フェンリル撃破作戦:猛き魔狼を討て!


<オープニング>


「お集まり頂きありがとうございます、ご主人様方」
 メイド服を身に纏った紫崎・芽衣香(高校生運命予報士・bn0057)はいつものように、集まった能力者達に一礼する。
 しかし今日はいつもと違い、彼女の表情に明確な緊張が見える。そしてまた、彼女の説明を聞く為に集まった能力者も、いつもより遥かに多い。
 だが多人数が集まった事による喧噪は無く、緊迫した静寂が場を支配していた。芽衣香の説明の声だけが、教室に響く。
「人狼十騎士の一人、聖女・アリス様からの情報で、欧州の調査に向かわれたご主人様方がいた事は覚えておいでですね?」
 処刑人の世話をする、老女スプリーナ。ヤドリギ使いの指導者、妖精郷の運び手・ラプンツェル。アリスと同じ人狼十騎士の一人、狼使い・ローラ。
 彼女たちは皆、人狼十騎士の一人である清廉騎士・カリストの用いたメガリス『ニーベルングの指輪』に操られていた。
 欧州に向かった能力者達は、彼女たちのネジを抜き、洗脳を解く事に成功したと言う。
「そしてその方々達の口から、欧州人狼の……いえ、カリストの新たな作戦が発覚しました。……魔狼フェンリルを20体呼び出し、ヨーロッパ全土を巻き込む大戦争を行う事です」
 緊張がどよめきに変わる。人狼のメガリス破壊効果、『魔狼降臨』。それによって呼び出されたフェンリルの強大さは今さら言うまでもない。
「そんなに大量のフェンリルが戦争をしたら……」
「はい。ヨーロッパの世界結界は崩壊し、日本同様に、シルバーレインが降る土地へと姿を変える事でしょう」
 思わず漏らした山神・伊織(龍虎双握・bn0002)の呟きに、芽衣香は頷いて答える。冷静な口調から紡がれる言葉は、銀誓館の能力者には決して看過できない崩壊の未来。
「そんな事……絶対に、させる訳には行きません!」
 決意と共に伊織は拳を握り、そして芽衣香に先を促す。
「フェンリルは、ビャウォヴィエジャの森の奥に1体づつ配置されています。ローラ様よりその位置を教わったため、これを各個撃破に向かうのが今回の依頼となります」 
 またローラは、他の人狼騎士にフェンリルの居場所に近づかないよう命令しているため、討伐を邪魔される事はない。

「とはいえこちらには土地勘が有りませんので、実際の道案内は人狼の方にして頂く事になります」
 そう言った芽衣香の言葉に歩み出たのは、長い銀の髪を持つ凛とした女性。
「人狼騎士の誇りと西風のアガテの名に賭けて、銀誓館学園の皆様には借りをお返しすると約束しました。ようやく、その時が来たようですね」
 彼女の名はアガテ・リュディンガー。かつてはネジに操られて銀誓館学園の前に立ちふさがり、そして夢の中でのネジ抜きによって救われた人狼騎士。
「ローラから伝えられた話で、フェンリルの居場所は分かりました。そこまでの道案内は任せて下さい」
 彼女も、元はビャウォヴィエジャの森に住んでいた人狼。さらに、その森での『ヨーロッパ人狼戦線1』において、フェンリルを呼び寄せる魔狼儀式の1つを取り仕切っていた。今回の道案内として、これほどの適任者はいないだろう。
「もちろん、到着した後はフェンリル討滅にも協力させて貰います。このような事を見過ごせはしませんし……それに、カリストのクソ野郎のケツを蹴っ飛ばしてやる良い機会です」
 にっこりと微笑んだままだが、さらりと怖い台詞が混じるのは、昔狂気に陥りかけた時の癖が抜けきっていないのだろうか。

「さて、ご主人様方にお相手して頂く個体は、頭部付近に纏うエネルギーが特に強いようです。まるで、そう……『鬣』のように、炎を纏っているのです」
 その鬣から繰り出される炎によって、周囲を攻撃する。爆発範囲への集中放火、視界内への火炎放射、炎の雨を降らせる全周攻撃。どれも非常に強力なものだ。
「最も、一番厄介なのは圧倒的な巨体とその身体から発するエネルギーかもしれませんが。ともかく、圧倒的な強敵である事は間違いありません」
 また、フェンリルの周囲にはゴーストウルフも存在する。実際に戦闘が始まればフェンリルを恐れて多くが去ってしまうだろうが、五体ほどは戦闘に参加するようだ。
「ですが、フェンリルを手なづけているローラ様の協力により、こちらから攻撃しなければいくら接近しても向こうも攻撃して来ません。戦端を開くタイミングはこちらで決める事が出来ますし、各種アビリティでの準備も予め行う事が出来ます」
 その優位があっても打破できるかどうかは分からない。とはいえこれ以上の人数を動員すれば、他の人狼騎士に見つかってしまうかもしれないため、これが限界と言う所だろう。
「説明は以上になります」
 そうしていつものように、芽衣香は両手を身体の前で重ね、深々と一礼した。
「お気をつけていってらっしゃいませ、ご主人様。無事のお帰りと成功のご報告を、心よりお待ちしております」
 深々と、万感の祈りを込めて。

