臨海学校2011:東城・一郎〜道を外れ、我を失い、人修羅はなお抗い続け……


<オープニング>


●沖縄ヤクザ大戦
「集まったようだな。では、今年の臨海学校について説明を始めようか」
 夏休みの教室に集まった能力者達を前に、運命予報士王子・団十郎は、『臨海学校のしおり』を手にして説明を始めた。
 今年の臨海学校は2泊3日の日程で沖縄で行われる。
 例年に比べてもかなり豪華な臨海学校であるが、勿論、それには理由があった。

「実は、源平合戦の戦いで討ち漏らした抗体ゴースト、ダブルフェイスの集団が沖縄に集結している事が判明したんだ」
 団十郎はそう言うと、事件のあらましを集まった能力者達に話して聞かせた。
「沖縄に集結しているダブルフェイスは200名以上。それが7人の凶悪なリーダーによって率いられて沖縄県内に割拠している」
 7人のリーダーは、凶悪な悪のカリスマを持った極道……ヤクザであり、その力で生き残ったダブルフェイス達をまとめて組織化してしまったのだそうだ。
「このダブルフェイス討伐には、大陸妖狐の能力者達も協力してくれる予定だ。初の共同作戦となるが、皆の活躍を期待する」
 そう言うと、団十郎は、7人のリーダーに関する詳細な説明を始めた。

●東城・一郎(とうじょういちろう)
 画面に映し出されるのは、精悍な容貌とたくましい体つきをスーツに包んだ、30代の男だ。
 長ドスを手にした男を示し、団十郎は説明する。

「東城・一郎。日本の裏社会にその名を轟かせた伝説の極道、『人修羅』の異名を持つ男だ」
 彼は妻が売春組織に攫われ遂には殺された事をきっかけに、島袋・浩二の「島袋組」にたった一人で復讐戦を行い、島袋組を壊滅に追い込んだという。
「だが、神戸に逃げた島袋を追い詰めた時に島袋がダブルフェイスとなったせいで、復讐を妨害されてしまったようだな」
 東城は島袋を追う様にダブルフェイスとなったが、その時には完全に機を逸し、島袋を取り逃がしてしまったのだという。

「他の七大ヤクザは、自分の意志で組織を作っているんだが、東城だけは、完全には自分の意志を取り戻す事ができずに苦悩しているようだな」
 だが、東城が自分の意志を取り戻し、抗体ゴーストの力を悪用した時の危険度は、おそらく、他のヤクザ達を遙かに凌ぐ。
 東城が本来の力を取り戻していれば、ダブルフェイスは七大ヤクザに分裂する事無く、島袋を殺した東城によって統一されていた事だろう。
 他の七大ヤクザを取り逃がしたとしても、東城だけは必ず倒さねばならない。
 彼のカリスマ性は、それだけ危険なものなのだ。
 事実、彼の率いるダブルフェイス達も彼の勇名に惹かれた武闘派の極道が主体で、士気は高いものとなっている。

「東城一郎がいるのは、五重塔のような建物の最上階だ」
 塔の各階は20名程が戦えるフロアになっている。また、塔の中には、東城以外に合計30人のダブルフェイスがいるらしい。
 これに挑むのは能力者の4チーム。銀誓館学園の3チームと、妖狐の1チームだ。
「各階ごとに、ダブルフェイスが待ち受けている。詳しい数までは分からないが、五重塔の上層になるほど敵が強くなるようだ。戦闘するチーム以外は、戦いを避けて次の階に上っていくようにするべきだろう。いわゆる『ここは俺に任せて先に行け!』だな」
 団十郎は大真面目に言った。
 東城を逃がさないためにも、時間をかけるわけにはいかない。
 フロアの敵を倒した後は、上に登る事になる。
 五重塔は、上層になるほど敵が強くなっているので、苦戦しているようなら救援に入っても良いが、入らずにそのまま上にいっても良い。
「最上階にいるのは、伝説のヤクザ、人修羅の東城・一郎だ。間違いなく激戦となるだろうが、なんとしても打ち倒して欲しい」
 戦闘中に気をつける事は、時間をかけ過ぎたり、彼が『意識を取り戻す切っ掛け』になるような言動を慎むことだ。奴が身に迫った危機の中で本来の力を取り戻せば、厄介な事になるだろう。
「大陸妖狐側は、どの階に挑むかは銀誓館学園側の指示に従うと言って来ている。1〜4階のうち、皆が選ばなかった階層に挑んでくれるので、よく考えて選択して欲しい」

