「ファンガス獲得ツアー2011」へようこそ!


   



<オープニング>


「今年もまたこの季節がやって来たな」

 王子・団十郎(運命予報士・bn0019)は、集まった能力者たちを見回した。
「みんな、集まってくれてありがとう。友人たちを救うために、ちょっとした手助けを頼む」
 団十郎の言葉に、「わかってるぜ!」と答える者もいれば、「何をしたらいい?」と問う者もいる。
「戦いにはならないから安心してくれ。詳しい事は、また彼女から説明してもらおう。明生、任せた」
 そう言って団十郎があけた場所に、「は〜い」と1人の女の子が進み出た。『旅のしおり 2011年』と書かれた大量の冊子とデジカメを握ったまま、女の子はぺこりと頭を下げて話し始める。
「こんにちは、みなさん。わたしは明生・芙美っていいます。ファンガス共生者です!
 今年もみなさんには、北海道は知床半島にあるカムイワッカへ行っていただきたいの。
 そこで、ファンガスたちと、あと……できれば、わたしのお友だちの『さつきちゃん』を助けてあげて欲しいんです!」

 集まった能力者たちが「ざわ」と動揺した。
 自分たちがファンガスたちを助けると言うのはわかる。もともとそのつもりで集まったからだ。
 しかし、その『さつきちゃん』とやらは一体何者なのだろう? 一同の頭上に疑問符が浮かぶ。
「えっと、さつきちゃんについては、後でご説明します。まずはこちらを見てください」
 日程や注意事項などが書かれた旅のしおりを全員に配りながら、芙美はこのツアー最大の目的である、『ファンガスの保護』について説明を始めた。
 ファンガスは地衣類(ようはキノコ)の来訪者だ。彼らを助けるため、2009年から行われるようになったこのツアーも、早いもので今年で3回目の実施となる。
 個々では弱いが、ファンガスは集うことで力を増す。数年前、彼らは〈世界結界〉にまで悪影響を及ぼしかけたことがあったが、芙美の友人たちがその事件を阻止。その後、銀誓館学園と友好関係を結ぶこととなり、現在ファンガスたちは、カムイワッカの地に群生地を作ってひっそりと暮している。
 ところが困ったことに、彼らには春になると本能的に仲間を増やしてしまう性質があった。
「増える=力を得る」の構図を崩すには、増えたファンガスを群生地から引き離すしかない。だが、弱いファンガスは〈世界結界〉に耐えられず、群生地から引き離したが最後、消滅してしまう。
 それを避けるため、銀誓館学園の能力者たちは、弱いファンガスを身体に宿すことで彼らを守ることにした。結果として、現在のような共生状態が成立することとなったのだ。

「群生地に行くだけでファンガスを身体に宿せますから、現地では自由に過ごしてください。ファンガスは好奇心旺盛なので、彼らの方からみなさんに近寄っくると思います」
 宿す前のファンガスは、真っ白で不定形なもわもわした姿をしており、手のひらサイズでのたのた動くのだという。人の心が分かり、その心に影響される。話もできないし表情もわからないが、確かに伝わってくるものがあるらしい。
「もうね、本っ当っにかわいいの〜〜!」
「あ〜……。ファンガスを助けることについては、みんな充分にわかってくれたと思う。明生、もうひとつの頼みごとである『さつきちゃん』についても、その、説明を頼む。待たせているんだろう?」
 目を輝かせファンガスがいかにかわいらしいかを力説する芙美を、団十郎が落ち着かせる。
「はっ! そうでした。すみませんっ。……ええと、さつきちゃん。入って来て?」
「は、はいっ!」
 廊下で待っていたのだろう。芙美に促され、小学1年生ぐらいの女の子が教室に入ってきた。
 茶がかったピンクの髪にオレンジ色の瞳、白い肌の持ち主だ。おとなしそうだが、目には強い意志が見える。芯のしっかりした子のようだ。気になるのは、彼女が身につけている首飾り。紐状の輪の先に青い石が1つついているだけの物なのだが、妙に気になる。よく見ればその石は青く光っていた。
 興味深々の視線を受け、少し戸惑った様子を見せつつも、少女は集まった一同に挨拶をした。
 
「みなさん、初めまして。わたしは『園枝・さつき』。――人型の来訪者ファンガスです」

「「「……え? ええぇえええええっっっ!!!!」」」

 少女の言葉に、教室中の能力者たちの声が揃う。
「いたんだ?!」「この娘キノコ?」などさまざまな声が飛び交う中、芙美が慌ててフォローする。
「彼女は、力が弱い状態でも人間の姿と自我を保ちながら育つことができた、唯一のファンガスなの」
 それはなぜなのかと一斉に能力者たちが問う。
「それは、わたしが、この『紺碧の貴石』というメガリスを身につけていたからです」
 青い石の首飾りを指差し、さつきが答えた。重ねて説明した芙美によると、このメガリスには副次的に植物やそれに類するものの成長を促す効果があるのだという。そのおかげで、彼女は人間の姿を保ったまま、単独で自在に動くことができるようになったのだ。
「そんなことが……」「新しいメガリスか」と興奮冷めやらぬ一同に、さつきは一礼してさらに語る。
「みなさん。いつもわたしたちファンガスを助けてくださって、ありがとうございます。
 みなさんのおかげで、仲間のファンガスたちも無事に過ごせていますし、わたしもここまで育つことができました。わたしはもう、このメガリスがなくても消滅せずにすむだけの力を得ました。
 なので、このメガリス『紺碧の貴石』を銀誓館学園のみなさんに差し上げようと思うのです」

「「「「……え? ええぇええええええぇええええっっっ!!!!!」」」」

 本日、2度目。能力者たちの声が揃った。
「自在に動けるとはいえ、わたしに特別な力があるわけではありません。誰かに奪われることだって考えられます。それなら、大好きなみなさんにお譲りして、有効に使っていただきたいと思って」
 ありがたい言葉だが、それとカムイワッカという言葉がつながらない。何をすればいいのだろう?
 能力者たちは小首をかしげ、そして1つの答えにたどり着く。
「ひょっとして、それはファンガスの総意じゃないの? あなた個人の考えだったりする?」
 尋ねられ、さつきは「……はい」と困ったように返答し、言葉を重ねた。
「でも、ファンガスみんなの心は、ほとんどわたしと同じだと思います。彼らが現状以上の成長を望んでいないことも、『助けてくれるみんなの力になりたい』って思いをいつも抱いていることも伝わってきますから。だから大丈夫。今までその具体的な方法を思いつかなかっただけなんです。方法があるってわかったら、きっと喜んで了承してくれるはずです」
 そしてその考えを種族の総意とした上で、メガリスを譲りたいのだとさつきは言った。
「みなさんに頼みたいと言ったのは、あくまで念のためです。わたしと一緒にカムイワッカへ行って、いつものようにファンガスたちと接してください。そして、『力になりたい』と考えている彼らの思いを感じとってあげてください」
 
 さつきの説明が一段落したのを見て、芙美はデジカメを操作し、いくつかの風景を映し出した。
 ・川の水の温度が高く、その滝つぼは温泉として浸かることもできる『湯滝』
 ・湯滝近くや海岸沿い、新たに見つかった凍った地下滝のある洞窟などがある『洞窟群』
 ・スキーやスノボ、雪像造りなどさまざまな雪遊びができ、山頂から山裾まで楽しめる『雪原』
 今年もこの3ヶ所で特に繁殖が盛んなのだという。

『湯滝』は滝の場所で分けられ、川も滝も全てお湯で楽しめる。川底のミズゴケには注意が必要だ。
「一の滝」は、周りに岩棚があってはしゃぎやすい場所。ただ、今年はミズゴケが絶賛大繁茂中だ。
「二〜三の滝」は、少し小さいが浅めの滝つぼが続く。今年は野生動物が姿を見せているらしい。
「四の滝」では、広く深い滝つぼでまったりできる。湯とファンガスと戯れるにはもってこいだろう。

『洞窟群』は、湯滝近くで壁画のある洞窟に、オホーツク海に面する洞窟、新しく見つかった地下滝のある洞窟の3つを指す。
「壁画の洞窟」では、「世界結界の下で倒れるキノコ」や「キノコと人間、双方に向く矢印」「光る玉を持つ女型キノコ」などの壁画が見られる。暗号めいたそれらを読み解くのも楽しいだろう。
「海岸洞窟」では、岸に打ち上げられ残ったいくつかの流氷や海中の生物などを観察するのもいい。
「地下滝の洞窟」では、日々つららを伸ばす地下滝と氷筍、周囲にきらめくヒカリゴケを堪能できる。

『雪原』は高度で分けられる。あらゆるウィンタースポーツの用意がされ、雪像づくりもバッチリだ。
「山頂」は見晴らしが最高。今年は風が強いが、スキーやスノボなど斜面を楽しむのに最適だ。
「山裾」はなだらかな斜面で雪像作りに適している。今年は雪洞を作り、中で鍋を楽しめるよう色んな種類の鍋を用意している。アレンジし、個性的な鍋を作ってファンガスを驚かすのも楽しそうだ。
「山腹」は冬木立ちが美しい。観察して回ったり、雪に紛れたファンガスたちと戯れるのもいい。


 さつきは群生地中を動き回っているが、彼女がおもに他のファンガスたちに思いを伝える場として選んだのは『雪原』の「山腹」になる。気になるなら顔を出してみるといいだろう。
 新しく見つかった洞窟はとても寒く、地下滝全体が凍りつきとても幻想的なのだという。海は残念ながら流氷が離岸してしまったが、まだクリオネがいる。まだまだ見どころはありそうだ。
 この辺りは普段も制限が厳しいが、今の時期はほぼ全面立ち入り禁止の場所なので、一般人に見られる心配はない。とはいえ、雪もまだ深く寒冷地であることには違いはなく、気を抜かないようにしなければ。また、ファンガスたちが群生地の外に出ないよう注意が必要だろう。もちろん身体に宿して連れ出すのは大歓迎だ。

 説明をし終えて、芙美とさつきは背筋を伸ばして頭を下げる。
「みなさん。助けると思って、どうか彼らを宿してあげてください」
「いつもどおり一緒に楽しくすごしてあげてください。そして、彼らの思いを感じてあげてください」
「「どうぞよろしくお願いします!」」

 今年も、カムイワッカの地でファンガスたちが銀誓館学園の能力者たちの訪れを待っている。
 友を助け、その思いを受け取りに、いざ行かん。北の白き大地へ――。




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<リプレイ>

●知床連山を臨んで
 今年はいつまでも寒の戻りが続いていたが、ずいぶんと温かくなった。
 4月に入り桜の花もようやくほころび始め、辺りには春の気配が漂う。そんな、やっと訪れた温かな日差しに背を向けて、今年も未だ雪に覆われた白い大地を目指す能力者たちの姿があった。
 彼らの目的地は、北海道は知床半島にあるカムイワッカの地。
 カムイワッカは、銀誓館学園と友好関係にある来訪者ファンガスたちが群生地と決めた場所だ。ファンガスたちを救うため、能力者たちは目的地ごとに別れて知床半島へ入ろうとしている。
 湯滝へ向かう者は半島の北側から沢を辿って、海岸洞窟へ向かう者は湯滝の沢よりさらに海沿いに北へ。壁画の洞窟と雪原へ向かう者は、羅臼岳側から半島の真ん中を突っ切る。新たに発見された地下滝の洞窟へ向かう者は、半島南にある隠された風穴を目指す。集合解散の時間は明確に決めず、最早到着時刻と最遅出立時刻のみを決め、自由に動いてもらうのは毎年変わらない。
 カムイワッカのある知床連山は、風光明媚な観光地としても知られる。が、実は本州の3000m級の山々に匹敵する厳しい気象環境を持つ。ヒグマなど危険な野生動物は出没するわ、浮石や落石による被害が頻発しているわで、2010年より冬に限らず夏さえも一般人の立ち入りは厳しく制限されるようになった。つまりは、危険なため既定のルート以外は近寄ることさえ難しい場所なのだ。
 もちろん、能力者であっても危険な場所には代わりはない。
 だが、彼らは雪道をひた進む。
「助ける手段があるなら、自分にその力があるなら、行こう」
「届けたい熱い思いがあるというのなら、それを受け止めよう」
「彼らに久しぶりに懐かしい大地の風に触れさせてやろう」
 それぞれがそれぞれの思いを抱き、協力関係にある来訪者――否、友だちに会いに行く。
 自分たちの訪れを喜ぶ『心』が、確かに伝わってくるのを知っているから。

●カムイワッカの沢を行く
 湯滝に向かう者たちは、河口と面した海岸から一旦離れ知床連山に向かって山に入っていく。響き渡る沢の音を近くに聞きながら、沢の横に続く山道を進むのだ。
「まだそれなりに雪があるね……」
「学園の方では桜が咲き始めてるのに、こっちではまだ雪があるんだ」
 結社【虚無の社】のみんなとやって来た、帷・神奈(小学生妖狐・b75350)が呟く。神奈の言葉に頷きながら、アンネット・ストラウド(小学生ヤドリギ使い・b78337)は驚きを隠せないでいた。
「そんなよそ見してると滑るよ」
 2人をマティア・ベルトラン(小学生処刑人・b79415)が注意する。みんなで『北海道はまだ雪が残っているだろうから滑らないよう注意する』と決めてきたのに、忘れては元も子もない。
「滑らないように……わっキャ……」
 もっとも、椎名・綾香(小学生土蜘蛛の巫女・b78331)のように注意しても滑る者もいるわけだが。
「銀誓館学園という所は退屈する暇がないな」
「ほんとですわ、国外で戦争したと思えば、来訪者を助ける為にこんなツアーまで組んで」
 アル・ローゼンバッハ(小学生巡礼士・b78328)が思わず言えば、ベネット・グランシェール(小学生貴種ヴァンパイア・b78330)が即座に同意した。
 おしゃべりをするうち、沢へと合流する場所に来た。能力者たちは山道から、少し下ったところにある沢へと移動する。
 ざあああああああ!
 途端に水音が大きくなった。雪解け水も加わり水量はちょっと多そうだ。
 流れ来る沢の水がすべて温泉だという、このとんでもないスケールの温泉こそが、神のおわす地に流れるカムイワッカの沢。湯滝へと繋がる川の流れになる。
 さすがに4月の前半では、この辺りの水温は低く水と変わらない。けれど、気温がやっとプラスに転じ始めた程度の知床半島では、たとえ雪解け水が混じっていたとしても、沢の水の方が温かかったりするのだ。現に周囲は未だ雪に覆われたままだが、沢にほど近い場所には春の息吹が感じられる。
(「規模が違うな……」)
 自分の家の地元も自然は多かったが、と夜宮・満天(星満つる夜のそら・b56297)は額に浮かんだ汗を拭った。こんな場所に暮す来訪者ファンガスとはどんなもんなのか、楽しみになってくる。
 カワガラスのさえずりを聞きながら、ひたすら沢の中を上流に向かって登っていく。
 落差の激しさ、険しさによる難所は自身の力をフルに発揮することで越えられたが、この沢の特徴である滑らかな川底や繁殖する藻は、能力者といえども油断ならず、滑らないよう注意しなければならなかった。上流に向かえば向かうほど沢の水は温かくなり快適になったが、足を沢から持ち上げれば極寒の大気が急速に体温を奪い去る。地形と気温、どちらも一行の歩みを鈍らせる要因となった。
 しかしそれももう終わる。一行は、川から足を出してもすぐには冷えない温度と効能を湯に感じた。
「あったかい!」
 能力者たちの表情が一様に明るくなっていく。水面から発せられる湯気の量も目に見えて増え、鼻を衝く温泉地特有の硫黄臭も強くなってきた。
「見えたぞ。湯滝だ!」
「着いたね!」
 前方に現れた滝に、喜び、ここまで登ってきた互いを褒め合う能力者たち。
 温まっては凍え、凍えては温まるを繰り返し進んだ先にやっとたどり着いた温泉は、まさに楽園だ。さあ、冷えた身体を心行くまで温めるとしよう。

●ここは戦場 〜一の滝〜
 急斜面の滑り台のごとき岩肌を湯が流れ落ちる。ここは、下流からせっせと登ってきて最初に出会う湯滝「一の滝」だ。落ちた湯は滝つぼに溜まり、湯船となって人々を喜ばせる。
 湯滝を初めて目にした者も多く、いやがうえにも期待は高まった。が、今日は晴れてはいるが快晴とは言えず、例年に比べると気温も低い。一度湯に浸かってしまえば平気なのだろうが、踏ん切りをつけるのに勇気がいった。
 そんな肌寒い中、片桐・綾乃(猫を被った直情系お嬢様・b19717)は、いち早く水着に着替えて滝壺へ向かう。リーサ・ソルト(ゴーストチェイサー・b67397)もせっかく来たのだからと後に続いた。
「何か……いつもより緑色してない?」
 以前にも来たことがあるらしい誰かが呟く。確かに一の滝全体がなんだか緑色をしている。
 そういえば、旅のしおりに「一の滝で、今年は藻が絶賛大繁殖中」だと書かれていた。ならば、この川底のふかふか具合も納得できるというもの。
 義姉妹で連れ立って参加した皇・黄桜(真妖狐・b73818)は、最年長の意地でこの不気味な湯滝に足をつけた。
 ずる。ばしゃーん。
 足を滑らせた黄桜が滝壺に沈んで見えなくなったのを、控えていた皇・無華(高校生科学人間・b78418)が慌てて湯に入って引っ張り上げる。黄桜は身長が140cmを切っているため、滝壺で放置するのは危険すぎるのだ。無華のフォロー体質なところが、ここでも見事発揮されていた。
「温泉の滝なんて、すごいわね!」
 先ほどの悲劇を目の当たりにしたマリアンヌ・フランクール(極楽案内人・b78429)は、滑らないよう気をつけつつ泳いでいた。もっさり茂ったミズゴケを見て、マリアンヌはある仮定を立ててみる。植物の成長を促すという例のメガリス。その力をファンガスの少女さつきが必要としなくなったから、その分の力が周囲に及んでいる、とかではないだろうか?
 そんなことを考えていると、肩にのたのたと白いカタマリが乗っかってきた。
「……とかいう推理が成り立つのだよ、ワトソン君。なんてね」
 名探偵よろしく言ってみる。マリアンヌは剥がれ流れてきたミズゴケを手に取り、ワトソン君っぽくヒゲに見立ててファンガスに付けてみた。
「ひげファンガス……かわいい!」
 ファンガスは緑のヒゲが気に入ったのか、外そうとしない。泳ぐマリアンヌのそばを、ヒゲを付けたままちゃぱちゃぱとついていた。

 とても和やかな空気が一の滝に満ちていた。
 いつもなら岩の上から飛び込んだり、足をもっと豪快に滑らせてドンブラと流れていったりする者が出たりするのだが、今年はなんだかみんなお行儀が良くハプニングが起こらない。
 それはそれでいいことだと思いつつも、ファンガスも含めた全員が、何だか物足りなさを感じていた……のかもしれない。
 しばらくして、片桐・綾乃が動いた。
 綾乃は普通に泳いだり水かけをするだけでは刺激が足りない、何かないかと周囲を見渡した。その目に留まったのは、一の滝の周囲に積もった雪、雪、雪……。
(「湯滝に浸かっている人たちに、雪合戦とか仕掛けても面白いかもしれませんわね」)
 口元に笑みを浮かべ、むんずとそれを両手いっぱいに掴み上げる。
「そーれっ!」
 ぼちゃぼちゃと湯滝に落ちる雪。そして上がる悲鳴。
「冷たっ!」
「むっ、誰だっ!」
「クククク」
 もともと一の滝はお祭り好きな者の比率が高い。綾乃の攻撃に一同の闘志が燃え上がった。
 挑まれたなら受けて立たねばなるまい。興那城・ミキノ(シルエットミラージュ・b66476)もその1人。不意を突かれた自分が許せなく、復讐すべくどっかりと大量の雪の塊を手に取る。皇・黄桜は、皇・無華が差し出す雪玉を次から次へと投げ込んだ。マリアンヌ・フランクールとリーサ・ソルトは、己の運動神経を駆使してヒット・アンド・アウェイを繰り返す。
 一の滝はまさに戦いの場となった。
 そんな中、綾乃が投げた白いカタマリが湯に落ちたあと、いつまで経っても溶けずプカリと水面に浮かんだまま、ドンブラと流れていく。ファンガスだ。
「あら……、うっかりしてましたわ。ごめんなさいね」
 優雅な手つきで救い上げた綾乃は、ファンガスにそっと謝った。
 実は、ほかの者たちもファンガスと雪を間違えてかなり投げていた。その証拠に、戦いが始まる前より緑色の湯船に白く丸いカタマリの量が明らかに増えている。あ、また増えた。
 ぷかぷか。ぷかぷか。
 水面にところどころ浮かんでいる白いファンガスたちと湯滝の緑色。ほぼ全員が、この色のコントラストに、『宇治抹茶に落とした白玉団子』を思い浮かべていた。

●おしゃべりしながら足湯を 〜二の滝、三の滝〜
 一の滝から岩棚を登り、再び沢を行くと緩やかな流れの中に小ぶりな滝が連続して現れる。『二の滝』『三の滝』だ。それほど広くなく深さもほどほどの滝と周辺の川は、足湯など軽く湯を楽しむのに適している。川岸に腰をかけのんびりと時間を過ごす者、おしゃべりを楽しむものさまざまだ。
 マリアンネ・アルムホルト(高校生貴種ヴァンパイア・b80492)と草加・奈緒(夢幻の檻・b80491)も、さっそく素足になって足を湯に浸した。湯の温かさに緊張が解け、おしゃべりに花が咲く。
「まだまだ恋人になったばかりですけど、よろしくお願いしますわね」
「はい。これからもお願いします、マリア様」
 マリアンネが言うと、奈緒が間髪を入れず答えを返す。そんな奈緒がいとおしいとマリアンネは思った。湯に浸し、ほんのりと薄桃色に染まった奈緒の脚もとても愛らしく美しい……。
「……? どうかしたんですか?」
 じーーっと脚を見つめるマリアンネに、不思議そうに奈緒が尋ねる。
「え、いや……綺麗な脚だと思っただけですわ」
「……」
 賞賛され、奈緒は赤くなって黙り込んだ。
 雪に覆われた川岸の木々に目をやれば、その陰に動くものがある。一般の立ち入りが禁じられた場所に生息する、人に慣れてないがゆえに、人をあまり警戒しない野生の動物たちだ。
 角の立派なエゾシカが川岸からこちらを覗き込んでいるし、ふと足元を見ればエゾリスが湯で手を洗うそぶりを見せていたり、湯に浸かったエゾクロテンが短い脚を動かして湯をかいたりしている。
 春野・小鳥(ツンネコ・b78430)とアズニーダ・ブレンネン(中学生クルースニク・b79725)の2人も、そんな野生動物を足湯をしながら観察していた。
 これが2人にとって初めてのデートになる。誘ってもらって小鳥はずっとドキドキしていた。もちろん誘ったアズニーダも同じだ。
「「……」」
 話したい事はたくさんあるのに胸がいっぱいで言葉にならず、2人して黙り込んでいた。が――。
(「アズ誘ってくれてありがとう」)
(「アズ大好きなの」)
 小鳥の感謝と愛情の念も。
(「自分でいいのか」)
(「守りたい、一緒にいたい」)
(「触れたい」)
 アズニーダの溢れる思いも。
 ファンガスたちにしっかりと伝わっていた。2人の頭の上でファンガスたちが嬉しげに移動したり、スリスリじゃれあったり、くっついたりしている。互いがどう思っているかなんて一目瞭然で、宿したファンガスが伝えてくれる前にわかってしまった。
 赤く顔を染め、手を握って見詰め合う小鳥とアズニーダ。そんな2人の傍に、いつの間にかエゾシマリスやナキウサギが寄って来ている。敵意や害意が皆無なのが彼らにも伝わったのだ。
「みんなこうやって仲良くなれたらいいのにな」
 みんなで仲良く湯を楽しみながら、アズニーダはそっと呟いた。

 高校最後の年でもあるし、はしゃぐのは向いてないと、篠原・千秋(光霧の茶道家元継承者・b78170)は本を読んだり、野生動物をゆっくり眺めたりと、自分のペースで湯を楽しんでいる。
 そんな静かな時間を楽しむ千秋のもとにも闖入者が現れた。本のページを繰る手を邪魔する白いカタマリ、ファンガスだ。読書の妨害をしておいて、見ようによっては偉そうに千秋の手の上に居座るファンガス。千秋が払い除けないのをいいことに、了解が出たと考えたのか、のたのたと肩まで移動してそのまま居ついてしまった。
「凄いな」
 千秋の口から驚嘆の声が漏れる。知床の大地が抱く自然の力、そこに宿るファンガスたち。それらを見れるだけでも十分なのに、この身に取り込めるとは。それがわかってツアーに参加したとはいえ、目の当たりにして千秋は心底驚いていた。
 1人足湯に浸かっているのは千秋だけではない。夕凪・朔哉(兎月の宵闇・b20365)もまた、足湯をしつつ読書とファンガスを眺めることを楽しんでいた。
 朔哉は動くものを見るのは嫌ではなかった。何しろ飽きない。ここには川べりでのたのた動くファンガスだけでなく、水面をドンブラと流れていくファンガス、野生動物の足下から転がり出るファンガスやそれを鼻先で突くエゾシカなんてものも見られるのだ。
 自然は好きだし、たまにはのんびり過ごすのも悪くない。
 朔哉は小さく頷いて、本の次のページをめくった。
「ここは読書するのにいい場所だな」
 朔哉が栞を挟み本を閉じたのを見計らって、篠原・千秋は声をかける。
「あ、ああ。そうだな」
 ずっと本を読んでいたから、足はともかく上半身が少し固まってしまった。朔哉は軽く腕を回してから伸びをする。朔哉は慣れない人と話すのはあまり得意ではないのだが、足湯のおかげかあまり緊張せずに話せた。読書や自然が好きで、静かな場所を好むことは、視界に互いの姿を認めていたためわかっていた。だからだろう。
 千秋は、朔哉が読んでいる本について尋ねたり、今一番気になっているファンガスや園枝・さつきについて聞いた。朔哉は答えられる範囲のことを答え、逆に千秋におススメの図書はないか尋ねたりして会話を楽しんだ。
「ファンガスさん、はじめまして、古井出です。よろしくお願いしますね」
 浅い滝壺に腰を下ろしてファンガスの訪れを待っていた古井出・鞠子(突っ込み大使・b62532)は、流れに乗ってやってきた彼らにさっそく挨拶をしていた。
 共生とはどんな感じなのだろうか? なにぶん初めての事なので不安と期待でいっぱいだ。
(「良い宿主さんになれるといいのですが」)
 鞠子の思いを感じ取ったのか、1体のファンガスが滝壺に膝を抱えて三角座りしていた鞠子の腕に乗っかってきた。白くて何の表情もないが、ただそこにいるだけで『大丈夫』と言っている気がして鞠子の心は少し軽くなる。周囲を見る余裕も出てきて、野生動物たちの仕草に顔がほころんだ。
「か、かわいいです……。お写真撮りたいですが、逃げちゃいますよね。我慢我慢……」
 我慢したおかげか、エゾシマリスが鞠子の背中を伝って、肩へと駆け抜けていった。そこから膝の上にダイブしたエゾシマリスは、膝を抱える腕に先客のファンガスがいることに気づく。ファンガスをツンツンと突いたあと、エゾシマリスどこかへ行ってしまった。
(「珍しい光景を見てしまいました……」)
 嬉しそうな鞠子。突かれたあとも動じず鞠子の腕の上にいるファンガスを見て思う。ファンガスたちはメガリスの譲渡についてどう思ってるのかと。さつきは「たぶん大丈夫。同じ考えのはずだ」と言っていたが確定ではない。
 賛成なら嬉しいけれど、もし反対なら。
(「私と銀誓館学園で過ごすことで考え直してくれると嬉しいな」)
 鞠子は膝の上のファンガスを撫でながら、思いを伝えようと強く思った。

