愛の在り処


<オープニング>


 不意の病に倒れた女性、天枷水琴。夏風はとても厄介だと聞いているから、もうすぐ伴侶となる小泉一真は溜まっていた有給を申請した。
 事情を知っているからか、上司は特に何も言わずに許可を出してくれていた。後顧の憂いが消えたから、一真は心行くまで水琴の看病を続けている。
 けれど、どうして水琴は血を欲しがるのだろう? 一真の血を飲みたがるのだろうか?
 一真は疑問も抱かず与えているけれど、心の片隅に芽生えた微かな感覚が手を止めさせる。
 ――目の前に居る女性は、果たして愛する水琴なのだろうか?
「……? どうしたの?」
「あ、いや、何でもない。それより、体は……」
 愛を注ぐべきは、愛を伝えるべきは誰なのか。一真は盲目的に、半ば献身的に与えていく。
 たとえ、誓った愛が在るべき処を既に亡くしているかもしれなかったとしても……。

「一掴みの覚悟を。そして、想いを頼む」
 皆を学食に出迎えるなり、秋月・善治(運命予報士・bn0042)は頭を下げた。
 此度の事件は、愛していた者に養われているリビングデッドに関するものだから。
「事件現場はとある閑静な住宅街の一軒家。小泉の姓をいただくその家には結婚間近のカップルが住んでいた。だが……」
 妻となる女性、天枷水琴が階段から足を滑らせて命を落としてしまう。それだけならば悲劇の二字で済んだのだが、リビングデッドとして目覚めてしまった。
 今は夫となるはずだった男性、小泉一真に血を与えられ養われている。しかし、その関係がいつ破綻するかはわからない。もし破綻してしまえば、後に生まれるのは最悪だ。
「故に、赴いて退治してきて欲しい。未来のためにも」
 現場までの地図を渡し、善治は先を続けていく。
 赴く当日、一真は家にいると。
 病に伏せっていると見せかけている水琴の世話をしていると。
「元々世話焼きな性分だったのだろう。結婚を控えていることもありかなり献身的に尽くしているらしい。買い物も通信販売などを活用しているため、外へ出る機会などそうそうない。しかし、戦いに巻き込むわけにもいかない。何らかの方法を用いて引き離す必要があるだろう」
 そうして引き離したならばリビングデッドと化した水琴と対面することとなる。
 生前は勝気で、大人しい一真をぐんぐん引っ張っていく女性だった水琴。気性だけはリビングデッドと化した今も失っていないのか、その一面を垣間見る事ができるだろうか。
「もっとも、リビングデッドと化してしまった以上倒さなければならないことに変わりはない。特殊な力は何もなく、代わりに多大な破壊力を秘めている……という相手だが、重々覚悟して戦いに挑んでくれ。情報は以上だ」
 全てを伝え、善治は静かな息を吐く。
 様々な反応を見せる皆に対し、締めくくりの言葉を紡いでいく。
「様々な想いはあると思う。だが、時が立った後に待っているのは最悪だけだ。どうか、せめて悲劇で終わらせられるよう……油断せず、打ち倒してきてくれ」

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参加者
相澤・悟(生涯一ゾンビハンター・b03663)
琴月・ほのり(鳳翼の詠媛・b12735)
青神・祈赤(凶剣・b15162)
伊藤・洋角(百貨全用・b31191)
矢代・真魅(破戒の微笑・b35454)
大地・アスカ(月と相反する者・b47161)
志水・みゆ(偽りを歌う光・b53832)
烏頭森・万葉(億千万の棘茨荊・b60331)
草薙・龍也(最強の弟子・b80761)
斉藤・縁(多分浪花の風水少女・b81259)