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参加者
風早・裕(地を薙ぐ風・b00009)
銀・静蓮(怪力乱神・b01195)
篠田・春一(夕焼けの春空・b01474)
隈垣・斗志朗(蒼峰の退魔士・b02197)
緋桜・美影(龍虎乱舞・b02306)
鈴見・鼎(スペルユーザー・b03352)
白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)
高城・蒼(護手・b04274)
悠是・鋼志朗(堅牢強固なる護り手・b05075)
山本・真海(晴色忍者姫・b05587)
三島・月吉(処刑騎士・b05892)
乾・玄蕃(魔法使い・b11329)
テオドール・フォルクナー(白ム廃園・b16818)
シャンフォン・チュン(黒衣の魔焔使い・b18843)
黒澤・夜斗(暗夜赤光・b21583)
土方・伊織(にゃんこ先生のお弟子さん・b22693)
橘・鞠絵(楽園に咲く黒百合・b23279)
吉川・円(男だが巫女ってどーよ・b23782)
芽野・孝宏(エグゾーストノート・b32010)
足利・灯萌(奪ってもいいのよというか奪え・b32352)
久垣・晴臣(微睡む牙・b40597)
白姫・みやび(シャイネンプリンツェッスィン・b42885)
敷島九十九式・秀都(エクストラエンフォースメント・b57363)
イアハム・ヴォレンティーナ(漢ヴァンパイア・b57824)
村瀬・一成(真龍神の守護巫覡・b59443)
マーノ・インフィオラータ(碧海の遺跡・b65774)
レンフィート・ディアレスト(水面の三日月・b69074)
ノーマ・イレイト(アンダークール・b70776)
風霧・來那(石段の先の護り人・b71827)
鈴鹿・奈津(中学生真妖狐・b77654)
NPC:山神・伊織(龍虎双握・bn0002)




<リプレイ>

●静寂の森、天を裂く獣
 ポーランド、ビャウォヴィエジャの森。
「こっちです、みなさん付いて来ていますか?」
 人狼騎士、西風のアガテことアガテ・リュディンガーの案内で、能力者達は早朝の森の中を進む。
 これより彼らが向かうは決戦の舞台。静かな緊張で空気が張りつめる。
「アガテさん、ネジ抜き以来しばらく会ってなかったけど、元気そうでよかった」
「まさか再会して、共闘する日が来るとは思いませんでした」
 その緊張を少しでも和らげるためか、久垣・晴臣(微睡む牙・b40597)や白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)がアガテに話しかける。
「ええ、本当に。その節はお二人にはお世話になりました。もちろん、あの時私たちの戦いを止めてくれた全ての方々にも、本当に感謝しています」
 2人はかつて、アガテの夢の中に入り彼女を救いだした当事者。深い感謝の念を込めて、アガテは微笑む。
「元気そうでよかった。案内だけじゃなく、一緒に戦ってくれるのはすげえ心強いよ」
「そうですね、こんな時でなければガムテラさんとの事とか、ゆっくりお話したい所ですが」
「あ、それ私も興味あるな!」
 友紀の言葉に反応したのは山本・真海(晴色忍者姫・b05587)。元気いっぱいに挙手してみせる。
「後で教えてね! 私も甘いキャンパスライフを一緒に送れる人を見つけたいんだよー」
「そうですね、是非、私にも聞かせてくださいねー」
 鈴見・鼎(スペルユーザー・b03352)も同調すると、アガテは幸せそうな笑みと共に頷く。
「はい。では依頼が終わりましたら、1日かけてじっくりと」
「え、いやそこまでは……」
 恋する女性にそんな提案したら、こうなる。
「ところで……アガテさんって誰でしたっけ?」
「あー」
 そんな彼女たちを見ながら根本的な疑問を口にする土方・伊織(にゃんこ先生のお弟子さん・b22693)。聞いて山神・伊織(龍虎双握・bn0002)は曖昧な声を上げる。
「日本に帰ったら、紫崎さんに言って昔の報告書を借りて来てもらいますから。一緒に読みましょう」
「うにゃ」
 一方、山神をじっと見つめるのは足利・灯萌(奪ってもいいのよというか奪え・b32352)。
「いおりんの為……もといスパッツの為に頑張ろう」
「何故スパッツっ!?」
 即座に振り向いて突っ込みを入れる。
「真面目に言うと……欧州で大戦争は、ダメ……エキスポもあるし……」
「私の突っ込みはスルーですかっ!?」
 そんなやりとりに、能力者の緊張もややほぐれる……が、それも、目的地へと辿り着くまでの事。森の奥に待つは、鬣を持つ終末の魔獣。
「改めてみると……やはり巨大ですね」
 近くで見上げれば身体が反る程の巨体。森の奥、巨大な魔狼から受ける威圧感に高城・蒼(護手・b04274)は息を呑む。
 人狼十騎士ローラの手助けもあり、フェンリルは能力者を見ても様子を伺うのみだが、それだけでもその存在感は無視しようがなく、否が応にも緊張感は高まる。
「こんなのが20体も。ちょっと頑張り過ぎですね」
「これだけ緊張感の漂う依頼を受けるのは何年ぶりになるかな……」
 意識せず拳をぐっと握り締め、呟きを漏らす悠是・鋼志朗(堅牢強固なる護り手・b05075)。
「もしかしたら上方の鋏角衆が蜘蛛童を回収に来たときのもの以来になるかも知れんな」
「こいつらがひぃふぅ……ってやべ、考えンだけでもキツいっつぅか」
 篠田・春一(夕焼けの春空・b01474)も、自然と汗が滲むのを感じる。
「でも。ここで何とかし無ェと大変な事になりやがンから、絶対ェに、倒しやがるんだぜ」
「ポーランドを抜かれたら次はドイツだしね。……そうなる前に、ここで絶対に倒す」
 故郷を思い、決意を固めるテオドール・フォルクナー(白ム廃園・b16818)。
「完調のフェンリル相手。相手に不足はない」
 簡素な大鎌の柄を握る手に、ぐっと力が籠っていく。
「ではフェンリル狩りといこうか、三島よ」
「おうよ! 立ち塞がる敵はぶち抜くのみッ!」
 乾・玄蕃(魔法使い・b11329)と三島・月吉(処刑騎士・b05892)、盟友2人は後の再会を誓い合い、背を向け別れる。
 彼らだけでなく、能力者たちは三手に別れ、事前に定めた配置に向かう。フェンリルの範囲攻撃に対抗するため、チームG・S・Kの3班に別れてフェンリルを包囲する作戦だ。
「……どうか無事でいろよ」
 別れ際に、後輩である鼎を一瞬し、口の中だけで呟く玄蕃。
「……あら、みやびはどの班でしたかしら」
 ところで、30人もいたりすると、白姫・みやび(シャイネンプリンツェッスィン・b42885)のように自分の班の確認を忘れている者もいたりはして。人数を数え、9人しかいなかったチームGへと入る事に。
 そのチームGには、灯萌、真海、春一、晴臣と言った面子が集まっている。
 愛剣の柄をぐっと握りしめてフェンリルを見上げる風早・裕(地を薙ぐ風・b00009)も、同じくチームG。
「このフェンリルが、数揃ってるなんてな……あの頃よりは俺らも強くなってるとは言え緊張するな」
「下手なビルよりデカイしなぁ」
 吉川・円(男だが巫女ってどーよ・b23782)も、呆れと恐れの混じった言葉を漏らす。普段、恩人の命令で巫女服を纏っている彼も、今日は性能優先の高校男子制服だ。
「でも、清廉騎士カリスト……その企みは、絶対に阻止しないと」
 月牙の名を持つ剣に魔弾の力を、己が身には魔狼のオーラを。二重の強化を身に纏ってそう口にするのは風霧・來那(石段の先の護り人・b71827)。
「今までの事を鑑みても、彼の所業は許せるものじゃない」
「まあなあ、欧州蹂躙させる訳にはいかんし。ま、いつも通り、俺の出来る事するだけさね」
 恐怖を打ち消すのは義憤か使命感か、はたまた別の感情か。己が心境を吐露しながら、能力者達は戦いの準備を進めていく。