 月見里・和(高校生クルースニク・b80731)は、ファンガスたちを膝の上に乗せ、絵本の読み聞かせをしていた。和が選んだのは綺麗な挿絵の童話。幸せな結末の優しい話を、和は丁寧に音読する。
「……おしまい。えと、ファンガスさん面白かったでしょうか?」
 膝の上だけかと思っていたら、いつの間にか和の背に頭にもファンガスたちが乗っていた。たくさんのファンガスに囲まれたまま、和は尋ねる。
「あの、私と一緒に来ませんか? 私もお世話になった学園の皆さんの力になりたくて学園に編入してきました。一緒に学園の皆さんに恩返しをしませんか?」
 真摯な眼差しを受け、膝に乗っていた1体のファンガスが和の前で身体を大きく伸ばした。
『自分も恩返しがしたい。だから連れて行って』
 そう言っているような気がして、和は微笑む。
「はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと下げた頭と伸びていたファンガスがぶつかった。
(「ここでお昼寝できたら、気持ちいいんだろうなぁ……」)
 雛月・かごめ(高校生ナイトメア適合者・b42803)は足湯にうっとりとなっていた。湯の温かさに心がほぐされていく。初めてファンガスに会うかごめは、彼らと仲良くできるといいなと少し緊張していたが今はもう大丈夫。
 その隣で、「ああ、ちょうどいい湯だな」と夜宮・満天が足を浸す。
「「……」」
 一緒に来たくせに、2人ともなんだか無言で湯に足を浸している。
 かごめにとって満天は「大事な幼なじみのお兄ちゃんの大切なお友達」で、満天にとってかごめは「親友の幼なじみ」という存在。共通の親しい知り合いがいるおかげで良く知っているつもりだったが、考えてみれば今まであまり話したことがない。今さらながらそのことに気づき困惑していた。
「この間あいつとも温泉に行ったけど」
 自然と共通の知り合いの話が口をついて出る。
「温泉……あ、卒業旅行、だよね……? お兄ちゃんも、楽しかったって言ってたよ」
「この温泉で我慢比べしようって言ったら、雛月も乗るタイプか?」
「我慢くらべ……。でも、私、お兄ちゃんに『のぼせる前にちゃんと出ろ』って言われちゃってるから……。うーん」
 答えに迷っているかごめを見て、満天は普段友人が彼女を大切にしてるのがよくわかった。
(「なんか……妬けるよな、幼なじみって」)
 せっかくの機会だから、いろいろと積もる話をしてみよう。
 妬いているのは満天だけではない。かごめもいつも仲のいい満天とお兄ちゃんに少し妬いていた。
(「私も夜宮先輩と仲良くなって……仲間にいれてもらえたらいいなぁ」)
 そんなことをこっそりと思っていた。内緒だけど、と心の中で付け足したかごめだった。

 足湯は身体と同時に心もほぐしてくれる。友人や恋人同士、普段はきちんと伝えられていないことや互いの思いを伝えるのに向いているのかもしれない。
「楽しいか? ファズ」
 ハーヴェイ・マクミラン(サイコマニア・b46916)は、自分の左肩にいるファンガスに声をかけた。宿していたファンガスのファズと現地のファンガスたちとの再会と交流を見守ろうと知床までやって来たが、楽しそうにしているようなので良かったのだろうと思う。
 横を見れば、一緒に来た小鳥遊・終夜(堕天使の紡ぐ唄・b18368)も宿していたファンガスを群生地に放っていた。
「何処か行ったりしないでくださいね?」
 ふわふわと嬉しそうに跳ねる姿に終夜が言う。こちらもとても楽しそうにしていて、たまの里帰りもいいものだと思う。
 ファズを通じて自分の気持ちも彼らに伝わって行くのだろうか? ハーヴェイは、初めて来た時よりファンガスたちが友好的だと感じていた。そして、確かめたかった彼らの思いも――。
「伝わってくるな、確かに……」
 こぼした言葉が聞こえたのか、「そうですね」とくすくす小さく笑いながら終夜が同意する。
 今、この瞬間にもファンガスの少女さつきが、仲間の同意を得ようとしているはずだ。
 総意は彼らが決めること。どんな結果であろうと自分たちはそれを受け止めるだけだと思ってる。
「「でも今は」」
 ハーヴェイと終夜の声が揃う。
「彼らが楽しいのならそれでいいんですけど、ね」
「難しいことは考えないでこの情景を楽しんでおこう」
 それぞれの考えに小さく笑い、二人はファンガスたちを愛でていた。

●広い滝つぼでゆったりと 〜四の滝〜
 もっとも広く深い湯滝――それが四の滝だ。
 秘湯を堪能しに、あるいはファンガスたちとの出会いを求めて『四の滝』までやってきた能力者たちは、その苦労が報われたと直感的にわかった。今まで登ってきたどの滝よりも温かい湯と濃い成分、それが湯滝の前に立っただけで感じられる。それほどまでに圧倒的な存在感の湯滝なのだ。
 湯滝の群生地の中では最奥なだけあって、ここはファンガスも今までより多く集まっている。身体の疲れを癒すにも、相棒を見つけるにも、まず困ることはないだろう。
 さあ、神の水とまで呼ばれる温かい湯に、身も心もゆだねようではないか!

「こんにちはファンガスたん〜♪」
 どっぽーん!
 派手な音を立てて、津軽野・海(荒波こえて山越えて・b19077)は一番乗りで滝壺に飛び込んだ。黄色いチェック柄のビキニが元気な海によく似合っている。
「今日は一緒にたくさん遊んでにゃ♪」
 ぷはーっと顔を出した海は、水面に浮かぶファンガスを手のひらに乗せて、笑顔で挨拶をする。そのまま仰向きに浮かんだあと、ファンガスたちをどれだけ頭に乗せられるか人と比べっこする。
「ファンガスたんでフリルカチューシャ! メイドに変身!」
 フリルよりは白いポンポンを頭に並べたような姿になったが、それはそれで海によく似合っていた。
 ひたすらファンガスをもふもふしていた古衛・都和子(高校生水練忍者・b36328も、その競争に参加してみる。髪が長いぶん都和子の方が有利だ。三つ編みの先まで飾り付ければ、明らかに海よりファンガスの数が多い。
「うふふ」
 都和子は眼鏡の奥に不敵な笑みを浮かべた。
 露天風呂、しかもほとんど自然の姿そのままというのは初めてだと、日下部・砌(ゲイルトレーサー・b01206)は湯に浸かりながらファンガスたちの様子をのんびり観察していた。
 その脇腹をときどきファンガスが流れに乗ってすり抜ける。
「くっ、ははっ」
 こそばかる砌の反応が面白かったのか、ファンガスたちは今度は狙って足にもじゃれついてきた。
「こら! やめろって、くすぐってえよっ」
 つまみ上げると、それもうれしいのか手に乗ってくる。砌は笑いながら、いたずら者のファンガスたちと心行くまでじゃれあった。
 赤いメガネとさりげないピンク使いがトレードマーク。 桃野・香(夜焔香・b28980)は、白いワンピースの水着に映えるピンクのビート板に、ファンガスたちを乗せて全力で遊んでいた。
 前からずっと来たかったという香の身体から、嬉しさが溢れている。岩場から飛び込んで、ビート板を持ったまま思い切り泳ぐ。
 やっぱり気持ちいいと滝壺を泳ぎまわっていると、のぼせたのか沈みゆくファンガスの姿が目に飛び込んできた!
「! ……だ、大丈夫?」
 慌ててビート板に掬い上げる香。助けられたファンガスは、しばし湯に通した餅のごとく伸びていたが、何とか動き出した。先にビート板に乗っていたファンガスたちも、それに釣られて身体を動かし始める。
「びっくりしたよー、もう!」
 ほっとした香は動き始めたファンガスたちを撫で撫で。その柔らかさにまた驚く。
「やわらかーい、それに可愛いー♪ ねね、うちの黒燐と仲良くできる子いる? いたら一緒に来て欲しいなーって……嫌?」
 一瞬見えた気がした黒燐蟲に、おびえることなくすりよる1体のファンガスが、連れて行けとばかりに香の頭に乗っかった。
 浅倉・獅音(霧色の雪覡・b74966)は、身体を湯にならす意味も込めて、入る前にきれいに洗い、ゆっくりと湯に浸かった。北海道は初めての獅音。ふわふわでもこもこだというファンガスのことも、とても楽しみにしていた。
 それが目の前の水面を埋めるほどプカプカと浮いている。
「ふわふわ、可愛いです」
 ファンガスの可愛さにほっこりした獅音は、自分から手を伸ばし声をかけた。ファンガスの思いを素直に感じ取ろうと心を開く。
「怖くないですよ。獅音と友達になって欲しいですっ」
 相手を思いやる獅音に惹かれた1体のファンガスが、その手のひらに乗っかった。そのまま頭へ移動する。獅音はファンガスが無事宿ったことを感じ、胸を押さえて心の中で告げた。
(「ファンガスさん、よろしく、です!」)

 滝壺には水面を埋め尽くすほど、ファンガスたちが浮かんでいる。それを掻き分けて湯に浸かれば、のたのたと肩に乗って、心地よい重みを感じさせてくれるだろう。
「ふい〜。日本人だったらやっぱり温泉だねぇ」
 他は浅かったり狭かったりだったがここは良いと、グレン・エアハルト(高校生ヤドリギ使い・b80580)は、滝壺の湯殿を満足げに眺めていた。
「キノコの来訪者かぁ。そんなの、僕が助けない理由なんてないよね」
 農業にいそしみ、育った。今は家庭菜園に精を出し、普段から植物に語りかけるグレン。確かに、このツアーに参加しない理由が思い当たらない。
(「さつきさんも可愛かったね、まさに茸の精と言う感じ」)
 改めて周囲を見て、キノコと一緒につかる温泉という事実に、ファンタジーで夢のような光景だと、グレンは微笑みを浮かべる。返事がないことはわかっているが、「白くてきれいだね」「今年の冬は寒くなかったかい?」などと世間話をする。ファンガスたちも優しく語りかけるグレンの声が心地いいのか、周りに集まっていた。
 ちょっぴり太目男子であるグレンの腕を伝って、肩まで登った1体が自分が宿るのだと主張するかのように身体を伸ばした。
「えーと、不束者ですけどこれからよろしく」
 かわいらしい姿に、グレンはこのファンガスを身体に宿すことに決めた。
(「やっぱり、寒い所では温泉ですよねー」)
 そう考えるのは天海・冥(平凡を夢見る魔法冥土・b41964)。ファンガスたちと戯れつつ、冥は湯を堪能していた。
(「うーん、なんだかくろりんさん、緊張してる?」)
 身体の中にいる黒燐蟲の、いつもと違う気配を感じとった冥。
「大丈夫ですよー、黒燐さんが侵食されたり規制されたりはしないですからー」
 そっと語りかけるように呟いてみる。呟いて、ちょっとだけ心配になってみたり。
「……ですよね?」
 思わず誰にともなく聞いてみた。黒燐蟲もファンガスも一切言葉を話さないので、冥が湯気の中でただ独り言を言っているように見える。しかし、そんなことに臆する者など銀誓館学園の能力者にはいない。自分が通ってきた道だと気付いた誰かが、冥に「そうだよ。大丈夫だ」と返していた。
「あー、癒される」
 青のビキニ姿でまったりと温泉に浸かっているのは羽住・楓(ヒマワリ大好きブルーバード・b37021)。その肩に、流されてきたファンガスたちがのたのたと上陸し始めた。
「おおっ、白いっ。おおっ、もこもこっ!」
 手に取って触れてみると思った以上に確かにもこもこだった。
「面白いなー、あたしの考えてる事分ってるのかな」
 感動しテンションの上がった楓は、手のひらの上にのせたファンガスたちをさまざまな角度から何度も見る。そのはずみで長いポニーテールが周りの人にあたって危ない。しかし楓は気づかず、防水仕様にしてきた愛用カメラで写真もいっぱい撮ってみようと、何度もシャッターを切っていた。
(「世界結界……写真は大丈夫なんだっけ?」)
 ふと手を止めた楓の耳に、「ごめんなさい、この姿では写らないの」と同じくシャッターを切る芙美の声が届いた。見せられたデジカメの画面には、図鑑で見るような普通の菌類の姿が。
 明るく元気なヒマワリ娘は、それはそれでとファンガスたちとの触れ合いを楽しむことにした。

 両手一杯のふわもこ。それに抱きつくのは多くの者の夢ではないだろうか?
 そんな夢を叶えている者がここにも1人。美野・みのわ(高校生符術士・b79236)は、両手でファンガスたちを抱き抱えていた。
(「もふ……もふ……?」)
 感触を確かめるみのわ。身体に宿すとか、どうしてこうなったとか経緯なんかは知らないけれど、一緒に来たいと思っているなら。
「……ん。おい、で?」
 私でよかったらお話を聞くからと、みのわは腕の中のファンガスたちに呼び掛ける。その中の1体だみのわの頭にそっと乗っかった。知り合いの八幡兄弟は別のところに行っていて会えなかったが、ファンガスたちと交流を目いっぱい堪能できた。その満足感からか、いつしかみのわは「ん……ふぅ……」と眠りこんでしまった。
 一の滝から順に登り、湯滝で散々遊びまわった雪道・碎花(雪ん娘さいちゃん・b62371)と小此木・平治(探求の風・b65333)は、四の滝でやっと腰を下ろした。滝壺の端に背中を預けてゆったり湯治する平治。碎花は浮かぶファンガスたちを指で回して遊んだあと、大の字になって湯に浮かんだ。
「散々遊んで楽しい思いをして、これでファンガスも大喜びだな」
 碎花を支えながら、平治は笑う。
「本当に楽しんでるかは聞かないとですね」
 碎花はファンガスを掬い上げて自分の額に当てた。マインドトークで意思を感じたいと思ったのだ。楽しげな思いが伝わってくる。
「そういや、それ去年の水着コンの水着じゃねぇよな。おニューか?」
「はい。ここに来て大分経つので新しいのを……」
 碎花が用意したのは、左肩から腰にかけて薄青紫の雪の結晶がちりばめられたような白いワンピースの水着だった。肩あたりではわずかな量の薄青い模様が、腰に向かってその量が増え、さらに紫がかっていく。
「似合ってる似合ってる。碎花らしいチョイスだと思うぜ♪」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
 そう言ってもらいたくて一生懸命選んだのだ。碎花は嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
 そんな2人の横をさつきが歩いていく。平治は大声でさつきを激励した。
「ファンガスってすげぇのな、直に触れ合ってよーく分かったぜ。想いってのも伝わってる、きっと大丈夫さ!」
「私にも想いは伝わっています……だから、説得! 頑張ってくださいね!」
 碎花も珍しく大きな声を出して、さつきを応援する。
 2人の思いを聞き、さつきは嬉しそうに「はい」と答えた。

「ノコ白さんは、ぷかぷかと湯に浮かぶのが好きですから」
 宿したファンガスに里で羽を伸ばさせてあげようと、やって来たのは神薬師・備(黒き闇の蜘蛛・b53347)。「白いキノコ」だから「ノコ白」さん。備は気に入っているのだが、姉に「そのネーミングセンスをどうにかした方がいい」と言われ、なぜだろうと思っている。
 とりあえず、今はノコ白さんが楽しそうに湯に浮かんでいるのでそれでいい。一緒に湯に浸かってあったまって、また一緒に鎌倉へ帰るのだ。
「嬉しいですか?」
 備の問いに、ノコ白は『愚問だ』とばかりに身体を大きく伸ばして湯に浮かぶことで答えた。
 エミリオ・クライスト(夢の狭間に見た奇跡・b77045)は、行く相手もなく1人でツアーに参加した。気が楽なのは助かると、ゆっくりと湯に浸かって、滝壺に落っこちてきたり、水面を流れるファンガスたちと戯れる。
(「僕はまだ来たばかりでよくわからないのだけれど」)
 能力者としての力を分けてくれた友達兼保護者が「何事も経験だ」と言う。
 そうかもしれないが、このツアーでは日々の疲れをゆるりと癒して、帰途に着ければ言う事はない。エミリオはそんなことを思いながら、ファンガスたちを撫でていた。
「懐かしいです……」
 一昨年、去年のことを懐かしみながら、今倉・愛(澄んだ琥珀色・b61534)は水辺を歩いていた。去年は結社のみんなと一緒だったが、今年は1人。でも――。
 ばっしゃーーん!
「あ〜! やっぱり〜!」
 滑って転ぶのだけは変わらない。
 もうお約束だ。気をつけていても滑って転んで落ちるのだから、才能としか言いようがない。
 愛はまたまたそのままじゃぶじゃぶと泳ぎ、流れたり、愛と同じように川べりから落ちるファンガスたちを眺めていた。
 望まぬ形で滝壺に落ちる者もいれば、自ら進んで落ちる者もいる。パーミル・オベルタス(金髪エージェント・b72778)がそうだ。
「うりゃあぁあぁぁ」
 ファンガスと親陸を深めるためと、水着で滝壺に飛び込んだ。
「ぶはあっ! ……あれ?」
 一旦水面に顔を出したパーミル。しかし足が攣ってそのまま水中へ。四の滝の滝壺は、大の大人が両手両足を伸ばしても完全に水没するほど深い。ゆえに――フェードアウト。
 ゴボゴボ……。
「おい、誰か溺れてるぞ!」
 水面に不気味に浮かぶ泡に気づいた者たちが、慌てて助けに飛び込んだ。

 なだらかなナメ床の滝とはいえ、しぶきを上げるほどの落差がある場所もある。夜斗神・凍牙(漆黒の夜を駆ける銀の双月・b79887)はその場所を見つけ、滝業を行っていた。
「……」
 真面目な顔で目を瞑る凍牙。でも、頭の中では「ファンガス共生者=頭にキノコが生えた人」みたいなそんなイメージを膨らませている。誰かが凍牙の頭を覗けたら「その通りだよ」と教えてあげられたことだろう。
(「体中にファンガスくっつけてみたいですね……」)
 そんなことを考えていたら、黒く四角いサングラスが滝の衝撃で飛んでいった。四の滝の硫黄成分はかなり高い。早々に拾わなければ、気の毒なことになるのだが……瞑想中の凍牙は気づかない。
 瞑想を終えた凍牙は、ちょっとへにょってしまったサングラスを回収して装着。そして驚いた。いつの間にか、凍牙の身体には白いカタマリが大量にくっついていたのだ!
 やってみたかったことが現実となって嬉しいが、何故?!
 慌てて背後で流れ落ちる滝を振り返ると、ファンガスたちがボタボタと落ちてきていた。
(「これか……!」)
 滝つぼを中心に少し周囲を歩いて、陣取る場所を決めているのは、結社【虚無の社】の面々だ。
「ん〜……、人が多いからこの辺ではキタキツネはこないかな」
 少し残念そうに帷・神奈が言う。
「さすがにまだ寒いね……」
「う〜……、寒いのはちょっと苦手だ……」
 マティア・ベルトランが呟けば、アル・ローゼンバッハが身体を振るわせた。
 飛沫がかからずちょっと広めで足湯が出来そうな場所をアルとマティアが見つけ、一同はそこに荷物をおろして陣取る。陣取った途端、椎名・綾香がお尻をさすりながら座り込んだ。往路で転んでしたたかに打ちつけていたのだ。
 ベネット・グランシェールが珍しそうに周囲を観察する。滝壺の中はもちろん、滝の周囲にもファンガスたちはたくさんいた。ファンガスを前にして、「ケルベロスは少しの間お休みね」と綾香はお別れの挨拶をした。
「ほんとにモコモコ動くんだね」
 神奈はファンガスを驚かさないよう、小声で同じように見ているアルやマティアに言う。
「へ〜、マシュマロの大きいのが動いてる感じかな」
 静かに見ていたからだろうか。ファンガスが二人に近づき、そのうちの1体がアルの身体に登ってきた。そばで見ていたマティアの膝にも別のファンガスが登ってきたので、動きを止めたところで注意深く触ってみる。
「ん……、一緒に来る? 暖かいのはお湯の中にいたからかな」
 誘ってもらいファンガスも嬉しそうだ。
 静かに触れ合う3人とは違い、ファンガスを興味深くいじくりまわすのは綾とベネット。
「……」
 綾香もやって来たファンガスを、指でひたすらつついている。
「意外によく動く物ですわね。ちょっと硬めにこねたパン生地みたい。伸びるかな……」
 ベネットはこねこねしたり引っ張ったり。ファンガスにしてみればいい迷惑かと思いきや、そんな扱いも喜ぶファンガスがいた。ベネットのよい共生相手となるだろう。
「そんなに距離移動した程ではないのに、自然がいろんな姿を見せる」
 ファンガスツアーで来ているのに、あまりファンガスには目が行っていないのはアンネット・ストラウド。四季のある国っていいと雄大な自然を目に焼き付けている。
「……」
 膝に乗ってきたファンガスを撫でているが気もそぞろ。アンネットの膝の上で、ファンガスがちょっとさみしそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

 たまに一回り大きなファンガスが浮かんでいることがある。他のものより育っているのではなく、単にふやけているのだと気付いた者が、慌てて湯から引き揚げていた。長い間浸かるということは、そういう危険も秘めているのだ。
 鵯・志づ(ひとがた遊戯・b65618)は、普段している眼鏡を外し、後ろ髪を上げて、立ち泳ぎでぼんやりと漂っていた。ところどころに桃の花が咲く紺の水着が似合っている。
(「私もファンガスさんになったみたいな気ぃして来るな」)
 温かくて気持ちがいいからそれも悪くないと思っていたら、志づの真正面の水面に、1体のファンガスがいた。なんだか目があった気がしたので、湯ごと掬って手のひらに誘ってみる。
「ええと……初めまして」
 挨拶は大切だ。一礼も忘れず、志づはお願いしてみた。
「良かったら私と一緒に生きてみん、かな。頼り無いかもしれんけど、退屈はせんと思うで」
 緊張しつつ頑張った、人生初のナンパはうまくいったらしい。
 手のひらのファンガスがのたのたと肩へと登っていく。
「ありがとう」
 志づは感謝を込めて、撫でるように触……ろうとして、どこが頭かと首をかしげた。
「ん、ともあれこれからよろしくしたってな」
 言葉による返事はなかったが、思いは確かに伝わっていた。
  間近で見るのは初めてだと、海原・零(蒼魂の霹靂・b78340)は少し緊張気味で、ファンガスに近づいた。
(「……なんか可愛いな。な、撫でてみてもいいのだろうか……」)
 うずうずと動く澪の手。伸ばしては引っ込めるその動きに、遊んでもらっているのと勘違いしたファンガスがぴょんぴょん跳ね……いや、跳ねたつもりになってジタバタしている。
 連れて行って欲しい。そう語りかけているように見え、澪は一番頑張って動いていたファンガスに手を差し伸べた。
「……僕と一緒にくるか?」
 差し出されたその手に、ファンガスが乗っかった。
 ニコ・デルタ(小学生真白燐蟲使い・b80678)は、学校指定のスクール水着で、仰向けにぷかーと湯面を漂っていた。ファンガスたちで染まった湯面を掻き分けるニコの顔は無表情だが、なんとなく楽しそうなオーラが全身から醸し出されている。
 ぽこん。
 流れの関係だろうか。1体のファンガスがニコの頭にぶつかった。そのまま平行移動して、ニコはゆっくり接近合体を試みる。
「がしーん……ドッキング……」
 メカっぽい擬音を口にするニコ。無表情でぼそぼそしゃべっていても、ニコの心の中は未だかつてないほど盛り上がっていた。ニコが何をイメージしているのか感じ取ったファンガスが、合体ロボ気分でニコの頭に根を下ろす。
「がしょーん。ぐおぉー……じゃきーん。キノコ合体……ニコ・ファンガス……」
 キュピーン!!
 効果音が欲しいところだが、ニコもファンガスも無表情なのでいまいち決まらない。しかし、合体はなされた。ニコ・ファンガスとなった、1人と1体は再び湯面の漂流を開始する。キノコ効果でスピード当社比3割増……な気がした。
(「ぷかぷか浮いているファンガスさんたちとは気が合いそうなのです」)
 のんびりお昼寝気味な東・鈴(安眠の求道者・b44565)は思う。眠ることでみんな幸せになれると鈴は考えているので、このまったりとした空気は心地よい。
「いっしょにねれば皆仲良し、なのですよ」
 話しかける鈴に答えるように、ファンガスたちが水面でぽちゃんとひっくり返る。寝返りを打っているような仕草だ。
「さみーところがおおくて、なかなか昼寝ができねーので困っていたのです。ここは丁度よさそうですね」
 快晴とは言い難かったが、湯は温かく、穏やかな日差しも降り注いでいる。鈴の言うように、お昼寝に最適な場所かもしれない。
 うとうととしていた鈴の側を、湯滝の様子を見に来ていたさつきが通りがかった。
 鈴はさつきに声をかけ、少しだけ一緒に湯に浸かろうと誘う鈴。そしてのんびりと言った。
「確かにみんなの総意を得るため説得するのって、大切なことなのです。だけど、ありのままのボクたちを、ありのままに見てもらう。それだけで伝わると思うのです」
 湯を手で掬いながら、さつきは鈴の次の言葉を待つ。
「だって、そんなボクたちをみて、いままで、一緒に来てくれてるんだから。肩の力抜いて、笑顔をわすれないのが一番なのです」
 にっこり笑って言う鈴に、「そうですね」と頷き笑い返すさつき。
 その周りでファンガスたちがふるふると身体を震わせていた。
 添嶋・喜兵衛(真ゾンビハンター・b10415)は、深い湯滝に先に入り、恋人の芦屋・紡実(花露・b20195)に手を差し伸べた。大自然の中、二人で浸かる湯は最高に心地いい。
「ホクトも、せっかくの里帰りだし外に出てこないか? きーちゃんと遊んでおいでよ」
 喜兵衛は自らに宿るファンガス――ホクトに声をかけた。群生地に放ってもらい、ホクトは紡実から出てきたファンガスのきーちゃんと、湯に浸かってぱちゃぱちゃ遊び始める。そのまま流れて行ってしまいそうで、「あ、でもあんまり遠くにいくなよ。迷子になったら俺が泣く」と慌てて付け足す喜兵衛。
「きーちゃんも迷子にならないでね」
 ホクトくんの近くにいてくれると安心だと、紡実も仲良くじゃれている2体のファンガスを見守る。
(「仲良しなのは宿主に似ているのかも」)
 なんだか嬉しくなって、ふふっと小さな笑いが込み上げた。
「ん、紡実どうかした?」
「……親子連れで温泉にきたら、こんな感じなのかな」
 自分には優しく光る金の眼差しに促され、紡実は素直に思ったことを口にする。
「確かに親子連れってこんな感じだけど……。育てられる環境を整えておきたいし、俺も紡実に甘えたいから、子どもはもうちょっと後」
 真面目に答えてくれた喜兵衛に、顔を赤くする紡実。
「ま、まだそういうのは早い、よね。私だってまだまだ喜兵衛くんに甘えてたい、し」
「だけど……子どももファンガスと仲良くするのかな」
 自然と寄り添ってくる紡実を、喜兵衛はぎゅっと抱き寄せた。
「……うん、きっと。仲良しの輪が未来にも広がっていくといいね」