●復讐の人修羅
 拠点とするビルの一室で、東城・一郎は苦悩の表情を浮かべていた。
「俺は……何をやっている……。島袋も殺さずに……」
(「東城、お前の気持ちは分かる。我もまた、『鎌倉』への復讐心を抱く者……」)
「黙れ。いい加減に消えやがれ、この亡霊が……! 俺の復讐は、俺のものだ……テメェには譲らねェ!」
(「だが、お前は心の底では強く、強く……復讐のために、我が力を欲している。我が消えておらぬのが、その証拠よ」)
 魔都福原京の消滅と共に消え去るはずだった平家の残留思念は、彼の中にいまだ残っていた。
 それは、彼もまた『復讐』という妄念に取りつかれた存在であった故だろうか。
「黙れと言っている……!!」
 東城は己の額を全力で壁に叩き付けた。
 壁のコンクリートと東城の額が同時に割れた。赤い血が己の顔を伝い、服を汚していく。
「香織……俺は、お前の仇を……うおぉぉぉぉぉぉ!!」
 狂乱する東城。
 抗体ゴーストと化し、強過ぎる力を得た彼の精神は、狂気の底に墜ちつつあった。


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参加者
雨夜・銀(黒炎の能力者・b12558)
不利動・明(大一大万大吉・b14416)
本間・忠弘(高校生真月のエアライダー・b38617)
鳳凰寺・龍也(終わりを見届ける者・b53591)
栢沼・さとる(星を継ぐもの・b53827)
朝宮・りんね(白き黎明の守護者・b57732)
榎・慧(流星を志す者・b62505)
レオナ・ダオレン(彷徨う狐は何を見るか・b71278)



<リプレイ>

●死亡遊戯、一層目
 地獄への入り口をも思わせる玄関口へと侵入し、一つ目の扉を開いた先。地獄の第一層にて、談笑をしていた五人のダブルフェイスが立ち上がる。
 彼らの反応を意に介さず前へと歩み出ていた本間・忠弘(高校生真月のエアライダー・b38617)は、肩越しに視線を送りながら小粋に口の端を持ち上げた。
「ここは俺たちに任せて先に行け! ……一回言ってみたかったんだよな、コレ」
「先に行け……すぐに追いつく」
「はっ、勝手なこと言ってくれる、なぁ!」
 上を目指す仲間とのすれ違い際に剣を引き抜いた榎・慧(流星を志す者・b62505)の瞳には、どっと笑い出す角刈りの男。奴らが追いかける様子を見せないのは余程の自信があるからだろう。
 無論、否定しなければならない。殲滅によって、その自信は過信であったと。
 仲間たちが階段から姿を消した頃、双方戦いの準備は整った。
 能力者の側は扇状に広がる前衛で後衛を包み込む守りの陣。対するダブルフェイスたちは各々が自由に動けるといえば聞こえがいい無策なもの。
 対応するために、鳳凰寺・龍也(終わりを見届ける者・b53591)が零の数に縁のある斬馬刀を構えたまま待ち構える。
 ダブルフェイス側が後一歩踏み出せば切り結べるといった距離へと達した時、長髪の男が可愛らしいダンスを開始した。
「っ!?」
 男の瞳に映るのは、栢沼・さとる(星を継ぐもの・b53827)の正面にて華麗に踊る真ケットシー・ワンダラー、カデンツァの姿。
 ウインクするカデンツァに守られているさとるはお揃いのロッドを天へと掲げ、灼熱色に染まる隕石を構築した。
「そこです!」
「ちっ!」
 未だ広がる様子を見せなかったダブルフェイス全員が着弾と共に飛び散る礫を身に受けて、身に纏う高そうなスーツに血が滲む。
「この調子で、さっさと倒しちゃいましょうか」
 静かな笑顔を崩さずに狐耳と尻尾を生やしたレオナ・ダオレン(彷徨う狐は何を見るか・b71278)は七つの星を降臨させる。
 ダブルフェイスたちが星の魔力に抗っているうちに、身に宿す力を高めることに成功した。
「ちっ、てめえら散れぇ!」
 爆発による被害を抑えるためだろう。ヤクザダブルフェイスは各所に散り、自らの相手を見定め襲いかかる。が、全て剣やバールのようなものに弾かれてたたらを踏む結果となった。
「甘い」
「何ィ!?」
 更に、不利動・明(大一大万大吉・b14416)が己等が形成する陣の中央部近くへと灼熱の隕石を創りだし、魔方陣で増幅した上でコンクリートの地面へと叩きつける。
 爆散する礫はヤクザダブルフェイスのみに襲いかかり、肉体を抉り深い場所へと入り込んだ。
「ぐ……」
「驚いている暇はないぜ……っと」
 姿勢を崩す角刈りの男を飛び越えるがごとく高く飛び、忠弘は思いっきり体を撚る。
 勢い任せのソバットが頬を張る。
 眼を回した刹那を見逃さず、雨夜・銀(黒炎の能力者・b12558)がスライディングをかましていく。
「あ、が……」
 脚は払わず起き上がり、勢い任せのヘッドバットで男の巨体を宙へと浮かす。存在そのものを消滅させる。
「てめぇら……!」
 短髪の男がいきり立ち、闇雲にドスを振り回す。
 一撃一撃が酷く軽く、龍也は容易く全てを受け止め断罪の拳にて迎撃した。
 勢いを削がれ、空気の塊を吐きながら退いていく短髪の男。逃さぬと、レオナが尾を九つに増やしていく。
「今よ! 仕掛けて!」
「はいっ」
 朝宮・りんね(白き黎明の守護者・b57732)のブーメランがドスを捉え、守りを強引にこじ開ける。
 一本、二本と尾に貫かれていく短髪の男。その側面へと回り込んでいたりんねが使役するケルベロスオメガ、ケロちゃんが黒刃を軸に駆け抜けた。
 抗うすべのない短髪の男は、胴と腰とが泣き別れ。二人目の脱落者として消滅の時を迎えていく。
 残る三人にも自信の影は欠片もなく、頬には汗が伝っている。長髪の男が踊り続けているのも相成って、前衛陣に傷らしい傷は存在しない。
「この調子で……行くぜ!」
「舐めるなぁ!!」
 治療など必要ないと頬を緩めることで示しつつ、サングラスの男が繰り出してきたドスをかわし回し蹴りを叩き込む忠弘。
 怯んだ隙を逃さぬため、レオナは細やかな装飾が施されたアルパにて優しい曲を奏で始めた。
 音色に打たれたか、衝撃に晒されたか。ダブルフェイスたちが動きを止める。
 すかさず拳に断罪のオーラを纏わせて、龍也がサングラスの男を殴り飛ばした。
 万事このような調子であったのだから、大きな怪我を追うはずもなく……速やかに、第一層の殲滅は完了した。