<リプレイ>

●悲劇と死の狭間なら
 国道から枝分かれした道を二つほど越えた先にある、灰色の建物が林立する住宅街。曇り空が広がっているとはいえまだまだ明るい昼の時分なのだけれども、何故だか暗い静寂に満ちていた。
 音といえば遠くを走る車が奏でるエンジン音、塀と塀の隙間を吹き抜ける風ばかり。否応なく足音を響かせ進んでいけば、小泉の表札をいただく一軒家へと到着する。
 窓からこぼれる僅かな灯りが中に人がいることを教えてくれた。植木が醸しだす草の匂いが正常な日々を送る人も住んでいるのだと知らせてくれる。
 だから宅配業者が用いているようなツナギを着込んだ志水・みゆ(偽りを歌う光・b53832)と相澤・悟(生涯一ゾンビハンター・b03663)が、大地・アスカ(月と相反する者・b47161)らに見守られながらインターフォンを押していく。内線へと繋がる場所には宅配便を届けに来たと嘘をつき、待ってて下さいとの答を得た。
 仄かに響く息の音は、物陰に隠れる青神・祈赤(凶剣・b15162)のもの。
 あるいは、扉を見つめる悟のもの。
 他に何かを語る者などいないまましばしの時が過ぎ行けば、門の向こう側にて家への侵入を防いでいる扉が押し開かれる。
「すみません、はんこ探すのに手間取っちゃって」
「あ、いいえ。こちらこそ、お手間をとらせてすみません」
 用意してきた言霊を並べ立て、悟は家の主小泉一真を門の側へと引き寄せる。
 対応を任せることにしていたみゆは瞳を細め、時が来るまでの短き間を一真の観察に費やすことにした。
 容姿については意見が分かれると思われるが、少なくとも嫌うものは少ないであろう柔らかな笑顔が浮かべられている。足取りも軽く特に姿勢が悪いという事もなく、大概の人に好印象を与える青年、といった趣だろうか。
 もっとも、息が乱れていたり目の下にくまがなければ、の話である。……あるいはそう、看病疲れがなければ……。
「……もう、終りにしましょう」
 ……一真が門の鍵を開いた段階で、みゆは安らぎへと導く言葉を捧げた。すると、彼は瞬く間に力を失い静かな寝息を立て始める。
「第一段階終了、やな」
「少し外周を見てきて、大体の間取りはわかりましたぁ。水琴さんが気づく前に……急ぎましょうー」
 悟が一真を物陰へと寝かしていくさなか、琴月・ほのり(鳳翼の詠媛・b12735)が率先して扉の前へと歩み出る。
 彼女に導かれるままに、彼らは小泉家への侵入を達成する。
 道中に紡がれた言葉は二つ。無駄になってしまいました……と、符を握りつぶした伊藤・洋角(百貨全用・b31191)の紡ぐ良かったとも悪かったとも取れる曖昧な言葉。
 虚構の現実を終わらせましょう……と、烏頭森・万葉(億千万の棘茨荊・b60331)の紡いだ決意だけ。
 後は何も語らずに、姿を現さない天枷水琴が眠っているであろう寝室を目指し歩いて行く。
 観光地の土産物。甘い匂いの漂う台所。ふたり分のコップが置かれているリビングが見える廊下を歩いて……。
「……気づいてるんか、気づいてないんか……ま、油断はできへんな」
 寝室の前へとたどり着き、悟は一度立ち止まる。傍らを、後ろを歩く仲間の戦闘準備が完了していることを確認する。
 一真さん、最後まで眠っていてくれればええのやけど……そう、斉藤・縁(多分浪花の風水少女・b81259)が呟いた言葉は、概ね彼らに共通していた想いだろうか?
 答えを返す者もいないまま、扉を勢い良く押し開ける
 二人が悠々と眠れる広い寝室で、水琴が布団から身を起こしていた。