 鼎やテオドール、月吉たちチームKもまた、戦いの準備に励む。
「カリストってのもやってくれるなぁ……」
 狩猟の体勢をとりながら、好戦的な笑みと共に口にするのはノーマ・イレイト(アンダークール・b70776)。巨大な黒の鉄槌を握る手にも、力が入る。
「まぁ、やることがわかったら後はぶっ潰すだけだな。まずはこのでっかい犬っころからだ」
「いやしっかし、ほんとにごっついデカ物やねぇ……」
 布陣するほど近くで見上げればまた一段と大きく見えて、マーノ・インフィオラータ(碧海の遺跡・b65774)は感嘆の声を漏らす。
「こいつが人狼達のメガリス破壊効果で召喚されたフェンリルか……」
「ほんとにデッカイ的だがねー! 流石に。これだけデカけりゃ目を瞑ってても殴れそうだがね!」
 頷きつつ豪快に笑うのはイアハム・ヴォレンティーナ(漢ヴァンパイア・b57824)。
「細かくは解らねぇが、とりあえず何時もどおり殴って倒しせばええんだがよね?」
「イアハム先輩は、まあ、それでOKです」
 豪快極まりない漢に、村瀬・一成(真龍神の守護巫覡・b59443)は適当に頷く。
「作戦とか考えるの疲れたし……その疲労が実ると良いんだが」
 作戦の最終確認を済ませつつ、エンチャントの支援を貰おうと周囲に視界を巡らせ……ふと気付き、近くにいた鼎に尋ねる。
「……あれ、銀先輩は?」
「このチームじゃないと思いますけど」
「あっれぇ?」

「……自分のチームの人に貰えば良いのに」
「いや全くその通りです」
 と言う訳で、銀・静蓮(怪力乱神・b01195)がいたのはチームS、ここで配置につくのは友紀、土方、蒼、鋼志朗。
 自分の配置に戻っていく一成を見送り、彼女は仲間を見回す。
「ほら、皆も。強化が有効そうな人には白燐かけていくからね」
「あの、私もお願い出来ますか?」
 名乗り出たのはアガテ。彼女と山神は、3チームのどれにも所属せず、ゴーストウルフの対策を担う。
「構えは自前で出来るのですが、武器強化の方は誰に貰えば良いのやら困っていたので」
 二重エンチャントを指示はしたものの、彼女たちに武器強化を施すつもりだったのは友紀だけ。そして彼女の祖霊降臨では、アガテの火力は強化されない。
「ええ、余裕を持って活性化して来たから、大丈夫よ」
「……じゃあすまんが俺にも頼むわ」
 微妙な表情で挙手するのは黒澤・夜斗(暗夜赤光・b21583)。
「黒燐奏甲のつもりで、拡散弾活性化してきちまった」
「む、夜斗さんにしては緊張してたんですかね?」
 山神の言葉に、そんなつもりは無いんだがなぁ、と確かにまとう雰囲気は緩く。
 まあ、予め目に見える失敗など些細なものだ。戦いの前に正す事が出来るなら、大勢への影響はほとんどない。
 ……真に恐れるべきは、未だ姿を見せぬ過ち。
 例えば、他のチームでは『希望者に強化を施す』としていたため、強化を受けていない者がいる。だが、今はまだそれには気付けない。
 そういった、未だ見えぬ過ちがどのような影響を及ぼすのか。それとも、目に見えぬのだから所詮些細な事に過ぎないのか。
 それを知る者はまだ、誰もいない。

