
「つかさく……っ」
 手助けにきていた楓の腕は、最前衛には届かない。
「く……っ」
「あうっ!?」
 その光が求むるはただ、破壊。
 爆発がおさまった後には倒れ伏したふたつの影。
「っ!」
 一瞬の静寂。
 弾かれるように動いたのはファリューシングだった。その動きに気づいた茅も駆け寄って、倒れたふたりを抱えあげる。
「使役班っ、負傷者を頼む!」
「はい! ヤツフサ、お願い」
「ブランシェ!」
 救援のために使役ゴーストたちが走る。
 崩れた均衡。
 舌打ちしながらも赤は斧を握りなおす。単体火力が大きいところを狙い撃つのならば、次に狙われる可能性があるのは。
「静島! 受け取れー!」
 赤く輝くビームが茅を包み、傷をふさいだ。
 柚樹もまた、自らの傷を白燐蟲で癒す。
「……正念場だね」
 深呼吸ひとつ。藍がアリルの歪んだ口元を見上げた。

●荒れ狂う嵐
「違う攻撃をした……?」
 ナイフの軽い感触を確かめながら、雹が瞬く。
 そむけられたアリルの口は開かなかった。そして、耳に届いた爆発音。
「このままゆっくり押し切らせてはくれない、てことかな」
 こころの眉間にしわが寄る。片手で開けた栄養ドリンクを一気に飲み干した。
「何にしたって攻撃しないとはじまらないんだよ〜」
 何度も踏みしめて硬くなった土の上に左足を踏み出す一紗デルレイ。
 闘いの中にあっていっそう華やかにタンバリンが鳴り響く。リズムのままに腰をひねり、腕を振り切った。
「そうだね」
 霧で二重映しになった鈴の唇がつり上がる。
 構えた鋼糸が古銭に覆われる。清めの剣は魔を断つべく、緋炎のオーラに振り下ろされた。
「こっち向いてもらうよっ」
「この一撃が本命よ! 拳閃!」
 辰房は蹴りを終えた動きのまま体をひねり、傷ついた腕で武器を振るう。
 龍よ、守りたまえ。
 布槍に浮かぶ聖龍に願いを宿し、振り下ろされる断罪の一撃。
『グウウウゥ』
「効いてんだろ? ま、以前とは違うって事だな」
 にやりと唇を歪め、蒼魔が剣を掲げる。研ぎ澄まされた刃がきらめいた。
 体重を乗せた一撃がアリルの脚に食い込む。
『ガアァッ!!』
 牙をむいて咆哮するアリル。大きく開いたあぎとから幾度目とも知れない瘴気が放たれた。
「回復よろしく〜」
 リーゼロッテに声をかけながらバックステップする一紗デルレイ。気を集めてダメージを消そうとしたところで、背中を汗が伝った。
 先刻の攻撃の反動で両手の武器がうまく動かない。傷が思うようにふさがらない。
 時をおかずに毒を振り払う風が逆巻き、武器の力も取り戻されるが間に合わない。リュクサーリヒトの生み出した夢の膜が痛みをかすかに遠ざけた。
 回復手段が減ってきている。アリルの攻撃範囲外にいる沙耶たちからは前衛への支援はできない。
 すでに自己回復の手段を失っている鈴に殴子のファンガスが癒しを与え、沙希には後方に控える咲夜から栄養ドリンクが投げられた。
「あと何回しのげる……?」
「大丈夫さ、俺達なら!」
 ひとりごちた桜の言葉に辰房の声がかぶさる。素早く繰り出した蹴りはエネルギーの鎧に阻まれたが、もう一度、と土を踏む。
 攻撃に転じようと箒を振り上げたフィーナの瞳が丸くなった。
「続けてきますわ!」
「怯むな! っく!?」
 カインの怒号ごと飲み込んで、巨大なエネルギーの弾丸が攻撃を続けていた辰房を中心に炸裂した。爆音と、続けて飛び散る血の赤。
 かろうじて立ちあがったこころが脇腹を押さえながら後ずさる。
「っつ。ごめん、さがるよっ」
「倒れた人避難させるよ、手伝って〜」
 場違いな間延びした声に似合わず、一紗デルレイは素早く辰房の傍らに屈みこむ。弾かれたように鈴が動き、カインの体を持ち上げた。
「こころさんの回復はわたしが!」
 殴子が白いキノコを投げつける。
「ちっ、次の攻撃はどうくる……!?」
「まだまだ、集中してくださいませ。踏ん張りどころですわよ!」
 ざわめきの中、フィーナが高い声を張り上げた。
 手がふさがっている者たちに攻撃をいかせるわけにはいかない。夜色のマントを翻し、炎を放つ。
 魔力を撚り合わせた炎の弾丸がアリルの脚に直撃する。
「ワタクシの魔術の全力、思い知りなさい!」
「A班も攻撃してくれてるはず。それでもこっちを向いたなら、耐えるだけではじり貧ね」
「なら、今できる限りの攻撃を!」
 雹がナイフをかざし、沙希の指が魔術を記す文字列をなぞった。
 眼前に展開した魔法陣の光が強くなる。黒髪がふわりと持ちあがり、波打った。
「打て雷光の一撃を! 邪なる獣を打倒せ!」
 沙希の瞳が険しくなる。
 同時に撃ちだされたのは青白く視界を染め上げるほどの雷。
 揺らめくオーラをかいくぐり、骨ばった体躯へと。
『ガアアアアァァッ!!』
 火花が散る。はじけた2条の雷はアリルの体を駆け抜け、動きを封じる。
「効いた!!」
「今のうちに行くぜッ!」
 蒼魔が剣を払う。風音が耳を撫でて通り過ぎた。