●人修羅が悩み続けている場所へ
 休む間もなく階段を駆け上がりつつ、銀の黒燐蟲を始めとした力で僅かな傷を塞いでいく。
 万全な状態で二層目へと辿り着き、先頭に立つ慧が中の様子を伺った。
 相手が弱かったか、策がはまったか……いずれにせよ、随分早く殲滅し終えることができたのだろう。二層目では未だ激しい戦いが繰り広げられていたから、彼女は柄にdousと刻まれた細身剣に手をかける。
「一階の」
 言葉が半ばにて途切れたのは、柳城明来が振り向いたから。
 無言のまま上に行けと促されたから。
「指一本、触れさせてなるものか」
 ヤクザダブルフェイスたちが反応する前に、明来が日本刀を振るって抑えつける。他の仲間も呼応して、慧らへの道を塞ぐように立ち回っていた。
 故に、彼女たちは頷き合う。
 上層を目指して走りだす。
 三層の妖狐たちはアヤカシの群れをほぼ全員で連発する手堅い策。突破力に欠け、集中攻撃に弱いものの、早々に落ちることはないように思われた。
 四層にいる仲間たちも激しい戦いを繰り広げていたけれど、二階フロアと同様援護は必要ないとの答えを得た。
 故に彼らは到達する。東城一郎の待つ五層へと。
 東城に従うヤクザダブルフェイスの数は四人。
 計五人と一層と同じはずなのに、身のこなしには一部の隙もない。虚ろに意味のない言葉を呟き続けている東城にさえ、まともな一太刀浴びせるのには苦労すると思われた。
「ずいぶんと早く来たな」
 過信ではなく自信。一層とは違うことを体現するかのように、四人が指示を仰ぐこともなく動き出す。
 退くわけにも怯むわけにも行かないと、彼らもまた得物を引き抜いた。
 再び扇状の陣を形成し、ヤクザダブルフェイスとの戦いへと参ろうか。