●猛き魔獣を討て!
 静かな森に、ホイッスルの合図が響き渡る。それは、己の班の戦闘の準備が万事整ったと言う合図だ。
 それが三度。すべての班の準備が整った1分の後が、開戦の刻。
「メガリスロボ戦を思い出すなあ……」
 その時を待ちながら、チームSの芽野・孝宏(エグゾーストノート・b32010)は回顧する。
「ここで俺らの体が燃えても勝てば戦火は広がらんで終わる。気合を入れて覚悟を決めて能力者の本懐とジャイアントキリングを成し遂げよーぜ」
「ええ……回復は任せてください」
 ぎゅっ、と念動剣の柄を握り締めてその言葉に頷くのは、鈴鹿・奈津(中学生真妖狐・b77654)。
 自らに冷静さを保つように言い聞かせ、フェンリルへの感情を押し殺す。
「……怖いね、やはり」
 チームK、レンフィート・ディアレスト(水面の三日月・b69074)は、己が恐怖を隠さず吐露する。
 だが、誰かが戦わなくてはならないのなら。
「……それを僕にやらせてもらえると言うのなら、喜んで引き受けようじゃないか」
 黒燐の加護を得た十字の巨大槍と、自らに下ろした獣の気と、そして何より貴種の誇りを武器に、彼はその時を待つ。
「全身全霊……俺が持つ全てを賭けて、フェンリルを討ち倒す!」
 秘めたるは意志と根性、そして覚悟。チームGの隈垣・斗志朗(蒼峰の退魔士・b02197)も、長尺のハンマーを構える。
 そして。

 ──ピィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!

「ギャラルホルンは鳴った……総員、攻撃開始ッ!」
 四度目の笛は三方から一斉に鳴り響いた。玄蕃の叫びが迸ると同時、能力者達の攻撃が一斉に火を噴く。
「犬っころに絡む気は無かったんだけどねぇ……」
 桜を銘に冠する二つの布槍に黒燐の力を宿し、チームGの緋桜・美影(龍虎乱舞・b02306)は虎紋を帯びた脚をフェンリルの巨体に叩きつける。
「こんな無茶な喧嘩、見逃せねぇよなぁ!!」
 もはやここに来て恐れはなく、また恐れる事も許されぬ。能力者達は自らの力の限りをつくし、フェンリルを討たんと力を振るう。
「例え象とアリみたいだろうとっ! 正義の心を信じれば、倒せないものなどないぜっ!」
 チームKでは敷島九十九式・秀都(エクストラエンフォースメント・b57363)が、亀鶏兎鮫の銘を持つ剣から風を生み出していて、その間にも居並ぶ能力者達の攻撃は次々にフェンリルへの巨体と放たれていく。
「始めから全力でいくネー!」
 舞うが如く、戯れるが如く。両腕に付けた真紅のアームブレードに白燐を輝かせ、チームSではシャンフォン・チュン(黒衣の魔焔使い・b18843)は焔を叩きつけていく。
「世界結界は何としても護ってみせるヨー!」
 力と意志が魔狼の巨体を打ち、無数の攻撃が爆音を生む。声をかき消すほどのその音を。

 ──────────────────ッッ!!!

 魔狼の咆哮が、ねじ伏せるように打ち消した。
 それは、もはや雄叫びなどと言う生易しい物ではない、膨大な轟音の奔流。目に見えぬ音が壁を作り上げ、それを力任せに叩き付けられているような感覚を覚える。
「変わってしまいましたね……何もかも……」
 それを聞きながら、チームKの橘・鞠絵(楽園に咲く黒百合・b23279)はそっと呟いた。
「あの時はフェンリルのエネルギーで呼吸も出来ないほどだったのに」
 だが今は、怯まない。戦える。
 人工島の戦いから早3年。あの頃から戦い続けた能力者達は数多くの経験を積んできたのだから。
 あの頃にはいなかった能力者達と、肩を並べて戦うようになったのだから。
 だから今、その3年の歩みを確かめるべく。
 能力者達は再び魔狼へと挑む──!

●燃え盛る炎の下で

 ──────────────────ッッ!!!

 轟音と共に、フェンリルの鬣が広がる。その業炎が弾け、雨となって能力者達に降り注ぐ。
「くっ……なんて力だ」
 少しでも守りを固めてダメージを軽減しようとした斗志朗だが、その熱量に耐えて防御するのは並大抵の技量では難しい。適正があり、なおかつ攻撃に合わせた防具を身に纏い、それでやっと防御が考えられると言うレベルだ。
 その咆哮と炎に、周囲にいたゴーストウルフの多くが逃走する。しかし、能力者には逃げる事は許されない。
「大丈夫っ、皆は私が守るよ!」
 防ぐのが難しければ、受けた端からどうにかするしかない。アレンジされた忍装束に身を纏った真海は、戦場の爆音に負けじと癒しの力を歌に込め、チームGの能力者達が受ける炎の痛みを和らげる。
「お願い、ね……」
 トーンナイフで空間を切り裂き、十字を生み出す灯萌。そこに弾丸を集中させ、フェンリルへと打ち込んでいく。
「んっ……先輩……」
「ああ、任せろ!」
 連射の反動を受け、灯萌の身体が軋む。それに合わせて円が梓弓を鳴弦させながら舞を捧げれば、反動を打ち祓い、他の能力者の傷も癒していく。
「ふん。この程度まだまだ……支えてみせるぜ?」
 裕もまた、浄化の嵐を巻き起こす。誇り高き癒しの風が、その戦線を支える。
「こちらは通行止めですわ、あちらへ行ってくださいね♪」
 近づいてくるゴーストウルフは、みやびの震脚が迎え撃つ。ピンクの薔薇を思わせるマントが、衝撃に跳ね上がって翻る。
「うふふ、まさか完全状態のフェンリルと戦えるなんて……カリストの企みを阻止するほうが重要とはいえ、血が滾りますわ……」
「でもこんなヤツを、絶対に野放しにはできないっ!」
 常識外を否定する螺旋を氷のアームブレードに纏わせ、フェンリルの脚部に叩きつける晴臣。高速演算プログラムによって強化された一撃が、その皮膚に傷を負わせる。
「だよなァ?」
 蔓のような装飾と青い石、黒き燐光で飾られた細身剣を構える春一。晴臣の言葉に同意すると、その剣越しに、真っ直ぐに魔狼を睨みつける。
「こんな所で負けやがる訳には行かないんだよっ!」
 限界を超えた覚悟を、その魔眼に込めて。呪いをフェンリルに打ち込み、蝕もうとする。
 そうして打ち込まれていく能力者達の攻撃。しかし、目を凝らしてみれば、その多くがフェンリルの纏うエネルギーの前に阻まれ、あるいは大きく減衰させられていくのが分かる。
 それは特別な能力と言う訳ではなく、他のゴーストならば防御や回避に相当する行動に過ぎない。だが、フェンリルの持つエネルギーを打ち破るのは容易ではない。
「へっ、流石に図体だけの木偶の坊じゃねぇってか。そうじゃなくちゃぁ楽しめねぇよなぁ!」
 歓喜の声を上げながら、蹴撃を叩き込んでいく美影。防がれては連携は成立しないが、そもそもアビリティの回数は連携など必要としない程度にある。
「それに、全部が防がれてる訳じゃない……」
 狙いを定め、魔弾を撃ち出す來那。
「打ち抜く……!」
 時空を歪める蒼の雷弾が、フェンリルの護りを貫き通す。

