禍つ神は我が身に宿り


<オープニング>


 しっとりと手に伝わってくる鋼の重み。
 風を斬る一瞬に続く季節外れの紅葉。
 ああこれが光の下であるならば、どれほど美しい血しぶきだろう――。

 男は手にした日本刀をさらりと一振り。月光に浮かび上がる鋼の白に錆臭い黒がつつと走り、倒れ伏したレトリバーの背中にぽとりと落ちる。
「……毛がついたな」
 佐々木の顔がかすかに曇る。懐紙を取り出してゆっくりと刀をぬぐった。刀鍛冶としての誇りをかけて打ったこの一振り。一分の狂いもなく研ぎあげたこの芸術品。切れ味は抜群、刃に残る血脂でさえ――
「……美しいとはいえないか。犬だからな」
 大型とはいえ所詮は獣。そんなものなら斬っても刀の贄には物足りない。やはりできるなら人がいい――男がそう思ったその時、彼の耳には犬を探す飼い主の声が聞こえてきた。
「ジョン……どこへ行ったの? 夜は出ちゃダメって言ったのに……」
 佐々木は素早く草むらに身を隠す。
「最近は斬り裂き魔が出ているって聞いているのに……」
 そう聞いた瞬間、彼の中で何かが弾け飛んだ。心臓の音が喜びにうち、せせらぎの音さえもが新たな血飛沫を寿いでくれるかのような。
「ジョン……? どうしたの……ジョン?」
 女の声がかつて犬だったものに駆けよってくる。その瞬間、彼は飛び出した。鋭く短い叫び声、それに続く斬撃。斜めに切り下げた刃の下で命の途切れる音がした。
「……もう少し、若いのが理想だったかな」
 刀を見、足元に転がった2つの骸を見下ろして佐々木は呟く。ひとまずの血糊をふいてゆっくりと鍛冶場へ戻ろうとした時――彼は更に駆けよってくる2つの足音を聞いた。瞬間佐々木の中で何かが弾けた。それは血の臭いに酔った何かのように彼の意識を侵食していく……。

「そこの、待て!」
 2人の警察官は走る。犬が消えたとの通報があってから十数分。向かうのはこのところ動物の惨殺が続いている河川敷。そこまで走って来た時に聞こえた女性の悲鳴。今夜こそは捕まえてみせる――そんな使命感が彼らの足をいっそう早めていた。
「検非違使……か。こうるさきことよ……」
 警察官が駆けよると、間合いを保ってその男は言った。右手にはギラリと光る細身の刃。
「「佐々木さん?!」」
 懐中電灯の光に浮かんだその人影は、町でも有名な刀鍛冶。少し気難しいけれども良い腕をもった――けれど目の前の彼の目はぎらぎらと不気味な光を宿し、普段の彼とはまるで人が違っているような……。
「とまれ、銃刀法違反、殺人の……」
 威嚇のつもりで銃を構えたその腕が、一瞬で空を飛ぶ。続いて上がる血飛沫と絶叫に、片割れの警察官は戦慄を覚えた。
「無駄な抵抗は……」
 言いかけた警察官の鼻先にすらりと当たる切っ先。
「無駄とはまさにそちのこと……泉下でゆるりと悔ゆるがよい」
 銀線一閃――2人目の警察官が崩れ込む。
「……鬼」
 腕を失った警察官の呪詛を佐々木は片頬だけで笑んで見下ろした。そしてその喉元めがけて刀を構え――。警察官はもう叫び声すらあげられない。