「さつきの言う事には、ふぁんがすの総意はわっちらに協力したいと思っておるということじゃが、やはりの、わっちらも改めてお願いするというのが筋の通ったやり方じゃろう」
 四の滝を前に、犬槇・つかさ(お稲荷様の通り道・b78220)は己の思いを口にしていた。
「そういうわけで、裸で語り……いやまぁ、水着は着るぞ、うむ」
「つかささまとのお出掛けには、温泉が付き物な気がします、ね」
 先に湯に入りながら、同じ結社【霧椿庭】の須々木・理(幸福の輪廻・b53026)は話しかける。
「ところで、どうして雪は一緒に温泉、入らないのじゃろうなー? しっかりと水着の着てきたのに残念じゃー」
 つかさが、一緒にツアーに参加した同じ結社の桂・雪(中学生真巡礼士・b75753)を思って呟く。
 おしゃべりをしている間に、ファンガスたちが近寄ってきた。器用にものたのたと身体を動かすことで、水面を泳いでいる。つかさはそんなファンガスたちを手で掬ってもふったり、一緒に泳いだりして楽しんでいる。理はのんびりと湯に浸かりながら、ファンガスたちを興味深げに見ていた。
 そのうちの1体と目が合ったような気がする。目はないのだけど、そう感じた理は「私と一緒に参りますか」と声をかけてみた。
「……」
 じた、じたじたじた。大きく身体を動かす姿に、なんとなく喜んでくれている気がする。理はそのファンガスを宿すことに決めた。
「温泉っていいですね。疲れが取れますし……」
 こうやってのんびり過ごしていると、この前の戦争の疲れが取れるような気がする。ウェルシェ・セイボリー(白尻尾の執事さん・b77589)は、んーっと滝壺の中で身体を伸ばした。
 ファンガスの話は聞いていたが、会うのは今回が初めて。ウェルシェはワクワクしつつ、自分に力を貸してくれるファンガスを探していた。
 ――と、目の前をドンブラと流れていく白い物体が。これがファンガスだろうか?
 疑問に思いながら、手で掬ってみる。
「あ、動いた」
 思っていた以上にかわいい姿に、ウェルシェは微笑む。
「えと、初めまして。僕はウェルシェって言います。ファンガスさん、よかったら僕と一緒に来てくれますか?」
 背筋を伸ばしてお願いをするウェルシェ。手に乗せたファンガスから、『力を貸すよ』という気持ちが伝わってきた気がする。白い大福みたいなカタマリ。表情も何もわからないけど、きっと応えてくれたとウェルシュは思う。
「これからよろしくお願いしますね」
 いろいろとややこしいことがあるようだが、それは他の人に任せようと、雨宮・刻視(花映の巫女・b42753)は自分に宿ってくれるファンガスを探していた。
「うちは刻視と言います〜。よろしゅうお頼申しますえ」
 刻視は自分のことをあまり強くない、ハズレだと言う。それでも他の人を少しでも助けるために自分と一緒にきてくれるだろうかと、刻視はファンガスたちに尋ねていた。
「……」
 のたのた、のたのた。
 岩の上から精一杯伸びをして、刻視の肩に乗ろうとする1体のファンガスがいた。刻視がすいっと身体を寄せてやると、ずりずりと登ってきて刻視の頬に身体を摺り寄せる。まるで頬ずりのような仕草に、刻視はちょっとかわいいと思った。
 このファンガスを連れて帰ろうと思ったが、そこでふと悩む。
「名前をつけてもええモンなんやろか?」
 構わないと教えられ、考え始める刻視。
「ふーはんとかふぁーはんとかきのこはんとか。うーん、もっとかいらしい名前ないやろかなぁ……」
 そんな刻視の隣で、嬉しそうにふーはん(?)がゆらゆらと身体を揺らしていた。
 ひとしきり遊んだ津軽野・海。海は、「そういえば」とファンガスたちに問う。
「ファンガスたんも『万色の稲妻』に気づいた?」
 つい先日、ヨーロッパはビャウォヴィエジャの森の上空に現れたそれ。『万色の稲妻』は、銀誓館学園の能力者たちが死力を尽くして乗り越えた戦いを象徴するものだ。
 命からがら勝利を掴んだとき、真っ先にみんなの無事を確認した海。ファンガスたちもあの危機を感じたのか聞きたかった。
「……」
 言葉も表情も持たないファンガスたちは、思いを海に返す術はない。が、海には確かに伝わってきた。あのとき海がみんなを思ったように、あの稲妻を感じたファンガスたちは、銀誓館学園のみんなの無事を願ったのだと。
「一緒に危機を乗り越えようにゃ!」
 声をかける海に、ファンガスたちは身体を伸ばしたり縮めたりすることで答えた。

 今年も湯滝は、たくさんの能力者たちを楽しませてくれた。
 沢登りは大変だが、この滝壺と硫黄の匂いは、能力者たちの生涯忘れえぬ思い出となるだろう。
 充分に楽しみたかったが、そこは大自然が相手。午後になって、空から青さが失われ乳白色に染まった。太陽の熱が届きにくくなり、少しひんやりする。湯に浸かっていれば平気だが、上がると肌寒く感じられるようになった。
「早めに出立した方がいいかもね」
 誰かが空を見上げて呟いた。
 山の天気は変わりやすいと言うし。雪原から風に運ばれた雪が舞うのを見ながら、一同は移動しやすいように準備を始めることにした。

●洞窟へ向かう者たち
「じゃあ、またあとで。ムチャするなよ」
「そっちもな。崖から落ちるなよ」
「氷の滝がどんなのだったか、聞かせてね」
 声を掛け合い、最寄の空港から出てすぐ三方向に分かれ進むのは、行き先を洞窟と決めた者たちだ。彼らは選んだ洞窟別に、知床半島の北側と中央、そして南側を進むことになる。
 どのルートも危険なのは同じ。知床連山を縦走する壁画の洞窟組は雪深い道なき道を滑落の危険にさらされながら行くことになるし、海岸洞窟の入り口は氷結した断崖絶壁を下らなければ洞窟に入れない。また、新しく発見された地下滝の洞窟は、出発直前になって芙美が告げたが深い縦穴を下っていかなければならないのだという。
「世界遺産になる前はもっと自由に出入り出来たのですが……」
 残念そうに翔霧に語るのは、綾雨・志乃(銀雪狐娘・b69599)。志乃は久々の帰郷を堪能していた。やはり雪山はいい。生き返る気がする。知床連山をこうして見るのも感慨深かった。
(「キタキツネには会いたいな。鹿の角を見つけられたらスゴイラッキーですよね♪」)
 初めての北海道行きに心躍らせている石河・翔霧(高校生符術士・b66185)は、防寒具をきっちり着込み、珍しそうにあちらこちらを見ながら山道を歩いていた。
「近寄って来たら嬉しいですね! るーるるる♪」
 アデラ・アグレル(高校生クルースニク・b80729)は、噂に違わぬ険しい道を黙々と歩いていた。防寒対策は万全。足に防水加工を施したブーツを履いていてよかったと、アデラは心底思う。
「故郷のベラルーシと似たような寒さですね、良い感じです」
 セルゲイ・アブラモヴィッチ(高校生フリッカースペード・b80683)も、知床の地を満喫している。
 雪道や獣道は危ないため、志乃は翔霧や同じ行先の他の参加者も誘導しつつ進んでいる。ほかにも雪山に慣れた者などが、不慣れな者の手助けをして歩いた。
 行き先は別でも思いはみんな同じだ。
 大自然の生み出した神秘、大自然の素晴らしさをこの目に納めに行こう、と。

●長くて深い壁画の洞窟
 ぽっかり。そんな表現が似合う、昼なお暗い洞窟の入り口が見えた。
 夏場は木々に、冬場は雪に隠されている洞窟も、今は雪の中の黒い点としてはっきりとわかる。見つけやすいよう雪がどけてあるため簡単に見つけられたが、場所を知っていたとしても見つけるのには相当な困難を伴ったろう。
 洞窟に入る前から、紫藤・アゲハ(紫紺の鳳蝶・b69187)は恋人の市條・優斗(金茨の鳳凰・b72913)と手を繋いでいた。優斗は実は閉所が苦手なのだ。でも今回は怖くない。アゲハは外の寒さと対照的な手の温もりを嬉しく感じていた。
 洞窟の入り口は、大きな黒い顎に思えた。
「明かりを準備しろよ」
 持参したものや用意されていたライトを手に、能力者たちは洞窟の中へと入っていく。まるで巨大な顎に呑み込まれるように見えた。

「お邪魔するよ」
 律儀に声をかけてから、洞窟の中に入ったのは稲森・一彩(アクセントカラー・b62213)。
「仲間に元気な姿を見せてやりな」と宿していたファンガスを肩に出し、一彩はぽふぽふと撫でた。今はファンガス共生者ではないから、一彩自身、見るのは久しぶりだった。
 見て回る洞窟は思った以上に大きく、壁画の量も多い。
 報告書は読んできたが『百聞は一見にしかず』だと一彩は思う。デジカメで撮ったり、休憩がてらスケッチもしたりと、意味はあまり気にせずにあるがままを写す一彩。
 壁画の描かれた意味や思いを知りたくないわけじゃない。ないけど。
(「……やっぱり、難しい事は帰ってから考えよう」)
 一彩は手を動かすことに専念した。
 白栖・伊良子(白黒分明・b70444)も、興味深々で壁画を見ていた。
 今まで気になっていたファンガスと、これを機に仲良くなりたいと参加した伊良子だが、壁画もとても楽しみにしていた。知的好奇心をくすぐられたのだ。
 目の前に大きく描かれているのは、『空に描かれた線の下、ファンガスと思しき人型がたくさん倒れている中で、立っている3体のファンガス』だった。
 ほかにも『黒塗りの人型に白塗りのキノコっぽい何かがくっついている絵』や『人間とファンガスと思しき人型の間に双方に向けて描かれた矢印』などがある。
 伊良子はそのたびに足を止め、熱心に観察していった。
 相棒であるケットシーのウィリアム――ウィルと共に、洞窟を見て回っているのはテディ・スタッカート(中学生フォルクローリスト・b80118)だ。一面の壁画は大迫力でテディに語りかけてくる。
「Fantastic!」
 思わず声が出てしまう。民俗学者(Folkloristics)でもあるテディは、現れた壁画を読み解くことを楽しんでいた。そのためにもファンガスと積極的に触れ合い、話しかけるテディ。
(「時間があるなら、ヒカリゴケの地下滝も見に行きたいですね」)
 そんなことを思いながら、長い長い壁画の洞窟を歩いて回っていた。

 壁画の洞窟は長くそして入り組んでいる。明かりに照らされた場所以外は暗く、鍾乳石の岩肌は、何やら不気味な生き物に思えた。過去に誰かが自然の洞窟に手が加えたらしく、急に足下が抜けるよう仕組まれた場所もある。他の侵入を拒む、ここはファンガスたちの砦と言える洞窟なのだ。
 洞窟内は溶けた雪などが流れを作っている。セルゲイ・アブラモヴィッチは足元に気を付けて洞窟を探索していた。
 セルゲイはこういう壁画は大好きなのだ。こんな壁画があるという事は、ファンガスとの触れ合いを通して楽しみ、悲しみ、伝えたい人間が居たという事だろう。
「いつの物か判りませんが、ファンガスと人間は昔から浅からぬ関係があった事が良く判りますねぇ」
 壁画の描かれた岩に触れ、セルゲイは過去の時代に思いをはせた。
 その肩にファンガスがポトリと落ちてきた。気に入ったのか動こうとしない。セルゲイは一緒に壁画を見て歩く事になったファンガスを撫で、持ち合わせたビターチョコレートを差し出してみた。
「苦い物大丈夫ですかぁ? 口に合いますかねぇ」
 少し伸びてチョコレートに触れたかと思うと、身体を広げて、セルゲイの指ごとチョコレートを包み込むファンガス。ずるんと指から離れたときは、チョコレートはきれいになくなっていた。セルゲイはその仕草に驚いたが、同時にかわいいと思った。
(「人型でなくとも生き物ですし、可愛いんですから」)
「共生したなら一緒に頑張っていきましょう」
 セルゲイの言葉に、ファンガスは肩の上で跳ねることで答えた。

「キノコの壁画なんて、ちょっと面白いよね」
 市條・優斗は、手をつなぎ横にいる紫藤・アゲハに話しかけた。
「うん、これってファンガスが描いたのかな?」
 答えるアゲハは、太陽の下で見る時とはまた違って見えて、妙にどきどきすると優斗は思った。
「そうだったらもっと面白いのにねぇ……」
「どれくらい前に描かれたものなのかな?」
 足を止めて、壁画に描かれた意味を考える2人。壁画が珍しいのもあるけど、優斗はアゲハともっと一緒にいたくて動かずにいた。恋人を思う気持ちはアゲハも同じ。視線は壁画を向いたまま、優斗の肩をそっと抱き寄せた。「ほら、寒いし」というのはアゲハの言い訳。
 寄り添ってくれれば嬉しいし、温かい。優斗だって思いは同じなのだ。
「ね。ついてきてくれるファンガスって……」
 優斗に話しかけられ、アゲハは「どうしたの?」と顔を向ける。
 途端、唇に柔らかな感触。優斗がそっと口づけたのだ。
 不意打ちに目を丸くするアゲハ。
「もう……ファンガスがみてるよ」
 茶化すアゲハの顔は、暗闇の中でもわかるぐらい真っ赤だ。
(「ついてきてくれるファンガスって、二人の里子みたい」)
 口には出さずそんなこと思った優斗。恋人溺愛すぎの優斗の秘密だった。
 そんならぶらぶな2人の側で、壁画を熱心に見て回っていた者がいる。羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)だ。
(「ファンガスたちにはおそらく意識に完全にインプットされているものだろう……けれど、俺らは断片的に類推するしかないしな……」)
 洞窟の中で奇跡的に乾いていた岩に腰を下ろし、悠仁は改めてぼんやりと壁画を眺めた。
 前々から興味があった壁画。これを自分の頭で読み解くのも楽しそうだが、ここにはせっかくファンガスたちがいるのだ。彼らの発する『何か』とやらを受信することに専念してみることにする。
 この群生地のどこかで、ファンガスたちがまとめているメガリスへの総意を、ここにいるファンガスたちと話してみたい。
 悠仁はその思いを届けようと心を解き放った。
(「……」)
 何か温かいものが悠仁の心に触れた――いや、心を包み込んだ気がする。
 これがファンガスの意識だろうか?
 悠仁はさらに、ファンガスたちと交流を深めようと意識を飛ばした。

 壁画に興味を持った紫藤・彩葉(彩虹ソルシエール・b80653)は、洞窟を探索したいと参加を希望した。学園に入学して初めてのお出かけで彩葉1人では危ないと、一之宮・灯凪(瑕囲ウ檻・b73699)と篠杜・藤埜(真妖狐・b74443)が同行。もっとも、灯凪は壁画のスケッチをしたいという藤埜の頼みを断れなかったというのが一番だが。
「寒くはないですか?」
 そう彩葉に声をかける灯凪。灯凪にとって、彩葉は別行動をしている友人からお預かりした大切な女の子だ。はぐれないよう気にかけていた。
「だいじょぶです、へっちゃらなのです」
 馴れない足場にモタモタしつつも歩いていた彩葉は、慌てて答える。気をつかわれるとは何たる不覚と、心の中で「むぅ」と唸ってみたり。
 そんな彩葉の隣で楽しげに周囲を見回している藤埜。前々から気になっていたので、彩葉と暇そうにしていた灯凪を誘ったのだ。こういう浪漫いっぱいの所は見ていてとても楽しい。
「一緒にお写真撮りましょう!」
 旅の思い出にと、藤埜は彩葉を誘って記念撮影をする。スケッチはもちろん、壁画の写真を撮ったり、藤埜は彩葉と一緒に話したりしていた。彩葉はというと、スケッチと壁画を交互に見たり、高い場所の絵は灯凪に何が描いてあるか聞いたりと、真剣にしっかり勉強している。灯凪はそんな2人を、特にはしゃぐ藤埜に一抹の不安を感じながらも、後ろをついていっていた。
 洞窟は広く、藤埜も彩葉も満足のいく観察となった。
「ささ、帰り道を教えて下さいまし」
「え? 地図なんて持ってきてませんよ」
 いざ洞窟を戻ろうという段になって、尋ねた藤埜に清々しい笑みで灯凪が言う。
「おんし、地図を持ってきておらぬとは……」
「いろは達、迷子ですか……?」
 思わず不機嫌になってしまう藤埜に、彩葉は心の不安を押し殺して「怖くないですもん、泣いてないもん」と、涙目で心の中で呟いている。
「いくら僕がスーパーなGPS搭載でも、地図がなければ役に立ちませんからね。諦めてください」
 不機嫌になってもダメですよと灯凪は言うが、藤埜と彩葉に無言のプレッシャーをかけられてしまう。携帯はどうだと言われ、「その手がアッタ……!」と携帯を見てみたら、あえなく圏外。
「……」
 再び、沈黙が洞窟を支配した。

 壁画の洞窟で新しくファンガスを宿す者、里帰りに連れて来た者、どちらもがいた。
 城崎・モクレン(菌類・b62861)は後者だ。去年は結社のみんなとのんびり里帰りしに来たけど、今年は1人でやって来た。この壁画の洞窟はモクレンが初めて宿したファンガスと出会った場所だから、1人で来たかったのかもしれない。
「あれからもう2年……ずっと一緒にいたよな」
 記念すべき2人(?)の出会いの場所で、モクレンは腰を下ろして話しかけた。
「お前のおかげでいろんなヤバイきのこも食えるようになったし、友達も増えたし、ほんとに最高だったぜ」
 身体から出したファンガスは相変わらずのたのたと動いているが、いつもと変わらぬ動きをすることでモクレンが話しやすいようにしているのかもしれなかった。
「これからもよろしくな、相棒」
 モクレンがそう言った途端、ファンガスが『こちらこそよろしく』と言わんばかりに、身体をくにょんと曲げた。偶然かもしれないが、あまりにタイミングが良くて、「なんて照れくさい」と思っていたモクレンはその仕草にちょっと慌てた。
 のたのた。そんなモクレンをよそに、いつもどおりの仕草をするファンガス。
 モクレンはファンガスを肩に乗せ、2人で気が済むまで洞窟を探検したりして遊び回った。
 八月宮・真藍(小学生真符術士・b74515)は、壁画を全部見て回りたいとワクワクしていた。
 全部見て、壁画を残した人の思いを感じることができれば、それは「なんとなく素敵だなぁ」と真藍は思う。真藍を見守るように、ファンガスたちが身体を曲げて覗き込む。そんな彼らに手を振りながら、真藍は壁画を求め、夢中で奥へと進んでいった。
 ――ふと、我に返って真藍は思う。帰り道がわからない。
「迷子じゃありません」
「迷子じゃありません」
「迷子じゃありません」
 真藍は内心焦りつつも、繰り返し言いながら出口を探す。不安になりつつ進んでいると、ある一角のファンガスたちが一斉に身体を揺らし始めた。それが、奥に行きながら真藍が手を振ったのをまねていると気付いた瞬間、真藍はもう迷子ではなくなっていた。
 何ごとにも上には上がいる。迷子だってそうだ。宿したファンガスの小夏の帰郷の記念にと、佐藤・ナツ(迷走名人・b50359)は小夏と出会った場所に向かって、洞窟の深部へと向かっていた。
 ナツは少しだけ大きく、そして強くなった気がする小夏と一緒に、壁画を見て周っていた。
 今回はGPSも持ってきたし大丈夫だし……大丈夫だよね? と思わず念を押すナツ。確認している時点でダメだろうと、誰かが言ったがそんなことは知らない。どうせ迷うし、邪魔なだけだからとGPS以外の装備は持ってこなかったナツ。ちょっと意地になっていたのかもしれない。
 洞窟の中は外気より温かく、そして懐かしい感じがした。2年前にここで小夏と出会い、1年前に小夏と一緒に壁画を見て周った。そう考えるとなんだか思い入れが深い。今年はどんな風に見えるのだろう?
(「ねぇ小夏。もしも貴女も人になれたらどうする? 私は……一緒に笑いたいな」)
 そんなナツの思いを感じ取ったのか、小夏はまるで『私も一緒に笑いたい』と言うようにナツの頬にすりよった。
「小夏……」
 あったかい気持ちが満ちてくる。
 ――その間、ナツは足を止めていなかった。
 そしてまた訪れる恐ろしい現実。
「……ねぇ、小夏。……ここ、どの辺だっけ?」
 ナツは、今年も迷った。脱出するまでかかった時間は7時間。新記録達成の瞬間だった。

 ファンガスと人間との関わりの原点が記されている。そう言っても過言ではない壁画の洞窟。
 何を思って彫られた物なのか。できれば人とファンガスとの共存を望んだものであって欲しい。いや、きっとそうに違いない。ここを訪れた能力者たちは、そんな思いを抱き洞窟を後にする。
『人とそれ以外の者の間に友情は存在する』
 そのことを身を持って知っているから。

●オホーツク海を臨んで 〜海岸洞窟〜
 100m下の海岸から吹き上げる風が、前髪を凍らせる。転落すればただではすまない断崖絶壁の端っこを、一行は頬を真っ赤に染めて、先へ先へと進んでいた。
「わあ、水平線が白いよ!」
 遥か沖合を指さし、誰かが嬉しそうな声を上げる。
 高い崖の上も悪いことばかりではない。おかげで沖に離れていった、たくさんの流氷をはっきりと見ることができた。
 クワァァァと思ったより甲高い声を上げて、オオワシが断崖から海に向かって下りていく。海には豊富なプランクトンを求めて集まった魚たち、それらを獲物とするウミガラスなど海鳥が集い始めている。崖下に下りれば、きっと近くでもっといろいろな動物たちを見ることができるだろう。
「ついたぞ。降りよう」
 旅のしおりに記載されていた場所に、下向きの矢印が描かれた看板と、強靭なロープが用意してある。崖下を覗き込めば「ココ」と書かれた別の看板が見えた。崖の岩と岩の間に隠れた細い裂け目、これこそが海岸洞窟の入り口なのだ。
 みんなで協力して、てきぱきと強靭なロープを崖から垂らす。1人でも平気な者は先頭としんがりを担当し、力の弱い者や自信のない者を手伝って全員で崖下へと移動する。
 昼なお暗い海岸洞窟。今年は、洞窟内ではほとんどファンガスは繁殖しておらず、その前に広がる、残された流氷が鎮座する海岸沿いのわずかな場所に多くいるらしい。ならば海を堪能するまで。
 山とは違う動物たちとの触れ合いを楽しみつつ、ファンガスを身体に宿すとしよう。

 崖下へ下りたことで、視界は一気に海一色に染まった。
 遠くを流氷が浮かぶ海を見て、アデラ・アグレルは故郷を思い出していた。
 懐かしさを感じつつ海岸沿いを歩く。アデラは螺子による洗脳を、つい最近解かれたばかりだった。そのためか、頭の中の一部分がぽっかりと欠けたような違和感が抜けない。ファンガスと共生することで、その「欠けたもの」を埋めることができるだろうか? そんな一縷の望みを抱き、アデラはツアーに参加していた。
 どこか寂しげなアデラの後ろを、のたのたとファンガスたちがついて回っている。
 ファンガスは相手の心を感じ取り、それに影響される。身体に宿り自分の一部となって欲しいとアデラが願っているのなら、ファンガスたちもそれを望むのだ。アデラの身体に宿った彼らは、いつしかその違和感を埋めて消し去ることだろう。
 そんなファンガスとの絆を感じさせる声がアデラの耳に届く。
「仲間もいるから遊んでおいで。でもあんまり遠くに行っちゃダメだからね?」
 去年宿したファンガスを身体の外へ出し、自由に遊ばせている八坂・詩織(星見の雪・b72560)だ。知り合いの長南・アヤ(高校生土蜘蛛の巫女・b76051)と海を見ながら、おしゃべりをしている。
「そういえば私、ファンガスに名前とかつけてないな……。アヤは何か名前とかつけるんですか?」
「ファンガスさんのお名前ですか? うーん……、帰りにでも考えておきます」
 水平線と同化している流氷を眺めつつ、「去年はファンガスたちが、流氷と一緒に流されそうになったんですよね」と詩織はアヤとおしゃべりに花を咲かせる。二人だけでゆっくり会話するのは久しぶりだとアヤは思う。
「去年はクリオネも見たんですよ。今年も見れるかしら」
 思い出したら、やっぱり見たくなってしまったらしい。詩織は「ちょっと潜ってきます!」と寒冷適応を活かして、海へと入っていく。身体のファンガスも気になるので長い間潜るつもりはないが、せっかくここまで来たのだから。
「お気をつけ下さいね、詩織様……」
 潜りに行く詩織をやや心配げに見送るアヤ。
 詩織の行動をきっかけに、他にも海へ入る者たちが現れた。
「気をつけて」
 アデラ・アグレルも声をかける。止めるつもりはないが、海から上がった者たちに暖をとるものが必要だろうと考えた。
 海岸洞窟の入り口には、焚き火用にと用意されたドラム缶がある。アデラはきっと必要になるだろうと、火の用意すべく散策しながら、海岸に打ち上げられていた燃やせるものを集め始めた。
 長南・アヤもそれにならって歩き出す。もともとファンガスたちに挨拶するつもりだったのだ。自分たちを信頼して力を貸してくれるファンガスたちに、会ってぜひお礼が言いたかった。
 アヤはファンガスたちを見つけると、手のひらに乗せ、感謝の思いを心で伝えた。ファンガスたちは『思いは受け取った』とでも言うように、フルフルと身体を震わせて答える。
「『心を伝えあう』のは素晴らしい事ですが、彼等のこの美しさ……、まさにそれですね」
 ファンガスに明確な意思はない。だが、伝わってくるものは確かにあった。アヤは生き物の心の美しさに改めて感動するのだった。