 ──────────────────ッッ!!!

 そんな攻撃を音量だけで弾き返すような咆哮と共に、フェンリルの鬣から猛炎が迸る。先ほどの雨以上に莫大な熱量が、チームSへと襲いかかる。
「ここで倒れるわけにはいかないネー!!」
 黒いコートで炎を防ぎ、魔狼の炎に負けるものかとシャンフォンは炎の弾を生み出す。
「後衛には近づけさせないヨー!」
 近づいてくるゴーストウルフを、その魔炎が迎え撃つ。そんな彼女に守られながら、力を振るうは3人の癒し手。
「まだ、なんとか余裕がある! ガンガン行ってくれ!」
 班の状況を確認して指示を飛ばす孝宏。十の絶陣を形成し、癒しの陣が能力者の傷を癒す。
「大丈夫ですか、皆さん!」
「回復は、私たちが……!」
 そこにさらに癒しを重ねる、友紀と奈津。二人の舞は、まるで元から一つであったかのように調和し、友紀の扇と奈津の念動剣が戯れるように交錯する。
「黒幕のカリストさんを殴り飛ばす為にも……ここは勝ちましょう」
「うにゃ、お任せするです、信じてるですよー!」
 友紀の言葉を受け、水を宿す蒼の杖から、雷弾を解き放つ土方。
「ふぇんりるさんが20匹……そんなにいたら欧州全土が食糧危機です、絶対許せませんよー」
「それは違う気がするんだが……ま、相手が何だろうといつも通りってのは、安心出来るかね」
「もちろんなのです。全力全壊でがんばりますよー」
 そんな土方を見ながら、緩い雰囲気のまま笑う夜斗。その笑いは、まるで鮫のように。
「穿て、雷槌っ!!」
 雷神の名を冠した腕甲で、狙い澄ましたインパクトを叩き込む。
「神鳴る力をその身に刻め!!」
 ブラックボックスから、蒼き雷弾を放つのは玄蕃。時空を歪める魔弾がフェンリルを襲う。
「一線級の手足れがこれだけ集まったんだ……」
 鋼志朗は狩猟の構えを取り、そのエネルギーを取り込んでいく。
「並のゴーストと一線を画す相手でも、どうとでもなろうさ!」
 不倒の覚悟を胸に、フェンリルを真っ直ぐに見据える。
「……く……届かないわね」
 静蓮は赤き月の名を冠する宝剣で攻撃を加えるが、奥義を尽くしたアビリティでさえ多くが防がれる現状、通常攻撃でのダメージは望むべくもない。かといって、封術の反動を思えば紅蓮撃を切るのも踏ん切りがつかない。
「しっぽ、下がって!」
 炎に巻かれ深手を負った使役ゴーストに、下がるように命ずる蒼。それを追って、ゴーストウルフが飛びかかる。
「離れろ、この雑魚がっ!」
 そのゴーストウルフを、アガテの魔弾が横合いから撃ち貫いた。
「ありがとうございます……最初から範囲外に下がらせておくべきでしたか」
「良いんです、これが私の役割ですから……それより、フェンリルを!」
 アガテがゴーストウルフを引き付け、打ち倒している間に、能力者達の攻撃がフェンリルを撃つ。

 ──────────────────ッッ!!!