「ようこそ、お集まりくださいました。皆さん」
 能力者達を出迎えるのは、ふつふつと湧く怒りを抑えているかのような表情の今岡・治子(運命予報士・bn0054)。教壇の上にはお馴染みの青いファイルが広げられており、黒板には中国地方の地図が1枚はってある。
「行っていただくのはこの辺り……」
 治子が指したのは広島県の東部。能力者の方も『ああ、あそこか』といった風情で互いを見やった。
「すでにお聞きおよびですね……そう、ダブルフェイスの事件です」
 最近広島県辺りに現れている抗体ゴーストがダブルフェイスと言われていることは、能力者達も知っていた。そしてそれが人間の体を持っていることも。
「ようするにゴーストと人間が1つの体を共有しているわけですが……」
 治子はうんざりしたように続ける。人としての意識もそのままにゴーストとの共生といってもいい状態を受け入れてしまえる人間の気持ちなど判りようがない。判るのは刀鍛冶である佐々木が無意味な試し斬りを繰り返していたこと。そしてゴーストのほうが主導権を握る時、悲劇はいっそうの悲劇となること。
「そういう奴でもなければ、ダブルフェイスになんかなれないってことか……」
 能力者の1人が呟くと、治子は大きくため息をついた。
「ダブルフェイスとなった抗体ゴーストはかなり古い残留思念から生まれているようですけれど……」
 判然とはしていない。銀誓館への敵愾心が並々ではないようで、出会えば最後壮絶な戦いになることは間違いがない。とにもかくにも撃破してもらわないことにはどうしようもないのである。

「皆さんにはこの川へ向かっていただきます」
 治子が指差したのは町外れを流れる川。広い河川敷の近くにはマンションが建ち並び、夕暮れ時ともなれば帰宅する人々が群れをなすが如く大橋を渡っていくのだとか。
「けれど、夜中近くにもなれば人通りは途絶えてしまいますからね」
 川辺はかえって犯罪にはお誂え向きの場所となってしまうらしい。
「ダブルフェイスは、自ら研いだ刀を持って犠牲者を探しています」
 その名を佐々木。『非常に熱心な』刀鍛冶で、天下の名刀を打つ為には上等の贄が必要だと思いこんでいるのだとか。彼の狙いは斬りつけられるのであれば男女お構いなしではあるのだけれど、彼の哲学としては美しい刀により相応しい美しいものを――ということのようだ。
「殺人鬼が美しいの哲学だのいうなんてとんでもないことですが……」
 帰宅を急ぐ一般人を巻き込む訳にはいきませんから、皆さん、美しい餌になってやってください――治子は肩をすくめて、そう言った。ひとたび佐々木の注意をひくことができ、銀誓館の者であることが分かれば、ダブルフェイスは執拗に能力者達を狙おうとするだろう。
「得意とするものは無論剣戟ですが……」
 闘いにおいてはゴーストが主導権を握るから、その強さはとんでもないものと言ってよい。加えて自らも他者をも回復する術を持っているからかなり粘り強いのである。加えて彼の周りには宙を漂うように竜とも蛇ともつかない妖獣がいる。
「火を噴くもの、水を操るもの、風を遣うものと3匹3種いるようですね」
 遠近自在の攻撃で体力もそれなりにあるらしく、こちらも相当しぶといと言っていいだろう。元が蛇だけに巻きついて締め上げる力も相当なものだ。だが妖獣達はチームワークに優れているわけでもないから、つけいる隙は必ずある。
「ダブルフェイスとなってしまった彼は助けようがありませんから……」
 元々人としての道を踏み外していた佐々木に明るい未来はない。ダブルフェイスはリビングデッドとも異なるから埋葬してやることも叶わない。彼にしてやれることは能力者の力を以って総てを無に帰すことだけ。

「というわけですから、とっとと倒してきてくださいね」
 ダブルフェイスが姿を見せ始めた理由も、広島地域で多く目撃される理由も今のところは判っていない。今は確認されたダブルフェイス達を片づけていくしかない。
「予報士としては歯がゆい限りですけれど……」
 皆さんにお願いするよりほかないんです――治子は静かにファイルを閉じた。できるならもう少し情報を集めたいところですけれど、と付け足しながら。
「もし闘いの最中にでも何か気がついたことがあれば、ご報告くださいね」
 それではよろしくお願いします、と治子は一礼し、能力者達を送りだした。

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参加者
明鏡・止水(真白燐蟲使い・b06966)
都筑・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・b08282)
乾・玄蕃(魔法使い・b11329)
都築・アキ(ターンコート・b16871)
皐月・美空(絡まる未来色のライン・b27380)
塩谷・誠一郎(ストレートノーチェイサー・b32726)
橘・悠(氷狐の巫女・b45763)
ルアージュ・ルシエール(絶対王者トリオン・b74273)