「クリオネとかも写真に撮れたらいいな」
 カメラを手に石河・翔霧は目を輝かせていた。
「今の時期でも、アザラシやさっき見たオオワシに会えますよ。今日の海の感じなら動物たちも来ています。ウニや蟹もたぶん見つけられますよ」
 知床の地が故郷の綾雨・志乃に説明され、翔霧の胸は期待に膨れた。志乃は次々とエゾバフンウニや蟹を見つけ、翔霧に教えてやる。「あそこです」と海を指差したときは、アザラシとトドの群れが海を泳いでいた。もちろん翔霧はそれらを全部カメラに収める。ただ、1点だけを除いて。
 翔霧が最も期待していたクリオネだけがどうやっても見つけられなかった。海岸洞窟の前には、芙美が用意したのだろう、クリオネを見られるようバケツと小さい透明の水槽、目の細かい網が置いてある。網を使って海中を掬ったが、翔霧たちは1体も捕まえる事ができなかったのだ。
「うまくいかないですね……」
 翔霧と志乃が残念そうに呟いた瞬間、目の前の海からザバっと八坂・詩織が現れた。海中を泳いできた詩織は、今年もまた可憐に泳ぐクリオネたちを見つけ、共に泳ぎ堪能してきたところだった。
「よかったら採ってきましょうか?」
 事情を聞いた詩織の申し出に、翔霧が目を再び輝かせる。
 再び海中に戻った詩織は、小さな水槽にクリオネを入れてすぐに戻ってきた。詩織が戻ったことに気づき、長南・アヤも合流する。
 パタパタ、パタパタ。
 水槽の中でクリオネが泳ぐ。その姿を翔霧はカメラに収め、満足げに微笑んだ。
 ひとしきり写真を撮り終え、暖をとっていた翔霧は、ふと背後の断崖絶壁を振り返る。
「そういえば、洞窟には何があるんだろう?」
「湯滝そばにある、壁画の洞窟まで続く長い洞窟です。去年はあそこでファンガスたちに、思い思いの演目を見せたんですよ」
 翔霧の疑問に、デジカメ片手にやって来た芙美が答えた。今年は洞窟探索は勧めていないので、もし入るつもりなら天然の洞窟のため真っ暗だし、整備もされていないことを忘れないてと芙美は念を押した。
「そっか」と翔霧は少し残念そうな顔をしたが、それを吹き飛ばすほどのことが起こった。
 ぶしゅうっ!
 そんな音が海の方からした。
 全員が海を見ると、海に何やら白と黒の模様が見える。そこから吹き上がるのは……潮?
「シャチです。すごい……」
 綾雨・志乃がどこか呆然と呟いた。
 最近は知床の海へのシャチの到来が早くなっていると聞いたことがあったが、それにしても早い。しかも、この海岸はよく目撃される場所から離れているのだ。
 驚くのはまだ早かった。なんとこのシャチは子連れだったのだ。吹き上がる2本の潮が虹を描くのが見える。
「すごーいっ!」
「ええ、すごいわ!」
「ですねえ!」
 石河・翔霧は大喜びでカメラを向ける。八坂・詩織と長南・アヤは手を合わせ、この出会いを喜んだ。
「……本当に、すごいな」
 アデラ・アグレルも驚きを隠せない。こうやっていろんな感動を覚えていけば、欠けた部分が埋まっていく気がする。アデラは目の前で起こった奇蹟のような光景を見て、そう強く感じた。

 もう一度潮を噴き上げ、シャチの親子は能力者たちのいる海岸から離れていった。
 北の海の素晴らしいプレゼントに興奮冷めやらぬまま、一同はドラム缶の焚き火を囲んで、今日のできごとを話し始める。
 いつしか話題は、ファンガスたちのことや学園生活へ移っていく。それは楽しくて尽きることがなかった。

●ヒカリゴケと氷瀑を眺めて 〜地下滝の洞窟〜
 知床半島の南側には、ヒカリゴケの群生地として名高いマッカウス洞窟がある。
 一行が目指す地下滝の洞窟は、そこから更に半島を岬方面へ進んだ場所にあるのだという。
 ただ、地下滝周辺で輝くヒカリゴケは、マッカウス洞窟に生えているものとほぼ同じ品種らしい。半島北を行く海岸洞窟組ほどは厳しいルートではないが、こちらは要所要所で人目を気にしなければならないため、他とは違う気苦労があった。
 市街地をやり過ごし、指示された場所で海岸線の道を左へ折れ、半島中央に向かって進む。
 道なき道を少し行けば冬木立が美しい場所に出る。雪を掻き分けると、竹串のごとくしなやかで芯のある棒状のものが雪の中からこちらを威嚇するように現れた。熊笹の茎だ。ここは、夏であれば青々とした緑の木々と、下生えの熊笹に覆われているのだろう。ヒグマを怖れ人が寄り付かないその場所の一角に、このツアーのため芙美が準備した大きな矢印が描かれた看板が立っていた。
 斜め下を向いた矢印の先にあるのは、こんもりと脹れた雪山。不思議に思いつつも慎重に雪を取り除くと、ボスっと音を立て雪が消えた。見ると、ぽっかりと小さな風穴があいている。
 どうやらこの小さな風穴が地下滝の洞窟への入り口らしい。大人1人が何とか通れるぐらいの大きさしかない上に、いきなり深い深い縦穴へと続いている。先ほど消えた雪は、一瞬にしてこの縦穴に飲まれて消えた。なかなかにスリリングな探検行となりそうだ。
「またか、またなのか?!」
「危険とは聞いていたが、これほどとは……!」
 昨年、海岸洞窟を目指した者たちが、その危険度を目の当たりにして、芙美に対し呟いたのと似た言葉が漏れ聞こえてくる。必要な道具は準備万端整えてあるというが、それはそれ。
『だから、先に言えって言ってるだろう!』
 全員の心は、今1つになった。ひょっとしたらそういう狙いもあって、わざと伝えないのかと考えてしまうが、きっと気のせいだ。
 だが文句を言ったところで始まらない。ここを降りなければ目的の地下滝には行けないのだから。
「いいよ。まず僕から降りる」
 風穴の側に、控え目に用意されていたロープとヘッドライトを手に第一陣が縦穴へ身を躍らせた。
 下の安全を確認した上で、第二陣が別のロープを使って順に縦穴を降りていく。
 数々の戦いを乗り越えてきた能力者たちの、すばらしいチームワークが垣間見える。
 みんなで協力すれば、自然界の中に辿り着けない場所などそうそうないのだ。

 軽量な防寒具を着て、照明として防水機能のある懐中電灯を手に、金森・芹(無韻の鶯・b80258)は洞窟内を歩いていく。
(「私のような放埓な人間でもファンガス達の役に立てるかどうか、正直不安ではあります」)
 出立前にはそんなことも考えたが、それもまた行ってからのお楽しみだと芹は割り切る事にした。
 洞窟の中は、気温の高いときに溶けた氷や雪が、今ではカッチカチに凍っていてかなり滑る。芹は足元に注意して慎重に進んだ。
 リーゼロッテ・ヴューラー(ブラウニー・b72505)は、耳あて、帽子、マフラー、手袋と防寒具でもこもこした格好になって、「いざ地下の氷の世界を探索」と張り切っている。
(「新しく見つかったと聞いちゃ、見に行かないわけにはいかないわね」)
 自分の中のファンガスに「今年も里帰りに行くわよ」と声をかけて参加したのは、葉月・玲(青龍拳士・b00462)。毎年洞窟を探索している玲は準備も手慣れたもので、防寒対策は万全。かなりの寒さだろうと覚悟してやって来たが、かなり寒い。これだけの所でも育つなんて流石は地衣類だと驚き、玲はヒカリゴケを観察していた。
「この洞窟にもファンガスがいるのかしら……?」
 呟く玲に挨拶するかのように、身体を伸ばしてファンガスたちがゆらゆら揺れる。やっぱりここにもいるらしい。
「キノコだろ? キノコだよな? キノコはちょっと……」
「そうですキノコですよ〜。大丈夫大丈夫可愛いですから」
 陰条路・朔之助(雲海・b21798)に引き摺られるように進んでいるのは、黒矢・剛(元黒わんこ・b07495)だ。剛はとにかくキノコの味が苦手で、食べるわけではないとわかっていても身体が逃げてしまう。必死に訴え嫌がる剛の様子をニヤニヤして見ながら、朔之助は剛の腕を引き、問答無用でファンガスの下へと連行していた。すると。
「うわ!?」
 剛が足を滑らせた。結果として、剛は朔之助の腕を強く引っぱることに。
(「転ぶときは一緒だよな!?」)
(「やべ……このままじゃ巻き込まれる!?」)
 2人の思いが交錯する。決断は朔之助の方が早かった。掴んでいた手を咄嗟に離す……が、剛も負けてはいない。逆に朔之助の腕を掴み返し――。
「「うがぁ!?」」
 どしーん。
 2人して見事にすっ転ぶこととなった。
「助けるどころか、逃げようとするなんて友達甲斐のない」
 ブツブツ文句を言いながら立ち上がる剛の前に、ふわりと白いカタマリが。ファンガスだ。
「……。朔、お客さんだぞ」
「いや、それ剛先輩のお客さんっすよ?」
 完全スルーパスな剛の言葉に、振り返りながら朔之助が答える。
(「なん、だと……!」)
 そう言えば、前に朔之助はファンガス宿したとか言っていたような。そうだ、ファンガスには意思があるとか。それはとても気まずいと、一瞬の間にいろいろ考える剛。
「ち、違うんだ。味が苦手なだけで、別にファンガスが嫌いな訳じゃ……朔もフォローしてくれよ!」
 あたふたする剛の反応を楽しんだ朔之助は、自分の宿してるファンガスを見せ、助け船を出してやることにした。

 この洞窟はあちこちに小さな風穴があり、それらが繋がっているようだ。ぴゅうぴゅうと空気の漏れる音が聞こえ、さらには洞窟の中にも関わらず、風に運ばれたのであろう雪が舞うのも目撃された。となれば、もちろん――。
「さ、寒い……」
 この洞窟内の温度は、外気温とほぼ同じぐらいしかなかった。足下が中途半端に濡れているぶん、底冷えするため体感気温の低さは、こちらの方が上かもしれない。
 そのおかげもあるのだろうが、とにかくもう氷柱に氷筍、ヒカリゴケ、群れるファンガスと次から次へと見たことのない景色が続いていた。この先まだ全体が凍りついた滝があるという。
「おお、面白いものがいっぱいだな」
 自分的に観察絵日記でも付けてみようと、七瀬・夕亜(暗赤色の夜明け・b71353)は日記帳を取り出し記録していた。
(「滝に氷筍、お、ヒカリゴケって何かカワイイぞ」)
 楽しくなってどんどん描き続ける夕亜。気がつけば、観察日記なのにかなりデフォルメして、可愛らしく描いてしまっていた。いけないと思いつつも、描き直す気にならない。
「……まぁいいか。アタシ的にはこういうイメージなんだ、うん」
 デフォルメしたその姿に似せているつもりなのか、白いカタマリが奇妙な形にポーズを決めて、夕亜の頭に乗っかっていた。
(「戦いだけでなく、こんな自然の神秘に触れるのもいいものだ」)
 シルド・バックラース(真シルフィード・b53175)は心穏やかに洞窟内を歩いていた。
 素晴らしい氷筍やヒカリゴケの数々に感動しつつ眺めていると、
 ぽむ、ぽむ、ぽむ、ぽむ。
 軽い衝撃と共に、頭上からファンガスたちが降ってきた。そのうち頭にかろうじて引っかかった1体を、シルドは手に取り、目の高さへと持ってくる。
(「噂には聞いていたが……」)
 元々シルドはファンガスの存在に興味を引かれ、ツアーに参加したようなものだった。自分が彼らの役に立てるのならば協力を惜しむつもりは毛頭ない。これが出会いなら話をしよう。
「俺と一緒に来てくれるか?」
 小さく問うたシルド。シルドの手からのたのたと出てきたファンガスは、そのまま腕を辿ってシルドの肩へ乗っかった。まるでここが自分の居場所だと言わんばかりの姿に、シルドは小さく笑った。
 共生してないファンガスってどんなのだろうと、鈴鹿・小春(空色のうたかた・b62229)は、うずうずしながら洞窟内を狐変身した姿のままで移動していた。
 狐なのは、苔などをなるべく踏み荒らしたくないという理由から。黒い頭巾に、首からかけた懐中電灯も愛らしく、とっとっとっとと軽快に洞窟の中を進んでいく。
 途中、氷筍がヒカリゴケの放つ蛍光緑色を反射して、不思議に輝いていた場所があった。
 思わず見とれていたら、小春の尻尾に1体のファンガスがのそのそっと乗ってくる。
 驚いたのと嬉しかったのとで、小春はぽーんと跳ねて、頭でファンガスをキャッチした。
 小春の頭の上で、「もう一回!」とばかりに跳ねるファンガス。
(「あ、なんかはしゃいでるっぽい!このままいこっと♪」)
 足取りも軽く、小春は奥の凍りついた滝を目指した。

「天井! 光ってるよ!」
 ヒカリゴケの存在を暗示する誰かの声に、金森・芹も周りの明かりをつけていた者たちも、一斉に電灯のスイッチを切ったり、指向性のあるものに切り替える。
 ぽぅ。ぽぽぅ。
 そんな音がしそうな、黄緑色、もしくは明るい蛍光緑色の塊が天井に現れた。ヒカリゴケだ。
 明かりを消してみると、似た明かりは天井だけでなく、床や壁にもあることがわかる。
 芹は近くにあるヒカリゴケの前まで行って、まじまじと観察。この地下滝の洞窟は新しく見つかった場所らしい。遭難しない程度に奥の方まで探検してみようと、芹は再び歩き始めた。
 洞窟見学って面白そうだし、知らない事や不思議な事に会えるとドキドキする。自然観察万歳だ!
 そんな思いでマロン・ビネガー(夢幻の恋人・b32320)は参加した。真雪女であるマロンには、氷筍や氷瀑があっても涼しい程度。夏とか良さそうと喜んでいた。
(「このひんやり感には癒されるよー。ここで暮らせたら幸せだろうなぁ」)
「ちょっと寒いけど、素敵な場所だね。絵に描きたいなあ……」
 相方であるラピスティ・グラッセ(レーゲンボーゲン・b43336)も、淡く輝く洞窟内に目を奪われている。ファンガス保存の助けになれたらと思ってきたが、オマケに観光できるなんて素晴らしい。
 マロンがこれは何で光っているのかと尋ねたので、ラピスティはヒカリゴケだと教えてあげる。
「ヒカリゴケ? それって普通の苔と何処が違うんだろう……」
「ヒカリゴケは1科1属1種の貴重な植物らしいよ。日本国外ではロシアやヨーロッパ北部(以下略」
 不思議そうに尋ねるマロンに、ラピスティはスラスラと流れるように語り始める。
(「あ、ラピスが解説始めた……放っとこう」)
 誰かが氷筍について話をしていたので、マロンはそちらに混じって話を聞きながら歩き出す。
「自力で発光しているのではなk(以下略)」
 気持ちよく解説していたラピスティがふと我に返ると、マロンの姿がない。
「もう、せっかく解説してたのに!」
(「エメラルド色の光がマロンの瞳と同じ色で綺麗だなって言おうと……」)
 こう言うの好きそうだから一緒に見ようと思っていたのにと、ラピスティのブツブツは止まらない。
「寒い……」
 ラピスティの声が響いた。
「うわ、すごいすごい」
 古野・陽太郎(中学生太陽のエアライダー・b80446)はすっかりテンションが上がって、はしゃいでいた。と、突然、ヒカリゴケを見ようと示し合わせたかのように、一斉に明かりが消える。
「え?」
 驚いた陽太郎の足がツルっと滑った。
 運の悪いことに、ちょうど坂になっていたようで、陽太郎は面白いぐらい綺麗につるる〜〜っと洞窟内を滑り降りていく。
「ぎょわぁぁぁぁぁぁ」
 悲鳴を上げながら、どこか冷静に陽太郎は思った。
(「大丈夫。エアライダーのバランス力をもってすれば、皆を巻き込まないで滑るなんて……」)
 児戯に等しいと心で強がってみたが。
「ごめん、嘘ですーーー!」
 陽太郎の身体は、ファンガスの群れに突っ込むまで止まらなかった。

 ファンガスたちと交流を望む者、地下滝を見学したくて参加した者、いろいろ集まってやって来たのは、同じ結社の仲間【COL】の面々だ。洞窟内を賑やかに進んでいく。
 氷とコケの異なる輝きが美しい。染み入る寒さもここにいる証だ。心地よかった。しかし――。
「うむ、寒い。予想以上の寒さだ」
 妹出・織泉羅(緊張感無き鉄面皮・b70426)はそう呟いて、暖をとるためそばを行く暗都・魎夜(熱き血の覚醒・b42300)の腕にしがみついた。
「滑るから気をつけろよ?」
 何かあったのかと織泉羅を気遣う魎夜。魎夜は去年同様ファンガスに胸の熱い思いを伝えようと参加していた。ファンガスに思いを伝えたいのは森部・柚子(土蜘蛛のお嫁さん・b73521)も同じ。柚子は、舞台用の装束を着込み、上から防寒着を着て歩いていた。来訪者が大好きな柚子は、ファンガスたちにメガリスを預かる覚悟を伝えたかった。思いを受け取ってくれたなら自分の舞いを見てもらおうと、着膨れも気にせずに準備してきていた。
「やれやれ。相も変わらず喧しい連中だ」
 スペック・ランドルイーヴン(デストロイヤー・b64890)は、他のメンバーが騒いでいるのを横目に見つつ、洞窟内の景色を少し離れたところから眺めて、考え事に耽っていた。
「氷柱と光る苔、か。やはり日本は自然や物が美しい」
「凄い光景ですね……」
 洞窟に入ったときは寒がっていた瀬河・苺子(中学生ゾンビハンター・b77693)も、同じ光景に息を呑んで魅入っていた。

 本来なら明かりの下で見られることがない光景。真っ暗な中、誰にも知られることなく密かに凍りつく地下の滝と造られる氷筍たちは、今、光を受けて輝き始めた。
 能力者たちが持ち込んだ照明器具や白燐光、光明呪言によってもたらされた明かりは、凍りつき今も氷柱を伸ばし続ける地下滝を、暗闇の中に浮かび上がらせる。
「わぁ〜、キレイ……」
 リーゼロッテ・ヴューラーは思わず声を上げた。リーゼロッテの期待を裏切らない、水晶のような凍りついた滝や氷筍が出迎えてくれる。
 幻想的な輝きを放つ滝に、シルド・バックラースも足を止めた。
 このような場所が世界には確かに存在するのだと感動を覚えていた。
(「この滝は何時から凍っているのだろうか? 溶けるときが来るのだろうか?」)
 思いはいろいろと尽きなかった。
 今こそ説得の時と、滝に集まっていた多数のファンガスたちに、暗都・魎夜は思いを話し始めた。
「俺達を受け入れてくれてありがとう! 今日来たのは分かり合うためだ! この一歩が道を作り道を広げる! いつか、みんなで仲良く暮らせる日への道を!」
 魎夜とは別に、森部・柚子も絶対良い事に使うからと、銀誓館学園がメガリスを預かることができるようお願いしていた。
「絶対に悪いことには使わないのです! わたしたち銀誓館を信じて下さい!」
 魎夜と柚子、考えていることは違うが『ファンガスたちに伝えたい』という熱く強い心は同じ。
 ファンガスたちは2人の主張を、動きを止めて聞いているように見えた。
 理解してもらえたと感じた柚子は、防寒着を脱いで、氷の滝の前で舞いを披露する。
 輝く氷の滝の前で行われたそれは、何とも神秘的な光景で見るものの目を惹きつけて放さない。
 舞い終わった瞬間、能力者たちから怒涛の拍手が送られた。
 その中に様子を見に来ていたさつきを見かけ、魎夜はさつきに一言と頼んだ。さつきは少し戸惑った様子を見せながら、ぺこりと頭を下げて言う。
「えっと、銀誓館学園のみなさん。みなさんこそ、わたしたち来訪者ファンガスを受け入れてくださって、ありがとうございました。一歩を踏み出してくださったみなさんに、わたしたちも一歩踏み出せればいいなと思っています。そのときはどうぞよろしくお願いしますね」
 もう一度拍手が起こった。
 みんなが来てライトアップする前の滝も、した後の滝も、舞いの舞台となった滝も、葉月・玲は完璧に撮影していた。真っ先に滝に到着していた玲は、記念撮影用のカメラを出し、明かりも調節できるよう準備を整えていたのだ。
(「あんまり迷惑かけるような事はしたくないから、程々にするつもりだけど」)
「凍った滝とかの珍しい光景、思う存分、撮りまくるわよ!」
 そんな気持ちでシャッターを押しまくった。
 撮れるものと撮れないもののラインが分からず、マロン・ビネガーは滝を前に、もし撮影が無理だったら心に焼き付けておこうと考えていた。
「写真を撮りたいの? 大丈夫、撮れるわよ」
「本当? 教えてくれてありがとう!」
 玲に地下滝は自然の力で凍りついているので問題なく撮影できると教えられ、カメラを構えるマロン。遅れてやって来たラピスティ・グラッセが哀しそうに見るので、ラピスティも撮ってあげた。
 鈴鹿・小春は、すっかり仲良くなったファンガスを頭からそっと下ろして人間の姿に戻る。
 自分の名前や自分のことを伝えて挨拶をすませた。ここまで挨拶を待ったのにはわけがある。滝を背景に写真を撮りたかったからなのだ。
 通りがかった芙美が「良かったら撮りましょうか?」と申し出て、何枚か撮ってくれた。
「いいポーズっぽいのに、写真じゃ分からないの勿体無いなー」
 思わず呟く小春。ファンガスは単なる地衣類としか写真に写らない。それが少し残念だった。
 それでも記念の1枚には違いない。ファンガスと共に洞窟の空気や雰囲気を存分に楽しんだ小春は、再び狐になってファンガスを頭に乗せる。
「……これからよろしくねー♪」
 跳ねるように歩きながら、1匹(?)と1体は洞窟を後にした。
 小春の他にも滝の前での記念撮影を望む声は多く、芙美だけでなく、玲もマロンもカメラを預かって撮ってあげることとなった。
 
 暗都・魎夜と森部・柚子のスピーチを聞いていた結社の仲間【COL】の面々は、歯の根が合わない寒さに身体を震わせ始めた。
 ヴィクトリア・リーフ(祝福する月桂樹の娘・b77396)は、洞窟内に響き渡るかと思うほど、大きなくしゃみをする。
「ささ寒いよね? ここココア持ってきたから……みみ皆で飲もうよ?」
 舌がうまく回らなかったが、ヴィクトリアは持参した大き目の水筒から、熱々のココアを淹れてみんなに配っていく。
「あ、わたしも準備して来ました。お口に合えば良いんですが」
 瀬河・苺子も自作のクッキーを差し出す。
「かたじけない、ヴィリーフ。ほう、こちらは苺子が作ったのか? 貴殿は器用だな」
 ココアを片手にクッキーをつまんだ妹出・織泉羅は、そのできばえを誉めた。
「あ、これもらうぜ?」
「美味しいのです♪ みなさんも食べませんか?」
 演説を済ませ戻った途端、食べ物に手を伸ばす魎夜。舞いを舞ってお腹がすいた柚子も分けてもらい、その美味しさを褒め、他の仲間や周囲の能力者たちに勧めていた。
「氷柱の一本は落ちるやもしれぬぞ」
 あんな大きな声を出しおって、と織泉羅は魎夜にボソリと告げる。「えっ?!」と動揺するもその気配がないことに安心した魎夜は、「ほら、一緒に食おうぜ!」とファンガスたちにも呼びかけた。
 苺子はファンガスが食べやすいようにクッキーを砕てやり、彼らの食べ方を良く見る。小さく砕いたクッキーには乗っかるように、大きなままのものは身体で包み込むようにして魔法のごとく消してしまう。ようは食べているのだが。
「本当に食べるんですね……びっくりです」
 クッキーを食べるかどうか半信半疑だったため、苺子はたいそう驚いた。
「貴殿らは、菌糸を伸ばす事はできるのか?」
 織泉羅は尋ねると、蜘蛛の糸を1本口から吐き出し、そのまま巣作りを始める。
「わーい織泉羅の巣なのです♪」
 出来上がった巣に、柚子がウキウキしながら入っていく。織泉羅はファンガスに「どうだ?」と言わんばかりに手招き。お呼ばれしたとわかったのか、ファンガスたちが巣に集まってきた。
「貴殿は呼ばねば来ぬだろう。他は自ら来てくれる。のう?」
 さらに織泉羅はスペック・ランドルイーヴンも招いた。最後の「のう?」は、さつきと芙美に向けて言ったもの。巣に招かれて、さつきは嬉しそうに「はい!」と答え近寄っていく。
 それをやはり横目で見ながら、貴殿と指定され呼ばれたスペックは、「ああ、そうだな。少々邪魔をする」と織泉羅の言葉に同意しながら巣へと向かった。
 魎夜と柚子は演説と舞い、苺子は手作りのクッキーを分けている。織泉羅は巣作りだ。自分も何しなきゃと、ヴィクトリアは考えを巡らせたが、何も思いつかず時間だけが過ぎていった。
 これではいけないと首を動かそうとして、ツンと引っ張られる感じにゆっくり顔を向けてみると、なんと髪の毛が凍り付いて滝の一部と同化している!
「きゃーっ! きゃーっ!」
「だ、大丈夫ですか、ヴィクトリア先輩!?」
 大混乱のヴィクトリアは髪を滝から剥がすのに、しばしの時間を必要とした。

 みんなが凍りついた滝に夢中になっているころ、柿木坂・みる(希望の羽・b63721)は、「『新発見』の言葉に心が躍る」と、初めて目にする珍しい景色を楽しみながら、他の誰も行かないような場所を探していた。
(「今まで誰も行かなかった場所に行ってみるんだ! 未踏の地攻略は乙女の夢なんだよ!」)
 拳を握って心の中で叫ぶ、みる。洞窟の中は寒いが燃えているみるには問題がなかった。
 洞窟の奥、誰も居ない場所へ。人から離れるので、道に迷わないように気をつけながらみるは進んで行く。目指すのは、みるだけが辿り着く場所、報酬はみるの景色だ。
(「ここだ!」)
 誰も気づいていないであろう隙間を発見し、身体を滑り込ませる。みるは、ファンガスたちもいない、誰もいない場所に辿り着いた。さっき見かけた氷瀑とは比べるべくもないが、凍りついた小さな小さな滝がある空間だ。みるはその滝や周りのヒカリゴケを眺めてお菓子を食べながら一休みする。
「うん! これぞ最高の贅沢ってやつだよね!」
 ちょっとした冒険心と遊びゴコロ。ファンガスの中にもこれを持つ子はいるはずだ。まだ見ぬ出会いを夢見るみるの頭上から、どうやって辿り着いたのか1体のファンガスが降ってきた。
「!?」
 ぼとんと頭に乗っかった、それがみると同じぐらい冒険野郎なファンガスとの出会いだった。
 他にも滝から離れ、自分なりの場所を見つけ楽しむ者がいる。
 早起きして自分で作った暖かなお茶とお弁当を広げた、リーゼロッテ・ヴューラーがそうだ。
 氷筍の見事な洞窟へ移動し、むぐむぐとお弁当を味わうリーゼロッテ。その周りに、まるでコンパスで描いたように丸くファンガスたちが近寄ってきた。
(「そういえば、輪っか状にキノコが生えるとフェアリーサークルって言うんですよね」)
 そんなことを思いながら、リーゼロッテはファンガスたちが食べられるものをお弁当に入れてきたかなと考えた。
 続いてリーゼロッテはヒカリゴケが洞窟一面を覆う場所に移動する。
「ふぁー……」
 その光景に言葉を失うほど感動した。先祖がしていたという錬金術師の手伝いとしての血が、少しザワリとする。
「なんだか少し、採取したい……。ううん、ダメダメ……」
 首を振って、必死に誘惑を断ち切ろうとするリーゼロッテ。その頭の上で、ファンガスが同じようにプルプルと身体を振っていた。
「約2年ぶりのカムイワッカですね〜。六花、故郷の景色はどうですか?」
 宿したファンガスの六花に、安曇・四季(きのことわんこの協奏曲・b46432)は話しかけながら、洞窟内を歩いていた。明かりに照らされ、キラキラと氷筍が輝く。
「初めて見たです! 綺麗ですね〜。感激です……っと、本題」
 氷柱や氷筍が輝く空間で、居住まいを正した四季は、氷筍にくっついていたファンガスたちに語りかけた。
「ファンガスさん達の気持ち、伝わってくるです。でもです、あなた達は一方的に助けられてる訳じゃないのですよ? しきはいつも、貴方達の仲間である六花に助けられてるです」
 真摯な四季の言葉に、ファンガスたちは動きを止めて聞き入っているように見えた。
「しきは共生者。ファンガスと共に生きる者です。これから激しい戦いが予想されるので『メガリスは要らない』とは言えませんが、しきからも『ありがとう』と言わせて下さいです」
 メガリスについてはファンガス全体に何か伝わっているのだろうか。
 四季がメガリスという言葉を出した瞬間、ピクリとファンガスたちが動いた気がする。それ以外は、身動き1つせずに四季の言葉をその全身に受けていた。
 自分の言葉はきっと伝わっている。そう感じた四季は、一呼吸して最後に大切な言葉を告げる。
「銀誓館と来訪者ファンガスは共に歩む仲間です」
 いつの間にか、四季のそばでさつきが話を聞いていた。
「はい……!」
 嬉しそうに返事をして、四季にぺこんと頭を下げた。

 洞窟の中から全員が出てきたのは、夕暮れの少し前だった。
 海岸洞窟組や湯滝、雪原組の者たちから、天候が崩れそうなので、帰りを早くした方がいいと連絡があったのだ。
 さっきまであの幻想的な洞窟の中にいたため、外の明るさや白さに目がなかなか慣れない。
 徐々に目を慣らしてから帰ろう。それが安全なのだとわかっているのだけれど。
 あの光景と感動を忘れてしまうような気がして、一同は何となく去り難く思った。

●知床連山を辿って
 びゅうぅうおおぉ!!
 強い風が尾根を走る。さらさらのパウダースノーはウィンタースポーツには最適だが、冬山登山にはまったく向かない。視界が真っ白になることもままあり、油断ならなかった。
 晴天に知床を訪れることが多かったツアーだが、今年はガスが出たり、風に運ばれた雪が横向きに吹き付けることさえあった。ムリをすれば進めないでもなかったが、そこまで時間が押しているわけでもない。ならば全員で確実に目的地に行こうと安全策をとることにした。危険と判断するたびに足を止め、小康状態になるのを待って進んだのだ。
「やったぜ。着いた!」
「寒かったわね。暖まりましょう!」
 結果として、それが正解だったとカムイワッカの湯滝近くの雪原に着いた一行は思う。
 強風は集まってひと塊になることで凌ぐことができたし、何より1つのことをみんなで成し遂げた達成感が心地よかった。
 山の天気も能力者たちの頑張りに観念したのか、見事な青空となった。またいつ曇り始めるかわからないが、今のところ雪山で過ごすには問題なさそうだ。
 自前のスキー用品を肩から下ろす者、詰め込んできた鍋の具材を確認する者、それぞれが目的を持って、雪山の各場所に散らばっていく。さあ、雪山を心行くまで堪能しよう!