 猛る炎は、チームKにも降り注ぐ。
「全員回避ないし防御態勢! 意地でも凌げ!」
 一成の声が飛ぶが、意地ではこの熱量は凌ぎ切れぬ。凌げぬのならばと、祖霊を呼び出し、その火傷の治癒を願う。
「ぬぅぅぅっ……そんな攻撃喰らっても倒れるような鍛え方はしてないがね!」
 鉄板を仕込んだ防具の頑丈さで、炎に耐えるイアハム。
「俺が倒れてどうするがよ……気合で弾き返すがよ!」
「ああ、みんな気合入れろよ! くたばるんじゃないぞっ!」
 と言っても気合で防げるなら苦労はせず。攻撃の上昇気流は全く通用しなかったけれど、代わりに秀都は清らかな風を巻き起こして傷を塞ぐ。
「倒れなければ……いずれチャンスが巡って来る筈……今は耐え忍ぶ時……!」
 琥珀の埋め込まれた篭手から、白燐を溢れさせる鞠絵。仲間を癒し、フェンリルの炎に耐える。
「まだまだ、倒れる訳にはいかないね……!」
 その援護を受けながら、槍から十字を放つレンフィート。磔刑を与える十字槍が、フェンリルに刻印を刻み、弾丸を打ち付ける。
「さあ、『処刑』の時間だ」
 テオドールは聖葬の乙女を呼び出し、フェンリルを喰らわせる。莫大な威力と引き換えに、彼ら2人の肉体には癒しを受け付けぬ反動が刻まれる。
「みんなの事は倒れさせんから……まだ、いけるやろ?」
 その反動を祓うべく、薙刀を振るい舞を舞うマーノ。
「代わりに、攻撃がんばってねー!」
「フハハハハハハハッ! 無論よっ!」
 哄笑する月吉。紅きレッグギロチンから力を取り込み、罪を裁くオーラを拳に纏う。
「断罪ィイイ……ナックルゥッ!!」
 渾身の力による、鉄拳制裁。魔狼の莫大なエネルギーの壁を、強引に破砕し叩きつける。
「欧州に、銀の雨は降らせないのです!」
 星をモチーフにした可愛らしいロッドから、魔弾の力を引き出して己の傷を癒す鼎。その脳裏にふと、父の顔が浮かぶ。
(「渡航する前には、挨拶し損ねたけど……」)
「フェンリルを倒して、きちんと帰るんだから!」
「そうだな、勝つのは俺達だ!」
 巨大な戦槌をロケット噴射で加速させ、打ち付けるノーマ。『改』クラスに留まるその攻撃ではなかなかフェンリルの護りを貫けないが、構わず、何度も叩きつける。
「でかかったら勝てると思うなよ!」
 攻撃のついでに、言葉も叩きつけて。森が炎に包まれる中、能力者達は奮戦する。

●死闘
 されどフェンリルの攻撃は苛烈を極め、盛る炎は、能力者達の体力を確実に削り落としていく。範囲回復だけでは、その治癒が間に合わない。
 そして……他者回復のアビリティを持つ能力者の多くは、その優先順位を明確に考えていなかった。傷ついた者を治癒する、それは当たり前の事だ。しかし、治癒すべきは攻撃役か回復役か、使うべきは単体回復か範囲回復か自己回復か。全てに対応する事など、当然ながら出来はしない。
 ……目に見えなかった過ちが、姿を現していく。敵は範囲攻撃を使うのだ。多くの能力者が一斉に深手を負うのは、容易に想像出来た事だった筈なのに。迷いが手を鈍らせ、戦術判断を狂わせる。
「くっ……すみませんっ……」
「クソ、がっ……」
 そうしてまず倒れたのは、山神とアガテ。班に属さず、さらにフェンリルの巨体の周りをゴーストウルフを追って駆け回らなければならなかった2人は、回復支援を最も受け難い立ち位置。さらに彼女達がいる所は必然的に人数が増えるため、フェンリルの標的になり易く、その攻撃を最も浴びた形だ。かろうじて、全てのゴーストウルフを葬り去ったのは彼女達の意地か。
「あーもー、こん畜生め……っ!」
 ついで円。彼の倒れた主要因は、経験不足から来る耐久力の不足だ。その不足は支援を受ければ補えたかもしれないが、チームGの他者回復は範囲回復持ちを除けば灯萌のギンギンカイザーXのみ。これでは耐えようがない。
「吉川、先輩……っ」
 そもそもその灯萌からして、攻撃にアンチヒールの反動を伴う分自身の回復にも手を割かれる。チーム内の回復力が足りていない。
「出来れば、メイデンを使い切る位は、粘りたかったんだけど、ねぇ……」
 テオドール……禁忌を封ぜし拘束服が黒く焦げ染まり、その身体が大地に倒れ伏す。
 彼の場合はアンチヒールの反動が最も大きな要因だ。そもそもアンチヒールは、直後にアビリティで治癒しても一回分の回復機会を逸する非常に厄介なバッドステータスである。にも関わらず、チームKの中で最も強力なバッドステータス回復を持つ一成が祖霊降臨による単体回復を優先してしまったのが大きなミスだ。
「流石に、強烈、だね……」
 もう1人アンチヒールの反動アビを持つレンフィートは、反動アビよりも自己回復を優先する事によってなんとか耐えている。しかしそれは、攻撃の手を出せないと言う事でもあり、また4回の自己回復ではいつまで持つか心許ない。
「後は……お願いします……っ!」
 扇を取り落とし、蒼の胸当てを弾け散らして倒れる友紀。ただ彼女の場合は、前衛陣の回復を優先した結果。継戦能力よりも攻撃力の維持を取ったが故の、避け得ぬ戦闘不能だ。
「うにゃにゃー……悔しいですよー」
 しかしてその煽りを受け倒れるのは土方。自前での回復をケットシーのにゃんこ先生からの魔力補給にしか頼れない彼女にとっては、癒し手の一角が落ちたのは厳しい。
 ……櫛の歯が抜けるように、能力者達が倒れていく。だが、それは覚悟していた事でもある。フェンリルを相手に、誰も倒れず勝ち残れる筈がない。
 治癒役が2人落ちた事で能力者全体の回復力も低下し、これより先は倒れる一方、けれどフェンリルだって無傷と言う訳ではない。

 GAAAAAAAAAAAAAAAAA──────────────!!

