<リプレイ>
●夜ノ共鳴 常ならばすでに人影の無いはずの夜の学校に、今はいくつもの靴音が響いていた。 見回りなどは無いと聞いていたが、他人に見つかっては厄介と、夜の侵入者達――銀誓館学園の能力者達は、周囲を警戒しながらゴーストの待つ屋内プールへと向かう。 「夜のプール……何か怖いイメージがありますね……」 気をつけていかないと、と相上・早矢(清流射手・b08189)は暗闇の中の水面を思い浮かべ、表情を引き締める。 「……たまに居るんですよね、思い込みから危険に盲目な人……」 廊下を進みながら、風花・イル(蒼猫・b05622)が抑揚の無い声音でどこか他人事のような呟きを漏らす。 「思い込みも構わないが、なんで地縛霊の出るところになんか来るのやら……」 窓から射す月明かりに銀髪を揺らしながら、白鐘・翼(闇に響く白翼の鐘・b01834)が溜め息を吐く。 「信じられてる方も、これじゃあはた迷惑な話だよな」 大切な人のことを信じたいという気持ちはわからなくもない。だが、流石に今回のようなパターンは行き過ぎだろうと、紫倉・鴇人(片翼の守護者・b02688)も呆れたような表情を浮かべる。 「……人魚を信じる信じないは、その人の自由だと思う。俺達にできることは、今確実に小夏を助けること。ただそれだけだ」 高藤・一加(高校生水練忍者・b01207)が表情を変えずに静かに呟きに、咲川・静魚(高校生水練忍者・b08394)は小さく頷き 「ええ。私達はゴーストと戦える能力者であって、それを除けばただの子供に過ぎません。ゴーストの脅威から救う以外に特別手を差し伸べたりするのは、私達の役目ではないのでしょう」 揺るぎない己が信念を映し出しているかの如き瞳で、真っ直ぐに前を見つめる。 (「でも……」) そんな中、星宮・雪羽(淡香色の人形師・b04516)は仲間達の背を追いながら、かすかに表情を曇らせる。 (「小夏さんの、小さなファンタジーを壊したくないと思ってしまうのは……私自身が弱いからなのでしょうか……」) 気持ちを声にすることはしなかったが、救うべき少女の気持ちや雪羽自身の過去の記憶を思い、胸を痛める。 心優しい少女は視線を足下に傾け、長い睫毛に縁取られた淡い青色の瞳を、僅かに伏せた。 「この先みたいだな」 鴇人の視線の先、廊下の壁に吊るされた案内板には、屋内プールの所在を指す矢印。 「さぁ、急ぐわよ」 先程までのおっとりした口調は何処へやら。起動してすっかり雰囲気の変わった根子・美魅(黒猫の巫女・b02648)のクールな眼差しに促され、能力者達は先を急ぐ。 そして、体育館脇の渡り廊下の先、比較的新しい『屋内プール』のプレートを掲げた扉が目に飛び込んだ。 引き戸の扉はわずかに開いている。恐らく、少女はもうこの中に居るのだろう。 能力者達が扉をくぐろうとしたその時。絹裂くような悲鳴が、夜の静寂を切り裂いた。
●水ノ飛沫 「あの声は……」 芦屋・紡実(歪みの国のアリス・b20195)が目を見開き、仲間達を振り返る。 「……小夏か!?」 「本当にギリギリでしたね……っ」 鴇人と卯月・藍(高校生土蜘蛛の巫女・b23460)がドアを乱暴に開き、能力者達はその内部へと侵入する。 能力者達の持つ照明と高窓から差す月光だけが照らす薄暗闇の中に、独特の塩素臭が漂う。 プールのさざめく水面から顔を覗かせるもの。それは、生きた人間でも儚き人魚姫などでもなかった。プールの底から伸びた鎖に繋がれ、うねる水流を身に纏い、禍々しいまでの笑みを頬に湛える、地縛霊だった。 加えてプールサイドにそぐわぬ学生服姿の三体の地縛霊、そして――入口のドアのすぐ傍で尻餅をつき、小刻みに震えている少女の姿を認めた。 「鴇人さん、雪羽さん! 小夏さんを安全なところへ」 美魅の言葉に頷き鴇人が小夏の肩を叩くと、少女――小夏はビクリと肩を跳ねさせ、怯えた表情で振り向いた。 「あ、あなた達……だ……れ…………」 震えた問い掛けは雪羽の眠りを誘う歌に遮られ、やがて瞼も閉ざされる。 「悪いな。君に怪我させるわけにいかないんでな」 小夏を抱きかかえた鴇人は雪羽と共にプールの端まで走る。護衛の任を負った二人のアイコンタクトに頷き、能力者達は戦線に飛び出す。 「せめて……眠りの中では優しい夢を……」 壁に寄りかかって眠る小夏を見つめ、雪羽がそっと呟いた。