●風になれ! 〜山頂でウィンタースポーツを〜
 山頂では、芙美がウィンタースポーツの貸し出しを行っていた。
 スキー板やスノーボードはもちろん、紛失する人もいるかと手袋や防寒具も運び込んでいる。地図や日焼け止めだって完備だ。
「はい、どうぞ。楽しんできてね」
「気をつけてくださいね」
 芙美の隣には、慣れない手つきで手伝うさつきの姿もあった。
 時おり、ごうっと強く吹く風に防寒具からはみ出た髪がさらされ、妙な形で凍り付いているがそこはご愛嬌。初めての体験に楽しそうに手伝いをしていた。

(「スキーは初めてだたけど、こんなに難しいなんてっ」)
 安野・眠(高校生真フランケンシュタインの花嫁・b46322)は、スキーを滑る前に、歩くこともままならなくて四苦八苦していた。
 ごろん、ごてん、ずるんとこけまくる。
「暁くん、ちょっと滑り方教えてもらえますか……?」
 ここはとりあえず経験者で、一緒に来た龍口地・暁(中学生真青龍拳士・b74741)に教えてもらおうとお願いしてみた。
 予想はしてたけど転びまくりだと思っていた暁は、声をかけられて眠が初スキーなのだと気づく。
「初めてだったのか。じゃあ俺が手取り足取り教えてあげちゃうぜ」
 ……なんて会話を行ってから、もう、しばらく経つ。
「うーん、なかなか上達しないな。ま、まあ誰でも得て不得手ってのがあらぁな」
 暁のフォローも眠の心に空しく響く。
(「どうして上達しないのかしら。滑れるようになるまであと何回転べば……」)
 自分のことながらここまで出来ないと悲しくなるのを通り越して呆れると、眠は頭を抱えた。
 次に転んだら最後にしようと滑り出した眠。疲れて余分な力が抜けたのか、転倒せずに綺麗に板に乗れている。
「あ、暁くん滑れましたっ」
 折から吹き始めた山頂からの風が、眠の背中を押しずんずん加速していく。
「でもどうやって止まるのー!?」
 風が出てきたなと、空を見ていたた暁が視線を戻すと、なんと眠が軽快に滑っていた。暁を見て嬉しそうに両手を振っている……ように見える。
(「楽しそうにはしゃいじゃって、可愛いなあ」)
「いいぞ眠ちゃん、その調子ー!」
 このあと眠がどうなったか、それは神のみぞ知る。

 スノーボードは持参したし、ウェアも新調したけれど、念のためこの辺りの地形を確認しようと芙美の地図を覗き込む獅子谷・銀子(ライオンハート・b08195)。芙美の手伝いをするさつきに、銀子は「私としては、さつきさんのような存在が最後になってしまうのは寂しいけど」と話しかけた。
 さつきが「それでも……」と、大好きな学園のみんなに渡したいのだと言いかける前に、銀子は「信頼してもらえたんだし、頑張るわね」と笑って反論を封じる。
 うんうんと嬉しそうに首を振るさつきに手を振り、銀子は雪原を滑り降りていく。
 山の麓の方から慣らして、上級コースに挑戦。銀子は自分はそれほどスノボが上手いとは思ってないが、せっかく来たのだ、素敵な雪山は楽しみ尽くさないと。気合いを入れて遊び倒すつもりで思い切り雪山を楽しんでいる。
 とはいえ、スキー場と違い圧雪もしていない雪原だ。エッジの扱いが難しく、たびたび転んでしまう。けれど銀子は笑って「もう一回」と立ち上がる。
 ちょうどいい小山を見つけ、「えいっ!」とジャンプに挑戦した。そんな銀子の肩に、いつの間にかファンガスが乗っかっていた。
 暑いところは苦手だと雪原に来た皇・青露(氷雪太閤・b67390)は、「まあ、たまにはよかろう」とスキーを借りて滑り始めた。
 上流のたしなみとしてパラレルぐらいは滑れるぞと青露。青露は寒さが気にならないため、いつもの白い着物姿で滑走している。着物でスキーは目の毒になるのではと思わなくはないが、そこはきっちり膝をそろえてターン。ため息が出るほど見事な滑りだった。
 退屈はしないだろうとこの地にやって来た葛木・鏡夜(神に仕える者・b79621)は、数あるウィンタースポーツ用品の中からクロスカントリー用のスキーを選んでいた。さっそく装着し斜面を降りようとする鏡夜に、誰かが「参考までに、どうしてそれを?」と尋ねる。
「群生地の外れに、ファンガスを狙うゴーストがいるかもしれないでしょう?」
 あくまで紳士な鏡夜は美しい所作で答えた。
「そ、そうか。いってらっしゃい」
「ありがとうございます。あなたも気をつけて。では」
 持久力にも鋭い感覚にも自信がある鏡夜は、雪原をぐるりと回るつもりでいる。
 ゴーストにも死は平等という事で逝くべき場所へ帰している鏡夜。雪原の中、黒い服の紳士が群生地の平和を見て周っていた。

(「スノボは芝や人工雪は経験あるけど、そういえば実地は初だったっけ」)
 でも、運動神経もそこそこにあるし、特にスピードも高さも怖いと思わない。ならば怪我にだけ気をつければいいかと滑り始めたのは、嘉凪・久臣(竜神の蒼き衛士・b67229)だ。
「……!」
(「臣センセー、勢いだけで山頂まで登ってきたのはいいんだが、直滑降で麓まで降りるのが関の山でっす!」)
 声にも出せず、視線だけで思いのたけを久臣に伝えるのは志方・雪子(友待・b43513)。
 雪子はスノーボードは骨折する最初からスルー、スキーならかろうじてと思って滑り出したが、考えてみれば10年ぶり。そりゃあ、身体も顔も凍るってもんです。
「……雪子さん、思いっきり表情が固まってますけど大丈夫ですか?」
(「顔が固い? 見苦しいのがそれだけで済んでるなら御の字か」)
 へろへろへろと動き出した雪子を見守る久臣。全身の力を込めている雪子に答える余裕はない。
「滑ればパラレルターンとか、身体が思い出すと思いますよ。それに俺も何かあったら助けますし、転びそうになったらフォローするようにしますから」
(「久臣のフォローに期待、超期待。がんばれイケメン!」)
 心の中で久臣にエールを送る雪子。そんな雪子も徐々にスピードが増してきた。当たり前だ、直滑降だもの。久臣はいつでも助けに入れるよう構えつつ並走する。
 気がつけば、端から見れば「あの人たちすごく上手よね」と思われるスピードで雪山を滑走していた2人。その先に、雪とは明らかに違う質感の白いモコモコが。ファンガスの一団だ!
「ぶつかる!」と思った瞬間、雪子は持てる力を全開にして、ギリギリのところでファンガスの一団を回避した。雪子がスキーで滑走する際、目標として掲げていたのは「死なない。二次災害を出さない」だ。見事守られたといえよう。
 ざあっと雪を蹴立てて、止まる雪子と久臣。近づいてきたファンガスたちに、雪子はポケットに忍ばせていたチョコをあげてみる。どうやらチョコは好きらしい。次々にペロリと平らげてしまう。
 最後のひとかけを手のひらに載せて差し出そうとしたら、雪子の肩から、脱力したファンガスが降りてきて、それを食べた。どうやら滑走を始める前にくっついていたらしい。
(「強く生きろ」)
 雪子はその言葉を宿したファンガスに送った。

 初めてのウィンタースポーツに挑戦したり、久しぶりに遊んでみたり、己が道を貫いてみたり。
 おのおのがパウダースノーの雪原を存分に楽しんでいた。強い風のため、時おり地吹雪が起こることもあったが、幸いなことに誰も困る事態にはならずにすんだ。
 残念ながら午後になり雲が出始めたが、今シーズン最後のウィンタースポーツを楽しんだ能力者たちは、知床の山々に感謝し、雪との別れを行うべく最終滑走を始めた。
 
●山裾で、レッツ雪洞&鍋作り!
「お鍋とコンロの貸し出しはここですよ〜。雪を加工する道具もここです〜」
 ほかの能力者たちにも手伝ってもらい、ここでも芙美は道具の貸し出しを行っていた。
『雪洞の中でお鍋を食べよう』大会の場となった山裾では、自慢の具材を持ち寄った者たちが集っていた。どこにどんな雪洞を作ろうかと相談する声も聞こえてくる。
 鍋は、鉄鍋、土鍋、銅鍋などいろんな種類を用意してある。食材の方も白菜やシラタキ、長ネギなどに加え、選ぶ選ばないは個人の自由だと割り切って、えのきやまいたけなどご要望に応えるべくキノコ類も揃えてあった。
 コンテストがあるかもと言われていた雪洞&鍋大会。結果がどうなるか楽しみだ。
 鍋が煮えるころにはさつきも顔を出すらしい。とびきりの雪洞と鍋を作って驚かせよう。
 
「大鍋と食材はそろえて持ってきてます」
 何か必要かと尋ねられ、柊・蒼(蒼き天秤たる料理の・b72017)はきっぱりと答え、背中を見せた。
 背には大鍋とその他の料理道具がぎっしり入ったリュックがあり、その姿はまるで家出少年だ。
「メニューは決めてます。『豚汁』で。この料理でほっこりと皆さんをさせていただきましょう」
「楽しみにしているぜ!」
 見物がてら、おいしい鍋を相伴にあずかろうと様子を見に来ていた能力者たちもいて、蒼のための雪洞を作ってくれた。
 その中で、グルメでも蒼は存分に腕を振るう。
 大鍋に入れられた、里芋にごぼう、大根、こんにゃく、長葱などが豚肉と一緒に煮えていく。
「さあどうぞ!」
 差し出された大きめの椀に、待ち構えていた者たちが次々に手を伸ばした。
 そのころ隣に一緒に作られた雪洞では、別の鍋が作られようとしていた。
 こちらはみんなに配ることが主目的ではなく、自分たちでまず楽しむもの。
 纐纈・鼓(スカーレットビート・b67900)は、友人の神崎・碧(エンハンスメント・b40260)とする鍋を楽しみにしていのだ。
「北海道で鍋と言ったら……」
「北海道の名産で私が好きなのは、蟹と鮭とジャガイモです」
 目移りするが太ったら困ると、2人はダイエットできるヘルシーな鍋にしようと考えた。
「ここはそうすると、カニじゃない?」
「あ、カニ鍋いいですね! そうしましょう」
 具材を持ってきて、下ごしらえを始める鼓。
「繊維質豊富な白菜と彩りに水菜を入れて……。茸も好きなんだけど、今回はちょっと遠慮しとこう」
「鼓さん、手際がいいですねー」
 野菜は任せ、碧は煎茶を入れて待つことにする。
「碧ちゃん、たれはなににする? あたしはポン酢がいいかな」
「タレですか? 具材が美味しければ、そのまま食べても美味しいと思いますよ〜。なので……最初はそのまま頂いて、途中からはポン酢で頂きますです♪」
 方向性を決め、湯が沸き、下ごしらえがすめばすぐに食べられるのが鍋のいいところ。
 あっという間に出来上がったカニ鍋に、鼓と碧が箸を伸ばす。はふはふと息をかけながら、アツアツをいただくのが嬉しい。いい感じで茹で上がったカニはとてもジューシィでたまらない。
「あ、ほら、こっちの方のカニが丁度良いよ。よそってあげようか?」
「わ、すいません。色々とやらせてしまって!」
 恐縮する碧だが、鼓は楽しそうに世話を焼いていた。
 雪洞の中は寒いと思ったけど、身体がカッカしてきちゃったと外に目を向ければ、香りにつられて覗き込む参加者たち。中には鼓と碧が鍋作りに集中できるよう、雪洞を作ってくれた者もいる。
「あなた方もご一緒に蟹鍋いかがですか?」
 碧はわらって小鉢を差し出した。

「レン、きのこたべる!」
 小空・睡蓮(小学生太陽のエアライダー・b79291)がキノコ鍋が食べたいと言い出し、それを聞いたアンリェイナ・ファラフ(小学生ナイトメア適合者・b70094)も食べたくなってしまった。
 睡蓮とアンリェイナも、自分たちがまず楽しむことが主目的の鍋作り。アンリェイナは同じ結社の先輩に、レシピと材料を貰い、鍋作り挑戦している。下ごしらえは済ませておいたし、分量も書いてある通りにすればたぶん間違いない……はず。
「頑張ろうね、レンちゃん」
 睡蓮はというと、キノコ狩りができると楽しそうにはしゃいでいる。
 おいしそうなキノコを想像し、「いっぱいとって、ままにスパゲッティにしてもらってたべるのー!」と声に出す。誰かに「ファンガスは食べられないよ」と説明され、しょんぼりとうなだれた。
「え、キノコたべれないの? れん、かなしい。でも、だいじにするね」
 睡蓮の気持ちが嬉しかったのか、1体のファンガスがその肩に乗っかった。
 それで元気をもらったのか、睡蓮はアンリェイナの手伝いを始めた。
 キノコと鶏肉たっぷりにほうれん草。そして味噌鍋ならお揚げと、鍋の中に投入していく。
「あの……揚げはそんなに要らないかなって」
 おずおずと言うアンリェイナに、
「……え、れん、ままに味噌鍋にはお揚げよって言われた……」
 ガーンとショックを受ける睡蓮。そんな出来事もあったが、火にかけ水を張り具材を入れれば鍋は出来上がる。最後は味付けなのだが、今のままでいいのかアンリェイナには判断できず、睡蓮と2人で首をかしげた。
 2人の戸惑いを感じ取ったのか、『もうちょっと……』という思いが、鍋の完成を待っていたらしいファンガスから伝わってくる。
 アンリェイナはその助言(?)の通りに味を調節。ぴたりと味が決まった。
「料理上手なファンガスさん一緒に来ませんか?」
 お玉片手に手を差し伸べられ、ファンガスはその手に乗っかった。
「アンリねね、肉もだいじなの」
 ぐつぐつと味噌鍋が音を立てる。いい感じに煮えたお肉を、睡蓮はアンリェイナの取皿に入れてあげた。「ありがとう」とお返しにお肉を返すアンリェイナ。
「肉もきのこもおいしーの! アンリねね、またお鍋しようね」

「ここはやっぱり飲食店店長としては、参加しないわけにはいかないの!」
 新しく誰かが作った雪洞の中で宣言する声がする。
 強い意志で鍋に向き合う御剣・風月(まったり店長・b39244)だ。作るお鍋はキノコ鍋。キノコな来訪者と仲良くするには、キノコが一番だと風月は考えていた。
 微妙に共食いチックだけが細かいことは気にせず、どんどん作っておいしくいただくのだ。
「シメジにエノキにエリンギシイタケ、ヒラタケナメタケベニテングタケにトリュフも入れちゃえなのー」
 そんなにいろんなキノコを入れて、間違えてファンガスを入れちゃわないかと、心配げに誰かが手元を覗き込む。
「あ、さすがに間違えてファンガスつっこんだりはしないから大丈夫!」
 ぐつぐつぐつと煮込まれていくお鍋。気が付けば、かなり怪しい闇キノコ鍋が完成していた。
「お鍋お鍋〜♪」
 勢いよく作られていく鍋を興味津々に眺めていたファンガスたちは、風月が振る舞う鍋をのたりのたりと近寄って平らげていく。そんなにおいしいのかと覗き込んだ参加者の半数は、どろりとしたソレを見たとたん離れていこうとするが、風月がそれを許さない。片っ端から渡す勢いで、鍋をよそった小鉢を配って回った。
 おそるおそる口を付けてみると、意外や意外、これがとても美味しい。
 急におかわりを求める声と小鉢を持つ手が増えた。
 雪洞と鍋、どちらも計画的に作っているのは、やんちゃな妹の面倒をいつも看ているお姉さん、青井・葵(空と海との境界線・b11746)だった。
「ぴのにとっては2回目の里帰りですね」
 雪洞をせっせと作り、さっそく中で鍋の準備を進めながら、葵は手元で嬉しそうに動くファンガスに声をかける。宿していたファンガスを今は放っているのだ。
 雪洞の前では、葵の妹である青井・海(シンデレラ坂・b11667)が、海を師匠と呼び尊敬している片折・らみか(小学生ナイトメア適合者・b80677)に熱弁を振るっていた。
「……だからこそ我々が青汁を普及せねばならぬのだ!」
「はい、師匠!」
 妙に熱く語ってる2人を眺めつつ、葵は雪洞の中で鍋を作り始める。
 メニューは野菜たっぷりのキムチ鍋。辛さは抑え目にしておいた。
「ぴの、さりげなく豆腐の横に並んでたら危ないでしょう?」
 間違えてお鍋に入れてしまうわと葵は、ぴのをそっと脇へ避ける。
 そのころ雪洞の外では、らみかが初めて見るファンガスに驚いていた。
「……わ、何か動いてます…!?」
 雪洞から漂ってくる匂いに釣られたのか、のたのたと集まるファンガスたち。
「うむ、それがファンガスだ」
「え、これがファンガスですか? へー。もこもこですねぇ」
「てか、ど根性キノコ・ガッツしらたけよ、出て来いよー」
 ファンガスを眺めるらみか、自身に宿したファンガスに語りかける海。楽しそうな様子にファンガスたちも喜んでいる。
 そんな中、おもむろに海がコップを並べ始めた。らみかのために猛者を判定する準備なのだという。どのコップの中にも濃い緑色の液体がなみなみと注がれる。
 1つ目にはおいしい青汁。
 2つ目には古きよき時代のまずい青汁を。
 ちらりと海が視線をやれば、らみかはこくりとうなずき応える。
「あ、はい。わかっております。猛者を選び抜くために必要な青汁、作ってまいりました。『バナナはちみつマヨネーズマンゴーしょうが青汁』です!」
 周りでその声を耳にした者たちが一斉に顔をしかめたのに、らみかは気づいていない。「これを飲める強者が私の相棒となるのですね!」と興奮気味に語っている。
 そして、3つ目のコップにらみかの作ってきた青汁が注がれる。
 海はそれを少し味見してみる。
「うむ、これはなんと甘ったるくてまったりした味わいよ……」
 さすがに外の不穏な空気を感じ取り、鍋作りの手を止めて葵が外へ出てきた。
「らみかちゃん……それ、飲めるの……?」
「はい姉君さま! 私は一口なめただけで悶絶しました!」
 いい笑顔で元気に答えるらみかに、葵はがっくりと項垂れる。
「……いや自分が飲めないのを飲ませるのはどうかと思うんだけど……」
「あれ? なんでがっくりきてるんです?」
「ってか海! 何でわざわざ罰ゲーム用のを作らせるのよ!」
 らみかの不思議そうな問いに答えず、海を怒る葵。海の両こめかみをげんこつではさみ込む。
「さ、これを並べて……って姉上ぐりぐりやめてー」
「……って、ああっ師匠がっ!?」
 騒いでいる3人をよそに、近づいてきていた1体のファンガスがらみかの力作にドポンと身を投じる。身体を青汁で緑色に染めつつ、そのすべてを飲み干した姿に気づき、3人は三様に驚いた。
 らみかがそのファンガスを相棒と決めた頃、雪洞の中から野菜キムチ鍋のいい香りが漂ってきた。

 参加者の多くが鍋作りに精を出す中、雪像や雪洞作りに燃える者がいた。鳶沢・成美(三角定規二刀流・b49234)もそう。
(「いつかファンガス達に除霊建築学を伝えられたら……」)
 そんな妄想をしながら、雪像付きの雪洞を作り上げていく。モチーフはいろいろ思いついたが、ここはパワーを強く感じられるものがいい。雪柱を元に彫り込むように、無心にスコップを振るう。
 出来上がったのは、鬼の顔の大きな口が入り口になっている迫力ある雪洞だった。
「どうですかこの除霊建築学的にハイパー良い感じの雪像? は」
 成美は大法螺だとこっそり思っていたが、その出来映えに信じてしまう者も多かった。
「一面の雪! なんだかとっても贅沢な気がしますわ」
 次々にうさぎの雪像を作っているのは、武蔵野・貴子(ふわふわさんの見聞記・b77311)だ。
 雪うさぎではない、うさぎの雪像だ。
「とう! とう!」
 かわいらしい声を上げ、貴子は雪を拾い上げながらぺたぺたと作り上げていく。
 ひょろっと長い耳のところは、特に気をつける。慎重に慎重に形作るのだ。
「うむ!」
 最後の雪を盛って、完成。思った通りの出来栄えに、腕を組んで満足感に浸る貴子。
 そういえば、周りのみんなはどんな雪像を作ったのだろう?
 貴子は気になって会場を見て周ることにした。
 鍋パーティーの会場となった山裾を見渡せば、さまざまな雪で作ったオブジェが並んでいた。
 鳶沢・成美の作った鬼面の雪洞を筆頭に、縦長だったり、お椀を伏せたみたいにきれいな半円形だったりする数々の雪洞がある。
 雪像では、武蔵野・貴子のうさぎのほかにも、定番中の定番雪だるまや、ファンガスたちが見よう見真似で作ったらしい、白いカタマリ『ファンガス』、芙美とさつきが作ったちょっと等身のおかしいキタキツネの像もある。鍋のお礼にと誰かが作ったらしい、豚に、エリンギ、カニ、白菜や油揚げ――座布団と間違えられていたが――なんてものも作られていた。
「みなさんとてもステキですわ!」
 いい思い出が作れて幸せですと、武蔵野・貴子は金の瞳を輝せて喜んだ。

 鍋の振る舞いは、それぞれの鍋が空になるまで続けらた。
 雪洞と鍋双方に、見学に来た者たちに得点をつけてもらい、時間を区切って集計した。
 見学者全般に一番人気だったのは、小空・睡蓮とアンリェイナ・ファラフが作ったお肉とお揚げの味噌鍋。入れすぎかと思われたお揚げが意外に好評。ボリュームたっぷりな点が好まれたようだ。
 纐纈・鼓と神崎・碧とカニ鍋は当然ながら女子に非常に評価が高く、御剣・風月のキノコ鍋は見た目とのギャップと癖になるのが面白いという妙な評価を得たていた。
 柊・蒼の豚汁は、味のまとめかたでは群を抜いていると鍋部門では一番人気になりかけたが、残念ながら鍋ではないのではという意見が出て、途中から票の伸びが落ちたのだだ。この辺りは鍋の規定に問題があったと芙美が頭を下げていた。
 雪洞部門では、文句なしに鳶沢・成美が一番人気。恐いけれど、思わず入りたくなるという意見が多かった。
 そして、雪洞&お鍋のトータルで一番得点を集めたのは、青井・葵の――3人ではなく、あえて受賞は1人にしたいと見学者から強い意見が出た――野菜キムチ鍋&雪洞だった。
 小さな子でも食べやすく辛さを抑えた野菜たっぷりキムチ鍋と、丁寧に作られた雪洞のどちらにも作り手の愛情が感じられ、高評価を得たのだ。
「おめでとうございます」
 プレゼンターはさつき。手作りの賞状を手渡し、葵に「今度、作り方を教えてください」とお願いをしていた。
 全員がお腹一杯で、笑顔になる楽しいパーティーだった。
 後は全員で片付けタイム。片付けまでがお鍋ですと一同は手を動かした。

●雪とファンガスと戯れて 〜山腹にて
 強い風が吹いていた山頂と違い、ここ山腹では比較的穏やかな風が冬木立の枝を揺らしていた。
 薄化粧を施したようにうっすらと白く染まった森の木々。その枝についているのは、雪ではなく霧が枝に付いて作り上げた『霧氷』だ。よく見ると、枝から風上に向かって針葉樹の葉に似た霧氷が、棘のように伸びている。昨夜からずっと霧に覆われていたのだろうと想像できた。
 山腹から見る空はあいにくの薄曇りだが、おかげで陽に当たればすぐに溶けて消え去ってしまう霧氷を心行くまで見ることができる。
 これを幸運と思い、一同はファンガスとの出会いと森の散策に出かけていった。