<リプレイ>

●夏草と血の匂い
 短夜とはいっても真夜中近くなれば、闇は底なしに深くなる。とうとうと流れゆく川のほとりであればその闇は街中の比ではなく。幅の広い川からの水音は聞こえず、大橋の外灯の反射が辛うじて水のありかを教えてくれるのみ。確かにここはダブルフェイスの辻斬りにはうってつけ。折悪しく通りかかるならば、獲物になるもやむなしと言われているようなもの。
「だぶるふぇいす、か。何だそれは……」
 この頃学園でとかく耳にするその名。しかし実態は殆ど判明していないそれ。橘・悠(氷狐の巫女・b45763)がこぼすと、それに応じるように乾・玄蕃(魔法使い・b11329)も言葉を継いだ。
「生きながら外道に堕ちる奴、死してなお外道を歩む奴……」
 彼らが対峙するのは人であり同時に人ならぬ者。表も裏も度し難い奴らだ……吐き捨てるような玄蕃の声に悠も深く頷く。
「ダブルフェイスって何だか霊媒士のゴースト合体みたいだけど……」
 平家の怨霊に取り憑かれているとか……皐月・美空(絡まる未来色のライン・b27380)の口にのぼるのもやはり疑問である。先頃江田島でも平家蟹の獣人とやらが大暴れしたばかり。とんでもない事が進行しつつある事だけはよく判るのだが。
「そろそろ……ですかね」
 都筑・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・b08282)は慎重に周囲を見渡した。今宵彼らが相手取るべきは 刀鍛冶の姿をしたダブルフェイス。人としての名は佐々木。だが今はその身をゴーストに明け渡した男。
「……佐々木を刀鍛冶と認める訳にはいかないね」
 ルアージュ・ルシエール(絶対王者トリオン・b74273)は肩をすくめた。刀鍛冶を生業とする人は尊敬に値する。だが『彼』は絶対にそうではない。
「俺が見てきた者はもっと慎ましく清廉であったよ」
 僅かに遠い目をして塩谷・誠一郎(ストレートノーチェイサー・b32726)が溜息まじりに言えば、騰蛇もそっと同意の溜息をつく。確かに用の美を極めた――斬るという機能を極限まで追究した刃は美しい。だがその刃が無意味に命を散らすとあれば、賛同などでいる筈はない。
「事ここに至れば、最早是非もなし……ただ敵として見えよう」
 誠一郎の宣言は誰もが即座に頷くところ。無論都築・アキ(ターンコート・b16871)も例外ではない。ゴーストは敵――彼にとってはそれがただ1つ、確かな事実。だからもうこれ以上の犠牲者が出る前に……。
「そうそうに退場願いたいところですね」
 明鏡・止水(真白燐蟲使い・b06966)は掌の中に小さな笛を握り込む。川風に微かに血の匂いが混じり始めたのを彼は敏感に感じとる。佐々木の刃が血を吸った場所に近づいているのだろう。

 ――時は静かに、だが圧迫感すらある緊張の中に、満ちようとしていた。

●出でよ、狂気に憑かれたる者
 懐中電灯の小さな明りが大橋に向ってゆっくりと移動していく。スポーツバッグに竹刀袋を持った青年の隣には友人らしき人影が沿い。耳をすませば聞こえてくるのは他愛のないお喋り。2人して大会の選手に選ばれた事や、剣道の技の数々について――やや声が大きいのは誘きだしたい者があればこそ。
「……!!」
 止水の手が騰蛇の袖を引いた。明りに浮びあがった影は壮年の男性、間違いなく佐々木である。橋までの距離はほぼ40〜50メートル、隠れて待機している仲間達とはやや距離ができてしまったが、この際贅沢は言っていられない。
『凛々しき美童……というには薹が立っておるか』
 愉悦に満ちた佐々木の声には止水の白燐光が応じる。どうやら気に入って貰えたらしいと思えば、止水には複雑な思いが生れたが、同時に佐々木も不審を抱いたらしい。見事な拵えの鞘をさらりと払う音がした。
「そのような見せ掛けだけの刀、私が叩き折って差上げます」
 打ち倒す為ではなく、救う為に――だが騰蛇の言葉の後半は佐々木には届かない。ただはね上がった眉だけがその殺意を明確に物語る。敵味方、互いの距離は見る間に詰まり、蛇妖獣の起こす風が激しく2人を巻き込んでいく。騰蛇の日本刀もまた夜より暗い闇を纏い、止水の声なき歌は敵の総てを包み込む。
「我らは東国、鎌倉に陣を敷く銀誓館。さあ参れ」
 その刃、なまくらならば即座に折れるものと心得よ――薙がれる漆黒の剣戟に、受止める佐々木の銀閃。つばぜり合いは瞬きの間、互いに間合いを取り直したのもほんの一瞬。
『なまくら……とな。笑止』
 斜めに走った銀の光、飛び散る騰蛇の紅蓮の血。それをどうこう思うよりも早く襲ってくる風、火焔、水柱――蛇妖獣達の攻撃は2人で受けるには余りにきつい。
「……どうやら同じ気質らしいですね」
 止水が傷を癒しながら囁くと騰蛇もそっと頷き返す。剛の力を宿し、命を吸う剣戟は彼には嫌という程覚えがあった。
「今は夜、しばし微睡んでいて下さい」
 止水の歌には声はない。だがそれは確実に妖獣達の心身にしみ込んでゆき、3体の内2体までをも眠らせる。どうかこの眠りが破られるよりも早く……止水は祈り、騰蛇は刀を大きく旋回させた。ここは何としても持ち堪えなければ……。