武器を携えた能力者達を敵と認識した地縛霊が、音も無く水面に浮上する。 前線に配置した一加は、アビリティの霧に姿を二重に映し出し防御の体制を整えた。 「私達の仕事は、ここで敵を食い止め皆を守ること……」 虚空に描き出された魔法陣越しに学生服姿の霊を見つめるイルの体内に魔弾の力が逆流し、魔法の力が高められる。 「水には水……って、効いてるよな?」 水刃手裏剣を放った翼が、その刃の行く先を睨んで呟く。手裏剣は地縛霊の胸に突き立てられ、霊も衝撃に体勢を崩す。効いているようだ。 早矢が魔弾の射手を発動させる。静かに前を見据える青い瞳が、浮かび上がった魔法陣を映し出す。美魅も魔弾のエネルギーをその身に移し、詠唱兵器を構える。 (「あーあ、こんなの見ると夏にプールとか海とか行くの、億劫になっちゃいそう……」) 地縛霊達の姿を眺めて溜め息を吐きつつ、紡実は術式の力を上昇させた。 確実に当ててみせると眼光鋭く放った静魚の水刃手裏剣が、水流を切り裂き地縛霊の体を襲う。 「小夏さんにそこまでの妄執を抱かせるほどの作品、なんだか拝読してみたい気もいたしますね」 眠りの中の少女に視線を遣り、興味深げに呟く藍。しかし、そこへ地縛霊が絡むとなれば話は別と、真剣な面差しで目線を目の前の敵に戻す。 「『……古き御霊、我らが祖よ、かの矛へ宿り給う』」 藍に呼び起こされた古の土蜘蛛の魂が、翼の詠唱兵器に宿り、気魄の力を向上させる。 その時、三体の地縛霊が能力者達に歩み寄るのを尻目に伸ばされた水の触手が静魚を捉えた。水流の蔦に捕らえられ、身動きの取れない静魚はそのまま水中に引きずり込まれた。 水中でも息が途切れないとはいえ、このままでは攻撃することも難い。 「咲川さんに『赦しの舞』を!」 一加が水中の地縛霊をねめつけながら、背を預けた仲間達に叫ぶ。鋭い動きで投げられた水の刃が地縛霊に苦痛の声を上げさせる。 「絶対に守る……。だから……全て倒します……!」 イルの高速のステップが地縛霊を翻弄する。エアシューズの底面が白い三日月の軌跡を描き、強烈な一薙ぎは地縛霊を両断し霧散させる。すでに失せた敵には目もくれず、イルは次の相手を求めて視線を動かした。 「早矢……頼む!」 水の触手に縛られたままの静魚は、その縛りを解除してからでなければ引き上げることは困難と推し量り、翼は早矢に目配せし水刃手裏剣で敵を落とすことを先決とした。視線で頷いた早矢は祈りを込めて赦しの舞を踊る。静魚を捕らえていた水の蔦が解かれ、静魚は即座に水中を逃がれ、早矢に礼を告げた。 美魅のマジカルロッドから、炎の術式を編み込んだ魔弾が放たれる。 「あなた達に用はないの、おとなしく消えてくれる?」 慈悲無き宣告と共に、地縛霊の学生服が燃え上がった。霊の体を焼く炎が、水面に赤く揺らめく。 「きっと小夏さんは先輩がすごく好きで、それがこういう行動に繋がっちゃったんだと思うんだけど……」 彼女の憧れた先輩は、それで喜ぶだろうか? 胸中で反語的に呟き、紡実は詠唱兵器を構える。魔炎に包まれた霊を更に炎の魔弾が襲い、灰すら残さずに地縛霊は消滅した。これで、プールサイドの地縛霊はあと一体。 水滴の滴る指先に、透き通った手裏剣が出現する。 「お返しです」 呟くと、静魚は水纏う地縛霊へと刃を投げ付けた。 「お逝きなさい、すべての命が帰る場所へ」 藍がプールサイドに独り残った地縛霊に矢を射る。右胸を射抜かれた霊は虚ろな瞳で藍に走り寄り、恨みがましい声を上げ衝撃波をぶつけた。 