「ゆ〜き〜♪ すごいね、雪すごいね! こんなにつもってるの初めてみたよ!」
「ほら、湊。あまり遠くまでいかんごとな」
 頬を真っ赤に染め、嬉しそうに雪原を駆けるのは八幡・湊(小学生土蜘蛛の巫女・b80450)。湊の後ろから、保護者代わりに参加した八幡・鋼鉄(心地よい住環境を貴方に・b80128)がたしなめた。
(「は〜、しかし春先とはいえ見事な景色やね。湊の付き添いで来たけど、これはいいものが見れたの」)
 鋼鉄は感心しながら、山腹に広がる森を見ていた。九州出身の湊はこれほど一面の雪を見たことがなかった。手袋に描いてあるうさぎのように、ぴょんぴょん跳ねて雪を全身で感じている。
「あは〜、転んでもいたくないね」
 豪快に転び全身粉雪まみれになったが、楽しそうに笑う湊。鋼鉄も一緒にと呼びかけようとして、その背後に立ち並ぶ木々に驚いた。
「木がまっしろ! あれなに、あれなにお兄ちゃん!」
 まん丸に目を見開き、湊は鋼鉄に詰め寄る。
「ん? あの木が白くなっとうのはなぁ湊、霧氷。氷がぎょうさん木にくっついとっとうよ」
「むひょう? 氷? きれいだね〜♪」
「そうやね、綺麗やね。母さん達にも写真でみせてやろうな」
 目を輝かせて枝を見上げる湊がいとおしくて、鋼鉄はまだ幼い妹の頭を撫でた。
 兄妹の微笑ましい会話に知床の地が気を利かせたのか、梢を揺らす風が吹いた。枝からはがれた霧氷の一部がキラキラと風に舞う。それを目で追うと、たくさんのファンガスたちが。
「あー! あれがきのこさん? いっぱいいるね!まってまって、わたしと遊ぼう♪」
 再び駆け出す湊。あっという間に辿り着き、ファンガスの群れに飛び込んだ。
「う〜ほわほわ〜! あはは、くすぐったいよ〜」
 じゃれつく湊に、全力で応えるファンガスたち。
「これが、ファンガスさんの……来訪者かの。はは、かわいらしい姿しとうね」
 笑う鋼鉄の目の前を、風に煽られたのかファンガスが落ちてきた。鋼鉄はひょいと手を伸ばして、そのファンガスを手に取る。
「湊は幼いけん、苦労かけるかもしれんけど。湊の力になってやってな。よろしくな」
 真剣にお願いすると、鋼鉄はそのファンガスを湊の頭の上に置いた。
「な〜に? きのこさん、いっしょにきてくれるの?」
 両手を伸ばし、湊は頭上のファンガスに触れる。
「あは〜、よろしくね〜♪」
(「雪の中だと真っ白モコモコは見分けにくいや」)
 無堂・理央(龍虎舞闘・b59341)は雪原を見回しながら歩いていた。
 理央はファンガスたちが普段どんな風に生活しているか、またさつきのメガリスの件も気になったので、全部ひっくるめてファンガスたちと交流すべく、この山腹にやって来た。
 さっそくファンガスたちの生態を確認しようと思ったのだが、白くてよくわからない。高いところにいるファンガスは木々のおかげで見分けられそうだが、足元は注意が必要だろう。
(「ファンガスさんに気付かずに、蹴飛ばしたり踏んづけたりしたくないもん」)
 理央のそんな気持ちを感じ取ったのか、足元にファンガスたちは現れず、木の上や雪が小高く積もったところで、身体を伸ばしてうにょうにょ揺れていた。
「あはは」
 どこかシュールでユーモラスな動きに、理央は思わず笑ってしまった。笑う理央の動きに合わせて、長く垂らした三つ編みが揺れる。それが気になったのか、1体のファンガスが小雪の山から、ぴょんと三つ編みに飛びついた。
「春先だし、新しい出会いを求めて旅行も悪くないわね」
 そう思い立った犬神・伏姫(死人機士団・b77239)は、同じ結社で店子のヒルデガルド・ケッセルリング(オルキヌスオルカ・b80010)を誘って――もとい、連れてツアーに参加した。
 伏姫は、ヒルデガルドにいいパートナーがついてくれたら嬉しいと、強引に引っ張って来たのだ。
(「……あ、なんか知らないけどこんなトコにいる」)
 ヒルデガルドはというと、こんな調子で現在の自分の置かれた状況を理解しようとしている。
(「……なんか寒いし。んー……あー……、伏姫に連れてこられた? ……まあ、いいか」)
 よくわからないまま連れてこられたようだが、いいらしい。
 伏姫はヒルデガルドの手を引いて、ざくざくと山腹の散策へ乗り出した。強引なようだが、伏姫はヒルデガルドのことを考えて場所を決めている。気心の知れた関係なのだろう。
「ヒルダは人嫌いだから、ひとけのない所を選んで……と」
 伏姫は新雪に分け入ってファンガスを探していた。ひとけがないということは、誰も踏み入れていないということ。雪の深さがまったくわからないため、気をつけなければならなかった。
 一方、ヒルデガルドはというと、ただただぼーっと立っていた。
(「雪だらけだ。んー……粉雪? なんかフワフワしたのがいる。あ」)
 先にファンガスを見つけたのはヒルデガルドだった。無口にぼけーっと立っていたら、風に煽られ木々の枝から飛ばされたらしいファンガスが、べちょりとヒルデガルドの肩にくっついたのだ。
 のたのたとヒルデガルドの側頭部を登り、てっぺんに居座るファンガス。
(「なんだろ……。まあいいか……付いて来たいなら、好きにしたらいい……」)
 好きにするとばかりに鎮座するファンガス。『好きにしたらいい』者と『好きにする』者、ある意味相性はとてもいいのかもしれない。
(「私もこのフワフワしたの、嫌いじゃない」)
 ヒルデガルドもまんざらではなさそうだ。それに気づいた伏姫は、再びファンガスを探し始める。
「私もフィーリングの合うコを探してみるわ。雪が深いみたいだから、埋もれてしまわない様に気をつけて……と」
 ズボっ。言った矢先に深みにはまった。身動きがとれず焦る伏姫は、鋭い感覚で気づいた。自分と同じように深みにはまって脱出できずにいるファンガスを。
 手を伸ばし掬ってやると、感謝しているのか伏姫の手の上でふるふると小さく揺れた。

 霧氷の木立ちを眺め、のんびりと山腹を散策しているのは、結社【遊戯道場】の3人だ。
「それにしても北海道は寒いね」
 ここは北海道の中でもかなり寒い部類なんだろうけどねと、不利動・覚(マフィアと極道のダブル・b58239)は2人に話しかけた。去年は1人旅だったが、今年は結社のみんなと一緒。やはり旅は1人よりみんながいい。
「うぉ、マジ寒い……ダウンジャケット引っ張り出してきて正解だったな」
「まるで、真っ白なガラス細工の様ですね♪」
 寒さに身体を震わせるのは、九刃・琥鉄(黄金の鉄鎚・b67652)。レイラ・シルフィード(炎帝・b41648)は、キラキラ輝く霧氷と同じように瞳を輝かせている。
 しばらくぼーっとして見とれるレイラは、防寒対策にと着てきたふわふわの真っ白いコート姿と相まって、雪と一体化しているように見えた。
(「隙あり!」)
 その背中に、琥鉄が素早く雪を投入。レイラの悲鳴が枝を震わせた。怒るレイラに、「悪戯も立派なコミュニケーションですヨ」と琥鉄は笑う。
 怒るレイラの視界の隅で雪が動いた。いやファンガスだ。楽しげな3人に惹かれて出てきたのだ。
 通りがかったさつきに、琥鉄が「さつきも来ーい!」と声をかけ、寄ってきたさつきも一緒にファンガスたちに雪をかけたり、互いに雪を投げあったりして遊ぶ。
(「おや?」)
 覚は自分の中のファンガスも活気づいてきたと感じた。ファンガスたちが自分たちの力になりたいと思ってる事が確かに伝わってきた気がするのだ。
 ひとしきり遊んだところで、しばし休憩する3人とさつき。
「不利動さんはファンガスさんを共生させたんですよね? やっぱり、故郷に帰ってきて楽しく感じたりしてます?」
「そうだね。レイラちゃんの言う通りだと思うよ。多分、故郷で仲間達に会えた事を喜んでるんじゃないかな。ボクらと思う事はきっと同じなんだね」
 頷き応える覚に、琥鉄がいいことを思いついたとデジカメを取り出した。
「そう言えば、覚は前にも来たことがあるんだっけ? じゃあ里帰り記念に写真撮ろうぜ、写真!」
 さつきの様子を見にやって来た芙美が通りがかり、カメラマンを申し出る。
 4人並んで冬木立をバックに、ファンガスたちと一緒にパチリ。記念の1枚になった。
 さつきたちを見送るレイラと覚。琥鉄は軽く挨拶をすませると、霧氷をしげしげと観察していた。
「しっかし、霧氷って面白ぇな」
 関東じゃ見られないと、テンションが上がった琥鉄は木により近づき触ろうとする。
「あ、気をつけないと……あまり木に衝撃を与えると崩れ落ちて……」
 気づいたレイラが声をかけようとした瞬間、木の上の方で『バサッドサササッ』と音がした。
「ん? 何かヤバそうな音がしたような、ぎゃーーーーす!」
「きゃあ〜っ! く、九刃さんがっ!?」
 霧氷は昨晩からずっと成長し続けていた。それがすべて琥鉄目掛けて落ちてきたのだ。それはもう見事な琥鉄雪だるまができあがり――。
「琥鉄さん? あれ? 琥鉄さんはどこに行ったのかな?」
 事態にまだ気づいていない覚が琥鉄を探す。目を白黒させているレイラの視線を辿り、発見。
「この立派な雪だるま――琥鉄さんぽいものも、写真に撮っておこうか」
 笑顔でシャッターを押す覚だった。
『本日の教訓:大自然、ナメたら危険』

 大自然をナメず、修行にはもってこいだと春崎・樹(ウィンディーソニック・b75584)は、気合いを入れて乗り込んできた。
 何度も戦いを経験してきた樹だが、力量不足を実感し、少しでも修行をしていこうと考えていた。
(「新たな力の研鑽にファンガスの力を借りたい、っていうのも本音ではあるけど」)
 そんなことを考えながら、樹はファンガスを探しつつ、雪原をダッシュしたり、風に散らした雪を掴んだりしていた。最近得た処刑人の力を使いこなすため、黙々と身体を動かす樹。いくつか『型』を演武し、自分なりに何かが掴めたと思うまで同じ動きを繰り返す。
「……ふぅ。こんなものかな?」
 4月になったとはいえ、薄曇りの今日の気温は0度前後。その中で、樹の身体からは白く湯気が立っていた。額の汗を拭った樹は、「君、一緒に来る?」と近くにいたファンガスに話しかける。
 実は、すぐ側で身体をくにょくにょ動かしていたファンガスがいた。どうやら樹を真似て修行モドキをしていたらしい。
「どのくらいの付き合いになるかわかんないけど、よろしくね」
(「和みのカムイワッカツアーを満喫、のつもりだったんだけど」)
 桂・雪は1人雪原に立ち、苦笑を浮かべた。同じ結社の友人たちに「一緒に湯滝に来ないのか」と驚かれてまで、雪が山腹に来たのにはわけがある。雪はファンガスの少女さつきが、どんな言葉をかけてファンガスたちを説得するのか興味があったので、拝聴またはフォローしようと思ったのだ。
 さつきを探して歩く雪の目に、絵画のような光景がいくつも飛び込んでくる。霧氷の木立ちは珍しく、雪は心動かされっぱなし。興味ありまくりだった。
「うわぁ」だの「すげー」だの、終始感心したり驚いたりする雪を真似て、いつしか雪の後をついて回っていたファンガスたちが、身体を伸ばしたり、曲げたり、転がったりしている。
(「はははっ」)
 途中から気づいた雪は、そんなファンガスたちの動きを笑顔で眺めつつ、風に吹かれてキラキラ霧氷が散ったりするさまを見て、また驚いた。
「おいっす〜! 元気か! ファンガス!」
 山背・天佑(愛の伝道師・b76899)は、元気な声でファンガスたちに呼びかけた。天佑は春の北海道に来るのは初めて。ファンガスに逢えるし、さつきは可愛いし、おまけにメガリスも見れそうだし……と楽しみにしていた。
 元気かと問われ、言葉の意味がわかったわけではないのだろうが、ぴょんぴょん跳ねながらファンガスたちが集まってくる。
「お? よし、遊ぶとするか」
 集まったファンガスたちを一抱えにして、雪の上にぽぉんとほうり投げた。
 嫌がるなら止めておこうかと思ったが、どうやら喜んでいるらしい。「もっと、もっと」と言わんばかりに、放り出されたファンガスたちが天佑の足下に集まって身体を登り始める。じゃあ次と、今度は帽子に彼らを入れて振り回す。下ろすと目を回したのかファンガスたちはてんでんばらばらに動き回るが、少しして一斉にまた天佑の足下に戻ってきた。
 自分の体力がいったん切れるまで、天佑はファンガスたちと親睦を深めた。ドサリと四肢を雪原に寝転んだ天佑は、満面の笑みでじーっと彼らを観察したり、指にじゃれついてきたファンガスをちょいちょいと構ったりして楽しむ。
(「そういや、ファンガスたちって食えるのか? どんな味がするのかちょっと興味があるぞ」)
 ふと思った途端、手元にいたファンガスたちが一斉にピタっと動きを止めた。
「わぁ、これがファンガスさんかぁ」
 ファンガスたちを前に、文月・梨菜(小学生ナイトメア適合者・b80514)はうっとりと呟いた。
(「真っ白でかわいい……わぁ、動いたぁ♪」)
 ファンガスたちの一挙一動に歓喜する梨菜。そんな梨菜の様子もひっくるめてかわいらしく、邪魔をしないようにと他の能力者たちは遠巻きに見ていた。
「そうだ、挨拶しなきゃ」と梨菜は姿勢を正し、ちょっと緊張しつつ声を出す。
「文月梨菜です、小学二年生です」
 梨菜の緊張が伝わったのか、動きを止めるファンガスたち。
「えぇと……仲良くしてくれると嬉しいです、宜しくお願いしますっ!」
 ぺこりとお辞儀をした梨菜は、そ〜っと視線と頭を上げながら様子を窺う。
(「……ファンガスさんの反応はどうかな?」)
 ドキドキする胸。やっと見えてきたファンガスたちの姿は、梨菜と同じように身体をぐにゃんと曲げた状態だった。あれは……礼? つまりOKってこと? 違うの?
 言葉にしてくれないとわからない。梨菜がどちらなのかと混乱し始める直前、1体のファンガスが進み出てきた。梨菜はどこかから『よろしく』と言われたような気がした。
(「ふわふわでーもこもこー」)
 雨御・静夢(謹猟区域・b77220)は、学園に居たファンガス共生者に、ファンガスはふわふわでもこもこだと聞き、大変興味がわいた。とても楽しみにしていたのだ。
(「ファンガスさんをふわふわもこもこしに行くのですよ」)
 けれど、雪原を行けども行けども、それらしき姿が見当たらない。通りがかった女の子にファンガスを見なかったかと尋ねると、「自分がそうです」と答えられ、静夢は驚いた。
「何と! 人の形をしたファンガスさんもいるのですよ」
 女の子っぽいので、静夢はなでなでをさせてもらい、ふわふわなのを確かめてみる。
「……?」
 残念ながら、さつきはふわふわではなかった。ちょっぴり残念だったが、せっかくなのでファンガスが好きなものを聞いてみる。
「タケノコとかは好きでしょうか?」
「たぶん、好きです。好き嫌いはほとんどないので」
 そうかと、教えてもらってさらにファンガスを探す静夢。その頭の上にボトリと降ってくる何かがあった。非常識にも静夢の頭に落ちてきたそれは、噂の白いカタマリ。
「うぉぅー」
 これがファンガスかと、静夢は手で掴んでその感触を確かめる。確かにふわふわでもこもこだ。
「へへーっ」
 静夢はファンガスを高い高いの要領でぽおんと投げたり、ほっぺたでスリスリしたり、何が好きそうで何に嫌がるかを確認していく。
 いろんなことをすればファンガスのことがよくわかる気がするのだ。
「これからも仲良くしていろいろ知るのです!」

 今日はファンガスにとって歴史的な日になるかもしれない。
 そんな思いを抱いて、羽角・ひなた(あなたの笑顔守りたくて・b17388)は雪原に足を踏み入れた。
「よろしければ、ご一緒しませんか?」
 声をかけたのは、新宿・あずさ(小学生符術士・b77995)だ。夢にまで見ていた北海道にこういう形で行けるなんて嬉しかった。あずさは、目一杯楽しもうと決めていた。
 スケッチブックを手に参加していた兒嶋・酢漿草(誰がために・b67025)やカメラで人や風景を撮っていた釣・克乙(おかえりの里発の真風来坊・b52353)、雪原で食べようとお菓子を作ってきた霧島・露判(叡智を紡ぐ紅玉の司書・b78249)や自然観察を楽しんでいる桜・姫恋(桜花斬舞・b72049)にも声をかけ、ファンガスに会いに来たもの同士ゆっくりと歩き出した。
「自然豊かなこの場所でのんびりと過ごせて最高ですね」
 んーっと伸びをするあずさ。ひなたや露判も頷きながら霧氷の木々を堪能している。花を探したが見つけられなかった姫恋は、気になった木々の名前を携帯用の図鑑で調べたり、落ちていた木の実を少し拾って集めたりしている。克乙は美しい風景やファンガスと遊ぶ人たちを了解を取ってファインダーに収め、酢漿草は指で四角を作りスケッチする構図を考えながら歩いていった。
 やがて一行は、ファンガスたちが猫団子ならぬファンガス団子を作っている場所を発見した。しばし足を止め、思い思いにファンガスたちと触れ合うことにする。
 ファンガスたちが緊張しない、ゆったりとした空気が出せるといい。そんなことを思いながら、兒嶋・酢漿草はスケッチブックを取り出した。
 ここには描きたくなる風景がたくさんある。鉛筆を走らせながら、童謡や子供向けの穏やかな歌を口ずさむ酢漿草。酢漿草からは積極的には動かない。ファンガスたちの好きに任せていた。
(「人と積極的にかかわるのが怖い引っ込み思案は寄っといで。とって食いはしないよ」)
 にぎやかな状態を好むファンガスもいれば、静かな時間を愛するファンガスもいるようだ。
 酢漿草の周りに、徐々にファンガスたちが近づいてくる。たくさんではないが少なくもない数。スケッチを描く手を止め、酢漿草は優しい目でファンガスたちをちらりと見て、歌に専念した。
「ただいま」
 羽角・ひなたは、以前身体に宿したファンガスのフロイデを出し挨拶をする。一昨年は「お邪魔します」。フロイデと出会った時以来のカムイワッカだと、ひなたは少し眩しそうに雪原を眺める。
 ファンガスたちがのたのたと近づいてきた。その動きがまるで『おかえり』と、ひなたとフロイデの帰還を待っていてくれたように思える。
「フロウちゃん、こっち」
 ひなたは手の甲までフロイデに来てもらい、ファンガスたちに会わせてあげた。互いにみょーんと身体を伸ばし、くねくね揺れる姿は挨拶をしているようでかわいらしい。
(「世間話とかしてたりするのかな」)
 ひなたは、その様子を微笑ましく見守った。
「ね。ファンガスを宿すってどういう感じなの?」
 桜・姫恋は、すでにファンガスを宿している者やさつきに話を聞きたいと思っていた。絶好の機会に恵まれ、ひなたに尋ねてみる。「そうだなあ。あたしは雪原で出会ったんだけど……」とひなたは宿してからの思い出や感じた事を教えてくれた。姫恋はひなたの話に相槌を打ったり質問をしたりして、ファンガスへの知識を深めていく。
 荷物を下ろして身軽になった新宿・あずさは、カメラを取り出し、列車ほどにはうまく撮れないかもと思いつつ、心の赴くままにシャッターを押していく。日夜撮影に励んだ腕前を遺憾なく発揮し、見事な構図の写真を何枚も撮っていた。
 釣・克乙もファンガスたちとたっぷり遊んだあと、持参した携帯コンロと登山用の鍋を使って、雪を溶かして湯を作り、茶を淹れた。緑茶だけでなく女の子が多いので抹茶ミルクも用意してみる。
 ふわっと柔らかな茶葉の香りが雪原に広がった。近くにいたファンガスたちに先に振舞い、懐いてくれた彼らに「俺でよければ力になります」と克乙は彼らに手を差し伸べる。どうしようか迷ったような動きを見せたファンガスたちだったが、そのうちの1体が克乙の手のひらに乗ってくる。これからよろしく。そんな思いが互いの間に伝わっていた。
「今日は甘いものを持ってきました」
 そう言いながら、霧島・露判は用意してきた手作りのシュークリームと魔法瓶に入れて持参した蜂蜜入りの紅茶を取り出した。ファンガスたち用にと作ったプチシューを彼らにあげてみると、のたのたと乗っかるようにして平らげる。その様子が微笑ましく、露判はさらにプチシューを与えた。
 雪原に直座りでお茶会は辛かろうと、克乙に手伝ってもらい、露判は用意しておいた春を思わせる菜の花模様の防水シートを引いた。克乙の淹れたお茶と一緒に持参したものを並べる。
 集まってきた女の子たちに、「どうぞ」と克乙が各種温かいお茶の入ったカップを、露判がシュークリームを差し出すと、さすがに身体が冷えていたのだろう。あっという間になくなる。これは足りないと、克乙はおかわりを作り始めた。
 そんな折り、香りに惹かれたのか山腹を歩いていたさつきと芙美がやって来た。
「あ。さつきさんも芙美さんもご一緒しませんか?」
 あずさに誘われ、雪原のお茶会に参加するさつきと芙美。2人にカップを差し出しながら、「初めまして。3年目にしてようやく参加出来ました」と克乙は頭を下げた。招待の礼を言いたかったのだ。
「こちらこそ初めまして」
「参加してくださってありがとうございます」
 礼を返し、「いただきます」とカップを受け取る2人。
「それにしても、首飾りのメガリス、素敵ね。今までは特徴があって、独特なものが多かったけど、今回のは普通に綺麗だわ」
 あずさはさつきの首飾りを指差し、言葉を続ける。
「こんなに綺麗な物が悪用されたら、大変な事になってしまうもの」
 さつきは頷いて、首飾りをぎゅっと握り締めた。
「さつきちゃん、これからもよろしくね」
 あずさはさつきに笑いかけた。
「さつきちゃんがメガリスについて仲間に問う時は立ち会うよ」
 隣でファンガスたちと触れ合いつつお茶を飲んでいた羽角・ひなたは、さりげない口調だが明確な意志を込めてさつきに言う。
「そのことが、あたしたち人間とファンガスの友好の証になるといいな」
「はい、みなさんよろしくお願いします」
 たくさんの応援を受けたさつきは、微笑んでぺこりと頭を下げた。
「初めまして。ファンガスたちのことを教えていただきたいんです」
 さつきと芙美を見つけ、艮・鏡兵(僕はこれでも男です・b80716)は、雪原で急遽行われ始めたお茶会に顔を出した。
「私もいろいろ聞きたいわ。いい?」
 鏡兵の横から、話す機会を窺っていた桜・姫恋も手を上げる。
「何から言おうかな」と迷ったあと、芙美は頭からキノコを出し、宿すとどうなるのか実演し、毒キノコを食べても平気になるなど、できることを教えてくれた。さつきは彼らが相手の心を感じ取りそれに影響されることや、「お友だちからの受け売りですが」と断った上で、人とファンガスとのつながりの歴史を語ってくれる。
 鏡兵はツアーの説明でも聞いたが、彼らが人の心を感じ取りその影響を受けるという部分に強く興味を持った。ある意味純真な彼らと歩んで行きたいと少し思う。
 その思いを感じたのか、ここにいたファンガスたちの中の1体が近づいてきた。屈んで手を伸ばす鏡兵の手に、そのままゆっくりと手にのっかってくる。
「初めまして、これからもよろしく」
 このファンガスを受け入れようと鏡兵は思った。
「そういえば、僕は学園に転入して間もないので、出来ればどなたか学園の事も教えてくれる方がいれば良いのですが……」
 無事ファンガスを宿した後、鏡兵は周りにいた者たちに声をかけた。「俺でよければ」と手を上げたのは、釣・克乙。鏡兵の質問に丁寧に答えていく。
「そう云う俺も2年半しか学園にいませんでしたが……」
 そうは思えないわかりやすい説明に、鏡兵は「ありがとうございました」と頭を下げた。

 凍りついた森の木々に目を奪われ、ほぅっとため息をつくものも多かった。ファンガスを探すついでではなく、散策も目的の1つなのだと改めて思う。
「すごくきれい」
 冬師・華(銀螢石・b37868)もその1人だ。
 ついつい見惚れそうになりながら、ファンガスたちを探している。ぼとり。大きく木の枝がたわんだかと思うと、白い大福――いや、ファンガスが落ちてきた。落ちたショックで雪に埋もれている。突然のことに驚く華の前で、ファンガスが身体を雪から出そうとしていた。が、落ちた際にできた周囲の穴が広くなっていくだけで、うまくいかないようだ。
 のた、のたのた、のたのたのた。……うにょん?
 動くのをやめ、身体を伸ばしてくにゃりと曲げた。それが『困ったなあ』と言っているようで、華は慌ててファンガスを穴から救い出してやった。
 手に乗ったファンガスは、のたのたとそのまま華の腕を辿り、肩に居座った。
(「おぉ、枝葉が凍り付いておる……此れが霧氷と言う奴かぇ? 見事な物じゃのぅ……」)
 アヴェリア・アメティスタ(砕牙継ぎし咎断鳥・b80681)は、南欧出身のため寒いのは苦手だったが、思わず寒いのを忘れて見惚れていた。
(「……ん? おぉ、此処に来た主目的を忘れてはならぬな、うむ」)
 ようやくアヴェリアが動き出したのは、紫の前髪の半分以上が真っ白に染まったころ。ぱっぱっと雪や凍った前髪を払い身を整える。そして一声!
「そこなファンガスよ。妾と共に来たいと願うなれば来るが良い!」
 びしっとファンガスの居るであろう雪原を指差し――指差し?
「………えぇい! 白ぅて分からんわ?! 何処じゃ、何処に居るんじゃぁ〜!」
 ぷんすかと怒るアヴェリアの前に、のたのたと1体のファンガスが冬木立から降りてきた。
 いたかとホッとする一方、アヴェリアは近づくファンガスの思いを感じておこうと身構える。意に反するような事では互いに良い結果を残さないことを知っているからだ。
 のたのた、のたのた。木から下りるまで時間がかかっている。
「何、焦る事は無い。お主等の速度で構わぬ……っくしょぃ?!」
 アヴェリアのくしゃみに驚ろいたのか、ボトリと落ちるファンガス。アヴェリアに向かって雪原を進む――のたのた、のたのた。
「ぬぅ……風邪は引かぬ程度で頼むぞぇ?」
「今度、あの人と来たいのです」
 八葉・文(八つ神の舞巫女・b71444)はそう呟きながら、木立ちの間を見て回っていた。
 言葉にすればどれも同じ霧氷なのに、見るものすべてが違って見える。文は自分の大切な人に同じものを見せたいと心から思った。
 大切な人を思う心。それを感じ取ったのかファンガスたちが集まって来る。その中の1体と、文は目があった気がして、手を伸ばした。
「文は、守りたい人が居るのです。仲間や多くの力なき人たち……それに文の大切な人も……」
 文の言葉を、視線を、ファンガスは身じろぎもせず受け止める。
「今より多くの人を守るために……貴方の力、貸してくれますか?」
 のた、のたのた。
 ゆっくりゆっくりとファンガスが近寄ってくる。文の白い手に擦り寄り手のひらに乗っかった。
「ありがとうなのですよ……これからよろしくなのです」
 嬉しそうに微笑みながら、文は自分を選んでくれたファンガスを眺めていた。
「綺麗……です、ね」
 冬木立を観察する燈夜・真葉(夜明けの空に紡ぐ白の歌・b78165)は、思わず呟いた。
 呟きと共に零れた息は、びっくりするほど白くて気温が低いことを改めて真葉に教えてくれる。
「……それにしても寒いです。さすがは北国」
 見た目はあまり寒がってなさそうに見えるが、寒がっていないことと、寒いと感じていることは別ものだ。現に真葉の唇はちょっぴり青くなっている。
「ファンガスを見つけて、早く暖をとった方がいいよ」と誰かが声をかけた。
 霧氷の森は幻想的で、見ていると時間を忘れてしまいそうになるが、ここでは致命的だ。探し物が得意な真葉は、牛乳パズルのごとき何の特徴もない雪原から1体のファンガスを即座に見つけた。
 じーー。真葉の視線を感じたのか、ファンガスがのたのたと近づいてくる。小さな身体を動かし、動かない真葉の身体をよじよじと上っていく。ついには真葉の頭にまで登りきった。
「これからよろしくお願いしますね」
 真葉がそんなファンガスに挨拶をする。これが真葉がファンガスを宿した瞬間だった。
(「なんとまあいいタイミングで来てくれたね」)
  リメリア・ツジモト(高校生青龍拳士・b38680)は、身体を伸ばしてリメリアに触れようとするファンガスをちょいちょいと指先で遊んでやりながら思った。そろそろファンガスたちに触れたいと思っていたところだったのだ。
(「だから――ちょっと貰うよ?」)
 あなたたちという欠片を。
「…………」
 思うことはたくさん、伝えたい思いもたくさんあるが、口には出さずギュンター・ベッケン(高校生クルースニク・b80497)は、ファンガスたちと向き合っていた。
 最大の賛辞を込めてギュンターは一礼する。
 どうしても確認したいことがあった。それを伝えるため、ギュンターはメガリスを持つファンガスの少女さつきを探し歩き出した。
 槐・槐蛾(中学生水練忍者・b80701)もまたさつきを探していた。人型のファンガスである彼女に興味があったのだ。能力やメガリスのこと、これからのこと――聞きたいことはたくさんある。
(「槐蛾はさつきに会いたいのです。どこにいるのですか……?」)