●森を奪うこと能わじ
「どこ見てやがる。テメエの相手は俺だッ!!」
 槍を突き立てたアストラムが、アリルの異変に気付いた。
 硬直した体躯。
『グ、ウゥ……』
 頭上から低いうなり声が響くも、毒も、炎も、破壊のエネルギーも降ってこない。
 ファリューシングが手首をひねり、細身のナイフを走らせた。
「皆さん、攻撃を!」

「行くよ、ブランシェ」
 負傷者を横たえたフォアが攻撃の届く位置へと走り出す。

「皆、ふんばりどころだよ!」
「負けなければ私達の勝ちだ!」
 レナが踊るようにナイフを翻し、炎を撃つ。血濡れた空気を燃やせとばかりに通り抜ける魔弾の下で、茅が紅い爪に炎を宿した。
 立ち続ける限り、いつかその刃は魔狼の喉元に届く。
 白い燐光と燃え盛る炎を絡ませて、柚樹もまた、前へ。
「紅蓮の炎よ、彼の者を焼き払え!」
 壁のようだったアリルの左脚が折れ曲がる。
『オオオォォッ』
 時をおかずして、右脚も。
「わんわんお〜、ってね〜」
「ようやく、頭が届く位置までおりてきたな」
 一紗デルレイのタンバリンが鳴り響き、桜の瞳が呪いの視線をアリルにぶつける。
 近づいた魔狼の首をめがけて放たれる光と炎。
 金を彩る闇色のリボンを翻し、凛々花が残る力で蹴りを放つ。
「わんころには負けんでぇ」
『ガアッ!!』
 短い叫びとともに、アリルが首を左右に振った。ロープが切れるような鈍い音。
 輝きを弱めつつあった炎のオーラを燃え上がらせて、アリルは咆哮する。

 ――壊セ、壊セ、壊セ……!

 言葉ではない、意志でもない。
 ただ聞く者の内に意味ある語として呼び覚ますほどの、純粋な衝動。
 赤と青の溶けあった光が迸る。
「ぐぁっ!」
「……つぅ、後は……頼んだでぇ」
 膝をついた茅の隣で、倒れ込む小さな体。
「姉さん、凛々花さんをお願い!」
 風に乱れた髪を払いもせず、イセスが叫んだ。地を蹴ったアルケミラのスカートは大きく破れたまま。
「ちっ、ロウソクも消える寸前ほどよく燃えるな!」
 紫月が掌に生み出した栄養ドリンクを投げつける。
 揺れるオーラは明らかに量を減らしていた。どれほどの強敵だろうとも、底は――ある。
『グオォッ!』
 のたうつように身を振るわせたアリルがさらに一撃。牙をむいた口から炎が走る。
「あと、少しなのに……っ」
「わああぁっ!?」
 毒炎が鈴と一紗デルレイ、そしてこころの体に絡みつく。肌から、喉から入り込む熱が3人を焼いた。
「それでも……っ」
 志津乃が薙刀を構えて前に出た。藤色の房が踊る。
 銀の刃を払いながらも、炎のゆらめきに最初の勢いはない。
 希平のゴーグルに赤と青の視線が映りこんだ。魔を討ち滅ぼす呪符を手挟む。手袋に印されたのは五芒星。
「目標捕捉。剋殺、実行」
「これだけいて負けては話にならないからな」
 地に伏せた右前脚を蒼魔が駆け上がる。辿りついたアリルの首筋に必殺の一撃を叩き込む。
「森に還りなさい……最早ここに戦は不要です」
 リュクサーリヒトが手首を返した。術扇に紡がれた月が輝いた。一直線に走る槍は月光。やすらぎの夜を導く光。

 光が、爆ぜた。

『グゥオオオオオオオオォーーーーッ!!!』
 千切れていく赤と青の光。
 奈落の底に落ちゆく双眸の輝き。溶けていく闇。

 そして。
 原始の森に抱かれた広場を白い朝陽が照らし出した。
 ぽっかりとあいた空間。吹き抜けたそよ風が梢を揺らし、静寂を伝える。
「……あ」
 息を漏らしたのは誰だったか。
 のろのろと、互いの顔を見合わせる。
「勝った、のか……?」
 呆然とした声が、その事実を確認した。言葉にした途端、さざなみのように心に広がる達成感。
「……や」
 頬が緩んだ。口が大きく開かれる。
「やったぁーっ!」
「勝ちましたわっ」
「皆さん、お疲れ様です……!」
 木の葉を揺らすほどの歓声が沸きあがった。
 怪我をした仲間たちも顔を上げる。

 ――何ひとつ置いていってはならない。

 森に定められた約束を、確かに守って。
 朝陽に笑顔が輝いた。


マスター:柚井しい奈 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2011/02/25
得票数:カッコいい47  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:カイン・バクスター(リジェネレーター・b38889)  琴吹・つかさ(祓魔の守護拳士・b44491)  浅神・鈴(水天演舞・b54869)  八塚・辰房(幻龍舞踏・b59657)  咲村・好香(庶民派ヴァンパイア・bn0271)(NPC) 
死亡者:なし
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