「……っ、くそっ」 水中の地縛霊が狂気的な笑みを深めた途端、鞭のようにしなる水流が突如として槍の如く尖り、一加の脇腹を抉る。詠唱防具の加護により深手は負わなかったものの、一加は血のにじむ箇所をおさえ、眉をひそめながら手裏剣を撃ち出す。直撃を受け、ぐらりと地縛霊の身体が傾いだ。敵も、確実にダメージを負っている。 「……術式展開……目標補足……」 「……これでおしまいです」 早矢とイルの連携攻撃が、学生服姿の霊を捉える。放たれた雷の魔弾とクレセントファングにより、水際の援護ゴースト共の存在は全て打ち払われた。同時に翼と紡実の投げた治癒符で、一加の傷も回復する。 「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか」 美魅の放った炎の魔弾が地縛霊の体正面で弾け、水面に赤い光を散らした。炎に飲まれた水中の地縛霊は天に手を伸ばし、救いを求めるように喘ぎながら燃えつき――水に大きな波紋を残して、消滅した。
●夢ノ幕引 地縛霊の脅威も去り、夜の屋内プールは静寂を取り戻していた。 (「騒がしくしてごめんなさい……」) 地縛霊は、もしかしたら悲しい事故によりこのプールで命を落とした者だったのかもしれない。紡実はそっと手を合わせ、霊の冥福を祈る。 「小夏さんの先輩への気持ちはわかるですぅ。でもぉ、先輩のことを考えるならぁ、小説は小説としてぇ理解してあげるべきですよぉ。ねぇ」 イグニッションを解きいつもの調子に戻った美魅は、穏やかな寝息を立てる小夏の顔を覗き込みながら言う。 「私はやっぱり、世界結界の中にあっても、大切な夢は壊したくないです……」 眠る彼女を起こしてまで心のケアのための演技を行うことは無いだろうと、雪羽が持参した人魚風の付けしっぽを寂しそうにしまう横で、鴇人は苦笑しながら小夏を見下ろす。 「人魚姫を信じ続けるかは自由だけど……もうこんな騒ぎ、起こしてくれるなよ」 彼女の信じた人魚姫は心に残ったとしても、世界結界の効果で彼女が今夜見たことは夢として失われ、もうこんな行動を起こす心配はないはず。 「アビリティによる眠りですから、朝まで覚めないということはないでしょうが……一応、外の木の下にでも運んでおきましょうか」 仲間達に手を借り、藍は小夏の体を抱き上げ、プールの外へと運び出した。
全員が外に出ると、翼は小夏がポケットに忍ばせていた鍵で扉に錠をかける。 「次プールに来るなら、事件抜きで遊びに行きたいな? ……あ、海って言うのもありか……」 翼からのデートの誘いに、早矢は頬を染めながらも嬉しそうに頷き、翼の瞳を見下ろす。 「えと……そうですね……。もうすぐ夏ですし、時間が取れたら行きたいですね……」 月明かりの廊下に、二人の笑顔が、零れた。
「どうか今はあたたかい場所へ……」 死者への餞にと、持参した花束をプールの外壁に手向け、鎮魂の祈りを込めて呟く静魚。少しずつ夏へと向かう空気を感じながら、静魚は静かにその場を後にする。 (「……真実は判らない方が、楽しいこともあります……」) 小夏が目を覚ましたら送っていこう。青黒い毛並みの猫に変身したイルが彼女の傍らに寝そべる。 彼女もじきに目覚め、そしてやがては別のことにも目を覚ますだろう。自分が信じたかったのは人魚姫の存在そのものではなく、尊敬し憧れた人のことだと。 いがんだ思い込みと御伽話を忘れ、少女はいずれ大人になる。 そして、人魚の物語は海中に沈むように、彼女の胸に仕舞われるはず――。
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参加者:10人
作成日:2007/05/29
得票数:笑える1
ハートフル4
せつない10
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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