「綺麗な景色は癒されるよなー……」
 霧氷と聞いたらカメラを持ってくしかない。
 結社【空】の3人でやってきた明空・萩吾(灼キツク陽・b41799)は、今回もカメラマン役。仲間の姿を撮ったり森の木々を撮ったり、あちらこちらにファイダーを向けている。
「うわ……真っ白ね。綺麗」
 萩吾の声を聞き、振り返った天梢・紗理亜(アネクメネの虹・b78969)の目に、霧氷に包まれた木々が飛び込んできた。夢中でシャッターを押す萩吾に、木々に見入る紗理亜。同じように森を見ていた里子は、霧氷や雪とは違う、小さくて白くてのたのた動くものを発見した。ファンガスだ。
「触っても大丈夫、かな?」
 ファンガスって何だか不思議な子たちだと、そっと結木・里子(高校生白燐蟲使い・b77847)は傷つけないように撫でてみる。しっとりとしているけど、マシュマロかつきたてのお餅みたいな感触だ。
(「可愛い……。それに、なんだかこの子と出会えたのは、偶然じゃない気がする……」)
 手に擦り寄って来た1体のファンガス。仔ウサギが甘えるような姿に里子の心は決まった。
「私と、一緒に来てくれる……?」
 あなたと一緒なら、私、もっと強くなれる気がするの。
 手に乗ったファンガスを胸の近くに引き寄せ、里子はそっと呟いた。
「ふっ、ふわもこ――!?」
 里子がパートナーを決めたころになって、木々の近くにいたファンガスに気づく紗理亜。
「触りたい! 触ってもいい?」
 すっかり目の色が違ってしまっている紗理亜。ファンガスに許可を求めているのだろうが、すでに彼らを手にした状態で尋ねている。
「サリが別のモンに癒されてるっつうか暴走してる?!」
 萩吾はそんな紗理亜の姿をカメラに収めた。
 何だかファンガスから『触ってOK』と言われたような気がして、続けてその白いふわもこたちをなでたりスリスリしたり、埋もれたりと煩悩の赴くままにファンガスと戯れる紗理亜。萩吾はげらげら笑いながら、まだシャッターを切り続けていた。
「ふわもこ……ふわもこ……えっ? また撮られてる!?」
 動揺した紗理亜だが、なぜか『別にいいか』と思えてしまった。ファンガスに触れてるとホッとするというか、気持ちが和んだ気がする。これもファンガスの力なのだろうか?
(「それって、とても相手の力になっていると思うわ」)
『そうかな?』。そう思わせるファンガスの仕草に、紗理亜は微笑んだ。
「私も、その力を宿してみたい。……おいで。一緒に行こう」
 里子も紗理亜もいい出会いがあったようで、1体ずつファンガスを選んでいる。
 萩吾もファンガスたちと触れ合いながら、どの1体にしようかと考えていた。去年も一昨年もいつの間にかという感じだったから、今年こそはちゃんと対面して気持ちを通わせたいと思うのだ。だが、自分たちと一緒に楽しみたいと思ってくれているなら、今まで通りでも悪くはないと思い始めた。
「だって一緒に楽しめたらそれはもう、互いの力になってるってコトだろ?」
 右を向いてファンガスたちに声をかける萩吾の左肩で、『うん』とでも言うように1体のファンガスがくにょんと身体を曲げていた。
「ね、せっかくだから、一緒に撮ってもらわない?」
「うん、撮ってもらおう」
 里子の提案に、変な写真ばかりじゃなく友達との思い出も残さなきゃと紗理亜も同意。女の子2人で並んで写真を撮ってもらう。
「ファンガスは写らないけど、一緒に写真撮っとこか」
 今度は萩吾の提案で、みんなで相棒を出して「せーの」でパシャリ。素敵な1枚が撮れた。

 ととと……。軽快な足取りで雪原を進むのは、アメリカンショートヘアなにゃんこ、こと森屋・虎狐(こねこねこ・b42451)だ。
 洞窟郡制覇を狙っていたが、今年はちょっと気になったので雪原に来ていた。ついさっきまでは、人間の姿で散策していた虎狐。人の姿と猫の姿では見え方が違うと、両方で楽しんでいるのだ。
「猫のときは落ちてくる雪には注意ですね。埋もれちゃう……っ」
 言った瞬間、ぼすっと頭上から雪の塊が落下。言葉が招いたとしか言いようがない見事なタイミングで、虎狐の身体を雪に埋めてしまう。
 冷たい冷たいと慌てて這い出し、身体を振るわせることで身体の雪を落とす虎狐。
(「雪に埋もれてもファンガスたちは大丈夫なのかしら?」)
 虎狐が辺りを見回すと、雪を大量に乗っけたファンガスが、気にせずのたのたと動いているのが見えた。どうやら基本的には平気らしい。
 さつきはどうなるのだろうと思ったとき、虎狐は少し気になった。
(「さつきちゃんはこちらに来るのかな。抗体ゴーストとか出てきたし」)
 大変ではなかろうか? もし来るなら一緒にがんばらないと。
 虎狐は小さく握り拳を作った。猫だけど。
「やっぱり相手を知るには交流するのが一番大事だと思うんだよね」
 オリヴン・ベリル(小学生ヤドリギ使い・b78657)は、ファンガスという生き物が気になって、植物学者見習いとしての知的好奇心からツアーに参加した。
 気持ちを交わす事ができるなら尚更だ。ファンガス達の思いをぜひ聞いてみたい。オリヴンはまずは1歩と期待に胸を膨らませ足を踏み出した。
 ぎゅむ。なにやらイヤな感触がする。慌てて足をのけると、そこにファンガスが!
 気がつけばいつの間にやら、ファンガスたちが集まって来ている。オリヴンを中心とした同心円状に綺麗にファンガスの輪ができていた。目いっぱいジャンプしても輪から出られそうにない。シュールな光景にどうしようかとオリヴンは思ったが、何故こうなったかに思い至り、「あはは」と笑う。
 オリヴンが『知りたい』『交流したい』と強く思ったから、ファンガスたちも集まってきたのだ。
 撫でて、触って、思って、遊んで、感じ取ろう。オリヴンが彼らのことを気に入ったなら、きっと彼らもオリヴンのことを好きに違いない。オリヴンはそう確信した。
 助けを求めているなら、何であろうと助けに行く。
(「ソレが僕の義務だからね。……別にもふもふで和みたいとかそういう訳ではない。断じて無い」)
 誰もツッコんでないのに、レンフィート・ディアレスト(幻奏ブルーブラッド・b69074)は律儀にも、自分の心の中で否定していた。
「……防寒着を着て来たけれど、やっぱり寒いな」
 薄曇りの空は暖かな陽光を遮断してしまっている。今以上、温かくなることはなさそうだった。
 けれど、そのせいもあって景色はたとえようもなく幻想的できれいだ。レンフィートは白い息を吐きながら、ゆっくりと歩き出した。
 のし。レンフィートは動かそうとした自分の足に重みを感じ、足元を見た。雪原で動きやすいようにと用意してきたスノーシュー、その上にファンガスが乗っている。レンフィートが右、左、右、右、などと足を動かすのが面白いらしい。その思いが伝わってくる。
 足踏みのしすぎで疲れてレンフィートは足を止めた。すると新しい娯楽を求めてファンガスがちが別の場所へと移動し始める。ちょっと薄情なと思ったが、心地よい歌声が聞こえる。これなら仕方がないとレンフィートは思う。でも。
(「近くに何かいないかな」)
 レンフィートは回りをきょろきょろと探してみた。行きかけた1体のファンガスが、ふと動きを止める。気にしているのかとレンフィートは手を振った。
 のたのたと戻ってきたそのファンガスを、レンフィートは頭に乗せ宿すことに決めた。
 森の中を、春日原・明菜(高校生白燐蟲使い・b28489)もまた、ファンガスたちや自然の息吹を感じながら散策していた。
「冬特有のこの静寂は、心が落ち着くです」
 霧氷がついて白く染まった森の木々が、陽光を反射してキラキラと輝いている。
(でもできれば誰か誘って来たかったなぁ……)
 口にせず呑み込んだ言葉を心にしまう明菜だった。
 凛とした空気をいっぱいに吸い込み、明菜は「よしっ」と気合を入れた。誰にも聞かれないよう周りに注意した上で、おもむろに口を開く。
「ああああ……」
 アカペラで出会いと絆の生み出す奇跡の詩を歌い始めた明菜。
 ファンガスたちに伝わるようにと紡がれた詩は、この群生地で暮すファンガスたちの心に確かに届いていた。
 
 ファンガスを宿すということは、相棒と一時別れること。頭ではわかっていたことだが、感情はそうもいかない。ここに一時離れてしまう相棒に謝っている男が1人。
「ご、御免ね、アヤメ。そ、そう長くないうちに迎えに行くから」
 松永・小草(中学生真鋏角衆・b77892)は、蜘蛛童のアヤメと霧氷の木立の中でしばしの別れの挨拶をしていた。宿すファンガスを求めて、小草は木立ちの間をキョロキョロと探し歩く。アヤメぐらい雪の中でも見つけやすければいいのだが、白い雪に白いファンガスではなかなか見つからない。
 確かにいる気配はするのにと探していると、木の幹をつかって小草から隠れるように動いている1体のファンガスが。小草に興味がないわけではないようなのだが、見ようとすると隠れてしまう。ファンガスは好奇心旺盛で、向こうの方から近寄ってくると聞いていたのだが例外もあるようだ。
「もう逃げないで、こちらに来ませんか?」
 小草は声をかけるも逃げ隠れするのをやめないファンガス。しばし小草と『だるまさんが転んだ』状態が続く。が、飽きたのか警戒するのをやめたのか、のたのたとファンガスが木の陰から現れる。
 小草は、このファンガスを宿すことに決めたが次の難関が待っている。アヤメとの対面だ。
 アヤメは雪上のファンガスを前脚で数度小突いたあと、牙で甘噛みしてから宙に放り投げた。頭で受け止め、しばらくじっとしてる。ファンガスが頭から降りようとするも、アヤメは脚を器用に使って頭上から逃がさない。どうやら自分に宿せないのか試したいようだ。
 かわいらしいやら、困るやら。どうしようか迷っていると、無理だとわかったアヤメの方からそっと小草の手にファンガスを乗せに来てくれた。
「な、名前どうしようか? し、白いアヤメでシロメ……だと白目になっちゃうか。す、少し変えてシラメでどう?」
 表情を少し緩め、語りかける小草。気に入ったのか、ファンガスが大きく伸びをして身体を上下に大きく揺らした。承諾が得られたと小草は、ファンガスに優しく頬ずりをした。
 もふもふに厚着をしたセフィラ・マーゴット(割れない胡桃・b60878)は、さつきを誘って一緒に遊んでいた。セフィラはスポーツ全般は苦手なのだが、さつきと遊びたくて、童心に返って、大声あげて、はしゃいでいる。お姉さんであるセフィラが率先して子供っぽく接してくれたので、さつきは子供らしくお腹の底から大声で笑い、雪の上を転げまわった。
 やんちゃをして脱力したあと、セフィラは雪の上に寝っころがったままファンガスを捜していた。
(「ファンガスさん……雪が背景だと、誰がどこにいるのか、全然わからないわ……」)
 なかなか見つけられず、さつきも探していたが眉間にしわを寄せて唸っていた。
「……?」
 何もないところで雪が跳ねたように見えた。双眼鏡で観察すると自発的に動く白いカタマリが。
「いた! さつきちゃんも見てみる?」
「はい!」と頷き、固定されていない双眼鏡は初めてだと、嬉しそうに手にとるさつき。そこへ、芙美がデジカメ片手にやって来た。
 いいことを思いついたとセフィラは、芙美が写真撮影が得意なのを確認する。そして、さつきと芙美の手を引いて、さっき見つけたファンガスたちのところへ移動した。
「みんなと一緒に撮ってもらえませんか? もちろん、芙美さんもご一緒に」
 セフィラは「ファンガスたちは写真に写らないかもだから」と、小さいリボンを大量に持ってきていた。それをせっせとファンガスたちにつけていく。
「はい、笑ってね?」
 セルフタイマーで撮られた写真には、3人の女の子と地面にくっつくようにある白い地衣類と数々のリボン……。
「リボンでいっぱいの、心霊写真みたいね?」
 セフィラはいたずらっ子のように笑った。

「雪だぁああああ!!」
 テンションは上がりっぱなしに叫んでいるのは、桜・眞人(マメザクラ・b63156)だ。ずざざざっと雪原を爆走しては、ファンガスを捜している。
「お? さつき発見!」
 ざくざく雪を踏みしめ、近づく眞人。どっからみても人だよなぁと思いながら、どの辺りにファンガスが居るかと眞人はさつきに尋ねた。
(「せっかくだから仲良くなりてーじゃん?」)
 にひ、とこっそり笑う眞人に、さつきは「さっき、あの辺りでたくさんのファンガスのみんながいたのを見ました」と指を差して教えてくれた。互いに顔もしっかり覚え、別々の方向へ歩いていく。
 さつきが教えてくれた場所にいくと、『樹氷』があった。
「すっげえええ!」
 生まれて初めて見る樹氷に眞人は口をあんぐり開ける。
 周りで誰かが笑う声がした。
「……笑うなよ?! オレは雪国育ちじゃねーんだ!」
 言い返した眞人の目の前で、樹氷の一部が「のた」と動いた気がした。
(「……ん? なんか動いたっぽい??? これか?」)
 ゴホンと咳払いをし、眞人は真面目な顔で話し始める。
「ねーちゃんがオレを拾って助けてくれたように……オレも助けてーんだ。お前等が力になってくれるっていうんならさ、一緒に行こうぜ!」
「……」
 さっき、動いたと思った白いカタマリはピクリともしない。
「家にはねーちゃんが昔連れてきた奴も居たなぁ。出逢ったらきっと楽しいと思うぜ!」
 重ねて声をかけても反応がない。ふと眞人は我に返った。
(「雪に向かってぼそぼそと……端から見たらオレって変な人か?!」)
 そういえば、さっき笑われた……。
「みんな、いじわるしないの!」
 ショックを受けていた眞人の横で、誰かが『樹氷』に怒った。戻ってきたさつきだ。
(「へ?」)
 眞人の目の前の樹氷がどささささっと崩れ落ちる。コロコロ転がるファンガスたち。
 樹氷だと思ったのは、大量に積み重なっていたファンガスたちだった。眞人の思いはちゃんとファンガスたちに伝わっている。その証拠に、頭の上に1体のファンガスが乗っかってた。
「よろしく、さつきちゃん」
 冬木・壮介(気ままな風来坊・b64744)は歩いてきたさつきを見かけ、挨拶をした。
「ファンガスとは言っても、ボクらとそう差はないんだろ? これからもよろしくね」
「は、はい。よろしくおねがいします」
 頭のリボンを揺らし、さつきも挨拶を返す。すぐにさつきは別の誰かに声をかけられ移動する。壮介は木立に入って少し離れた場所からさつきやファンガスたち、ファンガスと遊ぶ者たちをスケッチすることにした。スケッチブックを取り出し鉛筆を走らせる。山腹は冬木立が美しく景色がいい。壮介はこの風景は残しておきたいかなと、ページを繰ってどんどん書き進めた。
(「ま、あんまり絵は得意じゃないんだけどね」)
 苦笑しながらも、壮介の手は止まらなかった。
「おっと、ダメだよ」
 群生地の端っこにいた壮介は、群生地の外へと転がり出そうなファンガスたちを発見。壮介は見事すべてキャッチした。丘の上ではしゃいで、つい転がってしまったファンガスらしい。助けてもらったことに気づいているのか、ファンガスたちはのたのたと壮介に乗っかり始めた。
 ファンガスたちと『会話』をしようと思っていた壮介。彼らの思いを受け止めようと頭を空っぽにして感じ取った。
『力になりたい』という思いが伝わってきた気がする。壮介は『ありがとう』と気持ちを返した。
 さつきを見かけた冬師・華は、ためらいながら声をかけた。
「あの……その、青い石、見せてもらっても、いい……?」
 振り向いたさつきが、不思議そうな顔をしている気がした華は慌てて言葉を足す。
「それがメガリスだからとか、じゃなくて、単純に、すごく綺麗な石だから、近くで見たくて」
 慌てる華に「大丈夫ですよ」と微笑み、さつきは首飾りを外して華に差し出した。
 恐る恐る受け取ったそれは、うずらの卵ほどの石が、組紐で作られた輪の先についている代物だった。組紐の部分は蔓草を編んで作ったように見える。石は小さいながらも存在感があって、サファイアやアウィンを思わせた。澄んだ深い青色をしていて、海のようであり、陽が落ちたあとの東の空のようでもある。淡く発光していて、華の手を青く染めていた。
「すごく、きれい……だね……!」
 思わず見惚れた華は興奮気味に呟く。しかし、すぐにはっと我に返る。
「見せてくれて、ありがと。……大切なもの、でしょ?」
(「本当に学園に渡してもよかった、の?」)
 華の黒い瞳がさつきに問う。自分なら大切な石を手放したくない。そう思うだろうから。
(「でも、それよりも学園との絆を大切に思ってくれているのなら、その思いに応えられる気持ちを持っていたい」)
 さつきに首飾りを返しながら、華は強く思う。
「……はい。受け取って欲しいんです」
(「わたしは、そんな風に考えてくださるみなさんが大好きだから」)
 言葉にはしなかったが、さつきの思いは華に伝わってきた。

 教室でさつきの決心を聞いて、すでにファンガスを宿している者たちが彼らの里帰りにとこの地を訪れていた。レイラ・ミツルギ(魔剣士・b48060)もそう。ファンガスの里帰りとさつきと話をしてみたくて参加した。
「はわぁ、2年ぶりですねぇ……」
 2年ぶりのカムイワッカは相変わらず空気が澄んでいて、心地よかった。レイラはさつきを探して森の中を歩いていった。
「俺の体に宿るファンガスさん。久しぶりの里帰りだよ〜」
 軽快なステップを踏みながら、緋勇・龍麻(龍の伝承者・b04047)は声をかけていた。
「は〜い♪ ワン・ツー・ワン・ツー。くるっとまわって笑顔でポーズ♪」
 小さいファンガスたちと一緒に雪原で楽しくダンスを踊る龍麻。寒い雪原でも動くと暖かくなれるよと笑顔でダンスの輪に誘う。
 人とファンガス。姿は異なっても、共に仲良くなれることを示せたらいい。
 そんな思いを全身で伝えながら。
「芙美さんにさつきちゃんだっけ? 一緒に踊らない? みんなで踊れば楽しさ百万倍だよ♪」
 誘われ、芙美は不器用に、さつきは楽しげに共に踊る。
 いつしかたくさんの人もファンガスも一緒に踊っていた。
「一緒に踊ってくれてありがとう♪ とっても楽しかったよ!」
 若生・めぐみ(キノコの国のめぐみ姫・b47076)は、身体に宿したファンガスのシロと、ファンガスたちと一緒に雪遊びをしていた。
(「真になったシロちゃんの勇姿も現地のみんなに見せてあげたい」)
 めぐみの思いは届いたのか、ファンガスたちはシロにすりすり身体を寄せたり、一緒になって身体をうねうねと動かしたりして、何かコミュニケーションをしている。
『なんだ、お前すげーな』『がんばったんだね』
 そんな声が聞こえてきそうな動きに、めぐみはなんだか嬉しくなった。
「シロちゃんはですね……」
 めぐみはシロと一緒に頑張ってきた2年の事を、ファンガスたちに語り出す。これがさつきの手伝いになる。そう思ってのことでもあったが、思い出は次々に溢れ出し止まることはなかった。
「ほーら、食え食え!」
 持ってきたクッキーを、氷室・螢(白黒カノン・b49229)はファンガスたちにあげていた。
 螢が以前宿したのはファンガスのシェリル。シェリルも身体から出してやって、ほかのファンガスたちと一緒くたに遊びまくる。
 クッキーのあとは、集まったファンガスたちを集めて雪だるまっぽく積み上げてみたり、ファンガスたちに心行くまでもっこもこにされてみたり……。
 久しぶりのカムイワッカ――というか、螢はファンガスツアーを満喫していた。
「よーし、おまえら、写真を撮るぞー!」
 自前雪だるまが気に入ったらしく、再び盛り盛りになったファンガスたちを撮ってやろうとカメラを取り出した構える螢。構えた瞬間、悔しそうに眉を寄せた。
(「こいつらが普通の地衣類にしか写んねぇのが惜しい……!」)
 せっかくだから、風景もいっぱい撮ってやろうと螢は心に誓うのだった。

「みんな、久しぶり! 元気にしてたか?」
 雪原にいたファンガスたちの群れにダイブするがごとく、一咲・さな(アクセラレータセンセイション・b58822)は飛び込んだ。ファンガスたちも嬉しそうにさなの身体に乗りまくる。
(「あぁ、この肌触りがなつかしい……♪」)
 ほわわんとつい顔がゆるむが、慌てて引きしめる。
 さなはある強い思いを抱いて、今回はやってきたのだ。
(「まさかメガリスを譲ってくれるなんて夢にも思わなかった」)
 ツアーの説明を受けた時の衝撃だ、さなの脳裏に蘇る。
 ファンガスを身体に宿すのも大事だが、今回は彼らの思いを忘れないようしっかり感じ取らないと。
 ごろごろとファンガスたちと雪にまみれながら、さなはその思いを感じようと意識を集中させた。
(「……うん、みんなの力になりたい気持ちが伝わってくるぞ」)
 そう感じたいだけだろうという人もいるかもしれない。だが、さなは確かに思いを受け取ったのだ。
「振り返ってみると、いろんな人たちが助けてくれたから今の学園があるんだよな」
 ごろんと雪原に転がって、空を見ながらさなは呟いた。
 サンダーバートや巡礼士などの組織から、セクシー拳のノブユキや共闘してくれた神将などの個人まで……。次々と思い浮かぶ顔がある。彼らにも感謝だと、さなは思った。
 伯爵や七星将と妖狐女王、異形に二つの三日月――。強敵ばかりだけれど、きっと自分たち全員なら乗り越えられる。そう思うのだ。
「凹んじゃう時もあるかもしれないけど、これからもよろしく!」
『当たり前じゃないか!』とばかりに、ファンガスたちがさなの上で飛び跳ねた。
 せっかくの里帰りだからと、吉国・冬花(キノコハンター・b37620)はファンガスを頭に出現させて移動していた。メガリスの譲渡をファンガスたちの総意とするため訪れたさつきの、何か手助けができればいいと、冬花は2年振りに里帰りすることを決めたのだ。
 2年間共に過ごしてきたファンガスと一緒に、思いを伝える手助けがしたかった。
 さつきは、この山腹のどこで他のファンガスたちに思いを伝えるのだろう? どの場所だろう?
 気になりながら歩いていると、さつきが前から歩いてきた。今しかないと、冬花は急ぎ声をかけた。そして、自分たちがいかに互いを尊重しあっているかを告げる。言いたいことを伝えたら、最後のエールを送った。
「きっと思いは伝わるよ! 私のファンガスも一緒に思いを伝えるね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 さつきは冬花にぺこりと頭を下げた。
 去年と一昨年は湯滝だったと、のんびりと景色を眺めながら散歩しているのは紗白・すいひ(幻日の法衣・b27716)だ。
 すいひの後ろをカルガモの子供よろしく、ファンガスたちがのたのたとついていく。
(「歩くの大変そう、頭にでも乗ればいいのに」)
 口には出さず、思いながら冬木立ちの間を抜ける。喜ぶかなと足で雪を蹴り上げてやれば、ファンガスたちは身体を伸ばして光を反射しながら散る雪を追った。遊んでくれるすいひにファンガスたちが次々に集まってきたが、すいひはどんとこい精神で仲良く遊んでやっていた。
「さつきちゃんって可愛いよね。みんなは人型になりたい?」
 ひとしきり遊んだあと、雪に座り込み休憩しながら、すいひは周りのファンガスたちに問う。
「……」
 うにょん。うにょん。
 身体をくねらすファンガスたち。その姿は肯定とも否定とも取れて、ちょっとよくわからない。
(「メガリス、本当に譲ってもらっていいのかなぁ……」)
 そんなことを思ったが、せっかくの申し出だ。それは黙っておくことにする。
「『紺碧の貴石』は正しい事に使うよ。任せといて」
 すいひはせめて自分の意志は伝えようと、思いを言葉にした。
『紺碧の貴石』と言う言葉に、ファンガスたちがピクリと反応し、すいひは「ない」はずの彼らの目で見つめられたような気がした。が、一瞬でその気配のような何かは消え、いつもどおりのたのた動く白いカタマリにしか見えなくなる。
 それでも。ファンガスたちが自分の言葉に耳を傾けてくれているのだと思ったすいひは、さらに言葉を重ねた。
「銀誓館とファンガスはいつまでも、友達で!」
「ミージュ、気になるなら辺りを見ておいで」
 稲垣・幻(ホワイトティーリーブス・b36617)は真モーラットピュアのミージュに声をかけた。
 雪で遊ぶその姿を確かめた幻は、木立ちの陰にさつきを見つけ、「こんにちは」と挨拶をする。そして話し出した。
「私はファタと何度も死線を潜りました」
 呼び出され、幻の肩にファンガスのファタが現れる。
「ファタのパラライズに起死回生のチャンスを貰った事も、ヒーリングで仲間達の愛を受け取ったこともあります。そのどれもがかけがえの無い記憶です」
 幻の声は決して荒いわけでも、語気が強いわけでもない。けれど、聞き入らずにはいられない何かがある。黙って幻の言葉を聞いていたさつきは、目で先を促した。
「申し出はとても嬉しく思います。でも私達にとっては、ファンガスと友になれたこと、それだけでも奇跡なんです。それを知ってもらいたかった」
 そう言いながら、ファタを見る幻の目はとても優しい。さつきも自然と笑顔になっていた。
「ありがとう、大事な友と――ファタと出逢う機会をくれて」
 深く一礼する幻に、さつきも慌てて礼を返した。
(「さつきさん達を見守りたい」)
  雪まみれになったミージュと合流した幻は、芙美の下へ行くさつきの背中を見送った。