●死した者には安らかなる永眠を
 ――誰?
 沈黙を嫌うかのように水琴が発した、ただ二文字だけの短い問い。矢代・真魅(破戒の微笑・b35454)は自分の名前のみを告げ、反論する暇も与えずに続けていく。
「あなた、一真さんのことどうするつもり?」
 死んでいることにも気づかず、献身的に看護してくれた素敵な彼氏。やつれていた様子を考慮にいれれば、事実を知ったなら自分の命さえも差し出してしまうほどの愛を持っていると導き出せる、そんな人。
「そんな彼をあなたは道連れにするの?」
 たとえ今、その意志が無かったとしても、未来がどうなるかはわからない。
 否。彼女は知っている。未来が最悪であることを。
 たとえ、自分の事より愛する人のことを考える人だったとしても……。
「愛する人の命をあなたは奪ってしまう。今は耐えられていても、日に日に血を吸いたいという欲望が強くなっていることを、あなたが一番知っているハズでしょう?」
 言葉を繋ぐ草薙・龍也(最強の弟子・b80761)の瞳に映るのは、虚ろに宙を見つめる水琴だけ。
 迷っているとも、悩んでいるとも、何も考えていないともとれる水琴だけ。
「すぐに彼を襲わなかったのは、彼を愛しているからこそ命を奪いたく無かったからのハズです。だからこそ、あなたの中に彼を愛する想いが残っているうちに、あなたは彼に未来を作ってあげるべきじゃないですか?」
「……もう……やめにせえへん? 幸せになれへんの、わかっとるやろ?」
 縁が問いを重ねても、青ざめた唇から言葉が溢れることはない。ただ、壊れた人形に語りかけているかのような静寂が寝室を満たし始めていく。
「……それとも、彼の愛を利用して、自分が生きる糧にするの? 違うと言うのなら彼の為に、あなたができることがあるんじゃなくて?」
 それでも重ねられた真魅の言葉を受けて、水琴はゆっくりと立ち上がる。唇から、吐息と言葉を紡いでいく。
 ――愛って、何?
 望んだ答えではないけれど。
 最初からわかっていたけれど。
 ――愛という感情は知ってるけど、どんなものなのかわからない。忘れてしまった? 覚えていないだけ? ねえ、愛って何? 愛って……。
 とうの昔に失われてしまったか、はたまた死した瞬間に無くしたか。もはや説得は無意味と判断し、彼らは寝室から退いていく。しかし、水琴が出てくる気配はなく、引き寄せるための技も弾かれてしまったから、改めて寝室内部へと突入した。
 空気の変化を感じ取ったのだろう。龍也がナイフを構えていくのに合わせ、水琴も拳を握りしめる。縁も唇を強くかみしめつつ、水琴を得物で指し示す。
 植物が生じていく戦場を、祈赤は戦いの意識を高めながら駆け抜けた。
「さぁ、戦闘開始! 我がアインヘリアル達よ、その力を貸し与えよ!」
 さなかには万葉操る幻影が彼らに宿り、遠くから攻撃する術を与えていく。
 迎え撃つ形となった水琴は腰を落とし、祈赤目がけて拳を突き出した。
「っ!」
 拳は勢いも重なり存外に重く、受け止めた剣が僅かに押し戻されてしまう。ならばと凍てつかせた拳で殴り返し、体そのものを退かせる。
 着地に合わせ、悟の姿をした幻影が片口のロングスパナを思いっきり叩き込んだ。
 まともにダメージを与えたはずなのに、動きがよどむ様子はかけらもない。
「……想いが強いのでしょうかぁ、それともぉ……」
 ほのりが蒼き雷を浴びせたけど、やはり瞳に宿る濁った瞳は弱まらない。真モーラットヒーローのぱおにーが火花を重ねたなら、抗い前に出る気力すら見せている。
 迎え撃つと、戦いが始まった時から決めていた。
 清められた銭を纏わせし定規を振るい、縁は幻影を差し向ける。
 一瞬でも、水琴の足を止めさせる。
「貴方はもう、彼女ではない。これ以上彼女の姿を、記憶を、愛を利用するのは、許さない」
 動く様子を見せたなら、みゆが光をかすめさせる。洋角の放った符も張り付いて、呪詛による衝撃を与えていく。
 ――ねえ、教えて。愛って何? 私、愛してたの?
 けれど水琴は動きだす。
 拳を固く握り締め、瞳に祈赤だけを映していく。
 再び、祈赤は剣を横に構え直す。
 受け流し、拳を打ち込む用意を整える。
「っ!」
 が、放たれるは鋭き蹴り。僅かに隙間のできていた腹を狙った。
 空気の塊が吐き出され、表情の伺えなかった顔が若干ゆがむ。けれど、どちらにせよ体が冷え切ってしまっているから再び拳を叩き込む。
 先と同様、震える水琴。瞳に宿る光を消すことなく、一歩だけ後ろに退いていく。
 アスカが追いかけた。
 額が触れ合うほどに近づいて問いかけた。
「今の君に尋ねても無駄かもしれないけど……お前はまだ、一真を愛しているのか? 愛した者を利用して生きていることをどう思っているんだ?」
 ――……わからない。
「……そうか」
 見た目にはわからずとも、ダメージは確実に積み重なっているのだろう。震えた声音に答えるため、アスカは指先にて冷たき力を送り込む。
 仕方ないとつぶやく真魅も、同様にさよならの言葉を込めた指先を。
 再び動きを止めたと見て、龍也が声を張り上げる。
「アスカさん、同時に仕掛けましょう。師匠直伝……打ち抜け、ドラゴンテール!」
「……ああ」
 光がかすめ、剣が削る。怯んだ隙に龍也のつま先が突き刺さる。
 再び動きが止まったならば、アスカの指先も頬へと触れる。
「さようなら、熱をなくしたあなた。あるべき姿に戻るんだね」
 ――……。
 今一度距離を取る頃にはもう、愛していた者を殺していたかもしれない存在は消え失せた。
 ただの骸として布団の上に残された。
 ……止まっている暇はない。命を捧げていたかもしれない悲劇の主が目覚める前に、全てを終わらせてしまおうか。