 白燐蟲の白い光はスタートダッシュの合図。幾つもの懐中電灯がともされ、草を蹴る音が闇に響く。先頭をゆくのは悠の真ケルベロスオメガ。大地の色のたてがみが風をはらんで駆けていく。
「今の時代に人斬りか……時代錯誤も甚だしい」
 悠の視線の先には仲間に斬りかかる佐々木の姿。その浅ましさは唾棄したくすらあるけれど。今は何よりも駆けつけるのが先。
「頼むよ。僕と一緒に戦おう」
 ルアージュの言葉に名のないモーラットはきゅぴっと鳴いた。2度目のイグニッションがどうか功を奏するように――能力者達の足は韋駄天の如く大地を蹴った。

●我が身には神こそ宿れ
 佐々木の剣戟は鋭く重く、騰蛇の皮膚を裂く。心根は腐敗しきっているとはいえ、剣の腕は瞠目すべきもの。折悪しく眠りから目覚めた蛇の風がうねり、炎が魔炎の爪跡を2人の体に残す。反撃するゆとりもなく、止水が淡い奏甲の光を騰蛇に宿せば、今度は佐々木の切っ先が止水の胴を薙ぎ。
「お前はどこから――」
 海の水柱か龍脈か……止水の問は半ば誘導尋問。だが佐々木はうるさげに眉をはねあげただけ。代りに彼らによこされたのは妖獣の鋭い風と真っ直ぐに渡る炎。立て続けの攻撃は止水の余り豊かとは言えない体力を大きく、大きく削り取る。限界を超えるその瞬間――彼はそれを理屈ではなく本能で知った。
「すぐに行くから!」
 何とか立ち上がった止水に土蜘蛛の祖霊が憑く。美空の力は間一髪で彼を死の淵から救いあげはしたけれど、無論それだけで足りる筈もなく。
『……銀誓館とやらの郎党か。よくも雁首揃えたもの』
 だが今一足遅かったな――囮役達を背後にかばった前衛陣に佐々木はにやりと顔を歪めた。その剣戟の向く先は死の淵から生還したばかりの止水。
「!!!」
 その一撃は今までよりも一層鋭く、鮮やかに。肉の切れる感触は一歩遅れてやってくる。次いで意識下に落ちてくる黒い闇。止水は自分がゆっくりと崩れ落ちて行くのをどこか他人事のように感じとっていた。
(「後を……」)
 頼むという言葉は声にはならない。ただ仲間達の瞳に強い意思の光が宿るのだけが見て取れた――。