「くくく、弱って来ているな。『雄叫び』が聞こえるぞ?」
 轟音の壁でしか無かった咆哮が叫びとして認識出来る。それはフェンリルが弱っている証と、仮面の下で月吉は笑みを浮かべる。
「まだまだ、どんどん行きますよっ!」
 ロッドから炎を解き放つのは鼎。
「どうです、貴方の炎より熱いでしょうっ!」
 豪語する彼女の前で、ノーマはハンマーを振るい続ける。
「フェンリルがゴーストウルフぐらいの大きさだったら、いいのに、なっ!」
 例え防がれても、その護りの上から衝撃を叩き込もうと振るい続ける。
「先輩……一緒に闘って、下さい……!」
 呪髪の髪型は、目標とする先輩の物。鞠絵は、その髪に祈るように力を込めた。
「はあああっ!」
 詠唱兵器であると言う事以上の力をそこから得て、ただ真っ直ぐに拳を突き出す。
「まだまだや、行けるでー!」
 猛攻を支えるのは回復役。マーノが祖霊を呼び、仲間の傷を癒すように祈る。舞が、風が、陣が。能力者達に闘う力を与え続ける。
「最初に戦った時は小学4年生だった私は、今は中学生になったし、ずっと強くなっているんだよ!」
 別のチームでは、フェンリルを見上げて睨みつける真海。
「あの時には大怪我をして最後まで戦えなかったけど……今度は最後まで戦って勝って見せるよ!」
 喉も裂けよと癒しの歌を高らかに歌う。絶対倒れないと、決意を込めて。
 そして、それでも足りなければ、自己回復によって傷を癒す。
「今は耐えよう……必ず、反撃の機会はある!」
 魔弾の力を引き上げ、風の囁きの名を持つ服を修復していくのは來那。
「うふふ、これは意外とすごいですわよ♪」
 そっとフェンリルに指を触れるみやび。そこから、凝縮された気が叩き込まれた。
「どうですかしら?」
 フェンリルの護りのエネルギーを、掻い潜るのではなく、それごと貫く衝撃。大きな傷跡が刻まれる。
「続けていきます!」
 斗志朗もその長尺のハンマーを振りかぶる。ロケットで加速した強烈な一撃が、フェンリルの身体に叩き込まれた。

 ……しかし炎はなおも降り注ぐ。業火の雨が能力者を削り、猛炎が能力者を焼き尽くすべく放たれる。
 特に狙われるのは、友紀を失った事と、自己回復を持たぬ者がいる事で、回復力に最も劣る事となったチームSだ。傍目にボロボロの戦陣を、フェンリルは見逃してはくれない。
「おら、こっちも相手してくれよ!」
 紅龍が描かれた服を翻して美影が拳を叩きつけ、チームGの方に注意を引き付けようとはするものの、1人の攻撃などフェンリルは意に介さない。あるいはチーム全員で協力して注意を引けば、攻撃を誘導する事も出来たのかもしれないが。
「くぅっ……すみませんっ……」
 真っ先に落ちるのは、元の体力に劣る蒼。しっぽの魔力供給による回復量で耐えていたが、それを使いきれば、魔弾の僅かな回復量ではもはや耐えられない。
「悪いな、この程度で死ぬようには出来てないんだよ……っ!」
 もう1人、自己回復を持たぬ夜斗も、焼き尽くされ。ボロボロの野戦服に身を包み、燃え盛る炎に身を焦がしながら、魂を奮い立たせて倒れまいとする。
「そうね、まだまだこれから……」
「静蓮、待て!」
「来るっ! 気をつけろっ!」
 その彼を白燐で回復しようとする静蓮……と、フェンリルの動きに注視していたと玄蕃と孝宏が、相次いで声を張り上げた。収束する炎、それは降り注ぐ焔の雨でも、猛り狂う炎でもない。
「っ……あああっ!」
 近づいた所に叩きつけられる、最大火力の爆炎。驚異的な熱量によって静蓮のチャイナが燃え上がる。
「銀さん!」
 すぐさま、奈津が舞によって鎮火する。しかし、その火力は凄まじく……これでは、迂闊に近づく事ができない。奈津には祖霊降臨もあるが、それだけでは間に合わない。
「くっ、二度は無理、か」
「ありゃー、参ったヨー……」
 そうなると、夜斗にはもはや炎に耐える術はなく、崩れ落ちる。ケルベロス・デーンの祈りによる僅かな回復しか頼れないシャンフォンも、それは同様だ。
「せめて、一矢、ネー……!」
 二振りのアームブレードに炎を纏わせて、ただ真っ直ぐに叩きつける。だが、それが最後の一撃となり、彼女はそのまま前のめりに倒れこんだ。
「くっ、半数が落ちた……っ!」
 チームSの10人、そのうち5人が戦闘不能。これ以上戦い続ければ、撤退が不可能になるかもしれない。
「引くしかない……でしょうか」
 事前の取り決めでも、半数の戦闘不能が撤退条件となっている。だが、他の班がまだ余裕があるのなら、倒すまで粘れるかもしれない。
「他の班の様子は……」
 そこまで口にして、奈津は気づく。他の班の様子を確かめる……。
 いったい、どうやって?