●さつきに伝えたいこと
 さつきはメガリスを持つ、今のところ唯一の人型ファンガスという稀有な存在だ。
 能力者たちは、彼女に直接聞きたいこと、知りたいこと、伝えたいことがいっぱいある。
 さつきもまた、みんなからの疑問や質問から何かを得ようとしていた。
 互いにとってよい結果を得るために、能力者たちとさつきは、たくさん話をするのだった。

「ぁ……。さつきちゃん……」
 湯滝で美野・みのわがもじもじとお願いした。
「んと……もふもふ、いい……?」
「もふもふ……? ああ! どうぞ」
 あれで何がしたいのかわかったのか?! と周りからツッコミが入ったが、さつきは「芙美さんがよく言ってますから」とケロリ。「抱き抱きすることですよね。どうぞ」と両手を広げた。
 ぱぁっと表情を明るくして、みのわはさつきに抱きつく。
「さつきは、キノコっぽくてふかふかしてるって聞いたことがあるんだが……どうだ?」
 図書室で資料を調べてきたのだろう。みのわに感想を求めた。
 抱き抱きしたみのわは、さつきは人と何ら変わらないと思った。
 髪も肩も頬も、人と同じ感触が気がする。
「わたしが、メガリスが必要なくなったというのはそういうことです」
 にっこりとさつきは笑った。
「あの、わたしもいい?」と今倉・愛も、さつきに近づいた。
 接する機会があれば、愛はさつきをなでなでしたかったのだ。了解をとり、愛はにこっと笑いかけながら、さつきの頭をなでなでする。この行動に、愛は、ファンガスたちと友好的な関係を築けた事に対する、ありったけの感謝を込めた。
 浅倉・獅音もまた、さつきに伝えたい言葉があった。
「ここは素敵な場所です。気に入りました、です」
 カムイワッカに招待してくれてありがとうと、お礼を言う獅音。
「もし、さつきさんが僕の故郷である西表島に行く事があれば案内したい、です」
 さつきは目を輝かせ、「はい。そのときはよろしくおねがいします」と答えた。
 足湯をしていた篠原・千秋は、そんなさつきとふと視線を上げた先にいたファンガスを見て、教室で話を聞いてからずっと気になっていたことを思い出す。
 自分は高校からの編入だから正直詳しくはないが、確かこのツアーは今年で3年目だと聞いた。そんな短い間で人型を形成できるものなのだろうか?
(「あのメガリスは何なのか……」)
 あえてさつき本人の言葉を聞かなかった者たちと話をしてみたい。そう思っていたのだが、話している最中に向こうからさつきが来てしまった。不覚にも千秋が何を思ってたか聞かれてしまう。
「ええと、芙美さんが言ってました。わたしは、メガリス・アクティブっていう人らしいです」
「「「ええぇえぇええええっっっ!!」」」
 能力者たちの声が、ここでもまた揃う。
 メガリス・アクティブとは、「メガリスと相性が良い人」のことをいう。 メガリス・アクティブがメガリスを所有すると、通常よりもより大きなメガリスの力を引き出す事ができるのだ。
 さつきはついでに、メガリス『紺碧の貴石』についても簡単に教えてくれた。
 このメガリスを手にした者は、植物やそれに類するものを活性化し、さも人間のように見せる不思議な力を得る。お伽噺などで出てくる桜の精などをイメージしてもらえるとわかりやすいだろう。さらに『紺碧の貴石』にはもう1つオマケっぽい効果があって、植物やそれに類するものが『紺碧の貴石』を直接手にした場合、姿だけでなく、自我も持つようになるのだという。
「なるほど。キノコの来訪者であるファンガスと相性がいいわけだ」
 うんうんと頷く一同。
「この子、どれだけ人を驚かせる隠し玉を持っとんねん」
 呆れたように誰かがボソリと呟いた。
 
「ねねね、さつきちゃん。さつきちゃんが人型になった理由は何となくわかったよ。でね、聞きたいんだけど」
 ぽかーんとなった雰囲気を吹き飛ばすように、羽住・楓はさつきの前に進み出た。
「さつきちゃんは何が好き? 人型ってどんな感じ?」
 尋ねる楓の勢いにさつきは目を白黒させたが、個人に興味を持ってもらっているのがわかって嬉しくなった。考えながら1つ1つ答えていく。
「ええと、好き……好き? みなさんとか学園とかを聞かれているんじゃなくてですよね、たぶん。んと、食べ物なら、鎌倉の駅前にあるお店屋さんの洋菓子が好きです。カスタードクリームが入っているやつ。動物ならクラゲが好きです。このあいだ江の島水族館に連れて行ってもらって覚えました。何だか他人に思えないところが好きです」
「クラゲは動物のカテゴリに入るのか……?」
 そんなツッコミは聞こえなかった。さつきはさらに答える。
「人型がどういう感じかはわかりません。人型じゃなかった頃は、わたしは本能っぽいものしか持ってなかったので、その感覚を覚えていないんです」
「じゃあ、これから何をしてみたいとかある?」
 楓の最後の質問に、さつきは「はい!」と大きく頷いた。
「もう水に入っても潜れるようになったので、海で泳いでみたいです! 潜って自分の手で何か拾ってみたい」
 ああ、この子キノコだったと改めて思う回答に、一同は「そっか、がんばれよ」とエールを送った。
「そういえば、メガリスの力で成長したと言ってたが……」と小首を傾げるのは海原・零。
 元気そうに話すさつきを見て思う。
「代償とかは大丈夫か気になるが、今は大丈夫なところを見ると杞憂だったと思えるな」
 そのあたりはさつきもよくわからないらしい。学園で調べれば、きっとはっきりするだろう。
 自分を心配してもらったのだと、さつきは零に「ありがとうございます」と頭を下げた。

 洞窟を見て周り、雪原へ。山腹の木立ちの間を歩くさつきに、一同は次々に声をかけた。
「ちゃんとお礼を言ってなかったですね」
 そういえば、とさつきの隣に芙美も連れてきて、若生・めぐみは2人を前に姿勢を正した。
「芙美さん、さつきちゃん、そして、お友だちのみなさんが頑張ってくれたおかげで、めぐみはシロちゃんと出会うことが出来ました。本当にありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げるめぐみ。頭の上ににょっきり生えていたファンガスのシロも、めぐみを真似てくにゃんと身体を曲げる。
「そそそ、そんな……どうもご丁寧に」
「シロちゃん……さんやわたしを受け入れてくださって、ありがとうございました」
 慌てふためき頭を下げる芙美の隣で、さつきもぺこんと頭を下げる。
 伝えたかったことを言えて、ほっとしためぐみはふと思う。
「あれ? さつきちゃんって、4人に分かれたと聞いてた様な……勘違い?」
 首をかしげるめぐみ。
「「「「勘違いじゃないですよ?」」」」
 まばたきをした瞬間、さつきの身体が4つに分かれたような気がしたが、「あれ?」と見直したときには、にっこりと笑うさつきが1人いるだけだった。
「あのさ、園枝。オレはむしろ、ファンガスたちにお礼を言いたいんだ。『仲良くしてくれて、一緒に戦って助けてくれて、ありがとうって』。これを伝えてもらえるか?」
 少し照れくさそうに、氷室・螢はさつきに頼んだ。
「もう、伝わっていますよ」と微笑むさつき。そっかと小さく笑い、螢はふと気づき尋ねてみる。
「園枝って能力者? 使う力は共生者と同じなのか?」
「槐蛾もそれは気になっていた。さつき、どう?」
 槐・槐蛾も手を上げる。
「能力者になると思います。試しましたが、できることは共生者のみなさんとほとんど同じでした」
「あとさ……」
 受け答えするさつきの姿を見て、螢は思わず呟いた。
「……ファンガスに性別と年齢ってあるんすか?」
「はい?」
 目をぱちくりするさつき。周囲から「こらーっ!」と声が聞こえたりしたが、「だって、気になるじゃん!」と螢は反論した。
「ごめんなさい。ええと、どちらもたぶんあります。ただ、基本的には女の人だけになるのかな? あと年齢は、わたしは決めたときから勝手に数えてます」
「そういえば、さつきちゃんって誕生日とかってあるのかな?」
 尋ねたのは緋勇・龍麻。
「本当の誕生日ではないかもですが、誕生日と決めている日はあります」
「そうか。じゃあ、いつかみんなで誕生日をお祝いできるような関係になれたらいいね」
 嬉しい言葉をもらい、さつきは「はい」と頷く。
「これからはやっぱり銀誓館学園の生徒として生活を?」
「あれ? そういえばさつきちゃん、小学生の制服を着てるって事は、もしかして学園に入学したのかな?」
 再び問う槐・槐蛾に、文月・梨菜も防寒具の下に見える緑色の制服を指摘して確認する。
「だとしたら、凄く嬉しいよ! みんなで一緒に、楽しい学園生活にしようね♪」
 さつきの手を両手で握り、梨菜は満面の笑みでぶんぶんと両手の握手をする。
「そうなったら……よかったら、友達になってくれない?」という槐蛾の申し出にも嬉しそうにするさつき。どうなるかはまだわからないけれど、学園に行ければいいなと思っているようだ。
 これが最後の質問と、槐蛾は居住まいを正した。
「『紺碧の貴石』を使えば他のファンガスたちも人型になれるだろうか?」
「たぶん、ならない……いえ、なれないと思います。時間をかければなれるかもですけど、わかりません。わたしも最近知りましたが、わたしはかなりイレギュラーな存在だったようなので……」
 はっきりとわからなくてごめんなさいとさつきは謝った。

 さつきの持つメガリス、これを銀誓館学園に渡すかどうかというのは、能力者たちの間でもいろいろ思うところがあったようだ。次々と『紺碧の貴石』をどうするかについて尋ねられる。
 まず、さつきに話しかけようと進み出たのはギュンター・ベッケンだった。ギュンターは、ファンガスたちに興味を持ち、話したくなったのだ。
 誰かに「何故、ファンガスたちに興味を」と問われたら、ギュンターは迷わず答えるだろう。
「なぜかって? 際限ない拡大を望まず、感謝を知り、メガリスすら自ら決めて手放せる……そんな、この世でいかに儚くとも真に幸せな相手こそ、常に尊敬に値するから。力を貸せる事こそ誉れだから」と。
 だが、今はそれは口には出さず、さつきにずっと思っていたことを問う。
「なあ、本当に良かったのか? メガリスの力をファンガスみんなで取り込んで行けば、もう脅かされる事のない存在にだってなれるんじゃないのか」
 全員はダメかもしれない。けれど、これだけいるファンガスたちだ。何体かはさつきと同じく、メガリス・アクティブかもしれない。そうなれば可能性はあるだろうと思うのだ。
 さつきは花のような微笑みをギュンターに言葉を返す。
「ありがとうございます。けれど、もういいんです。これは諦めているとかじゃなくて、がんばって人型にならなくても、みなさんとだったら大丈夫だって確信しているからなんです」
 わたしたち、本当にたくさんみなさんに助けていただいているんですよ、とさつきは付け加えた。「だからみなさんの力になりたいんです」とも。
 ギュンターは、揺るがない強い意志を目の当たりにした。
「そうか。……でも、それが正しいんだろうな。足りるを知る者のみが幸せを知る。幸せを守るために力は必要だが、それは力馬鹿の俺たち若者が補えばいい……さつきさん、君の様な言葉がファンガスの総意と言うのなら、俺は喜んで体を貸すよ」
(「力になりたい、か」)
 さつきの話を聞いて、桂・雪は独白のように告げる。
「情勢厳しくてメガリスが必要ってのももちろんだけど。その心や気持ちが何より嬉しいと銀誓館の一生徒でしかねえけど思うよ」
 さつきはその言葉に微笑んで頷く。
(「オレも同じだ。身近なたった1人の力に少しずつ手を広げて、大切な奴らの力に……。いろいろ足りなくて折れたくなるような事ばっかりだけどさ、お前らと、皆と一緒に楽しめるなら、たぶん」)
 心に自分の大切な人たちを思い浮かべ、雪は思った。
「個人的には、それが『さつきちゃんの大事なもの』なら、あえて銀誓館所有になんかしなくてもいいって思うけど」
 その選択肢はあるんだよ、と告げるように春崎・樹はあえて口を挟む。
「まぁ、そこから先は、彼女の意思しだいだけど」
 先ほどまでのやり取りを知っているからか、樹は肩を竦めてさつきを見る。
「銀誓館が、多くの能力者組織や来訪者組織がメガリスを持ったら、まずは破壊する可能性が高い。ここにいるファンガスさんたちはそうなる事を承知で、種族の至宝っぽいメガリスを譲ってくれるかな?」
 このことを忘れていないかと無堂・理央も指摘する。本当にいいのか、と。
「……」
 さつきは微笑むだけで何も答えなかった。ただ樹と理央は、『そんな人たちだから、大好きなのだ』という温かい思いを、それこそ四方から強く感じた。

(「私は、今の世界を守って同時に来訪者たちとも仲良くなりたいと思う」)
 でも、それはただのエゴなのではないか? それぞれの種を捻じ曲げて人間の都合を押し付けてるだけなんじゃないか? そんな不安も拭えない。レイラ・ミツルギは葛藤していた。
(「ファンガスは世界結界のせいで死んでしまう……」)
 さつきは、自分に会いに来て黙ってしまったレイラの言葉を待っている。
 レイラは、それでも人とファンガスの間に立ったさつきに会いたかった。話がしたかった。
 なのにいざ目の前にすると上手く言葉が紡げない。
「……さつきさん、この世界に『だいじ』なものはありますか……?」
 出たのはそんな言葉だけだ。でも、答えを聞けば何かが見える気がした。
「わたしの『だいじ』ですか? それはたくさんあります。ファンガスのみんなはもちろん、大好きな銀誓館学園のみなさん。この知床も地も、学園のある鎌倉も『だいじ』です。あ、好きな物ならもっとありますよ。緑色がかわいい江ノ電も、初めて着せていただいた学園の制服も大好きです!」
 レイラの質問に、さつきはオレンジ色の目を輝かせ嬉しそうに答えていく。
『この世界が好きで、みんなと一緒にいたいんだ。みんなと笑っていられる世界がいいんだ』
 答えの中に、そんな思いがちりばめられている気がした。
「君たちの本当の願いは、もしかしてみんなで変わらず人と接する事が出来るようになる事かな?」
 ファンガスたちを頭や肩、膝の上にのせたままリメリア・ツジモトはさつきに問うた。
「どうして、そう思われるんですか?」
 さつきはリメリアに問い返す。リメリアはファンガスたちに独白していたことを繰り返す。
「さつきちゃんと教室で会った時、実は、私、驚かなかったんだ。何故って? 多分こうなると予感してたから」
 リメリアはファンガスたちに触れてみて、自分の考えが正しかったのではと思った。
「憶測の域をでないけど、この子たちは『能力者じゃない私たち以外の人とも交流したかった』んじゃないかって思ったんだ。だからさつきちゃんに聞いてみたかった」
(「まあ実際言うと私のエゴも多少は含んでるんだけど」)
 小さく苦笑するリメリア。リメリアの身体に乗っかったファンガスたちが、どこかに思いを伝えるように、大きく空へと向かって身体を伸ばしている。
 さつきは、少し困惑したような表情を浮かべて黙り込んだ。
「そう……かもしれません。そうなのかな。おかあさんに聞いてみよう」
 呟いたさつきの声は、小さすぎて誰の耳にも届かなかった――。

●思いよ届け
 さつきは今日、カムイワッカの群生地を歩き回り、ファンガスたちに自分の思いを伝えたり、彼らの思いを受け止めたりしていた。
 さつきの役目は、例えるなら携帯電話の中継点。思いを受信し、種全体に発信する。そんなさつきにたくさんの能力者たちが話しかけ、応援してくれた。彼女が持つメガリスを銀誓館学園に譲るため、ファンガスの総意を求めようとしていたことをみんな知っていたからだ。
 午後になり崩れだした天気は、まだ保ってはいるが、いつ雪か霙が降りだしてもおかしくない。
 風も強く、時おり暗い雲が不気味に渦を巻く空は、能力者たちの心を不安にさせた。
 それでも今は信じるしかない。
 さつきや銀誓館学園の能力者たちの思いは伝わったのか。
 ファンガスたちは、さつきの主張を認め種族全体の総意としててくれるのか。
 その審判にも似た結果が、今、下されようとしていた。

「わたしは銀誓館学園のみなさんが大好きです」
 さつきがファンガスたちに告げた第一声はこれだった。
「毎年わたしたちを助けるために、このカムイワッカの地に来てくださっています。それは、わたしたちが銀誓館学園のみなさんに力を与えることができるから。それだけでしょうか?」
 さつきの声を聞こうとしているのか、身体を伸ばしていたファンガスたち。その身体がふるふると震えている。
「もちろん、それもあるでしょう。あっていいんです。共に生きるため互いの利益がなければ共生とは言いません。片方が一方的に助けられるだけの関係は、寄生か庇護です。わたしたちはその関係は望んでいないはずです」
 小学生ぐらいの年に見えるさつき。実際にその年齢ぐらいのはずだが、話す言葉は大人びていた。
「彼女、前に銀誓館学園とファンガスを友好関係に導くためにがんばったのよね」
 だからこんなに大人びているのかしら、と様子を見守る誰かが小声で言った。
「毎年毎年、わたしたちを迎えに来てくださる銀誓館学園のみなさん。ほとんどの方が笑顔で話しかけてくださいます。でも、わたしたちは知っていますよね」
 くるりと振り返るさつきの前には、羽角・ひなたや稲垣・幻、桂・雪、吉国・冬花をはじめ見守ろうと詰め掛けた多くの能力者たちがいる。そんな一同に、さつきは少しだけ悲しげに言う。
「銀誓館学園のみなさんが、笑顔の下に何を感じて、何を乗り越えて、はるばるカムイワッカの地に来てくださっているか。……感じ取れてしまうからこそ、わたしたちは知っているんです」
 いつも会いに来てくれる桜の季節には、厳しく激しい戦いが起こっている。
 親しい友人を失った人が訪れたこともある。今回もそうだが軽くはない怪我を押して参加してくれたことも、心に負った傷の癒えないまま笑いかけてくれたことも。
 のっぺりして感情も読み取れないファンガスだが、何も伝わってないわけではない。それどころか本人でさえ気づいていないような、心の変化さえ感じ取る力がある。
「わたしは直接はわかりませんが、今回の戦いもとても厳しいものだったのでしょう? きっとこれからも大変なことが起こる。そんな予感がします。だから、このメガリスをお譲りして使っていただこうと思ったんです」
 再びファンガスたちの方を向き、告げるさつき。
 その主張を受け、彼女のほぼ正面にいたファンガスたちがぎゅっと集まりゆらゆらと揺れ始めた。それを見たさつきは、メガリス『紺碧の貴石』を手に持ち、祈るように頭を寄せる。
『我らのリトルマザーよ。お前の主張はわかった』
 見守る能力者たちの心にも届くほど、ファンガスたちから強い思いが伝わってきた。
『しかし、人は裏切る。それを本当に渡すのか。渡していいのか?』
「! どうしてそんなこと言うの、おかあさん。おかあさんたちが渡したいと思ってるの、わたし知ってるんだよ!」
 さつきがぎゅっとメガリスを握り締めた途端、集まっていたファンガスたちが、下半身が根のようなものに覆われた巨大な女性になった。
 ――いや、透けている。
 見えるだけで、幻のようだ。さつきが「おかあさん」と呼ぶこの女性が、ファンガスの種族全体の意志の象徴なのだろう。
 それにしても、さつきの言葉が正しいのなら、彼らは譲渡を望んでいる。なのにその思いを否定しているようだ。
(「何故? どうしてだ?」)
 能力者たちは息を詰めて成り行きを見守る。
「そういえば、〈世界結界〉が張られた後、手違いがあって、彼らは心を許した人間に裏切られたような形になったと文献で読んだわ。でも、意志を持たない力の弱い彼らは、記憶を受け継げないはずだけど……」
 誰かが呟いた。その疑問に思う心も受け取ったのだろう。巨大な女性は口を開いた。
『友好組織の者よ。弱い我々は確かに記憶を持たない。そのかわり本能に刻まれるのだ。その生き物は危険だとな』
 はっと息を呑む能力者たち。『本能に刻まれる』とは、動物が無意識に火が怖がるのと同じ。頭でわかってもどうしようもない、そういうことだ。それを払拭するのは難しすぎるのではなかろうか?
 能力者たちの心に、少しずつ諦めが満ちてきた。そのとき。
 ――どおおおんんっっ!
 ――どぅどおおぉおおおおんんっっ!!!
 大地を揺るがすような、激しい春雷が能力者たちの耳を突いた。
 無数の金色の稲妻が、カムイワッカ上空を包んでいた雲間を駆け巡る。
 それは単に北の大地に遅い春の訪れを告げるものだったのかもしれない。だが冬木立と駆け巡る稲妻の光景は、ほとんどの能力者たちの脳裏に前日の忘れられぬ戦いを瞬時に呼び起こさせた。
 熾烈を極めたビャウォヴィエジャの森での戦い。
 倒した敵の死体が、再び襲い掛かってくるという異常事態。敵地のど真ん中から、負傷者や保護すべき捕虜を抱えての脱出という絶体絶命な状況が、まざまざと蘇ってくる。
 恐怖、絶望、怒りといった重い感情が一気に噴出する。
 それら強烈な感情が、ファンガスを通じて能力者たちに跳ね返ってくる……はずだった。
 しかしその流れを、ホクトが、ぴのが、ど根性キノコ・ガッツしらたけ、フロイデ、きーちゃん、ファタ、ふーはん、六花、ファズ、シロちゃん、シェリル、小夏、ノコ白、シラメ、他の能力者たちの身体に宿したファンガス、群生地に暮す名もないファンガスたちが、断ち切った。
 カムイワッカの地にいたすべての能力者の前に、それぞれが大切に思う者、会いたいと望んだ者、そうでない者には自分自身の姿が、唐突に現れた。
 ひと目で幻とわかる半透明のそれは、能力者たちを抱擁する。
『大丈夫。あなたは大丈夫』
『あなたたちが大好き。守りたい。助けたい』
『使って。わたしたちの宝を使って』
 そんな思いを伝えて消えていった。
 他人の姿を借りて伝えられた、あれこそが種族としてのファンガスの総意だろう。
 否定しようとする本能に、困難な立場にある大好きな友人を守りたいという心が勝ったのだ。

 いつしか巨大な女性の幻も消えていた。
「……そっか。おかあさんたち、さみしかったんだ」
 さつきがポツンと呟く。
「わたし、銀誓館学園のみなさんが大好きです。他のファンガスたちもみなさんが大好き。なのに、どこか薄い壁のような何かを感じていたんです。だから、一緒に説得してもらおうと考えました」
 ファンガスたちはもとの丸っこい姿で、のたのたと去っていく。
「今、わかりました。わたしたちファンガスは、人間という種族が好きなんです。でも、退治されることになって、『あなたたちは私たちとは違うものでしょ』と強く拒絶された気がした……。好きな人たちに拒絶されたことがショックで、おかあさんたちは嫌うようになったんです。嫌いな人になら拒絶されても攻撃されても平気だから」
 さつきの脳裏に、リメリア・ツジモトに言われた言葉が蘇る。
『君たちの本当の願いは、もしかしてみんなで変わらず人と接する事が出来るようになる事かな?』
 言われたときはわからなかったが、きっとそうだとさつきは確信した。
(「もう一度、心の底から人を信じ、好きになってみよう」)
 それが、種族ファンガスが出した答えだ。
 さつきは晴れ晴れとした顔で、集まってきた能力者たちに宣言する。
「種族の了承が取れました。この『紺碧の貴石』を銀誓館学園のみなさんにお譲りします」

●薄暮に染まる大地
 春雷はよく雨をもたらすものだが、あれ以上稲妻が走ることも、天候が崩れることもなかった。
 それどころか上空を覆っていた雲は南へ移動し、暮れ行く空には一番星が輝き始めている。
「あの雷は、カムイワッカからのプレゼントだったのかもしれない」
 答えはもう出ていたのにぐずぐず迷っていたファンガスたちに、『喝』を入れるため、北の大地が起こしたのではないか?
 帰り支度をしながら、誰からともなく言い始めたそれは、やがて「そうに違いない」という思いへと育っていく。
「ありがとうございました!!」
 能力者たちは、ずらりと並んでカムイワッカの地に大きな声で礼を言い、頭を下げた。
 ファンガスたちにも別れを告げ、能力者たちはそれぞれ帰路につく。
(「来訪者の皆さんとこうして分かり合えていければ良いですね。とても良い経験でした」)
 瀬河・苺子は歩き出しながら、宿したファンガスに改めて挨拶をした。
「これからよろしく……」
 苺子と同様、帰りながら「よろしく」と挨拶する者があちらこちらにいる。鎌倉に帰ったら、しばらくキノコ料理を避ける人が出るかもしれない。
 今は新学期に入ったばかり。戦いのほかに、ソフトボール大会や前期中間テスト、修学旅行なんてものもドンドン控えていて学園生活も楽ではない。
 ちょっとした出来事や一言が、数日や数年後に意味のある何かに繋がることがある。
 忙しいし、大変だし、生命の危険も多々ある毎日だが、一日一日を大切にしていこう。
 もう自分1人の生命ではない。そのことを枷と思わず絆と思えるように。
 大切なものを分けてくれた友人に、胸を張って誇れるように、過ごしていこう。

 みんなと一緒に鎌倉へと帰りながら、さつきは安曇・四季に言われた言葉を、群生地に向けて強く思った。
 簡単明瞭ながら、的を射た言葉。
『銀誓館学園と来訪者ファンガスは共に歩む仲間です』
 ファンガスたちの本能に、新しい言葉が刻まれた――。


マスター:篠谷志乃 紹介ページ
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参加者:151人
作成日:2011/04/18
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