 能力者達は貴重な戦力を失った。そこで心を折られてはそれこそ能力者の名折れ。それでもなお勝利する事が倒れた者への礼なのだから。妖獣達の風や炎は前衛陣を完全に包み込み、眠りから解放された水の蛇も反撃に出る。この世の物ではない炎に灼かれながらも、前衛陣はひるむ事なく陣を組み上げた。
「!!!」
 白燐光の消えた闇空に玄蕃の雷撃は風の蛇をめがけて飛んだ。蒼い光の中には大地に打ちつけられる妖獣の姿が浮びあがり……そこへ間髪をいれずルアージュの集めた雑霊達が気弾となって弾ける。
「……妖獣、囓るのは好きじゃないんだけどね」
 あんまり美味しい気がしないんで――ヴァンパイアの性そのままにアキは風を操る妖獣の血肉、生気を己が身に。それには封術という枷がつくけれど、この上なく強い力を妖獣に知らしめる。今はただ1秒でも早くこの蛇達を葬らなければ。ならばと美空は誠一郎の底に眠る力を引き出さんと祖霊達に祈り、
「圧倒させて貰うぞ……!」
 悠も封術を顧みず九つの尾に己が妖力の総てを込める。
『なかなかに、やる……流石はと褒めておこう』
 だが我に宿りたるこの神は――佐々木の笑みにはまだまだ余裕があった。

●ならば神をこそ殺せ
 吹き返す妖獣の風が能力者全員を包み込む。水の勢いは衰えず、闇を焦がす炎が辺り一帯をなめつくす――勝敗の天秤は未だ定まる所を知らず。玄蕃はその瞳に高速プログラムの光を宿した。妖獣の闘志が衰えを知らぬなら、能力者もかくあるべき。玄蕃が極限まで力を高める事でそれを示せば、誠一郎も自らの強い意思を真赤な火焔に変えて挑む事で証明となした。
(「あれは、もうすぐ……」)
 ルアージュは風の蛇の限界を看破した。心なしか呼び集めた雑霊達もピリピリと喜んでいるような……闇を縫う気弾は彗星のような尾を引き、悠の狐の尾がそれを追う。叫ぶ事すらできない蛇は大地に落ちる音のみを残して朽ちていき。
 次なる葬送曲は炎の蛇の為にこそ――山田の火焔が能力者達の視界を真紅に染めた。彼らの勢いは破竹の如く。だが妖獣を押していく一方で、その危機も徐々に形を成しつつあった。
 囮役の頃からその剣戟を受止め続けていた騰蛇の傷は思った以上に深く、美空の回復だけではとても手が足りない。騰蛇自身の回復に加え、アキの情熱のビームまでをも借りうけねばならずにいて。
『……そちの血も贄となれ』
 佐々木の刀が今度はそのアキに向けられた。冴え冴えとした月のような……常に倍する衝撃は彼の体を胸から背へと貫いて。耐えろというにはあまりに深いその一撃。
「今すぐ治すから、もう少しだけ踏ん張って!」
 限界を超えて尚立ちあがるという奇跡を見せた彼に美空の声が飛ぶ。だが無論妖獣達にはそれを忖度する義理はない。紅蓮の炎が能力者全員を包みこんで天を焼き、ルアージュと美空はちりちりと灼かれる痛みに身を捩る。反対側では蛇の水が怒涛のように前衛陣をかけぬけて――。皆は思わず誰とも知れない神に祈った。凌駕したばかりのアキ、回復が及ぶ前に再び力尽る事なきように、と。水煙が消え去ったその時、仲間達の目には辛うじて身を支えているアキの姿。選んでおいたかいがあったよ……アキが指すのは夜の闇にとけこみそうな色合いの防具。顔には弱々しくも笑みがあり。
「行こう、早く!」
 周到な準備が仲間を救った事を見て取るや、誠一郎は自らの愛刀『赤虎』を高く旋回させる。力に力を乗せ、一気に畳みかける為に。炎の蛇を狙うルアージュの気弾に山田の火焔、青い雷が天空を揺るがせたかと思えば、地上では紅蓮の拳が闇を切る。炎の蛇がその流れるような一連の攻撃の果てに力尽きたのはそれから程なくの事。そして水の蛇が同じ運命を辿るのも……。
 ただ1体残された妖獣の上に弾ける攻撃の数々、玄蕃は薙いだ海のような心持ちでそれを見つめた。妖獣への手向けの言葉は一切ない。代わりに空に響くのは電光剣から生まれる雷の轟き。縫いとめられたように動けぬ蛇は誠一郎の格好の的。蒼き雷撃に打たれ、紅き炎に灼かれる。それはまさに天罰と呼ぶにふさわしい幕切れだったかもしれない。