●戦いの結末
 50m。それがフェンリルの全長である。その巨体から生み出される莫大な力と耐久力は、能力者達を苦しめている。
 だがしかし。その大きさその物に対して、果たしてどれだけの注意を払って来ただろうか。
 それだけ大きな相手に対して、視界内の攻撃を同時に受けないように班を分けるそれによって生まれた他の班との距離は、決して無視出来るものではない。
 しかも目の前ではフェンリルの巨体が動き、炎も絶えず降り注ぐ。そんな状況で、肉眼で他の班の状況を確かめる……それは果たして、どれだけ困難な事だろうか。
 能力者の中で、それに気を配ったのは、オペラグラスを用意した秀都だけ。それも1つの班の中の1人だけでは意味は薄い。
「芽野さん、分かりますか……?」
「うちの班が一番攻撃を受けていたから、他の班にはまだ余裕がある……と、思うん、だが……」
 なんとか他の班に気を配り、状況が分からないかと探っていた孝宏も、各班の被弾状況を確かめるのが精一杯だ。
 そして使える時間もない。今、フェンリルは別の方向に首を巡らせたが、もしもう1度こちらに顔を向けて炎を吐かれれば……本当に撤退が叶わなくなるだろう。その時、もし他の班に余裕があれば良い。だが、無かったら?
「……引くしかない、と言う事か」
 悔しげに顔を歪め、玄蕃は吐き捨てるように口にする。
 能力者がフェンリルに勝る最大の利点は、数だ。しかし、フェンリルの範囲攻撃に対策して3班に分けた、それ自体は良い。だが、その班同士の連携が、あまりにも薄い。……それが、事前に気づけなかった、最大の過ち。
「殿は引き受けます、戦闘不能の方々を回収して下さい!」
「くっ……仕方ないわね」
 鋼志朗が他の仲間を庇うように立つと、静蓮は倒れた能力者を担ぎ上げる。
「撤退次第、他の班に伝令を……!」
 奈津が言うが、まずフェンリルの攻撃範囲外へ重傷者を搬送し、そこから他の班へと駆ける。それには数十秒の時間を要するだろう。その時間は、決して短いものではない。
 何より……まだ戦える5人の能力者が戦場を離れた意味は、決して小さくはない。

「ぬぉぉぉ、根性だがよ! 俺が倒れてどうするがよ、俺こそがK班の壁ぴぎゃー!」
 自己回復をほとんどしていなかったため全身に火傷を負ったイアハムが、一度は凌駕したものの次の炎に焼かれて倒れこむ。
「S班が撤退したみたい、だ……くっ、こっちもキツい、かっ……」
 他の班の様子を見ていた秀都が声を張り上げた。だが、その彼も、これ以上の炎には耐えられず、膝を付く。
 1つの班を失った事で、猛炎の降り注ぐ頻度が増し、かといってもちろん、回復力が増える訳でもなく。能力者達はジリ貧に追い込まれる。最もそれは、『どちらが先か』と言う程度の事であったろうが。
「くっ、まずい、な……」
 その前から既に危険な状態にあったレンフィートも、そのスーツのあちこちに焼け跡が刻まれ、崩れ落ちた。
「うぅ……ここまで、なの……?」
 鼎も、魔弾の射手ではそれ自身の回復量を引き上げられないのが厳しく、祈りの込められた狩衣が燃え上がると共に倒れこむ。
 彼女のモーラットも、戦闘不能者を運びだそうとフェンリルの間合いに入った次の瞬間には、消滅してしまっている。
「くっ……引き時、か」
「そう、ですね……」
 もはや、戦線の崩壊は抑えきれない所まで来ていた。ノーマが呟き、鞠絵が悔しげに俯く。
「動けない人は、みんなで連れて行くんよ!」
「うむ。……出来ればこのような形で去りたくはなかったがな」
 マーノと月吉が戦闘不能者を担ぎ上げる。
「くそっ……死なねえよ、恋人待ってんだ。死ねるか!」
 吐き捨て、殿を務める一成。二班目が、戦場を去る。

「ここまで……かな」
「そうだな……これ以上は、無理か」
 チームGは、最も自己回復が充実していたため、なんとか耐えれていた。しかし、他の標的も無くずっと降り注ぐ炎に自己回復だけで耐え続けていても、攻撃のしようがない。灯萌や裕は、苦々しげに結論付ける。
「くそっ……暴れ足りねぇぜ!」
「最後まで立っていられても……勝てなきゃ、意味がないよ……!」
 美影は拳を打ち合わせて吐き捨て、真海は心の底から悔しげに。
「せめて、他の方々が上手く行っていればいいのですけれど」
 自分たちは、駄目だったけれど。みやびは祈り、願う。
「殿は、俺が」
 斗志朗が武器を構え、こうして最後の班も撤退に移る。フェンリルは、追って来ない。
「この状況で人狼に見つかったら、どうしようもないからね……急がないと」
「倒せず、命も落とし、という訳には、絶対いかないからな」
 來那も晴臣も、悔しさを隠せない。だが、ここで躊躇えば、無駄死だ。せめて命だけでも繋がなくてはならない。生きて、帰らなくては。
「帰るって約束しやがったから死ぬ訳にゃいか無ェからな。でも……」
 その魔狼を見上げ、春一は叫ぶ。
「絶対ェ、体制を立て直しやがってカタ、付けにきやがるからな!」

 GAAAAAAAAAAAAAA──────────────!!

 勝ち誇るようなフェンリルの雄叫びが、森に響き渡った。


マスター:一二三四五六 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2011/02/25
得票数:笑える2  泣ける2  カッコいい7  知的2  せつない25 
冒険結果:失敗…
重傷者:白瀬・友紀(蒼の浄巫女・b03507)  高城・蒼(護手・b04274)  テオドール・フォルクナー(白ム廃園・b16818)  シャンフォン・チュン(黒衣の魔焔使い・b18843)  黒澤・夜斗(暗夜赤光・b21583)  土方・伊織(にゃんこ先生のお弟子さん・b22693)  吉川・円(男だが巫女ってどーよ・b23782)  敷島九十九式・秀都(エクストラエンフォースメント・b57363)  イアハム・ヴォレンティーナ(漢ヴァンパイア・b57824)  レンフィート・ディアレスト(水面の三日月・b69074)  山神・伊織(龍虎双握・bn0002)(NPC) 
死亡者:なし
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