 一層の敵を蹴散らした隕石がさとるの示すままに爆散。前進を続けていた四人のダブルフェイスヤクザに数多の礫を浴びせかけた。
「ちっ」
 ドスに阻まれるなどして目立った傷にはなっていない。
 が、対処のために足を止めてくれたから、明がすかさず横を駆け抜ける。東城の前にて立ち止まり、無骨なドスを構え直した。
「お手合わせ願おう」
「黙れ……俺は……俺は……!」
「……」
 なおも虚ろな言葉を吐き続ける東城へと、黒き影を交えしドスで斬りかかる。
 が、容易く上へと跳ね上げられ、体勢を整える間もないままに腹部を薄く切り裂かれた。
「……」
 一方、銀は礫を抜けてきた一人の男に勝負を挑まれて、元からそのつもりとスライディンをかましていく。
 かと思えば身を起こし、額に向けてヘッドバット!
「……ちっ」
 手応えは確かにあったはずななのに、男は表情ひとつ動かさない。
 代わりに軽く右の手首を返し、銀の胸元に深い裂傷を刻んでいく。
「痛みを吹きとばせ、サイクロン!」
 流れ始めた血を止めるため、りんねが暖かな風を渦巻かせる。到底傷を癒すことはできないけど、血を止めることくらいはできるだろうから……。
「駆け抜けなさい、ケロちゃん!」
 後は、各々が持つ治癒の力を信じるだけ。
 僅かでもその力を使う隙を作るため、命を受けたケロちゃんが意気揚々と吶喊する。
 直線上に並んでいた三人の男を巻き込むように駆けたけど、全てバックステップでかわされた。
「今……!」
 着地の際わずかに生じる隙を狙い、レオナが九尾を暴走させる。
「……っ!」
 男を捉えたのは一本だけ。残りは全て宙を貫いた。
 更に、僅かに刺さった一本の影に隠れる形で地を伝わせていた龍也の影が厚みを帯び、痛みなど感じていない風に白い歯を覗かせていた男へと襲いかかる。
「……あぶねえあぶねえ」
 全て、ドスの一振りにより霧散した。
 返す刀というべきか。ケロちゃんの黒刃を避けた後、結果的にフリーになっていた男が龍也に改めて勝負を挑み、程良く鍛えられていた脇腹を貫いた。
 恐らく力量差なのだろう。一度目の仕掛け合いは、一層目とは違い相手に与えるダメージは少なくこちらの受けるダメージが多いという結果となった。それでもほぼ互角と呼べるのは数の差と、攻撃に適した力を残していた者のおかげ。そして何より、治療の術が豊富だから。
 ならば、尽きれば容易く崩れてしまう。
 元より連戦。すぐに一つが欠けてしまう時がやってくる。
 欠けぬのは力の対価による副産物か。半ばボロと化していしまいながらも加護を与えているチャイナドレスの紫色を、慧は細身剣に宿した紅蓮で輝かせる。
 脚から、腕から背中から血を流し悲鳴をあげる体を叱咤して、力の導くままに叩きつける!
「っ!」
 硬質な音色が響くと共に、紅蓮が熱も与えぬまま収束。衝撃を与えることはできたらしく、ドスで受け止めた男の顔が苦痛に歪む。
 故にさとるは杖を握りしめた。
 隕石を創りだせずとも抗うすべはあるのだと、宝石からエネルギーの矢を放っていく。
 が、ただ詠唱兵器を振るうだけで傷を付けられるほど甘くはないらしい。男へと辿り着く前に消えて行く様をみて、万全の状態ならば……との思いがさとるの脳裏によぎっていく。
 詮なきことと打ち消せど、意志の力だけで戦況を覆せるほどには甘くない。
「……まだ、ですね」
 意識を入り口と割いてみても、未だ誰かがやってくる気配はない。勝機が見えない。
 ならば――。
「くっ……」
 ――そんな折、紅蓮の対価が故に己の力で身を癒せぬ慧が膝をつく。
 床に細身剣を刺し支えにして立ち上がったけれど、足は酷く笑っていた。
「ジリ貧か……」
 黒燐蟲を向かわせるために駆け寄る銀の口からは、悔しさにも似た溜息が。
 安全域まで癒せても完全回復させられるわけではない。細かなダメージは積み重なり、やがて治療しても無駄な状態へと陥った。
 鳩尾への刺突を受けてしまった銀が緋色の唾を吐き出して、俯きに倒れこんでいく。
「……まだ……!」
 剣を支えに身を起こすが、焦点は未だ定まらない。立ち上がれど崩れそうになる体を支えることに気を取られ、慧に攻撃をしかけていた男が向きを変えたことに気づかない。
 気づかないなりに利き手に握る銀の棒を振り回し、男の肋骨を一本折り砕く。
 対価として己の右胸を差し出す結果とな。
「がぁ……」
 ――倒れたのは銀、健在たるはダブルフェイス。勝利への算段がつかぬまま、敗北へのカウントダウンが開幕する。
 否。文頭が抜けていると、さとるは唇を噛み締めた。
 鉄の味を飲み込みながら、私たちだけではとの一文を付け加えた。
「……耐えましょう」
 任務変更。今、この場で勝利する道を捨て、二層、三層、四層の仲間が来るまで戦い抜く道を開拓する。
 忠弘が間合いの内側へと入り込み、無造作にナイフを振り上げた。
 ドスで迎え撃つ様子を見せたから、口の端を持ち上げローキックを叩き込む。
 ――増援が来るまでの時間、少しでも多くのダメージを……。
 決して怯まず顧みず、彼らは新たな任務に挑んでいく。