●報われない思いも塗り潰されて
 皆が気を付けていたからか、手早く済ませることができたからか、寝室への被害は若干程度に収まっていた。気づいたら居なくなっていた祈赤を除く面々は概ね口をつぐんだまま、帰るための作業を始めて行く。
 まずは、水琴を寝かしつけた。
 次は周囲を片付けた。
 否応にも動きが遅くなってしまうのは、あまり気持ちの良い作業ではないからだろうか……?
「……」
 倒れていた写真を直し、本棚の本も整えて……ほのりは一つ一つの作業を丁寧に、憂いを帯びた瞳のまま行っていく。
 時折水琴の寝顔を眺めるのは、静かな祈りを捧げるため。
 ちゃんと見守ってあげてくださいと、心なかで託すため。
 水琴にしかできないこと。それを明確に伝える術とはならないけれど……それでも……。
「一真さんも運び入れ終わりました。自分らもそろそろ退散しましょう」
 リビングに寝かせてあると続けつつ、洋角が帰還を促した。ちょうど区切りの良いタイミングだったから、一人、また一人と重い腰を上げていく。掃除をしていたアスカも、無言で作業していた悟も道具を片付け歩き出した。
 みゆなどはせめてもの慰めにと、顔の汚れを拭きに向かう。見守る龍也は静かな息を吐き出しつつ、いち早く玄関へと足を向けていた。
 万葉は枯れの後を追い、リビングの前で立ち止まる。眠りこける一真の姿を前に、今一度瞳を閉ざしていく。
 目覚めた彼には枯れた日常が突きつけられる。救える存在は既に亡く、ただ命だけ残された存在となるのだろうか。
 辛いですね、とは洋角が呟いた言葉。小さく頷き返しても、でも、の言葉は紡がれない。
 けれど、だからこそ帰らなければならない。彼らは玄関を脱出し、雨が降り始めた街を歩き出す。
「……」
 相変わらず言葉はなく、傘を差そうとする者もいない。アスカが一度、何かを紡いでいてれど、けたたましいエンジン音に消された。
 雨脚はどんどん強くなる。やがて、彼らから静寂すらも奪っていく。
 きっと悲しみも覆い尽くしてしまうのだろう。いつか、雲をはねのけて、陽射し指す場所へと育てるために。
 ……もしかしたら、はねのける前に潰れてしまうのかもしれないけれど……。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2011/07/13
得票数:カッコいい1  せつない13 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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