●相貌ふたつ共に死す
「君は刀鍛冶失格だ」
 人を切らないと完成しない刀なんて、それは最早失敗作だ――ルアージュの言葉に佐々木はただ刀を見せつける。まるで美しかろうと誇示するように。
「大勢で個を囲むのは卑怯かもしれないけども……」
 平安生まれと思しきゴーストに武士道を守ってやる義理はない。ヴァンパイアの黒い疾風がアキの意思のままに佐々木の生気を吸いあげると、美空もこの日初めて攻撃に転じた。
「もうこれ以上、勝手させないんだから!」
 放たれるのは魔を破る矢。狙い違わず飛ぶそれに悠も自らの射線を重ね、更には山田の火焔と剣戟の闇がそれに続き。
『……おのれ、恨み重なる――』
 ぎりぎりと響く歯ぎしりの音に、血脂をふき取った懐紙がはらはらと舞った。回復――追い詰めた……それを見て取った喜びに能力者の心は躍る。
「お前の様な古ぼけた手合いに恨みを買った覚えはないがね」
 何の恨みだ……玄蕃の問は青い雷撃が運び、
「銀誓館が嫌いなの?」
 美空と問は矢と共に。
『……鎌倉者がよう言うた』
 佐々木の声がこれまでになく低くなった。誠一郎もここぞとばかりに畳みかける。
「我ら鎌倉にあれど源氏ではないぞ。平家落人」
『我を落人と呼ぶか。よう囀る者どもよ』
 空をゆく鳥ならばまだ可愛げがあるものを……佐々木の刀が八つ当たりのように騰蛇をかすめた。力はまだ衰えていないが、この多勢に無勢の状態であればそれも長くは続くまい。
「お前達は――誰、いや何だよ」
 アキは佐々木の利き腕を引裂いた。溢れだす血はヴァンパイアの糧となり、獲物に死を引き寄せる。答える気配のない佐々木から彼は半歩身を引くと、それは悠の格好の的となる。彼女の射線がその肩を貫き、紅蓮の炎が彼を生きた火柱に変えた。
「どうしてダブルフェイスになんか、なったの?」
 美空のそれはもはや問とも憐れみともつかぬもの。ただ掌に生み出した1本の矢に邪なる物を祓う力を込めて。風と化す矢の勢いにマントの裾がはらりと揺れた。それはさながら彼岸へゆく者へ振る別れの掌のように。
(「……とっておきをくれてやろう」)
 破魔の矢が白い光となるならば、玄蕃の魔弾は雷神の怒り。佐々木の最後の反撃を打ち砕かんばかりの雷鳴はその脳天から大地へ抜けた。その刹那、誠一郎の日本刀が横一文字に走った。刃と刃のぶつかる鈍い音、骨を断つ音、そして草の大地に倒れ伏す音――それが佐々木の末期だった。

「これは……」
 静けさを取り戻した河川敷でアキが拾いあげたのは一振りの刀。木の鞘が夜目にも白い。
「佐々木の刀?」
 悠の疑問にルアージュは首を横に振った。『彼』の持っていた刀とは明らかに違うし、あれは一緒に消えた、と。
「血脂に犬の毛……人だった時の佐々木が打ったものじゃないか」
 誠一郎が検分する。ならばこれはただの人殺しの凶器にすぎない、と。玄蕃がそれを放り出した。
「辻斬りを気取ったならば、弔われぬ末路も甘んじて受けろ」
 いずれ足がつき、刀鍛冶佐々木の名は地に落ちる。せめてそれ位なければ被害者達は浮かばれまい。
「難しい話は分からん、がどうにもいやな予感しかせん。杞憂であればいいが……」
 悠の言葉にルアージュはそっと目を伏せた。佐々木からは確たる事は聞き出せず、彼の観察していた限りでも目立った特徴はなかった。事件は彼らの心に深い澱を残して幕を閉じる。何もかもが始まりに過ぎない事を感じながら、能力者達は無言で帰途につく。


マスター:矢野梓 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/06/23
得票数:楽しい1  カッコいい11  せつない8  えっち1 
冒険結果:成功!
重傷者:明鏡・止水(真白燐蟲使い・b06966) 
死亡者:なし
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