●バトンを託すために
 龍也が倒れ、ケロちゃんが一時的な消失を迎えていく。後衛へとなだれ込んだダブルフェイスをさばききれず、レオナも戦闘不能へと追い込まれた。
 残るは五人と一体だけ。力をほぼ使いきった者たちだけ。
「しぶてぇなぁ……いい加減くたばりやがれ!」
「……」
 刻まれた傷跡は二桁を越え、明などは何度意識を手放しかけたか分からない。
 だが、その全てにおいて気を保ち続けたからこそ、ダブルフェイスがうんざりする程度の時間を稼ぐことができていた。
 増援も時間の問題。何より行う意味も薄いからと、明は身を癒すこともせずにドスを構え直す。
「……」
 一方、幸運にもダブルフェイスと直接斬り合うはめには陥っていないりんねは戻ってきたブーメランを掴みとり、勢いのまま体をひねる。
「はっ」
 反発を利用し放たれたブーメランは緩やかな放物線を描きつつ、忠弘の抑えている男へと到達。ドスの一振りによって弾かれてしまったが、頬にハイキックをぶちかます隙を作り出す。
「……まだ」
 返す刀に切り裂かれ、忠弘もまた血潮の流れる場所へと倒れ込む。
 力任せに床を殴り、跳ねるかのように体を浮かせ、濁りかけた瞳を見開き己の健在を示していく。
「っ……ありがとう、カデンツァ」
 代わりに……というべきか。さとるに魔の手が届かぬよう抵抗を続けていたカデンツァが一時的な消滅を迎えていく。
 距離を取らなければ次の刹那にも斬りかかられてしまうことは明白だったけど、さとるは決して退かない。ただ、握りしめた杖からエネルギーの矢を放って抵抗する。
 誰一人として諦めず、攻撃のみを続けていく。
 りんねのブーメランが明へと斬りかかろうとしていた男に直撃し、防ぐための余裕を作り出す。
 ドスを弾かれた男は舌打ちし、勢いも殺さず向きを変えりんねの下へと駆け出した。
 残された明は改めて東城へと向き直り、正拳を放つがごとき構えでドスをまっすぐに突き出していく。弾かれはしたけど衝撃は十二分に与えたか、東城は動きを一瞬止め……。
「……ひとまず、私たちの役目は終わり、か」
 ……入り口から祝福を告げる音色が聞こえた。
 ヤクザダブルフェイスたちが悪態をつきながら徐々に後退を始めていく。
 ――それが、明が認識できた全て。東城操るドスに貫かれた彼は、苦悶の声も漏らさぬまま倒れていく。
 忠弘が痛みを押して駆け出した。
 さとるは近くで倒れていたレオナを抱え上げた。
 慧も龍也を引っ張り上げ、新たな仲間へとバトンを渡すために動き出す。
 小さく息を吐いたりんねはロサ・サントスと視線を交わし、ただ小さく口を開く。
「……後を、お願い」
「……わかった」
 無表情な瞳に浮かぶ、僅かな決意。受け取るりんねは倒れた銀を救出し、二層からやって来た仲間たちにバトンを渡す。
 疲労が溜まり、力の殆どを使い果たした身では足手まといになってしまうだろうから、治療を後回しにして下層へと向かっていく。安全な場所へと倒れた仲間を寝かせたら……後は祈りを捧げよう。
 戦いを経て稼いだ時間を対価として、託すことのできた勝利のバトン。最後まで繋がり、二文字の契を遂げることができるよう、笑顔で凱旋できるよう。
 そして――。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/08/18
得票数:笑える1  カッコいい21  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:雨夜・銀(黒炎の能力者・b12558)  不利動・明(大一大万大吉・b14416)  鳳凰寺・龍也(終わりを見届ける者・b53591)  レオナ・ダオレン(彷徨う狐は何を見るか・b71278) 
死亡者:なし
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